仮面ライダーツルギ・スピンオフ/ドキュメント・レイダー   作:マフ30

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皆さま、いつもお世話になっております。
今回はちょっと変化球の新規投稿作品です。
あらすじにも書いたように、本作は大ちゃんネオさんが執筆されている仮面ライダーツルギのスピンオフ作品です。
本編での出来事やオリジナルの設定を前提に進行していく場合も多々ありますのでご注意ください。


第一話 ファイル:04 ストリート・ウォーモンガー

 

 日本の何処かにある地方都市・聖山市。

 一見すると平和なこの街の裏側には鏡の世界『ミラーワールド』とその異境に棲息する恐るべき怪物たち『ミラーモンスター』が存在することを多くの住民は知らない。

 そして、鏡の世界で微笑む不思議な美少女、アリスが運営を執り仕切る禁断の祭典・ライダーバトル。ミラーモンスターと契約を結び、超常の力を振るう仮面の騎士たちが願いを叶えるために最後の一人になるまで熾烈な争いを日夜繰り広げていることもまた大衆の預かり知らぬところだ。

 けれど、そんな非日常の塊のような存在たちを差し引いてもどういう数奇な巡り合わせか、個性豊かな人材が集うこの街では騒動が絶えない。

 今回、これから始まる物語の主人公を務める少女もまた――そんな騒動の芽の一人なのかもしれない。

 それでは手始めに彼女の日常から物語を語らうとしよう。

 開幕の舞台となるのは聖山市の繁華街・屋戸岐町の路地裏から――それでは皆々様、しばしの間お付き合いを……。

 

 

 

 

 屋戸岐町の路地裏は表通りの賑わいが嘘のように暗く静かで湿っぽい場所だ。

 そこは迷宮のように複雑に入り組んでいて本来ならばホームレスや柄の悪い不良たちですらたむろしたりはしない。

 だが、ごく稀に例外は発生する。いまこの状況などがその最たるものだ。

 

「ほらほらぁ! もっと元気よくヤろうじゃないかッ!」

 

 薄暗く狭苦しい路地裏に脈絡なく何カ所か存在する開けた空間。

 旗竿地のように唐突に出来た小さな空き地を闘技場にして、一人の少女が嬉々として暴れていた。

 陽気で人懐っこさを感じさせる口調と雰囲気とは裏腹に対峙する大柄な男子の顔面に慣れた動作で躊躇なく、堅く握り締めた拳骨を叩き込んでいく。

 少女はボサボサの長い銀髪を振り乱し、身に纏う聖山高校の可愛らしい制服が返り血で汚れることも厭わずに、ただ純粋にその闘争を心の底から堪能して喧嘩に耽っていた。

 彼女の名前は喜多村遊。

 仮面ライダーレイダーという裏の顔を持つ、外典のライダーバトルの参加者の一人でもある。

 

「この、クソア……ガフッ!?」

「も一発ッ!!」

 

 鼻血を流し、蜂に刺されたかのように顔をボコボコに膨らませた大柄な不良に遊はダメ押しとばかりに鞭のようにしならせた左の一撃を浴びせて完全に沈める。

 これで残る喧嘩相手は三人。最初は七人もいたのがその半分以上がボロ雑巾のように痛めつけられて、無造作にあたりに転がっている。

 

「ありゃ? まさか本当にのびちゃうとは……いいパンチしてたのになぁ」

 

 遊は服の下で青アザが出来た自分の腹をさすりながら、呑気そうな声で漏らした。

 戦況は有利とは言え、何もそれが無傷で進行しているわけではない。

 寧ろ、真正面を切っての殴り合いを好む彼女の気質的に相手から殴られる回数も決して少なくは無い。現にいまこの時も不良たちから随分と殴り蹴られて口の端が切れて薄らと血が滲み、頬には裂傷が幾つか出来ている。

 開戦当初は文字通りの乱闘だった。

 けれど、彼女は喧嘩となれば例えインフルエンザと肺炎を同時に患っていたとしても、相手に一発殴られたらお返しに三発殴り返す、そんな暴走特急のような人間なので何の問題も無いわけではあるが。

 

「ねえ! お次は誰から来てくれるのさ? 一斉に襲ってきてくれても、わたしは全然ウェルカムだよー!」

 

 元気よく仁王立ちして、両手をブンブンと振って残りの不良たちにラブコールを送る遊。満開の花のように眩しいその顔はまるで恋人との初デートで舞い上がっている乙女のようだ。

 

「ヒィッ……こいつ頭おかしいんじゃねえのか!?」

「バカ! 疑問形じゃねえ、マジに頭おかしいんだよこの女はな!」

「一斉に行くぞ……俺に考えがある」

 

 第三者から見れば異常者のそれでしかない遊の姿に弱腰になる二人の不良に仲間のもう一人は腹を括った顔で叱咤を掛けると、三人同時に攻めに掛った。

 

「ムフー! 気合のある男子は嫌いじゃないよ? まずは君からかな!」

「ぶげっ!?」

「前進いたしまーす!!」

 

 遊は自分に向かって来た三人のうち、真ん中の不良に狙いを定めると大きくジャンプするように真っ直ぐ振り上げた右足でその顎下を蹴り上げる。

 予想外のキックをまともに食らった不良の体が重力に逆らって僅かに浮き上がると遊はそれを狙っていたとばかりに矢継ぎ早に体当たりを繰り出して、一気に壁際に追い込んだ。

 

「いくよ? 反撃してごら――」

「しゃああッ!!」

 

 蹴った時点で失神していた不良の状態など露知らず、ここから拳のラッシュを遊が繰り出そうとした時だった。彼女の頭上でガラスが砕ける大きな音が響いた。

 

「おまっ……やりすぎだ! 死んだらどうすんだよ!?」

 

 目の前の光景に無意識に良心が働いた不良の一人が声を荒げた。

 何を早まったのか自分たちに激を飛ばした仲間の一人は近場に転がっていた空のビール瓶で背後から遊の頭を思い切り殴りつけたのだ。それもビール瓶が衝撃で砕け散ってしまうほど強い力を込めた一撃だ。

 

「うるせえ! こうでもしないと、このクソアマは倒れないんだっ……倒れ……た、倒れっ!?」

 

 半ばパニック気味になりながら割れた瓶を投げ捨てて、声を荒げて自分の正当性を仲間に主張しようとした不良は飛び込んできた衝撃映像に一瞬で頭が真っ白になってしまった。

 

「あたた……んー、後ろからとは卑怯だな、君ィ?」

 

 彼女の足元を紅い雫が濡らしていく。

 それでも、彼女の声色は相変わらず朗らかで独自のゆるさを帯びている。

 ぐらりと大きくよろめきながらも遊は一歩、力強く足踏みをしてその場に踏み止まると油が切れたブリキのおもちゃのようにぎこちなく、ゆっくりと後ろを振り向いた。

 頭部に負った傷から鮮血を止めどなく流して、銀髪も愛嬌のある顔も血で真っ赤に染めながら、喜多村遊は笑っていた。

 

 にっこりと、口角を吊り上げて。無邪気な瞳を爛々と輝かせて。

 白い丈夫な歯を見せつけて、おどけたように笑っていた。

 彼女と言う人間の芯をこれ以上ないぐらいに歓喜で震わせながら笑顔を見せつけていた。

 

「ひいぎゃああああああ!!」

「こいつ、本当に同じ人間かよ……」

 

 こちらを振り向いた遊を一目見て、不良の一人は恐怖に耐えきれずに情けない悲鳴を上げた。彼女を凶器で殴りつけた張本人はまるで怪物の封印を解いたかのように諦観の念に押し潰された。

