霧隠れの狂人   作:殻栗イガ

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酒は適量を守らないとこうなるぞ

 "別天神"…それは眼を見た相手を幻術に掛けられたと認識させずに意のままに操る究極幻術。

 かつて"瞬身のシスイ"として名を馳せたうちはシスイの万華鏡写輪眼のみが扱える希少な能力だが、彼を出し抜きその片目を奪い移植することで手に入れた切り札だ。

 

 しかしその究極幻術も、"もう1つの切り札"と違って瞳術の枠組みである"目を合わせた相手にしか効果がない"という制限を逸脱しているわけではない。

 すなわち目の前ですぅすぅと寝る村雨に対して一切の効果がないということだ。

 

 …しかしこのまま綱手側の連中に見つかってしまっては折角のチャンスを失ってしまう。

 仮にこれが狸寝入り、若しくは本気で寝ているとしても地下にある根のアジトへ運ぶ最中に目を覚ますなどして騒がれると面倒だ。

 

 それを防ぐ為にもやはりこの場で幻術を掛けておくに限る…特に今後も利用価値のあるこの娘は"別天神"により"術者に従え"という命令を入れておきたい。

 感知タイプであるフーが何も言わないことからしてまだ綱手側の忍が近くに来ている気配はないのだろう、ならば多少この場に留まっても問題はない、とにかく人の前で堂々と寝る様なこの無法者を叩き起こすとしよう。

 

 手にした杖で項垂れた頭をガンッと叩けば「ぅぐ…」と小さく呻き声を出した…が、どうやら仙術チャクラを巡らせ活性化させた肉体はこの程度では大して堪えないのだろう、一応目は覚ましたようだがうつらうつらと瞼を上下させている。

 

 この状態で"別天神"を使って万が一にも発動の瞬間に寝られて数時間使用不能になっては目も当てられない。

 強力な反面、再発動可能になるまでの燃費が極めて悪いのが"別天神"の最大の弱点だ、とある手段によって大幅に改善してはいるが今回は数時間の差でチャンスを逃しかねない。

 

 ならば多少強引になろうとも構わない、霧との交渉で難癖を付けられないよう目立つ外傷さえなければではあるが、"別天神"を掛けてしまえば外傷もなく、術に掛けられている事を見抜かれるのもない。

 そうと決まれば封印を施していない左手に持った杖を地面に転がし、親指を村雨の瞼に当てそのまま上へ押し上げる。

 

「んん…ぅう…はに(なに)?」

 

 無理やり目を開かされる不快感に唸りながらも、その影響もあって漸く意識がはっきりしたのだろう。

 口の中に酒を含んだ上に酔っぱらって呂律が回っていないが「なに?」…とつくづく呑気な反応を見せて──かと思えばハッと驚いた様な反応を見せる。

 

 今更この万華鏡写輪眼の右目に気付いたか…だがもう遅──

 

ほひいの(ほしいの)? ──ん」

「は? ──なっ!?」

 

 右目にチャクラを集中した瞬間だった、羽交い絞めされていた身体を液体化させ拘束から抜け出した。

 …もっとも、その程度は情報として入手しておりフーにはその場合即座に心転身の術を使う様に命令しておいたし、自らも口寄せの獏による吸引の準備はしてある。

 そもそも写輪眼で逃げ出そうとしているのは見抜いていた…故にここで警戒するべきなのは残る1つ、情報解析班から逃げ出す時に使用した霊剣での不意打ちだ。

 アレは確かに目視、感知不能の刀だが物体を斬る際には実体化していた…だからこそ、自身の周囲の何処から仕掛けてくるのか警戒し──口に奇妙な感触が走った。

 

 

 ──口付け

 

 

 あろうことか写輪眼の視線を避けるどころ真正面から近づいて口と口を接触させてきた。

 あまりに想定外の事態にフーも印さえ忘れて呆然としている…なるほど確かに意表は突かれた、だがこの程度の揺さぶりなど通用するものか。

 すぐに幻術を…いや、接触してきたのならばまずは呪印を──そんな風に選択肢を一瞬迷ってしまった瞬間、この女の揺さぶりに掛かってしまっていたのだと初めて気付いた。

 

 かつて行った対毒訓練でさえ体感したことのない独特な味が口の中に広がり、舌がそして喉が焼け付くような熱を感じる。

 そのすぐ後に頭にガツンと殴られた様な衝撃が走る…これは…この小娘が口に含んでいた酒か? 

