ハジメたちがトータスに召喚されてから一ヶ月がすぎる頃、メルド率いる騎士団員複数名と共に【オルクス大迷宮】へ挑戦することになった。
移動に一日費やし、日が暮れてしまったので冒険者たちのための宿場町【ホルアド】に泊まるようだ。
オルクス大迷宮とは所謂ダンジョンで、階層はなんと百階層まであるらしい。下へ潜れば潜るほど魔物は強力になっていくので、今の光輝たちの実力では初日は二十階層辺りまで潜るのが妥当だろうと言われた。
視点を戻し宿屋へ。
王国のきらびやかな装飾が施されたベッドとは違いごく普通の宿屋のベッドは一般家庭で生まれ育ったハジメの精神を癒してくれた。それはどうやらシュウも同じようで、ベッドを見るやいなや倒れるようにダイブした。彼にしては珍しく無防備な姿に、ハジメはシュウに溜まった疲労の色を見て取った。
「ちょっとシュウ、大丈夫?」
「んあ? ああ……多分大丈夫だろ……お前こそ大丈夫かハジメ?」
「んー……黒乃の追求が激しかったからね」
檜山たちから暴力を振るわれたことをメルドの口から聞いた黒乃は激怒した。何故ならハジメが暴行を受けていたその日は結局ハジメから話を聞くことも出来ず苦笑いで流されていたからだ。翌日真相を知った黒乃は檜山に飛び蹴りを決めたあとハジメに抱きついて過剰とも思えるスキンシップを行った。シュウも同様である。
なお黒乃がハジメに抱きついている間、瞳からハイライトを消した少女がいるのを知っている人間は誰もいない。いないったらいないのだ。いたとしても決して口外する者はいないだろう。彼女と同室のポニーテールの少女の声が震えているのに気づいたものは少ない。
「それにしても、明日から実践か」
「怖いか?」
揶揄うようにシュウが笑う。ハジメも笑い、首を横に振る。
「怖くないよ。だってシュウが守ってくれるんでしょ? 僕と黒乃のことをさ」
『だから怖くないよ』、と微笑む。ハジメの言葉にキョトンとしていたシュウだったが、照れくさそうに鼻を鳴らしハジメの頭を乱暴に撫でた。
「うわわ! もう何するんだよシュウ!」
「うるせっ。でも、まあ……任せとけ」
「……うん」
ポスリ、とハジメがシュウの肩に頭を乗せて寄りかかる。既に眠気がピークにたちしていたのか、瞼が下がり呼吸も寝息に似たものに変わり始めていた。
コンコン
「南雲くん、澤田くん、白崎です。今いいかな?」
「白崎? こんな時間に何の用だよ……おいハジメ、起きろ。ってうおぉ!?」
「んぁ……なにぃシュウぅうわっ!?」
扉の向こうから香織の声が聞こえ恐らくハジメと話がしたいのだろうと思ったシュウは半分寝ていたハジメを揺すり起こそうとする。が、揺する力が強すぎてしまったようでハジメがバランスを崩しそれに釣られてシュウもバランスを狂わせる。
「えっと、入るね? お邪魔します。ハジメくんに話が、あって、来たん……だけど…………」
「いっつつ……」
「いてて……なにさシュウ……って白崎さん?」
「ええっと〜……お邪魔しました?」
パタン
静かに扉を閉められた。
「待て待て待て待て待て」
「待って白崎さんこれは違うんだって」
すぐに扉へ駆け寄り香織を捕まえる。ここで誤解をされたまま部屋に戻られたら明日の朝にはハジメとシュウは
「え? でも澤田くんが南雲くんを押し倒してたし。別に男の子同士でもおかしいことはないと思うし……けど負けないよ澤田くん!」
「待て白崎お前は勘違いをしている」
「ホント違うから、誤解だから、お願いだから話を聞いて」
ハジメとシュウの必死の説得により香織を何とか引き止めることに成功した。心做しか顔が赤いのは気の所為だろう。気の所為ったら気のせいだ。
「と、言うことなんだ……! 決して、決して僕とシュウがイチャついていたわけじゃないんだ!」
「誰かにこのこと話してみろ。テメェのその無駄にでけぇ乳もぎ取って魔物の餌にしてやるからな」
「ひぅ! い、言わないよぉ。それより南雲くんとお話がしたいんだけど、いいかな?」
上目遣いで首を傾げる香織。普通の男子ならこの仕草でイチコロだろうが、ここに居るのはミスター朴念仁こと南雲ハジメと黒乃以外の異性に一ミリも興味を持たない澤田シュウだ。香織の色気は通用しない。
