霧隠れの狂人   作:殻栗イガ

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涙雨

 心にポッカリと穴が空いた様な感覚に陥る。

 自分が何故ここにいるのか、何がしたかったのか…その全てがちぐはぐになっている。

 

 我愛羅君を飲み込んだ鳥に乗りアジトの外へとデイダラさんが飛び立って、それを追ってナルト君とカカシさんもアジトの外へと飛び出して行った。

 …さて、目の前にいるのはテマリさんとナルト君の班員の桜髪の少女、そしてサソリさんと顔見知りらしきご年配の女性の3人。

 

 敵意は確かに感じるが同時に戸惑った様子でこちらを見ている。

 

「村雨、…前に我愛羅からお前が大蛇丸の下にいるとは聞いたが…どうして今は暁と一緒にいる?」

 

 カンクロウからも聞かれた質問だが…あの時は「いつも通りに過ごした結果」と答えたが…今となってはその答えも正確とは言えないだろう。

 いつも通りに過ごした結果彼らと関わる様になったのはテマリさんが言った様に"村雨"の事情だ。

 村雨でない、偽雨が暁の方々と一緒にいる理由を敢えて言うならば──

 

「私は生まれた時から彼らの下にいた。私はこの人達に生み出された存在だから」

「何を訳の分からないことを…お前は霧の里の──」

「そもそも私は村雨じゃない」

「もういい。カンクロウ達はどこだ? 一部の傀儡部隊の連中は殺していながらわざわざ連れ去ったんだ、どこかにいるんだろ? …そこか?」

「そこです」

 

 テマリさんが視線で示したのは洞窟の壁にもたれる形で安置されている傀儡人形"赤蟻"…カンクロウ達傀儡師達を捕らえている傀儡人形だ。

 つまりその推測は正解だと肯定したのだが何故か疑いの目で見られる…正直に答えたのに…。

 

「…ねぇアンタ、昔カカシ先生を尋ねてきた刀匠よね。さっきテマリさんが言ってた、大蛇丸の下にいたって本当?」

「いえ、私はハレンチ博士とは一切関わりはないです」

「分かった…そうやってとぼける気ならぶん殴って大蛇丸について知ってること吐かせてやる」

 

 何故? 関わりないと言っているのに…あ、呼び方のせいか。

 

「ごちゃごちゃとうるさい連中だな、お前らこいつと世間話でもする為にこんなとこまで来たのか?」

「安心しろ、すぐに殺してやる…」

「フン…おい、死にたくなけりゃ退いてろ。"赤蟻"を盾にしておけば奴らもすぐには攻撃しねぇだろ」

 

 確かに中の様子も不明なまま、諸共攻撃など迂闊な真似はそう容易くはしないだろう。

 勿論彼女らも忍だ…彼を人質として利用したりしようものなら非情な決断に踏み切る可能性もあるがサソリさんを無視してまで戦闘に参加しない私を狙う程暇ではないだろう。

 

 サソリさんのその指示に従い"赤蟻"の陰に隠れるとテマリさんの冷酷な視線が突き刺さる。

 見下げ果てた…とでも言いたげな視線だ。

 無理もない、彼女からすれば私は交流のあった相手を盾にする外道に映ることだろう。

 

 正直、もう私にとって"クシナダ"計画も村雨の刀造りの為に暁の方々からの印象を良くするなんてこともどうでも良い…この場で目の前の"赤蟻"を彼女に差し出しても構わないのだが…。

 

 テマリさんやカンクロウ、我愛羅君達との交流とて村雨のものだ…偽雨にはそんなものは始めからなかった…だからそんな義理立てもしてやる理由もない。ならば刀造りも"クシナダ"もどうでも良いが、少なくとも生活面でお世話になった暁の方々の方に付くのがまだ誠実だと言えるだろう。

 

 自暴自棄…というものなのだろうか? 

