アクセル全開で走らせているとシアのうさ耳がピクピクと揺れる。後部座席から身を乗り出して正面を指さした。
「近いです! みんなの悲鳴が、声が聞こえます……!!」
「シュウ」
「わぁってる、よっ!」
ペダルは限界まで踏まれているのだが、この魔力駆動四輪『アルファジェネラル』は原動力を魔力としているので魔力を流せば流すほど更に加速する。ペダルはあくまで流している魔力量を調整するためのサブコントローラーのようなものなのだ。
ぐん、と加速するとGに身体が押し潰されそうになるが、そう感じるのはこの中ではシアだけである。
走り続けるとハジメたちの耳にもハウリア族の声が聞こえる距離になった。悲鳴と怒号、そして魔物の雄叫びが耳に届く。視界に四十人ほどの兎人族と体長四、五メートルくらいのワイバーンが数体飛び回っているのか見えた。
「は、ハイベリア!? マズイです! あのままじゃ皆が……!!」
「ハンドル握ったままじゃなあ……ハジメ、頼む」
「頼まれた」
車窓から上半身を乗り出してドンナーとシュラークを構える。銃口の先には顎を大きく開け、子供を抱えているハウリア族の母子を喰らわんと襲いかかるワイバーン、もといハイベリアが一体。
母親はもう駄目かと目を瞑り子供を守るように抱きしめる。周りのハウリア族も二人の家族が無惨に食い散らかされる様子がイメージされただろう。
しかしそんなことを許すハジメではない。双銃から乾いた炸裂音と共に二つの紅い閃光が帯を引いてハイベリアの頭部と胴体を抉り穿つ。急降下していたはずが、突然の横からの衝撃にハイベリアは絶命したことにも気づかないまま峡谷の壁の染みとなった。
仲間が動かぬ肉の塊となってしまい呆然とするハイベリアと何が起こったのか理解出来ずに立ち尽くすハウリア族。すると呆然と滞空していた二体のハイベリアが火に包まれてその体を燃えカスに変えた。
それに続くようにハジメは車から飛び出して残りのハイベリアに弾丸を撃ち込む。一体は頭部を柘榴のように変えて、もう一体は双翼を撃ち抜かれバランスを崩して地面に落下する。銃撃だと言うのにその傷跡は巨人に引きちぎられてかのように荒々しい。
ハイベリアが痛みでのたうち回り絶叫をあげる。その声で一時的に正気に戻ったハウリア族だったが、今まで生きてきた中で聞いたことの無い甲高い音を耳にして音の発生源に目を向けると、見たことも無い黒い乗り物がこちらに向かってくるではないか。しかもその乗り物に乗車している四人のうち、一人は物凄く見覚えのある少女……そう、シアだったのだ。
シアはハウリアの皆に無事を知らせるために天窓から身を乗り出して手を大きくブンブンと振っていた。
「お父様〜! みんな〜! 助けを呼んできましたよお〜!! 今止まるので離れていてくださ〜い!」
「轢き殺されたくなけりゃどいてろ」
「ギュアアアアア!!!?」
「あ、やっべ。でも魔物だしセーフか」
ハウリア族を轢かないようハンドルを回した先には翼を失いもがいていたハイベリアが。胴体を轢き潰した後で『やっちまった』と言った顔をするが魔物だったと気づき途端に顔を戻す。
全てのハイベリアを殲滅したのを確認してシュウがハウリア族の近くにアルファを停める。アルファからシュウたちが降りて、その横にハジメも歩いてくる。
「シア! 無事だったのか! よかった……! 本当によかった……!! 朝起きたらお前の姿が見えなくて心配で心配で……」
「父様……ごめんなさい。私のせいでみんながこんな目に合ってると思うと、私はみんなと一緒にいていいのかって……」
「当たり前だろう。私たちは家族なんだ。助け合わないで何が家族だ! すまんな……お前がそこまで思い詰めてることに気づけなかった……シア、父を許しておくれ……!」
「父様……ふえええ……父様ぁ〜!」
抱き合いながらおーいおいと泣くシアとその父親。よく見れば周りのハウリア族も全員涙を流している。
情に深い種族だと聞いていたので再会を喜びあっているのはいいのだが、いくら家族とはいえうさ耳の美少女とうさ耳のオッサンが抱き合っているという絵面にハジメたちは困惑している。唯一レイシアだけは同じように涙を流して頷いていた。
シアを抱きしめていた父親は互いの無事を喜んだ後、ハジメたちの方へ向き直った。
「ハジメ殿と、シュウ殿で宜しいですかな? 私はシアの父親のカム、と言います。ハウリア族の族長をしております。この度はシアだけでなく我が一族の窮地を救って頂き、ありがとうございます。しかも脱出の助力まで貸して頂けるとは……この恩は決して忘れません。私たちに出来ることがあるかは分かりませんが、何としてでもこの恩は返させて頂きます!」
