刀が置かれた商品棚が並ぶ木造の部屋が視界に広がる…懐かしい景色にほんの少し驚く。
霧の里の…私の家──つまりこれは夢だ。
"鮫肌"にチャクラを吸われ過ぎて意識が掠れていたが…どうやら本当に気絶してしまったらしい。
それにしても…鍛冶場ではなく店の方の景色とは…自分の夢ながら珍しい事もあるものだ。
懐かしい家の景色をキョロキョロと見渡していると家を出る少し前の頃と比べて、自分の目線が低くなっている様な違和感に気付く──どういう事かと首を傾げた瞬間、カランカランとドアに括り付けていた鈴が音を奏で誰かが店に訪れたのだと訴えてくる。
青白い肌と丸い瞳が特徴的な大柄の男性、干柿鬼鮫さんだ。
彼が身に着けた額当てにはつい先程お会いした時と違い抜け忍の傷が入っておらず、また彼が纏う衣装も赤い雲模様入りのものでなく、霧隠れの忍が着用するものだ。
「いらっしゃいませ」
今の私ではない──"夢の私"が今よりも幾分か幼い声色で彼を出迎えた。
「貴女は──あぁ…ご両親は留守ですか?」
「2人は上忍の集会に参加しています、帰りは遅くなるそうです」
「そうですか、忍でないにも関わらず呼び出されるとは相変わらず御多忙なようですね」
そうか、これは鬼鮫さんと初めてお会いした時の…やはり懐かしい夢だ。
確かこの時はまだ母が死ぬ前で、父も母も里の政にも時たま参加しており、まだアカデミーに通っていた頃ではあったが私が店を預かるときがあった。
「必要な刀があればご案内しますが」
「そうですか、では…キレーにスパッと斬れる刀が良いですね。斬られた相手が痛みを感じる間もなく息絶える様な」
切れ味の良い刀を求める人というのは然程珍しくもないが、そう希望を口にした鬼鮫さんの表情には若干陰りがあったのが印象に残っている。
…といっても別段それについて気にする訳でもなく、そんな事よりも希望された刀を見繕うのを優先していたのだが。
ともかく、そんなよくある注文に応え店頭に並ぶ物の中から一本の刀を選んで──っ!?
突如、すぐ近くで何かが爆ぜる音がして夢の中の風景が大きく揺らいで、意識が現実へと急激に引き戻される
▼▼▼
目を開くと一番最初に目に入ってきたのは薄暗い空間だった。
冷たい地面に岩の壁…どこかの洞窟なのだと理解するのに然程時間は掛からなかった。
次に目に入ったのはお揃いの衣装に身を包んだ4人…鬼鮫さん達の姿だった。あと迎え役をしてくれた茶髪の男性がいるが彼は隅っこで居心地が悪そうにしている。
編み笠を外した彼らは粘土細工の男性を除いて皆、若干顔を顰めている様子だが一体何があったのだろうか?
「デイダラ、もう少し普通に起こせねぇのか? 音が響くだろうが、うるせぇ」
「おかげで手っ取り早く済んだろ、うん」
よく分からないが粘土細工の男性…今更ながらではあるが名をデイダラさんというらしいが、彼が起爆札か何かを起爆させたのが先程の音の正体だったらしい。
確かにまともな起こし方とは言い難いが意識がはっきりとしたのは事実だ、ビックリはしたが然して不満はない。
そんな事よりも気になる事は──だ。
4人の中で一番端、石壁に背を預けた男性の顔、瞳をジッと見る。
サスケ君と同じ写輪眼からはやはり只ならぬ気配を感じる…草薙の剣に似た匂いだが死神の小刀にも似た気配…霊剣の類いなのだろうか?
