火影の執務室を後にし、足早に屋上に出ると木ノ葉の里全体の様子を見渡す。
火の手が上がったり戦闘の気配などが見られないことから村雨が躊躇いなしに暴れている様子ではなく、現状で民間人への被害はなさそうなことに一先ず安堵する。
しかし面をした暗部の者達や感知に長けた犬塚一族が里中を駆けていることからして何らかの有事であるのだと気付く者もいることだろう。
緊張に駆られた者達が二次災害を招く可能性もある…早期解決に越したことはない。
「…奴が今どの辺りかは分かっているのか?」
「犬塚一族の者達に捜索を任せているのですが…こちらが臭いを感知し駆け付けている内に逃げられているらしく…間違いなくあの者は犬塚一族に匹敵する何らかの感知能力を身に着けているようです。囲い込みも狙っているのですが水化の術とやらで用水路などを利用され手を焼いています」
「…そうか」
大まかな位置さえ分かれば最悪全力で地面を殴りその周辺を丸ごと吹き飛ばせば確実に捕らえられるだろうが…自里でそんな真似をする訳にもいかない。
あくまでこちらが追い付くより先に逃げ回られているのが厄介なだけで感知自体は出来ているのなら、口寄せの術でカツユを呼び無数に分裂させれば水路を含めて里中に駆け巡らせれば捕らえることも可能だろう。
それに水の身体だろうと同じ液体であるカツユの酸なら効果もあるはずだ、大雑把になるにはまだ早い。
カツユを口寄せする分の多量のチャクラを練り込もうとして──背後に控えさせていた者とは別の暗部の男が自身のすぐ傍に降り立った。
「綱手様! 休暇中の下忍から里の西側で人と蛇が混ざったかの様な化け物を見たと報告が!」
「何だとッ!?」
人と蛇が混ざった様な化け物など該当する者など1人しかいない。
村雨がこの里へ入ったことでマーキング式の時空間移動なりを起動させたのか…或いは独断行動をとった村雨の粛清に来たのか…どちらであったとしても大蛇丸が来た以上、村雨を追う余裕はない。
両腕が封印されているといえ伝説の三忍であるあの男には同じ三忍である、自分か自来也でなければ抑えられない。
しかしその自来也は留守、他に太刀打ちし得るカカシは先の暁との戦闘で未だに療養中、ガイは任務で外出となれば自分が出向く以外に選択肢はない。
よりにもよってダンの術で木ノ葉の里を踏み荒らすあの狂人に相応の報いをと思っていたが、火影として対処すべき優先度を見誤る訳にはいかない。
それにあいつがダンの術を利用したのもそもそもの元凶となったのはあの変態の仕業だろう、いのいちに村雨捜索の指揮を任せ、新たな報告のあった里の西側へと直属の暗部を3名伴いながら全速力で向かう。
電柱や屋根に飛び移り、西へ西へと駆け抜け続け──周囲のものより一回り高い電柱の天辺にそれはいた。
白い肌に怪しく光る琥珀色の瞳…なにより異形の一言に尽きる電柱に巻き付く蛇の尾の様な下半身。
正しく人と蛇が混ざった異形の怪物…大蛇丸の特徴と合致する。
──だが違う。
その人の形を残した上半身は大人と子供の中間らしい少女のもので、腰辺りまで伸びた長い髪も黒ではなく水色。そして異形の身体に突き破られた衣服は忍の装束ではなく作業に適したつなぎ服…それらの特徴が目の前の怪物の正体を思い至らせる。
「──貴様、村雨か?」
変わり果てた…というよりは大蛇丸に感化されたというべき姿に少なからず驚き思わず声を掛ければピクリと身体を動かして蛇の様な瞳をゆっくりとこちらへ動かした。
暗部3人と私…殆どの忍ならば勝ち目は薄いと判断するであろう状況に村雨はパァと顔を綻ばせ明朗な笑みを見せる。
「あー綱手様! お久しぶりです! お元気ですか? お変わりはないですか? これからどちらへ行かれますか?」
「…こいつ…綱手様をおちょくっているのか?」
「ん~ふ~ふふふ~、おちょくってなんかないですよ~。そんな怖い顔しないで下さい…ってお面でした、これはビックリです」
…何だ? この浮ついた言動は…以前に会った時も何を考えているのかいまいち分からない奴だったが、今回は輪に掛けておかしい。
「やっぱり綱手様といると驚きが沢山ですね、つい楽しくなって…ック、ぅひははひふふふふ」
「…まさかこいつ…酔ってる?」
「「……え?」」
自分でもどうかと思う見立てを口にすれば部下の連中も素っ頓狂な声を出した。
「そうですそうです。綱手様の技術には心酔するばかりです~…医療技術だけでなく里の運営も素晴らしい様で…眺めているだけで楽しくて楽しくて…綱手様の技術に乾杯です~。ぁははぁはふふふ」
「酔ってるって…じゃああの狂った様な笑いってただの笑い上戸なんです!?」
「間違いない! 私の診察が信じられないか?」
微かに赤くなった顔にトロンとした目付き…そして呂律の回っていない言動、明らかに酒に溺れた者の症状だ。
各地の酒場で出会った客達によって何度も見た状態だと確信すれば部下達も深く頷く。
「確かに…最高峰の医療忍者であり"大の酒飲み"である綱手様がそう言うなら間違いないな!」
大の酒飲みは今は関係ないだろう! こいつは後で殴る!