 朧げな意識のまま目の前で始まったサソリさんと彼女達の戦闘を眺める。

 

 サソリさんの左腕から射出された毒付きの仕込み千本をテマリさんの風遁忍術が全てを弾き飛ばす。

 流石…記憶にあるのは三年前のものだがその頃より更に威力が増している…しかも、彼女の風に隠れて桜髪の少女…サクラさんというらしいが…彼女がサソリさんのすぐ傍まで迫っていた。

 

 サソリさんの鋼鉄の尾の反撃が不自然に停止し、その隙に綱手様を彷彿とさせる規格外の威力の拳が叩き込まて、傀儡鎧の中のサソリさんが飛び出てくる。

 恐ろしい体術だ…さきほどぶん殴ってでもハレンチ博士の情報を吐かせると言っていたがあんなものを受けては口を割る前に死んでしまう。

 

 ……まぁ、そうなってしまっても構わないけれど。

 生き長らえたところで何か成したいわけでもない…あぁ、虚しくも面白いものだ、あれ程傾倒していた刀造りに一切未練が湧かない。

 

「…あぁ、そうか、ある意味ではもう私…死んでしまったのか」

 

 "刀匠"としての生き方を止めて、その生き方に疑問を抱いて…存在として生きていても自らの存在を肯定する気が起きない…これでは生きているなどと言えるはずもない。

 血の流れを感じなくなりながらも目の前の様子をぼんやりと眺める。

 

 思った以上に若い…初めて見るサソリさんの本体と彼が呼び出した"三代目風影"様の人傀儡と彼の祖母だというチヨバアさんの呼び出した"父"と"母"という2体の傀儡の激しい応酬が繰り広げられている。

 仕込み武器同士による耳に響く金属音に村雨ならば…少し前までの自分ならば心弾ませたことだろうが…

 

「…あれ?」

 

 おかしい、何故これ程までに金属音が響き続けている? 

 三代目風影様の人傀儡はサソリさんが自らの中でも最も気に入っているコレクションだと語っていた…そしてその評価の通り、手に持つ武器はあの時闇市で村雨から買い取った刀だ。

 

 だというのに何故…チヨバアさんの傀儡達はそれを受け止め続けている? 

 思わず身を乗り出して様子を窺えば…彼女の傀儡が持つ武器も同様に村雨が造ったものだ…"長刀・鉄切"に"刃鉄扇・舞風"…その他、いずれも砂の里で売っていた物だった。

 

 絶句している私が目に付いたのかテマリさんが口を開く。

 

「報告でお前がこいつらと一緒にいるのは聞いていた…だから里を出る前にバキの奴が可能な限り集めていたんだよ、お前が昔売っていた刀をな!」

 

 ……何だそれは。

 里を裏切った村雨に対抗する為に村雨の武器を集める…何だそれは。

 

 

「ズルい…」

 

 

 例え敵になろうとも村雨の武器は…村雨の技術はそれに対抗できる物はないと思われて必要とされる、職人としてそれ程嬉しいことはないだろう…そんなのズルい。

 あの刀達を造った記憶は私にだってあるのに…私の人生であれ程の作品を造った事実はない、それがどうしようもなく悲しく苦しい。

 

 未練なんてない…さっきまで何もなかったのに…

 響き渡る金属音が、舞い散る火花が…心臓を締め付ける。

 

「ふん、武器の性能は劣らないという訳か…ならさっさとこっちを使うか」

「させるか!!」

 

 三代目風影様の口から砂鉄が噴き出した瞬間、テマリさんが扇子を大きく振るう。

 強烈な風が砂鉄を舞い上げてその隙に2体の傀儡が三代目風影様に迫りくる。

 

 …なるほど、テマリさんが来たのはこの為でもあったのか…どうやら傀儡部隊に生き残りがいたせいで何かと情報を与えてしまっていたらしい。

 

「……くだらねぇ」

「っ!?」

 

 頭上に浮かび上がった砂鉄が集まって巨大な塊になる。

 サソリさんがより多くのチャクラを込めたのだろう…あれでは風でもどうにもならない──巨大な砂鉄の塊が彼女達に振り降ろされる。

 

 チヨバアさんがテマリさん、サクラさんそれぞれを2体の傀儡で辛うじて助けたようだが…激しい揺れと砂煙に皆動きが止まった。

 

「"砂鉄時雨"」

 

 唯一動いたのはサソリさんのみ、無数の砂鉄の弾丸が激しい勢いで打ち出され…彼女らを守るべくチャクラの盾で防御した2体の傀儡の内側に入りこんだ。

 これであの傀儡達は動けない…いや、それ以前にあの傀儡達に2人を守らせた以上、チヨバアさん自身は──

 

