正面から向き合いながらもどこかこちらの存在に目を向けていないのだとはっきりと伝わる、虚ろなカブトさんのその姿に母が亡くなってからの父の姿が重なる。
その顔に深い陰を落とした彼に何と話しかけたら…と悩んでいる内にカブトさんが口角を吊り上げて肩を竦めた。
「暁の衣装を着込んだ上にそのメンバーを2人も引き連れて帰ってくるとは…つくづく君は変わり身の早い。案外浮気性だったりするのかな君は?」
…嘲るような表情と声色…しかしその言葉から私に対する悪感情は欠片も感じられず、むしろカブトさん自身がどこかやけっぱちになっている印象を強く受ける。
もはや確かめる必要さえないだろうがそれでも彼に問わなければならない。
「カブトさん…ハレンチ博士は?」
「…その質問をするということは…凡その見当はついているみたいだね。──大蛇丸様が死んだと」
「やはり…サスケ君が?」
「あぁ、そうさ──あれを見れば分かるよ」
あれを見れば…その言葉と共にカブトさんが指差した先には特に荒れ果てた様子の一室、思わず一度息を飲み、意を固めるとその部屋へと駆ける。
焼け焦げて黒くなった壁と床に混じる白。
既に生きた気配を欠片も感じない、胴体を斬り落とされ周囲と同様に焼かれた痕跡も残る白蛇の死体がそこにあった。
巨大な白蛇の亡骸、その頭部に生えた黒い髪と顔はハレンチ博士の面影が確かにあった。
「あららー…これはまたエグい死体っスねー。にしてもあの大蛇丸の正体がまさか本当に蛇だとはビックリ~」
「…どうやら本当に死んでるみてぇだな、うん。大蛇丸の正体なんざ興味はねぇが、こいつはオイラが殺すつもりだったのによ」
初めて見るハレンチ博士の真の姿、それをまさかこんな痛ましい亡骸で見ることになるとは、それにあのハレンチ博士が本当に死んでいたとは…思わず目を伏せそうになるがふと部屋の端にある物が目に入り顔を上げ、その傍へ歩み寄る。
"壊刃・遺骨"
ハレンチ博士に渡した私の作品の中でも現状最強の作品だ。
「……どうして…」
「どうしてその刀を持つ大蛇丸様が殺されたのか…って顔だね」
「…はい、サスケ君は確かに今やかなりの実力者です。でも…」
「答えは簡単さ、大蛇丸様はサスケ君の肉体を奪うことが悲願だった…だから、肉体を塵にするその刀を使うことが出来なかった」
「っ!? それは…」
考えてみればそれは当然の答えだ。
転生の器でありうちは一族最後の生き残りであるサスケ君の肉体を粉々にしてはハレンチ博士の目的は何一つ叶わない、だからハレンチ博士にこの刀を使うという選択肢は存在しなかったのだった。
"壊刃・遺骨"は最高の殺傷能力を誇る最強の刀…それを誇ることが今はとても出来ない、むしろ今になってその不完全さを重く突き付けられる。
殺すことしかできない刀…それは忍の武器としては時として致命的な欠点となり得る。
ハレンチ博士にとって必要な物を造れていなかった、"ハレンチ博士に役立つ武器として力を遺す"という君麻呂さんとの約束を果たせていなかった…忍の仕事は多岐に渡る、その為応用の利く刀ほど優れた刀であると言える…そんなことぐらい分かっていたはずなのに集まった極上の素材に目が眩んでより高い破壊力を求めていた…どこまで愚かだったのか、自分自身へ筆舌に尽くし難いほどの黒い感情が沸き上がる。
いつの間にか握りしめていた手から手豆がつぶれて血が滴っていた。
「…大蛇丸様とサスケ君の戦闘は激しいものだったよ。ボクじゃとても介入出来ないほどにね──でも、そんな激しい戦闘に何故なったと思う?」
ふと投げ掛けられたカブトさんの質問に内心に渦巻いていた感情を抑え彼へ向き直る。
何故戦闘になったか? それは──
「サスケ君がハレンチ博士の器となることを拒絶したから?」
「それはサスケ君の反抗の理由だね…それだけならサスケ君は大蛇丸様がもっと弱る頃まで待てばいい。それなのにサスケ君は大蛇丸様がまだ余力の残っている時に戦闘を仕掛けた…その原因は?」
「……それは」
「君だよ、村雨。君が大蛇丸様の両腕の封印を解く死神の面を取りに行く…と、勝手な行動をしたことでサスケ君はこのタイミングで反旗を翻すことを選んだ」
「……あ」
「──遅かれ早かれこうなったかもしれない。それでも大蛇丸様が"今"死んだことは…君のせいだ」
そうか…そうか。
