実に壮観だ…目の前に横たわる5種類の巨大な龍達。
もっともその内の1体、土源龍に関しては既に身体の殆どを改造され、原型を留めていないのだが、それを差し引いても目の前に並ぶ存在が自らの作品を更なる高みへと昇華させるだろうという確信が胸を高鳴らせる。
恐らくサソリさんも少なからず同じ気持ちなのだろう、遂に揃った彼らから片時も目を離さずにジッとしている。あの五体の龍を如何にして繋ぎ合わせ形にするのか…いま彼の頭の中では高度な計算と共に導き出している最中なのだろう。ちなみにデイダラさんは鬼鮫さん達が来る少し前に別室で寝ると言って席を外している…鬼鮫さん、若しくはイタチさんと会いたくない理由でもあるのだろうか、と思ってしまう程の唐突さだったがそれはそれ、何であれ当事者たる私とサソリさんの2人が揃って無言でいる訳にもいくまい。
ここはまだ手の空いている私が奔走して頂いた彼らに礼を述べるのが筋と言うものだろう…未だに納まらない高揚感に何とか区切りを付けて五源龍から別の人物へと視線を動かす。
「ありがとうございました。鬼鮫さん、イタチさん」
残りの五源龍を写輪眼によって強制的にこの場へ口寄せして頂いたイタチさんとその相方を務めていらっしゃる鬼鮫さんの2人…五源龍との戦闘、"降龍山"からここへ移動、そして五源龍の口寄せと何かと苦労を掛けてしまった事もあってせめてもの休養をと寛いで頂いているのだが、実力故か特に疲労されている様子を見せないまま鬼鮫さんが口を開いた。
「何、久々に刺激のある戦いが出来ました、龍と戦う機会など早々ありませんしね」
「それは何より」
好戦的な鬼鮫さんからすれば五源龍もちょっと珍しい相手という感覚なのか…面倒事を頼んだ身としては楽しんでくれていたなら助かる限りだが相変わらず凄い人だ。
「それにしても…まさか与えられた鍛冶場に茶屋まで構えるとは…分身であるが故に本気の刀造りは自粛するとは聞いていましたが突拍子のないところは相変わらずですねェ」
「一番の生き甲斐がない以上他の何かを模索するのは当然ですし、お世話になっている皆さんに少しでも貢献できるものと考えた末の発想です。そんなに突拍子がないわけではないかと?」
「…若干否定しきれないのが気に入らないですね」
「理不尽な…」
ちゃんと考えた上での行動をそんなバッサリ切り捨てられてはまともに言葉が出せなくなる…まぁ実際のところ暁の方々に少しでも関われる様に思ってのところが大きな要因である為、方便として述べたものがぞんざいに扱われるのはある意味仕方ないのかもしれないが。
「…まぁ、私としては貴女の茶がまた飲めるとは思いませんでしたし、これはこれで悪くはありませんが」
「鬼鮫さんが里にいらっしゃった頃は何度かお出ししましたからね」
「そうですね、忍具を調達させて頂いている店に波風立てまいとお出しされた物ぐらいは頂くようにしていたら店に足止めする為に何度も次の一杯を出されたものですね…懐かしい」
「懐かしいものですね」
あの頃の鬼鮫さんは今より幾分か素っ気無いというか余人を近づけない雰囲気だったが、それでも何とか試運転や次作の意見を頂こうとそんな事をしていた…お陰でお茶を入れるのはそれなりに上達したし良い思い出だ。
そう考えてみると鬼鮫さんが里を抜け、私も同様に里を抜けた末にこうして里にいた頃の様にお茶を入れて振舞って…というのを繰り返しているのは中々に奇妙な縁もあるものだ。
「…まぁ我々の様な者がこうして寛げる場が出来たのは良い物ですね、木ノ葉の茶屋では上忍どもに見つかって一息吐く間もありませんでしたからね」
「そうだったな」
何故木ノ葉で茶屋に? 鬼鮫さん達はSランクの抜け忍達…ならば五大里の木ノ葉は言わば敵陣の中だ…そんなところの茶屋に入ったとしたらそれはそうなることだろう。
