ちゅーいしてください
「やあ」
「……またここかよ」
最早見慣れてしまった白い空間、そして前に佇むは前世の自分。溜息をつきながら半眼で男を睨みつけた。
「そう言わないでよ。君がまた試練を乗り越えたからさ、新しい力を分けに来たんだよ」
「新しい力、ね……そうだ、聞きたいことがあるんだけどよ」
「君が? 珍しいね」
男は驚いたように自分を見つめる。前世と今世の自分自身だというのに何とも奇妙な感じだが、言いたいことを飲み込んで疑問だったことを聞く。
「重力魔法の適性が高かったのは前世の影響か?」
「うん、そうだよ」
「やっぱりか……なんとなく察しは着いてたけどよ」
「有効活用しなよ、強い力だからさ。炎として使えないのは残念だけどね」
「炎として? ……ああ、そうか。重力ってアイツの力か」
無理やり刷り込まれた記憶を思い出し納得する。かつての強敵で親友だった彼の力は『大地の炎』、重力を思うがままに出来る力だったな、と。
「で、次はなにくれんだよ。はよ寄越せ」
「はいはい。じゃ、これどうぞ」
慣れてきたのだろうか、以前のように一々肩を落とすリアクションをしなくなった。自分が自分に対して吐く暴言に慣れるのはどうなのかと自問自答するが、考えていても埒が明かないことに気づき吐きそうになった溜息を飲み込んだ。
ガシャン、と音を鳴らして手渡されたものを見る。鞘に収まった、男の子なら一度は憧れる武器。
「……刀、てことは」
「そう、雨の炎だ」
いつの間に灯していたのか、既に額には炎が燃え盛っていた。以前と同じ、体で覚えろということなのだろう。目を閉じ意識を集中させ同じように炎を灯す。但しその色は雨のように青い。
「さあ、かかってこい」
「言われなくても」
拳と刃がぶつかった。
冒険者ギルド、ブルック支部は冒険者で今日も賑わっていた。ある者たちは食事をとり、ある者たちはクエストの段取りを組み立てていたりと思い思いに過ごしていた。
カラン、カラン、と扉を開けた時のベルが鳴る。一斉に視線が向けられ、釘告げにされた。
「おっ、飯食ってる。いいなー」
「そう言えば朝ごはんまだだったもんね。後で何か食べに行こうか」
シュウとハジメだった。ここにいる冒険者全員、戦ったことがある。と言っても一方的な蹂躙だったが。
原因はユエたち絡みだ。何度断っても言い寄ってくる男たちにウンザリしたユエが「ハジメかシュウに勝てたら考えてあげる」などと言った結果、露店を冷やかしていた二人に襲いかかったのだ。結果はお察しで、冒険者が気絶するまで一秒もかからなかった。
とまあそんなことが合ったからかハジメたちに因縁を吹っ掛けて来る者はここにはおらず、スススと視線を逸らす者が大半だった。
ではそれでも釘告げにされている者もいる。それは懲りずにハジメたちにちょっかいをかけボコボコにされてしまい、いつしかその痛みを快感に変えてしまった者たちだった。屈強な男のドMとか誰得だ。
そういう輩は無視するに限るので二人は視界に入れないようにしているが彼らにとっては無視すら快感に変えてしまえるらしい。怖い。
気色の悪い視線を纏いながらもカウンターに向かうと凄腕のおばちゃん、キャサリンが恰幅のいい笑顔で出迎えてくれた。
「あら今日は二人なんだね、どうだい? そろそろパーティ名を決める気になったかい?」
「前決めましたよ?」
「『ああああ』は流石にどうかと思うよ」
「だから『ハジメと愉快な仲間たち〜永遠の愛を誓った恋人〜✝︎ETERNAL LOVE✝︎』って言っただろ?」
「それもどうかと思うよ」
キャサリンはため息を着く。そうこの男たち、頑なにパーティ名を決めたがらないのだ。候補を上げたとしても先程のようにふざけたものしか言わない。
「いい加減決めなよ、今日は決めるまで帰さないよ」
「いやあだって……」
「固定名を覚えられたらたまったもんじゃないだろ」
「トラブルに巻き込まれる気満々じゃないか」
「トラブルがあっちから来るんだから仕方ないだろ」
誠に遺憾である、と言わんばかりにシュウが言い放つが、ハジメたちがトラブルに巻き込まれることが多いのは周知の事実なのでキャサリンも苦笑を浮かべるしかない。
「というかアイツらどうにかしろよ。この街は頭のおかしい住人しかいないのか?」
「ユエとレイシアとシアに言いより続ける男と女たち……僕とシュウに戦いという名の暴力を嬉々として受け続ける変態……あと宿屋のお嬢さん。なんだろう、両手じゃ足りないってヤバいですよね?」
「そりゃあまあ……活気があっていいじゃないか」