ハレンチ博士が両腕を取り戻せば失った多くの術を取り戻し、更に封印による身体の負荷も恐らく無くなる…そうなるとサスケ君にとっては厳しい戦いになっただろう。
だからこそ反旗を起こすタイミングを前倒しにして、こうしてハレンチ博士を打ち倒したというわけか。
カブトさんの言う様にサスケ君とハレンチ博士の対立はいつか必ず起きたことだろうが、責任がまったくないなどとは言えるはずもない。
自分なりに勝算があっての木ノ葉への侵入だったし、想定外な事自体は色々とあったがハレンチ博士の情報を木ノ葉へ漏らすことなく、目的の物を持ち去る事に成功した。
しかしその裏側で巡り巡ってハレンチ博士を死に追いやってしまっていたとは…自らの行動に今更ながら後悔の念が沸き上がり、今や物言わぬ冷たい異形の亡骸にソッと触れる。
「……ご迷惑をお掛──」
謝罪の言葉を口にしかけた瞬間、突如身体が重くなり片膝が床に付く。
全身が麻痺したかの様に身体が動かない。
「…ハレンチ博士、そこまで…私を?」
死に追いやってしまったのは事実、恨まれても仕方ないとは思っているが…よもや身体に触れた途端に呪われようとは。
「いや、その白大蛇の体液は空気に触れると気化する痺れ毒だから…もう死んでだいぶ経ったから気化する分はともかく、直接触れるのはアウトだよ」
「あ、呪いではなかったんですね」
「大蛇丸様を何だと…」
「すみませんカブトさん…厚かましいお願いで非常に申し訳ないのですが出来れば解毒を…身体が動かなくて…」
ピクピクと身体を痙攣させる私に突き刺さった3人からの冷たい視線に思わず目を伏せたくなるが、それでも誠心誠意懇願する…我ながら凄くカッコ悪い…。
「──まったく君は…まともに怒る気にもならないよ。本当に…」
ハレンチ博士の亡骸に触れた右腕に医療忍術特有のチャクラを当てられながらその手を翳すカブトさんの顔をジッと見つめる。
結果的にハレンチ博士を追い詰めることになった私に対する怒りなどは相変わらず見られないものの、どこかぼんやりと目の前を見ていない印象も拭えないままだ。
医療忍術という高度な技術を要求する術を無意識に淡々と済ませてしまえるその技術は素晴らしい限りだが──それ故にどうしても気になることがある。
「…カブトさんは、これからどうなさるおつもりですか?」
ハレンチ博士がいなくなった今、カブトさんは一体何を?
ハレンチ博士の後を継いでこの世の真理を解き明かす"という理想を追求するのかとも思ったが、治療が始まった矢先にアジト内を物色させてもらうぞと言ったデイダラさんを止める様子もなく、既にハレンチ博士の遺品にさえ興味はないらしい。
ハレンチ博士とは袂を分かつつもりなのか? かといってハレンチ博士の下で行動していたカブトさんはハレンチ博士亡き今でも木ノ葉を始め多くの里からの指名手配は続くはず…むしろハレンチ博士の後ろ盾がない以上、これまでよりもずっと危ない立場になるやもしれない。
ただし、これ程優れた技術を持ったカブトさんならば非正規組織ならば確実に引っ張りだこ、条件次第では正規の忍里への加入とて不可能ではないかもしれない。
優れた医療忍者とはそれ程までに希少かつ有益な存在であり、中でもカブトさんの様に戦闘能力さえも高く有するのならば猶更だ、やり方によっては十分な環境を得ることは出来なくはないだろう。
だからこそ、彼の今後がどうしても気になった。
「──分からない」
しかし、返ってきたのはそんな寂しい声だった。
「大蛇丸様が死んでボクはまた…自分が何者か分からなくなった」
「また?」
「…そうさ、ボクは親を知らず自分の本当の名すらも知らない。カブトの名は記号、眼鏡は道具…最初からボクは何者でもなかった。最初からボクには──何もなかった」
それは淡々と語るようで…酷く嘆くようで…それまで決して自身の深いところを覗かせなかったカブトさんの今の姿に無意識に息を飲む。
そうして静かに彼の経歴に耳を傾けていればその内容は言葉を失う程に壮絶なものだった。
幼い頃に戦地となった街の傍で負傷し倒れていたところを孤児院のマザーを務めるノノウという女性に救われ、彼女の孤児院に招かれるも、頭部の負傷が原因か、親も自分の名も思い出せずにいた。
