仮面ライダーツルギ・スピンオフ/ドキュメント・レイダー   作:マフ30

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ご無沙汰しております。
ドキュメント・レイダー第二話どうにか更新完了しました。
時間軸がちょっと遡って、レイダー誕生回となっております。
それに伴い今回は地の文が遊の独白で進行している部分が多めになっています。


第二話 ファイル:01 始拳

 ゆらゆらと火が燃える。

 小さくて頼りない火。

 ゆらゆらと火が燃える。

 だけど何故だか魅入ってしまう。

 ゆらゆらと火が燃える。

 まるでそれは命の炎にもみえて。

 

 

 

 

「遊ちゃん。お誕生日会、楽しくない?」

 

 ケーキの上で輪になって燃える蝋燭の小さくも眩い火を何となく眺めていて、お母さんにそんなことを聞かれたのは確か5歳の誕生日だったかな。

 あの頃のわたしは元気よく首を横に振って生クリームたっぷりのバースデイケーキにかぶりついてごまかしたのをぼんやりと覚えている。

 楽しいよ!と嘘でも答えられなかったのは今となっては少しだけ、心残りかなと思っている。

 

 甘いものを食べるのは好きだ。

 辛いのも、しょっぱいのもおいしいものを食べるのは好きだ。

 体を動かすのも好きだ。

 走り回るのも、サッカーやバスケといったスポーツも上手かどうかはさておき、運動するのは好きだ。

 

 だけど、それらが楽しいかと質問されると困ってしまう。

 楽しいとはなんだろう?

 

 小さな頃はよく両親に楽しいってなに?って質問したりもしたけど、欲しい答えは返ってこなかった。むしろ、そんなことを繰り返し尋ねてくるわたしに不安そうな顔をするものだから、幼いながらにこの質問はダメな質問なんだと察知して、小学校へ進学する頃までにはそういう質問は一切しなくなっていた。

 その代わりに、よくするようになったことが笑うことだった。

 わたしが笑っていれば、両親はわたしが楽しい気持ちになっているのだと勘違いしてくれた。両親だけじゃなくて、それは学校の先生や友達もそうだ。

 

 『笑う』と言うことは『楽しい』ことだ。

 その暗黙のルールのような法則を覚えてから、わたしはずっと作り物の笑顔を貼り付けて生きてきた。

 家で両親が笑うのに合わせて、わたしも笑う。作り物の笑顔だ。

 学校で友達が笑うのに合わせて、わたしも笑う。偽物の笑顔だ。

 この世界で近くにいる誰かに合わせて、わたしも笑う。誤魔化しの笑顔だ。

 

「楽しいって、何なんだろう」

 

 いつかの夕焼けの公園で、一人ブランコに座ってそんな独り言を呟いたのを良く覚えている。悲しくないし、苦しくもない。だけど楽しくもなかった、いつかの夕暮れ。

 

 最後に自分のために笑ったのはいつだっただろう?

 そもそも、自分のために笑ったことなんてあったんだろうか?

 

 毎朝、学校へ行く前に洗面台の鏡の前で歯を磨きながら笑う練習なんかしているわたしが?

 毎晩、お風呂の時間に浴室の大きな鏡の前でどうすればみんなにいつもの笑顔が嘘っぱちであることがバレないか笑顔の研究なんかをやっているわたしが?

 本当の笑顔なんて出来たことが今まであるのだろうか?

 そうだろ、わたし。

 そう思わないかい、喜多村遊。

 

 

 

 

 それは七月の下旬。

 小中高の各学校が夏休みを迎えてすぐの出来事だ。

 聖山市のどこかの路地裏に遊はいた。

 何時ものように、柄の悪い悪漢たちを相手に楽しく明るく暴力の応酬を繰り広げているかと思えばこの日は少し違っていた。

 同席している未成年の不良たちに混じって、明らかに一人だけ三十歳は超えているであろう派手なカッターシャツの男が目立っている。

 

「ぁぅ……っ」

 

 短い呻き声を微かに漏らして、蒸し暑く不快な臭いが漂うどこかの路地裏に築かれたゴミ袋の山に銀髪を掴まれた状態のボロボロの遊はまるで生ゴミでも捨てるような乱雑さで放り飛ばされる。

 チンピラたちからの殴る蹴るの暴行で既に意識が飛んでいた遊は縺れた足取りでゴミ山に倒れ込むとだらりと手足を投げ出して、ピクリとも動かない。

 僅かに開いている双眸は何かを吹き掛けられたせいで酷く血走っているが気を失っているのか虚ろで生気はない。

 

「小便臭いガキがよぉ……身の程を弁えやがれ」

 

 カッターシャツの男が吐き捨てた唾がべちゃりと遊の頬っぺたにかかるが傷だらけの遊は余程手酷く入念に袋叩きにされたのか起き上って反撃する様子も見られなかった。

 唯一、両の拳だけは握り締められたまま昏倒しているのは彼女の闘志が成せる技だろうか。

 

「あ、ありがとうございました。御幸さん」

「テメエらもこんな高校生の小娘に舐められてんじゃねえよ、だらしねぇ」

 

腹を何度か蹴りつけて、遊が完全に沈黙しているのを確認してから、不良学生の一人が恐縮した様子で御幸と呼ばれる男に深々と一礼して言った。その筋の人間である御幸はそんな弱腰な後輩たちを叱責しながら、用は済んだとばかりに煙草を咥えて表通りへ続く道を進み始めた。

 

「けど、あいつも流石に催涙スプレーは効くんだな」

「ああ。なんか卑怯クセェからずっと使わなかったけど、こんなんならもっと早く使えば良かったぜ」

「ぎゃっははは! 全くだよなあ!」

「……おい。お前らは何か? 俺が卑怯者だとでも言いたいのか? 誰のお陰であの女に土ぃ付けられたと思ってんだ?」

「いえ、そんなまさか! 頭脳プレーってやつですよね? マジ、パネエっすわ!」

「分かればいいんだよ。大体、こんなもんは勝てばいいんだよ。負けた奴がなにほざこうとも負けた時点でそれは全部、負け惜しみになるんだからよ」

 

 勝利の要因について、馬鹿笑いして盛り上がる不良たちに苛立った様子で御幸は口から紫煙を吐きつけながら威圧した。

 なんてことはない。

 この御幸という男は実力では無く、姑息な騙し打ちで遊のことを無力化して、多勢に無勢で一方的に勝ちを取っただけにすぎない。正々堂々殴り合う喧嘩の作法という彼女の土俵にすら上がってもいないのだ。

 しかし、御幸の言葉にも一理あった。

 規則やルールを設けられた競技の枠の中にある武道やスポーツならいざ知らず、遊や彼らのやっていることはそんな決まり事など一切無用の喧嘩稼業なのである。不覚を取ってしまった方が悪い、無法の世界。そこには勿論、年齢も身分も性別もお構いなしだ。

 だから、今日の敗北は全て遊の未熟が招いた結果だ――命があるだけ十分にマシな結果といえるだろう。実際、意識はいまだ夢と現の境を彷徨って入る彼女だが気落ちは無かった。こんな日もある、と多少の悔しさこそ覚えるがこの敗北で挫折したりといったことは皆無である。強いて言うのなら、思い切り相手をぶん殴る回数がいつもより少なかったのを不満がる程度の物だ。

 

 そして、こんな日だからだろうか?

