裏テイワットガイド 〜水元素限界記〜   作:モンロー

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騎士団メイドの鋼のティーポット

 テイワット大陸は東に位置する巨大な淡水の湖・シードル湖。その中心、さながら湖面に浮かぶ方舟のように居を構える"モンド城"において、男の叫び声が空気を切り裂いた。

 

『ノーエールー!』

 

 起こったのは満月が天蓋を通り過ぎ、東の水平線が薄らと白み始めた時間帯の、モンド城の外れの船着き場。

 漁師がその日の稼ぎを得るために集まる場所で、一見して屈強そうな男達が、暑苦しくも肩を寄せ合って震えている。

 そんな彼らの視線の先には──ヒルチャールとスライムが群れていた。

 

「shaaa……!」

「ひ、ひいっ!」

 

 食い物はどこだと小舟を漁り、無ければ地団駄を踏み、棍棒を振り回して威嚇する魔物達。それを前にして、殆どの人間は無力だ。勝てる道理も、追い払える道理もない。だからこそ、先程の叫びは発された。

 そしてその呼び声が──全てを解決してくれるということを、人々は知っている。

 

「はいっ、お呼びでしょうか!」

 

 直後、頭上から聞こえる澄んだ声。

 ハッと見上げた漁師とヒルチャールの間に割って入る様に、軽やかな足音で一人の少女が着地する。

 たなびくリボン、ふわりと浮く白銀の髪、朝日に煌めくアーマー──そして、腰に提げられた神の目。

 カシャリと鎧を鳴らし、騎士団のメイド・ノエルがその手に大剣を構え見参した。

 

「ノ、ノエルぅっ!ヒルチャールが──!」

「っ! お任せを!」

 

 魔物を指差す男達が要件を言い終わるや否や、ノエルは委細承知と言わんばかりに大地を蹴った。

 向かう先は魔物の群れの真正面。彼女の瞳に映るのは、理解の追いついていない顔をしたヒルチャール達。

 瞬時に彼我の間合いを詰めると、地面に抉り込むように軸足を踏み込み、背丈をゆうに超える西風大剣(セピュロス・クレイモア)を振りかぶる。

 

「はぁっ!」

「gaaa!?」

 

 横薙ぎの一閃。

 重さ、鋭さの乗った斬撃はヒルチャール達を棍棒ごと上下に両断。すかさず彼女は手首を返す。

 続くのは、振り抜いた勢いを殺さぬままに繰り出す縦振り。ごう、と風を切り、弧を描いた切っ先は地面へと振り下ろされる。

 地を叩き割る二の太刀。一振り目で生き残った僅かなスライムも、この剣で左右に断ち切られた。

 全滅。

 ほんの二撃で、漁師達を苛んだ魔物の群れは、その身を大気の元素へと還すこととなった。

 

「ふぅっ。ご用件はお済みですか?」

 

 軽々と持ち上げた大剣を地に突き立て、腰に手を当て振り返るノエル。そんな彼女の顔は、たった今見せつけた圧倒的な力など夢幻だったかのように、柔らかな笑顔を湛えていた。

 一拍おいて、彼女を中心に野太い歓声が巻き起こる。

 

「うおおおおっ! ノエルありがとう!」

「助かったぁ! これで漁に行けるよ!」

「ふふっ、それでは御機嫌よう」

 

 吹き荒れる感謝の嵐にメイド式の礼を返すと、ノエルはモンド城内へと踵を返す。

 彼女の長い一日は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 ◇

 

 

 時は少し遡り、未だ夜の明けぬ時刻。

 ニワトリすら碌に鳴き出さない時間に、彼女はベッドから身を起こした。

 

「ん〜……!」

 

 精一杯の伸びを終えた彼女は、可愛らしい寝間着のままに湯を沸かし、一杯のコーヒーをしたためる。

 城内でも騎士団員が多く住まう地域、そのアパートの一室がノエルの暮らす部屋だ。両親とも近くに暮らしているが、彼女の自立心がこの部屋での生活を選んだ。お世辞にも広いとは言えない間取りながら、室内はしっかりと整理整頓され、埃の一つもない。

