装備も食料も揃えたハジメたち一行は大迷宮を攻略するために【ライセン大峡谷】 を駆け回っていた。そして大迷宮を探すこと丸一日、ついにそれらしき場所を発見した。
発見したのだが……
「…………ハジメ」
「……うん、分かってる。シュウが言いたいこと全部分かるよ」
五人の視線の先には壁を直接削り作られた看板があった。そこには──
『おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』
と、殺伐とした大迷宮には似合わない女性特有の可愛らしい丸っこい字で書かれていた。
「ミレディ……ということは、本物?」
「それにしても無駄に装飾がこってるかしら。暇だったのかしら?」
「ほえ〜、大迷宮ってみんなこんな感じなんですかね?」
初めて訪れる大迷宮がこれでシアがのほほんと疑問を口に出すが、四人は同じタイミングで首を横に振り否定した。まるで打ち合わせでもしてたように完璧だった。それほど【オルクス大迷宮】は厳しかったということだろう。
こんな発見の仕方、誰が想像出来ようか。オルクス大迷宮で感じた緊張感との余りの差にハジメのテンションはダダ下がりだ。気まずい沈黙の中、ハジメが口を開く。
「……えっと、じゃあ、その……行こうか」
「お、おう」
こうして迷宮攻略は静かに始まった。
谷底より遥かに強力な魔力分解作用が働いているここ【ライセン大迷宮】では魔法が扱えない。魔法のエキスパートであるユエとレイシアであっても上級以上の魔法は発動できず、中級以下でも射程、威力共に著しく低下している。
また、魔力を貯蔵しておける魔晶石の減りもバカには出来ない。魔法を使う時は考えて使わなければ直ぐに魔力切れで倒れてしまうだろう。
分解作用に苦しめられているのはユエとレイシアだけではない。
「ちっ」
「うーん……」
自身の掌の上で燃える炎を見て忌々しげに舌打ちするシュウと、両手に持つドンナー・シュラークの赤いスパークを物足りなさそうに見つめるハジメ。
シュウは自身の炎魔法を封じられているせいで体力、気力を消費する『死ぬ気の炎』を使うことを強いられている。まだまだ余力は有るが、シュウが完全に『死ぬ気の炎』を制御しきれていないこともあり、ペース配分を間違えればお陀仏なので慎重にならざるを得ない。
またハジメも銃火器類に必須な『纏雷』を初めとした体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法も制限をかけられている状態だ。
よってこの場で何も影響を受けないのはシアただ一人となる。
シアだけがこの迷宮で全力を出せる。だから君を頼りにしてるよ、とハジメが伝えたところ。
「まっかせてください! ハジメさんのお役に立てるよう! 気合い!! 入れて!! 行きます!!」
「なんでそのネタ知ってんだよ……」
「ほえ?」
【オルクス大迷宮】とは違い、階段や扉が多いこの迷宮はある意味迷宮らしいと言える場所だ。なにも目印がなければすぐに迷ってしまうだろう。
マーキングとして壁に傷跡を付けてマッピングも細かくすることにした。
発光する壁を物珍しげに見ながら歩いているとハジメの足元から『ガコン』、と何かが外れる音がした。
「え?」
すると壁から丸のこのような刃が飛び出てきたかと思えば、高速回転し始めたでは無いか。刃がその場で留まる訳もなく、こちらへ迫ってきた。
「──回避っ!!」
「うおおおっ!?」
マトリックスばりに体を逸らして避けるハジメと地べたに伏せて回避するユエとシア、後方にいたレイシアとシュウも同じように回避する。
通り過ぎって行った刃を見て冷や汗を流しながら話す。
「完全な物理トラップ……これじゃ魔眼石でも感知できないね」
「俺の『超直感』が反応してたのはこれだったのか……ハジメ、俺が戦闘を歩く。この調子じゃ魔法トラップの類は少ないだろ」
ハジメがトラップに引っかかってしまったのは魔眼石を過信していたからだ。魔眼石ならば魔法トラップを見極められる、【オルクス大迷宮】では魔法トラップが主だったこともあり、トラップはないと思い込んでいたのだ。
「し、死ぬかと思いました〜……けど、ハジメさんとシュウさんならあのくらい受け止められたんじゃないですか?」