 ゴミ山に廃棄された遊は久しぶりに懐かしい夢をぼんやりと見ていた。

 作り物の笑顔を貼り付けて、退屈で味気のない日常を楽しく生きるフリをしていた毎日から救われて、答えを得た日の記憶である。

 

 

 

 

 味のしなくなったチューインガムのような、ぼやけた小学校生活を平凡に終えたわたしは聖山東中学校の一年生になっていた。

 相変わらず楽しいとは何なのかは分からず、それを探すことへのやる気もすっかり失せてしまっていた。

 だけど、運命の日は本当に突然にやって来た。

 忘れもしない中学校生活が始まって、ようやく一ヶ月が過ぎようとしていた四月下旬のとある日。その放課後のことだった。

 当時のわたしのクラスには別の地区から進学してきた乱暴者として近所でも有名な不良君が一人いたのだが、その不良君がクラスの女子の一人と言い争いを起こしたのだ。

 その女子が付き合っている相手が年下の小学生男子なのを不良君がからかったのが原因らしいのだがその口喧嘩がよりにもよって、わたしの鞄がしまってあるロッカーの前で行われているのだが始末が悪いったらない。

 ギャンギャン、キーキーと二色の罵声が大きな声で飛び交うものだから。居眠りしているフリをして喧嘩が終わるのを待っていることも出来ない。どうしたものか――。

 

「あたしはなあ! 本気であの子と恋愛してんだよ! 野犬みたいに勝てる相手にしか粋がれない半端野郎が口挟んでくるんじゃねえよ!」

「んだと、日吉テメエ!!」

 

 教室に残っていた他の生徒たちが不安そうに事の流れを見守っているなかで女子の方がとびきり大きな声で不良君に怒りの叫びをぶつける。

 その言葉が真実かどうかは知らないが、とにかくそれが癪に障った不良君はその女子の髪の毛を乱暴に鷲掴みにした。

 取り巻きたちが自分のことのように悲鳴を上げるなかで何故だかわたしの体は勝手に動いていた。たぶん、日吉という名前の友達でも無い女子が言った『本気』という部分に何かを突き動かされたんじゃないかなって、いまでは思っている。

 自分に真似できないすごいことを実践している誰かを尊敬して、力になってあげたいっていう気持ちはきっと、あのときのわたしにとっても偽物じゃなかったと思う。

 

「それぐらいにしなよ、不良君。女の子に喧嘩で勝っても武勇伝にはならないでしょ?」

 

 日吉という女子の髪を掴む不良君の手を更に上からわたしの手を覆い被せて、場を落ち着かせるつもりでそう言った。だけど、この言葉が何故か不良君の怒りの火に油を注ぐことになったようだ。(あとから、クラスメートに喜多村はたまにプロかよってレベルで他人のこと煽るの上手いの直した方がいいよと言われたけど、何のことやらだ)

 

「ほらー髪は女子の命って言うじゃん? とりあえず、この手は離そ――」

「邪魔だクソが!!」

 

 和ませるつもりでそんなことを言いかけているわたしの顔を不良君は思い切り殴り飛ばした。左の頬っぺたに強い痛みと衝撃が走って、体が頭からすごい勢いで振り回されるような感覚に襲われる。

 たぶん、時間にして3秒も掛らないあっという間の出来事なんだと思うけど、わたしにはそれが何分、いや何時間にも感じるぐらい鮮明な感覚として全身に駆け巡った。

 殴られた痛みに。暴力によって床へと吹き飛ばされそうになる衝撃に。口の中に広がる血の味――全部、全部、全部、全部、全部が初めてで新鮮な気分だった。

 大波か火山の噴火のような激しさで全身を震わせる覚えのない気持ちで満たされながら、わたしは不良君のパンチでボーリングのピンのように派手に教室の床に倒れ――なかった。

 

「ッ……にはは」

 

 右脚が軋むほど強い力で踏み止まって、右手を壊れるほど強く握り締めて、両目を太陽よりも激しく煌めかせて、わたしは全くの初心者だというのに全身のバネを活かして、格闘技の経験者も唸るほどの最高の右ストレートで不良君を間髪入れずに殴り返していた。

 

「ぶげえあ――!?!?」

 

 わたしの一撃を食らって、不良君は情けない声を上げながら横滑りに教室から廊下まで吹っ飛ぶと泡を吹いて気絶した。

 あまり褒められたものじゃないと思うけど、教室中がその場にいた生徒たちの割れんばかりの歓声で包まれた。まるでTVや動画サイトで見かける有名人がやって来たかのようなお祭り騒ぎだ。

 

 そして、わたしの方はというと――。

 

「……いいね」

 

 誰にも、わたし自身にも言葉として聞き取れないような小さな声で生まれて初めて繰り出した拳の感想をぽつりと呟いていた。

 

 その瞬間――わたしの、喜多村遊の願いが産声を上げた。

 胸を突き破って、心臓が飛び出てしまうのではないかと思うぐらいに鼓動が鳴りやまなかった。

 体中を巡る血が 燃えるように熱くなって、興奮で汗が止らなかった。

 口元が上を向いて緩むのを自覚して、慌てて両手で口元を抑えて隠した。

 ドキドキでワクワクが体の奥底から止めどなく溢れてきて、怖いくらいだ。

 

 嗚呼、嗚呼……わたし、笑っているんだ。

 嗚呼、嗚呼……わたし、楽しいんだ。

 

 暴力を振るったことに?/似ているけど、いいえ。

 誰かを傷つけたことに?/近いけど、いいえ。

 痛みを感じることに?/惜しいけど、いいえ。

 

 強い誰かと戦うことに?/はい! YES! そうだ! そうとも! その通りさ!

 

 やっと、分かったんだ――わたしという人間の生き甲斐が!

 ようやく、見つけたんだ――わたしという人間の命が輝ける瞬間が!

 ついに、出逢えたんだ――ずっとわたしの奥底に隠れていたわたしの願い事が!

 

『わたしは戦うことが大好きなんだ!!!!!』

 

 わたしの心が大きな声で叫んでいた。

 この日から、ずっと無色で退屈塗れだったわたしの毎日は全てが虹色の色彩を帯びて輝くようになった。

 

 好きなごはんを食べれば、美味しくて楽しい。

 好きなように運動すれば、気持ちが爽やかになって楽しい。

 好きな友達と遊べば、嬉しくて楽しい。

 

 そして、何よりも――強い人と思いっきり殴り合って喧嘩をすれば、楽しくて楽しい!!

 神様にだって宣言できる!!

 この日。この瞬間に初めて、喜多村遊は本当の意味でこの世で生きている実感を覚えたんだ!!

 

 これがわたしにとっての始まりの拳だった。

 

 

 

 

「あ……わたし、寝てたかー」

 

 初夏の暑さで腐臭が増したゴミ袋のベッドの上でわたしは目を覚ました。

 催涙スプレーを顔面にもろに浴びて、そのままタコ殴りにされたことは覚えている。久しぶりの大負け。ここまで負けると、一周回って胸の内はスッキリしている。

 

「お。一番星見ぃーっけ」

 

 何処までも空へと伸びているコンクリートのビルで囲まれた四角い空で瞬く星を見つけて、随分と長く気を失っていたんだとぼんやりと思いながら立ち上がる。

 あちこちがズキズキと痛むがまあ、よくあることだ。服とか破れていないのは幸いである。

 

「今日はパンツも盗られてないし、ラッキーな方だよね」

 

 世の中には色んな趣味の人が居るようで、喧嘩道楽を本格的に始めたばかりの頃に今日のように大負けしてのびていたときは目が覚めたら下着を脱がされていたこともあった。しかも、そう言う日に限って風が強くて家に帰るまでに苦労した覚えがある。

 流石のわたしも露出狂の変態さんでお巡りさんのお世話にはなりたくない。どうだい、ちょっと女の子らしいところもあるでしょ?

 

「にしても、眼潰しは厄介だなー……目を閉じたままでも喧嘩出来るように練習してみようかな? おお、それなら真夜中の灯りがないところでも戦えちゃうぞー!」

 

 わたしにとって、喧嘩とは生活の一部だ。

 普通の人が歯磨きやご飯を食べる練習をしないように、基本的に喧嘩のために修行とかトレーニングみたいなことはやらない。

 体が感じたままに、心が思うままに、暴れるだけ。

 それが一番楽しくて、生きている感じを味わえる。

 だけど、近頃はその喧嘩を素直にやらせてくれないゴロツキさんたちが急増中だ。

 わたしが誘っても相手にしてくれなかったり、今日みたいに小道具を使ってあしらわれてしまう。だから、大切な日常生活の習慣を守るためにも、これぐらいはやってもいいだろう。

 

「とりあえず、表通りに出るまでやってみよう!」

 

 思い立ったが吉日としばらくの間、目を瞑って歩いてみる。

 最初は恐る恐るの歩調だったけど、慣れてくると思い切って堂々と歩いた方がむしろ安全な気がして、胸を張ってそれなりに曲がりくねった路地裏を闊歩する。

 

「スンスン……あ、匂い変わった! ひゃっほう、ゴールだぜ!」

「きゃあ!?」

 

