目の前で重苦しい圧を放つ暁の2人組と自身の隣に立つ水月を交互に見比べて息を飲む。
緊張のあまり喉が張り付く。
一見必死の命乞いを装いながらその内心に確かな殺気を宿した水月と、今までの誤解の影響か若干戸惑っている様だが依然として隙の無い暁のお二方…正しく一触即発だ。
仮にサソリさん達が命乞いを鵜呑みにし、隙を見せれば水月は彼らを襲うと言う…それが成功するかどうかは分からないが危うい賭けなのは間違いない。
そしてサソリさん達が命乞いに関心を持たず私達に襲い掛かってきたら…ほぼ間違いなく殺される。
つまりはどちらに転ぼうと凄く危険だ。
どん詰まりな現状に嘆きたくもなるが幸いこの緊迫した場にいる者の中で私と同じ視点を持っている人物がいる…そう、私の同一体である偽雨だ。
水月とサソリさん達の対立を快く思わない彼女ならば間違いなく私と同じ心境のはず、つまり私が何らかの行動をとれば彼女も確実に協力してくれる、そして彼女が何らかの行動をとるのなら私にとっても好都合なものになるはず!
サソリさん、デイダラさんの後ろで控えている彼女とは意思疎通することは困難だが、なに彼女は私だ、心配することはない。
彼女と協力してこの状況を乗り切ろう!
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偽雨です。一つ確認させて下さい。
何が起こっている!? 何が起こっている!?
傀儡の材料として龍を使うのはどうか、という案をサソリさんに出してここ"降龍山"に来た…のは良いが、何故かそこにオリジナルの私である村雨と水月がいて、しかも改竄されたはずの村雨の記憶が何故か戻っていてそれをうっかりミスで口にしてサソリさん達に敵意を抱かせてしまった。
その上命乞いをした水月が密かに『後で』『殺す』と村雨へハンドサインを送っている…一体何をしたオリジナル!? この状況で水月の恨みまでセットで買うなんて何を考えているんだ!?
あ、あまりに酷い。この場で彼女の味方が誰もいない…というより皆味方だったはずなのに瞬く間に全て敵へと変貌させた。
村雨がどういう内容で水月を怒らせたかは分からないが、恐らく今は何とかサソリさん達との信頼を取り戻したいと思いつつも味方の水月からの殺害予告に最早手詰まりになっているはずだ…何とかして私が助け舟を出さなくてはこの場の誰かの手によって村雨が死んでしまう。
見えている地雷原に足を踏み入れたくなどないし、心臓を握られているかの様な感覚に身体が固まってしまっているがそれでも意を決し口を開く。
「え、えっと…村雨、というより水月。これだけは確認しておく必要があると思うんだけど…ハレンチ博士は村雨が"暁"の方々に接触していたのは気付かれた訳だけど…その辺りはどうなったの?」
結論として一番重要となるのはそこだ。
ハレンチ博士達が村雨のとった裏切り行為とも言えるそれに何らかの処置をしたのであれば暁側としても水月の命乞いに応えるのは難しくなる。…つまりこれは本来ならば"してはマズい質問"だ。
だが村雨がこうしてこんな場所にいるということは──
「幸い交渉材料が大蛇丸本人じゃなく自来也の情報ってのと暁がこのバカを自来也の関係者だと勘違いしたお陰で無罪放免、幻術や洗脳の類いも何もなし。なんなら暁へのパイプ役になれるように大蛇丸が持ってる自来也の情報もその内与えるという約束付きさ」
つまりあの時デイダラさんの名前を口にしなければ何もかも上手くやれたという事じゃないか、何て事をしてくれたんだ!? いや、もうそれについては諦めよう、とにかく今はサソリさん達からの心象を少しでも良くしないと。
「つまり暁の方々の要望である自来也さんの情報は滞りなく手に入る…むしろ無理に村雨が約束の3年の間に集めるよりもよほど良い情報が入ると」
「そうだよな! お前自来也の弟子じゃねぇなら交渉材料の自来也の情報は全く手に入る保証もなかったってことだよな!?」