実力故に見つかっても問題ないという自信…にしても不用心が過ぎる、そんなにお茶が飲みたかったのか? もはや見つかる為にわざとなのではと思ってしまう。
…いや、考えてみたらSランクの抜け忍であるが故に故郷の味には中々触れらないことだろう、任務か何かで木ノ葉の里へ潜入したのなら危険を承知でも馴染みの店に足を運びたくもなるやもしれない。
「…なぜ私の湯呑に茶が追加されているのですか?」
「故郷の味が恋しくなっているかと思いまして」
「この茶葉湯隠れの里から仕入れたものですよ」
「そうでした」
やりとりが懐かしいから勘違いしていたが茶葉はあの頃使っていたのと全くの別物だ。故郷の味でも何でもない、ただの異国の味だ。
…あ、でも湯隠れの里は観光地として有名だけあってこの手の茶葉も実に良いものだ、決して品自体に非があるわけではない。
「…随分と仲が良いんだな」
「さて…どうでしょうかね」
確かに鬼鮫さんの反応の通り、仲が良いかと聞かれると良好と言っていいかは微妙だ。
刀を造る為に参考意見を頂こうとして半ば強引に関わっていった一方でこちら側からしたことと言えば精々要望を受けた刀を造り多少安く提供した程度で水月の様にプライベート的な付き合いがあった訳でもない。
だからこそ私は鬼鮫さんが何を思い里を抜けたのかは知らない…大名殺害や国家破壊工作などの疑いという噂は聞いたがその理由を知らないし、特に調べようというつもりもない。
とはいえ鬼鮫さんから刀を意見を頂く時間は好きだったし、私個人としては親しくして頂いたつもりだ…だからこうして再び同じように過ごせることは喜ばしいことだ。
さて、それはそれとしてだ。
鬼鮫さんと並んでお茶を飲みながら会話にもごく自然に混じっていたイタチさんへと視線を向ける。
お出ししていた茶菓子は既に平らげられており、心ばかりのもてなしだったが不満はなかった様で何よりだ、この様子ならばイタチさんの方へ話を振っても大丈夫だろうか?
…大丈夫だろう、よし。
「そういえば…イタチさんはサスケ君のお兄さんと伺いましたが本当なのですか?」
ピタリ、と湯呑を口元へ運んでいたイタチさんの手の動きが止まる。
「あぁそうでした、弟さんが奇妙な刀を持っていましたが…あれはやはり貴女の仕業でしたか」
「はい、木ノ葉で中忍試験が行われていた時にカカシさんに頼まれてお造りしました」
「あんな物を造れるのは貴女ぐらいとは思いましたが…」
「頑張りました」
「まぁ弟さんは使いこなしていない様でしたがね、思いっ切り火傷していましたよ」
「そんなはずは!? 写輪眼と言えばチャクラの動きを見切り観察眼としても優れているものなのでは!? 磁遁による雷の性質変化の増幅も完璧にコントロール出来るはずでは!?」
「磁遁…それは流石に無理でしょう…」
鬼鮫さんがため息混じりに呆れた様子でそう呟いてイタチさんへと視線を向けると、その意を汲んだのか、イタチさんが静かに口を開く。
「確かに写輪眼は観察眼として優れチャクラの動きを見分けるが…血継限界による特殊な性質変化を完全に見切れる訳ではない、それにチャクラを見切ったとして、それをコントロールできるかは本人のセンス次第だ」
「案外写輪眼というのも万能ではない…話が逸れました、それで…後で知ったのですがサスケ君はイタチさんの命を狙っているとか…」
「……」
「その様子でしたね…お二人には色々とあったそうですから」
特に反応を示さないイタチさんに代わって鬼鮫さんが肯定する。…しかしその内容は詳しい説明をせずにあくまで所感といった様子だ。…これはつまりそれ以上は踏み込むな…という鬼鮫さんなりの警告なのか。
サスケ君とイタチさんの確執がどういうものかは分からないが、仮にも兄弟の話となれば会話が続くと思ったが…ひょっとして話題を間違えたのだろうか?