 椅子に腰掛け、ややぼんやりした頭で淹れたてのコーヒーを啜る。しかしその顔は苦味に眉をひそめ、僅かにべっと可愛らしく舌を出す。

 

(いつか団長さまのように、コーヒーを愉しめるようになれるのでしょうか……)

 

 モンドを支える代理団長に憧れて手を出したコーヒーだったが、ノエルの若い舌は未だに慣れていないようだった。

 

 僅かな充電時間を終え、ノエルはしゃっきりと身支度をし始めた。インナーを着て、髪を結い、薄く化粧を乗せる。慣れた手付きでそれらを済ますと、残すはビロードのスカートと、全身のプレートアーマーの装着。と、それより先に──

 

「おしっこ……」

 

 用足しを、嵩張る服を着る前に。それが彼女の朝の順番だった。

 ぽつりと尿意を呟くノエルは、僅かに知覚するその欲求を解消するために、お手洗いへ続くドアノブに手を掛けた。……のだが。

 

『ノーエールー!』

「っ! 私を呼ぶ声……?」

 

 誰かがノエルの名を叫んだ。彼女の耳がそれを聞き逃すはずはなく。

 

 こうしては居られないとドアノブから手を放し、大急ぎで服装を整えつつアパートを飛び出したのだった。

 

 

 ◇

 

 

(次は鹿狩りで配達依頼ですね)

 

 船着き場での魔物退治から城内へ戻ったノエル。目指すは市民に人気のレストラン・鹿狩りだ。頼まれているのは弁当の宅配。

 今朝のような突発的なお手伝い(・・・・)とは別に、事前に約束された任務も勿論存在している。本日を例に挙げれば、午前中に鹿狩りの宅配と、日暮れからの騎士団での秘書業務といった先約だ。

 モンドの商業の中心地である噴水広場へ向かえば、自ずと鹿狩りも見えてくる。まだ日が昇ってすぐだというのに、ウェイトレスであるサラが受付でせっせと弁当の紙箱を積み上げていた。

 

「サラさま、お待たせしました。 これを配達すれば?」

「あっ、ノエルさん! 今日はよろしくお願いします!」

 

 ひらり、とメイド式の一礼をして受付に寄り、いくつかに分けられた大きな紙袋を手に取る。

 

「この満足サラダの袋は清泉町に、漁師トーストは居住区に。それと教会にもこれを」

「かしこまりました。お任せ下さい!」

 

 ずしりと重い弁当の束を抱え、ノエルは駆け出した。

 

 

 順調に配達を終え、各所から受け取った料金を渡しに鹿狩りへ戻ったのは昼過ぎだった。

 

「お疲れ様ですノエルさん! それで、あの……本当にお金はよろしいんですか……?」

「勿論です。これはただのメイドのお手伝いですから、代金なんて頂けません」

 

 サラの申し訳無さそうな声。対するノエルは屈託のない笑顔で彼女に言葉を返す。眩いほどの善意にサラは思わずウワーっと手を翳しながら、せめてもといった表情でノエルに食い下がる。

 

「ありがとうございます……! 代わりと言ってはなんですが、お昼ごはんをサービスさせて下さい。ささ、そこに座って」

「そ、そうですか……分かりました、ありがたく頂きますね」

 

 サラの懇願をふいにするのも憚られ、ノエルは案内されたテーブルについた。

 テラス席の上に張られた天幕は、じりじりとした日差しを柔く受け止め、日光に疲れた目を休ませてくれる。

 広場に座する憩いの噴水の煌めきは遠く、市民や観光客の雑踏とこの場所は隔絶され、まるで別の世界のよう。

 繁華街の活気を横目に一息つけるよう趣向を凝らした装いは、鹿狩りを人気レストランたらしめるものであった。

 

「ふぅ……」

 

 散々モンド城の内外を走り回った後だ。夢中で仕事をしていた彼女も、椅子に腰掛けた途端に忘れていた疲労が顔を覗かせた。身に付けるアーマーの分も合わせ、僅かに身体が重い。

