ちょうど陽が昇り始めた頃、私は指定された場所へとバイクを走らせていた。この時期になると長袖が少し邪魔になってくる。
が、夏服にしたいなどと考えたことはなかった。男装をする都合上、身体のラインや大きさを誤魔化せる冬服の方が都合が良いのだ。
目的地が見える。遠目だが、すらっとした人影が見えた。
待ち合わせの十分前に着くように設定したし、渋滞にはまったわけでもなかった。几帳面な彼のことだから十分前行動のさらに“前”を実践したのだろう。
少し乱暴にバイクを止めて投げるようにしてヘルメットを外しながら「遅くなりました」と、私を待っていた人物に声をかける。
「充分間に合ってます。貴女のことだから早めに来るだろうと思い、私が勝手に早く来ただけです」
スーツ姿の男_____七海健人は、サングラスを反射させてそう言った。
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「わざわざすみません。本来なら私一人で済むはずの案件だったのですが」
場所は東京郊外。私と七海さんは、都会とは思えないくらい緑の生い茂る道を進んでいた。
「いえ、他でもない五条さんの頼みですからね」
先を歩く七海さんが顔の前にある葉を手で退ける。
「それに…」
足元に倒れた丸太を跨ぐと、彼は私に手を差し伸べてこう言った。
「久々に哲邇君の顔が見れて安心しました」
「そうですね…、お互いに忙しくなってほとんど顔を合わせていなかったですもんね」
私は彼の手を取って勢い良く木を飛び越えた。
「……………さて、見えましたね」
目の前にはぼろい大きな屋敷が建っていた。時刻は既に十時を回っていたが、周りの木々のせいで辺りは随分と暗かった。
「気を引き締めていきましょう」
私は鞘の紐をしっかり肩にかけ直し、脇と太腿に一丁ずつ装着したリボルバーを確認した後、力強く頷いた。
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門を開ける。建て付けはそんなに悪くなく、油もまだしっかりと効いているようだった。
中の庭も、綺麗とは言えないものの周囲の森とは比べ物にならないくらい手入れがされていた。噴水の水もまだ出続けている。
つまり、完全に人気の無くなったここには、最近まで人が住んでいたのだ。
「哲邇君。玄関も開いているようです」
七海さんが扉を開けて待っていた。私は促されて中へ入る。
屋敷の中は西洋を彷彿させる造りで、一階、二階には長い廊下にはいくつもの部屋が並んでいた。
「これは手分けして捜索した方が良さそうですね。呪霊の等級は強くて二級程度だと聞いているので問題ないでしょう」
すると七海さんは少しだけ考えた後、「そうしましょう」と言った。それから「何かあったら深追いせずにすぐに呼ぶように」とも付け加えた。
左の廊下を捜索することになった私は、部屋を一つ一つ丁寧に見てまわった。
既に持ち主のいなくなってしまったこの家を荒らしても咎められることはないだろう。しかし、庭の手入れがきちんとされていたり、玄関の入ってすぐの正面に家族の肖像画を飾っていた家主のことを思うと、無碍に扱うことに気が進まなかった。
五つ目の部屋をがちゃりと開ける。
そこは子供部屋だったらしく、絵本や木馬の遊具が散乱していた。窓は割られていて、古びたベッドの上にその破片が飛び散っていた。
私はその傍に落ちていた写真立てを拾った。そこには仲睦まじく手を取り合う女性と男性の写真が入っていた。色褪せているのを見る限り、この写真は長いこと随分大事に飾られていたらしい。
私は物心ついた頃には既に父は他界しており、母一人に育てられてきた。だから、母にもこんなように寄り添う父がいたのだろうか、とそんなことを考えてしまった。
しばらく見てからようやくあることに気付く。写真の夫婦は二人ともドイツ人だった。この屋敷が洋風なのもきっとそのためだろう。私はこの時、この事実が奴に近付く大きな手掛かりになると夢にも思っていなかった。
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全ての探索を終えた私は玄関のある広間へと戻る。七海さんはまだ戻っていなかった。
手伝いに行こうかとも考えたが、これだけ広いとすれ違いになる可能性も考えられたのでやめておいた。
玄関の上のステンドガラスから西陽が差す。ステンドガラスには天使と女神が象られており、その下にはそれらの祝福を受ける子供たちが描かれていた。
ぼんやり眺めていた時、背後から小さな音が聞こえた。
振り返るといつの間にか肖像画の下の壁が扉となり、地下へと続いていた。
七海さんが帰ってくるまで待っていることも考えた。しかし、それでは陽が暮れてまた明日出直すことになるだろう。もしそこに呪霊が潜んでいて祓い終われば今日中に終わらせることができる。
元々自分一人の任務だったのだ。迷惑をかけるわけにはいかない。
私は薄暗い地下へ下りていった。
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地下の奥には木でできた扉があった。奥からは血と肉の腐った匂いがした。
「(ビンゴだ)」
私は躊躇わず扉を開けた。
中には子供が蹲っていた。どうやら泣いてるようだった。
事前報告には生存者は無し、と書かれていたが、地下の存在も無かった。だからたまたま生き残った人間がここに逃げ込んでいたとしてもおかしい話ではなかった。
子供はしくしくと泣いているが、その背中はこちらに向いているせいで様子までは窺えなかった。
「いたいよぉ…こわいよぉ……………」
「もう大丈夫。助けに来たよ」
痛い、怖い。負の感情を口にして泣いていた子供に声をかけてやる。万が一もある、私は背中にある刀をいつでも抜けるようにしていた。
「僕をたすけにきたの?」
「あぁ」
「僕を…?」
泣き声がぴたりと止む。地下に吹き込む風がひゅーひゅーと不気味な音を立てる。
「……………のに」
「え?」
「もっと早く!!!!!来てくれていたら皆が助かっていたのに!!!!!!!!!!」
そう言って振り返った子供の顔を見て、私は酷く動揺した。
そして刀を構える間もなく、私の身体はその子供だったものに思いっきり投げ飛ばされた。