「うんいいよ。シュウもいいよね?」
「手短にな」
「ありがとう。あのね、南雲くん。南雲くんには明日の迷宮探索に来ないで欲しいの!」
お願い! と頭を下げられるがハジメの顔に浮かぶのは困惑だ。シュウも『何言ってんだこいつ』という表情をしている。
「ええっと、それは僕が足でまといだからかな?」
「そうじゃなくて、違うの。さっき怖い夢を見たの……南雲くんが暗くて深い穴に落ちていく夢を……手を伸ばしても届かなくて、そして最後には姿も見えなくなって……」
「で、不安になってここに来た」
「うん……」
明日初めての実戦ということで緊張してネガティブな夢を見てしまうのは仕方ないと思う。そこで自分ではなくハジメが出てくるあたりお察しだが。
ハジメは少し考えたあと香りの元へ歩み寄り震えている香織の手を自分の両手で包み込んだ。
「白崎さん、大丈夫だよ。だって僕にはシュウがいるから。シュウが守ってくれるって約束したから、大丈夫だよ」
「でも……それでも、怖いよ……」
「うーん……それなら白崎さんも守ってくれないかな?」
「……え?」
「男の僕が後衛職の、しかも治癒師の白崎さんに頼むなんて情けないけどさ」
苦笑しながら頭をかく。しかしその笑みは柔らかく、そして他者を安心させる笑みだった。
ハジメの言葉に香織が強く否定する。
「そんなことないよ! だって私、南雲くんが強いこと知ってるもん!!」
「え?」
香織の話によると中学二年生の頃、商店街を歩いていた香織はお婆さんと男の子を庇うように前に出て不良と口論している少年の姿が目に入った。
周りの人は巻き込まれないように遠巻きに見つめているだけで、少年を助けようとする者は誰もいなかった。それは香織も同じで、仲裁に入ろうとする勇気は出なかった。
「確かにお兄さんの服を汚したのは悪いことですけど、その分のクリーニング代はお婆さんが出したんですよね? だったらそれでいいじゃないですか。こんな小さな男の子を泣かせるなんて酷いですよ」
「うっせぇなぁ……ガキは黙ってろ!!」
「うぐぁっ!?」
遂に痺れを切らした不良の一人がハジメの腹部に蹴りを入れたのだ。ハジメが倒れるのを見て香織は小さく悲鳴を上げた。そして同時にこう思った。
『やっぱり関わらなくてよかった』、と。
知らないフリをすれば自分は痛い思いをしなくて済む。
自分は幼なじみみたいに強くないから助けられない。
そんな理由をでっち上げて自分の考えを正当化させていた。
「さ〜て、おいババア! 財布出せやゴラァ!! テメェもだクソガキ!! 何時まで寝てんだオラ!!」
「ぐっ!?」
不良たちは再びお婆さんから財布を取り上げようとし、それに加え地面に倒れているハジメの顔を踏みつけ蹴り飛ばした。
「もうやめてください! 財布は差し出しますので……!!」
「最初からそうすればいいんだよ! うっひょ〜結構入ってんじゃん! おい、飯行くぞ飯!」
「待て……!」
お婆さんから財布を引ったくりこの場を去ろうとした不良の足をハジメが掴む。不良たちは苛立ち睨みつけ、怒鳴る。
「しつけぇんだ、よっ!!」
「うぐっ……!」
「いい加減にしろやクソガキ……俺ら暇じゃねんだよ。それともテメェも金を払う気になったのかぁ?」
「まれ……」
「あ?」
顔を俯かせているせいでよく見えないが、ハジメが怒っていることを香織は感じ取った。昼の商店街だと言うのに辺りは静まり返り、ハジメの言動に注目している。
「お婆さんとこの子に、謝れ!!」
「ああ? 調子のんなやガキが!」
「うぐっ、謝れ!! 暴力で訴えるな! 謝って、お金を返せ!!」
「テメェ……死にてぇのか? おいお前ら、このガキ抑えろ。痛い目見してやる」
不良の取り巻きがハジメを拘束する。しかしハジメの眼は怯えた様子を見せず、力強く不良を睨みつける。それが気に触ったのか不良たちは人通りのある商店街だと言うのに暴行を始める。
香織は見ていられなかった。しかし足がすくみ逃げ出すことも出来なかった。
不良がハジメの髪を掴み頭を持ち上げる。