 生ゴミや汚水なんかが混じった不快な臭いが薄れて、夕飯時で揚げ物や焼き魚といった食べ物の香りがあふれるちゃんとした生活感のある空気を感じ取り、勢いをつけて表通りに飛び出したところ、出会い頭に誰かとぶつかってしまった。

 慌てて目を開けて、咄嗟に体勢を崩して転びかけている相手の手を掴み取る。わたしと歳の近い女の子。制服姿だけど、聖山高校のものではない他校の高尚な感じのデザインだ。

 

「ごめんね、急に飛び出しちゃって。怪我とか大丈夫かい?」

「ええ。ちょっとビックリしましたけど、平気です」

 

 黒髪でメガネの清楚な感じの女の子は嫌な顔一つせずにそう言ってくれた。

 わたしの周りにはいない如何にも良家のお嬢様って感じの彼女の足元にパスケースのようなものが落ちているのに気付いて、おもむろに拾い上げると学生証なのか彼女の名前らしきものが載っていた。

 

「これ、そちらさんのもので合ってるかな? あや……あくた?」

綾芥子(あやけし)って読むんです。珍しい名字でしょう。綾芥子撫子(あやけしなでしこ)っていいますの」

 

 確かに見かけない苗字にわたしが?マークを浮かべていると彼女の方から名乗ってくれた。大和撫子って言葉があるけど、なるほど彼女のような見た目と所作の人なら、撫子って名乗っても違和感はないなと勝手に納得してしまう。

 

「あら、貴女。あちこち怪我をしているようですが……」

「たはは……まあ、ちょっとそこで転んじゃって。大丈夫、いつものことだから」

「お顔にまで切り傷が出来ているじゃないですか。いけませんよ、少し屈んでもらっても」

「は、はい」

 

 意外と押しの強い言葉に思わず体が従ってしまう。

 何だろう、上手く言えないけど彼女にはNOと言えない、言わせない妙な威圧感のような物を感じてしまう。

 すると、彼女――綾芥子さんはポケットから取り出した可愛い絵がプリントされた絆創膏をわたしの頬っぺたに貼ってくれた。

 

「これで何もしないよりはマシかと思います。家に帰ったら適切な手当てをすることをお勧めしますわ」

「ご、ご丁寧にどうも」

「何があったのかは深く問うつもりはありませんが顔は女の武器ですよ? 何事も手入れを怠っては肝心な戦いに勝てません。勉学にしろ、色恋にしろ、何事もです」

「あはは。たぶん、そういう戦いにはわたし縁がないと思うんだけどなー」

「そう? くすす……詰めが甘いと痛い目に遭いますよ」

 

 冷やかで綺麗な笑みを見せて、小粋に笑う彼女にわたしはとぼけたようなことを言うので精一杯だ。住む世界が違うと言うのはきっとこういうのを言うのだろう。

 

「では、ごきげんよう。えと、お名前は?」

「あー……喜多村遊です。はい」

 

 喧嘩屋さんのようなことに片足どころか半身ぐらい突っ込んでいるわけで、あんまり名前とか名乗りたくはないんだけど、わたしだけが名前を知っていると言うのは不公平だから仕方なく、彼女に自分の名前を明かした。

 すると綾芥子さんはにっこり笑うと「良い名前ですね」と優雅なお嬢様笑いを置き土産にスタスタと雑踏の中へと消えて行ってしまった。この街は本当に不思議な人が多いと改めて感じさせられる。

 

 途中でそんな稀な出会いを経験しながらわたしは聖山区にある自宅に到着した。

 最近はあまり登校していないけど、高校まで徒歩で約30分の距離にある平屋建ての一軒家で生まれてから両親と死別してからも一人で住み続けている愛着のある我が家だ。

 一戸建てだけど、実は借家だったりするからお父さんたちが死んじゃったのを契機に引き払うつもりだったけど、天涯孤独になったわたしに同情した大家さんが家賃を随分と値下げしてくれたので、ありがたく住まわせてもらっている。

 近所にごく普通のお総菜が美味しいお店が連なる商店街や交番があって人の目もあるため、喧嘩で叩きのめした不良くんたちがお礼参りに家まで押し掛けてこないというのも嬉しいポイントである。

 

「んー? 鍵開いてる?」

 

 玄関の扉が開いているので少し首を傾げる。

 けれど、雑に脱ぎ捨てられたわたしのものではない女物の靴を見て、事情を察した。

 我が家の合鍵を持っているのは鍛冶田(おじさん)ともう一人がいるだけだ。

 

「たっだいまー」

「おっす。おじゃまー」

 

 玄関を上がってすぐ右の畳部屋のリビングへ入ると淡い桜色の髪が綺麗な同世代の女の子がラフな格好で漫画雑誌を片手に寝転がってくつろいでいた。

 

「佳奈ぁ。別にいつ来てもいいけど、一言ぐらい連絡おくれよー。泥棒でも居るかと思ったじゃん」

「いやいや。あんたのケータイ、ここに置きっぱだし」

「あ、ホントだ」

 

 シャドーボクシングをしながら言うわたしに、三白眼でちょっと勝ち気な雰囲気の美人さんなこの女子は鋭いツッコミを入れてくる。

 彼女の名前は日吉佳奈。わたしと同じく聖山高校に通う二年生。

 この世に生きている実感を見出した完全体・喜多村遊の誕生のきっかけを作った張本人であり、いまも酔狂なことにわたしのどうしようもない性分を知っていて尚も友達をやってくれている親友だ。

 

「で、今日はどうしたの?」

「彼氏がさ、あたしが作った筑前煮がたべたいって言うから作ってみてさ。試作品持ってきたから、食え」

「えーっと……三年のバスケ部の先輩だっけ?」

「そりゃあ二人前だよ。いまの彼氏は金型加工の職人さんな」

 

 そう言って、佳奈は勝手知ったる足取りで隣のキッチンへ移るとこれまた当然のように我が家の冷蔵庫を開けて、持参したタッパーに入った筑前煮をわたしに見せた。

 

「ありがたやー! 佳奈に彼氏さんがいる期間はいろいろとおこぼれを貰えてわたしの味覚の水準もウナギ昇りだよ」

「そのまえに風呂入りな。今日も派手にやってきたんだろ?」

「それがねー今回は負けちゃったのだよ。催涙スプレーってので前後不覚になっちゃって」

「なにさそれ、卑怯クセェなあ。まあいいや、あんた頭の切り替え早いのぐらいが取り柄なんだから、あたしの上手いメシでも食って気分転換しなよ」

 

 一度鼻息荒くわたしを倒したゴロツキ達に憤って、次の瞬間にはケラケラと笑って佳奈は言う。

 わたしよりも小柄で華奢な体型なのに佳奈の面倒見の良さというか、頼り甲斐のある物腰は常々感心する。

 彼女のことを簡単に説明すると世話焼きで、意外と料理上手で、恋多き乙女で、何よりも自分の生き甲斐に本気で向き合える人――というのがわたしの見てきた印象だ。

 

「すごい自信だ。今度の人は一年以上添い遂げられるといいねえ」

「余計なお世話だよ。それより、あんたは生ゴミくせーから早く風呂に行けって!」

「ここ、わたしン家なのになんで佳奈が親みたいに仕切るのさぁ」

 

 良妻賢母、あるいは理想の恋人みたいなのが佳奈の目指すところの目標らしいがどう考えても彼女は肝っ玉母ちゃんな振舞いになってしまうらしい。

 そんな佳奈にチクチク言われて、わたしは素直にお風呂場でシャワーを浴びることにする。脱衣所でパパッと汚れたセーラーの制服を脱いで洗濯機に放り込み。身軽になった状態で鼻歌を歌いながら浴室へ行こうとしたところで「制服ちゃんとネットに入れろよ!」という佳奈のありがたいお言葉を貰って、言いつけ通りに洗濯物を入れ直して、改めてシャワーヘッドから流れ出るお湯を全身に浴びる。

 

「はあああぁぁぁ……きもちいい」

 

 熱いシャワーに無防備な全身をくぐらせると血や汚れと一緒に疲れなんかも一気に洗い流せる心地になる。傷口にお湯がしみこんでチクチクもするがこれはこれで慣れるとクセになる。湯船にお湯を張ってのんびりとお風呂を楽しむのも好きだけど、今日は佳奈もいるから手短に済ませよう。

