沈丁花に祝福を   作:佐藤れい

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第四話 :【蕾】

「あーあ、やってられっかっての」

 

 

桜が葉となり始めた頃、呪術高専の一年生である五条悟は早速授業をサボっていた。彼にとって初歩的なことを学ばされるこの序盤の授業は退屈でならなかったのだ。

 

五条はポケットに手を突っ込みながら校内を散策する。しっかりと見たことはなかったが、この学校はただの学校ではないだけあって普通の高校の敷地と比べるとかなりの大きさがあった。

 

一通り回った後、五条は足を止めた。

校舎から少し離れた場所だった。人工的に水が張られた場所に、離島のように小さな庭園が浮かんでいた。周りは薔薇の花で囲まれており中の様子は窺えない。

 

なんとなく、ほんの少し気になった。

止めた足の進行方向を変える。こちらと離島を繋ぐ橋は石でできていた。和風らしい建築物が多いこの敷地の中で、少し西洋らしさが溢れるこの僅かなスペースは異質だった。それゆえにその異質さは、少年の興味を誘ったのだ。

 

五条は橋を渡りきった。そして、薔薇で囲まれた中へ歩みを進める。

 

 

「………あ」

 

 

ちょうどその時、強い風が吹いた。そのせいで薔薇の花弁が少々散った。空に舞い上がった後すぐに水面へ吸い込まれ、やがて池の底へ沈んでいった。

 

それよりも五条は目の前にいるものに釘付けになった。

 

月の昇らない夜のように黒く肩まで綺麗に伸ばされた髪は風に靡く。どこまでも深く吸い込んでしまう海のような青い瞳は、今にも落ちそうなほど五条悟を真っ直ぐと見つめていた。

 

 

 

これが、五条悟と蘆屋終の出会いだった。

 

 

 

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その浮世離れした存在に、五条は瞬き一つできなかった。

彼は自分以上、もしくは自分と肩を並べるほど美しいものに出会ったことがなかった。それなりに自分の容姿には自信を持っていたのだ。

そんな彼が他人の“美しさ”に目を留めた。

 

しかし、同時にその美貌がただ単に綺麗であるのではないことにも気付いた。___なにか、陰があるような。

 

 

「お前は、」

 

 

誰だ。そう言いかけた時、まだ幼い少女は慌ててベンチから降りて走って行ってそのまま姿を眩ましてしまった。

 

 

「(そんな怖い顔してたっけな…)」

 

 

残念そうに溜息を吐く。けれども、ここにいたということは恐らくは高専関係者だ。きっとまたどこかで会えるだろう。五条はそう思わずにはいられなかった。

 

彼女が座っていた場所に寄る。そこには飲みかけの紅茶と亜麻色のクッキーが放置されていた。そしてその側には金属でできたロケットペンダントもあった。

 

 

「忘れていったのか?」

 

 

五条はそれを手に取る。ペンダントの表には何かの花の模様があったが、それが何の花で何を意味するのか彼には分からなかった。

側面には突起があったため押してみる。すると表の蓋が開いた。中には外人男性の微笑んでる写真が入っていた。心なしか先程の少女に似ている気がした。

 

とにかく、これは大事な物に違いない。五条はそう考えた。そしてそのままそれをポケットにしまい、またあの子に会えるように、と柄にもなく願ってその庭を後にした。

 

 

 

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あれから数日が経った。五条は、毎日人がいない時間にあの場所を訪ねてみてはいるものの、あれからあの少女には会えていなかった。ただそこには沢山の薔薇が飾られているだけだった。

 

座学の間、教室からその庭があった方をなんとなく見る。空はどんよりとした曇りだった。

 

 

「悟、上の空だね」

 

 

無気力な五条に、彼のクラスメイトの夏油が声をかけた。

 

 

「………まぁね」

 

 

「何かあったのかい?」

 

 

「そんなところさ」

 

 

夏油は知りたそうな様子だったが五条は敢えて何も言わなかった。当時は、何故そうしなかったのか彼には分からなかった。けれども、後になってそれは独占欲によるものだと知った。

五条は一度会っただけのあの小さな少女を忘れられなかった。

 

 

「そこの二人、話聞いてるの?」

 

 

教壇から鋭い声が飛ぶ。声の主は、二人の面倒を見る教師のうちの一人である蘆屋佳世だった。

 

 

「いくら優秀とはいえ不良行為は許されないわよ」

 

 

「はいはい」

 

 

「すみません先生」

 

 

五条が適当に、夏油が笑いながら謝罪する。家入は我関せずといった様子で伏せて寝ていた。そんな二人を見て佳世は一年からこんなようでは困りものだ、と大きな溜息を吐いた。