「おい、今謝れば有り金全部吐き出すだけで許してやる」
「……」
「シカトしてんじゃねぇよ!」
「……絶対に、嫌だ! 謝れ!!」
尚も睨みつけるのをやめず自分の考えも曲げないハジメに香織は畏怖の視線を向けていた。
なんで、なんで、あんなに怖い目にあっても折れないのか。何故、身体は震えているのに声は震えていないのか。香織には不思議でならなかった。
不良は言う通りにならないハジメにイラつき拳を振り上げた。
「ああそうかよ……じゃあ死んどけっぶあごぉ!?」
振り上げた拳を降ろすことなく不良は吹っ飛んで行った。突然のことに取り巻きの不良も、周りの人間も唖然としている。ただ一人、ハジメだけは笑顔だった。
「なんでこんなことになってるのかは後で聞くとして……テメェら、覚悟はできてんだろぅなぁああ?」
「「「ひ、ひぃいいい!!!」」」
表情を般若に変えたシュウが不良共を伸してその場は収まった。騒ぎを聞き付けた駐在さんに不良を引渡し、ハジメはお婆さんと男の子にお礼の言葉を受け取りシュウと共に帰って行った。
「あの時、南雲くんを見て凄いなぁって思ったんだ。暴力に対して暴力で解決するのは簡単だけど、それをせずに真っ直ぐ立ち向かえる人なんかそんなにいないもん。殴られても睨まれても南雲くん、ずっと『お婆さんと男の子に謝れ!』って自分の考えを曲げなかったでしょ? 私は怖くて震えてるだけだったのに……凄い強い人なんだなって……」
「そんなことないよ」
「いや、ハジメは強い。よく分かってるな白崎」
「シュウまで……あ、あっ、そうだお茶入れてくるね」
二人から褒められ、ハジメは照れ臭さを誤魔化すように席を立った。
ちらりとシュウと香織は視線を合わせてアイコンタクトで意思疎通する。
(……可愛いだろ?)
「……とっても!」
「声に出すなアホ……」
「え? 何が?」
「何でもねーよ。な?」
「ねー?」
「なんか仲良くなってるし……」
この後軽く会話を交わした後、香織は自分の部屋へ帰って行った。ハジメを守ると約束して……。
同時刻、廊下を歩いていた光輝はハジメとシュウの部屋の近くで様子を伺っていた檜山を見つけ話をしていた。
「檜山、南雲を虐めるのはもうやめるんだ」
「な、何言ってんだよ天之河……俺らはただ南雲に特訓を……」
檜山の言い分はついこの間ハジメ本人から聞いた内容と同じだった。『檜山はこう言った言い訳をするだろう』、と。
「……四人で囲んでいたぶるのを特訓とは言わない。兎に角、もう南雲を虐めるな。俺たちは仲間なんだ、力を合わせてこの世界の人々を守らなきゃならないのに仲間同士で争ってどうする!」
一瞬迷ったが、雫や龍太郎の言葉を思い出し心を鬼にして檜山を説得する。
「…………そうだな。天之河の言う通りだ」
「檜山! 分かってくれたか!」
「ああ……仲間同士だもんな」
「そうだ! 檜山が物分りのいいやつで助かったよ。じゃあ明日、お互いに頑張ろうな!」
檜山は理解してくれた。やはり澤田たちは考えすぎだったんだ、こうやって真摯に話せば伝わるんだ。と光輝は檜山を説得できたことに顔を綻ばしながら自室へ戻って行った。
「……そうだ。仲間同士だもんな……仲間の不注意で死んだとしてもそれは故意じゃないもんな……ククク、ヒャハハハ……!」
檜山が怪しい笑みを浮かべているのに気づかずに……。
光輝「オルクス大迷宮を順調に探索していた俺たちは、20階層で転移トラップに巻き込まれ深部まで飛ばされてしまった!
そこに待ち構えていたのは巨大な魔物で……。
くそっ! 負けてたまるか! 俺たちは世界を救うんだ!!
次回ありふれた親友、
『恐怖と裏切り! マジック、パニック、ペシミスティック!』
熱き闘志を、チャァアアアジ! イン!!」
シュウ「NPCの勇者に説得頼みます」
KP「じゃあ勇者が卑山を説得できるかダイスふるね」
光輝『説得』ロール
技能値70
ダイス値00(ファンブル)
KP「ファンブルだね。卑山は表面上だけ聞いたフリをして復讐心を昂ぶらせたよ。勇者は説得出来たと思い込んで部屋へ戻っていったね」
シュウ「つっかえ」