【フェアベルゲン】から締め出されたハジメたちは大樹に近づけるところまで行けた場所を拠点として一息ついた。
そして四十名程のハウリア族を見渡しこれからの方針を話した。
というのも、これからハウリア族は自分たちの力だけでこの【ハルツィナ樹海】を生き抜いていかないといけない。ハジメたちの旅に参加するには人数が多すぎるし、何よりトラブルが絶えないだろう。いくらハジメでも面倒を見切れない。カムたちにもその事を話したが、彼らもそこまで面倒を見てもらうつもりは無かったらしく「私たちはここで暮らしていきます」、と言っていた。
しかし戦闘面においてはからっきしのハウリア族、この樹海で生きていくには力が足りなすぎる。そこでハジメはハウリア族を鍛え上げることにした。どっちみち大樹の下へ行けるようになるまで十日間はあるのだ、だったら樹海で生きていける程度の強さになるまで強くしてあげる、それがハジメたちが出来る精一杯の優しさだ。
ハウリア族は喜んで頷いた。力が無かったから家族を殺され、連れ去られてのだ。そんな無力な自分たちでも強くなれるというのなら、乗らない話はない。早速その日から訓練は開始された。
そして現在──
「…………」
「あ、あのぉ……ハジメ殿?」
ハウリア族は腕を組み仁王立ちするハジメの前で正座していた。心做しかうさ耳がビクついてきる。
ハジメは震えるハウリア族を見下ろしながら低い声で話し始めた。
「…………虫や、草木が、野花が大事だって言うのは分かる。自然を愛する亜人族なら当然だろうしね……」
「は、はい」
「けどさあ、それは戦闘中にまで気にすることなのかなぁああ??」
そう、このハウリア族は、戦闘中にも関わらず虫や花を踏まないように立ち回っていたのだ。やたらと無意味なタイミングで歩幅を変えたりジャンプをしたりとすることがあり、それが気になったハジメが聞いてみればこの始末、というわけだ。
こちらは善意で、しかもハウリア族の熱意もあって鍛えているのにふざけているのか? と言いたくなるところではあるが、なんとこのハウリア族、大真面目であった。自然を愛するにしても愛しすぎでは無いかと思う。
ハジメは溜息をついて頭をガシガシと掻いた。
「はあ……そんなんで身内同士の争いが起こった時どうしてたんだよ……いくら仲良くても喧嘩くらいするでしょ……」
「そういう時はですね、互いの尻尾のキューティクル具合で勝負をつけるのです! モフモフでつやつやな方が勝ち!」
するといきなりカムと隣にいたオッサンが立ち上がりズボンを下げてケツを、もとい尻尾をハジメに向ける。
突然の奇行にギョッと驚くハジメ。そんなハジメを後目に「キューティクル! キューティクル!」と言いながらケツを、もとい尻尾を突き出してくるカムたち。
「うわあああ!!!」
地獄絵図である。
シュウの一喝により落ち着きを取り戻したハジメはハウリア族に改めて自分たちが強くなることの意味を教えた。
意味はただ一つ、『家族を守る』。ただそれだけだ。
「このままだと、貴方たちは強くなったとしてもいつか家族を殺します。その優しさでね」
その言葉に顔を俯かせるハウリア族の面々。どうやらまだ分かっていないようだ。
「……分かった。これから五日間、貴方たちに武器と最低限の回復薬だけ与えて僕らはここから離れます。その間、生き残ることが出来たら貴方たちを鍛えることにしましょう」
「は……? は、ハジメ殿!? 冗談でしょう!?」
『宝物庫』から人数分のナイフと神水の出涸らしを更に薄めた『超劣化版神水』を五本取り出す。カムの言葉を聞いて、ハジメは目付きを鋭くして睨みつける。「ひっ」、と小さく悲鳴がチラホラと上がるが無視して話を続ける。
「貴方たちのその甘ったれた考えを矯正するのにはこれが一番手っ取り早い」