そして佳世も窓の外を見る。空はどんどんと暗くなって、いつ雨が降ってもおかしくなかった。

 

 

「…悪いけど三人とも少し待っていてくれる?」

 

 

佳世はそう言い残すとどこかへ行ってしまった。

 

 

「さて、時間が空いたわけだが私たちはどうする?」と、夏油が言う。

 

 

「私は寝てるから」と、家入は顔を上げずにくぐもった声で答えた。

 

 

「俺はその辺に」

 

 

五条にとって、この休憩はちょうどよかった。そしてそのまま教室を後にして、再びあの庭へと向かうことにした。

 

 

 

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鼠色の空からは雨が降ってきた。五条は高専に置いてあったビニール傘を借りて外に出てきた。傘に進行を阻まれる雨の滴を見て、まるで自分の呪術を見ている気がした。

 

少し歩いた後、五条は歩くのを止めた。

 

 

「お前さぁ、そんなに気になるならちゃんと言えばいいじゃん」

 

 

そう大声で言うと、茂みからは五条の跡をつけていた夏油が現れた。つけるために傘を差さないでいた夏油の全身は少し慣れていた。

五条が舌打ちをする様子を見て、夏油は苦笑しながら「だって教える気も無かっただろう?」と言った。

 

 

「何にも興味の無さそうな君が気にするものなんて面白いじゃないか、独り占めするなよ」

 

 

「そんなんじゃない」

 

 

二人は庭に続く通路に続く最後の角を曲がった。

 

五条は目を見張った。

 

そこに、あの少女がいたのだ。

 

 

「(………へぇ、悟が気にしてたのはあれか)」

 

 

夏油は、“この男が興味を持つこと”に興味を惹かれた。

 

少女は地面に膝をついて必死に何かを探していた。薔薇の茂みの下を見たり、ベンチの下を見たり。次に島の縁から池を覗き込んだ。

そこで五条は少女が自分の持っている、あのロケットペンダントを探しているのだと察した。

 

そしてそれを返そうと一歩踏み出した時、まだ雨に濡れていなかった小枝を踏んだ。少女は驚いた様子でこちらを見た。またあの不思議な目が、五条を捉えた。

 

 

「お前の探し物、これだろ」

 

 

ロケットペンダントのチェーンの部分を握って彼女に見せる。少女はほんの僅かに安心した表情を浮かべた後、すぐに慌てた様子でそれを取り返そうと立ち上がろうとした。

 

その時だった。

 

縁から少女の手が滑る。五条と彼女の目がばっちり合った。それは刹那だった。

 

そしてそのまま、少女は池へ落ちた。

 

「なっ、おい!」

 

 

五条はロケットペンダントを夏油に投げ付ける。夏油はなんとか受け取った。そして五条は落ちた少女の後を追って池へ飛び込んだ。

 

 

「(この池ってこんなに深かったか?)」

 

 

池は底が見えないほど深かった。まるで誰かが呪術をかけていたかのように。

抵抗しない少女の身体はどんどん闇に吸い込まれるように沈んでいった。五条は急いで彼女の身体を抱えて水面に上がった。背後には嫌な気配が迫っている気がしたが、今はこの腕の中のか弱い存在を助ける方が先だった。

 

空中へ勢い良く顔を出す。

 

 

「悟!」

 

 

夏油が左手を出す。五条は力強くその手を握った。

 

 

 

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不幸中の幸い、この庭には屋根の付いた建物があったため一同はそこで雨を凌いでいた。

雨粒はさっきよりも大きく、激しくなってきていた。春が終わる頃とは言え、雨が降ればそれなりにまだ寒かった。ベンチで規則正しいリズムで息をして眠る少女の身体に、夏油は自身の学ランをそっとかけてやった。

 

 

「この池、やっぱり呪われてた」

 

 

池から五条が上がってくる。彼が池から足を抜いた瞬間、水面には浅い底が映し出された。

どうやら何者かによって池が底無し沼に変えられていたらしい。

 

 

「呪術師の巣窟の高専が呪われてたってことは並大抵の呪霊もしくは呪詛師じゃないってことか」

 

 

「あぁ」

 

 

五条は少女の顔を見下ろした。

一体、誰がこんな純真無垢な少女を呪おうとしたのだろうか。そう言おうとしたその時、少女が目を覚ました。

少女は目の前にいる二人の男に驚いて不安そうに顔を歪めた。

 

 

「大丈夫、私たちは君に危害を加えるつもりはない」

 

 

夏油が優しい声色で語りかける。少女は少し考えた後、その不安そうな顔を残したまま立ち上がり「助けていただきありがとうございます」と、深々と頭を下げた。

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