自分でも勢い任せに口にした勧誘の言葉に今になってどうしたものかと思ってしまう。
勿論、勧誘の言葉もそれを口にするに至らせた思いも一切偽りのない本心ではあるのだが…何分カブトさんの立場から見れば私はハレンチ博士が死んだ遠因であるし、何より今や敵対組織である暁と関わりのある身…カブトさんが勧誘に乗ってくれるのであれば嬉しい限りだが…
「ボクが…君と?」
案の定、カブトさんは疑いの視線を向けてくる…まぁ、残念ながら当然か?
「…君が連れてきた彼ら…今この場に来た以上その目的は大蛇丸様の死亡確認と、事実だった場合に大蛇丸様が集めた彼らの情報の抹消は少なくとも確定だろうね。──それはつまり大蛇丸様の腹心であり、サソリの部下と偽りスパイをしていたボクも"彼らに繋がる情報源"として削除対象だ…いや、彼らがボク如きをそれ程危険視しているかは微妙だがね…ともあれ、損得で言うなら彼らにとってボクは殺した方が得であることは間違いないね」
こちらの勧誘に対し呆れた様にため息を吐くと、ただただつまらなさそうに事実を述べた末に「それで──」と続ける。
「──どうやって彼らとまた手を結んで、今度は彼らの組織の装束まで与えられる関係まで至ったのかは知らないが、昨日今日仲間に加わった程度の立場の君がどうやって彼らからボクを守れるというんだい? それとも彼らにボクを突き出してより良い立場を得るのが目的かな? 悪くない案だけどさっきも言った様に彼らにとってボク如きがそれ程の価値があるかは分からないよ?」
「っ!? いえ、私はただ──」
「分かっているさ、君にそんな発想はないんだろうね。だけどそれをどうやって証明できる? 大蛇丸様も暁も欺いて、…自分の目的の為に偽りの言葉を吐き続けて皆を騙し続ける人をボクはどうやって信用すればいいんだい?」
「……」
カブトさんの問いかけに言葉が詰まる。
カブトさんの言う通り、今まで私は自分の目的の通りに関わる人達を何度も騙した…これはその反動と言うべきか…自らの言葉を信用されなくなっている。
加えてこの問いかけは私個人の問題ではない。
他者を欺き続けた者をどうやって信用すれば良いのか、その答えがないからこそダンゾウさんはカブトさんやノノウさんを殺すことを選択した。
非人道的なやり方だし戦略的にもあまりに勿体ないと思うが、里を運営する立場としては情報漏洩を防ぐ手段としては確実なやり方だったのかもしれない。
しかしその確実に思えた目論見は失敗してカブトさんは今なお生きていて、その時の答えを今求めている。
他者を欺いてきた者をどうやって信用すれば良い?
他者を欺いてきた者はどうすれば信用してもらえるのか?
何故自身とノノウさんは木ノ葉の為に己を偽り続け、木ノ葉によって殺されなければならなかったのか?
何一つ分からない、そんな理不尽に対して答えなんて出せやしない。
ならば私はカブトさんに対して自らの言葉をどうやって証明すれば良い?
やはり答えは出ない…が、それでも言うべきことは簡単に思い浮かぶ。
「証明…というには足りないですが、私はカブトさんのことが好きです。豊富な知識に卓越した医療技術…どれもが並外れた研鑽なくして極めらないものです。極める切っ掛けこそカブトさんにとっては苦しいものだったのかもしれませんが、それでも技術者として尊敬するばかりです。だからこそ、そんな凄い人に立ち止まってほしくはないですし、立ち止まらせたくありません。そして出来ることならその技術が更に研ぎ澄まされていくところを近くで見ていたい…私の造る刃だってもっともっと使ってほしい。それが私と来てほしい理由です…証明…なんて言うには全て自分本位な理由ですが嘘偽りのない本音…いえ、正確には我儘です」
「本当にね…勧誘の時点からボクに何のメリットもない話は初めてだよ」
それは確かに…裏切ったダンゾウさんでさえ一応金の取引自体はあったのだから私とは雲泥の差だ。
…損得とは関係なくカブトさんと仲良くしたいと言えば良いだろうか? …いや、私には得があるのだからその理屈は成立しないな。
「まったく、本当にブレないな。君が嫌いな一番の理由はそれだよ。家を捨て里を捨て、他人を欺いて…だけど決して己を消す事はない。君を君たらしめるものを持って音隠れや暁という強大な組織にさえ自分の存在を刻み込んで居座っている、羨ましいというより妬ましいよ」
「それは…少し違います。失礼を承知で言いますが、私は"刀匠として生きる"と決めた自分がいるから他の多くを捨てられているんだと思います。多くを捨てた…いえ、捨てさせられた末に自らが分からなくなったカブトさんとは前提が違うんです」
「──はっきりと言ってくれるね」
「ごめんなさい、でも分からなくなったとしても決して失ってなんていないのだと私は思います…そうでなければ医療忍術なんて高度な術をそれ程までに極められたりしませんから」