「こっちも成り行きで助けただけだから、あまり気にしないでいいですよ?」
カムが頭を下げるとハウリア族も揃って頭を下げる。ハジメとしてはハイベリア如きに遅れをとるつまりは微塵も無かったし、シアのお願いと言うよりはレイシアからのお願いと言った意味合いが強い。なので過剰に感謝されても居心地が悪くなるだけなのだ。
「そうはいきません! 恩人に恩を返さないなどハウリア族の、いえ亜人族の名折れです!」
「なら樹海の案内でもしてもらおうぜ。亜人族じゃないと辿り着けないって言うくらいだしな。というか、亜人族って言うわりには簡単に俺らのことを信用すんだな。いいのか? シアから聞いた話じゃ人間族に結構強い恨み抱えてるんだろ?」
そもそもハウリア族がライセン大峡谷まで追い詰められることになった原因はハジメたちと同じ人間族である帝国兵のせいだ。だと言うのにカムたちから嫌悪感と言った感情は全く感じられず頭を下げている。シュウが疑問に思うのも当然だろう。
苦笑いしながらカムは答える。
「確かに大半の亜人族は人間族に対してい感情を抱いてませんが……我らはシアを、そして家族を貴方たちに救って頂いています。それにシアも皆さんを信頼している様子、ならば我らも信頼しなくてどうしますか」
「ん……お人好し」
「これは手厳しい……しかし、恩人を信じてそう呼ばれるなら我らはお人好しで結構」
「大丈夫ですよ父様! ハジメさんもユエさんも、レイシアさんもみーんな優しい人たちですから! あと多分シュウさんも……」
「おいウサ公、なんで俺だけ最後に付け足した、おいこら、ああ?」
「ぴぃ!? こ、この通りちょっと照れ屋な人なんですよ!」
「なんと、ハイベリアを一撃で焼き尽くす程の腕を持ちながら愛嬌も持ち合わせるとは。シュウ殿は愉快な人なのだな!」
「ハッハッハ」と笑い合うシアとカムを見てシュウの怒気が薄れていく。なんというか、これが煽っているのならキレるのだが、呆れたことに本気でそう思っているのだから口に出せない。色々言いたいことを飲み込んで深い溜息をつくシュウは随分珍しかった。
それからハジメたちは四十人近いうさ耳の軍団を引き連れて峡谷の出口へ向かって歩いていた。途中シアたちを狙って魔物が何度も襲いかかってきたのだが、どの魔物もハウリア族に触れることすら出来ずにドンナーとシュラークの餌食になっていた。
ライセン大峡谷の凶悪な魔物たちが見たことも無い武器で一瞬で屠られていく光景を見て唖然としながらも、それを容易く行うハジメに畏敬の視線を送る。
その中でも年齢の低い少年少女らの瞳にはハジメがヒーローのように映っているのだろう、キラキラした瞳でハジメを見つめていた。憧れの視線を受けてムズ痒くなったハジメは手持ち無沙汰にドンナーを弄る。子供たちにはその姿さえも美化されて映るのだろう。瞳の彩度が増した気がした。
そうこうしているうちにライセン大峡谷から脱出できる道へ辿りついた。と、ここでシアが顔を歪める。
「っ……」
「シア、どうしたのかしら?」
「み、『未来視』が発動して……」
「仮定した未来が視える固有魔法、だったかしら?」
シアの固有魔法、『未来視』は任意で発動するパターンとシアが危険な状況に陥った状態などで発動するパターンに分けられる。
任意で発動した場合は仮定した選択の結果としての未来が見えるという非常に強力な効果を発揮するのだが、これには多大な魔力を消費しなければならない。具体的には一度使うだけでシアの魔力はスッカラカンになる。自動で発動する場合は三分の一程度で住むのだがそれでも数回しか使えない貴重な能力だ。
この能力があったからこそ今まで魔物から逃げ切れていたし、ハジメたちにも会えた。まあ友人の恋の行方が気になるという理由で貴重な一回を使ってしまい、その際で一族は樹海を出ることになったのだが。
とはいえ効果は強力だ。今も殆ど確定事項の未来が見えたのだろう。レイシアが話を聞くと浮かない顔でハジメたちに話し始めた。
「この先に帝国兵がいます。そしてハジメさんたちが帝国兵と相対する未来が見えました……帝国兵から私たちを守るということは帝国を、並びに人間族に敵対するといつことになります……それでも、ハジメさんは私たちのことを助けてくれるのですか?」
神妙な面持ちで何を言い出すかと思えば、単なる意思確認だったことに拍子抜けするハジメ一行。ハジメは柔らかく微笑み震えるシアの手を取った。