 それは二つとも正常な人間が示す正しい反応なのかもしれない。

 唯一、誤りを指摘するのならば当の本人がその自分と言う人間が抱えている異様な怪物性について、ずっと昔に自覚と理解をしていたという点だろう。

 

「全く、酷いことをする奴がいたもんだね。そこの君、今日は良かったけどいまの立ち位置でわたしを後ろから殴ったら破片でお仲間も怪我しちゃうじゃないか!」

「え……は? は?」

「そもそも、不良だなんて恰好つけるなら凶器攻撃は正面から仕掛けるぐらい硬派でいかないとダサいんじゃない?」

 

 不良たちが感じていた恐怖はいつしか震えという症状として、体の表に出ていた。

 会話がまるで通じていない。いや、意思の疎通は出来ているとして、大事な何かが決定的に噛み合っていないのだ。

 いま、目の前にいるこの女は凶器で殴られて流血するほどの怪我を負ったことでなく、仲間を巻き添えにしかねない後ろからの攻撃というものに不満を見せている。

 

「というわけで、そんな君は少しキツめのお仕置きだあ!!」

「うぉっ……おお、くるなぁああ!?」

 

 高らかに笑い声交じりに宣言して、遊は額の血を拭うことも忘れて猛然と駆け出した。それは敵対する不良からしてみれば飢えた肉食獣が鋭い牙を剥き出しにして襲い掛かって来るのに等しい恐怖体験だっただろう。

 

「よっと!」

「むぼっふ!?!?」

「そりゃああ! そりゃ!そりゃ!そりゃ!そおおりゃあああ!!」

 

 遊は自分がスカートを穿いていることなどお構いなしに不良の頭に手をついて、跳び箱の要領で飛び上がった。スカートを盛大に翻しながら正面から肩車をするように不良に乗っかった状態で豪雨のようなエルボードロップの連続攻撃をお見舞いしていく。

 ただでさえ、並みの成人男性よりも重く強烈な拳打を繰り出せる遊の肘鉄を無数に食らってはひとたまりも無く、不良は十秒も経たない内に膝から崩れ落ちると顔面を血塗れにしてその場で意識を失った。

 

「み……水色だった」

「え、赤でしょ? さてと、残るは君だね」

 

 最後に意味深なやり取りを交わしながら、遊は残りの一人となった不良にじわりと歩み寄る。口元にまで垂れてきた自分の血液をぺろりと舌で舐めとって、鼻息荒く獲物の品定めをする眼差しと言い、その仕草は野性の獣よりも恐ろしい凄みを感じる。

 

「タイマンだよ! 一騎打ちだよ! 決闘だよ! サシの勝負ってやつだよ! 楽しいね! 燃えるよね! 最高だよね! どうしよう、クロスカウンターみたくお互いに同時に殴り合ってからスタートしてみるのも面白いと思わない! にはは! にっははははははははははははは!!!!」

「い、やだ……嫌だ! 助けてくれえ! 頼む、有り金ぜんぶ渡すから! これで見逃してくれえええ!!」

「んあ!? えっ、ちょっと待っ……おーい! あーあ、行っちゃったよぉ」

 

 最後の不良は遊の喧嘩をする姿に完全に戦意を失って、無我夢中で財布の中身をバラ撒くと一目散で逃げ去ってしまった。

 呆気ない幕切れでお開きとなった午前の喧嘩。

 急に静かになって、倒した不良たちの呻き声が僅かに聞こえてくる路地裏の一角で取り残されてしまった遊は乾き始めた顔の血をごしごしと雑に拭うと不良が置いていったお金としばらくにらめっこ。

 

「カツアゲみたいでちょっと不本意だけど、諭吉さんたちをこんな汚い所に置いとくのも失礼だよね。うん、失礼なので救助しよう」

 

 何度か頷いてから、一応の理由を考えると地面に散らばったお金を回収してその場を去っていった。幸い、この周囲一帯はよく出歩く遊び場なので土地勘も利く。上手い具合に誰にも出会わずに路地裏を抜けて近場にある公園までやって来た遊は隅に設置された水道でばしゃばしゃと顔や髪を汚す血やガラス片を洗い流していく。

 メイクやお洒落に日々心血を注ぐ一般的な女子高生が見たら卒倒するような大雑把で身なりに無頓着な光景だが当の本人は鼻歌交じりに気持ちよさそうに水を被っている。

 そんな時だった。

 彼女の頭に選ばれた者たちにしか聞こえない不思議な音が響いた。

 

「お? 今度は向こうからお招きされちゃったか? いやー今日のわたしってば人気者だね」

 

 水浴びをする猫、あるいは虎のようにブルブルと銀髪に沁み込んだ水道水を振り払って遊が耳を澄ませるとキィン……キィン……と耳障りな音が確かに鳴り響いて、遊は喧嘩をしていた時の同じように顔を輝かせる。すぐに周囲をきょろきょろと見渡して、鏡のように世界を映している民家の窓ガラスを見つけると勇み足で駆け出した。

 

「お! いたいた!!」

 

 まるで高台の観光地に設置された望遠鏡を覗き込むように無邪気な笑みを浮かべた遊が窓ガラスの中に広がる世界を見渡すとそこには騎士を思わせるシマウマの怪物がうろついているのが確認できた。

 周囲に人が居ないのをブンブンと左右に顔を振って、手早く確認すると遊は窓ガラスに向かってデッキを突き出す。

 鏡に映る彼女から、現実の彼女へと出現したベルトが腰に巻かれる。

準備は出来たとばかりに遊は片手で持ったデッキをくるくると西部劇のガンマンがピストルを回す動きを真似て遊ばせながら、自らのこめかみに押し付けた。

 

「変身!」

 

 力を解放するための鍵である言葉と同時に拳銃の引き金を引くようにデッキを揺らす。

 その動きはまるで拳銃自殺のよう。

 まるでここからは常に命懸けの危険地帯。

 生か死かのデスゲームに挑む覚悟の現れのようにも見えて――。

 遊にとって一番気合を引き出せる動きを決めて、力強くバックルにデッキと入れた瞬間に遊の姿は仮面の騎士へと変わった。

 

 黒いアンダースーツに分厚く無骨なメタリックグリーンの装甲を身に纏う仮面の戦士。

 甲冑の騎士というよりは大きく幅広い肩当てや盛り上がった大胸筋のように分厚いプロテクターとゴリラを模したフルフェイスタイプの仮面も相まってソレは剛力自慢の闘士のように見える。

 

「ひゃっほぅ! 第二ランドも元気にヤッちゃうぜ!」

 

 変身を終えた遊/仮面ライダーレイダーはぐるぐると片腕を回しながら、意気揚々と鏡の中に存在する異世界・ミラーワールドへと新たな喧嘩相手を求めて飛び込んでいった。

 

「いまのがそうだよね?」

「うん。緑色であたまが空っぽみたいな雰囲気ってアリスが言っていた特徴通り」

「それじゃあ、今夜にでも仕掛けようよ?」

「いいね。ミラーモンスター戦でなるべく消耗していてくれているといいなー」

 

 いつからか、ずっと自分を観察していた二つの視線に気づくことも無く。

 鼻歌を歌いながらライドシューターを駆って、ミラーワールドへ到着したレイダーは嬉々としてモンスターを相手に本日二戦目の喧嘩に励む。

 二つの人影が見つめる窓ガラスの向こう側ではレイダーとミラーモンスター・ゼブラスカルが真っ向から激突している。

 両者ともお互いの拳と刃を小細工抜きにぶつけ合い、体から火花を散らしながら野生の争いさながらの激闘を繰り広げていた。

 

