百回目のハロハピ   作:学学 学

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また明日

真っ白な世界。

 

目は見えているし、私がいるのは(おそらく)ごく普通の部屋だ。

 

しかし、真っ白なのだ。

 

私には何もない。

 

自分が何者なのかも分からないし、ここがどこかも分からない

 

家族だと名乗る存在。

 

奥沢美咲という名前。

 

それら全てが疑わしい。作り物みたいだ。

 

けど、それでも……。

 

 

 

百回目のハロハピ

 

最終回 また明日

 

 

 

 

美咲は部屋で日記帳や、アルバムをめくっていた。

取った記憶のない写真、

書いた覚えのない日記、

本棚には買った覚えも読んだこともない本が並んでいる。

 

(へぇ、私って作曲やってたんだ。)

 

読んだことのない作曲の本を手に取った。読んだ覚えはないのに、内容は自然と理解できた。

美咲の病気が蝕むのは思い出がメインだ。そのため、身に付けた技術がなくなる事はあまりない。

出来ることを忘れているだけで、今の状態でもDJセットの操作は出来るはずだ。

 

次にアルバムを手に取る。

バンドメンバーと共に困ったように笑う自分。

アルバムも他人の見知らぬ誰かの事のようだ。

いや、()()()では無い。見知らぬ誰かなのだ。

記憶を全て無くし、今では昨日のことすら覚えていない。

そんな彼女と、写真の彼女は別人と言っても過言では無いだろう。

 

しかし、

 

「私? なんだよね。」

 

何かが足りない。

何か大切な事を無くしてしまったような感覚だ。

掴めそうで掴めない。届きそうで届かない。

そんな、もどかしさと寂しさが美咲の胸を支配する。

出所は分かっている。

無くしたモノ、記憶だ。

 

(ハハ、なんなんだろう。覚えてすら無いのに、こんな、お腹の痛そうな顔して……)

 

部屋の隅にある姿見にうつる自分をみて美咲はため息をついた。

何も覚えていなのに、不思議とその言いましには安心感を覚えた。

それがなんなのか分からないが、考えても仕方がないことだ。

覚えていないのだからそれまでだ。と、もう一度ため息をついて手近の本を取った。

読む気はないが、手持ち無沙汰なのだ。

やるべきことも、やりたいこともない。

部屋から出れば親だと名乗る人物と会話することもできる。しかし、それは、かつての自分を突きつけられているようで恐ろしかった。

 

「あーあ、私は誰なんだろうね。」

 

そう呟いた時、部屋の電気が落ちた。

 

「え?」

 

時刻は13時、締め切ったカーテンから漏れる太陽の明かりだけでも十分に生活は出来るが、それでも本を読むには薄暗い。

ブレイカーが落ちたのだろうか? 

そう思ったが、とりあえず明かりを取るためにカーテンを開けた。

その瞬間、ピンク色の光が美咲を包んだ。

 

「な、なに?! ぴ、ピンクのクマ?」

 

一瞬、美咲は眩しくてなにも見えなくなったが、数秒で目が慣れて、辺りが見えるようになった。

ピンク色の光はクマの形に美咲の部屋を照らしていたのだ。

プロジェクションマッピングと同じ要領だ。少し離れた場所に浮かぶ気球から花音とこころが映しているのである。

一方で窓の外に1人の仮面をつけた少女が光を遮らないように降りてきた。

少女、薫は腰につけたロープで屋根からつる下がっており、ロープの反対側は黒服とはぐみが引っ張っている。

しかし、美咲はプロジェクションマッピングで部屋のクマに気を取られおり、薫に気がついていない。

 

(私は鳥、鳥、鳥、鳥)

 

薫は真っ青な顔でぶつぶつと呟きながら地面を見ていた。

美咲の部屋は2階にある。高所恐怖症である薫にとってこの高さはかなりの恐怖である。しかし、鳥の()を下ろし、身体の震えを抑えて、窓に手をかける。

しかし、鍵がかかっており開かなかった。

 

「え?」

 

その瞬間、薫の顔は絶望に染まった。

 