「あのねシア。僕たちは君をひいては君たちハウリア族を助けて欲しいってお願いを了承したんだ。一度約束したことを反故するつもりもないし、人間族と敵対するからって見捨てるつもりも一切ないよ」
「で、ですが! 同族なんですよ……?」
「君たちが追い出された理由も同族のせいだよね?」
「それは……」
それでも納得しきらないシアにハジメは柔らかい笑みから困ったような笑みに変えてシアの頭を撫でる。青みがかった美しい白髪がサラりと手に馴染む。
「大丈夫。僕らはシアたちのことを絶対に守るから」
「は、ハジメさぁん〜!!」
「というか僕らの武器とか装備品とか見てよ、こんなの人族の権力の強い連中やら教会やらに見つかったら絶対寄越せって言われるでしょ? 勿論僕らは渡すつもりなんか一切ないから、人族と敵対するなんて遅かれ早かれ変わらないんだよ」
「あっ……」
ハジメが持つ驚異的な武装の数々を思い出す。確かに自分の立場ならそれらを惜しげも無くぽいっと渡せるわけもなく、相手もそれを黙って納得するなんて出来ないだろう。であれば武力という名の強硬手段を用いてハジメたちから武装やアーティファクト類を奪いに来るだろう。そうなればもう同族とは敵対したくないなんて言っていられない。
「だからシアが気に病む必要はないよ。でもこっちとしては無益な殺生を避けれるのなら避けたい。だから一応話し合いに応じるか試しては見るけど……その様子じゃ相手方、無理そうだね」
「えっ、いや、でも、み、未来は変わるかもしれないので!」
「うーん……まあ情状酌量の余地がありそうなら考えるけど。無さそうな気がするなぁ」
なんせ樹海から逃げてきたハウリア族を奴隷として捕まえようとしてくる奴らだ。奴隷制度の存在しない日本という平和な国からやった来たハジメとシュウにとって確実に相慣れないのは火を見るよりも明らかである。
「ハジメ殿はお若いのにしっかりとした正義感をお持ちですな。その瞳に迷いもない」
「カム……分かるの?」
「ええ。これでも一応族長故、伊達に人を見る目は培っていませんよ。ですが助けて頂いた分、働きますので樹海の案内はお任せくだされ」
同情からの下手な正義感ならカムも不信に思っただろう。しかしハジメの目はそんなことを一ミリも思わせないほど真っ直ぐな瞳をしていた。ハジメ自身も確かにハウリア族の境遇を哀れまなかったわけではないが、それ以上に一度『助ける』と約束したのだ。
男として、人として一度約束したことを無かったことにするなど言語道断。両親にも約束はちゃんと守れるいい子になりなさいと常日頃から教えられていたので身に染み付いている。
長い階段を上りきり、一行はライセン大峡谷から脱出した。そして、登りきった崖の上には三十人程の武装した帝国兵がいた。周りには大型の馬車が数台あり、野営した跡もある。ここからハウリア族が出てくることを狙って待ち構えていたのだろう。
帝国兵はハジメたちを見て一瞬驚いた表情を見せるが、ハジメの隣にいるシアを視界に捉え、直ぐに表情を下卑た笑みに変える。
「小隊長、あの白髪の兎人族が隊長の欲しがってたやつですよねぇ」
「そうだな。死んでなかったとはラッキーだったな。年寄りは別に殺しても構わんがあの小娘は絶対に傷を付けるなよ」
「分かってますよ。それより小隊長、俺たちゃこんな何も無いところで三日間も待たされたんだ、女も多いみてぇだし少しくらい味見しても構いませんよね?」
「しょうがねぇな、全部はやめとけよ。二、三人程度で我慢しろ」
「さっすが小隊長だあ! 話がわかるぜ!!」
帝国兵はハウリア族を獲物としてしか見てないようで、女性陣に舐め回すような視線を向けては舌なめずりをしている。そしてようやくハジメたちに気がついたのか声をかけてきた。
「ん? おいテメェらはナニモンだ? どう見ても兎人族じゃねぇよな?」
「ええそうですよ」
「じゃあ何で人間が兎人族と一緒にこんなとこにいやがんだ? ……ああ奴隷商人か。こんなとこまで追っかけて来るとはこら素晴らしい商売根性だこと。けどそいつらは俺たちのもんだ、痛い目に会いたくなきゃさっさと消えな」
「うーん……それがそうもいかないんですよね。僕らこの兎人族を助けるって約束したんで、痛い目見たくなければ国へ帰って下さい」
普通の人間であれば物怖じするであろうに、ハジメはまるで近所のおばちゃんと世間話をするように会話をこなす。後ろのハウリア族など怯えて会話もまともに出来そうにないのに、だ。これには帝国兵の小隊長もハジメに違和感を覚えるがすぐ後ろにいるユエとレイシアの存在に気づくと再びニタニタといやらしい笑みを浮かべる。