 

 

 

 すっかり日が傾き、夕焼け空に包まれる聖山市。

 聖山高校の近くにある小さな公園に同校の男子生徒が一人、ベンチに座って真剣な顔をして物思いに耽っていた。

 彼の両手には聖山市の新聞社が発行している今日の夕刊とキャンパスノートが握られている。何を隠そうこの少年は聖山高校新聞部に在籍する学生記者の一人なのだ。

 次回の学校新聞に掲載する記事のネタ探しに困って街を散策してみたが今日のところは天啓がひらめくこともなく、こうして何か良いアイデアが浮かばないかと人間観察などしている最中だった。

 

「それにしたってどうしたらいいんだよ……」

 

 面白いニュースの種が転がっているわけでも無く、時間だけが過ぎていく現実に思わずそんなやるせない呟きが少年の口から零れた。

 

「あれ……なんだか、向こうの方が騒がしいな」

 

 そんな時だった。

 少年の耳が遠くの方から聞こえてきた複数の騒がしい人の声を拾った。詳しい内容までは聞き取れないがその数種類の声には険しい語気が含まれていて、帰宅途中の学生たちのお喋りというわけではなさそうだ。

 

「事件かな? 行ってみよう!」

 

 乱暴に鳴らされる自転車のベルの音まで聞こえてきたので好奇心で居ても立ってもいられなくなった少年が勢い良く立ち上がろうとした時だった。

 

「やばいよー! どーしよぉ!」

「うおわっ!? だ、誰!」

 

 ものすごく情けない声を上げながら、ボサボサの銀髪の少女が後ろの垣根を突き破って飛び出して来たのだ。それは紛れも無く遊であった。

 ただでさえ、美容ケアなど無頓着で乱れている髪を両手でわしゃわしゃと掻いて狼狽えている。普段の明るく人懐っこい自然体な物腰から一変して随分と慌てて動揺が隠せていないようだった。

 

「あの、何か困ったことでも起きましたか?」

「お? おおおっ!」

 

 謎の女子高生を警戒するよりも、尋常ではない様子の彼女を心配する人の良さが出てしまった少年が思わず声をかけると、やっと自分と同じ聖山高の制服を着た少年の存在に気付いた遊の双眸がまるでギュピーン!っといった擬音がついたようにカッと見開いた。

 

「お願いそこの君ぃ! 何も聞かずにちょっとの間匿っておくれー!」

「え、あ……はい!」

「ありがとう! では、ちょっと失礼!」

 

 両手を合わせて鬼気迫る勢いで懇願してくる遊の剣幕に押し負けて首を縦に振ってしまった新聞部の少年。OKの返事が出るや否や遊はその膝の上にごろんと野良猫のように寝転がった。

 

「ちょっ! 何してるんですか!?」

「ごめんよー! でも顔見られたらまずいんだよー。もしもお巡りさんが来て何か聞いてきたらアドリブで何とかよろしく」

 

 少年は僅かに顔を赤くして、裏返り気味の声でツッコんだ。

 何故だかあちこち汚れていて、どことなく鉄分のような匂いがするが女子は女子だ。しかも、よく見ると顔もスタイルも悪くない。

 それが別に彼氏でも友達でもない初対面の赤の他人な自分の膝の上に体を預けてくれば、思春期真っ盛りの男子高校生ともあろうものがテンパらないはずがない。

 

「少し注文が多すぎるんじゃないですか!?」

「わたしの命運は君に懸かっている」

「さらにプレッシャーかけてきたぁ!!」

 

 芸人のマシンガントークのようなやり取りを繰り広げている間に遊は何故だか得意げなキメ顔でサムズアップを少年に送ると彼の持っていた新聞を顔に被って置物のように黙り込んでしまう。

 

「ゼエ……ハァ……どこ逃げた喜多村ぁあああ!!」

「け、警察なめるんじゃないぞ! ハァ……ハァ……大人しく出てこーい!!」

 

 二人の怒涛のやり取りから数十秒後。

 公園にはそれぞれ自転車と徒歩で二人の警察官が駆け込んできた。

 大の大人がどんな追跡劇を繰り広げたのか息を切らせて、汗だくの疲労困憊を絵に描いたような様子だった。

 自分の膝の上で狸寝入りを決め込んだ遊と視線の先にいる警官たちの挙動から、凡その事情を察した少年は嫌な予感を覚えながら脳内で大急ぎで対策を立て始める。

 予想通り、呼吸を整えた警官たちは少年の存在に気付いてこちらの方へと近づいてきた。

 

「すまない、そこの君。その制服、聖山高校のだよね? 君のところの制服を着た銀色の長い髪の女子生徒をこの近くで見かけなかったかい?」

「それに君の膝で横になっている子、どうかしたの? ピクリとも動かないけど」

「えっと、そのですね……は、はは」

 

 矢継ぎ早の質問。寧ろこれでは尋問かもしれない。

 気が立っているのかどことなく声に怒気が見える警官たちの問いに少年は困ったように愛想笑いを浮かべると大きく深呼吸。そして――。

 

「順番にご説明します。この子はボクの、彼女です。徹夜でテスト勉強した後で死ぬほど疲れたって休ませてあげていたら寝ちゃったみたいで」

「彼女さん、なんで新聞なんて被っているんだい?」

「西日が眩しいって。家に帰るまで我慢すればって僕も言ったんですけど、『眠くて歩けない。車道に迷い込んで車に轢かれる』って聞かなくて」

 

 ありきたりかもしれないが少年は咄嗟に脳内で組み立てた設定を軸に違和感のない言い訳を並べていく。

 

「それから、お巡りさんが捜している銀髪の女の子ならこの公園を突っ切って、タクシーを拾って行きました。声が大きかったので月見区まで飛ばしてって運転手さんに伝えていたようでしたけど」

 

 素早く、彼らが食い付きそうな疑似餌をばら撒く。

 傍観者を装ってあれこれ聞かれてボロを出すよりも善良な協力者を演じた方が安全だ。

 

「本当かい? 自転車で飛ばせば追いつける! 先に行け!」

「はい。君、協力してくれて感謝するよ。ありがとう!」

「いえ、そんな……お勤めご苦労さまです」

 

 見たところ真面目で善良そうなどこにでもいる少年の風貌も功を奏したのか、彼の言葉を信じた警察官たちは正義の心を熱く燃やして、風のように走り去っていってしまった。

 

「あの、お巡りさん行きましたよ」

「ふいー……たすかったーい」

 

 正義の追跡者たちの姿が完全に見えなくなってから少年は膝の上でエビのように縮こまっていた遊に声を掛けた。すると彼女は新聞を取っ払うと大きく安堵の息を漏らして、両足を投げ出してリラックスモードに入る。図太くもまだ少年の膝を枕にしたままだ。

 

「ご、ごめんなさい。そろそろ退いてもらってもいいですか?」

「おっと、なかなかの寝心地の良さについ。いやー本当に助かったよ。なんてお礼を言えばいいやら……あれ、その制服ってウチの高校のだよね。見かけない顔だけど、あ! 一年生くんかな?」

「はい。1-Aのみつ――」

「ストップ! 名前は教えてくれなくてもいいよ。代わりにわたしの名前も聞かないでくれると助かるな」

 

 恥ずかしそうな少年の声に応じて飛び起きた遊は場の流れで自己紹介をしかけた彼の目の前に両手の平を前に突き出す大袈裟なリアクションでそれを制止させた。

 

「でも……」

「無理やり匿ってもらっておいて言えた義理じゃないけど、わたしみたいなのと関わりがあるって誤解されたら、君に迷惑がかかると思うからさ。君は後輩君でわたしは先輩。それだけさ」