 何より、お腹がペコペコだ。

 

「あや……しまった。あの子に貼ってもらった絆創膏、取れちゃったよ」

 

 髪も、腕も、脚も、胸も全てまとめて泡立てた石鹸で良く洗って。少し温度を上げたシャワーで一気に流していくとふと、足元に溜まったお湯に頬っぺたから流された絆創膏が浮かんでいるのを見つけた。

 

「また会えたら、お礼に何かごちそうしよう」

 

 貼ってもらってまだ一時間も経っていない絆創膏をつまみ上げて、少し彼女の好意に対して申し訳ない気分になりつつ、わたしは身も心もさっぱりするとお風呂から上がった。

 

「ぷっはー! 生き返る~!」

 

 生乾きの髪に適当にタオルを巻きつけて、冷蔵庫で冷やしてある水出し麦茶をとりあえず一杯。

 キンキンに冷えたほのかに香ばしいお茶が体内に流れ込んでわたしの全神経が拍手喝采で喜んでいる。キッチンでは佳奈が筑前煮を電子レンジで温めつつ、夕ご飯を作ってくれている。ありがたや。

 

「もうすぐできるからリビングで涼んでなよ。けど、その前にパンツ履け」

「いいんじゃん。女同士だし、我が家だしー」

「はしたねえし、面と向かって色々と見せつけられながら飯食うことになるあたしの気持ちを考えてみろ、妖怪全裸女!」

 

 究極の非武装形態(すっぽんぽん)でキッチンをうろつくわたしに佳奈が小さな雷を落としてくる。とはいえ、夏場の風呂上りに全裸でクーラーの効いた部屋で涼む開放感を前にしてはそんなものは小鳥の囀りのようなものだ。

 つまり、わたしはまだ服はおろかパンツを履く気なんて毛頭ないのだよ、佳奈。見られて恥ずかしい身体はしていないつもりだしね。

 

「んん~佳奈ってばナニを見る気でいるのだね? ギャー佳奈さんのえっち」

 

 あべこべにちょっとした悪戯心で敢えて調理中の佳奈の背後に回り、意味も無く体を密着して彼女曰く宝の持ち腐れな大きさと形の我がお胸を押しつけて、ふざけた声色でからかってみる。

 

「あんたがぶら下げてる無駄にご立派な二つの肉桃のこったよ! なんでいつも甘いものばっかり食ってるくせに腹じゃなくて胸にばっか肉が付くんだよ! このぉおおおお!」

「熱ッ! いたた! 菜箸で変なところ突っつかないでおくれよー! 佳奈の変態! マニアック! 女王様!」

「誰が女王様だ! 全裸JKが偉そうなこと言ってんじゃないよ!」

 

 小粋なジョークのつもりが慎ましく謙虚な体型の佳奈の逆鱗に触れてしまったため、わたしはあまり大きな声では言えない体の部位をいろいろと熱を帯びた菜箸で摘ままれたり、突かれたりするという高度なプレイを受けてしまった。お嫁にいけなよ、くすん。

 これ以上は言いつけを守らないと本当に熱々のフライパンでお尻をひっぱたかれる可能性も出てきたのでわたしは不本意ながらパンツとTシャツを着て、夕飯が出来上がるのを待つことにした。

 

「ほれ、塩レモン焼きそばお待ち」

「いただきます!」

 

 美味しそうな匂いを漂わせる佳奈特製の豚肉と野菜たっぷり焼きそばを遠慮なく豪快にすする。

 うんうん。見た目に負けない美味しさだ。レモンの酸味がまた絶妙なんだな。旬じゃないけど細切りにしたタケノコの食感もたまらない。

 

「痛うまー! 無限に食べるかもしれないよ、佳奈」

「なんだ、痛うまって」

「口の中が切れて塩気はしみるから、痛うまなのだよ」

「そういうことな。で、肝心の筑前煮の方はどうよ?」

「美味しい以外の言葉が見つからないね! あ、でも、わたしはもう少し甘口でもいいと思うけどな」

「なるほど。遊がそういうなら、味付けの加減はこのままがベストだな」

 

 わたしの感想という名のリクエストを聞いて、佳奈はクールな様子でスパッと即答した。

 

「佳奈さんや、わたしの感想が雑に処理されたような気がしたんだけど気のせい?」

「イカれた甘党がどの口で言うんだよ。ま、まあ……毎回感想ありがとな」

「ツンデレかい? 可愛いやつめ。いまの彼氏さんと別れたら、もうわたしのとこにお嫁においでよ」

「バカ言え。あたしはな病気かって言うぐらい恋と男が大好きなんだよ」

 

 わたしのおどけた言葉に対して、佳奈はいつか乱暴者の不良と対峙した時同じように一片の曇りも無い真剣な面持ちでそう答えた。

 

「その決め台詞さ、誤解されるからわたし以外にはあんまり言わないでおいた方がいいと思うよ」

「好きなものを好きだって言って、何が悪いんだよ。遊が殴り合いが死ぬほど好きなことと、あたしの好きなこと……何の違いもないだろう。どっちも同じぐらい真剣で、どっちも自分が満ち足りてれば、他人の目なんて知らないね」

 

 本当に、彼女のこういう姿勢には感心を通り越して友達ながら尊敬する。

 両親との死別を機に本格的に本性を表に出して、喧嘩道楽を邁進するようになっても変わらず友達で居続けてくれる彼女の懐の広さとその価値観はいつも驚きであり、勉強になる。

 

「にはは。佳奈のそういうとこ大好きだよ」

「え……なにその、真っ当なヒロイン面したコメント。きもい」

 

 でも、たまにこのぞんざいが過ぎる対応は少し直して欲しいとも思う。

 親しき仲にも礼儀ありって、みんなのところでも言うよね。

 

「それよか、遊あんたさぁ炊飯器でなんつーもん作ってんだ」

「ムフー! 驚いたでしょう、わたし渾身の炊飯器ホットケーキ! 本当は今日の夕ご飯だったけど、後でデザートに食べよう。佳奈も食べるよね? ポイップクリームとメイプルシロップどっちかける?」

「ホントによく食べるやつだなぁ。1/4ぐらいでいいからな、メイプルで。ついに砂糖水で白米炊いたかと思って焦ったよ」

「そんな無謀なことする人、流石にいないよー」

「鏡見てこい。その無謀なやつ予備軍の顔を拝めるぞ」

 

 こんな風に気心の知れた者同士でぐだぐだとお喋りしながら夕ご飯を食べ終えて、絞めのデザートを堪能していた時だった。佳奈がわたしに面白い話を聞かせてくれた。

 

「そういえば。鏡で思い出したけど、最近街で流行ってる噂話って知ってる?」

「なにそれ?」

「鏡の中にこの世の物とは思えない怪物がいて、急に飛び出して来ては人間を襲うんだってさ。そんで、そんな怪物を仮面の騎士ってのが退治してるとかいう……仮面ライダーとか言ったかな? B級のファンタジー映画みたいな都市伝説だよ」

「へー、ふーん……鏡の中に怪物ねー」

「ああ……やっぱり、そういうリアクションするよな、遊はさ」

 

 佳奈が呆れた顔でわたしを見ている。

 きっと、いまのわたしは遊園地にでも行ったように満面の笑みを浮かべているんだろう。

 

「鏡の中の怪物と喧嘩したい。みたいな理由でその辺の窓ガラスに突っ込んで怪我してもお見舞いとか行ってやらないからな」

「そこまで脳ミソ筋肉じゃないから! いるわけないじゃん、そんなの」

 

 片手を振って、馬鹿げているとアピールしてわたしはこの話題を打ち切った。

 未知の怪物と戦えるかもしれないというポイントは興味深いけど、所詮はフィクションだと言うのは幾らわたしでも分かっている……つもりだ。

 

「遊が思っていたよりも聡明で安心したよ。さて、そろそろ良い時間だからあたし帰るわ」

「んー彼氏さんの迎えに行くの?」

「いや、そういうわけじゃないけどさ……これでも色々忙しいんだよ」

「ごはん、ごちそうさま! 気をつけて帰りなよ」

「そうする。またね、遊も早く寝て怪我治せよー」

 