「……なるほどな。別嬪の嬢ちゃんがいるから見栄張りたくなっちまったのか、男として気持ちは分からんでもないが見栄を張る相手を間違えたな。お前とそこの男をボコボコにして身動き取れないようにしたら目の前であの嬢ちゃんたちを犯してやるよ!」
「ええっと……僕も気が長い方じゃないんで……」
ホルスターからドンナーを抜いて適当な岩に向けて放つ。炸裂音と共に五メートルはある巨大な岩が砕け散った。
その様子を見て口をあんぐりと開ける小隊長。後ろに控えている帝国兵も全員唖然としている。
「……で、もう一度だけ言いますね? 国へ帰ってくれませんか?」
「な、なな……くっ、やっちまえテメェら!!」
「はあ……シア、子供たちには見えないようにしておいてね」
「殺していいか? 殺すよな? 殺すぜ?」
「うーん……まあ、ギルティでいいでしょ」
「よし殺す」
ライセン大峡谷を出たことで魔法が使えるようなったことで、先程の小隊長の物言いに不快感を隠そうともしないユエとレイシアの両者がそれぞれ片手を上げようとするが、それをハジメとシュウが止める。自分たちに任せろと言う意味らしい。どうやらハジメもシュウも顔には出さないでいたが、自分の大切な人に下卑た目線を向けられて怒り心頭だったようだ。
「やれぇテメェら!! 半殺しにして押さえつゲエッ!!」
「ばいばい小隊長さん。一人じゃ寂しいと思うからお仲間さんもすぐに送ってあげるね」
「その汚ぇ目ん玉と口を焼いてから殺してやる。安心しろよ、殺す時は一瞬だ」
小隊長の首から上が吹き飛び、虐殺が始まった。ハジメはドンナー・シュラークで帝国兵の頭を吹き飛ばしていき、シュウは器用に帝国兵の目と口を焼き潰してから首を蹴り飛ばす。
突撃していたメンバーはいつの間にか頭部を失っており、魔法を放とうとした者たちは口を焼かれ次に目を焼かれ、気がつけば首の骨がへし折れていた。勢い余ってちぎれ飛ぶ者もいた。
一分もしないうちに三十人いた帝国兵は残り一人となってしまった。残った帝国兵は先程までの獲物を『狩る側』だった表情をから一変、怯えきった『狩られる側』の顔になっていた。身体中を震えさせて情けなく地べたに蹲る。恐怖で失禁してしまったようで股間の部分だけ水に濡れていた。
「人間相手なら『纏雷』はいらないね。魔物の時も思ったけどあれオーバーキルだったよ」
「俺も魔法だけでいいな。それだけで十分だ。で、だ」
「ひ、ひぃいい!!? た、頼む! ころっ、こここここ殺さないでくれ!! たのむ! 金でも帝国の情報でもなんでもやる! だからっ!?」
「そうだなぁ……じゃあさ、他にも兎人族はいたよね? その人たちはどうしたの?」
シアは百人はいたと言っていたがこの場にいるのは四十人程度、であれば帝国兵に捕まり奴隷なったはずだが……そんな大人数の兎人族を数日で移送しきれるはずがない。近くにいるなら助けれるが、既に移送済みならカムたちには悪いが諦める。
「は……話せば見逃してくれるのか?」
「おいおい。質問を質問で返してんじゃねぇよ。それを決められる立場でもねぇだろテメェはよぉ」
「ひいっ!? わ、分かった! 話すから!!? 捕まえた兎人族は多分もう移送済みだ! に、人数は絞ったから……」
後半になるにつれて段々としりすぼみしていく男の声を聞いて、シアは口元を手で覆う。『人数を絞る』、つまりは売れそうな者だけ移送して、他の兎人族は皆殺しにしたということだ。カムたちも目を見開き悲痛そうな表情を浮かべる。
「下衆野郎共が……もっと苦しませるべきだったか?」
「……いいよ、もう死んでるんだから。じゃあ貴方もいきましょうか」
「ま、待ってくれ!! 何でも話す!? 許してくれ! 頼む!? 助けてくれよぉ!!?」
銃口を突きつけられ、これから自分がどんな目にあうのか察した男は涙を流して命乞いする。が──
「……そう言った兎人族をあなたたちは助けましたか?」
「ひ──」
乾いた銃声が答えだった。
ユエ「忘れてはいけない、撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけ……つまりはそういうこと。貴方たちも、それは理解してる……?
次回、ありふれた親友
『亜人族の敵意、ラース、マックス、フレグランス?』
熱き闘志に、チャージ……イン……!」
帝国兵は殺すかどうか迷いましたが逃がしそうにないなぁと思ったので殺しました。ごめんね