 

 困惑する少年に遊は困ったように笑いながらそう理由を告げた。

 自分とこの少年では住む世界が違う。

 喧嘩が大好きで、暴力で他人を傷つけることにも抵抗は無い、ろくでなしだと自覚のある遊ではあるがだからこそ、堅気や弱い者を巻き込まないようにと区切りだけはしっかりとつけている。もしも、無意識に名前を明かしてしまうような相手がいるとしたらそれはきっと同類か同じ世界に生きている住人だ。

 

「分かりました。でも、なんで追われていたのか理由ぐらいは聞いてもいいですか? ある程度、予想は出来ているんですが」

「実はさあ、松生の不良君たち御一行と喧嘩してたら運悪く見回り中のお巡りさんに見つかってね」

 

 本当はそれも話すのは気が引けたのだが恩人の言葉をあまり突っぱねるのも悪いと遊はあっけらかんと笑いながらざっくりと警察官に追いかけられていた理由を教えた。

 

「けど、それなら襲われた理由をちゃんと話して、助けを求めれば良かったんじゃ」

「それは無理だよー。だって、喧嘩したくて喧嘩したのはわたしの方なんだから」

「へ? 一体それは……」

「残念。ここまでだよ。これ以上は真面目な学生さんは立ち入り禁止ですので」

 

 片目を瞑って少年の口元に人差し指をピンと立ててながら、遊は少し先輩ぶって言う。まさか喧嘩を売られるのを期待して、キナ臭い繁華街の裏側をあちこち巡り歩いていることやもう随分と前から滅多に学校へ行かないのにその手の不埒な連中に声を掛けてもらうために制服姿でいることは口が裂けても言えたものではない。

 

「後輩君こそ何してたの? あ、もしかして本当の彼女さんとの待ち合わせとかなら脱兎の如く退散するけど」

「大丈夫です、モテ期なんて来たことのないモブ男子みたいなものなので。僕、実は新聞部で記事になりそうなネタを探していたんですよ」

「それは大忙しなとこお邪魔しちゃったね。この恩は必ず返すから何か困ったことがあったらいつでも声をかけておくれよ! あ、わたしはあんまり学校にいないけど二年の日吉佳奈って子に頼めば取り次いでくれるからさ」

 

 何故だか急に自己嫌悪するかのようにどんよりを曇ったオーラを纏う少年に遊はその真意を知ってか知らずが底抜けに明るい空気で接する。オン/オフの切り替えが分かりやすく、さっぱりしているのは彼女の長所である。

 

「はあ……ありがとうございます」

「危ない場所に取材とかするなら用心棒とかやっちゃうよー。そうだ。後輩君、新聞部ならウチの学校で喧嘩とか腕っ節が強い人の情報とか持ってないの?」

「ごめんなさい、有名人とかその恋人にしたいランキングとかの情報ならありますけど、そういう情報網はまだ」

「なら、君はどう?」

 

 女性らしい柔らかな肌の内側に鍛え込まれた強靭な筋肉を隠している猛者の腕。そんな雰囲気を放つ二の腕を得意げにアピールしていた遊は唐突に恐ろしく真面目な眼差しで少年に問い質した。

 

「僕? まさか、冗談にもなりませんよ先輩。僕なんて武道どころかスポーツだって人並みなんですから」

「そーかなー? わたしの直感なんだけど、君は強そうに感じるんだよね。なんていうか、そう……スイッチ入ったら化ける感じ」

 

 謙遜なのか本当そうなのか困ったように話す少年の態度を見定めながら、遊は自分が感じたままの印象を率直にぶつけた。

 

「……それ、本気で言ってるんですか?」

「にはは! なんてね。勘だから何とも言えないよ。自慢じゃないけど、わたし多分バカな部類だからいまみたく話したことはあんまり真に受けちゃダメだよ、後輩君」

「えーっと……なんてお返事したらいいのか」

「わたしのことは一晩寝たら忘れちゃうぐらいのもんだと思ってくれればいいのさ。でも、恩返しのことは本当だからね。一回は必ず、君の力になるって約束するよ」

 

 特に念を押して、少年に出来た借りとその恩返しの意思を真剣な声色で伝えると「そろそろ本当に退散するよ」と遊は言いたいことをマイペースに言い終え、やんちゃ少年のように元気いっぱいに手を振りながら、暗さが色濃くなった街路の喧騒の中へと消えていった。

 

「入学した時からうちの高校は個性的な人たくさんいるなぁって思っていたけど、あんな人もいるんだな」

 

 台風のような初対面の先輩の個性に圧倒と関心を覚えながら少年は一人小さく呟いた。

 

「何となくだけど、学校の中を捜した方が面白い記事が書けそうだな。うん! 上手く言葉に出来ないけど、きっとそうだ!」

 

 本来の目的だった記事の見出しはまだ雲の中だが、気持ちを前向きにさせる何かを得た少年は、いまはまだ誰とも交わらない彼の道を駆け出した。

 彼の物語はここではない、別のどこかで鮮烈に綴られていくのだろう。

 

 

 

 

 月がぼんやりと空に浮かんだ夜が聖山市を包む。

 駅裏の一角に『赤心軒』という大きな看板が掛った一軒の大衆食堂が建っていた。店内には仕事終わりのガテン系や肉体労働者、男子大学生に家族連れもちらほらと表通りの居酒屋のチェーン店や小洒落たイタリアンレストランとはまた違った客層で溢れて、プロレス会場のような熱気を出して賑わっている。

 

「当店名物! 腕相撲チャレンジ!! 今夜はクイーンのシフトキャンペーン実施中だよ!! 挑戦する命知らずは前に出ろおおお!!」 

 

 スキンヘッドにグラサンという漫画のキャラクターのような風貌の店主・鍛冶田の大声にむさ苦しい歓声が上がる。

 この店では週に三回、店の従業員との腕相撲に勝つとその日の食事が無料になるというおもしろいサービスがあり、隠れた名店として有名だったりする。しかも、店の従業員は元自衛隊や格闘家にボディビルダーなど筋肉密度1000%な経歴の持ち主という噂がまことしやかに広まり、純粋に腕相撲勝負に挑むお客すらいるという伝説まである食堂だ。

 そして、今宵はそんなウルトラマッスルな従業員たちの中でも屈指の実力者である通称クイーンと勝負が出来る特別な日だった。ちなみにクイーンに勝つと食事無料の他に次回来店時に代金半額となるクーポン券がもらえるシステムだ。

 

「いくぞ皆の衆! わたしに勝てる奴はいるかー!!」

 

 店内の中央に置かれたマホガニー製のテーブルの前に立ち、Tシャツとハーフパンツの上からエプロンをした銀髪の少女――喜多村遊は高々と右腕を掲げて挑戦者を募った。他でも無いこの店のクイーンとは彼女のことを指していた。

 そして、今宵も命知らずたちがナチュラルボーン・バーサーカーに果敢に勝負を仕掛けていく。

 ある者は工事現場の作業員。またある者は若い大工。更には現役のレスリング部の大学生などが挑んだがその悉くを遊は熾烈な戦いの末に負かしていく。

 額に大粒の汗を浮かべながら、天真爛漫な笑顔で腕相撲と言う真剣勝負に夢中になって楽しむ彼女の姿にギャラリーのお客や挑戦者たちも魅了され、店は売り上げ的な意味も含めて大盛況となっていた。

 

「ほい、これで七勝! まだまだ、わたしは余裕だぞー! 」 

 