その為ノノウさんに同行していた少年から被せられた兜から"カブト"という名を与えられ、視力が低く苦心していた為、その眼鏡もこの時に与えられたのだという。
それから3年、孤児院で生活をしながらノノウさんと運営費不足に困窮する孤児院への恩返しを目標にノノウさんから教わった医療忍術を磨きながら木ノ葉の忍の治療の仕事に勤しみお金を稼ぐ…聞いている限りでは忙しく苦しいけれども真っ直ぐで、少なくとも不幸ではない日々だったのだと感じられた。
しかしそんな日々が突如大きく狂いだした。
木ノ葉の"根"という組織の長、ダンゾウという男性が当時岩隠れが大規模な作戦を計画しているという情報を掴み、かつてその"根"の組織で随一の諜報力を誇っていたノノウさんを突然徴兵してきたのだという…それも院への資金断絶、更には院で暮らす子供達の誘拐という脅しを掛けて。
そんな無茶な要求だが元より貧困に苦しんでいた院に里の大組織の決定を覆す手段など当然なく、ノノウさんは承諾を余儀なくされた。
しかし彼らの要求はそれだけに留まらず、情報を得る為に犠牲になった部下の代わりに院の子供を1人差し出す様に要求してきた。
──院で暮らす子供の中、1人その話を盗み聞きしていたカブトさんは望んで忍になる為だと偽って彼らの要求に応え、院を去ることになった。
それから5年、カブトさんは"根"所属のスパイとして活動し続けた。
周囲に頼れる仲間も本音を語れる相手もなく、常に危険と隣り合わせの中で生き続けるその苦しみは話を聞き、想像だけでさえ胸が痛むばかりだった。
そして雲、霧、砂…様々な里を渡り歩いた末、岩隠れでの活動の中で更なる陰謀が彼らを襲った。
5年もの歳月の中でスパイとして優れた才能を示し続けた彼らをダンゾウさんは危険視し、それまでずっと任務を続けてきたノノウさんとカブトさんを殺し合わせることにしたのだ。
ダンゾウさんはノノウさんにカブトさんが院存続の為自ら犠牲になったことを明かし、彼女がカブトさんを解放を懇願する様に仕向けた。
そして彼女が反旗を翻さないように彼女にカブトさんの生存の証拠としてカブトさんの成長過程の写真を定期的に送っていた…その写真を途中から別人の写真とすげ替えることでカブトさんと全く別の人間に認識を入れ替えるのを目的に。
時間を掛けて洗脳、そして最後にカブトさん解放の条件として赤の他人とカブトさんの顔の認識を狂わされた彼女に本当のカブトさんの暗殺を命令した。
幸か不幸か、長期の任務によって諜報能力と共に戦闘スキルも磨かれたカブトさんは襲い掛かる相手をノノウさんと認識する前に反撃してしまい、重傷を負わせてしまい必死に治療を試みるもノノウさんから"カブト"であると認識されることなく亡くなられたのだという。
それらは全てその後カブトさんとノノウさんの内"生き残った方を始末する"という命を受け、しかしその命を無視しカブトさんを部下として勧誘しにきたハレンチ博士から明かされた真実だった。
最初から何もなく、自分を説明できるものがずっと欲しかった。
眼鏡は自らとノノウさんを繋げるものだったのに…
貰った名は自分だけのものだったのに…
何があっても自分の事を忘れない親がノノウさんだったはずなのに…
その全てが反転してしまったことで再びアイデンティティを失ったカブトさんに、それでもハレンチ博士は新たな道を示した。
『君は自分を説明できるだけの情報がまだ足りないだけ』
『自分が何者かだってこの世のあらゆる物と情報、それら全てを集めつくしさえすれば導き出せないはずはない』のだと。
そうして彼らは己を消す"根"を脱退し、己を導き出す新たな組織"音隠れの里"を組織し活動を始めた。
ハレンチ博士はダンゾウさんからカブトさんを守る上司であり兄弟であり親として。
そしてカブトさんは新たに『薬師ノノウ』の子、薬師カブトとして生まれ変わって──
──しかしまた、彼を証明する人物であるハレンチ博士は亡くなられた。
あまりに衝撃的な内容にカブトさんに何かを言おうにも頭の中で様々な言葉が渦巻いて言葉が出ない。
独断行動が遠因でハレンチ博士が亡くなられてカブトさんがこれ程までに追い込まれてしまうとは。
スパイとして活動していたというカブトさんの経歴がこれ程までにお辛いものだったとは。
…というかそのダンゾウさんって木ノ葉の里から逃げる際にお会いした写輪眼の成る木を生やしたあの人では!?
