霧隠れの狂人   作:殻栗イガ

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相見える狂人、巻き込まれたメガネ

 今日は中忍試験が開始されてから5日後。村雨は今日も刀の売り歩きをしていた。

 暫く会っていない砂の3姉弟もそろそろ戻ってくるかもしれないと思うと同時に、いよいよ木ノ葉の上忍であるはたけカカシさんに自作の刀を売ってしまった以上何らかの言い訳、若しくは逃げ道を整えなければと考えていた。そういう打算もあって、里を出る際に用意した忍具屋の武器を売り歩きながら木ノ葉の里の街並みを頭の中に叩き込む。

 

 これで用意した忍具屋の武器に自作の刀が混じってしまったという言い訳と、万が一の時に逃げ回る際に土地勘の差で逃れる可能性が上がるというもの。

 正直どちらも苦しいと思うが覆水は何とやら。とにかく出来そうな事は可能な限り試すべきだろう。

 

 そういう訳で今日ばかりは欲求に振り回されるのを抑えよう、そう思っていた矢先に近くの建物の窓が割れる音に肩を跳ね上げる。

 

 何事か? そんな疑問を抱かせない程の良い匂いが心を弾ませた。

 すぐさま地面を蹴って匂いの下へと駆け出す。

 別に欲求に従ったのではない、これ程近いのであればすぐに用件を済ますことも出来るだろうし時間はかからないだろう。ならば当初の目的に然程の支障もない──そうこれは実に理性的な行動なのだ!! 

 

「──見つけた」

 

 そうして匂いの下へ辿り着いた時、そこにいたのはお面を持った眼鏡の男性が一人。

 装いからして木ノ葉の暗部の方だろうか? 

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

 木ノ葉の里内に存在する木々の茂みの中、薬師カブトはそこから幾分離れた建造物の一室を見上げながら息を吐く。

 破損した窓から自分を追ってくる様子はない。一先ず逃げ切ることは出来たようだ。

 

 自身の上司である大蛇丸からうちはサスケの回収を命じられ、それに従ったは良いが流石というべきか、はたけカカシの妨害を受け、逃走には成功したものの任務自体は失敗に終わったのだった。

 

「やれやれ、大蛇丸様も人が悪い。本人がカカシさんに顔を見せたから警戒が厳重になってるじゃないですか」

 

 護衛の暗部3人程度はどうということもなかったが、コピー忍者のはたけカカシが相手となると実力差はさして無いと思うが場が悪い。

 せめて自分に回収命令を出すのならこれ程警戒が厳重になるような行動は控えていて欲しかった。

 おかげで任務は失敗、特に気にはしないだろうがこれをネタに小言の1つ2つは覚悟しなければと思うとげんなりする。

 

「──はぁ、仕方ない。さっさと合流地点に行って謝罪しますか……」

 

 はたけカカシに顔を見られた以上最早面無しでの行動も不可能だろう。

 これからは大蛇丸様との繋がりを調べようと狙われる日々かと頭が痛くなってくる。

 ──"作戦決行"まであと一ヶ月。それまでは砂の連中とやりとりする以外はひっそりとするに限る。

 

 ──幸い始末した暗部の装束は奪えたのだ、とりあえずはこれを使って移動を。

 

「見つけた」

 

 そう思っていたのだが正面の木から聞きなれない声と共に誰かが降ってきた。

 水色の長髪に藍色のつなぎ服の少女、木から降ってくる動作は忍の動きであったが自分に不意打ちするのでもなくのこのこと姿を晒す辺りはたけカカシが手配した追手とは思えない。

 ──だが「見つけた」とは? どうにも場違いな少女の襲来にカブトをして理解が出来なかった。

 

「……君は何者だい?」

 

 警戒、いやむしろこれ以上踏み込んで来るのであれば容赦はしない、そんな意志を含んだ"警告"の言葉だ。

 それを肌で感じたのだろう少女は敵意はないという証なのだろう一度頭を下げた。

 

「砂の里の刀匠……名を村雨と申します。不躾ながら貴方から良い刃物の匂いがしたもので──」

「砂の? ──そうですか……」

 

 村雨の言葉にカブトは少し自分の行動を迷う。

 無防備なこの少女のやり過ごすことは容易い。しかし今後身を潜めるつもりだったのに刀の匂いを追ってきたという少女の言葉は少し厄介だった。

 もしもこんな少女に付き纏われてしまえば芋づる式に自分の居場所も割れてしまう可能性がある。

 ならば"手っ取り早い解決法"を執るか? ──しかし砂の里所属という彼女の経歴は今まさに砂と極秘の計画を共にしている"音忍"の立場上まずい。

 忍でもない里の民を殺めたとあっては同盟相手としての印象が悪くなる。

 

(カカシさんが追ってくる様子もない、ここは話しをするだけして早く切り上げるのがベストか)