 汗をぬぐい、店内の熱気と温度が上昇を始めた血液の昂りに顔を健康的に赤くしながら大声でアピールする遊。そんな鮮烈な姿にあてられて、本当はそんなつもりはなかったお客たちまで腹の底からこみ上げてくる闘志に動かされて、我先にと彼女へと挑んでいく。

 

 この時間が遊は好きだった。

 殴って蹴って、投げて締める。必要ならば噛みつきだってする、あらゆる暴力の見本市な喧嘩とは趣は違うがそれでも小細工抜きの真剣勝負には何ら変わりはないこの小さな闘技場での腕一本の戦いが大好きだった。

 自分を倒そうと屈強な力自慢たちが、更に己を鍛え上げ、磨き上げて、苦しい努力を重ねて、本気で挑んでくるお客たちの剥き出しの闘志を掴み合った手と肌で感じるのが大好きだった。

 

「すげえ! 今夜もクイーンの全勝だぜ!!」

「チックショー! 筋肉が……プロテインがまだ足りねえ、鍛え直しだ!」

「みんなぁ! 遊ちゃんを祝え! そんで飲んで騒いで明日からまた筋トレするぞ!!」

 

 今夜もまた不敗を達成して勇ましくガッツポーズを決める遊を讃えてお客たちの野太く汗臭い歓声が木霊する。そして、男共は酒や料理を追加注文して閉店時間ギリギリまで呑み明かすのが常連客たちの日課だった。

 

「ふはー! 楽しかったぁ!!」

 

 殺意も敵意も悪意もない。

 純粋な闘争心だけをぶつけ合って、自分たちの持てる力を曝け出す、この戦いの後に残る何とも言えない爽快感のある余韻は彼女にとって格別のものだった。

 

「おやぁ?」

 

 挑戦者の波も落ち着いて、普通に給仕の手伝いもやり始めていた遊はふと妙な視線を感じて真っ暗な夜がどこまでも見える窓の一カ所を見た。

 そこには自分と同じぐらいの年齢の少女が二人、どこの学校は分からないが場違いな制服姿で佇んでこちらを見ているようだった。

 

「おじさん。ちょっと外すねー」

「また喧嘩友達か?」

「うーん……まだ分かんない。穏便な用事だといいけどね」

「ほどほどにしろよ」

「……まあ、ね」

 

 店主であり、一応の保護者である鍛冶田に一言断って遊はすたこらとバックヤードから外へと向かう。

 遊と鍛冶田の関係は少し複雑だった。

 切っ掛けは遊が中学三年生の時、彼女の両親が交通事故で亡くなった時にまで遡る。

加害者側からの慰謝料や両親の保険金などで天涯孤独となった彼女の元には十年間は遊んで暮らしていけるほどの大金が舞い込んできた。

 当時、すでに自分の本質と他人とは違う異常性を自覚していた遊は父の親友で彼女自身も交流があった鍛冶田の元へ行きある取引をした。

 それは自分の手元にある財産を自由に使っていいから、代わりに成人になるまで自分の保護者になって欲しい。ただし、私の生き方にはあまり口を挟まないようにと。いくらお金があっても、ただの子供が一人で生きていけるほど日本の社会は甘くない。法律や制度、規則といった鉄格子や柵が張り巡らされた世界で自分のような厄介な拘りを持った人間は尚のこと生き辛い。

 知識ではなく、本能でそれを分かっていた彼女は当時は店の経営が悪く苦境に悩まされていた鍛冶田にそんな提案を持ちかけたのだ。

 そして、鍛冶田もよく言えば「持ちつ持たれつ」悪く言えば「利用し、利用する」歪で不純な誘いに応じて現在に至っている。

 

 

 

 

 裏口から外へ出た遊を待ち構えるように二人の少女は人気のない駐車場に立っていた。

 二人ともどこにでもいる、普通の女子高生と言った雰囲気だがその顔色はどこか興奮と愉しみでうずうずしているようだ。

 

「やあ、お待たせ! たぶん、初めて会うけどわたしに何か用? 喧嘩した覚えは無いけどなー?」

 

 不思議そうに首を傾げる遊に少女たちはどこか小馬鹿にするような微笑みを浮かべて静かに、それぞれが赤と黒のカードデッキを取り出した。

 

「これ見れば、解るよね?

「私たちとヤってくれるよね」

 

 彼女たちも自分と同じく願いを持ってライダーバトルに参戦している仮面ライダー。その事実を脳が理解した瞬間に遊の中で冷めかけていた血液が再び沸騰するかのように熱くなるのを感じた。

 チンピラたちとの戦いよりも、モンスターとの戦いよりも、何よりもいまこの世界で考えられる最大最高の戦いが――喧嘩が出来る相手が自分たちの方からやって来てくれた。

 

「にっはっは! こちらこそ、いらっしゃいませだ! じゃあ、やろう!!」

 

 尖った犬歯を見せながら、にんまり笑って遊も自分のデッキを取り出した。開戦が決まった三人はそれぞれ駐車場に止められた車のミラーの前に立つとデッキを翳してベルトを装着する。

 

「「「変身ッ!!」」」

 

 三つの叫びが重なって、少女たちは仮面の騎士へと変わると戦場である鏡の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 ミラーワールドの駅裏の路上にて、三人の仮面の騎士たちは二対一という構図で戦いを繰り広げる。メタリックグリーンのレイダーと襲撃者である二人の仮面ライダー。それぞれ赤い蟻の意匠を持つライダーと、鉄色の蠍の意匠を持つライダーだ。

 相手の騎士たちは戦いが始まってすぐに接近してくるレイダーに対して、後退しながらそれぞれの籠手型のバイザーにカードを挿入する。

 

【SHOOTVENT】

 

「食らいなさい!」

「さっさと死んじゃえ!」

 

 同じ電子音声が二つ重なって、赤い騎士と鉄色の騎士は空から降ってきた銃器を構えてレイダーに銃撃を浴びせる。

 

「むう……君たちコンビで遠距離メインなのかい? 寂しいなー殴りたいよ! 殴りに来ておくれよー!!」

「なんであんたに合わせて戦わなきゃいけないのよ!」

「そうよ、これは決闘なんだから! さっさとやられちゃいなよ」

 

 すかさず左腕を構えて、被弾を軽微に抑えるとレイダーは荒々しくパンチを繰り出すが相手のライダーたちは彼女が近づくたびに後退しては牽制程度の銃撃を繰り返す。

 大好きな肉弾戦が出来なくてレイダーはつまらなそうな口調で悪態をつく。が、二色の騎士のコンビはそれすら嘲笑いながら、何か作戦があるのか効果はいま一つな遠距離攻撃をレイダーに徹底する。

 

「なんのッ! そういうつもりなら、こっちも勝手気ままにガンガンいっちゃうぜ!!」

 

【STRIKEVENT】

 

 横っ跳びで銃撃を回避したレイダーは負けじとメリケンサック型のバイザー・ガッツバイザーにデッキから引き抜いたカードを挿入。するとその両腕にはゴリラに似た彼女の契約モンスターであるガッツフォルテの双腕を模した巨大なガントレットが装着される。

 

「フウン!」

「きゃう!?」

「クッ……こっち来ないでよ!」

 

 両腕のガッツナックルを盾のように構えて銃撃を掻い潜り相手ライダーたちに肉薄したレイダーは雄叫びをあげなら力一杯に拳を振るう。

 一打目の右フックは二人とも身を転がして回避した。

 

「どりゃあああああ!!」

 

 赤い騎士がショットガン型、鉄色の騎士が小型の砲型の武器を構えるよりも早く、本命の二打目の拳を敢えて地面に叩き込む。するとアスファルトはビスケットのように砕けて、大小の破片が周囲に勢い良く飛び散る。それはまるで即席のクラスター爆弾だ。

