木ノ葉の里へ踏み入る「あ」と「ん」がそれぞれ書かれた大きな門、その間を通ると懐かしい風景が目の前に広がる。
3年近く前…中忍試験の時期に一ヶ月程滞在した時の記憶が蘇り、周りを囲む人達に「失礼します」、とだけ言って近くの電柱の頂上にチャクラの吸着を利用して飛び乗る。
その名の通り、木ノ葉の舞う風を全身で感じながら高所から眼前に広がる里を見渡すと記憶に残る名店達の変わらぬ店構え、建設途中だった建物の完成した姿、あるいはそこにあったはずの物が無くなってしまった跡地、それらあらゆるものが目に入り感動と感傷に同時に触れている感覚に酔いしれる。
「…懐かしい。もう3年か…思ったよりは変わってない」
一楽やあの団子屋などは壮健だろうかともっと細かく見渡そうとして、正面の岩肌に築かれた"里の顔"が目に入る。
「綱手様の顔岩が増えている…やっぱり良い。霧の里も顔岩を造れば良いのに──いや、それは無理か」
初代から五代目に至るまで"火の意志"を継承する木ノ葉と違い霧の里における水影の代替わりは変革の証拠だ、かつての影の顔など残せるはずもない。
勿論、変革そのものが悪いわけではない。かつて血霧の里として根付いていた悪習が改善されたことは尊ぶべき変革であったと思うし、その"悪習"とてかつての時代では必要であったのかもしれず肯定は出来ずとも否定はしない。
…しかし今日まで続く霧の里の歩みとして、こういった物が遺せないという風習については勿体ないと思ってしまう。
「──って! いつまでそんなところにいるの!? そもそもそういうのはここが故郷の人がやることだからね!?」
あぁしまった。
思わず思考に没頭していたが電柱の下からヤマトさんの怒りの声が響いてきた。
とりあえず電柱から降りてヤマトさんとその小隊の方々の下へ戻る。
「すみません、久しぶりの木ノ葉の里だったのでつい感傷に浸り過去をなぞる時間を求めてしまいました」
「感傷に浸る程君木ノ葉にいたの!?」
「短くもかけがえのない時を過ごさせて頂いたもので…木ノ葉は良い里ですね」
「それはどうもありがとう! でも君はまだ保護対象か捕虜対象かも決まってないんだから目立つ真似はしないでくれ!」
あぁ、籠で運んでくれていた事からしてもてっきり保護対象と見做してくれたのかと思っていたがまだ捕虜対象と見られる可能性もあったのか…油断していた。
…それにしても私にそんな事を言ってしまって良かったのだろうか、ヤマトさんは案外うっかり屋さんなのだろうか?
「…何か同じことしてたのが微妙に恥ずかしく思えてきたってばよ…」
「いや…多分アイツがおかしいだけだから…」
何やら不本意な評価を下されている……どうして?
「…とにかく、君の行動が大蛇丸の下から助けを求めてのものかどうか…簡単な取り調べを受けてもらう。──ボクは彼女をいのいちさんのところへ連れていく。綱手様への報告は頼めるかい?」
「分かりました」
いのいちさん…が誰かは分からないがわざわざ特定の人物の下へ連れて行くということは情報解析担当の忍なのだろう。そして私を亡命者の線で考えている以上情報解析の時点で拷問の類いをするとは考えにくい。
つまりまだ大丈夫だ、むしろ情報解析担当の忍ということは戦闘タイプの忍よりは直接的な力は劣るはず…おまけにナルト君達も外れてくれるなら、ここで行動を起こすよりも大人しくついて行った方が良いかもしれない。
しかしナルト君達が火影様の下へ向かったのを見送ると、わざわざいのいちさんとやらと合流するまで大人しくする必要もあまりないかも…とも思えてくる。
今ならばヤマトさん1人を撒くことが出来れば良いだけ…容易ではないだろうが2人になる前に動いた方が──
「さて、それじゃボクらも行こう。…勿論途中でおかしな真似をしたら…君を保護対象として扱うことが難しくなってしまうから、間違っても怪しいことをしないでほしいな」
「…はい」
ズゥーンと重苦しい音が響くかの如く影の差した無表情で見据えられ、そのハレンチ博士やサソリさんなどの威圧感とはまた別種類の迫力に先程まで考えていた内容を即座に断念する。
穏やかそうな印象を受けていたが怖いなこの人。
まぁいい、2人より1人の時に逃げる方が良いと思ったばかりだが案外自分以外の誰かがいるという認識がある方が油断があって良い場合もある。
それに今すぐに動いて闇雲に逃げ回るよりもこうしてヤマトさんについて歩きながら今の木ノ葉の町並みと3年前の記憶の町並みを反芻し逃げ道を把握しておいた方が良い。
…うぅん、単身他里に乗り込んでここまで冷静に判断できるとは、我ながら存外忍としてやっていけたかもしれない。まぁ刀造りの道を歩む以上そちらの進路を選ぶことはないのだが──
「──じゃあ少しの間拘束させてもらうよ…なに、痛みも苦しさをないようにするし、君が木ノ葉に害なしと分かればすぐに外すから心配は不要だよ」
「あ、はい。お願いします」
…
……
………
え!? 角材の様な木で縛られたのだがどういうことだ!? いつの間にそんな事に!?