 

 そう結論付けると自身が背負った刀──名前も知らない木ノ葉の暗部から剥ぎ取った物の一つを手に取る。

 

「これの事かな?」

 

 何ならこんな物適当に少女──村雨だったか? に渡して切り上げてしまおうかとも思った。

 しかし少女は一瞬目を丸くすると首を横に振る。

 

「そのような鈍には興味はありません──いえ、打ち直させて頂けるというのでしたら喜んでお預かりしますが……私が惹かれたのはその刀ではなく貴方の懐の刃物達です」

「っ!?」

「医療忍者の方なのでしょうか?大小それぞれのメスに解剖用の鋏、他にも色々。かなり質の良い物を集めているようですね」

「──恐ろしい嗅覚ですね……木ノ葉の犬塚一族以上の嗅覚過敏だ……」

 

 想像以上にまずい相手だ。

 今振り切ってきたカカシもかなりの嗅覚の持ち主だが、自身の消臭技術ならば欺くことは出来た。

 しかし、どこから嗅ぎつけてきたのかは知らないが内ポケットの中で収納用の布に包まれたメス達の匂いを感知するなんて尋常じゃない。

 

「刀の類以外は全くですが……いえ、それはともかく差し支えなければその刃物達をお見せ頂きたいのですが……」

(つまり彼女を撒くにはメスは勿論、忍具の類いも全て捨てなけれならないという事か……難儀な事になったな)

 

 一体どういう感知能力なんだそれは? と頭が痛くなるが細かい事はいい。目の前の少女はそういう生態なのだとさっさと結論付けて状況を把握する。

 普通に撒くのは恐らく無理だ、ならば手段は2つだ。

 砂との関係は度外視し、大なり小なり傷を負わせ追跡不能にするか、単純に断って退いてもらうか。

 ──やはり後者の方がリスクは低いか……

 

「すまないが、他里の者に自分の所持品を安く見せる気はなくてね」

「そうですか……ではせめてこちらの物を見て頂く事は出来ませんか? 砂の里に戻る前に少しでも稼ぎたく……メスの類いも僅かですがありますので」

(急いでいる──と、断るのも楽だが……まぁいいか。彼女の出した物を買ってさよならした方が角も立たないだろうしね)

 

 大蛇丸の下で働いていることもあって金の入りは良いのだが、それを使う機会がないカブトにとって手持ちの金を惜しむ理由はなかった。

 だからさっさと目の前の少女の要件をこれで終わりにしてしまおう──そういう算段だったのだ。その時までは。

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

「これは凄い……10代から60代まで各々平均的な男性の身体に入れるに適した切れ味のメス達だ。……これ程適切なバランスの切れ味なんてそうないぞ」

「メスにとっては過剰な切れ味もまた欠点ですからね……切れ味を抑えるというのは正直耐え難いものでしたがそれがあるべき姿である以上その通りに造り出すのも私の役目」

「医療畑の人間からすればその考えはとても有難いものです。どれ程技術を磨こうと肝心の道具の質が悪くては話にならないものですから」

「なるほど……しかしこのメス達も凄いです、どれも新品かと思える程手入れされている。使った後にすぐ処置をしなくてはこれ程の状態は維持できないのに」

「まぁ……そればかりはね。使った物はすぐに手入れして、それでもダメになったらすぐに新しい物を用意しておかないと落ち着かない性分なだけさ」

「──A型ですか?」

「いや、別にそういう訳では」

 

 木ノ葉の里内の茂みの中で遭遇したメガネの男性との会話は自分でも驚く程に弾んでいる。

 加えてこちらの手持ちのメスを見せれば大層気に入ってくれたのか、自然と見せる事に抵抗を見せていたメスや鋏等、医療道具一式を見せて頂けるという結果になった。

 ──気が付けばメガネの男性に促されるまま、元々いた茂みの中から木ノ葉の里裏路地に移動していたがまぁそれは些末な事だろう。大切なのは目の前の刃だ。

 

「……汚れどころか指紋1つ無い」

「それはまぁ忍だからね、道具1つとっても自分の痕跡になるものなんて出さないさ。……だから君にも見せている訳だしね」

「……納得」

 

 ここまで手が込んでいる理由はただ切れ味を維持するだけでなく徹底して自身という存在を消しているということだ。

 霧、砂、そして木ノ葉。様々な里で様々な忍と関わったがこれ程までに"忍ぶ者"をしている人物などそうはいない。方向性は少し違うが敢えて言うなら"鬼鮫さん"がそれに近いのだろうか……

 

 まぁとにかく、それほど拘りがある人の物をいつまでも預かっている訳にもいかない。

 刃物を大切に扱う方との会話で十分に心が洗われた。晴れ晴れしい気持ちで預かっていた物を1つ1つ記憶に焼き付けお返しする。

 