 

「ひぎッ!?」

「ぐああ……い、痛い」

 

 二人の騎士は予期せぬ破片の洗礼を全身に浴びて、悲鳴を上げながら地面に倒れる。思った以上にダメージを負ったのか二人とも手から銃器が離れてしまっている始末だ。

 

「もう、玩具は使えないよ? ほら、おいでよ。カードを切るのを待っていてあげるからさ」

 

 まだ蹲って痛みに悶えている二人の目の前まで歩み寄ったレイダーは戦っている内に感じた彼女たちの違和感を怪しみながら、そう言って二人が立て直すのを待つ姿勢を見せた。

 これは傲慢や油断では無く、単純に喜多村遊という少女が思い切り相手を殴りたいし、殴られたいと思っているからこその行動であった。

 

「バ、バカにして!」

「ダメだよ、チアキ!?」

 

 鉄色の騎士がその陽気さを崩さない態度に怒りを覚えて、慣れない所作で殴るかかる。それを見た赤い騎士の方は迂闊にもパートナーの本名を叫んで制止の手を伸ばした。

 浮ついたパンチが響きの悪い音を立てて、レイダーの胸に直撃するが彼女は微動だにしない。

 

「この! このッ! 死ねよ、死になさいよ!!」

「いいね! けど……なってないよォ!!」

 

 癇癪を起した幼子のように乱暴な口調で不格好なパンチを浴びせる鉄色の騎士。ハッキリ言って他愛のない攻撃だった。そして、それを黙って受けていたレイダーは彼女の攻撃から何かを感じ取り、納得すると強く拳を握り締めて何発目かの相手の攻撃にタイミングを合わせて強烈な右ストレートのカウンターを決めた。

 

「あ……がっ!?」

「君、どうも知らないようだから教えてあげる。人を殴るってのは……こうだ!!」

 

 脳を揺さぶられて、案山子のように棒立ちになった鉄色の騎士にレイダーは強く一歩踏み込むと、全身に力を漲らせる。そして、体全身の筋肉を使って放つ渾身の拳打を叩き込む。砲丸が大地に炸裂するような音と共にレイダーのパンチを食らったライダーは空中でくるくると回転しながら吹き飛ぶと放物線を描いて一台の車の上に墜落した。

 圧倒的な破壊の一撃。

 それは遊の生まれ持った天性の素質と数年に渡る喧嘩道楽で磨き上げられた技術の結晶と言える凄まじい拳撃だった。

 

「おーい、君! 知ってると思うけど、ここ時間制限あるんだから早く起きなよー!」

 

 失神でもしたのかピクリとも動かない鉄色の騎士に呑気に言うレイダー。だが、その内心は意気消沈としていた。ここまでの戦闘でどうやらこの二人のライダーは新人でそれもかなり消極的というか生半可な心意気で戦いに臨んでいたようだということを感じとっていた。

 自分はやらないがプライベートを脅かされる危険性大の身元が割れる情報を口に出してしまうミスもそうだし、決め手に欠けると言うのにちまちまと遠距離戦に固執していたことといい、彼女たちの戦い方は未熟で拙く何よりも覚悟が足りてなかった。

 

「君たちさあ……」

 

【SHOOTVENT】

 

 敵に塩を送るわけではないがとレイダーが何かを言いかけたのを遮って、新たな電子音声が響いた。

 

「来るな! くるなぁあああ! 焼け死んじゃえよおおおおおおお!!」

 

 そして、地獄の釜の蓋が開いたような激しい火炎がレイダーを襲った。不意に全身が炎に包まれるが熱の刺すような痛みにすぐさま体が反応して、致命傷は免れる。

 近くにある自動車の後ろに隠れて、炎の発生源を確認すると赤い騎士が手に持った火炎放射気を乱射しながらヒステリックな叫び声を上げている。

 

「おっと! まさか、同じカードをもう一枚持ってるとはね。いいなぁ、贅沢だよね」

「舐めやがって! 私たち二人は最強なんだよ! 私たち二人なら、どんな奴にだって勝てる……勝てるはずなのにいいい!! モンスターだって、何体も倒してきた! 私たちはこんな雑魚キャラみたいな目に遭っていい存在じゃないんだよおおお!!」

 

 思い通りにならない現実に半狂乱となった赤い騎士が痛ましくも都合の良い慟哭を上げながら周囲を火炎でおぞましく照らしていく。

 きっと、彼女たちはライダーとなる前からずっと二人で行動して来たのだろう。勉強も、運動も、青春も二人で寄り添って切磋琢磨してきたのだろう。

 そして、あの鏡の世界の魔性の姫にでも誘われて仮面ライダーになった後も二人で協力してモンスターを倒して来たのだろう。一方的な狩りでもするように安全圏から攻撃を加えるという自分たちが受ける痛みなどとも無縁の戦いを繰り返して。

 二人の世界はきっと何の障害も無い幸せで順風満帆の世界だったのだろう。

 けれど――。

 

「本当の競争相手を見失っちゃダメだよね。願い事を叶えられるのは一人きりって聞いていないとは言わせないよ」

 

 彼女たちは争い勝ち抜くために打倒しなければならない真の相手を見誤ってしまった。ライダーの敵は何よりも自分以外のライダーなのだ。知っていて、受け入れられずに目を背けたのか。生半可な気持ちで戦いに参加して現実を直視できなかったのか。

 兎にも角にも、彼女たち二人の仮面ライダーは仲良く共闘はしてきたかもしれないが競い合うことを忘れた。高め合うことを忘れた。だから、どれだけミラーモンスターを倒して能力として成長しても、戦士としての技量はまるで成長していなかった。

 

「うるさあああい! これから焼け死ぬ奴が偉そうなこと言うなぁ! それも私たちよりもバカで、脳ミソまで筋肉みたいな野蛮人がさああぁぁ死んじゃえよおおおお!!」

「バカなのは否定できないけど……じゃあ、相棒譲りの秘密戦法で何とかしようかな!」

 

 滅茶苦茶に銃口から吹き出す火炎は確かに強烈で一切の敵の接近を許さない。そして、レイダーにはシュートベントのような遠距離武器を召喚するようなカードは手札には無い。以上の状況から見れば極めて不利なこの状態でもレイダーの口調は軽かった。

 踏んだ場数の違い。戦いという行為における経験値の量の差を見せてやると意気込んでレイダーは強気な姿勢で相手の真正面に躍り出た。

 

「チアキの痛みを思い知りなさいよォ! このぉおおおお!!」

「フン! いいよ、勝負だ!!」

「え……バカなの!?」

 

 赤色の騎士は殺意に満ちた怒声で火炎放射気のトリガーを引いて、紅蓮の劫火を惜しみなく浴びせる。対するレイダーは力強い返事と共に真っ直ぐに目の前に広がる炎に向かって走り出した。その手にはガッツナックルを装着したまま、力づくで引っぺがした自動車のドアが握られている。

 

「カードだけがわたしたちの武器じゃないんだよ!!」

「そんな……もっと! もっと火力上がりなさいっ、上がってよぉ!」

 

 レイダーは車のドアを盾にして炎を防ぎつつ、猛然と一直線に駆けていく。車のドアは常識を外れた力が源である炎の火力の前に容易く焼け溶けていく。しかし、それでも大きな四角形の金属のドアはレイダーの射程範囲までその形を維持していた。

 仮面の奥で笑みを浮かべるレイダー。その笑みこそが反撃開始の狼煙であった。

 

「わたしのとっておきをシュートだ!!」

 

 楽しそうなレイダーの声と共に車のドアを構えた状態で両腕のガッツナックルがロケットパンチよろしく勢い良く発射された。

 

