周囲を見渡す度に心が躍る。
私の鍛冶場が新設されて一週間、各設備はいずれも最高の質…何度見ても素晴らしいものだ。
以前闇市で稼いだ資金とこのアジトに所属する土遁使い、火遁使いの方の協力を得て無事に修復された鍛冶場は以前より更に大きく充実した環境となっていた。
周囲の区画を巻き込んだ爆発事故もそう悪いものではなかったとまでは言わないが、こうして拡張して貰えたこと自体は喜び、その計らいに結果を示して応えるべきだろう。
…さて、そうはいっても蒸気荘怒をここで出せるほどのスペースは流石にない。
あれは道具を持ち出して外で作業するしかない…勿論刀身に刻む術式を予めこの場で造っておく分には問題ない、別段そこを嘆く必要はないだろう…君麻呂さんの依頼の方は例の香燐さんという方がいないことには始まらないのだし早速蒸気荘怒の改良から取り掛かるとしよう。
そう思った直後に背後の扉が開かれカブトさんが入ってきた。
「やぁ村雨、君が会いたがっていた香燐が到着したよ、今頃大蛇丸様と一緒にサスケ君の修行に付き添っているころだと思うよ」
「本当ですか? …思ったより早い」
「彼女のいる南アジトとここは時空間忍術のマーキングで繋がっているからね。転送分のチャクラを蓄積する時間は一週間ほど要するけど歩いて行き来するよりはずっと早いさ」
「なるほど」
大蛇丸さんは本来カブトさんや四人衆の方々などの少数の側近を連れ、一週間単位で各地のアジトを移動しているというのだがそれを可能にしているのがその仕掛けなのだろう。
時空間忍術というのも便利なものだ…刀を造るものとしては時空間さえも切り裂く刀なんて代物を造ってみたくもあるが残念ながら実現への法則が皆目見当もつかない。せめて高度な時空間忍術の実物を見せてもらう、望めるならばこの身で体験さえてもらったり、術のメカニズムを教えてもらったりできたら良いのだが…。
いや、今はそんな設計図さえもない刀よりも目の前の事だ。
香燐さんがこれ程早く到着してくれたのならばすぐにでも会いに行かないと…。
「ありがとうございますカブトさん、早速挨拶に向かいます…そちらに造り置きしておいた刀がありますので良ければどうぞ」
「今まで任務でいろんな環境にいたけどお茶菓子感覚で刀を出されたのは初めてだよ…」
鍛冶場が新設されてすぐに設備テストを兼ねて造ったものだ。
あくまで新しい環境に慣れる目的で制作した刀であってお金を取れる程の物ではないが、それでもきちんと誰かにお渡ししても恥ずかしくない水準は満たしている…気に入ったのならば持って行ってもらっても構わないのだがどうやらそれほど惹かれはしなかったらしい。まだまだ精進が足りないな…。
それはそれとしてあちこちに置いた作業道具を手早く片付け、簡単にだが身嗜みを整える。
では早速香燐さんに会いに行くとしよう。
当然といえば当然だがカブトさんも同行するつもりらしくアジトの廊下を並んで歩く。
「念の為言っておくけど香燐はサスケ君の修行の補佐が主な仕事だ、君の刀造りの協力もする様には言ってあるけどあくまで優先なのはサスケ君の方という事を忘れないでくれ」
「なるほど…分かりました、出来る限り詰め込みます」
「……すまない香燐…負担が増したかもしれない」
確かにカブトさんの言う通り負担が大きくなる可能性は否めない、しかし君麻呂さんの病の事を思えばあまり時間を掛けられないのだ。こればかりは香燐さんにも何とかご理解を得るしかない。
その為にも、香燐さんとの最初の挨拶で悪印象を抱かせるわけにはいかない…果たしてどんな人なのだろうか?
香燐さんは今、早速サスケ君の修行の補佐に勤めているらしく彼女がいる演習場の扉を開く。
さて…彼女は一体どこに?