「…腕だけとはいえ、己の身体のカラクリ化とはな」

 

 彼女の腕は他の傀儡同様に四方向に広がりチャクラの放出による盾を形成しており、腕こそ砂鉄に囚われ機能を失ったようだが身体への外傷は一切なく切り抜けていた。

 

「…傀儡使いという人種同士、考えることも同じだな」

「──そうか、そういうことか」

 

 あぁ、なるほどそういうことか。

 サソリさんの言葉にチヨバアさんと同時に彼の姿と彼の経歴の不自然さに合点がいく。

 

 凄いなぁ…サソリさんもチヨバアさんも…これまでの戦闘の様子も、彼らが施した"自らの身体のカラクリ化"も、どちらも傀儡の術という一つの技術の極致だ。

 村雨が憧れ、私が絶対に辿り着くことのない領域にいる2人にただ焦がれる。

 

 もっとも、その内1人はもうすぐ消え去ってしまうのだろう。

 傀儡は砂鉄により動かせず、傀儡師の命であるその腕も片方は機能を停止した…テマリさんもサクラさんもかなりの実力者ではあるがサソリさんの攻撃を見切れるレベルではない。

 

 もう決着は見えた──そう思っていたのだが…。

 チヨバアさんの片手で操る傀儡糸の援護を受けながらサクラさんが果敢にもサソリさんへと挑んでいる。

 その怪力で砂鉄の塊を殴り飛ばし、何よりサソリさんの攻撃の軌道を把握し始めているらしい。

 

 サソリさんもそれを分かっているのか、1つの塊ではなく再び無数の砂鉄の弾丸を造るもテマリさんの風がそれを防ぐ。

 重量のある攻撃にはサクラさんの怪力が、手数の攻撃にはテマリさんの風が、そしてチヨバアさんの援護が彼女達を守る…依然優勢なのはサソリさんではあるが徐々に徐々に…戦況を巻き返している。

 

 ──信じられないことだ…だが、分からない。

 

「どうして…そんな危ない戦い方が出来るの?」

 

 テマリさんとチヨバアさんの2人を後方の援護に回すということは単身で三代目風影様を操るサソリさんへと向かっていくということだ。サクラさんは何故そんな無茶を──

 

「アンタ達は私が絶対に捕まえる! どんな刀に手足を斬られようとも! 毒を喰らって動けなくなろうとも! 私が半殺しにして大蛇丸の情報を…サスケ君の情報を吐かせてやる!」

「っ!?」

 

 あぁ…そうか、そういえば…サスケ君は元々彼らの班員だったか。

 しかし、だとしても分からない…。

 

「彼は抜け忍のはず…それなのにどうして…」

 

 班員だからこそ、抜け忍となったサスケ君を殺そうと…とも考えられるが、彼女の様子からしてもそうとは考えにくい、そもそもいくら使命感が強いといってもそんな事でサソリさんやハレンチ博士と戦おうとする人などいないだろう。

 だったら何故? 

 

「好きだからよ! 文句あるかしゃーんなろ──ーっ!!」

 

 砂鉄の塊を殴り飛ばし、洞窟を崩落させながら彼女は叫んだ。

 好きだから…か。

 

「…うん、それじゃあ…どんな無茶も仕方ない」

 

 薄暗い洞窟が崩れ、陽の光の下へ出たこととは違う…もっと眩しい存在に目を閉じる。

 羨ましいな…あんな風に戦ったりは出来ないが、記憶の中の私も彼女の様に好きな事の為に全力で生きていたはずなんだ。

 

 

「──小娘のくせに大した怪力だ…だが…人探しなら他所でやれ」

 

 サソリさんの指が今までよりも激しく動く…それは傀儡人形へ"特別な動き"をさせるということだ。

 頭上に浮かぶ砂鉄の塊同士が連結し無数の槍へと枝分かれしていく──回避も殴り飛ばすことも不可能の超広範囲攻撃だ。

 

 大きな地響きと大量の砂煙…後方にいたチヨバアさんと彼女の傍にいたことでテマリさんは瓦礫に押し潰されながらも辛うじて砂鉄自体での負傷はないようだが…

 

「サクラ、傷を!?」

 