 また、思い出されたのは疲労のみでは無く。

 

「……あ」

 

 臍の下、お腹の奥に感じるもやもや。ようやく自分を顧みる暇を得たノエルは、その欲求を思い出す。

 人間である以上、決して切り離せない生理的な現象。体内の余計な水分、老廃物の処理のサイン──要するに、おしっこがしたいということ。

 

(お手洗い、行ってないんだった)

 

 今日は朝からどたばたしていて小用を足していない。今はもう真昼の鐘がなってから一、二時間経つだろうか、ノエルの起床から起算すれば、半日以上は経過していることになる。

 常人であれば尿意の高まりに危機感を抱くであろう領域に片足を突っ込んでいるのだが、当のノエルはそんな素振りもなく涼しい顔だ。

 

(後で行けば大丈夫ですね)

 

 ノエルの一日は長く、そして忙しい。彼女の日々は落ち着く暇も碌になく、当然お手洗いに寄るタイミングも限られる。そんな彼女の膀胱は屈強に鍛えられ、メイドながら貴婦人膀胱を得るに至っている。

 現状、彼女は下腹部の重みにようやく勘付いた程度。席を立つ程ではないし、またある別の理由(・・・・・・)で出先での利用に忌避感を覚えているノエルは、降って湧いた生理欲求を無視することにした。

 そんな彼女の元に、昼食を用意していたサラが顔を出す。手に持つプレートをコトリとテーブルに置くと、ノエルの眼前にご馳走が広がった。

 

「お待たせしました。食後に紅茶もつけますね!」

「わあ……! ありがとうございます、頂きます」

 

 

 

 綺麗に平らげたお皿を前に、ノエルは湯気の立つ紅茶で、ほっと一息つく。

 鹿狩りの仕入れる茶葉は本場フォンテーヌのブランドで、口に含むと華やいだ香りが鼻腔に抜け、喉を通すと蜂蜜を彷彿とさせるまろやかな余韻に包まれる。

 抽出の具合、重厚感、そして澄んだ色合い。全てが調和したこの鹿狩りの紅茶は、彼女のお気に入りだった。

 

「サラさま、ご馳走さまでした。また御用があれば、何なりとお申し付けくださいね」

 

 ありがとうございました、と頭を下げるサラに会釈をして鹿狩りを出る。さて、これから夜の予定まで何を手伝おう──と考える間もなく、彼女を呼ぶ声が耳に届いた。

 

「ノーエールーちゃーん!」

 

 声のした方へ顔を向ければ、噴水の近くでバー・キャッツテールの店主、マーガレットが手を振っていた。

 

 

 ◇

 

 

 新作のドリンクが出来たから試飲してほしい、とはマーガレットの言葉で、二つ返事で了承したノエルが案内されたのは開店準備中のキャッツテールであった。

 

「……あっ、私お酒はまだ……」

「大丈夫大丈夫。今回のはノンアルコールなの。ディオナちゃん、お客さんを連れてきたわよ」

 

 カラン、とドアベルを鳴らして入店する。しんとした客席と対照的に、カウンターからは桃色の髪の少女が忙しなくシェイカーを振る音が届く。猫耳と尻尾が目立つ彼女は、この店の名物バーテンダー・ディオナである。

 

「ノエルじゃない! よろしくにゃ」

「ディオナちゃん、御機嫌よう」

 

 挨拶を済ませ、カウンターに座る。

 

「ええと、今日のお手伝いはドリンクの試飲ですね……あれ?」

 

(ノンアルコールドリンクって、ディオナちゃんは作らないんじゃ……)

 

 ノエルは小首を傾げた。

 何故ならディオナがバーテンダーをするのには酒造業の破壊という目標があって、それと関係ないノンアルコール飲料には興味がないと常日頃から豪語しているのだから。

 疑問に思ったノエルの表情で勘付いたのか、やや伏せ目気味に、ディオナは打ち明ける。

 

「あのね……エンジェルズシェアはノンアルコールも出すじゃない? だからその売上を奴らから奪えば、巡り巡ってモンドの酒造業にダメージを与えられるからって、マーガレットさんに言われたの」