「「すみません、私側への報酬があまりに魅力的だったので情報集めは頑張れば良いかなと」」
「「ハモって開き直るな!」」
私と村雨が全く同じ内容で申し上げると水月とデイダラさんも同じく全く同じ言葉を口にした…私と村雨は同一体なのだからそんな事もあるだろうが、彼らがこうまで息が合うとは…この辺りも村雨のやらかし振りの大きさが垣間見える気がする。
「とにかく! アンタらの望みの情報は渡せるし、逆に大蛇丸へアンタらの嘘の情報を渡すことだって出来る。ボクらを生かしておくメリットは十分あると思うんだけど?」
「良く言いやがる…ここで会わなけりゃその女は現に俺達を欺いてたって訳なんだがな。まぁ忍の交渉に嘘は付き物、それに関してとやかく言いやしねぇが…交渉に嘘を使った以上バレた場合に代償がある事も分かってんだろ?」
騙された事を怒っている訳ではない…しかし、騙した以上最早村雨への信頼はない、信頼がない以上交渉相手には成り得ず…交渉相手でもなく自分達の情報を持ってしまった人間を生かす理由はない。
サソリさんの言い分は正しく忍世界の定石だ。
やはりダメなのか、何とか彼を抑えたくも最早挟む言葉も見当たらない。
思わず目を閉じた瞬間…"私"ではない"私"の声がした──
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サソリさんの告げる言葉に最早許しを得ることは難しいのだと理解する。
逃げる、戦う…どちらの選択も恐らく失敗に終わる…それでも先程まで水月も偽雨も何とか繋ごうと頑張ばってくれていた、ならば私もそんな失敗の決まった物とは違う、希望のある最後の手段を取るしかない
「分かりました…お望みであるならこの首を断ちます。ですがどうかその前にもう一度上司さんに合わせて頂けませんか…今回の顛末全てをお話し説明した上で上司さんの判断に従います。…この場で私を殺した件をお二人が報告する手間を省けますし」
危ない賭けだが、闇雲な逃走や突撃よりはマシだ。
最初に顔を合わせて誤解させたサソリさん達より、サソリ達の報告の末に誤解していた上司さんの方が私への直接的な怒りは少ない可能性がある…ならば今からでも正直に話せれば許される可能性はなくはない。
そして上司さんからの許しを得られれば部下であるサソリさん達も下手な事は出来ないはずだ。
勿論、この場で殺せば済む相手にわざわざそんな時間を取るのも無駄と思う可能性はあるが…上司さんや鬼鮫さん達にとっては私は自来也さんの情報源…ならば私をこの場で殺した場合その件についての報告はどうしても必要になる。ならば私自身を連れていき直接報告させた方が楽であることは間違いないはずだ。
「……チィ…」
…と、思っていたのだが…唐突にお二人の顔が苦々しい物へと変わってしまった。
どういうことだ? と首を傾げると水月は僅かに口を吊り上げた。
「そうだよね、今こいつを始末したら君らは上司に『ハレンチ博士なんてアホみたいなあだ名に騙されて大蛇丸の部下を自来也の弟子と間違って招待したので始末しました』って報告しなくちゃならないね! 仮にこいつの言う通りにしたってこのバカの口からそれを懇切丁寧に説明されちゃう訳だ! だったらどうせ約束の自来也の情報は手に入るんだしボクらを見逃した方が君らの立場もマシなんじゃないの!?」
何故か脅しが始まった!? どうしてそんな喧嘩腰になってしまうんだ!?
「…別にそのハレンチ博士なんてアホみたいなあだ名で勘違いしたのはオイラ達じゃねぇよ」
「どうだか…結局最初に深く調べなかった君らにも責任に一端はあるってされるんじゃないの」
苦い表情はそのままに、今までより若干声を小さくしながら反論するデイダラさんに水月は冷や汗を掻きながらもあくまで強気に返す。
…いや本当に、確かに打算もあったが平和的に上司さんの判断を仰ごうと思ったのに何でこうなってしまうんだ?
