樹海の深部、大樹付近では獣のような悲鳴が響いていた。
熊人族最大の一族であるバントン族、その次期族長と言われているレギン・バントンは自分の目を疑った。なんせ亜人族最弱と言われていたハウリア族に一方的にやられているからだ。
何故こんなことになったのか、レギンはここに至るまでの経緯を思い返す。
事の発端は族長であるジン・バントンが人族の子供に負けたという凶報から始まった。
初めは何かの間違いだと思っていた、しかし長老たちから話されるのは「南雲ハジメ一行とハウリア族には手だし無用」との言葉。これにレギンを含む若い衆は憤りを覚えずにはいられなかった。
狂信にも近いほど敬愛していたジンの恨みを晴らすべく、五十人ほどの熊人族が集まった。
ハジメたちが大樹の下へ行くことを目的としているのは既に割れている。ならば目的を目の前にしてその体を八つ裂きにしてくれる、とギレンら熊人族は意気込んでいた。
が、蓋を開けてみればこの結果である。
奇襲をかけようとしたはずが逆に奇襲をかけられてしまう始末、為す術なく蹂躙されてしまった。
そして、ギレンの眼前にはナイフの切っ先が突きつけられ、見上げればハウリア族の族長がこちらを睨み、見下ろしていた。
「……フェアベルゲンの誓約があったはずだが? これは……誓約を破ったと思って構わないな?」
「ちがう! これは我らの独断だ! フェアベルゲンは関係ない!」
「阿呆が。それはフェアベルゲンが決めた誓約を破って独断で我らを襲ったと言っているではないか」
「ぬぐっ!」
話せば話すほど墓穴を掘ることに気付き口を噤む。チラ、と辺りを見渡す。誰一人として死人はいないが、気絶していたり健を切られていたりと動けない者しかおらず、全員戦闘不能の状態だ。
「どう? 負けるはずがないと思っていた相手にやられるのは、中々いい気分でしょ?」
霧の奥からハジメが現れ、次いでシュウたちも姿を見せる。四人はつまらないものを見るようにレギンを見下ろす。
「貴様はっ! そうか……貴様らの仕業か……!」
「やめてよその言い方、まるで僕らが先に仕掛けようとしたみたいな言い方じゃんか。責任転嫁はよしてよ」
「だがハウリアの異常な強さ、貴様の仕業だろう!!」
「確かに手伝いはしたけど……彼らがここまで強くなれたのは彼ら自身の力だよ。彼らが諦めなかった結果、こうなったんだ」
「なあどんな気持ちだ? 虐げる側だったはずがいつの間にか立場が逆転してるってのはどんな気持ちなんだ? なあ? なあ?」
「シュウ、顔が下種いかしら……」
NDK? NDK? と煽り散らすシュウの顔は右目を細め、左目を見開き、鼻と鼻がくっつきそうな距離でニタニタと笑っている。これは腹立つ。格ゲーでハジメをハメ殺した時も同じ顔をしていた。その事を思い出し少しイラついたハジメはシュウの頭を軽く叩く。
「いて」
「馬鹿なことしてないでほら、行くよ。ああそうだ」
ハウリア族に案内をするよう目配せし、前に進めさせる。そしてわざとらしく、今思い出した風にレギンの耳元に口を近づけ一言。
「君らをここで殺さない代わりに、貸一つ。長老たちに伝えてね」
「なっ!?」
「本来なら皆殺しのところを誰一人として殺さないであげたんだ。貸一つで済んで儲けもんと思うべきじゃないかな?」
その貸一つがどれだけ重いものなのか分からないレギンではない。フェアベルゲン側から一方的に絶縁する形となったのに追っかけられて襲撃をくらいそうになったのだ、この『貸し』はとんでもなく重い。
表情を歪め、冷や汗を垂らしながらゆっくりと頷いた。
「うん、じゃあちゃんと伝えてね。もし次会った時に忘れてたりしたら……」
ホルダーから素早い動作で二丁の拳銃を抜き引き金を引く。弾丸はレギンの耳を掠めて地面を穿った。
「その時がフェアベルゲンの最後だと思うんだね」
絶対零度の言葉に、ただただ頷くことしか出来なかった。