「あまり他人をジロジロと不躾に見るものではありませんよ」
「…すみません、つい」
不意に鬼鮫さんに声を掛けられてハッとする。
確かに遠慮なしに見過ぎていた、これは流石に失礼が過ぎた…あぁ、失礼といえば久しぶりに"鮫肌"を見てはしゃいでしまったせいで鬼鮫さんとの挨拶も碌にしていなかったと思い出す。
「お久しぶりです、鬼鮫さん。壮健そうで何よりです」
「そちらも変わらずで何よりですね。背は少し伸びたようですが中身は相変わらずの様ですね」
鬼鮫さんが店に来ていた頃と比べると少しどころかだいぶ大きくなったと思うのだが…
「それにしても…鬼鮫さんとこの方達がお知り合いだったとは…服装からして皆さんは同じ部隊か何かに所属されているのですか?」
「あぁ?」
所謂"堅気には見えない恰好"だ、それにサソリさんだけは額当てを確認できないので分からないが、他の皆はそれぞれの額当てに一本の傷が入っている。
木ノ葉、霧、岩…元々の所属はバラバラだが全員が抜け忍の──非正規の組織か何かなのだろうか?
そう思って疑問を口にすればサソリさんが訝しむ様な声を出して、皆で顔を見合わせている。
「お前、まさか──」
「村雨、我々の事をどこまで知っていますか?」
「え?」
我々の事? 鬼鮫さん個人の事ならばある程度は知っているが彼らを総合して知っている事?
全サソリさんだけは判別出来ない以上予想でしかないが──
「抜け忍の方々ですよね?」
「思った以上に理解が浅ぇな!?」
そうは言われても…鬼鮫さんを除けばサソリさん、デイダラさんとは闇市で一度会っただけ、あの写輪眼を持つ男性に関しては今日初めて会ったばかり、こんな短い時間で何を理解しろと言うんだ。
「ということは…あの時一緒にいた連中と違い、こいつは何も知らねぇってことか」
「…鬼鮫の旦那、一応こいつが白を切ってるって可能性は──」
「限りなくゼロでしょうね。念の為、イタチさんの写輪眼で真偽を確かめる事も可能ではありますが…この様子では必要なさそうですね」
あの時一緒に? あぁ、そういえばあの時サソリさん達を見て右近さんは随分慌てた様子だったような…確か彼らの組織がどうとか…駄目だ、三ヶ月以上も前の事だから全然思い出せない。
そもそもあの時は右近さんの勢いに押されて話の内容が殆ど頭に入っていなかった、なんならその後の芸術談義の印象が強すぎてそちらの方しか記憶にない。
『例の刀匠の女は…着いたようだな』
記憶を遡るも全くの心当たりのない現状に悩んでいると、不意に目の前の4人とは別の声がした。
まだ誰かいたのかと声のした方向へ視線を向けるとホログラム状の奇妙な姿の人がいた。
声とホログラムの体格からして男性…それら以外の情報は窺えないが半透明な身体に対し、波紋模様の瞳だけははっきりと映っていた。
「っ!? ……この方は?」
「我々の上司…といったところですかね」
鬼鮫さんの返事に半透明の男性をジッと見る。
元々鬼鮫さんは霧隠れの中でもかなりの実力者だった…その上"鮫肌"を携え、彼自身の膨大なチャクラと"鮫肌"の特異能力を以てすれば大半の忍など一蹴されることだろう。
そんな鬼鮫さんと同様に写輪眼、傀儡など様々な能力を持った方々を従えるとなるとこの男性はあまりに底が知れない存在なのだろう。
だがそれも当然の事だと言えるだろう──何せこの人の眼…"輪廻眼"だ。
「おい、リーダー。残念ながらこいつはハズレみてぇだ、うん。オイラ達の事は何も知らねぇらしい」
あの眼の波紋模様、信じ難いがあれは間違いなく写輪眼、白眼と並ぶ三大瞳術の一つにして最も崇高とされる"輪廻眼"の特徴だ。