「ありがとうございました」

「いや、こちらとしても良い時間だったよ。こちらのメスのセットは買わせて頂こう──いくらかな?」

「千九百八十両。──普段は刀を造っているからこういう物は少し高くなっているかもしれません。……よろしいでしょうか?」

「何、この質なら倍の価格でも構わないと思った程だよ」

「ありがとうございます。……しかしよろしいのですか? 確かに使用対象に最も適した切れ味に仕上げてはいますがあくまで標準的なものに合わせただけですよ?」

 

 人の身体で同一のものなど無い。

 どれ程年齢層の平均に合わせたところで筋肉、脂肪量など人には様々な差がある。

 つまりこのメス一式があれば全ての男性に対応できるという訳ではないという事だ。

 

「そこは仕方がないさ。このメスが良い物であることには変わりはないしね」

「……ありがとうございます。もしもご要望の切れ味があるようでしたらまた後日造る事も出来ますが?」

「本当かい? それは嬉しいな」

「はい、これ程刃物を大切に扱ってくれる人にお会いしたのは本当に久しぶりなので、もし望むものがあるのでしたらぜひ造らせて頂きたいです」

「そうですか、では──」

 

「面白そーな話ね、私も会話に混ぜてもらえるかしら?」

「っ!?」

「……? どなたですか?」

 

 音もなく突然メガネの男性の背後に長い黒髪の女性……男性? ……中性的な方が現れた。

 完全な抜き足、3つの忍大国を渡り歩き何人もの忍を見てきたがこれ程の人物を見たのは初めてだ。

 

 首を傾げ女性……男性?とにかく謎の人物に問うもその方はメガネの男性へとにっこりと微笑む。

 ──穏やかさを欠片も感じないのは何故だろうか? 

 

「珍しい事もあると驚いたわカブト……私のお願いを無視してまさかこんな人気の無い路地裏に少女を連れ込むなんて……中々やるじゃない?」

「……も、申し訳ありません。し、しかし決して命令を無視した訳では──」

「ふふ、分かってるわよ。大方カカシにでも邪魔されて退いたのでしょう。……で、その途中で会った少女と逢い引きと言ったところかしら」

「いえ、ですから……。──分かってて揶揄うのはお止め下さい」

 

 一度深く眉間に皺を寄せると諦めた様にメガネの男性……カブトさんがそう懇願すると謎の人物は明らかに作り物だった笑顔を引っ込めて──意外な事にどこか残念そうな表情を浮かべた。

 

「つまらないわね。──他でもないお前に春がきたのならお祝いのメッセージぐらいいくらでもあげるわよ?」

「──ご冗談を……」

「何なら祝いの料理くらい作ってあげるわよ」

「お願いします、もう止めて下さい」

 

 意地悪そうに口角を吊り上げる謎の人物にカブトさんが可哀想な程に追い詰められている。

 傍から見ている分には何だかんだで気さくな言い合いの様にも思えるがそれでも私が引き留めてしまっていたのが原因でカブトさんが怒られているというのはどうにも申し訳ないものを感じる。

 

 ──よし、彼らの会話に割って入ろう。……正直謎の人物から何やら不穏な気配を感じるがそんな事は言ってられない。

 

「──あ、あの……貴方が持っているその刀は?」

 

 何故ならこの黒髪の方、私が造った刀『叢雲の剣・青雲』を腰に差しているのだから……

 この刀は確か中忍試験を受けに木ノ葉の里に訪れていた滝隠れの方が持っていたものだ、しかし黒髪の方の額当てに刻まれた紋様は音符のマークだ。……あんなマークの里ってあったかな? 

 

 そんな疑問を他所に黒髪の方はまた怪しい笑みを浮かべるとその手を腰に差していた『叢雲の剣・青雲』に添える。

 

「数日前に親切な人から頂いてね……あんまりにも良い刀だからついつい見せびらかしているのよ」

「そ、そうですか」

「えぇ……まったく大した物だわ。私も刀にはそれなりに拘りがある方だけどこれ程良い物を見たのは初めてよ。流石は霧隠れの天才鍛冶師、村正の再来と謳われる者の作品といったところかしら? ──ねぇ『霧隠れの刀姫』様? それとも『霧隠れの狂人』さんと言った方がいいのかしら?」

「っ!?」

 

 不意に呼ばれたかつての呼び名に身構える。

 私の素性がバレている。霧の里の人間とバレただけならばまだ良い。

 だが私の一族の事まで知られているのだとしたら非常に不味い。

 

 本来ならば里を出る前に習得した術を用いて逃げるように心構えはしていた。しかし目の前の黒髪の方の瞳に見据えられ、自身の行動の選択肢全てが無意味に終わると脳裏に叩き込まれ、金縛りにあったかのように動く事が出来なくなっていた。

 

 ……それはそれとして敢えて呼ぶなら刀博士でお願いします。

 

 

 

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