 

 カウンターに頬杖をつき、にっこりと頷くマーガレット。要するに、店主に上手く言いくるめられただけである。

 

「だからね、これを飲んで感想を教えて!」

 

 シェイカーの蓋を開けて小洒落たグラスにどろりと注がれたのは、赤く色づいたドリンクだ。

 隣のマーガレットが補足を付ける。

 

「材料はね、遠くから輸入したラズベリーの近縁種なの。中に含まれる成分が、身体から余計な水分を抜いてくれるって。だから、お肌のむくみに効くのよ」

「まあ! それは素敵ですね」

 

 頂きます、とノエルはグラスに口を付ける。

 ディオナの野望に関係がない分、初めから美味しくあれと作られたドリンク。不味くしようとした酒すら美味になる彼女の腕で、このドリンクが外れる訳は無かった。

 

「美味しい! 美味しいです! 色も綺麗で、濃厚で甘いのに後味はスッキリしてて──!」

「そ……そう。よかった」

 

 こく、こくと喉を鳴らすノエル。濃厚で極上の甘酸っぱさに目を輝かせる彼女の姿は、年齢通りの可憐な少女のものだった。

 

「このドリンクね、さっきの効能もあって、女の子から若い女性をターゲットにしようと思ってて。ノエルの口に合うようなら、商品化ももうすぐね」

 

 ノエルの反応を見て満足したのか、マーガレットはカウンターの裏手に戻っていった。残されたディオナは照れ隠しなのかもじもじしつつ、ノエルに向けてぽつりと呟く。

 

「の、ノエルが良ければ……もう一杯作ってあげても……ううん、なんでもな──」

「よろしいんですか? 頂きます!」

 

 食い気味なノエルの返事にびくりとしたディオナ。しかしその顔はだらしなくにやけ、ボウルに材料の実を詰め始める。

 

「──え、えへ……! しょうがないにゃあ! ディオナの特製ドリンクにゃ!」

 

 

「 また試作したら飲ませてあげなくもないわ!」

「ええ、是非!」

 

 ディオナと弾む会話のうちに二杯目も飲み終える。素敵なドリンクとの出会いに感謝し、ノエルは満足気に席を立とうとして──再び忘れていた欲求が彼女を鋭く刺激した。

 

(そうだ──まだお手洗い行ってない)

 

 下腹部のもやもやだったものはもうはっきりとした形を持ち、ずしりとした主張をもってノエルに信号を送っている。

 じんとする膀胱を意識して、彼女は高デニールのタイツに包まれた脚をすり合わせた。

 

(結構危ない、かも)

 

 乙女のダムの水門には既にかなりの圧がかかっている。にじり寄るように高まる欲求は、彼女の意識の隅を確実に陣取っていた。

 ノエルは腰掛けたまま、スカートの裾を気にする素振りで、布越しに内腿をさすった。

 まだ限界ではない。しかし、その一歩手前だ。ノエルの鍛錬された膀胱をもってすればまだ少しは耐えられる自信はある。しかし、この用事が済んですぐ長期のお手伝いが発生してしまえば、我慢をいつまで強いられるか不安を抱かずにはいられない。

 

 ちらりとカウンターから振り向けば、少し離れた場所に男女共用トイレのドアが見える。

 

(どうしよう……今お借りしようかな……でも出先のお手洗いは……)

 

 ノエルが尿意に反してトイレの利用を逡巡する背景には、彼女の服装の問題があった。

 ノエルは現在、ビロードのドレスにアーマープレートを着装している。厄介なのは、このプレートである。

 通常のモンドのトイレは、鎧を身に着けた人間の利用など想定していない。当然である。つまりそれ故に、騎士団員かそれに準ずる人間が用を足そうとすると、個室の幅に対しプレートが非常に嵩張るのだ。それに、腿の鎧は陶製の便器を傷付けてしまうかもしれない。

 つまり、もしノエルが一般的なお手洗いを借りて、お腹に溜め込んだ秘めやかな熱水を解き放つとするならば、事前にプレートを外してドアの側に置き、それから入らなければならなくなるということ。