 そういって、帰っていく佳奈を見送って玄関を閉めると夕立のように急激に独りの静寂が我が家を包み込んだ。一人ぼっちになった小さな家の中で、いそいそと食事の片づけを行い、洗濯もバッチリ済ませると、いよいよやることがなくなってしまう。

 見たい映画もないし、佳奈が持ち込んでは置いたままにしている雑誌や漫画を読む気にもなれず、いい時間潰しも思い浮かばなかったわたしは小学生でも起きているであろう時間帯から布団に潜り込むと朝まで泥のように眠っていた。

 

 

 

 

 次の日。わたしは珍しく制服ではなくTシャツとジーパン姿で月見区にある聖月パレスタウンの周辺をうろついていた。我ながら神妙な顔つきでガラス張りの建物を虱潰しに散策する。

 年頃の女子高生らしくウインドショッピングをしているわけではなく、本当の目的は昨日佳奈が話してくれた鏡の中にいると言う怪物探しだ。あと、いれば仮面ライダーって人も。

 

「近所のちびっ子たちのことをお子様だなんて笑えないなー」

 

 照りつける夏の日差しに少しうんざりしながら、昨日親友に対して言った言葉は何だったのかと思わず自分に苦笑いだ。

 だけど、しょうがないじゃないか……そんなすごそうな存在がいるのなら、見つけて戦ってみたくなるのは当然だ。

 人間を襲うぐらいなのだから、もしかしなくてもその辺の不良君やチンピラさんよりもずっとずっと強いはずだ。

 

「怪物って言ってたけど、そういえば大きさとかは聞いてなかったなー。50mとかだったら流石に喧嘩にならないかな?」

 

 ふと、考えが至らなかった問題に気付いて思わず怪物探しの足が止まってしまう。確かに腕から光線を出す巨大変身ヒーローが戦う怪獣サイズだとしたら殴り合いの喧嘩は出来ない。最悪の場合は踏み潰されてお終いだ。

 

「けど、まあ……限界まで攻撃を避けて、蚊みたいな威力しかなくても殴れるだけ殴れれば、そうなってもいいか。きっと、死ぬギリギリまで楽しめるでしょ」

 

 けど、その問題に対する解答を大体2分ぐらいで導き出して、わたしはまた歩き始めた。正直なところ、中学一年生で強い誰かと殴り合いの喧嘩をすることでしかまともに生きている喜びを感じられないという性分に気付いてからいまに至るまでに、自分という人間が生まれる国はおろか時代や世界もちょっと間違えちゃったなという自覚はある。

 だけど、今更また昔のように偽物の笑顔を貼り付けて、生きている真似をして寿命をだらだらと使い潰すぐらいなら、見たことも聞いたことも無いぐらい強い存在に全力でぶつかって歓喜に震えながら死んだ方が有意義だ。

 

「鏡のかいぶつ、出っておいで~♪ 美味しい獲物が遊びにきったぞ~♪ わたしを喰いたきゃ殴って蹴って遊びましょ~♪」

 

 即興の歌を口ずさみながら、怪物探しを続けていると土地勘がないこともあってかいつの間にか人気のない市営駐車場に出てしまっていた。

 車の窓ガラスも鏡とは言えなくもないが一台一台を見て回っていたら流石に不審者に思われるだろうから引き返そうとする。そんな時だった――。

 

「貴女、いいですね♪」

「え?」

 

 耳元に突然、知らない女の子のような声が聞こえた。

 慌てて後ろを振り向くが誰もいない。

 だけど、空耳には思えなかった声の主を捜してわたしは駐車場のまわりをきょろきょろと見て回ってみた。すると、再び声が聞こえてきた――。

 

「こっちですよ~♪ ほら、ほら! ここに何処にお出ししても恥ずかしくない美少女がいるの分かりますぅ~?」

「……いた」

「あ、やっと気付いてくれましたね~♪」

 

 ある一台の車の窓ガラスに誰か、わたしではない少女が映っている。

 腰まである深い黒髪。

 明るそうな性格をしていると思わされる大きな瞳。

 そして、どこの学校のものともつかない黒いセーラー服を着ていた。

 

「えーっと、こんにちは?」

「こんにちは。私はアリス。貴女の願いを叶える方法と機会をプレゼントするキュートでセクシー。可憐で純情な女の子です♪」

 

 喧嘩ばかりして頭や顔も随分と殴られてきたから、いよいよわたしも精神的にポンコツになったのかなと思ったがもう一つの可能性が頭をよぎった。

 鏡の中にいるようにしか見えないこの女の子が例の噂話の鍵を握っているのではないかと、深く考えることが苦手だが勢い任せで決めた物事は割と良いことが多かったわたしの本能がそう告げていた。

 

「突然ですが! 貴女はどうしても叶えたい願いってありますか?」

「はい! 強い人とガンガン喧嘩がしたいです! 人間相手だとうっかり殺して逮捕ちゃうかもしれないから、丈夫で元気な相手なら人間じゃなくてもいいかなーっと」

 

 クイズ番組の司会者みたいにビシッとこちらを指差しながらキラキラした笑顔でそんな質問を飛ばしてくるアリスという女の子に、わたしは心から湧き出た願いをそのまま口に出した。

 

「ビックリするほど単純明快な願い事、大変素晴らしいですよ! アリスちゃんも貴女のような賑やかし役が欲しかったので幸せいっぱい、夢いっぱいです!」

「よく分かんないけど、おめでとう! で、君さ……どうすれば怪物に会えるのか知っているよね?」

 

 言葉の真意は分からないけど、どこか仄暗い感情を隠している様な弾ける笑顔で拍手を送って来るアリスという少女に、わたしはお腹を空かせた肉食獣のような笑顔を浮かべていた。鏡に映っていることではっきりと自覚できる――わたしはいつも、こんな風に笑っているのか。

 

「このカードデッキを手に取ってください。そうすれば、貴女の本当の願いが叶います」

 

 アリスは可愛らしい仕草で口元を両手で隠しながら、一瞬わたしのこと見下すような眼差しを向けると真面目なトーンで言いながら緑色の小箱のようなもの鏡の中からこちら側へと差し出してきた。

 

 そう語る少女をもう一度窺うと、その大きな瞳に吸い込まれてしまいそうだった。

 どこまでも果てのない。深い闇の底――飛び降りたそこにはとんでもない魔物がいそうで、わたしの心は無意識にそわそわと昂っていた。

 

「それじゃあ、遠慮なく!」

 

 そして、わたしは一瞬の迷いも無くカードデッキを手に取った。

 

「おめでとうございます!貴女はどんな願いでも叶えることが出来る機会を獲得しました!それじゃあ、執念(ゆめ)欲望(きぼう)に溢れたミラーワールドへご招待♪」

「お、おおお!?」

 

 スカートを翻しながら、彼女はミュージカルスターのように右腕を掲げてジャンプすると鏡の中から左腕を伸ばして、わたしを自分がいる世界へと引き込んだ。

 

 

 

 

 視界が開けるとそこは元いた月見区の駐車場――ではなく、全てが鏡に写したように反転した世界。更にひどく静かで人間が生活している気配がまるでない。

 ただ、何となく何かの生き物がいる気配は空気を通じて肌で感じることが出来、無人では無いのだろうと言う確証があった。

 

「すっごいなー……わたし、鏡の中へ入っちゃったよ」

「いいですねえ、遊ちゃん♪ その鈍感にも程がある動じなさ、呆れるぐらい感心しちゃいますぅ」

 

 デッキを握り締めたまま、周囲を見回しているとアナウンスのようにアリスの声が聞こえてきた。姿は見えない。そういえば、自己紹介した覚えはないけどなんでわたしの名前知っているんだろう……まあ、いいか。

 

「それでは素敵な玩具(さんかしゃ)として見所がある遊ちゃんにはアリスが実況プレイ感覚でチュートリアルのご説明を行いたいと思いまーす♪」

「わたし、説明書読んだり聞いたりするの苦手だから手短にしてくれると助かるー」

「しょうがないなぁ、遊ちゃんはぁ~……アリス秘密のスキップ機能とか実行しちゃいますぅ?」

「是非に!!」

 