「あの……、人の家で何やっているんですか?」

 

外に現れた不審者に気がついた美咲は窓越しにそう聞いた。

美咲と薫の目が合い、数秒の沈黙が流れる。

 

「……すまない、美咲。窓を開けてくれないだろうか?」

 

そう言われると、美咲は不思議と言われるままに窓を開けてしまった。

美咲にとって彼女は()()()()()()()である。

仮面をつけているためアルバムで見た薫と結びつかないため、普通ならば警戒して然るべきだ。

けれど、どうしてか警戒が出来ずに、それどころか信用してもいいとさえ、思ってしまっている。

 

(私はこの人を知っている?)

 

薫を招き入れた美咲は1人困惑をしていた。

しかし、そんな彼女を放っておいて薫は床に崩れ落ちた。

 

(じ、地面だ、地面だ……)

 

そんな様子の薫に美咲は苦笑いを浮かべた。

そして、自分でも驚くほどに()()()()()()()。このとんでもない展開、ハプニングがなんだか懐かしくもあった。

 

「その、大丈夫ですか? というか、何処の誰さん?」

 

美咲がそういうと薫は一気に立ち上がり頭を下げた。

 

「私は怪盗ハロハッピー、あなたの悲しみを頂戴しに来ました。」

 

その薫の動きはかなり様になっており、美咲自身、かなりカッコいいとさえ思った。しかし、なぜか安心感の方が強く感じてしまう。

とても、あたたかで、落ち着く、そんな感覚だ。

その感覚が理解出来ず唖然としている美咲に、薫はさらに続けた。

 

「しかし、あなたみたいな子猫ちゃんから頂くだけというのも申し訳ない。なので、お礼として頂いた悲しみの分だけ、あなたに笑顔を与えましょう。さぁ! 可愛い子猫ちゃん。私の手を取って」

 

薫はニヒルに笑うと美咲に手を差し伸べた。

突然現れた見ず知らずの少女。本来なら悲鳴の一つでも上げて、警察に連絡するべきだろう。

しかし、そう思い至るより早く、美咲は薫の手を取っていた。

 

「それでは、儚い楽園へ参りましょう。」

 

そういうと、部屋の出口へとエスコートし始めた。

 

「え? 普通に玄関から出るんですか? いや、窓から出たいわけでも無いんですが、怪盗、ですよね?」

 

「な………。こ、子猫ちゃんに怪我をさせる訳には行かないからね。なに、既に美咲のご両親には話を通してあるから、問題ないよ。」

 

「へ?」

 

薫のその言葉に美咲は普通に驚いた。

しかし、この怪盗の目的はいったいなんなんだろうか、と、頭をすぐに巡らせた。

親から金を貰っているカウンセラーか何かなのだろうか? 

それとも、本当に怪盗?

など、考えるが、答えなんて見つかるわけがない。

 

(だめだ、全然分からない。)

 

手を引かれ、玄関を抜けると家の奥から美咲の母親が顔を出した。

妹と弟は今は家を開けている。

 

「美咲、いってらっしゃい。薫ちゃんもいつもありがとうね。」

 

母親は優しそうな口調でそう言った。

 

(薫って、まさか……)

 

その名前で美咲はようやく怪盗ハロハッピーの正体に思い至った。

日記やアルバムで見た、かつてのバンド仲間だ。

驚きを隠せない美咲をよそに薫は無駄に整った所作でお辞儀をした。

 

「お任せください。大きな子猫ちゃん。我々の名にかけて、あなたの子猫ちゃんを笑顔にいたします。」

 

その所作ひとつひとつ手慣れていて、絵になっている。

 

「それでは、行きましょう。儚い旅の始まりだ。」

 

薫は美咲の手を引き、玄関を出た。

外にはピンク色の馬車が止まっていた。至る所にピンク色の熊が描かれており、不思議と美咲の心をざわつかせた。

美咲を乗せると薫は白馬の手綱を握り走らせた。

 

「え? 薫さんが馭者なんですか?」

 