絶対にありえないからこそ忍として大成したもしもの自分を夢想して遊んでいる内に謎の一室に到着していた上に拘束されるとは…やはり忍の世界は何があるか分からないものだ。
おまけにこの木…以前水月が捕まっていた時に推測した通りチャクラを抑え込む性質があるのだろう、チャクラを練ろうとしても極僅かにしか練ることが出来ない。これでは水化の術での脱出も望めそうにない、まぁそれはまだ良い。
問題はヤマトさんの隣にいらっしゃる金髪の男性…恐らく彼はいのいちさんなのだろう。
そしてこの部屋にある術式と装置…状況からして記憶を覗き見るタイプのものだろう。これなら私に外傷などがない都合上、万が一霧の里の耳に入ったとしても報復目当てに動くには証拠不十分になり戦争を避けられるということだ。
一方で情報を抜き取られたとあっては私個人は霧の里からの処罰は免れない…もっとも里を無断で抜け出した時点で大なり小なり処罰は確定ではあるだろうがそれでも軽く済むに越したことはない、抜け出すならそろそろ行動を起こした方が良さそうだ。
この場には正面にヤマトさんといのいちさん、背後の装置付近に3人。
後ろの3人は大型の装置を挟んでいる都合上、まだ逃げやすいだろう…つまりは正面の2人に隙を作ればいいわけだ。ならば──
「あの…私の脳には情報秘匿の術が幾らか掛けられていて…最悪私の脳を破壊して情報を守るようになっています。なのでハレンチ博士と暁の方々についての情報をお求めでしたら口頭での受け答えで良いでしょうか?」
「っ!」
ヤマトさんがほんの僅かに眉を動かした。
実際のところ私が口頭で答えたところで私の立場が不明確な以上その情報に信憑性は皆無…良いはずがない。
しかしその前置きで言った内容を考慮すれば迂闊には記憶の読み取りは行えないだろう。何せ、里同士の対立やサスケ君の安全を気にしている様だったし、何よりハレンチ博士と暁の方々に繋がる貴重な情報源を失うかもしれないのだから…
おまけに情報秘匿の為に最悪本人の脳を破壊…なんて荒唐無稽なハッタリと思えるが、そう言いきるには私の一族と秘密主義の霧の里の政治は"在り得る"と判断させるには十分な要素だ。
…もっとも物心付く前の時点で私も知らずの内にその手の仕掛けを施されている可能性もなくはないが、まぁそれならそれでいい。
そんな事よりも──いのいちさんがヤマトさんに小声で話しかけている…別の手段を考えているのか、それともハッタリだと断定し慎重さを意識しつつ実行すると決断しているのか…聞き取ることは出来ないがほんの僅かに隙が生じた。
──今だ!
「──随分と手緩い…やはりお前達には任せておれんな」
「「っ!」」
事前に用意していた不意打ちの実行に移ろうとした瞬間、ヤマトさん達の背後から老人の乾いた声がした。
拘束された身体は満足に動かせず、それでも首を伸ばしてヤマトさんといのいちさんの肩の間から覗いてみると顔の半分を包帯で覆い隠した老年の男性がいた。
「ダンゾウ…様。いったい何故ここに?」
「サイからの報告でその女を連れ帰ったと聞いたので様子を見に来てみれば──その小娘に丸め込まれている様でな」
「…彼女の立場はまだ不明確です、彼女の出身を考慮すれば強硬策を取るのはまだ危険です」
「まぁ…表のやり方ではそうなるか。ならば──彼女の身柄はワシが預かろう」
「なっ!?」
ダンゾウさん…という男性の言葉にヤマトさんが目に見えて取り乱す。
"表のやり方"という言葉を口にする辺り暗部所属か何かか? ──同じ里の人間同士でこの様な反応をする辺りどうにも不穏さを感じるが…さて?