「あああ────ん…」
何やら多幸感に溢れた少女の声がする…声の下へ視線を向ければサスケ君が見知らぬ赤毛の少女の腕に噛み付いていた。嚙み付かれた赤毛の少女は微かに頬を赤らめて恍惚としている。
「うん…少しタイミングが悪かったかな…」
「仲睦まじそうで良いですね」
「あれはそういう認識なんだね、刀を咥えた大蛇丸様はハレンチ呼ばわりするのに…」
「両者合意の上か否かというのは重要だと思いますが?」
「……そう…だね?」
なにやらカブトさんの反応は曖昧だ…口での接触を行う上ではもの凄く常識的な事だと思うのだが何故だろう。
…まぁそこに関しては今はおいておこう。それよりも──
「あの赤い髪の方が香燐さんですか?」
「そうだよ、ちなみにアレは彼女の特異体質による医療忍術だから君が思う様な関係ではないよ…少なくともサスケ君側としてはね」
あぁ、そういえば君麻呂さんが特異体質が何とかと言っていたが…なるほど、彼女の身体の一部に噛み付くことでそこからチャクラを補給し相手の体力の回復が見込めるのか、実に便利なものだ。
……彼女の特異体質は絶対に刀の参考にはしない、絶対だ!
「…あら、来たわね村雨。…サスケ君、少し休憩にしましょう」
サスケ君の修行の様子を観察していたのだろう、ハレンチ博士が2階の観戦席から降りてくる。
サスケ君の方は特に返事もせずに鼻を鳴らすと傍の香燐さんをすり抜けて演習場の壁に寄りかかる…その様子を見た香燐さんがこちらに視線を向けてきたが何やら若干視線が鋭くなった気がするが気のせいだろうか?
「香燐、彼女が言っていた娘よ。何かと協力することになると思うから挨拶しておきましょう」
「…この女がぁ? 大蛇丸様ぁ、こいつそんな凄い奴なのぉ?」
「えぇ、色々と驚かしてくれる娘よ」
それは…誉め言葉と受け取って良いのだろうか?
何だか扱いがビックリ箱か何かの様な気がするが…とりあえずは香燐さんとの挨拶をしておこう。
「渦柘榴 村雨、今作成中の刀を完成させる為に協力してほしい」
「そんな事は大蛇丸様から聞いてる、なんだって刀造りなんかの為にウチがわざわざ」
「貴女の力がないと爆発するから」
「そんな刀造りがあるか!?」
そうは言われても…実際に爆発したのだから他に言い様もない。
しかし…確かにこちらの要望を聞いてもらうだけでは香燐さんが気乗りしないのも当然といえば当然かもしれない。何か香燐さんに報酬をとポーチから巻物を取り出し、格納した刀の中から彼女の体格にあった物をいくつか呼び出す。
「短刀、脇差、打刀…好みの物はありますか?」
「あるわけねぇだろ!?」
「では3本纏めてどうぞ、感想など頂けると助かります」
「いらねぇっつってんだろ!?」
「なんか騒がしいけどどうかしたの──って、何で香燐がここにいんの?」
「あ、水月」
ふと背後の扉が開き、演習場に水月が姿を見せた…が、その表情はすごく嫌なものを見たという心境を物語っている。
その口振りからして水月と香燐さんは面識があったのだろうか? 香燐さんの方の様子を窺えば彼女の方も同様に顔を顰めていた。
「水月、何でテメーがここにいるんだよ?」
「いや聞いてんのはボクの方でしょ。やっぱ君とは合わないね、ホント」
「そりゃこっちのセリフだ、ったく訳の分からない新人に加えてお前までいるなんて最悪だな」