 それは大切な鎧を盗難される可能性を否定できないし、なにより"今ここでノエルはおしっこをしています"と周りに知らしめてしまうようなものである。それだけは、騎士団メイドという地位とは一切の関係なく、花も恥じらう乙女のプライドが許さなかった。

 唯一、自宅もしくは配慮が行き届いた騎士団のトイレだけはそういった心配もなく用を足せるのだが、それは絵に描いた餅というもの。

 

(……ここにはディオナちゃんとマーガレットさましかいないし、いいかな……いいよね)

 

 ノエルの思考は、自らの羞恥を感じる心との対話となっていた。

 たった二人にお手洗いに寄りたいことが知られるだけ、決して恥ずかしいことじゃない。もうここで済ませる、と結論付けたノエルは、未だ恥ずかしいと発信する内心を強引に抑えつけ、ディオナへと声を掛ける決心をする。

 

 しかし、ノエルの決心(それ)は遅すぎた。

 

「あ、あの……お手洗──」

『あーーーーっ!!』

「っ! どうされました!?」

 

 カウンターの裏から届く、マーガレットの悲鳴。

 

『リトルプリンスがぁ! 私を置いてかないでぇ!!』

 

 

 ◇

 

 

(どうしてこんなことに……っ)

 

 天上には朱色が差し、白い月が地平線から顔を出し始めた頃合い。一日の終わりを思わせる空模様の下、騎士団メイドはモンド城の路地を駆け回っていた。

 

 発端はマーガレットの飼い猫・リトルプリンスがキャッツテールから逃げ出してしまったこと。溺愛するペットの逃走に取り乱した彼女を見て、ノエルはすぐに猫の後を追って店を飛び出したのだ。

 それは彼女の善性が身体を突き動かしたからで、確かに普段のノエルと変わらない行動ではあるものの、だからこそ、普段とは違う非常事態を一瞬だけ失念してしまっていた。

 

「うう……!」

(お手洗い……お手洗い行きたい……!)

 

 もう猫を探して一時間は経つ。今更手ぶらで、お手洗いのために戻るわけにもいかない。ああ、もっと早くキャッツテールで借りておけば。目を皿にして黒猫を探す彼女の心中は、過ぎた後悔と膨らみ続ける生理的欲求に支配され始めていた。

 そんな折、彼女に閃きが走る。

 

(そうだ、いま自宅に寄れば……)

 

 居住区での猫探しを一旦取りやめ、少し遠いが自分の暮らすアパートに戻る。自室であれば鎧を外したって恥ずかしいことは何も無い。そうしたら、女の子の部位を晒して、真っ白な陶製のお手洗いに深く腰掛け、我慢したそれ(・・)を、放つ。

 辛く引き絞る恥ずかしい穴の緊張を緩め、おトイレの底面に、乙女の頑張りの証を叩きつける。飛沫をあげて解き放つおしっこは、どれだけ気持ちいいのだろう。

 

「やっ、ん……!」

 

 自分が今何よりも欲している場所、行為を妄想し、彼女の秘められたティーポットが我慢ならず僅かに傾く。

 ノエルはたまらず立ち止まると、腰を後ろに引き、尿道を締めるように身をよじった。

 

 きゅっ……ふるるっ。

 

 甘美な誘惑を必死に抑え、なんとか一滴の浸透も許さず波を耐えた。しかしその代償に腰から走る震えを享受してしまう。

 こんな動き、お小水が我慢出来ないと体現しているようなものだ。周囲に人が居ないから良かったものの、それでもノエルは顔から火が出るほどの羞恥心に苛まれた。

 

(でも……仕事を放り出すなんて……!)

 

 排尿の欲求を前に、しかし彼女のメイドとしての責任感が立ち塞がる。

 そう、ノエルは滅私奉公を誓った騎士団メイド。ペットを見失って悲しむ市民があれば、何よりも先んじてそれを解決しなければならない。

 もはや自己暗示の感もあるノエルの強烈な自意識は、自分勝手を決して許さなかった。つまり、解決策は──猫を見つけてキャッツテールに戻り、トイレに駆け込むこと。

 

(リトルプリンスちゃん、どこぉ……!)