このままでは結局戦闘に発展してしまう可能性もある…これまでのやり取りからしても恐らくデイダラさんよりも立場が上だと見て取れるサソリさんへと視線を向ける。
果たして彼の判断は…どういう結論を出すのかとジッと見つめる。
「……ハァ、自来也の情報は…手に入るんだな?」
「はい、ハレンチ博士は皆さんに強い関心を持っている様でしたので交渉材料は本物を用意するのではないでしょうか?」
「分かった、なら今すぐ大蛇丸の下へ戻れ。で、もう妙な行動は取らずに大人しくしてろ」
「ふざんけんじゃねーぞ! 旦那ァ! こんな奴らの口車に乗せられてんじゃねェーぞ! うん!」
よし、良い流れだ!!
サソリさんは私を見逃し派、デイダラさんはまだ警戒中…これなら水月も彼らを殺しに掛かり辛く、逃げの選択をするはずだ!
そしてサソリさんが見逃し派である以上この場から逃げても背後から襲われる可能性は低い、完璧だ!!
水月とデイダラさんが不穏な感じになった時は心配したが結果的にむしろ良い感じに収まったと言える。
ならば後はサソリさんの気が変わる前に早々に失礼させて頂こう。
出来れば土源龍の可食部を回収しておきたいけれどサソリさん達も源龍を求めてきたらしいし、何より水月の言うようにこの龍達、実は仙術と全く関係ない疑惑がある…。
ならばこの場は諦めてもう一度詳しく調べてみてもし彼らが仙術と関係があるなら、その時にまた考えよう、本当に関係ないのならこの場で無駄にリスクを負う必要もないのだし。
そうと決まれば…一度サソリさん達へ頭を下げ、水月の手を取る。
「それでは我々は失礼します、色々と申し訳ありませんでした──あ、それと源龍を捕獲されるのであればこちらをどうぞ」
「村雨、水月も気を付けて帰って──もしもオリジナルの貴女が死んだらサソリさん達が困るから」
手元に残っていた龍刃を3本足元に置いて、もう一度だけ頭を下げると水月の手を引っ張りながら足早に駆け出す。背を向けつつも背後を注意したが彼らが追撃を仕掛けてくる様子もなく偽雨のその声だけが聞こえた
しかし随分と物々しい言い方だ…気を付けて帰ってだけならともかく私が死んだら…とは、この場を切り抜けた以上命の危険が伴うこともないと思うのだが──水月が何やら険しい顔をしている…あぁ! 帰った後でハレンチ博士に抜け出した事やこの場であった事を気付かれた事を心配しているという事だろうか? それなら納得だ。
しかしそれも無用の心配というものだ。
洞窟を出ると最初に空を見上げる…重吾さんに外出中のハレンチ博士を小鳥で監視、動きがあればそちらも小鳥を飛ばして知らせてほしいと頼んでいたのだが特にそういった様子は見られない。
ならば出来る限り急いで下山、そして降龍山の麓まで来ると制限も無くなり水化の術が使えるようになる。
後は事前に造っておいた『閃刀・黄華』を使い飛雷神の術(天送の術)を行えば──視界を覆う強烈な光に飲まれ──気が付けばアジトの門前に置いて来たもう一振りの『閃刀・黄華』の下に到着…という訳だ。
本来ならば早過ぎる転送に身体がズタズタになるが液体の身体である私と水月はその負担を柔軟に耐えられることで実現した瞬間移動法だがやはり便利だ。
一瞬にして周囲の景色が変わった事に確かな手応えを感じていると門が開き大柄の男性…重吾さんが姿を見せる。
「無事に帰還出来た様だな──目的の物は…手に入らなかったのか?」
無事…というには土源龍との戦いでだいぶボロボロではあるし、色々とトラブルもあったのだが…ともかく私達の帰還に安堵しながらも、手ぶらで帰ってきた事に対して気を遣った様子の重吾さんに首を振る。
「もしかしたら初めから私の勘違いだった可能性も出てきた…もう一度仙術について詳しく調べてみる」
「そうか」
「まず何で碌に調べず龍に突っ込んで行こうとしたのか聞いていいかな!?」
「名前が紛らわしくて、つい…あ、それよりまずは部屋に戻ろう」
折角時空間移動で気付かれる事無く帰れたというのに門前で集まっているところを見られたら台無しだ。