「…あぁ、この術がボクとマザーの繋がりだとでも? それこそ違うよ、確かに最初はマザーから教わったものだったけどその後"根"に引き取られてから敵に信用されるようにとあれこれ叩き込まれて今やもう別物さ。繋がりなんて残っていない、この術もこの眼鏡と同じ…ただの道具でしかない」
陰鬱さと諦観を含んだその声はカブトさんがかつて負った心理的な傷の深さをこれ以上なく物語っている。
所詮話で聞いた限りでしかない私がこれ以上踏み込んで良いものか、ほんの僅かに躊躇うもそれでもゆっくりと首を振る。
「いいえ、そんなことはありません。基礎ができれば応用を、それを繰り返して更に高度のスキルを…技術の研鑽を繰り返せば少しずつ始まりから変わっていく。ダンゾウさんの下で叩き込まれ、他里の環境に合わせて変化し、ハレンチ博士の下で更に磨かれて、今のカブトさんの持つ技術は始まりとは大きく変わったのだと思います。──しかしそれはあくまで上達、洗練…そういった類の変化です」
そっとカブトさんの手に触れる。
ハレンチ博士が亡くなってから暫く呆然としていたのだろう…熱を感じない冷たい手、だがそれでもこの手に卓越した技術の粋が宿っていることはこれまで何度も目の当たりにしてきた。だからこそ──
「別の物になんかなっていません。基礎から応用へ、ノノウさんからカブトさんへ、あるいはハレンチ博士からカブトさんへ…さながら巨大な木の枝の様に複雑でも技術の系譜は繋がっています。…この手に宿る技術はカブトさんだけのものであり、カブトさんとノノウさんやハレンチ博士との繋がりの証明です。だからこれまで貴方が積み上げてきたものを否定しないで下さい」
「ボクの技術がボクである証…他の存在を取り込み付け足して新たに生まれ変わるのではなく、この技術の始まりこそがボクとマザーの繋がりの証明…」
「少なくとも、私はそうだと信じたいです」
家を捨て、里を捨て…もう3年近く会っていない父の事を思い出す。
母を亡くしてからのあの人の事は…やはり好意的には思えない、しかし決して嫌いだという訳でもない…大切な肉親であり刀造りの基礎を教わった恩師だ。
あの人の在り方を否定し、別れたとしてもそれまでの繋がり全てを断ち切ったとは思えないし、思いたくもない。
自らの意志で別離した私でさえそう思うのだからカブトさんならば猶更だ。
「でもボクは…この手でマザーを殺した…」
「そう、ですね。私の父も、カブトさんと同じでした…自らの造った刀がある日他里の忍の手に渡り、挙句にその刃によって母を殺されました。その日からずっと父は縛られたかの様に停滞を…カブトさんにはそうはなってほしくはないです。好きな人が歩みを止めてしまうのは少し寂しいですから…差し出がましいですが、子が親に対してそう思うのですから、親から子ならきっともっと寂しいのだと思います」
「…そうか。…うん、そうだろうね」
漸く、ほんの僅かにだかカブトさんの声が明るくなったことで思わず私の方が心が軽くなる。
「ありがとう村雨。君が来てくれて、ボクは見失っていたものを見つけられたのかもしれない」
「いえ、そんな…では──」
「まぁでも、君と一緒に行動するのは御免だね」
「どうして!?」
カブトさんの励ましに成功した思ったのに勧誘は拒否された、何が失敗だったというんだ!? 私の言ってきたことにどこに失敗があったと!? 私はただ──
「常識的に考えて思い付きで木ノ葉に単身乗り込んだと思ったら暁に加入してアジトに帰ってくる人と一緒に行動したがる人がいると思うかい?」
「返す言葉もありません」
失敗だらけだった。
「…でも、君の言葉には少し感謝している、だからお礼ぐらいはあげるよ」
「え?」
カブトさんから渡されたのは年季の感じる巻物だった。
ハレンチ博士の資料室は何度か利用したことがあるがこれは見たことがない…感謝しているからあげる、という言い方からしてもひょっとして貴重なものなのかと紐を解いてペリッ…と少し横に開くと巻物に記された術の名称が目に入る。
──穢土転生の術。
その字を見た瞬間、思わず巻物を慌てて巻き直しカブトさんへ視線を向けるとヒャハハハハァ! と笑いそうだと感じる程に妙に意地の悪い顔をしていた。
「あの…カブトさん、これは…」
「二代目火影が開発し、大蛇丸様が改良を加えた禁術さ。恐らく君が連れてきた2人組も恐らく今、それを探しているはずさ」
それはそうだ、木ノ葉崩しの際にハレンチ博士が使用しその威力を私は直接目の当たりにしたのだ…暁の方々がこの術を求めるのは言うまでもなく理解できる。
…この巻物を差し出せば彼らとの関係性もより確かなものに──
「その術は間違いなく忍界最強の術で、それを上手く使えばどんな組織にも迎えられるだろうね…ただし、その強さは勿論、生者を生贄に死者を口寄せし縛り上げるという仕組みも含めて使用できる者は当然として、その術の情報を持つ者でさえその名が世間の隅々まで行き渡り多くの敵に狙われるだろうね。刀造りなんてする暇もないぐらいにね」
カブトさんの言葉に思わず息を飲む。
確かにこの術を暁の方々に渡し、彼らが猛威を振るえば五大里も大きく動く…そうなったら私の立場はどうなる?