困った、正直イタチさんとサスケ君の関係は私の目的には然程重要でもないというのに…あくまで会話の掴みのつもりだったのにこれで気を悪くさせてしまっては元も子もない。
ここは差し障りのない反応をして話を打ち切っておくのが吉だろう。
「…そうですか、いつかわだかまりが無くなると良いですね。折角のご兄弟なのですから」
「…はぁ…相変わらず能天気なものですね。すみませんイタチさん…我々の様な人種とは無縁の娘ですから」
鬼鮫さんが何故かため息を!? 今の一言に何か問題があったか!?
「気にするな…事情を知らないが故のことだ、目くじらを立てることもないだろう」
「えっと…す、すみません」
よ、良く分からないが恐らくイタチさんの方に気を使われたようだ…本人は気にしていないと言っているがこれはどうなんだ? 正直悪印象を抱かせた気がしてならない。
「…そういえば俺の方も君に聞きたい事があったのだが、構わないか?」
「はい、勿論です。どういった刀の話でしょうか?」
「──君は本当に自来也さんの弟子なのか?」
唐突に処刑台に立たされたのだが私は何か良くないことでもしてしまったのか?
などと、本来ならば焦るところだが…暁の方々と取引を結んだ際に万が一疑われた場合のことは覚悟していた、そもそも私は元霧隠れの人間、木ノ葉の忍である自来也さんの弟子という関係性に疑いを持つ人も当然いるだろう。
何なら自来也さんの弟子であるはずがない…と断言され即処断される可能性だって十分あるのにこの様な問いかけをされる時点でまだまだ巻き返しの猶予がある証拠だ。
だからここは極めて冷静に返事すれば良い。
「はい、伝説の三忍に名を連ねられているあのハレンチ博士です」
「……」
冷たい視線が突き刺さり無意識に身体の前に腕を構えようとするのを必死に堪える。
その仕草は自分の本心に踏み込まれたくないと訴える、相手との間に壁を造りたいという心の表れだと青さんから聞いたことがある。…昔は意識しなかったが白眼を入手して以来そういうのに気付く様になったと仰っていたが、やはり瞳術というのは凄いものだ。
…まぁその壁を造りたい相手も瞳術使いなのだが…聞いていて良かった心理学。
とにかく至極平静を装ってお茶でも頂こう、湯呑で良い感じに表情も隠れることだろう。
それこそ木ノ葉で茶屋に立ち寄ったイタチさんや鬼鮫さんを見習い、危うい場所でも悠然とお茶を嗜む余裕を見せておこう。
…あれ、そういえば唇を隠すのも何かのサインだと言っていた様な。
えぇっと確か…唇に触れるのは心の動揺を表す自己親密行動の一つ、それは緊張感や不安を和らげようと行う防衛本能を示す…だったか。
──駄目じゃないか!? 心の動揺を全力で自己表現してしまっている、ちゃんと聞いておけば良かった心理学!
い、いや…でも『私が自来也さんの弟子じゃない』という可能性にイタチさんが思い至っているにしても『ハレンチ博士とは大蛇丸さんのこと』という件にまで思い至る可能性は限りなく低い。
即処断されない以上まだ巻き返せるという状況そのものに変化はないはずだ。
「自来也さん…ハレンチ博士からは色々な事を教わりました。霧の里を出て、刀造りの為に色々な事をしていましたがそんな無鉄砲な生き方ではいつかろくでもない最期を迎えるだろうと諌められたこともありました。隔絶された環境で生きていた私が外の世界に目を奪われるのは分かるが、目に映るもの全てが糧となるとは限らない…と」
「そうか…」
「一緒に食べたおでんの味は忘れられません…会話が盛り上がってお店に少々迷惑を掛けたのは少し反省ですが」
とにかく、自来也さんとの実際に合ったやり取りと語ることで少しでも信憑性を高めておこう。
「…では何故あの人を裏切ってまで我々と関わろうとする?」
しまった、親密な関係として語り過ぎてしまった、今正に私は自来也さんに言われた事に反し、抜け忍の集団である暁の方々と関わっているんだ。このままでは私の行動が不自然だ!
今すぐイタチさんが不自然に思わないような理由で、かつ鬼鮫さんが違和感を感じない様に"村雨らしい"考えの上である必要もある。
──いや、無理では?