「それは……いや、まぁいいか。どうせ君も大蛇丸様からの命令でこっちに移動してきたんだろ、お互い立場は似たようなもんなんだし精々関わり合いにならないようにしてれば良いでしょ?」
「は? …お前らしくねぇな、一体どういう──」
「2人とも、言い合いはそこまでになさい。香燐も最初に彼女の刀造りに協力するように伝えていたはずよ?」
「う…はい」
「まぁ、初対面からこうなる事は予想はしていたけれどね…そろそろサスケ君の修行を再開するから村雨と水月は下がりなさい、顔合わせの場は後で設けることにするわ」
見ればサスケ君ももう疲労から立ち直ったのか、こちらの話をさっさと済ませろと言わんばかりに不満気な視線を向けていた。
香燐さんの仕事はサスケ君の修行の補佐がメイン、そして何よりハレンチ博士としてもサスケ君の育成が最優先である以上仕方ないか。
「分かりました、では修行が終わるまで観戦席にいても構いませんか?」
「それは構わないけれど…刀造りをしてなくて良いのかしら?」
「設計案の箇条書き程度なら場所はどこでも出来ますので」
ポーチから設計案の記載用の巻物と筆を取り出しながらハレンチ博士がこちらを見下ろす観戦席へと移動し、その隣の席に腰を下ろす。
結局、水月とカブトさんも同様に観戦席に集まりハレンチ博士が用意した呪印状態2の忍10人と組手をするサスケ君の観察が始まった。
サスケ君を除き、唯一下の階に残った香燐さんも組手中は離れた位置で待機している為サスケ君1人での過酷な戦いだ…呪印状態2を相手にサスケ君は呪印を使わずに戦っている…以前と比べて大きく実力を付けた様だが流石に手を焼いているようだった。
…何でも今回は写輪眼の精度とそれに合わせた動きの向上が目的らしく、相手の攻撃を見て躱す…その為の"瞬身の術"を極めるものらしい。
刀を使う上でも持ち主の身体能力は高い方が良い、何なら忍術の修行以上に是非とも頑張ってほしい修行内容だが単純な身体能力の修行に私が意見出来ることもないだろう、早速自分の作業に入るとしよう…あぁ、でもその前に水月に聞いておきたいことがあったのだった。
左隣のハレンチ博士と反対、右隣に座った水月に視線を向けて口を開く。
「水月と香燐さんは知り合い?」
「ん? あぁ、君の秘書役だとかで招集される少し前にちょっとね。水化の術の研究だとかであの女には色々と身体を弄られたんだよ」
「フフ、苦労を掛けたわね。その分大いに役立つデータだったわよ」
恐らくその研究の原因なのであろうハレンチ博士は開き直ったかの様に口角を吊り上げた。
…まぁこればかりは私も似たような事を散々やっているのだからとやかく言う資格はない…沈黙は金というやつだ黙っておこう。
「それはどーも。ま、そんな訳であの女の事はあの性格も含めて好きじゃなくてね。その研究中にも散々言い合いになったんだけど…今にして思えば別に大して怒ることでもなかったなーって」
「…何故?」
「もっととんでもない奴がいるから。比較したら香燐なんか全っ然まともだったよ」
「それ程の人が? …いつか会うかもしれないと思うと少し怖い…」
「ハハハ、面白い冗談だね。君が"会う"なんて出来るはずないじゃないか」
「え?」
私が会えるはずない? どういうことだ、余程特別な人じゃないとハレンチ博士が会わせない様にしているということなのだろうか?
…ハレンチ博士とカブトさんが肩を震わせている…笑っているのだろうか…何故?