 誰よりも接近していたことで遂に彼女は砂鉄による負傷を受けた…それはつまり毒を体内に注入されたということだ。瞬く間にふらりと彼女は体勢を崩し膝から地面へ倒れていく。

 

「毒が効いてきたようだな…放っておけば3日は持つが、そんなつもりはない」

 

 三代目風影様が刀を構え、倒れ伏したサクラさんへと迫る。

 彼女の生き様は輝かしく憧れるものだった…だが残念だ、あれではもう──

 

 助からない…そう思っていたのに、彼女は毒の影響がないのか寸前で跳ね起き、目前で刀を振り上げた三代目風影様にその強力無比な拳を叩き込み破壊した。

 何が起こったのか分からないまま、三代目風影様が壊れた事で効力を失ったのか周囲に広がった砂鉄の槍が全て崩れていく最中、サクラさんが後ろにいた2人を瓦礫から救出するのを皆が呆然と眺めている。

 

 毒が効かない? いや…違う。

 瓦礫から救出した2人へ施しているのは医療忍術…つまり彼女は医療忍者だ。だとすると彼女は解毒したのか。

 カンクロウさん達に与えた捕獲用の毒と違う、サソリさんが要らないと判断し傀儡部隊の人達を殺した時、鋼鉄の尾に含まれていた毒から解毒薬を作っていたのだろう。

 

 想定外の反撃だ。

 三代目風影様の傀儡を失った以上、サソリさんは次なる傀儡を繰り出すのか…或いは──

 固唾を飲んで見守っているとやはりと言うべきか、彼は暁の装束を脱ぎ払いその身体の全容を現す。

 

「本当に久方振りだ…自分を使うのはな」

 

 腹部から飛び出た腸の様な杭付きのロープ、背中には刃の翼に複数の巻物…様々な仕込みが施された人傀儡…サソリさんの本来の姿だ。

 

 そこからは更に戦闘が激化した。

 掌から噴き出す炎、杭付きロープを利用したアクション…様々な仕込みによる攻撃に必死に対処、反撃に転じようと三代目風影様以上に特別性の身体はバラバラになろうと即座に身体を組み直し修復する。

 

 しかし追い詰められたチヨバアさんが一本の巻物を取り出し広げた。

 呼び出されたのは10体の白い傀儡人形、サソリさん曰く、たった1人で城を落とした際に使われたという傀儡の術初代操演者・モンザエモンの十傑作"白秘技・十機近松の集"

 傀儡師は同時に操れる傀儡人形の数で能力が測れるというが…それを10体とは、この場に村雨がどうなっていたことやら。

 

「──これで幕引きにしようぞ」

「大した傀儡集だ…だがな」

 

 サソリさんも同様に背の巻物の一つを手に取り、右胸の蓋を開くとその穴から大量の傀儡糸を頭上に広げる。

 赤い装束を纏った大型。小型様々の人形が空を埋め尽くす。

 頭上に広がる大量の傀儡集…その数は100体。傀儡師の能力を操る傀儡人形の数で測るならば、まさしく"規格外"の数だ。

 

「──俺はこれで一国を落とした。もっとも今はその時以上にグレードアップしているがな」

「…そんな、まさかあれ全部…」

 

 最初に気付いたのはカンクロウさんと共に店に訪れたことで"それら"を何度も見たことがあるテマリさんだ。

 次に気付いたのはチヨバアさん…戦闘経験が豊富であるが故に"それら"が何かは分からずとも、その性能を一目で見抜かれたのだろう。

 

 100体の傀儡人形達が手に持つ特殊な刀達、五大性質のそれぞれを宿したもの、呪印の術式を刻んだもの、毒を滴らせるもの、特殊な生物に由来するもの…100体の人形が持つ武器はいずれも全てあの日村雨が彼に売り渡した作品達だ。

 

 数も質も優れた究極の傀儡集…これこそがサソリさんの真のとっておき。

 チヨバアさんが呼び出した傀儡集も質ならば決して劣る物ではない…だがこの10機対100機の戦況を覆せる程ではないはずだ。

 

「…サクラ、テマリよ」

「今更私達だけ逃げろ…何て言われても聞けませんよ」

「あぁ、奴らが何体だろうが、何を持っていようが…負けられないんだ」

「……そうじゃな、傀儡どもはワシが抑える。サクラお前はサソリ本体を狙え、テマリ、お前は風でサクラの道を作れ」

 