美咲がその名を呼ぶと、薫は本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「ああ、美咲。まさか、また君からその名を呼んで貰えるとは……。ああ儚すぎる。」

 

「いや、名前を呼んだだけなのですが……?」

 

「ふふ、美咲にはそうかもしれないけど、私にとっては違うんだよ。私のことは良い。今は君が笑顔になる時だからね。ほら、見てご覧」

 

薫にそう言われ、美咲は空を見上げた。

すると、ピンクの熊の巨大バルーンが至る所に上がっていた。

 

「アレは?」

 

「ミッシェルさ。彼女はハロハピ……。私たちの笑顔の象徴だよ。 さぁ、ここからが本番だ! 儚いを始めよう!」

 

薫のその言葉と呼応するように、白い鳩が一斉に飛び立つ。

キラキラの紙吹雪や、軽快な音楽が流れる。

そして、通行人の人たちは当然だが、馬車に乗り車道を走っている美咲達を注目している。

しかし、不思議がっている者はおらず嬉々として手を振っている人までいる。

 

「って、私たちなんかめちゃくちゃ注目されてない?!パレード?!」

 

「ああ、儚い。」

 

「意味わからないから!」 

 

「ふふ」

 

美咲の叫びは虚しくおわり、馬車は巨大な屋敷、弦巻家へと到着した。

弦巻家の庭には「ニコニコ号」と書かれた飛行船が停泊していた。

 

「さ、到着だ。」

 

薫のエスコートで馬車を降り、飛行船の元へと美咲は移動した。そこには小柄な少女がおり、手を振っていた。

 

「みーくん! 次ははぐみだよ! それじゃあ空の旅に出かけよう!」

 

 

薫と分かれて美咲ははぐみと数人の黒服と共に飛行船に乗り込んだ。

ふと飛行船の窓から外を見ると薫は止めてあったバイクに乗り急いで何処かへ行ってしまった。

 

「えっと、あなたは、はぐみさん、でしたっけ?」

 

アルバムと日記からなんとか名前を紡ぎ出す。

その様子にはぐみは悲しそうな顔をしたが被りを振った。

 

(もうはぐみは泣かないって決めたんだ。)

 

「うんそうだよ。それじゃあみーくん! 少し早いけどオヤツにしよう!」

 

はぐみはそう言って美咲を連れて大量のコロッケが積んである部屋へと移動した。

美味しそうな匂いが漂っている。

 

「これ全部、はぐみが頑張って作ったんだ!」

 

勧められるまま、美咲はコロッケを食べた。

 

「あ、美味しい。」

 

「そうでしょ! コロッケじゃあ誰にも負けないよ。 あ、外見てよ」

 

既に飛行船は高く飛んでいるのか、街の全体を見下ろすことができた。

美咲には見覚えのない街だが、それでも、絶景だった。

 

(こんな街に住んでたんだ)

 

しばらくはぐみと談笑しながら街を見ていると港が近づいてきた。

港から豪華客船が出港していた。

それに気がつくとはぐみは時計を見た。

 

「そろそろ、黒服さん、お願いして良いかな?」

 

「はい、かしこまりました。」

 

黒服は淡々とした声でそういうと、ハッチのような場所へと案内した。

そして、美咲に様々な器具やプロテクターを取り付けていった。

その唐突具合に美咲は、不思議な既視感を覚えた。

薫と出会ってから感じる、既視感や懐かしさ。

不思議と嫌な気分ではなく、安心感を覚える。

 

(やっぱり、この人たちと知り合いなんだ。)

 

そう思ったのも束の間だった。

 

「よし、みーくん! 飛ぶよ!」

 

「飛ぶの?!」

 

美咲のツッコミを無視して、黒服は自身につけたプロテクターと美咲のプロテクターを繋げた。

 

「え?なに?飛ぶ? スカイダイビング?」

 

「ううん、飛べば分かるよ!」

 

美咲の混乱を無視してハッチが開いた。

 

「え?飛ぶって、心の準備がッ!」

 

そして、黒服は美咲を引っ張り飛び降りた。

 