 

 ノエルの戦いは終わらない。

 

 

 ◇

 

 

 限界。その二文字が、ノエルの脳裏を過ぎる。

 

「おトイレ……っ」

 

 陽の陰りが進み、いよいよ夜の帳が下ろされる。ぽつぽつと街頭が灯り、道に落ちる影は闇と溶け合い始めていた。

 人為的な暖色の明かりに照らされるノエルの横顔は、羞恥心からかひどく上気し、薄く汗ばんでいた。頬に張り付いた銀髪もそのままに、内股で歩を進める。

 そんな彼女の恥ずかしくも膨らんだ膀胱は、貴婦人でさえも悲鳴を上げる程に伸びきり、お腹を圧迫していた。

 

「おトイレっ、おトイレいきたい……!」

 

 努めて綺麗な言葉遣いを、と心がけていたノエルに、一段階丁寧さを下げた単語を口走らせてしまうほどに、乙女のダムの水門は切迫している。目覚めのコーヒー、昼過ぎに楽しんだ紅茶、キャッツテールで飲んだ美味しいドリンク……。これらを摂取しただけの量、排泄しなければならないのは当然の摂理だ。

 

「ふぅ、ふぅ……っ、ん……」

 

 ふと思い出されるのは、先程のドリンクを前にした時のマーガレットの台詞。"身体から余計な水分を抜き、むくみを取る"──余計な水分は何処から抜くのか。答えは自明である。そんな思索を余所に、ごぽりとノエルの恥ずかしいティーポットは再び水かさを増す。

 

「漏れちゃう……っ!」

 

 息せき切らせ、ガス燈の届かない路地裏で立ち止まる。もうここに居なければ城外か、と思わせるほどに、ここまでノエルは必死に探してきた。しかし彼女をあざ笑うかの様に、ノエルの視界にリトルプリンスは映らない。

 足を止めてすぐ、もじもじと左右に揺れる腰。ぎゅーっとお股を抑える両手。ビロードのスカートに生じる皺など、気にする余裕もなかった。

 

 猫を探すはずが、その視線は他所より一段と影の濃い草むらに釘付けになっている。そんなノエルの心中に渦巻くのは、決してあってはならない行為──物陰で事を、放尿をしたいという欲求。誰にも見られなければ、今から見知らぬ民家でトイレを借りるよりむしろ、乙女の羞恥心は傷つかずに済むのでは無かろうか。

 そんな馬鹿げた思考を天秤で測る程に、膀胱を奥に押しやる様にくの字(・・・)に折れるノエルはもう、限界だった。

 

(漏らすくらいならもう、もうあそこの物陰で……! 駄目! 街を護る騎士団が街を汚すなんて! ああでも……)

 

 限界。阻む乙女のプライド。猫探し。おしっこ。

 

 ぶるりっ。一際大きな波と、震える背筋。それがノエルを甘美な悦楽へと誘う、最後の引き金となった。

 

「はぅっ……もう無理っ!」

 

(ふ、風神様……お許しをっ!)

 

 もう迷わない。小股ながら一心不乱に歩を進め、目指すは低木と草むら、建物に囲まれた僅かな地面。人一人が入って、しゃがむことのできるスペース。ノエルの為だけの、おトイレ。もはや数秒も堪えきれない、彼女のお小水が許される場所。

 

「っ……っ!」

 

 がさがさ、と低木の枝葉を押しのけて足を踏み入れる。漏れる。もう出ちゃう。ぽっきりと折れた乙女の恥じらいは捨て置き、幼い子供じみた言葉が彼女の口から零れ出る。

 とその時、余裕のない表情で駆け込んだノエルの眼前には──地面に寝転がる黒い影が映ることとなった。

 

「りっ、リトルプリンスっ!?」

 

 暗闇に光る双眸でこちらを見上げるのは、探しに探した黒猫──リトルプリンスだ。

 しかし、もうノエルはそれどころではない。お股の奥で刻一刻とその時を待つ熱水は、迷い猫の発見で引っ込む程生易しいものではなかった。

 