そう言って一緒に『アルファジェネラル』を取り出して乗り込むハジメ。シュウたちも合わせるように乗り込み、それを確認したあとハジメはアクセルを踏む。
「あ、そうだ。監視はしているので、
慌ててカムが呼び止めようとするがその言葉は届かなかった。
ハジメたちが去ってから呆然としていたハウリア族だったが、後方からバキバキと気を踏み鳴らす音が聞こえ慌てふためく。
「み! 皆! 一先ず武器を持ちましょう!!」
シアの声にハッ、となり一斉にハジメが置いていったナイフを手に取る。音はどんどん近づいて来ており、やがて姿を現した。
それはシアがハジメたちと出会う時に追われていた、双頭のティラノサウルス、ダイヘドアだった。
「「ギャオオオオオオオ!!!!」」
「だっ、ダイヘドアだあー!」
「何故こんな所に!? 逃げろ! 逃げるんだ!!」
ダイヘドアは大峡谷に生息する魔物だ。ここハルツィナ樹海に居ていい魔物ではない。餌を目の前にしてずっとお預けをくらっていた犬のようにダラダラとヨダレを垂らすダイヘドアに、恐怖を持たない者はいなかった。
幸いハウリア族は隠密に長けているので、その場はなんとか逃げ出すことが出来た。
……が、この状況が三日も続くとハウリア族の精神は大峡谷にいた時と同じようになってしまう。特に子供たちはその兆候が顕著だ。恐怖心から震えが止まらない子や多弁症になる子、気絶してまう子まで出てきた。
そんな中、一人だけ正気を保っていた少年がいた。その子の名前はパル、ハジメに懐いていた子供たちの中でも特に羨望の眼差しが強かった最年長の少年だ。
パル少年の頭の中では、ハジメの言葉が何度も繰り返し再生されていた。
「……お母さん」
「なぁに、パル」
最愛の母の手を握り振り絞るように声を出す。
「……僕、死ぬよ」
「……え? あ、な、何言ってるの!?」
母親の声にハウリア族全員が視線を向ける。母親はパルの肩を掴みガクガク前後に揺さぶっていた。
「馬鹿なこと言わないで!? 貴方まで死んじゃったら、私はどうすればいいの!?」
最愛の夫は自分たちを逃がすために捕まり、殺された。この子だけはどうにか守らねば、そう思っていたはずなのに息子は『自分が死ぬ』、と言う。気でも狂ったのか、そうとしか考えられない。様子がおかしいことに気づいた大人たちが割って入り、パルに言葉の真意を聞くことにした。
「パル……どうしてそんなことを言ったんだ?」
「……だって、ハジメ兄ちゃんは僕たちの中から誰か一人でも死んだら助けてくれるって言ってたから。僕はみんなよりお兄ちゃんだから……僕が死んでみんなとお母さんが助かるなら、僕が……」
パン!と乾いた平手打ちが樹海に響いた。母親が怒りに息を震わせながら右手を振り抜いているのを見て、パルは自分が叩かれたことを理解する。叩かれた頬が熱を持ち始め、じんわり痛みを感じる。
パルが呆然としていると、母親は息を荒らげて怒鳴った。
「馬鹿なこと言うんじゃないわよ!! パルが死ぬくらいなら私が死ぬわ!!」
大粒の涙が零れる。悲しみからではない、怒りから溢れる涙だ。自分の子供にそんなことを言わせてしまったという自分に対しての怒りで涙を流しているのだ。
パルを抱きしめて嗚咽を漏らし、つっかえながら母親は謝った。
「ごめんね……! あなたにそんなことを言わせてしまって……ごめんね……!」
「おかあ、さん……」
「あなたは死ななくていいの。あなただけじゃない、みんな死ぬ必要なんてないの……あと二日生き延びればいいのだから……何も心配しなくていいわ……!」
「おかあさん……お母さん……! お母さん……!! ごめんなさい……!!」
お互いに涙を流しながら謝り合う親子を見て、カムは自分の無力さを嘆き、そして弱さを憤った。
(なんと情けない……!! 母親と子供を泣かせて、あまつさえ子供にあんなことを言わせて……何が族長だ! 何が大人だ!!)