「大体お前もお前だ! こんな昼間っから酒など…お前のせいで駆けまわっている忍達に少しは申し訳ないと思わんのか!」
「綱手様もしょっちゅう飲んでいる様な…っというかツッコミどころはそこじゃないかと!?」
「…分かっている。あの姿、大蛇丸に人体改造でも受けたのかと思ったが…あれは違うな」
あの異様な姿…そして木ノ葉の中・上忍達の追跡を感知し動き回る感知・身体能力の飛躍的な向上…これらは間違いなく──
「こいつ…仙人モードの力を」
「仙人モード?」
今や上忍、暗部クラスの忍でさえ聞き馴染みのない名に部下達が聞き返してくるが想定外の能力に悠長に説明してやることも出来ない。
肉体があれ程変貌している辺り、まだ未完成な仙人仕様ではあるのだろうがそれでも仙術を扱うとすればその手の内はまったくの未知のものだ。
加えていのいちの報告によるとダンの術を応用した目視出来ない霊剣の遠隔操作もある…最早、ただの刀匠と気を抜くことは出来ない。
「責任は私がとる! 霧との関係は考慮せず確実に捕まえろ!」
「ハッ──"風遁・風切りの術"」
風の刃が村雨の蛇の胴体を切断するが気に留めた様な反応はない。
見たところあの尾はほぼ全てが液体で構成されているらしく、切断したところで瞬時に元に戻っているようだ。
「あれが報告にあった水の身体か──ならば"雷遁・四柱しばり"」
「っ!? あ"あ"あ"ああああっ!?」
「"土遁・おとし蓋"!」
水の身体に対して雷遁は有効らしい、さらに水遁に対して土遁…巨大な豚の石像に完全に押し潰された以上水の身体と言えど抜け出せはしないはず。
「…出てくる素振りはないな…奈良一族かヤマトを連れてきましょうか?」
「いや必要ない」
唯一決定打を持たない風遁使いの進言を一蹴し、豚の石像へと近づく。
渦柘榴村雨は水化の術によって特異な肉体を持ち、それ故に木ノ葉の忍の追撃をやり過ごしていたが…本来の肉体自体は並の忍より劣る。
…つまり私が攻撃すれば捕獲を通り越して命を絶ってしまい兼ねない、そう思っていたが仙術による肉体活性とこの土遁の壁。
──これならば死ぬことはないだろう。
「ッオラァァアアアア!!」
チャクラを右の拳に集中させ全力で豚の石像を殴り飛ばす。
拳圧により石像は無数の瓦礫と化しその余波に地面は抉れ、数メートル先まで吹き飛ぶ。
爆撃を受けたかの如く吹き抜けた一帯の中心で微動だにせず延びている半蛇人の少女の姿が目に入り、先程まで腹の内で渦巻いていた感情が晴れていく。
「フン、これで少しは懲りたか」
「…ご、強引過ぎませんか、綱手様…」
知らん、何事も力技で解決できるならそうした方が手っ取り早い。
とりあえず村雨は気絶しているようだしこのまま拘束してもう一度情報解析部隊に引き渡して──そう思いながら村雨の身体に触れようとした瞬間、その身体がグシャリと溶けていく。
「っ!? これは…大蛇丸流の変わり身か!?」
大蛇丸が使う身体の内側から新たな肉体が這い出てくる脱皮の様な変わり身…おまけに地面が陥没しトンネルとしてどこかに続いているらしい。
「…逃がしたか」
水遁だけでなく土遁系の術も使えたのか…まんまと逃げられるとは。
しかしあの大蛇丸流の変わり身はかなりのチャクラを使う…おそらくそう何度も使えるものではないはずだ。