『そうか。だがお前達の報告ではそいつの連れは我々の事を知っている様子だったのだろう、ならば先にそいつの後ろにいる人間の事を聞く事にしよう。──俺としてはそちらの方が本命なのだしな』
忍の祖、六道仙人が持っていたとされるその眼は神話の様な存在で、それと同一の眼を持つ者なんていない…世の認識はそんなもの…いや、それどころか六道仙人の伝説さえも知らぬ者さえ少なくない──
『刀匠の小娘。お前の言うハレンチ博士とは何者だ?』
「これ言ったら多分リーダーは怒るだろうけどよ、アンタがマジ顔でハレンチ博士とか言うのシュールだな…うん」
『黙っていろデイダラ』
──だが、彼は間違いなく存在した。
それは雲隠れの里が保有する六道仙人が使った宝具が示すところだ。
もっとも、その六道仙人の宝具は失われたとだけ聞いたが…もしかしたらこの"輪廻眼"を持つ人ならば何か知っているかもしれない、というか知っていて下さい折角"輪廻眼"持っているんですから。
『──とにかく、答えろ。場合によってはお前の刀造りに協力してやっても良い』
「"伝説の三忍"のお一人と言えば分かって頂けるかと」
五大性質全てを巻き起こせる"芭蕉扇"
人を縛り言霊を追い出す"幌金縄"
言霊を斬って呪う"七星剣"
言霊を録音し、人を封じる"紅葫蘆"
呼び掛けに応じた者の声を録音し封印する"琥珀の浄瓶"
"七星剣"を筆頭にいずれも一度は見てみたいと思っていた物ばかりだ…何としてもこの人に確認を取りたい。
『やはりそうか、我々の情報を掴める上でそんな名で呼ばれる人物など1人しかいないと思ったが』
「……念の為確認しておこう。自来也さんとの関係性を示すものは?」
ふと…写輪眼の男性から声を掛けられ思わず"輪廻眼"に傾いていた意識が降り戻される。
どうやら輪廻眼に夢中になっている内に話が進んでいたらしい、脊髄反射で応えていたが大丈夫だっただろうか?
後でハレンチ博士に怒られるようなことを口走ってなければ良いが…まぁ自制心は利く方だ、無意識でも上手くボカシて答えたはずだ。
それにしても自来也さんとの関係性?
良く分からない問いかけだが、私は間接的ではあるが自来也さん、綱手様とは対立した身…とても親しい間柄だとは言えないだろう。
しかし私としては自来也さんに嫌悪感など欠片もない…むしろ"蒸気荘怒"の件を含めて感謝するばかりだ…だから、どういう関係かと問われると──
「あの方は私の恩人というべき存在です。自来也さんには刀造りに協力して頂いて…こちらを見て頂ければご理解頂けるかと」
幸いこの洞窟はかなりの広さ、あの刀を口寄せするスペースは十分にある。
巻物を取り出し、その中に収納した刀──"蒸気荘怒"を呼び出す。
その質量からドスンと重い音を出しながら地面に突き刺さった刀身には、元の持ち主であるガマブンタさん、ひいては自来也さんの力の象徴である蝦蟇油が付着している。
『間違いない。この油は蝦蟇油…自来也が使うものだ』
「──確かに…少し意外だが彼女の言葉に嘘はないようだ」
半透明の男性だけでなく、写輪眼の男性もまた"蒸気荘怒"を一度観察した後、私を見据えながらそう呟いた。
その赤い眼はサスケ君と同じだが、その視線に宿る力は彼の眼とはまるで違う。私の言葉が真実か嘘か…こちらの心の内を見透かされているかの様な恐怖感に背筋が凍るのを感じる。
妙な緊張感に息が詰まるのを感じていると「ならば…」と鬼鮫さんが声を上げた。
「もう一つ質問ですが…自来也が今連れている金髪のガキに心当たりはありますか?」
「金髪の? …うずまきナルト君のことですか?」
「ほう」
ナルト君の名を口にした瞬間鬼鮫さんは満足そうに口角を吊り上げた。
見れば他の方々も僅かながら反応を示しているが、一体どういうことなのだろう?