 それも相当度の高いものだ、一瞬にして酩酊し右目の写輪眼や呪印を刻む為の手に練っていたチャクラを完全に乱された上に平衡感覚を失い膝から崩れ落ちる。

 

「ダ、ダンゾウ様!?」

 

 恐らく外見からでは口に含んでいたのが酒ではなく毒だったのかとでも思える光景だったのだろう、フーが村雨を押しのけて近づいてくる。

 普段ならば要らぬ甘さを見せず村雨の拘束に当たれと叱責するところだが、今までの症状以上に更に恐ろしい反応が出始めているのを感じそれどころではなかった。

 

 ──封印を施した右腕に宿る柱間細胞が活性化している…一体何故? 状況からして先程飲まされた酒のせいか? 

 まったく意味が分からないがこのままでは初代の細胞に封が破られ取り込まれる。

 

 "イザナミ"を──いや、他の写輪眼は封印を施したままだ、間に合わない。

 シスイの目をこんなところで使い捨てにするのか? そもそも今の酩酊した状態で"イザナミ"は発動できるのか? 

 あらゆる躊躇が脳内に渦巻いてかつてある重大な場面で決断が遅れた苦い記憶が蘇るのを振り払いながら、シスイの目を残し、右腕を切り離すべきだと決断を下す。

 

 

 

 ──その瞬間…自らの意識が酔いに飲み込まれ塗り潰された。

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

 それは今からもう何十年も昔の事だ。

 俺はまだ若く、二代目火影、扉間様直属の扉間小隊として活動を始める前の頃…あの日、因縁の相手である猿飛ヒルゼンが珍しく任務中に失態をしたという噂を聞いた。

 

 …もっともそれは依頼先の街へ向かう道中の宿でたまたま出くわした美女に釣られかけて出発までの時間が幾分か遅れたという程度のもので、そこから本来より移動速度を上げて予定通りの時間に到着は果たした為些細といえば些細なことだ。

 

 しかし、その時俺は最近何をするにもヒルゼンの後塵を拝していた事もあり、これ幸いと歓喜した。

 

「ヒルゼン、忍の三禁って知ってるか? 酒、金、女…忍をダメにする3つの禁だ」

「うぅ…」

「今回は女に釣られたそうだが…俺達もあと数年もすりゃ二十歳だ、精々他の禁にも溺れないよう気をつけねぇとな」

「くそぅ、今回ばかりは何も言えねぇ…」

 

 久方振りにヒルゼンに上から目線で物を言い、おまけにヒルゼン自身も悔しそうに歯噛みしている姿に途方もない優越感に満たされた。

 …内容は正直くだらないと思うがまぁそれはそれ…その日感じた優越感は長い時が経ち、ヒルゼンが死んだ今でさえ微かに思い出せる程だった。

 

 

 

 それから暫く後…俺達は扉間小隊として活動を始めたがヒルゼンの女に対する弱さは相変わらずで、その日と同様に弄りのネタにすることは度々あった。

 

 …そんな関係が続く中、扉間小隊としての任務達成10回と、班員全員が二十歳になったことを祝い扉間様が珍しく食事会を開いてくれた日があった。

 豪勢な食事に皆が歓喜し、飯に酒にと騒いでいた中…俺は1人だけ酒にだけは手を付けなかった。

 

 しかしそれは酒は忍の三禁の一つであり、一流の忍ならば手に付けるべきではない…そんな自制心などではなかった。

 ここで酒を飲んでしまったら、今まで散々女絡みでヒルゼンに対して上から目線で語ったことが自らに返ってくるのでないか? それにヒルゼンに対して上から目線で物申すことが出来る恰好のネタが一つ永久に失ってしまうのではないか? 

 そんな警戒心と未練といったものが皆と共に酒を飲む行為を躊躇わせてしまっていた。

 

「…ダンゾウよ、お前は最後まで飲まない気か?」

「っ!」

 

 ふと、騒ぐ班員達を静かに眺めていた扉間様が小さく呼び掛けてきて肩を跳ね上げた。

 

「…し、忍たるもの酒、金、女…忍の三禁に溺れては一流たり得ないものですから」

「フ…忍の三禁か。確かにそうだな…ダンゾウよ、その自制心は忍として立派なものだ…だがな、俺が子供の頃は忍は幼いままに死んでいくものだった…俺の弟達も含めてな」

 

 感情を抑える忍の体現者とも言うべき扉間様がその時は珍しく僅かに悲し気に呟いて驚きが消えぬまま彼の言葉に耳を傾ける。

 

「──しかし、兄者が考案した里が出来、幼い忍は適切な難易度の任務が与えられ幼いままに死ぬことはなくなり酒の味を覚えるまでに生きられる様になった…兄者はそれが何よりの喜びだと言っていた」