「ご──ごめんね! じっとしててっ!」

 

 それは咄嗟の判断だった。

 呆けるリトルプリンスに、今にも泣きそうな表情で目を合わせるノエル。彼女はおもむろに黒猫を持ち上げると、右手で胸元に抱きかかえ、左手は猫から離す。

 

 そうしてスカートの下に手を差し込み、タイツとショーツを足甲の上端までなんとかずり下ろすと──崩れるようにしゃがみ込んだ。その瞬間。

 

 

 しゅいっ……ぶしょおおおおおおお!

 びしゅぅぅぅぅぅぅ──っ!!

 

 

 夜闇の空気に晒される白磁の肌。それは乙女の最も恥ずかしい場所──丸いお尻、薄い茂み、桃色の秘裂。そこから地面を抉るように噴き出すのは、ノエルの鋼鉄のティーポットに抑え込まれていた、秘めやかなる熱水。

 

 じゅじゅじゅじゅじゅじゅぅぅぅっ!!

 

 ノエルの我慢が、その限界の限界で実を結んだ瞬間。役目を終えた括約筋。足の付け根から幸せが昇ってくる。リトルプリンスを抱える腕に、ぎゅっと力が籠もった。

 

「はっ、ぁっ──」

 

 喉の奥から、掠れた声と吐息が漏れた。上気した頬、目を細め、眉尻を下げた彼女の表情は、まるで自らを慰める時のそれのよう。

 

「はぁ……♡」

(おしっこ、間に合ったあ……)

 

 仄かに朱の差した腿と腿の間で、早朝から溜めに溜め込んだ熱水が未だに地面を打ち付ける。

 

 じゅいいいいいい──っ!

 

 お股を抑えるために前屈みだった上半身も、下腹部から走る快感に震え徐々に緊張を解き、今や弓反りとなっている。中空を見つめるノエルの脚は爪先立ちでふるふると震え、足甲がかちゃりと場違いな音を鳴らした。

 幸福感に包まれるノエルは、胸に抱いたリトルプリンスが身を乗り出して限界放尿の様子を眺めていることに気付きもしない。

 

 間に合った。お漏らししなかった。

 粗相したらどうしようとか、お外でしてるのを見られたらどうしようとか、ついさっきまで心中で抱いていたネガティブな感情は、ノエルの傾けられたティーポットから快感と共に押し流されてゆく。

 

 じゅいいいいいいいいいいい……

 しょろっ、しょろっ……しょっ……

 

「んっ……♡」

 

 ぶるっ、ぶるりっ。

 

 永遠に思えた放尿も、遂には終わりの時が来る。

 力尽きた尿道を起こすように二、三度力を込めると、抑えきれない震えが身体を駆け上がる。思わず漏れたノエルの声は、普段の清らかな立ち振る舞いからは想像もつかないほどの艶を纏ったものだった。

 

 タイツに引っ掛けたままだった左手指を思い出したかのように放すと、スカートのポケットに入ったちり紙を器用に数枚引き出す。それを幾重に手折り、秘裂とその周辺に優しく押し当てた。

 もう一度そのルーティーンを繰り返すと、別のポケットに仕舞っていた小さなゴミ袋を広げ、おしっこの染み込んだちり紙を捨てて口を縛る。

 

 ほう、ともう一度だけ幸福なため息をつくと、ノエルは立ち上がる。

 

「……さ、帰りましょうか。リトルプリンス」

 

 再び左手でタイツとショーツを穿き直したノエルは、にゃおんと返事をした胸元の黒猫にニコリと笑みを返し、その場限りの緊急のおトイレを後にした。

 足取り軽く歩む彼女の意識はこれからのスケジュールの管理へと切り替わり、一度たりとておしっこの跡を振り返ることはなかった。

 

 おしまい。




pixivに投げっぱなしだったのでこちらにも投稿しました。

このキャラのおしっこが見たい! 等ありましたら、コメント欄にて教えて頂ければ幸いです。

次回:神里綾華
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