「…待って下さい。彼女の取り調べについて"根"が行うというのであればまずは綱手様に…」
「構わん、火影直轄の者達が手を出して角が立つものを秘密裏に対応するのが"根"…元々そういう役割の組織なのだ、改めての許可などいらん」
「バカな。そんな理屈は──」
「大蛇丸に暁、木ノ葉を脅かす2つの脅威に一気に迫れる情報をこの女は持っておるのだ! 霧との関係を恐れ二の足を踏んではおれん…ワシら"根"ならば確実に霧に情報を渡さぬままこの女を調べられるのだ!」
…霧にもクーデターの歴史が幾度かあったものだが、どの里も一枚岩とはいかないものらしい。
忍里とは何とも難しいものだ、皆が考えを共にし足並みを揃えられれば良いのに…それが何よりも困難…仕方のないことと言えばそうだが何とも虚しい光景だ。
まぁ良い。予定とは少し変わったが言い争いで気が逸れているのならば好都合──まずはこの邪魔な拘束を解くとしよう。
「──っ何!?」
目にも映らず、感知も出来ない状態でここまでずっと憑いてきてもらっていた短刀を実体化させ、抑圧された中で僅かに練れたチャクラを指先に集中することで、その指の動きに連動し手、足と胴体を纏めて縛る角材の様な木を切り裂かせる。
チャクラを抑える木の拘束が消えたことで解放されたチャクラをすぐさま足に纏い背後の装置とその奥の人達を飛び越えて壁に添って配置された大型装置のパイプに背を付く。
上手くいった…"試作の刀"だがこれだけでも十分使用に適していた性能だ──やはり素材と腕が確かならば素晴らしい刀が生み出せるのだと実体化したことで漸く握れた短刀の感触を確かめながら実感する。
「何だその刀は…一体どこに隠し持って…」
「"試作霊剣・
「なるほど、身体チェックや荷物を預かっても余裕でいたわけだ…」
むしろこの刀が造れたからこそ今回の行動に打って出れたのだから余裕があったのも当然だ。
完全に霊体化させればサスケ君の写輪眼でさえ感知出来ないのは確認済み…だからこそ他の刀と違いこの場まで持ち込むことが出来ると確信していた。
…何より霊体と実体を切り換えられるこの刀の完成は"本命の霊剣"を納める器の完成を意味する。
これで遂にあの死神を捕らえられるからこそ今、木ノ葉への潜入を決めたのだ。
「…しかし、強引にこちらの拘束を振り解いた以上、君を亡命者と見做す理由はなくなった。大蛇丸の配下の者として正式に拘束する!」
「…それは困る。…だからもう一つだけ使わせてもらう」
床から無数の木が生えこちらに迫ってくるがその勢いは幾分か緩やか…それもそのはず、私の背後には記憶の読み取りに必要な装置のパイプがあるのだ…これを壊しては捕らえたところで私の記憶は読めないし私以外にも使いたい者も少なからずいるだろうから壊す訳にはいかない…必然、拘束の術の威力を抑えるしかない。
分野は違えど私も設備には拘るし、設備の重要性を良く知る身だ…その心境を利用するのは心苦しくもあるがお陰で水化の術を使うには十分な余裕がある。
これで身体を液体化させれば…アジトでヤマトさんの小隊の前に姿を見せる前に飲み込んでおいた小瓶を取り出すことが出来る。
…ハレンチ博士みたいに吐き戻しができればもっとスムーズに出来るのだがあれは無理だ、何なら飲み込むだけでも苦労したものだ。…まぁそれはそれ、基本的に水化の術は食べた物も当然液体化させてしまうのだがそれをしない為にチャクラを通さない物質である"蜘蛛粘菌"で造られた小瓶を開けて…水化の術を解くと同時にその中の液体をグイッ…と飲み込む。
癖の強い独特な味と焼け付く様な特有の熱さが舌と喉を刺激すると共に頭がグラリと揺さぶられる。
…そしてそれと同時に基本チャクラとは別の力が身体中に漲ってくる。
自然エネルギーを直接体内に取り込む為の秘薬"選栄蛇酒"。