現状でさえ良くて宙ぶらりんなんだ、これ以上となると本当にマズい。
「…とはいえど、その術ならば血継限界、秘伝忍術といった希少な能力も解析し放題だ。なにせその術者を意のままに操れるのだから君の望む至高の刀造りにおいてこれ以上の足掛かりもないだろうね。…勿論、さっき言った危険性と隣り合わせだけどね、身の安全を望むなら今すぐ焼き払うのがベストだ。これからずっと穢土転生という最高の素材を手放した癖に至高の刀造りなんて自称できるならね」
「……これ、お礼ですか?」
「勿論だよ、君のおかげでボクはするべきことが見えた、そのお礼だよ。…そもそも君が余計なことをしなければ大蛇丸様が死なず、ボクが悩む必要もなかったことの仕返しなんて考えてないさ」
「…ハレンチ博士がカブトさんのことを嫌な性格をしていると言った意味が分かった気がします」
「君と大蛇丸様にだけは言われたくないよ」
絶妙に手放せなくなるところを突いてきたカブトさんにそれ以上何も言い返せず、手にした巻物を袖の中に収納する…使ってみると収納性も十分、中々に実用性のある服だ。
まぁ正規の忍里の忍に見られたら拘束対象になってしまう時点で実用性は大いに低い気もするがそれはそれとして少し気に入った。
「…さて、それじゃボクはそろそろ失礼するとしよう」
「これからどうなさるおつもりなのですか?」
「さぁね、道を用意してくれる大蛇丸様が亡くなったからこれから色々自分で考えないといけないからね。まだ良く分からないよ…だから、まずは帰ろうと思うんだ、あの孤児院…ボクの家へ」
「っ! …でも、それは」
カブトさんのその言葉は喜ばしいものだが恐らく難しいことだ。
カブトさんはダンゾウさんにとって殺し損なった相手、その彼がいる下へ向かうというのは物凄く危険だ。それに事情はどうであれカブトさんはハレンチ博士に協力していた、"根"という組織以外でも正規の忍衆にとっても拘束対象になっていることは間違いない。
最悪の場合を想像し心配しているとカブトさんも承知の上だったのだろう「分かっているさ」と頷いた。
「ただ木ノ葉に向かったところで捕まるだけ…まぁ、実際大蛇丸様の下でボクがしてきたことを考えればその事に不満はないし、受け入れるつもりだ…ただ"根"の連中に捕まるのだけは御免だけどね」
「私も木ノ葉の方々から取り調べを受けている時にダンゾウがやってきて半ば強引に身柄を引き受けようとしていました…恐らくカブトさんもそうなるかと」
仮にカブトさんが木ノ葉の忍にわざと捕まったとしても後からダンゾウさん達が行動を起こせばきっと最終的には"根"の組織の下へ連れていかれる…そうなったら檻の中に入れられる程度では済まないだろう。
「ダンゾウさんは…私が右腕を斬り落としたこともあって今は療養中の可能性もありますがやはり危険です」
「だろうね、だからその為にも…え?」
「ん?」
孤児院に戻るのは危険、さりとて出来る事なら帰還を果たしてほしく何か良い手はない物かと考えているとカブトさんが素っ頓狂な声を上げた。
「ダンゾウの右腕を斬り落とした?」
「あ、はい。"選栄蛇酒"を飲んで酔ってしまっていたのであまり記憶はないのですが気が付いたら目の前でダンゾウさんが右腕から木を生やして苦しんでいたのでスパッと…」
「何をしてるのさ君は…まったく、ククッ…でもおかげでボクに運が回ってきたと言えるね」
「運?」
「君のおかげで恐らくダンゾウは暫く引っ込むだろうね。何せ結果的に奴は今木ノ葉の連中がしていた君の取り調べを邪魔した挙句、腕を落とされて逃がした立場…ただでさえ関係性が悪い五代目火影への発言権は大いに落ちたはずだ」
なるほど、それは確かに。
…あの時は腕を斬り落とさなければあの木に飲み込まれそうだったから即座にそうしたがひょっとしてダンゾウさんには外傷以上に悪いことをしてしまったのではないだろうか、少し申し訳ない。
