仕方が無く、また後ろを振り向く。そこにはがたいの良い上半身を露わにした東堂葵がいた。
彼は、京都の面子の中で個人的に会いたくないベストスリーのうちの一人だった。
「だから何度その名前を使うなと言えばお前は分かるんだ」
「お前は男として生きていくのだとしても、良い女に変わりはない。ならば男気溢れる“哲邇”よりも“ユリウス”の方がいいだろう?なんなら“フィーネ”の方でも_____」
「黙れ」
人の話を聞かない、この目の前の馬鹿に頭を抱える。
東堂葵と出会ったのは、私が初めて交流会に出た時だ。
交流会が終わった後、私の強さに心を打たれたらしい彼が「また会おう、兄弟」と言ったのに対して、「言っておくが私は“女”だからな」と付け加えたのが全ての始まりだ。
それ以来、彼は公の場だろうとなんだろうと私を女性扱いする唯一の人間となり、こうして顔を合わせる度に“ユリウス”ではなく、“フィーネ”の名を呼ぼうとしようとしてきた。
私からすればユリウスの名もこそばゆいものなのだ。
「用が済んだのなら早く帰れ」
「恥ずかしがることはない、ユリウス」
話が終わらない。誰かこの馬鹿をさっさと連れて帰ってくれ、そう思った時、側から声が発せられた。
「あら、落ちこぼれの蘆屋家じゃない」
空気が静まり返る。疑問に思った釘崎の力が弱まるのを見て、その声の主である真依が彼女を振り解いて立ち上がった。
どうしてこうも京都の人間は厄介なやつばかりなのだろうか、と溜め息を吐いた。
「生憎、私に家門に愛着はないから嫌がらせなら失敗だ。それじゃあまた」
今度こそその場を後にしようとして再び背を向けて歩き始める。
「へぇ…そう。なら、蘆屋佳世のことでも馬鹿にすればいいかしら」
足を、止めた。
「蘆屋貴彦も大概だったようだけれどあの女はさらに悪名高かったわね」
「真依!」
「落ちこぼれと言えども名のある家門だと言うのに一般人___しかも外国人との間に子を成し、さらを家門を堕落させようとしたんでしょう?
_____親も親なら、子も子ね」
次の瞬間、銃声が響いた。
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私、釘崎野薔薇は京都から来た高専生と遭遇して一悶着起こしていた。
私に勝負をふっかけてきた女はどうやら真希さんの双子の妹らしく綺麗な人だった。が性格を見る限り心の綺麗さは真希さんの方が何倍も上だろう。
おろしたてのお気に入りのジャージにいくつか風穴を空けられたものの、真希さんの手助けもあって喧嘩は私の勝ちだった。
それから哲邇さんがやって来た。彼女は相変わらずぶっきらぼうだったがやはりその美貌は飛び抜けていた。
次に伏黒を殴り飛ばした男が戻って来た。伏黒は負けたのだろうか。そんな風に不安に思う。けれども真希さんは「大丈夫だ。パンダ達がついてる」と返してくれた。
大きな男は哲邇さんと楽しそうに話していた。どうやら知り合いらしい。こんな強面の男が哲邇さんと知り合うなんて世の中は分からないものだと思っていると、哲邇さんは手をひらひら振りながら太陽の下へ出ようとした。
しかし、腕の中にいる女が哲邇さんを“落ちこぼれ”と呼ぶと彼女はゆっくり立ち止まった。
戦っている姿がどんなかは見たことがないが、立ち振る舞いや溢れ出るオーラからして彼女は恐らく強い。“アイツ”を入れた私たちの中で一番戦えた伏黒よりもだ。
その人を落ちこぼれと呼んだ。いったいどういうことだろうか。
そう考えてるうちに女は私の絞め技を抜け出してしなやかに立ち上がった。
「へぇ…そう。なら、蘆屋佳世のことでも馬鹿にすればいいかしら」
哲邇さんは動かない。
「蘆屋貴彦も大概だったようだけれどあの女はさらに悪名高かったわね」
手がぴくりと反応する。
真希さんが怒鳴るが女は気にせずぺらぺらと話を続けた。
「落ちこぼれと言えども名のある家門だと言うのに一般人___しかも外国人との間に子を成し、さらを家門を堕落させようとしたんでしょう?親も親なら、子も子ね」
次の瞬間、何が起きたかを頭が理解するよりも先に耳に銃声が突きつけられた。
次に視覚がようやく働いて目の前で何が起こったのかを確認する。すると、リボルバーを持つ哲邇さんを前にして女は腰が抜けたように座り込み、そのすぐ側には銃弾が数発転がっていた。あと一ミリでもずれていたなら彼女に当たっていて怪我は免れなかっただろう。銃口から煙が仄かに上がる。
その日一番の沈黙が場を駆け巡る。
最初に口を開いたのは哲邇さんだった。
「私や家を侮辱するのは構わない。だが両親の侮辱は、たとえお前が後輩の身内であろうと許さない。次にこの銃を撃つ時にはお前の頭に風穴が空くだろうよ。“命は大切にしろよ”」
そしてそのまま彼女は今度こそ姿を消した。
バツの悪そうな顔をした女は、そのままゴツい男とすぐに立ち去って行った。真希さんもきまりの悪そうな顔をしていた。
私はまだこの界隈について知らないことが多い。なんなら知ってることの方が少ないだろう。だけれど、最後の言葉を言う時の哲邇さんの顔がなんだか苦しそうなことだけは理解ができた。
ぽっかりと空いたこの空間に、木々が揺れる音がやけに大きく響いて聞こえた。