「……」

「忍の三禁…などと言ってはいるが、嗜む程度ならば咎めはせん。お前達が長く生きた証だ…何か意地や体裁などを気にしている様ならば無理することはない…所詮は酒の席だ、皆飲んで忘れる」

「…いえ! それでも俺は飲みません、忍たる者、規則は絶対です!」

「やれやれ…まぁ良い、酒など嗜好品だ…無理にとは言わ──」

「テメー、ダンゾウ! 扉間様のあんな話を聞いて飲まねぇとは何事だ──!!」

 

 突如背後から全身から酒気を臭わせたヒルゼンが首を締めあげてきて息が詰まる。

 その声には今まで聞いたことがない程のダミ声で一体どれ程飲んだのか戦慄するばかりだった。

 

「規則だの三禁だのよりも! 任務達成祝いとか、仲間との時間とか! そういうの大切にしようって思いがお前にはねぇのかよ!」

「…ヒルゼンはむしろ飲みすぎだって。もうその辺に…」

「へ! 心配するなこう見えてもお前らの中じゃ一番飲めると自負してる、死にはしないよ!」

「いや…死ぬことがある前提で飲まないでほしいな…」

「言っても聞きゃしないわよホムラ…もう力尽くで止めて」

「ボ、ボクが!? カガミも笑ってみてないで手伝ってくれ!」

「あぁすまない。ほらヒルゼン、飲み過ぎだ」

「俺は何か飲み過ぎに効く物頼んどくよ」

「頼むよトリフ、こと食事に関してお前のチョイスに間違いはないからな…っあ、そろそろダンゾウが絞め殺されそうだな…扉間様すみません、ヒルゼン止めるの手伝ってもらえませんか?」

「やれやれ、サルにも困ったものだな。…仕方ない、ワシの禁術で魂だけでも──」

「「「なにする気ですか!?」」」

 

 意外と扉間様も酔っていたのか、酒の席で聞くには物騒過ぎる言葉にその場の全員が怖気づき「早く落ち着けヒルゼン、殺されるぞ」と酒で赤くなった顔を真っ青にしながらヒルゼンの頬を引っ叩く珍事に発展していった。

 そんな忍の集まりらしからぬ酔い騒ぎを俺は結局酒を一口も飲まぬまま過ごして…いや、眺めていたのだ。

 

 そうして忍の三禁だと酒も金も女も執着することもせず、むしろ金に苦しむノノウやついぞ女を克服出来ぬままだったヒルゼンのそんな弱さを内心で見下したまま今まで生きてきた。

 

 だが今、無理やりに押し込まれた喉を焼くこの酒に飲まれて初めて思う。

 あの騒々しい酒の席で…俺も彼らと共に酒を飲んで、共に笑っていたならば──あの決断の時に自己犠牲という使命感からくるものではなく、共に笑った仲間の為にならと…震える腕を上げられたのではないかと、そんな今更の…酔いが醒めた頃には忘れてしまう愚かしい妄想を──

 

 ヒルゼン…お前はいつまで経っても女に溺れていたな。

 俺は…この年になって、酒に溺れた。

 こんな俺達を、お前はどう思う? …なぁヒルゼン。

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

 …これはどういう事だ? 

 いつからそこにいたのか…情報解析班の方々に囲まれていた時に訪ねてきた…ダンゾウさん? が目の前で倒れていてその右肩から木を生やしている。

 

 …いや、一体何事だ意味が分からない。

 

 彼の部下らしき男性も酷く慌てた様子だ…まぁ勢い良く伸びているこの木の様子からしてこのままではダンゾウさんが飲み込まれてしまうかもしれないのだから無理もない。

 

「…くそ、このままではダンゾウさまが…何とか切り離さなければ…」

「あぁ、切り離せば良いのですか?」

 

 そういうことなら得意分野だ…まぁ剣術がそこまで卓越しているというわけではないが、何分刀が優れているのだ、部下の方が持つ様な並の忍刀よりは遥かに適しているだろう。

 傍らに浮遊させていた"試作霊剣・飛過刀"を実体化させ握ると、ダンゾウさんの右腕から伸びる木の生え際と肩の境界を見定めて刀を振り降ろす。

 

 どうにも奇妙な肉体らしく、断面から血が出ずそのまま傷口が塞がっている。

 良く分からないが止血の必要がないようならば何よりだ。

 

 部下の方は謎の症状が治まったダンゾウさんと私を見比べて少しの迷いの後にダンゾウさんを抱えて何処かへ姿を消した…まぁどうやらダンゾウさん、酔い潰れている様子だったしあんな姿を誰かに見られたらかなりマズいことになるだろう。

 …というかもうお年なのだから無理な飲酒は控えた方が良いだろう。

 

 まぁ良い、何だかんだで周囲から人がいなくなった。

 感知タイプの人に見つかる前にさっさとこの場を後に"ゴール地点"を目指すとしよう…と、思ったのだが…

 

「この木…写輪眼が実っている?」

 

 写輪眼って木に実るものなのか? 