「ダンゾウが口出ししてこないのなら…ボクがサスケ君を木ノ葉に連れて行けばそれなりの特赦も得られるかもしれない」
確かにそれならば可能性はある。
サスケ君は木ノ葉の名門うちは一族の生き残りであり綱手様に関わり深いナルト君が連れ戻そうと頑張っている…その彼を連れて戻れば悪い様にはならないかもしれない。でもそれには──
「サスケ君と…戦うことになるのでは?」
「かもしれないね。大蛇丸様を倒した相手だ、ボク如きでは到底及ばない…だけど、彼はまだ──うちはイタチの真実を知らない」
「イタチさんの真実?」
思いもしない名が出て首を傾げる。
口振りからしてサスケ君とイタチさんの復讐関係には何か隠された事情があるのかとカブトさんに視線を向けるが彼は静かに頷き──
「ダンゾウに狂わされたのはボクだけではないというだけのことさ…まぁ君が深く知る必要はないよ」
「…それを知れば、サスケ君は木ノ葉に戻る様な事なのですか?」
「どうだろうね、或いは…。でも、彼が知るべきことだとボクは思うよ」
そう言ってカブトさんは踵を返す。
詳しいことまでは分からなかったがカブトさんが戦う気がないのならばサスケ君とて事を荒立てることはないだろう、カブトさんの話を聞いてどう動くはともかく、少なくとも木ノ葉に向かうよりは危険はなさそうなことに安堵する。
「──そうだ。水月なんだけど香燐や重吾と一緒にサスケ君と行動しているんだけど伝言とかあったら伝えるよ?」
「あ、でしたら木ノ葉での目的は達成、今は暁の皆さんと一緒にいる。また後で会おうとお伝え下さい」
「反応が楽しみだよ…」
水月がサスケ君と行動しているのは恐らく前に言っていたようにイタチさんと鬼鮫さんをそれぞれ狙っていることでの利害が一致してのことだろう。
彼らが暁のメンバーを狙い、私が暁の皆さんと一緒にいる都合上、案外近いうちに出会う可能性もあるがカブトさんが言伝をしてくれるならばそれに越したことはないだろう。
「それじゃあボクはもう行くよ。ここに残っている物は好きに持っていってくれ」
「ありがとうございます…ここに残っている物…」
ちらりとハレンチ博士の亡骸に目を向ける。
あれもここに残っている物と言えなくもないが…今ここでそんなことをすれば本格的に私が意図的にハレンチ博士を死に追いやったことになりかねない、何より漸く説得できたカブトさんの前ですることではないだろう。
…とりあえずカブトさんがここを後にしてから考えるとして…そろそろデイダラさん達と合流するとしよう。
カブトさんがサスケ君を木ノ葉の里へ連れ帰るのだとしたらイタチさんが狙われることも暫くはなくなる、暁としてもカブトさんは不利益な相手ではないということも伝えなければ。
それと彼らが狙っているという穢土転生の術の巻物については気付かれないようにしないと…ハレンチ博士の死亡確認に来たのに瞬く間に状況が変わってしまった。
それでも得た物は大きいのだと奮い立たせる。
木ノ葉へ侵入することを決めた時に理想の為ならどんなリスクでも覚悟した…この程度、もう今更なことだ。
しかし私の木ノ葉への侵入がハレンチ博士の遠因なのだからその時の決意を思い出すのは如何なものか…ハレンチ博士に怒られなければいいが…。
改めてハレンチ博士に謝罪の念を送り、カブトさんへ向き直る。
「それではカブトさん、どうかご無事で」
「どちらかと言うと君の方が危険だと思うけどね。まぁ君も精々気を付けてくれ」
そう言い残しカブトさんは外へ繋がる廊下の奥へと姿を消す。
不安もある。どうにかサスケ君と合流し説得に成功し木ノ葉へ投降、そして彼の過ごした孤児院へ無事の帰還を果たして欲しいと願い、その背中を見送る。
「…よし。──デイダラさん、トビさん。お待たせしました、探し物手伝います」
