「わざとでしょ」
五条の冷たい声ががらんとした部屋に響く。扉の前に立たされている伊地知さんは、顔に冷や汗を浮かべながら「と、仰いますと」と答えた。心臓の音がこちらまで聞こえてきそうだ。
「特級相手、しかも生死不明の五人救助に一年派遣はあり得ない」
「僕が無理を通して悠仁の死刑に実質無期限の猶予を与えた。面白くない上が僕のいぬ間に特級を利用して体良く彼を始末ってとこだろう
他の二人が死んでも僕に嫌がらせができて一石二鳥とか思ってるんじゃない?」
「いや、しかし、派遣が決まった時点では本当に特級に成るとは…」
「犯人探しも面倒だ。上の連中、全員殺してしまうおうか?」
空気が凍る。
それにしても珍しかった。仮にも善人とは言えないこの男が、会って間もないただの生徒を思いこんなにも感情を露わにするなんて。
そう思っていた時、どうやら同感だったらしい硝子さんが「珍しく感情的だな」と会話に入ってきた。
「随分とお気に入りだったんだな、彼」
「僕はいつだって生徒思いのナイスガイさ」
「はっ」
ナイスガイ?私は鼻で笑ってやる。少し怒ったらしい五条は私の横腹を軽く膝で突いた。
「あまり伊地知をイジメるな。私達と上の間で苦労してるんだ」
全くもってその通りだ。彼は昔から気の弱い人だというのに、今はあんな屑ばかりの上の連中とこの目の前にいる子供がそのまま大人に育ったような男の間をよく保ってくれている。
彼の誕生日には胃薬や精神安定剤でも贈ってやりたい。
「___で、コレが、宿儺の器か」
硝子さんが躊躇なく被せられていた白い布を剥がす。下には心臓を抉り取られたせいで胸にぽっかり穴が空いた虎杖がいた。
この界隈にいれば、昨日話した友人が今日は首すら見つからない。そんな状況が当たり前だった。だから、私にとってただ一度夕食を共にしただけの彼の死は大きなものではなかった。
「好きに解剖してもいいよね」
「役立てろよ」
「役立てるよ。誰に言ってんの」
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解剖には時間がかかるだろう。私がここに同席してるのは五条に呼ばれたからであって、何か役割があっているのではなかった。
五条も伊地知さんと何かを話し始める。着々と準備を進める硝子さんを見ていると、私は気が付かぬ合間に浅い眠りに落ちていった。
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からん。乾いた何かが崩れ落ちる。
私はゆっくり瞼を開ける。目の前に、沢山の骨の上に腰掛ける虎杖の姿が見えた。
そこが現世ではないこと、そして目の前にいるのが私の知ってる虎杖悠仁ではないことを理解した。
「どういうことだ」
「貴様が蘆屋“終”だな」
私が黙ったのを見て、両面宿儺はにぃっと口角を上げた。
「虎杖は」
「案ずるな。小僧は生き返してやる」
流石は呪いの王。心臓を失っていてもそれすら補完することができるらしい。虎杖も私と変わらないようなものなのだな、と改めて気の毒になった。
「ところで貴様…妙だな。普通の術師とは違うようだ。それはその血のせいか?」
両面宿儺が軽快な足取りで上から降りてくる。水面に足がつくと、そのままこちらに寄ってきた。
恐らくここは奴の生得領域だ。本来ならば生得領域というものは心の中に等しいものだから、虎杖のような特殊なケースでなければこんなことは起こるはずがないだろう。
ただ、私もそのうちの一人なのだ。
だから、何か余程のことがなければ現実に残された私に影響が出ることはないが、相手は先代たちを悩ませた呪いの王。___油断はできない。
「蘆屋の血だ。俺を封じ込めようとした術師の中にいたかもしれないが…、その瞳は見慣れぬものだな。これじゃあ分かるものも分かるまい」
両面宿儺が手を伸ばし、私の顎を掴もうとするがそれを叩き落とす。彼は「この俺をそんな手で阻むとはな!」と豪快に笑った。
「いやしかし、血は確かに蘆屋のものだが………。術式には違うものが混ざっている。………あぁ、これが貴様を苦しめてる原因か」
「両面宿儺、お前に聞きたいことがある」
私の目を覗き込んだ後、興味を失ったように元々いた場所に戻ろうとする彼に声をかける。
しかし両面宿儺は右手をひらひらさせて断った。
「聞いてやらんこともないが今回は時間切れだ。次は現世で話そう」
両面宿儺の声が遠のく。次に聞き慣れた声が頭の奥から少しずつ響き出した。
両面宿儺の生得領域が崩壊する直前、彼はこう呟いた。
「貴様は殺しがいがありそうだ」
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「………う………ゅう、終!」
いつの間にか深くなっていた眠りから解放される。寝惚け眼の先には心配そうな顔をする悟の顔があったら
「……………悟?」
声が掠れている。一体どれほど奴の生得領域にいたのだろうか。
両肩を掴んでいた悟を離れさせる。段々と意識が確かになっていくと同時に、自分が置かれた状況を理解した。
「ただ寝てただけじゃないだろう」
「………あぁ。いつの間にか両面宿儺の生得領域に立っていたよ」
「それで、何か話した?」
「大事なことは話していない。ただ向こうも私の血筋と呪いには気付いたようだな…。次にあったら“何度か”殺されそうだ」
くらくらする頭を押さえて立ち上がる。そこにはもう私と悟しかおらず、虎杖の遺体も消えていた。奴は約束を守ったのだろうと私は察した。
「とにかく、悪かったな。もう大丈夫だ」
まだ何か言いたげな様子の五条だったが、私はそんな彼を後にして部屋を出た。
彼の言いたいことは分かった。けれども、危ない橋を渡らずして得られるものは何もない。真実を得るならばそれ相応のものを賭けなければならない。
「(次会う時までにはアレを用意しておかないとな)」
今日はもう疲れた。部屋に着くと同時に、私はそのままもう一度深い眠りへ落ちるのだった。