ー
霧の中へ去って行くレギンたちを見送り伸びをするハジメの服の裾をユエが掴む。
「どうしたのユエ?」
「返してよかったの?」
こてり、首を傾げる。いちいち動きがあざといなと思いつつ胸のトキメキは隠せない。咳払いをして甘酸っぱい雰囲気を霧散させる。
「こほんっ、いいんだよ。下手に殺しても面倒なだけだしね。それに……カムさんたちが不殺にしたんだ。僕らがその気持ちを踏みにじるなんて出来るわけないでしょ」
「ん……えらいえらい」
「また子供扱いして」
しかし撫でる手を拒んだりはしないあたり満更でもないようだ。嫉妬したシュウがどうにかユエを引き剥がそうとるがこの吸血鬼、ハジメ関連になると筋力のステータスがシュウを超える。愛の力は偉大なり。
馬鹿なことをしているうちに一行は大樹の麓に辿り着いた。しかし、そこにはフェアベルゲンで見たような立派な樹の姿はなく、枯れ果てた大樹だけがあった。
「なんだこりゃ……」
想像していた図とかけ離れた大樹を見て口をあんぐりと開けるシュウ。他の三人も似たりよったりな顔をしていた。大樹についてハジメたちよりは詳しいカムが補足に入る。
「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし枯れたまま変化なく、ずっとあるのでいつしか神聖視されるようになりました。言うなれば観光名所のようなものですね」
「観光名所ねぇ。ん? これは……」
「オルクスの扉と同じ文様だね」
説明を聞きながら大樹の根元に歩み寄ると、オルクスの部屋の扉に刻まれていた文様と同じものが刻まれた石版があった。よく見てみると何かを当てはめるような窪みがある。
「もしかして……ハジメさん。オスカーさんの指輪を入れるんじゃないかしら?」
「うん、丁度試そうと思ってたところ」
窪みに指輪がカチリ、とレイシアとハジメの予想通りハマった。すると石版が淡く輝き出すではないか。光量はどんどん強くなっていき、石版を包み込むとやがて収まっていく。
「一体なんなんだ……」
「ん……文字?」
光が収まると、石版には先程まで無かった文字が浮かび上がっていた。
「『四つの証、再生の力、紡がれた絆の道標、全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』……これは、あれだね」
「最終ダンジョンに挑戦するにはまだバッジが足りないってか、よく出来てるぜホント」
「しょうがないよ。他の迷宮から攻略していこう」
様々なトラブルを乗り越えてようやっとここまでやって来たと言うのに門前払いを食らう羽目になってしまうとは、気落ちするのも無理はない。
ハウリア族に視線を向ける。話を聞いていたのだろう。ハジメたちが樹海から去ることに思うところがあるようだ。
「今言ったけど、僕たちは他の大迷宮から攻略することにします。貴方たちは僕らを大樹の下まで案内する約束は果たし、僕らは貴方たちを守るという約束を果たした。今のハウリア族ならフェアベルゲンの庇護が無くてもこの樹海で生き抜いていけるはずです」
「あの……ハジメさん……」
家族と別れてハジメたちの旅に同行することを、シアはまだ話していなかった。ハジメは頷き目線で促す。『別れの挨拶をするなら今のうちだよ』、と言わんばかりに。
ハジメに後押しされて決心がついたようで、シアは一歩前に出た。
「父様、私は、ハジメさんの旅について行こうと思います」
「……本気なのか?」
「本気です」
前までのシアだったら不安に揺れ動いていただろう。しかし、今のシアは違う。迫り来る理不尽や困難を乗り越えて生き延びたシアの瞳は強く、そして自信に満ち溢れていた。
その瞳を見て満足したのだろう。カムは朗らかな笑みを浮かべて「うんうん」と頷き、シアの頭を優しく撫でた。