 それでもやはり彼女達は諦めない。

 当然だ、想い人、弟達、そして孫…彼女達はきっと、自らが愛する…愛した存在の為に戦っているのだから…何が起ころうとそれが折れるはずがない。

 

「いいだろう──"赤秘技・百機の操演"とくと見せて…っ!?」

 

 

 

 ──だが、如何に強い思いを抱こうと今回ばかりはどうにもならない…だから。

 

 密かに取り出した巻物から呼び出した"叢雲の剣・紫雲"をサソリさんの右胸の正面を掠らせ、そこから傀儡達へ伸びた無数の傀儡糸を全て断ち切る。

 同時に目の前の"赤蟻"に傀儡糸を結び付けて彼女達の下へと走らせる。

 

 サソリさんは…前に"梟"を見た時自分の造った傀儡の劣化と蔑んでいた…それについては作成者であるサソリさん本人が言うのだから間違いないのだろうが、模して造られた以上その操作方法自体は同様なのだろう。

 その推測の通り"梟"の腹部を開く操作を行えば"赤蟻"の腹部が開き…同時に無数のロープが飛び出してテマリさん達を捕らえ、一瞬の内にその体内へ引き摺り込んだ。

 

 なるほど、どうやら腹部を開いた際に相手を補足していれば自動でロープを射出する機能になっていたのだろう…推測通りではないがお陰で頭上の傀儡集に集中していた彼女達を容易く閉じ込められたのだから好都合だ。

 

「村雨!?」

「お前…何の真似だ!?」

 

 傀儡糸の繋がりが切れて落下していく傀儡人形達ではなくテマリさん達を閉じ込めた"赤蟻"へと傀儡糸を結びながらサソリさんから怒りと戸惑いの声が向けられる…うん、流石に傀儡糸の精度が段違いだ、完全に"赤蟻"の操作権を奪われた。

 

 …が、彼女達を"赤蟻"の中に入れられた時点でもう条件は整った…あとはサソリさんが動く前に済ましてしまわないと…というか最悪サクラさん辺りがロープを引き千切って"赤蟻"の身体を殴り壊してしまいかねない。

 

 

「──飛べ、"閃刀・黄華"」

 

 

 赤蟻の頭に突き刺したその刀に傀儡糸を通してチャクラを流し込む。

 "象転の術"によって私が造られた時、同時に彼女が持っていた巻物に収納されていた刀達も同一体として造られていた…先程の"叢雲の剣・紫雲"も同様だ。

 勿論、性能は私と同様に劣化しているが性質そのものは変わらない…ならばあの刀とリンクしたもう一本の…あの日村雨が暁の方々に会った時、もしもの時に備えて川の国の何処かに隠したもう一本の"閃刀・黄華"の下への時空間移動も可能──か、どうかは正直分からないが多分出来るんじゃないだろうか? 

 

 それに傀儡という物体の中に入って置けば"物質転送"の際の負担も少しは軽減される…かもしれない。

 いや、どうだろう、実際のところ良く分からない。これをしたところで彼女達の死因が変わるだけではないだろうか? 

 

 我ながらどこまでも勢い任せというか、思い付きで行動するというか…これが村雨らしい生き方なのだろうか。

 そう思うと何だか少しだけ気分が良い…まぁカンクロウや我愛羅君へ色々と過ぎた事をし過ぎて最高の気分というにはほど遠いのだが…

 

「テマリさん──酷いことして、ごめんなさい」

「っ? おい、村さ──」

 

 赤蟻の内側から彼女の声が聞こえてきた瞬間、その声は閃光に飲み込まれて消えていく。

 光が収まった後には彼女らを閉じ込めた"赤蟻"ごと影も形もなくなっていた…どうやら転送に成功したらしい。

 …あとは転送の際のダメージが少なければ良いが…あ、でもサクラさんが医療忍者の様だったし何かとなるんじゃないだろうか。

 

 

 …うん、私にはもうどうする事もできないが何とかなってほしい。

 

 

 肩とお腹を貫く傀儡人形達の刃を血で染め上げながらそんな事を思う。

 