 そういうわけで、とても手短で分かりやすくアリスにこの世界・ミラーワールドのことを説明してもらった。

 要点をまとめるとわたしや他にもいる仮面ライダーに選ばれた十代の女子たちはそれぞれの願いを叶えるために最後の一人になるまで殺し合いをするのが目的だということ。

 仮面ライダーはこの世界に棲息しているミラーモンスターという怪物と『CONTRACT』というカードを使って契約を結び、完全体になって戦うということ。

 仮面ライダーであっても、この世界で一度に活動できる時間は9分55秒ということ。

 契約を結んでもミラーモンスターには定期的に他のミラーモンスターや人間の魂を餌として与えないと主人を餌として襲い掛かってくると言うことだ。

 他にも細かいあれこれがあるそうだが最低限覚えておくべきことはこれぐらいだろう。

 

「変身っと。よし! それじゃあ、早速一緒に戦う相棒を探しに行くとしよ――」

 

 黒い簡素な鎧を纏った騎士というよりは一兵卒のような姿になったわたしは両手の拳をかち合わせて気合を入れる。

 まずは試しと近くの窓ガラスを使ってわたしは気軽にベルトにデッキを装填してブランク体と呼ばれる仮面ライダーの仮免許状態へと変身してみたが不思議な感覚。

 フルフェイスのヘルメットのような仮面をしている割には呼吸も苦しくないし、視界も生身のように広くはっきりと感じられる。むしろ、五感が研ぎ澄まさせているぐらいだ。張り切って探索を始めようとした矢先、遠くの方からいきなり軽自動車が飛んできて、わたしのすぐ後ろの地面に激突した。

 

『ウホォオオオオオオオ!!』

「おおっと!?」

 

 瞬間、気持ちを臨戦態勢に切り替えて車が飛んできた方角を見るとそこには大型ダンプぐらいの大きさの緑色のデカいゴリラのようなミラーモンスターがビルの上にそびえていた。

 

「おやおや~これまた活きの良いゴリラさんのエントリーですね。遊ちゃん、いつの間にマッチングアプリに登録してたんですか? 個人的な所感ですけどベストマッチな予感がしますよ」

「ホントだね! すごく強そうじゃん! よし、さっそくちょっと喧嘩してくるよ!!」

「は?」

 

 肩を回して、いざゴリラ!と勇んで駆けだそうとしたところでわたしの耳元に大きな困惑した様子のアリスの声が聞こえた。

 

「あの……遊ちゃん、先程の説明をちゃんと理解してますか? おサルさんにも分かる説明だったと思うのですが」

「うん。大丈夫、分かってるよ。このカードで契約するんでしょ」

「ではでは何故、その最弱ブランク体で戦いを挑もうとするのです? 空絶絶後のおバカさんなのですか? そこは普通に契約でしょう?」

 

 呆れているというか、軽蔑した様子でそう言ってくるアリス。

 ずっと天真爛漫でどこか小悪魔な感じだっただけに、ここまであからさまに心情が態度に現れるとちょっと可愛らしく思えてしまう。

 

「だって、契約したら仲間になるんでしょ? あんなに強そうなやつと喧嘩できなくなるなんて勿体ないじゃん! だから、喧嘩してその後で相性が良ければ契約しようと思っているよ」

「馬の耳に念仏って言葉をその無駄に丈夫そうな頭蓋骨を割って、キュートな脳みそちゃんに彫刻刀で刻み込んであげたい気分ですよ。貴女、死んでもいいんですか?」

「にはは。出来たらまだまだ喧嘩したいから生きていたいよね」

「というか、絶対に死にます。ええ、人肉のハンバーグのようになって、あのモンスターにムシャムシャゴックンですよ。無残で無意味で無価値な死です。それでもいいんですか?」

「……どうかな? でも、あのゴリラ君と思い切り殴り合って死ぬんなら、わたしは絶対に最高に生きている気分で天国に逝けるんだろうさ! なら、ここはいざ尋常に勝負でしょう!!」

 

 だから、このチャンスをふいにするなんてことは出来ない。

 耳元でアリスの天の声があれこれ言っていたが制限時間もあることだしと、わたしは緑のゴリラ君を見据えて駆け出していた。

 

 

 

 

『ホワァアアアアアアア!!』

「やあ、ゴリラ君! 突然で悪いけど、わたしと喧嘩しようじゃないか!!」

 

 ゴリラのような巨大なミラーモンスター・ガッツフォルテ(アリスに名前を教えてもらった)は自分に向かって突撃してくるブランク体状態のわたしを認識するとビルから飛び降りて、雄叫びと共に激しいドラミングをして威嚇をしてくる。

 

「フウン!!」

 

 だが、そのアクションで俄然闘志が燃え上がって来たわたしは一切恐れずに拳を振りかぶって殴り掛った。しかし、このパンチはガッツフォルテには届かず、突然目の前に広がった白い謎の壁に阻まれる。

 

「いいッ!?」

 

 拳と金属板がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。

 なんと、このモンスターは器用にも近くにあった車を片手で掴むと盾として用いて、わたしの攻撃を防いだのだ。

右手に走る痛みを感じるよりも前に、ガッツフォルテが盾を押しつけるように投げつけてきた白い車の屋根が迫る壁のように全身にぶつかって、わたしはスーツから火花を散らしながらアスファルトを転がる。

 

「いったた……ゴリラは頭良いって昔何かで聞いたけど、君ももしや案外インテリなのかな?」

 

 防御からの点では無く面の全体攻撃への繋ぎ方、その辺の不良よりも賢い戦い方に驚きながら、わたしは痛みを気にせず立ち上がると再び拳を握り、彼と対峙する。

 

「うぉおおおおりゃ!!」

『ウホッホオオオオオ!!』

 

 今度は一度、左に踏む込むフェイントを掛けながら真っ直ぐ殴りに行ってみたがガッツフォルテは咆哮一つ上げて、地面を強く叩くと跳び上がってわたしの背後へと回り込む。

 そして、駐車場の真ん中に着地すると手当たり次第に近くの車を投げつけてきた。

 

「ちょっ!? 待って……のわあああ!!」

 

 次々に流れ星のように降り注いではスクラップになっていく自動車たち。

 自然と廃車になったそれらからはガソリンが漏れ出して地面に広がっていく。そして、何台目かが落下した瞬間に起きた火花に着火して、わたしの周囲は爆発の炎に包まれた。

 

「ぐううっ……クソ、何だい君は……頭良いのを褒められたいのかな?」

 

 煤に塗れながら、どうにか下敷きにされていた車の一部を蹴り飛ばして起きがあるとガッツフォルテは嬉しそうにドラミングをして自分を鼓舞しているようだった。

 戦い方としては上策だ。ハッキリ言って、わたしなんかよりもずっと知的な戦い方をこのモンスターは心得ている。

 だけど――!!

 

「そのぶっ太い腕は飾りかい!! それとも、痛いのが怖くて君からしてみたらこんなにもちっぽけなわたしが恐ろしくて近づけないのかな!! 最高の喧嘩が出来ると思ってたのにこんな腰抜け相手じゃガッカリだよ!!」

 

 怒りに震える拳で強く胸を叩きながら、大声を上げて啖呵を切る。

 ふざけるんじゃないよ。わたしは君と殴り合って、殴り合って、その果てに無残な死が待っていても良かったと思っていたのに、こんな喧嘩じゃ死んでも死にきれない。わたしの期待と昂りを返してくれと怒りの叫びを叩きつけた。

 するとどうだろう――ガッツフォルテはドラミングをピタリと止めると、平手を握り締めてそっと地面に置いて、こちらを睨み始めた。

 

『フゥゥゥゥ……ホオオオ!!』

「おおおお――あが!?」

 

 わたしは視力は良い方だけど、それでも完全に捉えきれなかった。

 一体あの巨体のどこにそんな瞬発力があるのか、あっという間にわたしの眼前に肉薄したガッツフォルテの拳が僅かに遅れて繰り出されたわたしのパンチを物ともせずに炸裂。わたしはダミー人形のように盛大に吹き飛ばされて近くのトラックの荷台に叩きつけられた。

 

「ゴホ……ガハッ、ゲボッ……ぐあぁ」

 

 肉体が生命を繋ぎ止めようと必死に酸素を求めて、激しく咳こんだ。一気に口の中が鉄くさくなって、仮面の口元から真っ赤な血が漏れ出す。

 それだけじゃない、全身あちこちが激しい痛みに苛まれて悲鳴を上げている。そこいら中が嫌な熱を帯びて、汗では無い何かが滴り流れている感触が肌に伝わる。たったの一撃で皮膚や肉が裂けて、出血するほどの怪我を負ったらしい。

 恥も誇りも、意地も捨てて、痛みに負けて泣き喚きたい気もあった。

 だけど、だけど、だけど――。

 

「には! にははは!! 良いパンチ、打てるじゃないか君ィ!!!!」

 

 楽しくて、愉しくて、たのしくて。

 楽しすぎて、笑いが止まらない。

 

 力比べにもならない圧倒的な戦力差はあれど、それでも一秒でも拳をぶつけあえた感触に全細胞が絶頂を堪能している気分だ。喜びでずっと震えが止まらない。

 

 この強さ!