本来ならば自力で自然エネルギーを取り込むのだが…自然の力を取り込むという性質上気慣れした鍛冶場の環境でなければ空気感が違って中々思うようにいかず、この秘薬…というかお酒の力が必要なのだ。
他所の環境では本来のポテンシャルを発揮できない辺り、我ながら繊細な性格をしているのだと呆れるばかりだが…ともあれこれで"仙人モード"の力を使えるというものだ。
急激に研ぎ澄まされた感知能力が拘束を狙う木の動きを全て把握する。──足にチャクラを集中させれば先程とは比較にならない速度で空中に飛び上がりヤマトさんはおろか、ダンゾウさんとやらも飛び越えて彼の背後のドアを潜り抜ける。
廊下へ飛び出ると目の前の窓へそのまま突っ込めば仙人化で強化された肉体は容易くガラスを破り外へと踊り出る。そのまま地面へ着地し、その勢いのまま地面を蹴って先程までいた『木ノ葉隠れ情報部』という建物から全速力で離れていく。
あぁ…上手くいった。
あとは身を隠しつつ木ノ葉の里にあるうずまき一族の屋敷に眠る死神の面を回収するだけ…そうしてあの死神の力を手に出来る。
…アハハハハッ何だか楽しくなってきた。
▼▼▼
並の忍を凌駕する村雨の動きに呆気にとられたヤマトはすぐに冷静さを取り戻し、隣に立つ未だに呆然としている様子であるいのいちへ視線を向ける。
「──霊体化の能力…あれは…まさか…」
「いのいちさん! ボクは今すぐ彼女を追います、綱手様に報告をお願いします!」
「いや、綱手様には…いや言うべきだな…言わねばならないな」
取り乱した様子のいのいちに少しの疑問を抱くもその疑問を口にするよりも早くこの場で最も厄介な男が口を挟む。
「どうやら…あの女は純粋な大蛇丸の配下らしい。ならばワシら"根"が出向かずともお前達表の連中が抑えればよかろう」
散々口出ししてきた挙句面倒事を押し付けて立ち去った…だけならばまだマシだがダンゾウがその言葉に反し自分達の手で村雨を捕まえようと企んでいるのは明白だった。
(村雨が逃げ出したことで自分達が捕まえれば大蛇丸と暁に繋がる情報源の確保に成功した手柄…霧隠れとの裏取引の交渉カードの獲得…何より捕虜を逃がした不手際で綱手様への悪評の操作…ダンゾウがここで狙わないはずがない)
顔を見合わせたいのいちも確実に同じ考えなのだろう、頷き合うとすぐにそれぞれの決めた方向へと走っていく。
ヤマトは村雨が突き破った窓から彼女が逃げた方向へ…そしていのいちは五代目火影・綱手の下へ。
火影室へ駆け込んだいのいちの報告を受けた綱手は僅かに顔を顰めて傍に控えるシズネへ目を向ける。
「──任務を受けていない忍に片っ端から指示を出せ、またとない情報源だ、絶対に里から逃がすな。それと民間人には自宅待機を」
「待って下さい綱手様、実はもう一つ伝えなければいけないことが!」
「何だ!?」
言うと決めていた…しかしそれでもいざ口にするとなると躊躇う…言ってしまったら綱手様を確実に戸惑わせてしまう。無意識に口が縫い付けられてしまう。
──それでも意を決していのいちは口を開く。
「先程報告しました彼女が使った感知不能の刀ですが…それは霊体化と実体化を切り換えていると本人が口にしていました…その…あれは恐らく──"霊化の術"であるかと…」
その術の名を聞いて綱手は呼吸さえ忘れすべての動作を一瞬止めて目を見開いた、ほんの僅かな瞬間、しかし時が止まったかの様に長く感じる沈黙が解けた時、彼女が意識を取り戻した時彼女がそれまで座していた椅子は跳ね飛ばされていた。
"賭"と書かれた着物を翻しながら冷静に、しかしその内心に様々な感情を宿したまま彼女は宣言する。
「──私が出る」
火影、そして"根"──木ノ葉の重鎮達を巻き込んだ狂騒が幕を開ける──