_____目を、覚ます。
そよ風が頬を優しく撫でる。自分の短く切られた髪もそれに靡かれていた。辺りには花が咲き乱れていて、絶え間なく花弁が宙を舞っている。そこは楽園のようであったが、生き物の気配は感じられなかった。
あぁ、“また”ここか。そう気付くといつものように、次に女性の声が聞こえた。この不定期に見る“夢”には順序がある。私がこの場をどこだか認識したその次に、懐かしくて優しい声が聞こえてくるのだ。
「終、よく聞いて」
その黒髪の女性は、彼女の膝に座る幼い少女の頭を撫でながら声をかける。少し離れた先にいる二人の顔は見えない。けれども少女が、女性の顔を見上げているのは分かった。
私にはここで声を出したり一歩を踏み出したりする権利は与えられておらず、ただその二人を見つめることしかできなかった。きっとできたとしてもすることはないだろう。干渉しても何一つ変わらないと分かっているからだ。
「お母さんは貴女を愛しているわ」
花が散っていく。散った花弁たちは青い炎に燃やされ灰となる。
「だから、負けてはいけない」
次に辺りを闇が包み込んでいく。この幻想が合図だ。
実態のない私には関係がないが、この二人が呑まれていくのを見るのはあまり気分が良くなかった。
「貴女を縛る呪いに必ず勝ちなさい」
そして、何も無くなった。
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再び目を覚ます。夢を見たとはいえ、こんなに寝たのはいつぶりだろうか。ソファに横になっていたせいか身体はばきばきで、ベッドで寝なかったことを後悔した。
天井の蛍光灯は切れかかっているようで、点いては消えてを繰り返している。ここの電気を変えたのはいつだっただろうか。かなりの長い間をここで過ごしているが、今のままの醒めきらない頭じゃ思い出すことは不可能そうだった。
しばらくまだまだ明けそうにない窓の外を見つめながらぼうっとした後、いつの間にか、誰かが自分に灰色の毛布をかけていた事にようやく気付いた。寝る前に部屋に誰も入れるな、と伝えた記憶は確かにある。だから犯人はあの男ただ一人しかいなかった。
「お、起きてた?」
扉ががちゃりと開く。聞き飽きた陽気な声が背後から飛んできた。
「…誰も入ってくるなと言ってあったつもりだが」
「まぁまぁ、そう堅いこと言わずにさ。ほら、そろそろ起きる頃だろうと思って紅茶淹れて持ってきてあげたよ」
ソファの背もたれに頭を預ける。視界には無駄に顔の良い男が口角を上げて私を見下ろしていた。舌打ちをする。
「見下ろされるのは不愉快だが紅茶は頂くとするよ。どうせ自分の分も入れてきてるんだろう?」
「さっすが終!分かってるね」
「…ったく。そこの棚にこの間クッキーを入れたはずだから取ってきてくれ。青い箱のは私のだから食べるなよ。赤い箱だ」
「はいはい。あぁそうだ」
男___五条悟が振り返る。私は面倒そうに「なんだ」と聞き返した。
悟は優しい声で「終。十八歳の誕生日、おめでとう」と言った。私はそれでようやく今日が自分の誕生日だったことを思い出した。だからいつからかもう見ることも無くなっていたあの夢を久々に見たのだろうか。
目の前の、この男と過ごす、十二年目の己の誕生日。あれからもうそんなに経ったのか、と思いを馳せそうになるがやめておこう。きっとロクなことにならないから。
_____そして、今だけは彼に素直に感謝しておこう。
「あぁ………、ありがとう」
_____この時、私は想像もしてなかった。
この後、かの呪いの王・両面宿儺と共生する少年が現れることも、
あの人がまだ生きていると知ることも、
誰もが最強だと認めていた悟が封印されてしまうことも、
_____私が死ぬことが“できる”ことも。
これは、私というある一人の人間が死ぬまでに起きた僅かな思い出の話だ。
どうか、沈丁花が枯れるまでを見届けてほしい。