「…サソリさんもごめんなさい。せっかく協力して頂いているというのに…ご迷惑を」

「意味が分からねぇ…何故あんな真似をしやがった」

「…正直、自分でも良く分からないんです…」

 

 脳裏を過ぎったのは自分に与えられた幾つもの記憶だ。

 

 私が知っているテマリさんとカンクロウは我愛羅君を怖がって…刺激しない様に避けていた…でも今は姉、兄として彼を守る為に戦ったし、彼を弔う為に戦った。そして我愛羅君も、風影として里と里に住む人達を守り抜いた。

 やはり家族ならば仲良く過ごせるような日がくれば…何て、昔思った通りの関係になっていた。

 

 ふと君麻呂さんの言葉を思いだす。

 彼は自らにもう一つの命があったなら、村雨の願いに応えたいと言って死んだ…残念ながらそんな事は本来あり得ないのだが…思えば今の私は"村雨のもう一つの命"と言える。

 

 職人として生きていない、もう一つの村雨としての命ならば…そんな彼ら姉弟の関係を守る、そんな生き方も悪くないと思えた。もっとも、もう何もかも手遅れだけれど。

 

 あぁ、もっと早く動けていたら何かが変わったかもしれないのに…やっぱり、私に刀造り以外の生き方は向いていないのだとつくづく思う…けど。

 

「──けど、感情が鈍ってしまったから…ちょっとおかしな事をしちゃったんだと思います」

「…あぁ、そうか、お前が造られてもう3年か。デイダラのくだらねぇ戯言と思ったが…そうだな、そうも作品造りから離れてりゃ…そりゃ狂うか…」

「狂う…どうでしょう、どちらかと言うと狂えなかったんだと思います、私は…。クシナダを始め、色んな刀を夢想しては造りたいのに造らない、作品造りの為なら何をしても構わないと思いながらも完全には傾倒できない。私はそんな"狂えなかった狂人"なんです」

「狂えなかった狂人か…」

 

 サソリさんが一瞬だが目を閉じた…狂えなかった狂人、そんな表現に何か思うところでもあったのだろうか? 

 僅かな逡巡の後告げられたのは意外な言葉だった。

 

「いいだろう、今回の事は職人という人種を上手く扱えなかったこちらの落ち度だ。許してやる」

 

 その言葉と同時に左胸に鋭い痛みが走る。

 サソリさんが新たに傀儡糸を繋ぎ直した人形の持つ刀が背から胸を貫いたのだ。

 

「──これは俺なりの慈悲だ。自らの作品造りに傾倒出来ない生き様なんざ…御免だろう?」

「…ありがとう、ございます」

 

 …あぁ、本当に、思わぬ慈悲だ。

 サソリさんは今回の一件は許すと言った…ならば私がした事で村雨にまで責任が及ぶことはないのだろう。

 それなら、村雨の刀造りに大きな影響はない。

 

 クシナダの制御パーツをどうするかは、私の様な半端者ではなく本当の造形家であるサソリさんと村雨の2人で決めれば良い。

 そうきっとそれが本来あるべきだった形なんだ…だから私が消えてしまっても何も問題ない。

 

 

 ──徐々に力が失われていく感覚に抗いながら右手を胸を貫いた刀へと持っていく。

 

 

 この胸を貫き赤く染まった刀身をそっと撫でると指先が裂けてプシュっと血が出る。

 痛い…指先も肩もお腹も…胸も…凄く痛いけれど、その痛みがこの作品達が如何に優れた刀剣であるかを私に伝えてくれているのだ。

 どれもこれも…名刀とするべく思いを込めて鎚を振り降ろし続けた村雨の当時の記憶が蘇り、この子達全てが愛おしく映る。

 

 あぁ…でも──愛おしく思えば思うほど、どうしても抑えきれない感情が溢れてしまう…そうか、この耐えがたい程に苦しい気持ちこそが…イタチさんが言っていたろくでもない最期だということか。

 

 

「私も…こんな刀を造ってみたかったなぁ…」

 

 

 

 

 微かに笑い、涙を零して告げたその言葉を最後に偽雨は静かに目を閉じた──力を失い身体は地面に崩れ落ち…しかし刀に触れた手は最後まで不思議と離れることはないままにその姿は霧散し、残されたのは全身に刀が突き刺さった生贄となった大柄の男の凄惨な亡骸だけだった。

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