「っ、ァァァああああああああ!!」

 

美咲は叫んではいたがどこか楽しげだ。

その様子に黒服は少し笑みを浮かべていた。

そして、頃合いを見て黒服はリュックから伸びる紐を引っ張り、パラグライダーを開いた。

 

「って、パラグライダー?」

 

「はい、次の場所まで移動します。」

 

空の旅は爽快だったが、そこまで恐怖は覚えなかった。

 

(もしかして、あたしってすごい修羅場を、潜ってた?いや、それより)

 

「あの、なんだか陸地から遠ざかっていますが……。」

 

「はあ……。最後はスマイル号です。」

 

美咲は豪華客船に降り立った。

 

 

「はじめまして、美咲ちゃん。私は松原花音。」

 

豪華客船にはペンギンを抱いた1人の少女がいた。

彼女の周りには幾つもの柵があり、その中にはカピバラなどの小型な動物が沢山いる。

 

「えっと、ここは?」

 

「動物園……なのかな? あと、水族館でもあるんだ」

 

花音が指差す方を見ると水槽の中にクラゲが漂っている。

 

「クラゲ、ですか? というか、船の上に動物園と水族館? なんか、凄い無茶苦茶……。」

 

「でも、それが私たちだから……。美咲ちゃんも、嫌いじゃないでしょ?」

 

花音のその言葉に、美咲は小さく頷いた。

確かに嫌いではなかった。

この唐突で意味不明な展開は不思議な美咲の心を落ち着ちつかせている。明らかに普通と逆なのだが、この非日常が、本来、自分がいるべき場所のような気がしてならなかった。

 

「まぁ、嫌いでは無いですね。」

 

「なら、楽しもう。 ここは笑顔のための場所なんだよ。」

 

「……。どうして、そこまで……」

 

美咲が今まで感じていた疑問を口にした。

これまで、薫とはぐみに出会い目を回しそうなほどめちゃくちゃなことにあってきた。

しかし、どれも楽しかったし、うれしかった。

けれども、仮に彼女たちが本当にバンド仲間だったとして、どうしてここまでのことをしてくれるのかが分からなかった。

しかし、その声は波風の音や船のエンジンにかき消された。

 

「………?何か言った?」

 

そう聞き返してきた花音に美咲は首を振った。

なんだか聴き直すのが気恥ずかしい気がしたのだ。

 

「……いえ、何も覚えていないのに、なんだか懐かしい気がして。」

 

美咲がそういうと、花音は笑みを浮かべた。

 

「もし、そうなら嬉しいな。ふふ、それじゃあ、思いっきり楽しんじゃおう!」

 

花音の言葉に美咲は頷いた。

小型の動物達を見渡す。

この動物たちは、かつて美咲が動物とライブをするために遊園地に作った動物園の子たちだという。水族館もハロハピと懇意にしてもらっているところのものだ。

ある意味ここはハロー、ハッピーワールドが今まで紡いできたモノで形作られている。

 

「なにこれ……」

 

花音と一緒に動物と触れ合ったあと、美咲は水槽のクラゲを見始めた。

確かに小型のクラゲは可愛いと言えなくも無いかもしれない。

しかし、今美咲の前にいるのは、触手だ。

通常のクラゲとは上下逆で、水槽の底でウニョウニョと動いている。

正直にいうと気持ちが悪い。

 

「この子はサカサクラゲ、普通のクラゲとは上下逆なんだ。」

 

「そ、そうですか……。」

 

そう楽しそうにいう花音に、気持ち悪いなんて言うことができずに、美咲は口を摘んだ。

しかし、クラゲ好きは思いの外多く、クラゲの展示に力を入れている水族館も多数存在している。それほどまで、クラゲは人気の高い生き物である。

それはともかくとして、美咲は花音と共に動物達と戯れた。

薫やはぐみとは違い落ち着いた雰囲気である花音との会話も、美咲にとって小気味良いものだった。

そして、ふと、花音は腕時計を確認した。

 

「……そろそろ時間だね。もっと話していたいけど、美咲ちゃんに1番会いたがっている人が待ってるよ。」

 

「私に会いたっ……!」

 

———美咲と一緒なら、どこでも楽しめるもの!