「うーん……そうもいかないんだよね。今の僕は『金剛』が使えないし、シュウも『身体強化』だけじゃ受け止めきれないだろうし」
「よしんば受け止められたとしてもそのまま勢いに押されて吹っ飛ばされるのがオチだろうな」
「しょ、しょんなあ〜……」
しょんぼりとうさ耳をへたらせるシア。ハジメは困ったように笑いながらシアの頭に手を当てる。
「さっきも言ったけど、この大迷宮じゃ『身体強化』特化のシアが一番頼りになるんだ。勿論僕達も頑張るけどここぞと言う時は頼んだよ、シア」
「頼り……私が……はい!! 頑張りますぅ!」
頭を撫でられ頼りにしてると言われテンションが上がったようで、シアのうさ耳は絶好調と言わんばかりにピコピコと揺れている。
その後ろでユエはジト目を向けていたとか。後にレイシアが苦笑しながら教えてくれた。
あれから暫く進んだが、未だに魔物は出てこない。代わりにトラップと思わしきものは幾つか見つかった。
先頭を歩いていたシュウが足を止める。
「どうしたのかしら?」
「……この先、嫌な予感しかしねぇ」
「……どういうこと?」
「『超直感』が足場全面に反応してんだよ。なんだこれ」
今まではトラップがあるで『あろう』場所に反応していたのだが、今は足の踏み場がない程反応しているようだ。恐る恐るシュウが足を踏み出してみれば『ガコン』と聞き覚えのある音が響く。
「……どうやらミレディとかいう野郎はとんでもなく性格が悪いらしいな」
ゴゴゴゴと地鳴りのような音が鳴ったあと、階段が引っ込みスロープになった。かなり傾斜のキツい段差だったのでまともに立っていることは出来ず全員地面に手をついてしまう。
が、それすらも許されなかった。地面には無数の小さな穴が空いており、そこからタールのような滑りやすい液体が流れていたのだ。
「こっの!」
「分解作用のせいで上手く錬成できない……! シュウ! 炎使わないでね!」
「使わねぇよこんちくしょう!!」
滑り台のようにスロープを下っていく一行。シュウはレイシアを抱きかかえ、ハジメはユエとシアを抱きかかえて出口らしき穴を睨みつける。
「しっかり掴まってろよレイシア!」
「ユエ! シア! 離さないでね!!」
空中へ投げ出されたハジメたち、ハジメは『瞬光』を発動させ知覚能力を極限まで引き上げる。スローになった世界で逃げ場を探すと横穴が空いていることに気づいた。
義手に魔力を流し、掌からアンカーを射出して天井に突き立てる。そのままターザンの要領で横穴へ体を投げ込んだ。
「うっ!」
「むぅ!」
「ぴょえっ!!」
地面に体を打ち付けたことで三者三葉に呻き声を上げる。
「どおおおらあ!!」
「きゃんっ!」
少し遅れてレイシアを抱えたシュウが横穴へ飛び込んできた。ふわりと冷風が肌を撫ぜる。どうやら氷を足場にして飛んだようだ。
「お前ら、早く行くぞ」
「さあ立つかしら進むかしら」
「ど、どうしたの二人とも?」
レイシアの顔は真っ青でシュウはイラついている。レイシアが女性陣の腕を引っ張って進み始めたのを見て、シュウがハジメにしか聞こえないよう耳打ちした。
「さっき下をちらっと見たんだが、麻痺性の毒を持ったサソリが床一面にびっしりと敷き詰められていた。滅茶苦茶気持ち悪かった」
「あ、ああ……それでレイシアは顔色を悪くしてたんだね……」
「レイシアにあんな思いさせやがって……この迷宮作ったやつは絶対殺す」
「もう死んでるでしょ……成程、怒ってた理由はそれか」
額に灯っている橙色の炎が怒りを表すように荒ぶっている。明鏡止水の心とは何処に。
その後も天井が落ちてきたり大玉が転がってきたりと様々なトラップが襲いかかってきたが、質量で攻めてくるタイプは化け物ステータスの男二人がいるので何とか対処が出来ていた。しかし迷宮が常に変化していてスタート地点に戻されるというトラップには全員額に青筋を浮かべるほど怒っていた。
しかもトラップを凌いだ先には必ずあの石碑があり、そこには丸文字でウザイ文章が書かれていた。
『え!? あれくらいで疲れてんの!?』
『ぷぷぷ〜焦ってんの〜、だっさー!』
『(^Д^)m9』
このしつこさには流石のハジメもイラつきを見せるようになってきたが、流石はゲーム開発者の息子。この程度のイラつき、バグ修正に比べれば軽い軽い。
シュウは額の炎の出力を上げることで無理やり冷静になっていた。それは冷静と言えるのだろうか?