 この威力!!

 最高だよ!!!

 大好きだ!!!!

 

「こういうのだ! こういう喧嘩がしたかったんだよ、わたしはさあ!!」

 

 僅かに怪訝な顔をするガッツフォルテの前に、わたしはよろけながら再び真正面から相対する。たった一撃で虫の息のボロ雑巾。だけど、わたしの心も肉体もいまこの瞬間がたまらなく愛おしくて、痛みなんて存在を忘れ去っているように体が軽くなっていく。

 

「さあ、わたしはまだまだ生きてるぞ! もっともっと殴り合おうじゃないか!!」

『ホワァアアアアアイ!!』

「君がわたしのことを敵として見ているのか、エサとして見ているのかなんて、この際どうでもいい!!」

 

 大きく大きく息を吸って、わたしはありったけの力で叫ぶ。

 

「わたしを殺したいんだろう! だったら、死に物狂いで殴り合っておくれよおおおおお!!!!!」

 

 獣のような叫び声を上げて、わたしは一直線に全力で駆け出した。

 全身に力が漲って仕方ない。身体が羽根みたいに軽くなった感じで腕に宿る力も天上知らずに湧き出してくる気分だ。きっと、命を燃やすと言うのはこういう感覚だろう。

 悪くない。この世界に居られる時間が約10分だったけど、その僅かな時間に残りの寿命を全て燃焼してしまってもいいといまこの瞬間ならば、わたしは断言できる。

 それぐらい、このわたしの常識の遥か埒外を行くミラーモンスターという存在との戦いは喜多村遊という人間の渇きを満たしてくれていた。

 

「オオォリャアアアアア!!」

『ウホォオオオオオオオ!!』

 

 満身創痍の体を突き動かして、喉が張り裂けんばかりの気合の雄叫びを上げながらわたしは渾身の拳を繰り出す。

 ガッツフォルテもわたしの戦意に意を汲んでくれたのか、単純にその方が効率的だと考えたのかは定かではないが真っ向から丸太のように野太い腕を突き出してくる。

 相手の右の拳にわたしは左の拳を叩きつける。力と力がぶつかり合うがその馬力は圧倒的に向こうが格上だ。だけど、押し負けるわけにはいかないと両足にも死ぬ気で力を入れて、踏み止まり前進していく。

 

「がああ……ああああ!!」

 

 わたしの拳とガッツフォルテの拳がぶつかり合って数秒。

 わたしがどうにか彼の間合いに入り込もうとようやくの第一歩を踏めた時点で折れた。

 何がって、バキッとマッチ棒のようにわたしの左腕の骨が折れた。

 けれど、左腕に込める力を緩めるわけにはいかないと歯を食いしばって足掻くと骨折したことで接地面がズレたガッツフォルテの拳が大きくずれて前のめりに姿勢が崩れた。

 まさに怪我の功名と、この機会を逃がすことなくわたしは快感にも近い激痛に耐えながら控えていた本命の右の拳を目一杯に握り締めると一気に間合いへと飛び込んだ。

 

「届けえええええええええ!!!!」

 

 命を燃やしながらの一撃をガッツフォルテの顔面へと叩き込む。力を入れ過ぎて、うっかり指の骨にひびが入るほどの全身全霊の一撃だった。いまのわたしに出せる人生最高の一発だった。

 生きている喜びを最大に感じられる鉄腕をぶち込んでつい満足をしてしまったわたしは糸が切れた人形のように脱力してその場に崩れ落ちかけた。

 

「あ……れ?」

「嘘――こんなことって、ありですか?」

 

 だけど、不思議なことにいつまでたってもわたしはアスファルトの地面に倒れ込むことはなかった。完全にここで死ぬ雰囲気に浸っていたわたしが首を傾げて目を開くとそこには何処かで気分を白けさせながら管理者の責任として戦いをタピオカミルクティー片手にずっと観戦していたアリスも驚くべき光景が広がっていた。

 

「どうして……わたしのこと食べないの?」

『………ホッホ』

 

 倒れかけていたわたしの体はずっとガッツフォルテの太くて大きな力強い腕に受け止められていたのだ。彼はわたしを優しく近くに転がっていた車のタイヤに座らせると土下座の姿勢のようにわたしの目の前で平伏するようなポーズをとってみせた。

 

「あの、えっと……ハァ、ハァ……どうしよ、これ」

 

 実のところ、ハイな気分が落ち着いてきたことで死ぬほど痛い激痛に内心それどころではないわたしが虫の息寸前で戸惑っていると再びアリスのアナウンスが響いてきた。

 

「あくまでも好意的な憶測ですが貴女を主人として認めると言う意味ではないかと思いますよ」

「そうなの?」

「イレギュラーケースですので私も断言できないのが正直とても迷惑な話ですが……そういう個体もいるのでしょう。命拾いしましたね、遊ちゃん」

「にはは! 情けないこと言うと満足死してもおかしくない有様だけどね」

「早急の契約をおススメしますよ。サプライズゲストも近いようですので」

 

 言葉で気持ちを交流できないから、定かではないがガッツフォルテはわたしのことを好ましい存在と思ってくれたらしい。顔だけわたしの方へと向けてくるガッツフォルテの眼差しがそう言われるとなんだか優しいものに思えてきた。

 

「わたし、こんなんだけど……一緒になって喧嘩してくれるんだね。ガッツフォルテ?」

 

 契約のカードを取り出して、キチンと言葉にして伝えたかったわたしにガッツフォルテは大きな身体を律義に縮めて、こくりと頷いて見せた。

 

『ブオオオオオオ!!』

 

 そんな和やかな空気を突然、荒々しいもう一つの獣じみた雄叫びがぶっ壊した。声の方角を痛みに呻きながら見ると紺色の硬そうな装甲で身を包んだ猪のような怪人が自動車を何台も弾き飛ばしながらこっちへ突進してくるのが見えた。

 

「え、なに? あの人型もミラーモンスター!?」

「はい。とっても可愛くて、元気いっぱいのシールドボーダーちゃんですよ。硬い盾と牙にご用心♪」

 

 驚いているわたしにアリスが丁寧に説明をしてくれた。

 シールドボーダーと呼ばれるあの怪人がやる気満々なのは明らかだ。

 既にガッツフォルテの方は臨戦態勢で空気を震わす激しいドラミングを見せつけて、闘志を剥き出しにしている。わたしだけが置いてけぼりを食らっているわけにはいかないね。

 

「ガッツフォルテ、いいや……よろしく頼むよ! 相棒!!」

 

 契約のカード『CONTRACT』をガッツフォルテの前にかざすとわたしたちの周りを白い光が包み込んでいく。そして、手の中にあるカードが『ADVENT』に変わるとそれに呼応してブランク体だったわたしの姿も劇的に変化した。

 

 黒いアンダースーツに分厚く逞しいメタリックグリーンの装甲を纏ったゴリラの意匠を強く持つ騎士の姿へとわたしは変わる。心の中に自然とこの姿での名前が閃いたような気がした。

 

 仮面を纏い戦う時のわたしの名前――仮面ライダーレイダー。

 

「は~い! ようやくですがこれで正式に契約完了です♪ 改めましてようそこ、仮面ライダーレイダー。私ことアリスとミラーワールドは貴女をライダーバトルの参加者としてここに歓迎致します。それでは良きライダーライフを!! 初回特典にミラーワールドにいられる時間をリセットしてあげますので存分にお楽しみください」

「ありがと。そんじゃあ、仕切り直して……喧嘩を楽しもうじゃないか!!」

 