結局、訳の分からないままサスケ君の修行が終わりもモヤモヤした気分のまま香燐さんとの顔合わせが始まった。
ちなみにサスケ君は修行が終わった途端に何も言わず自室へと帰っていってしまった…何というか、以前に会った時と比べて近寄りがたい雰囲気になった気がする…が、今のところ彼に用はない、然して気にすることでもないだろう…とりあえず、改めて香燐さんとの話に集中しよう。
…と、思っていたのだが事情説明を含めてハレンチ博士が率先して行ってくれた為、私から言うことは特に何も無かった…正直、非常に助かる。
「──つまり、君麻呂と木ノ葉の綱手の細胞を混ぜた刀を造る時にチャクラ反応の感知をしろってことか」
「そう、でなければ爆発する」
「だから何で刀が爆発するんだよ!?」
「何故…と言われても」
「刀の種類は違うけど現にボクとカブトは1回ずつこいつの刀の爆発に巻き込まれたんだ。もうそういう刀もあるんだと思ってよ」
「この女刀造ってんのか爆弾造ってんのかどっちだソレ!?」
心外な、たまたま刀を造っていたら爆発してしまったのとそもそも爆発する刀を造っていただけ、つまりは──
「私は爆発を造っていたのであって爆弾を造っている訳ではない」
「おい水月、このバカの言ってること分かるように説明しろ!?」
「私は爆弾を造っていますが自覚はしておりません」
水月!? いくら何でも翻訳が雑…というか誤訳でしかない。
「大蛇丸様ぁ…」
「まぁそんな顔せずに協力をお願いするわ。彼女の造る刀は私にとっても興味深いもの…特に、さっき説明したものはね」
「……大蛇丸様がそういうなら」
「ありがとうございます、では早速私の鍛冶場へ行きましょう」
「はっ!? テメー、何勝手に…オイ引っ張るなコラ!?」
香燐さんの手を握り駆け出す。
ハレンチ博士が言うなら協力すると言って頂けた…つまり四人衆の方々と大体同じ様な立場の方だと思えば良いということだ…なら結構頼っても大丈夫だろう。
四人衆の方々を思い出すと重い喪失感に襲われる…まだまだ調べたい能力もあったのに、何とかもう一度会えないだろうか…と思わずにはいられないが時間は有限、特に君麻呂さんの状況を思えばゆっくりしている時間はないし、今は亡き彼らに思いを馳せる時間さえ惜しい。
さあ、それでは忍世界において最高峰の血族の…その細胞へ挑むとしよう。
カブトさんに呼ばれる前に新設の鍛冶場を見渡していた時も心躍っていたものだが、今はそれ以上に心臓の鼓動が大きくなっているのを感じる。
身を焦がす程の高揚感…これほどまでにワクワクするのも久しぶりだ。なにせ、今から造る刀は実現すればそれこそ大爺様の傑作さえも凌ぐ名刀になり得るのだから…。
「…サスケに…サスケに会えるって聞いてたのに…何でこんな事に…」
香燐さんが何やらうわ言の様にブツブツ言っているがどうかしたのだろうか?
サスケ君とはつい先程会っていたはずなのに…おかしな人だ、それとも何か伝え忘れていた事でもあったのだろうか?
「サスケ君に何か御用がある様でしたら先にお尋ねしましょうか? 確か自室に戻ったとのことなので一つ一つ部屋を開けていけば会えるかと──」
これから何度もお世話になるのであろう人なんだ、出来る限りの恩返しはしておかなければこちらとしても心苦しいものがある。
「だ、誰がサスケ何かに用があるっつったァ!? そんな訳があるわけないっていうか、えっと!?」
「そうですか、では大丈夫ですね。あ、私の鍛冶場はこちらです」
「あ、いややっぱサスケに用があって…良いから放せコラ! 水月、こいつ止めろ!?」
香燐さんの言葉にチラリと水月を見る。
止めないで…と内心思いながら窺うと…不思議と水月は物凄く穏やかな笑顔を浮かべていた。
「じゃあ香燐、暫くそいつの面倒よろしくねー」
「……というか水月も来てほしい。刀を使う人の意見も参考として欲しい」
「……え?」
「では水月、暫く彼女達の面倒よろしく頼むわね…喧嘩しない様に仲裁してあげなさい」
それだけ言い残すとハレンチ博士は煙の様に姿を霧散させた…気が付けばカブトさんもいなくなっている。
アジトの中だというのに随分と物々しい移動方法だ…何かよっぽど急いで立ち去りたい理由でもあるのだろうか?
一体何かあったのかと疑問に思っていると水月が頭を抱えて身体を震わせている。
「水月…どうかし──」
「ボクの負担が増えただけじゃないか────!!」
アジト中に水月の叫びが響き渡った。
…それにしてもこのアジト…結構音が響く造りだ。水月の声が木霊している。
──っ! そうか、だからここは"音隠れ"だったのか!
今更ながら里の名の真相に迫れた気がして満足感を感じながら両手で水月と香燐さんを引っ張りながら鍛冶場に戻るのだった。