進み続けること数時間、五人はいかにもボス前らしき部屋に辿り着いた。目を凝らしてみると、奥には祭壇らしき囲いとその後ろには荘厳な大扉が佇んでいた。しかし部屋の両脇にはずらりと五十を超える数の騎士甲冑に身を包んだゴーレムが並んでいる。ゲンナリとした顔でハジメはため息をついた。
「絶対動くやつじゃんこれ」
「先に燃やしとくか?」
「いや……これだけの数だし、まともに相手して消耗するのも頂けない。それに魔眼石で見る限り、ゴーレムの核らしき部分も見当たらないし……大丈夫でしょ、多分」
ゴーレムは体内に動力源となる核を持っているとオスカーの手記にも書いてあった。しかしここにいるゴーレムたちからは核の反応が見えない。
「……さっさと通り抜けて、扉の中に入るのが吉」
いつもの無表情でハジメに告げるユエ。そうだね、と頷き五人は通路の中央を走り出した。
中間あたりまで来たところで、最早聞きなれた『ガコン!』という音が部屋全体から聞こえた。同時にゴーレム騎士たちの目に光が灯り、それぞれ武器を構えてハジメたちを取り囲む。
「おいおい、核はないはずじゃなかったのか?」
「そのはずなんだけど……ん? 『感応石』……成程。誰かさんがこのゴーレムを操ってるみたいだね。こいつらは無視して扉の方へ行った方が良さそうだ」
ホルスターから二丁のレールガンを抜き戦闘態勢に入りながらハジメは話す。『鉱物系鑑定』でゴーレムの体を見た時に『感応石』という見なれない鉱石を見つけたのだ。要は『感応石』を組み込んだ物質は遠隔操作が可能になるらしい。
ゴーレムの攻撃を捌きながらなんとか扉の前までやってきた。
「ユエ、どう? 開けそう?」
「……だめ、封印がかけられている」
「任せても?」
「……ん。三分で終わらせる」
「流石、愛してるよユエ!」
「んっ!」
ハジメから愛の言葉を貰ったユエは元気百倍と言わんばかりに表情を輝かせて封印に向き合った。
「ハジメさん、私は私は?」
「ゴーレム倒し続けてくれたら愛してる」
「まっかせてください! 不肖シア! ハジメさんの為なら火の中水の中ゴーレムの中! どこへだって行きますよ〜!!」
『うっさうさにしてやんよ〜!』とドリュッケンを振り回しながらゴーレム群の中へ突っ込んでいくシア。その様子を羨ましそうに見ていたレイシアがシュウの腕を引っ張る。
「……シュウ、私も」
「ダメだ」
ピシャリと言われレイシアは悲観した表情に変わる。ため息をつき、まるで我が子を諭す様に語りかける。
チラリとハジメが二人を見るが、長くなりそうだと判断したのだろう。『やれやれ』と苦笑するとゴーレムに囲まれてあたふたしているシアの元へ駆けて行った。
「いいか、レイシア。お前とユエはこの大迷宮と相性が悪い。だからギリギリまでサポートに留まってもらうって言っただろ?」
「でも……『魂躰同化』なら……」
「バカ、あれこそ切り札だろ。こんな所でおいそれと使っていいもんじゃない」
『魂躰同化』は確かに強力だが、ここでは攻撃を仕掛けるだけで凄まじい魔力を消費することになるだろう。二人分の魔力を使えるといえば聞こえはいいが、その魔力を消費する身体はひとつしかない。つまりはシュウの身体に負担がかかるのだ。
【オルクス大迷宮】の時のヒュドラのようなボスがいると仮定した場合、タンク兼アタッカーのシュウが戦えないのはかなりの痛手になる。
心苦しいが、レイシアには今は大人しくして貰うほかないのだ。
シュウに諭されて「うぅ〜!」と頭を抱えたレイシアだったが、納得したのか頷いてシュウの背中を押した。
「負けないでねシュウ!」
「当たり前だ。カッコ悪いとこ見せられないからな」
そう言ってレイシアに微笑んだ後、ゴーレムに視線を移し掌に炎を灯して噴射する。高速でゴーレムとの距離を詰めると脚甲に炎を纏わせた蹴りをゴーレムの胴体に叩き込んだ。
高熱により融解した鎧は赤黒く変色して飛沫となって散りばめられた。しかしそれでも再生するらしく、逆再生の動画のように飛び散った鎧の破片がゴーレムの元へ集まっていく。
既にハジメとシアが壊したであろう残骸も集まり、残骸はひとつの巨大なゴーレムとなった。恐らくシュウの炎を纏った蹴りや拳を警戒しての合体だろう。優に五メートルを超える巨体がその背丈すらも追い越す大きさの槍を手に持っている。
「試してみるか」
巨大ゴーレムを見ても動じるどころか大胆不敵な笑みを浮かべるシュウ。