カブトさんならばきっと大丈夫。そう信じ、私も自分のすべきことを再開しようと資料室へと向かうのだった。
▼▼▼
村雨と別れ、アジトの外へ向かい足を進める最中に彼女との問答を思い出し、頭の中がボーっとする。
自らの導き出そうとあらゆる物を調べ尽くすまでもなく、ボクとマザーは最初から繋がっていた…ボク自身、ずっとそう信じたかった…けれど信じることが出来なかった。そして今でも信じ切れた訳ではない。
…だからこそ、自らの兄の真実を知らぬまま殺し合いに臨むサスケ君だけは何としても止めなくてはならない。
彼と同じく家族との絆を歪められた者として、そしてそうであるにも関わらず大蛇丸様に協力し彼を闇の世界へ招いた者として、彼を止めずに自分一人帰る訳にはいかない。
彼が大蛇丸様を打ち倒してまだ日は浅い、今ならばまだ追い付ける。一刻も早く彼の下へ──
そう思い駆け出そうと足に力を入れた瞬間に激しい痛みに視界が歪む。
通り抜けようとした曲がり角から突如飛び出してきた黒い影が左胸に刃を突き刺してきた。
込み上げてきた血を口から吐き出し、意識を奪う激しい痛みに痙攣しなが必死に視線を動かせば橙色のお面をした暁の男の姿が目に映る。
「…ハハ、失敗、してしまったな。せめて彼女が君達にボクの事情を説明してくれるまでは大人しくしておくべきでした」
サスケ君の説得…彼女に感化されてらしくなく焦った結果こんなことになるなんて、悲しいというよりも笑うしかない。
「──残念だが、それは少し違うな」
「…っ?」
「お前の持つ暁の情報が漏れたところで然程支障はない、だからわざわざ追って殺す気はなかったが…今サスケに余計な事を吹き込まれると俺の計画を延期せざるを得なくなる…それは少々困るのでな」
「な…に? ──っ! その…眼…は」
いよいよ力も抜けて崩れ落ちる最中、お面に開いた隙間から赤い瞳が光っていた。
彼が何者かは分からない、今まで調べた暁のメンバーに彼の情報は1つもなかった…だが、間違いなくこの男は只者ではない。
そしてうちはサスケを何らかの計画に組み込んでいる…彼の身体を奪い取りその命を奪うつもりだった大蛇丸様以上に彼の生き様を歪めてしまう…そんな予感に必死に身体を動かそうとするも身体に力が入らない。
チャクラを練る前に致命傷を入れられたせいか特技である治癒能力を発揮できない。
ただでさえ外傷を修復する医療忍術には膨大なチャクラが必要、致命傷ともなれば万全の状態でも治せる保証はない。
──これはもう、医療忍術では無理か。
そう判断したと同時にすぐ傍の空き部屋に投げ込まれる。
壁に打ち付けられた衝撃に朦朧としていた意識がとうとう消えていくのを実感する。
「──それにしても、あの小娘が穢土転生の術を…面白い…精々、利用させてもらうとしよう」
薄れゆく意識に最後にそんな声が聞こえてきた。
彼の口振りからしても恐らくボクと村雨の会話を盗み聞きしていたのだろうが…それを聞いて安堵する。
"利用する"…ということは彼女を殺し奪い取るというつもりではないらしい…彼女を穢土転生の術で目立たせ隠れ蓑にでもするのか、それとももっと別の何かを企んでいるのかは知らないが今すぐに殺さないのならば大丈夫だろう。
何せ大蛇丸様も暁も引っ掻き回すあのトラブルメーカーだ、生かしておいたら只では済むまい。
面白いのはこちらの方だ、精々利用されるといい。
最後には一体どんな顔で悔しがるのか、面の中の顔が見れないのが残念だ…クク。
微かに笑い、震えた視界に部屋に掛けられた時計が映る。
村雨との長話もあって気が付けば針はもう夜の8時を指し示していた。
「8時…か」
…こんなところで横たわってなければ、今頃サスケ君を追って、必死に走り回っていたはずなのに。
「…まだまだ、寝る時間には早いのにね…マザー」
もう少しだけ夜更かし…したいな。