自然とナイフを握りしめる手が強くなり、手のひらの皮が裂けて血が流れる。
「父様! 手から血がっ!?」
「……いいんだシア。聞いてくれみんな!」
手当しようとするシアを制してハウリア族に声をかける。何事だ、と皆カムの言葉に耳を傾けている。
カムは大きく深呼吸した後、話し始めた。
「パルに……子供にあんなことを言わせてしまって、私の心はもう張り裂けそうなくらい痛む……! 子供を殺して助かりたいか皆……? いいわけないだろう!! 我々大人がやらなくてどうする!?」
普段の温厚な姿からは想像も出来ぬ程の怒声、それは周りに向けてという意味だけでなく、自分に向けて言っているようだった。
カムの言葉に感化され、一人、また一人と武器を持って立ち上がる。その目は恐怖に怯える者の目ではなく、恐怖に立ち向かう者の目をしていた。
「ギャオオオオ!!!」
そしてタイミングがいいのか悪いのか、ダイヘドアが姿を現した。咆哮に体を竦ませるが先程の言葉を思い出し、自らを鼓舞する。
「一箇所に固まるな! 散開するんだ!! 戦えない者は子供を連れて下がっていなさい!!」
カムの指示は的確なものだった。そしてそれを即行動に移せるハウリア族も凄まじい。
二十人程のハウリア族が四人一組で別れ、ダイヘドアを囲む。
ダイヘドアは困惑していた。無理もない、獲物だと思っていた相手が、突然『敵』に豹変したのだ。二つの頭は忙しなくキョロキョロと動いている。
そしてカムがダイヘドアの体を注視すると、右の横腹の方に火傷痕があるのが見えた。
「右側から攻めるんだ!! かかれぇー!!!」
カムの号令により、ハウリア族が飛びかかった。
アルファを走らせながらミラーに映るレイシアが浮かない顔をしているのに気づき、声をかける。
「不安か、レイシア」
「ええ……ねえシュウ、今からでもみんなの所に……」
「ダメだよ」
平坦な声、しかし明確な拒否の言葉にレイシアは悲痛そうに顔を俯かせる。なにもハジメは意地悪でハウリア族を置いていったのではない。人というのは窮地に追い詰められると本来の実力以上の力を引き出すことが出来る。所謂『火事場の馬鹿力』、というやつだ。
ハジメはそれを狙ったのだ。平和な暮らしを送ってきたハウリア族を『戦士』にするのに一番手っ取り早いのがこの方法だった。実際に、程度の差はあれどハジメとシュウも似たような経験を経て強さを手に入れている。
一人でも死んだら助けに行く、というのもやる気……もしくは戦う意志を引き出させるためだ。これにより、家族を大事に思うハウリア族はいやでも戦うことになる。
それが分かっているからこそ、レイシアの顔は悲しさで溢れているのだ。
そんなレイシアの頭を抱き寄せて優しく撫で、ユエは自身の胸に顔を埋めさせる。今はユエの優しさに甘えることにしたようだ。
「せめてダイヘドアくらいは倒せるようになってもらわないとね。そのためにわざわざシュウに連れてきてもらったんだし」
「いきなり峡谷戻ってダイヘドアぶっ飛ばしてくれって言われた時は流石にフリーズしたけどな」
そう、樹海にいるはずのないダイヘドアが何故居たのかというのもハジメが仕組んだものだった。
シュウに峡谷まで行ってもらい、ダイヘドアを気絶させて運んで貰ったのだ。シュウはこの中で唯一飛行能力を持っているので敵に見つかる恐れがないことと、一人で行動できるのであればパーティの中で一番速い。実際、樹海から峡谷まで行き戻ってくるのに15分もかかっていない。どれだけの速さだったのか、マッハを超えてそうだ。
ともかく、これからこの樹海で生きるには最低でもダイヘドアクラスを討伐できるようにならなければ無理だろうとハジメは判断した。
「まあ五日なんてすぐさ。彼らを信じよう」