すぐに背後に控えた暗部の部下達に周辺捜索の命を出し、自身も里の中を駆け回るのだった。
▼▼▼
「…あぶないところだった」
先程の位置から幾分か離れた辺りで地面から這い出て周囲を見渡して木ノ葉の忍達の姿は見えず一先ず安堵する。
それにしても…とっておきの変わり身の術をこんなすぐに使わされてしまうとは…まぁ流石に綱手様が出てきた以上やむを得えないか、むしろチャクラの大量消費程度で済んだのだから幸いと言うべきなのだろうが──
しかし、仙術チャクラを地面に流し込んで周囲の地面を動かすこの脱出方法も同様にかなりのチャクラを使う…おまけにこちらは仙術チャクラも使用する…正直仙人モードの維持が既にかなり危うい。
今この仙人モードを失えば追手から逃れることは困難になる、それに先程の雷遁術でかなりのダメージを負ってしまった…仙人モードが解けてしまったら動けるかすら疑わしい。
…仕方ない、先程の雷遁術の痛みで酔いが醒めてきたばかりだが飲み込んでおいた"選栄蛇酒"入りの小瓶をもう一本取り出して飲んでおこう。
基本チャクラが少ない今仙術チャクラを取り込み過ぎると危険だし、これが最後の一本だが今仙人モードが解けると"色々と不都合"が多いのも事実。
…水月から『酔った君は色々ヤバいから絶対に飲み過ぎるな』と妙に顔を真っ赤にして怒られたがもう飲まないとやってられないんだ。
正直酔いが醒めたらその間のことをいつも覚えていないのだから、どうせ忘れてしまうであろう事に対して構っている余裕はない。
小瓶に口を付け中の"選栄蛇酒"を少し口に含む。
癖の強い独特な味に舌と喉に焼かれる様な感覚が再び走る…お酒の特有の"重さ"とそこに含まれる自然エネルギーに頭がクラクラとしてくる。
一本目の時は囲まれていて余裕がなかったから全力で一本まるごと飲み込んだが、幸い今は誰もいないため、ちびちびと少しずつ口に含んでいく。あまり悠長にはしてられないが、それでも仙術チャクラを体内に入れ過ぎない為にもこの飲み方の方が良いだろう。
んくんくと喉を鳴らして飲み込んでいるとクラクラとしていた頭が何だかフワフワとしていく…多分また酔いが回ってきたのだろう。
あまり良い傾向ではないのは分かっているが確かな高揚感に満たされて気分は良い。
頭の中がボーとして視界が虚ろになっていくが唯一確かな手に伝わる感覚が小瓶の中の美酒が残り僅かであると伝えている。
「ざんねんだー…ここ10年で一番の出来だったのに──造ったの3年前からだけど、んふふふ~」
誰に言うのでもなくそんな冗談に1人笑いながら惜しみながら最後の一口を口に含んだ瞬間、背後から何者かに羽交い絞めにされ突然のことに噴き出しそうになるのを何とか堪える。
「…捕らえました、ダンゾウ様──お早く!」
「ご苦労フー…そのまま抑えていろ。すぐに"別天神"を掛ける」
霞む視界の中で誰かがそんな話をしている。
少し前に聞いた様な声だが…さて誰だったか? ん~…分からない…分から…な…
「──ふん、写輪眼を見て咄嗟に目を閉じるか…大蛇丸の下に居て対策を学んだか? もっとも無理やりにでも開かせば済む──」
「…っ? あの…ダンゾウ様…」
「どうした、フー?」
「この女…寝ています。羽交い絞めにされた上に酒を口に含んだままなのに…」
「……は?」