"村雨らしい"理由ではどう考えてもイタチさんにとって到底納得できる理由にはならないだろう。
かといって安易な嘘を述べた場合鬼鮫さんにとって怪しく感じるものになるだろう…なんならイタチさんを誤魔化せるかというのも大いに疑問だ。
「ふん、くだらねぇ問答だな。造形家ってのはそういう人種だ。例え誰に何を言われようが自らの作品を高める為なら手段を選んだりしねぇ」
「っ! …はい、その通りです」
「……なるほど、それは俺では思い至らない理由だな」
庭で作業を進められていたサソリさんがふと告げた言葉にすぐさま同意する。
その言葉は紛れもなくサソリさん自身のお考えなのだろうが、同時に言い逃れに悩む私へのフォローでもあるのだろう。
間違いなく、優れた忍者であるのだろうが『物造りの者』としての視点を持たないイタチさんは理解出来ずとも腑には落ちたのか納得した様子で突き刺すかの如く冷たいその写輪眼をゆっくりと閉じた。
何とか切り抜けた安堵と鋭い視線からの解放感に心の内で深く息を吐く。
降龍山で村雨がサソリさんに全てを暴露してしまった時はどうなるものかと思ったが…まさかこうなることを考慮してサソリさんを味方に付ける算段だったのか!?
確かにもしもサソリさんを味方に付けていなければ、最悪この場でイタチさん、サソリさん、鬼鮫さんの3人に追い詰められることになったやもしれないのだから恐ろしい。
流石はオリジナル、その先見性には舌を巻くばかりだ。
「偽雨、"クシナダ"の設計で話がある」
「あ、はい。それでは鬼鮫さん、イタチさん、失礼します」
出来ればもう少しイタチさんからの印象を良くしたいがこれ以上粘ると確実にボロがでる。
この場での挽回は諦め、次の機会を待つことにしよう。
「これだけは言っておこう」
これ以上状況を悪化させる前に離れようと腰を上げた瞬間、イタチさんが再びその眼を開き声を上げた。
「自来也さんの言っていることは事実だろう。目の前の存在に欲望のままに手を出し続ければいずれその全てが敵となるやもしれない…他者を欺き利益だけを得ようとしているのなら猶更だ」
「……それは」
「ただの忠告だ。今のままならろくでもない最期を迎えるだろうというな」
自来也さんから言われた事だ…確かに、彼女の同一体として生まれその行動を客観視できる視点に立てば彼らの言い分も理解はできる、現に少し前に危うく、ハレンチ博士も暁の方々もどちらも敵にしてもおかしくない状況だったのだから。
「刀造りを何よりも尊ぶのは良いが、その過程で他者の道を踏み躙ることの意味をよく考えておくことだ…それは、俺が言えた義理でもないがな」
そう語るとイタチさんも同様に腰を上げ、「行くぞ」と鬼鮫さんに呼びかけると外へとゆっくりと足を進めていく。鬼鮫さんも「それでは、また来ますよ」とだけ言って、彼に続く。
「…ありがとうございます」
向けられた忠告に対する礼を口にした時、既に彼らの姿はどこにもなかった。
他者の道を踏み躙る…確かに既に何度かしているし或いはハレンチ博士や暁の方々にも同じことをしているのかもしれない。裏切り、利己的…自らの行いがそういったものであることも理解しているつもりだが…それでも"村雨"は止まらない。
至高の刀を造る夢…その果てがろくでもない最期だと言うのならば、最期を迎える前に夢を叶えるまでのこと。
納期を守って作品を仕上げる…要はいつものことなのだから。
「おい、いつまでボケっとしている。早く来い…偽雨」
「っ! はい、すみません」
考え事に夢中になっていたがサソリさんが明らかに不機嫌になっている、これ以上待たせるのは危険だ。
…というか、てっきりさっきの問答へのフォローだと思っていたが"クシナダ"設計についての話というのは本当のことだったらしい。
そういうことならそれこそ待たせる訳にはいかない。
手早く湯呑と茶菓子の皿を片付け、五源龍の並ぶ庭へと急ぎ足で飛び出すのだった。