 鏡に映る完全な仮面ライダーとしての姿と漲って来る本来の力の凄さを実感しながら、わたしはアリスの祝福の言葉を背に受けて、目の前に迫る新たな喧嘩相手に嬉々として駆け出した。

 

「左手はばっちり折れたままだけど、それ以外は絶好調! これならまだまだ本日は特にどこまでだってヤッちゃうぜ!!」

 

 片手のハンデどころか、大激戦を繰り広げて満身創痍ではあるがそんなの些事だと言えるぐらいに、新しい船出の戦いにわたしの体と魂は打ち震えて、十分にわたしの思うがままに動いてくれた。

 胸の一部だと思っていた猪の顔と牙を持つ盾を右手に構えて体当たりしてくるシールドボーダーとやらと正面切ってタックルを決めて競り合う。

 花火のような轟音を何発も響かせてぶつかり合うがどうやら突進力はほぼ互角。ならばとこちらは技を駆使するとしようじゃないか。

 

「これならどうだい!! そりゃあ!!」

『ブオオッ!?』

 

 まずは鬱陶しい盾をどうにかしたいから一回、体当たりをよけて距離を取ると助走をつけてドロップキックを叩き込む。

 シールドボーダーの手から離れて飛んで行った盾を一瞥しながら、わたしはネックスプリングで跳ね起きる。片腕だけでやるのはちょっと大変だったけど、いまのわたしはパワーも増し増しなようで力技でなんとかなった。

 

「だぁああありゃああ!!」

『ブモォオオオオ!?!?』

 

 間髪入れずにわたしは痛みを我慢して相手の右腕を折れた左腕と脇下を使って組み合うように固定して逃げられなくすると全力のボディーブローを三連発。

 シールドボーダーの鉄の塊みたいな装甲だが皮膚だかが攻撃の入る度に火花を上げて破片が飛び散るあたり、変身した自分が発揮できる怪力の凄まじさを実感する。

 

「相棒にも手伝ってもらおうか!!」

 

【ADVENT】

 

 グロッキーになるまで殴り倒したシールドボーダーを首投げで放り投げるとわたしは左腿のホルスターに収められたガッツフォルテの顔を模ったメリケンサック型の召喚機・ガッツバイザーにカードをセットする。

 無機質な電子音声が鳴り響くと一度姿を消した相棒がビルの向こうから超特急で駆けつけて来てくれた。

 

「いっくぞ相棒! ツープラトンだ!!」

『ウホォオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 よろめいて、逃亡か徹底抗戦かを迷っているような動作のシールドボーダーを捕まえるとコイツの首根っこと片腕を抑えたまま、わたしはガッツフォルテの進路上へと駆け出す。そして、逃げようとジタバタするシールドボーダーを無理やり引っ張って、わたしとガッツフォルテはクロスボンバーよろしく、前と後ろから逞しい二の腕を叩きつける。

 

『ブ……モオオ……オオ』

 

 砂煙が晴れた時、わたしとガッツフォルテに挟まれていたシールドボーダーはしばらく棒立ちだったがやがて時代劇か西部劇の悪役のようにバタリとその場に倒れ込んだ。

 

「よおーし! トドメの一撃! 最高のを決めてやろう、相棒!!」

『ホワァアアアアアア!!』

 

【FINALVENT】

 

 完全勝利の機を見出したわたしは迷わず切り札であるカードをガッツバイザーに挿し込んだ。

 力強く地面を一度右手で叩いて大きくジャンプして、反転したわたしの両足を後ろに控えていいたガッツフォルテが見事にキャッチするとそのまま竜巻のような風を巻き起こして豪快に独楽よろしく大回転を開始する。

 そうやって、力と勢いを溜めながら我が相棒は標的の狙いを定めるべく器用に目測を行う。倒すべきシールドボーダーはあれから何とか起き上ると回収した自慢の盾を胸に収め直して、起死回生の一撃を決めようと真っ直ぐにわたしたちへと突進して来ていた。

 

 いいよ、いいよ!

 真っ向勝負、承ったとも!!

 

「『ウォオオオオオオオオオオ!!!!!』」

 

 その瞬間を本能で感じたわたしとガッツフォルテは阿吽の呼吸で裂帛の気合いに満ちた雄叫びを上げた。

 わたしは拳を握り全身に力を込め、相棒はハンマー投げよろしく持てる力を全開放にしてそんなわたしを発射した。

 

『ブゥゥゥモオアアアアアア――!!?!』

 

 発動したわたしたちの必殺技・デスペラードメガブローがシールドボーダーに炸裂する。

 まるで戦艦の主砲が撃ち出されたような勢いで相手に突っ込んだわたしの拳はシールドボーダーの胸部装甲諸共にその異形の肉体に大きな風穴を作ってみせた。

 

「うおおおおお! いいぇええええええい!!」

『ウホォオオオオオオオォ!!』

 

 拳を引き抜いて、ガッツポーズと残心が入り混じったようにフン!と構えるとわたしの後ろでシールドボーダーが爆散する。

 爆風と揺らめく炎のスポットライトを浴びながらわたしと相棒は共に勝利の雄叫びをミラーワールドの空へと轟かせた。

 こうして、わたしの第二の始まりの拳は無事に勝利を収めることが出来たのだ。

 

 

 

 

「に……はは。たのしかったけど、つかれたあー」

 

 制限時間ギリギリでミラーワールドから現実世界へと帰還したわたしは相変わらず人気のない市営駐車場で大の字になって伸びていた。

 ボロ雑巾の方がマシなぐらいに傷だらけの重傷で、白かったTシャツは見事に大部分が血色に染め上げられている。

 人目に見つかる前に自宅に帰った方がいいのは分かるけど底の底まで体力を使ったらしく文字通り一歩も動けないようだ。

 

「だけど……本当に楽しかったな。わたし、最高に生きてたよ」

 

 夏休みの青空は相変わらず厳しいぐらいに暑くて、このまま干物になってしまうのではと思ってしまう。このまま野垂れ死にする可能性も零では無いような状態だけど、ろくでなしなわたしの思考回路は既に次の戦いのことで頭がいっぱいだった。

 

「アリスが言うには仮面ライダーはミラーモンスターよりももっと手強いって話だけど、どんな人たちがいるのかなー……楽しみ過ぎて、死んでられないよまったくぅ♪」

 

 ああ、きっとまた……わたしはとびきりの笑顔を浮かべているんだろう。

 鏡を見なくても解ってしまう。最高に楽しそうな本物の笑顔をわたしは浮かべている。

 

「ひゃっほうぅ! 明日も元気にヤッちゃうぜ!!」

 

 ボロボロの右手を空高く伸ばして、力強く握り締めて――わたしは笑う。

 毎日がもっとずっと楽しくなってきたよ。

 

 

 

 

 

 

 

「変身」

 

 これは喜多村遊が仮面ライダーになったその日と同じ日に、聖山市のどこかであった一風景。凪川の畔に佇むピンクの髪の少女に鏡像が幾重にも重なり、騎士の姿へと変わる。

 

「くふ♪ 今夜も私の勝利のための布石を打ちに行きましょうか」

 

 その騎士は恐ろしい竜の白骨を模った鎧を纏う姿をしていた。

 左腕に装備した恐竜の頭部めいたガントレットタイプの召喚機はストライクベントの武器と見間違えるほどの大きさと凶悪さを誇っている。

 闇夜に毒血のような禍々しい紫の双眸を妖しく輝かせながら、悪竜の騎士は穏やかな流れの凪川を用いた水鏡を媒介に今宵の狩り場へと躍り出る。

 

 騎士の名は――仮面ライダードラクル。

 




ここまでお読みいただきありがとうございました。
大ちゃんネオさんの仮面ライダーツルギ本編にて作中のライダーになった少女たちは怪我の回復力が上昇しているという設定が明らかになったので当初の予定以上にドボドボになりながら暴れる遊が書けました。

あと、なんでゴリラ型のガッツフォルテがよく「ホワァアアアア!!」って叫んでいるかと言うとガッツフォルテの声(鳴き声)を作者が勝手に玄田哲章さんで脳内再生しているからです(笑)

最後の最後にツルギのライダー募集にも送っていない知らないやつが出てきましたが次回からは彼女と遊の大戦争の勃発予定でございます。
これからもよろしくお願いします。
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