住人の奇行は勿論ギルドにも届いている、それもキャサリンが目を逸らす程だ。ちなみに宿屋のお嬢さんとはマサカの宿の受付少女のことだ。ハジメたちでよからぬ妄想をしていたあの少女はその妄想が現実であるか確かめるために、屋根からロープ伝いに部屋を覗こうとしたり、風呂場に潜水して忍び込んだりと何がそこまであの少女を駆り立てるのか分からないほどアクティブだった。
「嫌すぎるだろあんな活気……」
「そのマップに追加しておいて下さいよ」
「……考えておくよ」
「目を逸らすなおい」
どうやら凄腕のキャサリンでも手に負えないことはあるらしい。シュウとハジメの視線に耐えきれず目を逸らしてしまった。
キャサリンを責めるのも筋違いなのでハジメは話を変えることにした。
「そうだ、僕たちそろそろこの町を出ようと思っててフューレンに行こうと思ってるんですよ。何かいい依頼って無いですか?」
「ほう、フューレンかい。それなら今朝入ってきた依頼で丁度いいのがあるよ」
【中立商業都市フューレン】。ハジメたちが目指す七大迷宮のひとつ、【グリューエン大火山】の途中にある都市だ。
キャサリンが手渡してくれた依頼書を見る。どうやら商隊の護衛依頼らしく、十五人程の護衛を求めている。この護衛とは冒険者のことを表すので、冒険者登録していないユエたちは人数に含まれない。
「おお、これ丁度いいじゃんか。これにしよーぜ」
「そうだね。ユエたちにも『良さそうなのがあったら受けといて』って言われてるし……キャサリンさん、僕たちこの依頼を受けます」
「あいよ。先方にはこっちから伝えおくよ」
「ありがとうございます」
「それにしても……アンタたちがこの町を去るとなると、少し寂しくなるね」
そう言って哀愁を帯びた笑みを見せるキャサリン。しかしフッ、と笑い首を横に振る。
「なんてね、冒険者は旅してなんぼ。めいいっぱい冒険してきな」
「……はい!」
「おう!」
キャサリンからの激励を貰いハジメとシュウは拳を掲げる。二人はそのまま背を向けてギルドの入口へ向かう。その姿を見て嬉しそうに笑うキャサリン、と何かを思い出したのか二人を呼び止めた。
「あ、ちょっと待ちなアンタたち!」
不思議そうに振り向く二人にキャサリンは一枚の紙を見せた。
「パーティ名が決まってないよ!!」
「お邪魔しました!!」
「俺たちの冒険はここからだ!!」
「待ちなコラ!! 逃げるんなら勝手に決めちまうからね!!」
そう言われては戻るしかない、渋々受付まで戻るハジメとシュウなのであった。
「やっと終わったあ〜……」
「まさかパーティ名を決めるだけで半日使うとは……」
あーでもないこーでもないとしているうちにどんどんと時間は過ぎていき、結局キャサリンが無難な名前に決めてくれた。
「『ルール・ブレイカーズ』……ちょっと厨二臭いけどカッコイイよね」
「ちょっと……? まっ、まあなんというか、名は体を表すを明言したパーティ名だな」
正直かなり厨二臭いとは思うシュウだったが、ハジメが「ちょっと」と思っているなら指摘しない方がいいだろう。シュウは空気が読める*1男なので、何も言わない。
「んでこれ……貰ったはいいけど何なんだろうな。マジであのオバチャン何者なんだろうな」
「紹介状って言ってたよね。困ったら出せって……どれだけ権力あるんだろ」
パーティ名を決めてようやく帰れると思った二人にキャサリンが渡してくれたのは紹介状。キャサリン曰く──
「アンタたちは何かとトラブルに巻き込まれることが多いからね。困った時は偉い人にこれを見せるといいよ。なぁに、オバチャンからの選別さ」
とのこと。手紙ひとつでお偉いさんが納得するとは彼女は本当に何者なのか。色々と疑問が募るが折角好意でくれたものなのだから余計な詮索はせずに有難く受け取っておくことにした。
「『いい女には秘密が付き物さ』、だってよ」
「漫画のキャラクターみたいだよね。母さんが見たら喜びそう」
昔はすれ違う男皆が惚れてしまうほどの絶世の美女だった。確かに在り来りな設定ではあるが、あながち冗談に聞こえないところが怖い。
「……考えるの、やめよっか」
「そう、だな」
時には深入りしないことも大切。またひとつ二人は賢くなった。
宿屋に戻り、女性陣に明日旅立つことと依頼のことを説明し、風呂を覗かれたり情事を覗かれかけたりと色んなことがあったが、翌日。ハジメたちは集合場所である街の正門へやってきた。
「お、おい! アレって
「嘘だろ!? 最後のパーティって
「だが待て! あの二人が居るってことはそう!