 

美咲は突然の頭痛で頭を押さえた。

しかし、直ぐに痛みは引いた。

なんだか、すごく懐かしいものを見た気がした。しかし、今の美咲にはそれが何か分からなかった。

 

「美咲ちゃん?」

 

急に頭を押さえて黙り込んでしまった美咲の手を花音は取った。その手は暖かく、一瞬乱れた美咲の思考を一つにまとめた。

 

「大丈夫だよ。 私たちずっと一緒にいるよ。だから、安心して」

 

その言葉に美咲は頷いた。

朝起きてから今までずっと付き纏っていた不安な気持ちが取り払われたようだった。

いや、不安も、恐怖も確かにある。

しかし、彼女たちが一緒にいてくれるのなら何が来てもへっちゃらな気がしたのだ。

 

(なーんにも覚えていないのに不思議だ。)

 

美咲は花音に見送られながら船内に入った。

船内は電気がついておらず薄暗かった。沈みかけている太陽の明かりが、小さな窓から入ってきているだけだ。

いままであった明るい雰囲気から打って変わり冷たかった。

 

ガチャリ

 

「…!」

 

突然なった音に驚いて入ってきた扉の方へ振り返ると、そこには、ゾンビがいた。

 

「Gruuurr……。」

 

「へ?」

 

黒いパンツタイプのスーツを着た女性だ。

しかし、土色の肌に、スーツのあちこちが赤く染まっている。

間違いなくゾンビだ。

ゾンビは、ゆっくりと顔を上げ、美咲と目が合う。

 

「GyaaaAAAAa!!!!」

 

「うわぁぁああああああ!」

 

美咲は駆け出した。

船内を駆け回る。

しかし、客室、ゲームセンター、スーパー銭湯、ボーリング場、

何処に逃げてもゾンビだらけだった。

 

「Weeiiiie!」

 

「gruuuu……」

 

多種多様のゾンビたちに追われながら、美咲はなんだかこの状況に既視感を覚えた。

 

(私は! あたしはなんだったの!)

 

そんな、微妙に冷めた思考を維持しながら音楽スタジオに逃げ込んだ。

クルーズ船に音楽スタジオがあるのに首を傾げながらそこに入ると、そこには1人の少女がいた。

 

「美咲!」

 

「え?」

 

少女、こころと目が合うと美咲の思考は静止してしまった。

雷で撃たれたかのような衝撃が全身をめぐる。

白紙の記憶が脳内をめぐる。

忘れた思い出、しかし、その気持ちや想いは確かにそこにある気がした。

 

しかし、

 

「GyaaaAAAAa!!!!」

 

スタジオの奥からまたもやゾンビが現れた。

その瞬間、美咲は咄嗟にこころの手を取りスタジオから飛び出した。

 

「あーー!ここは! なんなの!」

 

「美咲〜! あたしは弦巻こころ! 友達になりましょう!」

 

美咲に手を引かれて走るこころは、笑いながらそういった。

息絶え絶えで走っている美咲に対してこころは余裕そうだ。

 

「こ、こんな時に……、じ、自己紹介? 」

 

「haaa!kaaaaAAAAanaiiii!」

 

「っ!」

 

「わーい!」

 

ゾンビに追われながら、走っていると大きめのホールに辿り着いた。

大きな舞台の周りに観客席が並んでいる。下手なライブステージよりも大きいだろう。

そこには不思議とゾンビはおらず、ひとまず休憩することにした。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、死ぬかと思った……。って、あんたは凄い楽しそうだね。」

 

始終、叫びながら走り回っていた美咲だが、それとは対照的にこころは楽しそうに笑っていた。

そんなこころに美咲は問いかけた。

 

「もちろんよ! 美咲と一緒ならどんなところだって楽しいもの!」

 

そう満面の笑みで浮かべるこころを見て、美咲は一瞬、頭痛が襲い頭を抑えた。

何かを無くした喪失感だけがある。だけど、その喪失感が彼女と知り合いなのだと教えてくれる。

 