そして五日後、ハジメたちがハウリア族の元へ戻るとそこには……。
「ハジメ殿! ご無沙汰しております!」
「か、カムさん……なのかな……?」
「ええ! カムです! 魔物と戦い続けていたらいつの間にかこんなに鍛え上げられたようでしてな! ハッハッハ!」
「おおう……」
マッチョになったハウリア族がいた。
男性陣は腹筋が見事に六つに割れており、はち切れんばかりの大胸筋を惜しげも無く晒している。繋がる上腕二頭筋も見事なものでその太さからは雄々しさも感じられまるで大樹の幹のようだった。
女性陣は男性ほどムキムキではないが、それでも鍛えられているのが見てわかる。
予想以上の成長を遂げたハウリア族の変貌に驚いているとカムがハジメの前に立ち、頭を下げた。
「私たちがここまで強くなれたのもハジメ殿のおかげです。ありがとうございました……」
「いや、いやいや。勘違いしないで下さい。僕はきっかけを与えただけであって、貴方たちが強くなったのは貴方たちの力です。それは誇っていい」
見たところ、全員無事のようだ。つまり誰も死なせなかったのだ。あの弱小と呼ばれたハウリア族が子供を守り抜いたのだ。これを誇らずに何を誇るというのか。
素直に褒められたことに驚いたのか、カムは目を点にしたあと気の抜けた笑いを上げた。
「ははは……私たちが強くなれたのは子供たちのおかげですよ」
「子供たちの?」
どういう事だ? と首を傾げるハジメにカムは肯定する。
「ええ。私たちは三日間、魔物から逃げることしか出来ませんでした……日が経つにつれ峡谷の時のように精神を病むものも増えてきて、それは子供も例外ではありませんでした……そんな中、パルがこんなことを言ったのです、『僕が死ぬ』と」
「……パルが、ね」
誰か一人でも死ねば助けに行く、死に方に指定は無いので、自殺でも構わないのだ。つまりは家族のために自刃する者も出てくるかもしれない。ハジメ自身もその可能性に気づいていたが、あえて止めなかった。恐怖に怯え、立ち向かう者と逃げる者、選別するには手っ取り早いからだ。
まさか子供が言い出すとは流石のハジメも想定していなかったが。
「それで私たちは目が覚めました。子供にそんなことを言わせてしまうほど追い詰めていたことに……子供を守らずして何が大人か、ハジメ殿。私たちが強くなれたのは、子供たちのおかげなのです」
「……なるほど。でも、五日間生き抜くことは出来たし……残り五日、僕らが更に鍛えます」
「そのことなのですがハジメ殿、一つお願いがありまして……」
「なんですか?」
肯定の言葉が返ってくると思っていたハジメは肩透かしをくらう。カムは言っていいものか悪いものか逡巡していたが、意を決したのか大きく深呼吸してハジメと目を合わせた。
「子供たちの訓練は、私たちより軽いものにして欲しいのです」
「……理由を聞いても?」
「はい。と言っても深い意味はありません。子供たちが戦うのはまだ早すぎる、それに子供たちが戦わなくても済むよう、その分私たち大人が強くなればいいだけの話です」
「うーん……そうですね、でも最低限自分の身を守れる程度には鍛えさせてもらいますよ?」
「それは勿論分かっております」
理解して貰えたことに安堵し、ホッと息を吐くカム。よく見れば周りのハウリア族も似たような顔をしている。
(これくらい普通に許すんだけどなぁ……)
いつの間にか周りから鬼畜と認識されていたハジメは、ちょっぴり泣いた。
ハジメ「困難を乗り越えたハウリア族、よし、これから訓練を始めようか。なに、安心していいよ。かるーく相手するだけだからね……そう、かるーくね……
次回、ありふれた親友
『地獄訓練! メルヘン、ヘルヘン、エンプレス!』
熱き闘志に、チャージイン!!」