『──いいだろう、小娘…村雨といったか? 一つ取引をしてやろう?』
「取引?」
『お前は確か巨大な傀儡を造りたいらしいな、そしてその為にそこにいるサソリの協力が欲しいと?』
「はい、巨大な刀を扱う為にもやはり巨大傀儡は必要だと思いまして」
水月も水化の術の応用したりと使い方を考えてくれているが、だからこそ私も私で出来ることをすべきだろう。
元々そう思って少し怪しく思いつつもここへやって来たのだが…漸く本題に入れそうで安堵する。
『貴様がこちらの要求を飲むのであれば、お前の刀造りに協力してやっても良い』
「よろしくお願いします!」
「まずは要求の内容を聞きましょうか?」
「…そうでした」
つい逸って要求の内容を聞くのを飛ばしてしまった…改めて──
「要求とはなんでしょう?」
『貴様の師を欺き、奴らの情報を我々へ流せ』
「っ!? ハレンチ博士の情報を…ですか?」
『そうだ』
それは困る…ハレンチ博士はSランクの抜け忍…私が勝手に情報を流す訳にはいかない、しかしその要求を飲まなければ協力は得られない。
何とか別の条件に変えられないだろうか──そう思っていた最中、続けて告げられた男性の言葉に頭の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた。
『もっとも、あの男は三忍の1人だ、お前が不審な動きを見せればすぐさま見破ることだろう。だから余計な詮索までは求めない。ただ奴と接触した人間を可能な限りリストアップしあの男の情報経路の洗い出しと、奴の弟子であるうずまきナルトの情報をこちらの指示するタイミングで教えろ…それがお前に課す条件だ』
どうしてナルト君がハレンチ博士の弟子になっているんだ!?
恐ろしいデジャヴに身震いする…かつてのハレンチ博士とエロ仙人の錯誤事件がまた戻ってきた。
一体いつから私とこの人達の認識がズレてしまった!? ちゃんと話を聞いていなかったからか!?
これは…どうすれば良い?
今からでも訂正するべきか…いやでも今からハレンチ博士とは自来也さんでなく大蛇丸さんですと言ったら確実にこの鬼鮫さんの上司さんに気まずい思いをさせてしまうだろう。
…というかそもそもハレンチ博士の事を勝手に言いふらして良い訳がない! あの人Sランクの抜け忍なんだから!
かくなる上は私のとるべき行動は一つ!
「…こちらのタイミング、というのは少し不安です。出来れば予め日時を教えて頂ければ…」
『慎重だな。いいだろう……3年後だ』
「分かりました! 交渉に乗らせて頂きます」
よし! 思った通りだ!
この人達はかなりの大物と見て間違いない…そんな人達ならば自来也さんほどの御方の情報を得る事を短時間で出来るなどと甘い考えを持つはずがない。
ならば情報収集の期間はそれなりに長期の物になると思ったが──これならイケる!
要は3年後までに自来也さんの情報を集めてしまえばこの勘違いも有耶無耶にしてしまえる!!
…正直先程の"自来也さんの情報を得るのが甘くない"という前提と全力で矛盾している計画な気がするがもうこれ以外に方法はない。
もしここでこの人達の機嫌を損ねたら折角の"クシナダ"完成のチャンスも、なにやら刀の気配がする"写輪眼"も、"輪廻眼"も"鮫肌"も…何の情報を得られず終わる、そんなのは嫌だ!
危険は承知だが挑む価値は十分ある──ならばこの交渉に乗ろう!
何より最初の問題だったハレンチ博士の情報を勝手に他人に渡せないという大問題を向こうが勘違いしたことで解決できたのだ…これがチャンスでなくて何だと言うのだ!
ありがとうナルト君、自来也さん!
以前は不幸な行き違いに頭を抱えたものだがあの時の経験で私は最大のチャンスを掴めたんだ、感謝してもしきれない。この御恩を情報を探って流すという特大の仇で返す予定なのは本当に申し訳ございません。
そして水月!
この方々と会う予定だと話した時に忠告してきたり何かと心配を掛けてしまったが、いざ終わってみれば案外上手く纏まっているものだ、帰ったら良いお土産話が出来そうだ!
クシナダ"設計の協力者を得られたこと、それに何より"鮫肌"と鬼鮫さんと会えたこと…うん、驚く顔が目に浮かぶ。
「それでは──」
『それでは…下準備をしておくか。サソリ、お前の方も準備しておけ』
「あぁ、分かっている」
…うん、下準備?
どことなく不穏な気配がする言葉に背筋が冷える。
──え、私…どうなるんだろう?