色々なことがあり過ぎてどれについては話せばいいのかまるで分からない。
どれだ、どの話題ならば話が膨らむ?
1つ目は謝罪してもどうにもならない、避けてはならないが今それをしたところでどうしようもない。
2つ目は論外だ、話を聞いた限りでしかない私が踏み込んで良いものではない。
なら3つ目? 3つ目なのか?
少し前に酔いから醒めたらそのダンゾウさんという人がいて右肩から木を生やして苦しんでいたから思わず斬り落として助けてあげて…って怨敵を助けているじゃないか!? やっぱりこの話題もダメだ!
ならば──それらとも違う4つ目か?
深刻な表情を浮かべるカブトさんに対し、こんな慌てた感情を見せられないと何とか表情に出ない様にしながらもどうにか他の話題をと思案するも考えが浮かぶよりも先にカブトさんが僅かに笑みを浮かべた。
「──つい長い話を聞かせたね。もう良いよ、君はもう彼らの仲間なんだろう? 暁の連中の事だ、大方大蛇丸様の集めた情報と組織の指輪の回収辺りが目当てだろうし、君も行ってきなよ」
「カブトさん」
「何を考えているのかは知らないけど、さっき話したことで君に何かを求めているつもりじゃない──なにせ、ボクは君の事が嫌いだからね」
「──はい、分かっています」
ついにはっきりと向けられた悪感情から目を逸らさずに受け止める。
今までずっと、カブトさんとはハレンチ博士からの伝達、あるいはこちらからの報告などの事務的なやり取りやメスなどの医療道具を造ったりと良い付き合いが出来ていたと思う。
しかしその一方で、それらのやり取りの中でどうしても自分と彼との間に溝が存在しているのを感じていた。
当時はそれはあくまでハレンチ博士の部下として、度々問題行為をとっていた私に対して厳しい視点を持って対応しているのだと思っていたが、先程の話を聞いて全てを理解した。
幼い頃から親も名も知らず自分が何者か分からない事に苦悩し、望まぬ命令で数々の里をスパイとして渡り歩いてきたカブトさんに対し、私は自らの意志で家族も故郷も捨てた挙句に望むままに各里、組織を渡り歩き自らの作品造りを謳歌してきた。
何もかもが真逆だった。
彼が欲したものを私は全て捨て、彼が望まぬままに行ったことを私は望んで行っていた。
溝が出来ないはずがない、嫌わずにいられるはずがない。
だとしても。
だとしてもこれは私が選んだ生き方だ。
この生き方のせいでハレンチ博士を死に追いやったのも紛れもない事実だ、それでも私は止まらない…いや止まれないんだ。
大切な恩師を死に追いやった後悔も自己嫌悪だってある、しかしそんな愚かな自分さえも突き動かす"至高の刀を造り上げる"という理想とその衝動、そしてそれを叶える為に今なお研鑽を続ける技術こそが"私が私であるという証明"なのだから──
だから──
「カブトさん! …私と一緒に来てくれませんか?」
たとえ嫌われていたとしても、自らの証明するものが無いなどと苦悩するカブトさんを放っていくなんて出来ない。
どれ程の陰謀で歪められようともノノウさんへの恩返しの為に医療忍術を会得したその思いも、ハレンチ博士の部下として磨かれたその才能も偽りなどではなく、彼だけの技術、彼だけの研鑽…カブトさんという人物を指し示す何よりの証明なのだから!