「待て待て待てなんだその二つ名は!?」
「というか何そのルビ!? バランス悪すぎるでしょ! 中学生が考えたの!?いや中学生でも考えないよ!」
自分たちが現れた途端指をさされよく分からない異名を言われる。なんとも厨二チックな二つ名を付けられてしまったハジメとシュウはヒクヒクと頬を引き攣らせている。ユエは満更でも無さそうだが、レイシアは恥ずかしそうだ。シアは首を傾げている。
「おい、今後一切その名前を口にするなよ。いいか、絶対だぞ」
「そ、そんな事言われてもブルックの人間は全員知っているぜ?」
「うっそだろ」
衝撃の事実が発覚しシュウは天を仰いだ。これから自分は
クラスメイトの奴らに絶対に知られてはいけない。ハジメも同じことを考えていたのだろう。決意した瞳で見つめ合い、頷きあった。
そんな茶番を行っていると商隊のまとめ役らしき小太りの男が声をかけてきた。
「君たちが最後の冒険者のようですね。依頼書を見せてくれませんか」
「ああ、はい」
懐から取り出した依頼書を渡す。男は目を通して内容を確認すると納得したように頷いた。
「ふむ、確かに護衛のようだ。私はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君たちの実力がランクに不釣り合いだと言うことはキャサリンさんから聞いていましてね。頼りにしているよ」
「もっとユンケル……?」
「大丈夫ですか? 余り栄養ドリンクに頼りすぎると体調崩しちゃうんで気をつけてくださいね」
「栄養ドリンク……? それが何かは分からないが、これでも商隊のリーダーを務めてそれなりに経つのでね。大変だが慣れたものですよ」
ところで、とモットーが話を区切り値踏みするような視線をシアに向ける。
「そこの兎人族……売る気はないですか? それなりに値段は付けさせてもらいますが……」
通常の兎人族とは違い青みがかった白髪、それに加えてシアはかなりの美少女だ。一般的な認識として樹海の外にいる兎人族は奴隷であり、珍しい奴隷がいれば交渉を持ちかけるのは商人として当たり前のことなのだ。ハジメたち現代人の認識でいえば色違いのポケ〇ンを交換しようと言われているような感覚だ。シアは色違いのポケ〇ンと同じ扱いなのか……と思うと悲しくなるハジメであった。
そんな気持ちを切り変えて、シアを庇うようにモットーの前に立つ。
「悪いけど、誰にも渡すつもりはないです。彼女は僕の大切な恋人なので」
「なるほど、恋人でしたか……どうしてもですか?」
「はい。例え、神が欲しても……僕は彼女を手放すつもりは一切ない」
「ハジメさん……!」
「…………そこまでとは、分かりました。ここは引き下がりましょう。ですがもし気が変わったら我がユンケル商会に是非いらしてくださいね」
この世界では国よりも教会の方が権力が強い。それだけこの世界の神が信行されているということだ。その神に対して喧嘩を売るような発言をするのは殆ど黒に近いグレーゾーンの行為だ。下手をすれば聖教教会に目をつけられない発言、それでも構わないくらいの覚悟がハジメにはある。
その事を悟ったモットーは名残惜しそうに被りを振り商隊へ戻って行った。
「ハジメさん、かっこよかったですぅ……!」
「ん、惚れ直した」
「流石ハジメ。さすハジ。抱かせろ」
「シュウ?」
「抱かせてください」
「そうじゃないかしら……」
シアとユエはハジメの男前な行動と発言に惚れ直し、シュウは「まあ俺のハジメならこれくらいは当然だ」とばからに胸を張り妙なことを口走っていた。レイシアは恋人である自分を差し置いてその発言はどうなのかとシュウの太ももを抓るが、シュウが発言を訂正するのではなく言い方を丁寧にしたことにため息をついた。苦労人である。
「若いっていいわね……私にもあんな頃があったわ」
「あそこまで堂々とした啖呵をきるとはなぁ。若いのにやるじゃねえか」
同じように護衛を務める冒険者たちがハジメを見てそれぞれ思ったことを述べている。女性の冒険者はシアを通して、若かりし頃の自身を見つめているようだ。男性の冒険者はハジメを通して冒険者になったばかりの無鉄砲に突き進んでいた頃を思いだしているのだろう。どちらも優しげな視線を送っていた。
まだ出発する前だと言うのに何故騒ぎは起こってしまうのか、自分の印象を薄くするアーティファクトでも作るべきかと本気で悩むハジメだった。
園部「かっこいいセリフを吐いてフリューレンへと向かった南雲たち、途中魔物や山賊に襲われたり……なんてことは無く無事フリューレンに着いたみたい。道中トラブル無くて良かったじゃない。……ああ、街の中では起きるのね。
次回、ありふれた親友!
『フリューレン! トラブル、テリブル、スクランブル!』
熱き闘志に、チャージインッ!」