両手をクロスさせて目を閉じると額の炎が燃え上がる。身体を引いてゆっくりと左手を後ろに、右手を前に突き出す。
ボウッ、と左手から橙色の炎が噴射される。その出力は飛行する時の比ではなくロケットのように大きかった。
ゴウッ、と今度は右手に橙色の炎が溢れ出すように灯り、輪を描く。左手の炎とは違い、純度が高く赤色が強い炎だ。
「!!」
撃たせてはいけない、そう判断したのだろう。巨大ゴーレムが槍を上段に構え、シュウ目掛けて振り下ろした。
振り下ろされる風圧で周りのゴーレムのボディがひしゃげる。ハジメとシアも動きを止めるほどだ。高層ビルが降ってくるような圧力がシュウに襲いかかる。
「Xバーナー!!」
シュウが叫ぶと同時に、炎が放たれた。
熱、マグマすら凌駕する炎の塊と槍が触れる。
でろりと穂先が溶けたかと思うとあっという間に巨大ゴーレムの身体は炎に飲み込まれる。
燃焼し融解し蒸発し──炎が収まった後には塵一つ残っていなかった。
「……ふう」
ゴーレムが燃やし尽くされたことを確認し、左手の炎を消す。『上手くいった』、シュウの胸中は興奮よりも安堵の方が勝っていた。
シュウはまだXバーナーの出力を制御しきれておらず、先程も全力の七割と言ったくらいしか出せていなかった。
そもそもXバーナー自体発射段階に入れてもそれを放つことは出来なかったので、ヒュドラ戦と今の戦闘を合わせてまだ二回しか撃ったことがない。加えて魔力が使えないこの大迷宮、ぶっつけ本番のような形になってしまったが上手くいってよかったと胸を撫で下ろした。
すると背後から扉が開く音が聞こえた。振り返って見てみればユエがサムズアップしており、レイシアは嬉しそうに手を振っている。どうやら予想よりも早く封印を解いてくれたようだ。
「さぁて、奥で待ってるのはどんな化け物なのか」
嬉しそうに笑みを浮かべながら二人の元へ急いだ。
そして現在。
「ハジメさん」
「なんだいシア?」
「私、すごく見覚えがあるんですけど……」
「奇遇だね、僕もだよ……」
二人の言う通り、自分たちの記憶が正しければここは迷宮の入口にあった最初の部屋だ。ユエとレイシアは困惑しており、シュウは自分の嫌な予感が外れていてくれと願っていた。
そして見計らったかのように部屋の中央から石版がニュっと出てくる。
めちゃくちゃ嫌そうな顔でハジメが石版を覗き込んだ。
『ねぇ今どんな気持ち?』
『苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時ってどんな気持ち?』
『ねぇねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、お姉さんに教えて見なさいよ』
皆にムカつく文字を見せないようにハジメが文章を読み上げているのだが、読み進むにつれてヒクッ、ヒクッと頬が引き攣っている。女性陣は能面のように表情を無くし、シュウは立派に仕事を果たした『超直感』を恨んだ。
『あっ、そうそう。言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します♪』
『いつでも新鮮な気持ちで私の迷宮を楽しんでもらおうという心優しい美少女ミレディちゃんの心遣いです♪』
『嬉しい? 嬉しいよね? あーもう嬉し涙でいっぱいだね! え!? お礼なんていいよぉ! 私が好きでやってるだけだからぁ!』
『そ・れ・と〜……ちなみになんだけど、迷宮は常に変化するのでマッピングは無駄です』
『ん? んんん? え? もしかして、もしかしてなんだけど、ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 四苦八苦しながら作っちゃった? 残念! 無意味です!! (^Д^)m9プギャー!!』
読み切った後、ハジメは深く息を吸ってゆっくりと吐き、清々しい笑みを浮かべ──石版を握り潰した。
「……ミレディ・ライセンは解放者云々関係なしに人類の敵でいいね?」
「「「「異議なし」」」」
10日後に死ぬミレディ・ライセン、始まります。
黒乃「フロムゲーかと思うくらいに難易度の高い迷宮を駆け抜けていくシュウたち、そしてやっと諸悪の根源であるミレディの元へ辿り着いた……って、え?本人?なんで生きてるんだい?
次回、ありふれた親友。
『ミレディ・ライセン! ノーデス、ゴーレム、クルーエル!』
熱き闘志に、チャージイン!」