『閃刀・黄華』も回収し外出の証拠を全て隠して自分の部屋…というより作業場である鍛冶場へ戻ると客人用の椅子を出して2人と共に椅子に座り、今後の動きを考えようと顔を見合わせる。
「とりあえず仙術のことだけど…素直にハレンチ博士に聞こうと思う」
そもそもハレンチ博士に聞かずに動いたのも正規の忍に見つかる危険性を考慮した場合に外出禁止にされたくなかったことに加えて"降龍山"という可能性があったからだ。
しかし"降龍山"がハズレとなるともう当てもない…だったら素直に聞いた方が良い。
「そうだな…大蛇丸も仙術に興味はあるようだったからな、案外簡単に話もつくかもしれないぞ」
「それは良い、じゃあ帰ってきたら聞いてみよう」
「話は纏まったね。じゃあ村雨…ちょっとボクの話も聞いてくれないかな?」
…? 水月から妙に改まって声を掛けられ思わず首を傾げる。
「急にどうかしたの?」
「いやね、マジで君をぶっ殺そうかと思ったんだけど──」
「え!?」
「ただ偽雨だっけ、アレの言う事ももっともだったから…まぁ精々お詫びの気持ちでも見せてもらおうと思ってね」
少し驚いたが、言われてみれば暁の方々と鉢合わせさせてしまった事は確かに辛い経験だったことだろう。
どうにもついつい甘えてしまいガチだしここは大人しく水月の要望に応えて然るべきだろう。
「分かった。可能な事であれば何であれ答える」
「オッケー、最近首斬り包丁以外にも良い刀が欲しいと思ってきたんだよね」
「そんな事? お安い御用──」
「という訳でお詫びとしてボクの刀を最優先で造ってくんない!? 4万本ぐらい!」
………え?
「そんなに刀を持って使うのか?」
「…4万…4千でなく?」
「それも十分多いと思うんだが?」
「とにかく4万、素材はボクが選んで適当に持ってくるからそれで何か良い感じの刀を性能被りなしで片っ端から造ってね! あとお詫びなんだから当然他事禁止! ノルマ達成までここから出るのも禁止ね!」
な、何だか凄い勢いで捲し立てられている。
そもそも適当に持って来られる素材で似たような性能もなしに4万というのは無茶振り過ぎるのでは?
「そ、それは少し困──」
「出来ないの?」
「…で…出来ないとは言ってない。出来る…刀造りで出来ないことなんてない」
▼▼▼
その日の夕暮れ、大蛇丸はサスケと共にアジトへと帰還した。
サスケには休息をとる様に告げるとそのまま部下の少女…香燐の下へと足を運ぶ。
実を言うと今回の野外修行というのも半分建前だ。
自分が目を離した際に村雨がどう動くのか…自分だけでなく妙に目敏くカブトへの警戒しているようだったのでカブトも自分達に同行させた上で敢えて香燐に監視を命じていたのだ。
「──で、どうだったかしら?」
「水月や重吾と組んでどっかに外出した様でした…"龍地洞"がどうとか言ってましたけど」
「あら、ということは今度は仙術について調べていたのね…まったく、節操のない娘。まぁそういう事なら一度話でも──」
「その、それが…帰ってきた途端これから暫くは鍛冶場に缶詰めになるから3食の手配だけ頼む…と」
「今度は何があったの?」
あの娘が鍛冶場に籠るというのは珍しい事でもないが、素材の吟味に自分の部下や牢の者達、その他資料を見に行ったりと何かと行動的でもあったのだが…一体何事かと少なからず驚く。
その後告げられた水月の怒りの末の処置と聞いて最早呆れを通り越して感心する。
なるほどその手があったか…と。
あの自由過ぎる狂人をお詫びという縛りと職人気質への刺激で追い込んだ水月の手腕に心の内で称賛を送る。
暫く振りに大人しくなるであろう確信と共に今日は水月の苦労を労い彼の望む食事でも手配してやろうと思うのだった。
──それはそれとしてどこへ行って何をしてきたのかは確認するのだが。
水月による村雨の最適解運用法
(条件:罪悪感を抱かせるまで村雨の無茶振りに付き合う)
サソリの妙に甘い対応についてはまた次回。