「うそ……わああ!?」

 

 想定外のギミックに虚を付かれた赤い騎士は点ではなく面に変化したレイダーの秘密の遠距離攻撃をまともに食らい背後に建つビルの壁に叩きつけられた。

 

「こんな子供騙し……でッ!? 前が見え、な……しまった!?」

 

 痛みに耐えて目を開けるがその視界は焼けて赤んだドアで覆われ何も見えない。レイダーが仕掛けたこのとっておきは彼女の欠点である遠距離攻撃を一時的に克服しただけではなく、広い範囲を誇る面攻撃であり、相手の視界も遮ると言う幾つもの追加効果を備えた単純ながら利点の良い攻撃手段であった。全てに気付いて、大急ぎでドアを振り払う赤い騎士だったが全ては遅すぎた。

 

「やあ!」

「へ……?」

「おおありゃあ!」

 

 目の前には巨山のような覇気を纏った鋼緑の闘士が立っていた。

思わず間の抜けた声が出る。肉薄してきたレイダーの存在を赤い騎士が知覚するよりも早く、その体は緑の豪腕によって繰り出されたテレフォンパンチでビルの壁を突き破り、瓦礫と一緒に激しく地面を転がる。

 

「ゲホッ……ゴホッ、ひいっ!?」

「さあ、今度こそ君もわたしと思いっきり殴り合ってくれるかな」

 

 苦しそうに咳き込みながら顔を上げた赤い騎士はゆらりとこちらへと歩いてくるレイダーの威容にただの少女のように悲鳴を零した。

 

 人の形をした殺意の塊が迫ってくる。

 意思を持った暴力の化身が自分に狙いを定めてやって来る。

 深緑の大猿の戦士がまだまだ満ち足りていない闘争に飢えた視線で自分のことを見ている。

 

「くるな! こ、来ないでよ! ハア……ヒィ、この! この……入れって! 入ってよぉ」

 

 明確な死が自分に迫っていることを理解して、赤い騎士はライダーとしての顔を脆くも崩して、どこにでもいる十代の少女として恐怖に震えて泣き喚き始めた。

 ガタガタと震える手でデッキからカードの種類も確認せずに無我夢中でバイザーにセットしようとするが余りの怖さに手が言うことを聞かない。

 何枚も、何枚も乱暴に引き抜いては無理やりにバイザーに入れようとするがその全てを無駄にしていく。

 

「入れ! 入って! 何でもいいから、ちゃんと入ってよぉ……こんなのやだよぉ」

「残念だけど、終わりの時間だよ」

 

 赤い騎士の努力は空しく、時間は切れた。

 処刑宣告のようにどこか冷ややかな声で言うレイダーが彼女を背負い上げて、勝負を仕掛けた。

 

「ひぎっ……痛ぁつ!? や、め、て……離して……ぇ」

「できないね。いいかい――これがライダー同士で殺し合うってことさ」

 

 剛力を秘めた両腕でレイダーは両肩に背負った赤い騎士の首と片腿を自分と首と接地した腰を支点に締め上げる。アルゼンチンバックブリーカーあるいはタワーブリッジとも呼ばれるプロレス技を仕掛けたのだ。

 レイダーの途方も無い強靭な力を掛けられてミシミシと肉と骨を軋ませる赤い騎士は呼吸もろくに出来ずに全身に走る激しい痛みに悲鳴を上げることも出来ない。

 

「あぎゃ……ぁぁ、ぁっ………チ、ァキ――」

 

 やがて、潰れたカエルの鳴き声のような声を消え入りそうな大きさで何とか愛する親友の名前を呟くと、赤い騎士はバキリ――と、生々しい音を立てて彼女の体のあちこちの骨が圧し折れる。腰から割り箸のようにくの字に折れ曲がり、ライダーだった名もなき少女の一人は息絶えた。

 

「え……え、え、え? ヒトミ?」

 

 幸か不幸か、レイダーの拳の前に気を失っていた鉄色の騎士の少女が目を覚ましたのは親友だった亡骸が敵の肩の上で塵となって消滅していった直後のことだった。

 

「悪いけど、君のお友達ならいま倒したよ。次は君の番だ」

 

 軽くなった肩を回しながらレイダーが何事も無かったかのように伝えて、狙いを鉄色の騎士ただ一人に定める。

 もっと戦いを楽しみたいが生憎と時間が迫っているのは同時にミラーワールドへやって来たこちらも同じだ。早く、白黒つけたい気持ちだった。

 対する鉄色の騎士はまだ状況が呑み込めずに、ずっとうわ言のようにえ?を繰り返していた。

 

「ほら、立って構えてごらんよ。君の親友ちゃんを殺した仇はわたしだよ。弔い合戦ってやつ? 全力で戦おうじゃない!」

 

 中央から二つに割れた遺品のデッキを彼女の足元に投げ置くとレイダーは陰り知らずの闘士に満ちた声で高らかに宣告する。

 絶対に殺意と憎悪を漲らせてこの鉄色の騎士は自分を殺しにくる。

 まだ技術や実力は乏しくても、感情を爆発させた執念染みた戦意を持って戦ってくれるならこれほど胸躍る敵対者は他にいないと思ったからだ。

 

「や、やだ……私一人で勝てるわけないじゃない。嫌よ! 死にたくない、許して! お願いします。どうか見逃して下さい! ねえ! ねえ、ねえ、ねえ!」

「は?」

 

 目の前に映る涙声で情けなく土下座する鉄色の騎士の姿にレイダーの口からは感情の消えた短い声が出た。レイダーの期待は最悪の形で裏切られたのだ。

 

「そ、そうだ。貴女、私と組んでくれないかしら! 貴女が接近戦の前衛で私が後衛で全力でフォローするの! きっと最強のコンビよ!」

 

 鉄色の騎士はあまつさえ、震えた声でそんな提案をして来たのだ。我が身の命惜しさに鉄色の騎士は恥も誇りも、人間としての尊厳も、ただ一人の親友と交わした友情さえドブ川に捨てた。そのただの命乞いよりも数倍劣る、醜悪で見苦しい姿にレイダーは無言で立ち尽くしていた。

 

「ヒトミのことは残念だったけど、しょうがないわよね。うん……うん! だって、これはライダーバトルなんだもの。私、あの子の分まで全力で生き抜いて戦ってみせるから、この通りお願いよ。お願いします! そもそも私たちだって好きで貴方を狙たんじゃないよの、おススメだって教えられたから、それで! 相性が良いって言われたから」 

「ごめんね。わたしは他人と滅茶苦茶に殴り合って初めて心の底から生きてることを楽しめるような人間なんだけどさ……君のこと殴りたくない。でも君もライダーだからこの場でちゃんと殺してあげるね」

 

「あ、そうよね! 仲間だなんて厚かましいこと言わない、貴女の子分って身分でも受け入れるから、それが気に入らないなら狗でも奴隷でも我慢する。だから、お願いし――」

 

 壊れたラジオ以上に不愉快な騒音を吐き出す、ろくでなし以下の人間の屑に成り下がった鉄色の騎士の首にずっと無言だったレイダーは急に動きを見せると刹那の速さで乱暴に腕を巻きつかせた。

 

「こっちは本気で殺し合いを、命懸けの喧嘩をやってんだ! 半端野郎が……わたしたちを馬鹿にしてんのかッ!!!!!」

「――ッ!?」

 

 フロント・ネック・ロック。

 フロントチョークとも呼ばれるシンプルかつ強烈無比な原始的な絞め技を珍しく怒り一色の感情を爆発させてレイダーは仕掛けた。危うくレイダーが自分の右腕の骨を折ってしまわないかと思いたくなる、全身全霊の力を込めた首絞めは鉄色の騎士の首を一瞬で圧し折った。