(君はあたしと知り合いなんだよね。だけど)

 

美咲にとってこころははじめて会ったばかりだ。

しかし、こころにとっては違うのだろう。そう思うと美咲は胸が締め付けられるような感覚がした。

 

(でも、私は君の知っているあたしじゃないんだよ。)

 

全てを忘れてしまったから、

もう自分は、みんなが心配してくれるような自分じゃない。

そう思った時、

 

「uuuuurr!」

 

大量のゾンビ達がステージの至る所から現れた。

その様子に美咲は慌ててこころの手を取った。

 

「美咲、あれ見て!」

 

しかし、こころは美咲に手を握られながら、反対の手でゾンビ達を指差した。

その先を見た瞬間、美咲はペタンとステージの椅子に座り込んでしまった。

 

「ど、ドッキリって……」

 

ゾンビ達は"ドッキリ大成功"と書かれた看板を持っていたのだ。

 

「そう、ドッキリよ! ドッキリって素敵よね、みんなが笑顔になっていたもの!」

 

「はは、そうだね……。うん、なんだかホッとしてるよ……。」

 

そう疲れたようにいう美咲だが、確かに不思議と笑っていた。

そんな美咲を見てこころは満足そうに頷いた。

 

「うん、それじゃあ、次に行くわよ!!」

 

その声と共に、軽快な音楽が流れ天井が開き満点の星空があらわとなった。

意識していなかったが、ゾンビから逃げてる間にかなりの時間が経ってしまったようだ。

さらに、ステージが割れて下からゾンビメイクをした3人の少女がせり上がってきた。

 

「さぁ、クライマックスよ! 楽しみましょう!」

 

そこから始まったのは、5人揃ってのどんちゃん騒ぎだった。

はじめの5分かそれに満たない時間はライブの形をなしていが、それからは美咲を交えた馬鹿騒ぎ。もはや、パーティだ。

夢のような時間だった。

 

だが、それも時期に終わる。

 

夜もふけ、日付が変わった。

騒がしかったステージは静かさを取り戻した。

 

「ああ、嫌だなぁ」

 

その静かさが、美咲に置かれた状況を突きつけているようだった。

一度寝て仕舞えば今日の出来事は全て忘れてしまう。

今日は本当に楽しかった。自分が無くしてしまったものが全て、ここにある。そう思えるくらい、美咲は幸せだった。

だが、それもこれで終わり。

寝て目覚めれば全て無くなってしまう。

それがとても悔しくて、悲しかった。

だが、そんな美咲の気持ちを知ってか知らずか、演奏を終えたこころは美咲の元に駆け寄った。

 

「美咲、安心して! ハロハピは明日も明後日もずーっと、美咲と一緒にいるわ! だから、怖がることなんてない。」

 

「でも、私は忘れちゃう。みんなのことなんて忘れちゃうんだよ。そんなのやだよ」

 

「そうね。あたしも美咲に忘れられるのは嫌よ。でも、毎日、美咲と出会うわ。そして、みんなで笑顔になるの! だから、怖がることなんて何もないわ! だって、美咲は毎日笑顔になれるし、絆は無くならないもの!」

 

理屈も、論理も、何もないはちゃめちゃなその言葉は、確かに美咲の心に響いた。

自分は1人ではない。たとえ全てを忘れてしまってもこうして()()()いるのだ。だったら、怖がる事なんてない。

 

「うん、そうだね。なんだか平気な気がしてきたよ。こころ、皆んな。また明日だね。」

 

だから、美咲は満面の笑みを作りそう言った。

自分には明日は来ない。

明日になれば全てを忘れて今の奥沢美咲はいなくなってしまう。

 

だけど、

 

「うん、また明日美咲ちゃん」

 

「みーくん! また明日!」

 

「美咲、また儚い明日で」

 

「美咲! また明日!」

 

彼女達がいると思うと、そんなの関係ないと感じた。

 

「明日が楽しみだ。」

 

 

end

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