「大きくなったな、シア……私はシアが成長して嬉しく思うよ……ちょっぴり寂しくもあるがな」
「父様……どうざばぁ〜〜!!!」
抑えていた涙腺が崩壊し、滝のように涙が零れる。16年間、忌み子だと分かった上でシアの事を育て上げてくれたこと、忌み子だとバレて里を追われても一族全員で逃げてくれたこと、忌み子の自分を愛してくれたこと、感謝してもしきれない。
最愛の家族と別れ旅に出ることが、寂しいわけが無い。旅の途中で思い出すこともあるだろう。いつまでも甘えてはいられない。
けど、
今だけは、甘えてもいいだろう。
ー
「ハジメ殿、私からも一つお願いがあるのですが……」
「なんですか?」
シアと抱擁を交わしたあと、カムはハジメに向き直り口を開いた。
「次に樹海に来た時、私たちを貴方の部下として使って貰えないでしょうか?」
「部下? 約束の対価ならもう貰ってるけど?」
ハジメの言葉に首を横に振り否定する。
「いえ、あれしきのことで恩を返せたとは思っておりません。私たちはそれなりに強くなりました。そこで話し合った結果、貴方の部下として使ってもらうことが恩返しに繋がると考えました」
「いいんじゃねーの? 戦力増えて悪いことじゃねーだろ」
「いやまあカムさんたちがいいならいいんだけどさ……でも意外だね、『私たちも旅に同行させて下さい!』とか言うと思ってたよ」
「ご冗談を、私たちが旅に同行するにはまだまだ実力が足りておりません。それにこんな大集団で街へ向かうことなど出来ませんしな」
カムたちは強くなった。が、それはあくまで亜人族の中で、と言った意味だ。解放者が残した大迷宮に挑むにはまだまだ力不足である。その事が分かっているからこそ、カムたちはこの樹海で自らを鍛えることに決めたのだ。
「そういうことなら、次会う時を楽しみにしてようかな」
「ええ。ハウリア族一同、精一杯鍛錬を積んで起きます」
固い握手を交わし、ハウリア族に見守られながらハジメたちは【ハルツィナ樹海】を後にした。
ー
ハウリア族と別れ、【ライセン大峡谷】を目指すハジメたち。車内ではシアが自分の首に付けられた首輪に不平不満を漏らしていた。ハジメは苦笑してシアを宥める。
「我慢してよシア。シアみたいに可愛い子が奴隷じゃないと知られたら必ず面倒なことになるからさ、その予防処置として、ね?」
「……ハジメさんは卑怯ですぅ」
「ん。同感」
「えぇー……」
惚れた弱みと言うやつだろう。想い人から笑顔でお願いされては文句を云う訳にはいかない。『可愛い』と言われたことに頬が緩みそうになる一方、納得していても奴隷扱いを受けるのに抵抗があるシアは喜び半分哀しみ半分と百面相していた。
ユエも心当たりがあるのだろう。しみじみと頷いている。
「にしてもまともなメシっていつぶりだ? このさいお茶漬けでも涙が出るくらい嬉しいぜ。ただ金がないってのがなぁ……」
「ブルックっていう街にいくのだったかしら? 魔物を解体した素材もあることだし、お金には困らなそうかしら」
「冒険者ギルド……異世界あるあるだね」
ブルックの街はライセン大峡谷に近いということで王都やホルアド程では無いがそれなりに栄えていると聞いた。ギルドに行くのなら折角だし冒険者にもなってみたい、そう考えていたハジメだった。
「……このメンツでギルドに行っても大丈夫なのかしら……?」
「なんか言ったかレイシア?」
ボソリと呟くレイシアの言葉にシュウが反応したが、レイシアは曖昧に笑って誤魔化した。
「なんでもないかしら。多分大丈夫よね……」
それはフラグだぞ、レイシア。
ハジメ「シアを仲間に迎え入れて、ついに来たぞ冒険者ギルド。……ってちょっと待って?またトラブルなの?僕ら迷宮に挑む準備しに来ただけなんだけど?
次回ありふれた親友
『おいでませブルックの町! ダーク、パーク、バークアウト!』
熱き闘志に、チャージイン!」
また来年