 …というか生えるにしたって普通枝になるものでは? なんで木の幹に埋まっているんだ? 

 全く分からないが十個もある写輪眼を素通りなんて勿体ない、むしろハレンチ博士へのお土産が増えたのではないだろうか? 

 

 なにせ十個もあるんだ。2人で仲良く分けても5個手に入る……いや目は本来2個ずつだ、奇数同士では据わりが悪いここは4対6…。

 いや、今回の勝手の行動のお詫びも兼ねて私の分は2つあれば十分だ、残る8個はハレンチ博士に渡すことにしよう。

 

 …喜んでくれるだろうか? 

 かれこれでもうだいぶ長い付き合いになる人だ…喜んでくれると私としても幸せだ。

 手早く木を伐採し、写輪眼の埋まる部分だけ蛇の尾に巻き付ける…仙術チャクラの肉体変化もこういう場では便利だ。

 

 さて、思わぬ副産物も頂いたことだしそろそろ本命の物も頂いて木ノ葉を後にしよう。

 これ以上この場に留まると"色々と危険だ"。

 

 

 

 しかし、単身木ノ葉の里に乗り込んで火影様から逃げおおせ、ダンゾウさんも無意識の内に退けたとあっては中々の大立ち回りだ、これは偉業として語れるのではないだろうか…信じてもらえるかは微妙だが伝説の三忍ならぬ伝説の刀匠と名乗ってしまいたいぐらいだ。

 …いや、その名は純粋な刀造りで名乗るべき異名だ、この寄り道で名乗るには不適切…まぁ"霧隠れの狂人"としての実績として語ってみる分には良いだろう。

 

 再不斬さんや鬼鮫さんに倣った名なのだ、その名に見合う功績はあるべきだろうと思っていたし丁度良い、そんな風に気分を良くしているとふとある物が目に入る。

 

 何とビックリ道のど真ん中に中々の業物らしき刀が落ちている。

 道行く忍の方が落としたのか? なんと杜撰な扱い方だ、折角の良い刀なのにあんまりではないか! 

 もしも扱いの悪い人に拾われては大変だ、それにこんなところに落とす様な元の持ち主なんて論外だ、ここは私が責任をもって保護してあげなくては! 

 

 使命感に駆られるままに駆けだし見知らぬ刀に手を伸ばし──突如地面が陥没した

 

 

 …え? もしかしてこれ落とし穴? 

 

「よっしゃ──ー! 捕まえたってばよ!」

「まさかナルトのアホな作戦がホントに上手くいくなんて…」

「あ、あぁ…俺もまさかとは思ったが──ビックリだ」

 

 とりあえず何とか抱えることが出来た見知らぬ刀を抱きながら地上を見上げれば満面の笑みを浮かべたナルト君とサクラさん…そしてコテツさんの3人がいた。

 

 …そうか、この刀はコテツさんの作品か。

 以前に鍛冶場をお借りした際に刀造りのやり方を何かと教えたが…まさかちゃんと続けて下さっていたとは嬉しい限りだ、完成したこの作品からしても腕も確かなようだ。

 

 …それはそれとしてその刀の扱い方には苦言を呈したいところだが…まぁある意味100点満点の結果を私自身が証明してしまった手前なんとも言えない。

 

 

 

 …というか、この状況は非常にマズい。

 落とし穴に入れられ脱出は困難…一応仙術チャクラを使えば地面を動かすことは出来るが酔いが醒めたことからしても恐らく仙術チャクラももう残り僅か…"選栄蛇酒"ももうない。

 そして何よりもマズいのが…仙術チャクラがなくなった時だ。

 

 ちらりと自分の身体を確認する。

 白い蛇の尾が愛用のつなぎ服を突き破って肉体変化を証明しているが…これ仙術チャクラが切れて肉体変化が戻ったらどうなるんだ? 

 

 

 

 …"霧隠れの狂人"

 単身木ノ葉の里に乗り込み、火影様、ダンゾウさんなどの追手を退けた大立ち回りの果てに酒気を臭わせながら下腹部を露わにしていたところを木ノ葉の忍に拘束される…なんて偉業…もとい異業が広まったら狂人の意味合いが完全に変わってしまう。

 再不斬さんや鬼鮫さんに顔向けできない…というか色んな意味で誰とも会えなくなってしまう。

 

 …

 ……

 ………よし、何としても全速力で逃げよう!




未成年の飲酒はやめましょう。
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