——-私、弦巻こころ! 友達になりましょう!
その言葉を覚えている。
——-はじめまして! 私、弦巻こころって言うの!
その笑顔を覚えている。
———貴方を笑顔にしに来たわ! 私が誰かなんて関係ないわ!
いつもの、その変わらない笑顔を、
———ハッピー! ラッキー!スマイル! イェーイ!!
覚えていたい。
百回目のハロハピ
第1話 異変
「今日は、平和だ。」
高校2年生である奥沢美咲は、放課後、帰路につきながら1人呟いた。
彼女はハロー、ハッピーワールド(通称、ハロハピ)というガールズバンドに所属しており、ミッシェルを担当している。
ミッシェルとはハロハピのマスコット的存在で、簡単にいうならばDJ担当のピンクの熊だ。
彼女がそんなミッシェルになったのは、今では親友と呼ぶべき存在のせいだが、今は置いておこう。
そんなことよりも、美咲は今日、オフなのだ。
部活もない。
バンド活動もない。
バイトも無い。
不思議と、あの騒がしい友人もいない。
久しぶりの、オフ。
予定表は真っ白。
そんな、ホワイトな放課後を奥沢美咲は謳歌しようとしていた。
ハンドメイドの店に行っても良いし、このまま直帰して家でぐーたら過ごしてもいい。
(あ、油断していると、こころに見つかる)
こころとはハロハピのリーダーだ。
いつも、とんでもない事を言い、とんでもない事を成し遂げる、とりあえずとんでもない存在だ。
今では美咲の親友とも言うべき存在なのだが、いつも振り回されてきるため、たまには休みたい。
そう思い、帰路を急いだ。
家に着くと、自室で羊毛フェルトをやり始める。
特に作りたいモノが無かったため、意味もなくハロハピメンバーを作っている。
作業してから30分ほどすると、スマホが鳴り始めた。
手に取ると松原花音の文字が書かれている。
(花音先輩……。どうしたんだろう)
「もしもし。どうしたんですか?」
「美咲ちゃん? ハロハピ会議もう始まってるんだけど、どうしたのかなって」
ハロハピ会議とは、ハロハピの活動を決める重要な会議、というか雑談会である。
美咲はハロハピ会議という単語が一瞬ピンと来なかったが、すぐに何を指しているのか思い出した。
「あの、花音先輩? ハロハピ会議って……、今日でしたっけ?」
「今日だよ。もしかして、忘れてた?」
花音のその言葉に慌てて予定表を見ると、確かに今日はハロハピ会議だ。それどころか、昼休みに予定表を確認したことも思い出した。
「すいません。完全に忘れてました。今すぐ向かいます。」
「う、うん。出来れば急いで欲しい、かな?」
電話の向こうで、騒がしく響く3バカの声に美咲はため息をついた。
「分かりました。」
この時、美咲は自分に置かれている状況が分かっていなかった。
少しずつ、着実に
◆
数日後、
「あ、あちゃー」
美咲は1限目の直前にため息をついた。
その顔は絶望に染まっていた。
その様子に気がついたのは、市ヶ谷有咲だった。
有咲はPoppin'Party(通称ポピパ)というガールズバンドで所属している。担当はキーボードだ。
「奥沢さん、どうしたの?」
「あ、市ヶ谷さん。いや、曜日間違えちゃったみたいで……。月曜日の時間割で来てしまった。」
「マジかよ! いや、それって……。現国、数、物……。数Bと、現国以外全部教科書ないじゃん。」
「はは、何やってるのかなー。とりあえず、りみかこころが教科書ないか聞いてくるよ……。」
美咲はまず、前日の記憶がすっぽりと抜け落ち、曜日と日付が抜け落ちるようになった。
少し考えれば思い出せるため、毎朝スマホで日付を見れば問題ない。
すぐに毎日日付を確認するのは日課になり、違和感は無くなった。
だが、数週間も経てば、確実に違和感は増していった。
ある日の休日、
「やぁ、美咲じゃないか。こんな所出会うなんて、まさに運命。あぁ、なんて、儚いんだ!」
ショッピングモールで出会ったバンドメンバー、瀬田薫。
独特な空気というか、世界観を持つ彼女が、誰だったのか思い出せなくなっていた。
(え、っと、誰だっけ、嘘、絶対に親しい人なのに……)
「えっと、久しぶりですね?」
「……?久しぶり? えっと、美咲。なんて、儚い冗談を言うんだい?」
さらに日付が進めば、美咲の記憶は穴が開き始めた。
家族が誰だか忘れ、
思い出話についていけなくなり、
大切な友人たちのことも忘れていった。
その度に時間はかかるが思い出せた。
しかし、その異変は確かに目立ち始め、流石の美咲も病院に行った。
けれども原因は分からず仕舞いだった。
「奥沢様、……大変言いづらいのですが、こちらの病院に……。」
しかし、黒服たちの勧めで、行った大学病院にて絶望的な診断が下された。
不特定健忘症。
原因不明の記憶喪失だ。
まずは、エピソード記憶が少しずつ無くなっていく。
症状が進行すると、新たな記憶は1日しか保てなくなり、
末期では真っ白な状態で1日が始まり、眠るとすべての記憶がなくなるようになる。
命には別状が無いが、原因不明、治療法もない悲しい病だった。