 いや、そればかりか断頭台の刃のように怒りによって限界以上に発揮された純然たる剛力のみで相手の首をブツリと寸断してしまった。

 

 ゴロゴロと地面を転がるさっきまで命だった首と切り離された胴体がサラサラと粒子になって消滅すると、レイダーだけが取り残された。

 憤りと不満でいっぱいで力なく肩を落として佇む背中は勝利者と呼ぶには余りにも寂しげだった。

 

「そうだよ。わたしたちは喧嘩やって、殺し合いやって、何よりも個人と個人で戦争やってるんだよ。打てる手を全部打って、無い知恵振り絞って全力でぶつかり合う。そういう覚悟とやる気がある奴だけが居ていい場所なんだよ」

 

 もう、この世にいない実力も意識も中途半端な紛い物たちに現実を突きつけるようにレイダーは不完全燃焼で行き場のない猛りを開放するように荒れた口調で吐き捨てた。

 

「おめでとうございま~す♪ 遊ちゃんってば相変わらず見事な戦いでしたね。感激ですぅ♪」

「アリス……君か」

 

 あまりにも場違いな可憐で綺麗な少女の声がレイダーの背後から聞こえてきた。仮面の奥で遊が少しうんざりした顔を作りながら振り返るとそこには腰まで伸ばした艶やかな黒髪に黒いセーラー服を纏った非の打ち所のない美少女がどこか不遜な笑顔で立っていた。

 常人では生きられないはずの鑑の中の世界であろうと生身で揺蕩う謎多き存在。彼女こそがこの外典のライダーバトルの管理者だ。

 

「すっごいパンチでしたね~本物のゴリラさんよりもパワフルなんじゃないですか、キャー♪」

 

 静かな夜に、少女が二人も命を落とした殺し合いの跡地にそぐわない天真爛漫で滑稽にすら映るハイテンションで振る舞いながらアリスはレイダーに拍手を送る。

 

「一体何のつもりかな? あの二人、アリスがけしかけたんでしょ?」

「遊ちゃん冴えてますねえ。その通りです。あの不真面目なわるい子ちゃんたちに遊ちゃんのこと教えたのは私なのです。てへっ♪」

「まあ、あの子たちの口ぶりから何となくそう思ったけど、わたし何か君に恨みとか買うことしたっけ?」

「いえいえ。今回は完全に私の都合に無許可で遊ちゃんを巻き込んでしまった形ですのでここに誠意をもって謝罪と反省を致しますよ~。大変失礼いたしました♪」

 

 本当に迷惑をかけたつもりがあるのか、アリスはすました顔顔のまま芝居がかった動きでぺこりと頭を下げた。そして、頭を上げるとそこには蠱惑的な魔性の笑顔が浮かび上がる。

 

「だって、あの新人ちゃんたち酷いんですよ。折角親友同士でコンビを組むなんて面白そうな行動をしておいて、ちっとも他のライダーと殺し合わないし、仲違いしてドロドロの修羅場も引き起こさないんですもの~」

 

 ぶーぶーと可愛らしく握った両手を振りながらアリスは先程の二人の期待外れの行動に文句を垂れる。まるでお気に入りの恋愛小説の内容が自分の望む展開とは違う流れになって一方的に不満を上げる読者のような言い草だ。

 

「だ・か・ら♪ 理想的な優良参加者でとっても強い遊ちゃんにお仕置きしてもらうことにしたんです」

「それはいいけど、騙すのはどうかと思うけどなー。あの子たち、相性がどうとかわたしのこと楽に勝てる相手だと思ってたみたいだよ?」

「私ぃ、嘘は言っていませんよぉ? 遊ちゃんとあの子たちの相性は良いとは言いましたけど、どちら側が絶望的に不利だなんて聞かれなかったので答えなかっただけですし♪」

「たはは。鏡の妖精さんは気まぐれで大変だ」

 

 そう言って、アリスは両手の人差し指で白くて柔らかな頬っぺたを押し上げて、八重歯をチラつかせた小悪魔スマイルを作って見せた。

 無垢にして、淫蕩。爛漫にして嗜虐的。

 純粋可憐に見えて仄暗く、ドス黒くて底の見えないアリスのやりたい放題な振る舞いににレイダーも思わず苦笑するので精一杯だった。

 

「それよりぃ、これで遊さんはライダー撃破数が一気に三人に増えましたね! えらい、えらい♪ この調子でバンバン戦って、ガンガン殺り合ってくださいねえ? がんばれ♡がんばれ♡」

「むーん……いまの二人をカウントするのは釈然としないなぁ。あー今日は朝から夕方まで最高に喧嘩したのに最後の最後で興覚めだよ」

 

 チアガールの真似をして、激しく扇情的な動きでスカートの中身をチラつかせながら自分を鼓舞するアイリにレイダーはやりきれない口調でそう言った。

 

「ねえ、アリス。さっきの二人が契約していたモンスターって野良になったんだよね? 場所は分かる?」

「もちろんですよ。そうですね、迷惑料としてリストラされてしまった可哀そうな蟻さんと蠍さんと遊さんが思いっきり遊べるようにちょちょいと特設リングの手配をしてあげまーす!」

「ん、ありがとう。じゃあ、時間もきついから一度戻ってまた来るよ!」

 

 気が付けばミラーワールドに滞在できる制限時間ギリギリになっており、レイダーの指先も微かに粒子のように崩れ始めていた。

 アリスとそんな約束を取り付けたレイダーは一旦現実世界に戻るため、手ごろな車のミラーに飛び込んでミラーワールドを後にした。

 

 

 

 

「あの子たちが契約したモンスターは本人たちよりもう少し歯ごたえがあるといいなぁ」

 

 アリスが教えてくれたモンスターたちのいる場所まで静かな夜道を歩きながら遊は期待と不安の混じった声で独り言をつぶやく。

 仮初とは言え主人を殺された怒りで自分を目にした瞬間により一層、獰猛に襲い掛かってきてはくれないだろうか。彼女の頭の中はすでに次の殺し合い(けんか)に向けて一杯だった。

 

 「アイツは強くて最高だったのにな……」

 

 一度足を止めて、遊は柄にもなく夜空の月を見上げながらポツリと昔を懐かしんで呟いた。

 いまでも脳裏に焼き付いて離れない。最高の喧嘩をした好敵手の記憶。

 お互いの得意手を全て動員して文字通りの大戦争を繰り広げた強敵。彼女が初めて戦った仮面ライダーとの思い出を懐古すれば今夜の二人の仮面ライダーとの戦いは保育園児のお遊戯よりも劣るものだった。

 

「まあ、いいや。いまは目の前の喧嘩をどれだけ楽しむかだけを考えよう。にはは!!」

 

 今夜は残念なことに最後の最後でとても興醒めする戦いをしてしまった。

 それでも、敢えて少女は謳おう。

 この、イカれた世界の中でわたしはいま最高に生きている!

 

 これは一人の歪な少女の物語。

 彼女が彼女らしく生きるようになった始まりと仮面ライダーとしての在り方を決めた忘れじの戦いの記憶である。

 

 

 

 




初めてこのような形でハーメルン内でシェアードワールド作品を手掛けさせていただきましたが他の作者様のキャラクターを喋らせるのがどれだけ大変なのか思い知らされました。

次回からは時系列が過去へと巻き戻り、仮面ライダーレイダー誕生の物語となっています。
全4話程のお付き合いになるかと思いますがどうぞよろしくお願いします。
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