元勇者提督 作:無し
離島鎮守府
「これ報告書です、じゃあ次に行きます」
そう言って朝潮は執務室を出る、彼女の練度は17、あと少しの20まで上がればこの地獄を抜け出せる…そう信じている
「…ごめん」
閉じたドアに向かってポツリと呟く
彼女の所属する第三艦隊は彼女の着任から2人轟沈している
提督自身、こんな無茶を続けていては勝てる戦いも勝てないことをよく知っている
報告書をチラリと見る
戦果は上々、こちらの被害は0、被弾すらしてない
なので彼女達は休むこと無く、出撃した、補給もせずに
第三艦隊はすでに中破2、小破が1の状態で午前9時から現在午後3時まで休みなく出撃を続けている、補給も入渠もさせてもらえない
2.3時間おきに帰投して戦果を報告、そしてまた出撃、これを午後7時まで続ける
通常こんな鎮守府運営は許されるものではない、が、清らかな川では魚は生きられず
国のための汚れ役が必要だった
その立場にいるのがこの提督である
誰も望んでこんなところにはこない、誰も望んでこんなところで建造されない、着任しない、役職についた以上逃げることはできない
だからこんなところで仕事をしているのだ、毎週1人は死ぬ、こんな所で
彼が着任してから早くも数ヶ月、毎日轟沈者が出ていた時期よりは何倍もマシだ、大本営に押し付けられたノルマをこなすために、建造を続け、開発を続け、艦隊を出撃させ続ける
練度が上がったら報告し、一刻も早くここから追い出してやる
そうすれば少なくとも、もっと長く生きられるから
別にこの鎮守府の誰も提督を殺したいほど憎んだりしていない、はずだ
と言うのも以前の轟沈の際に起きた事件があるからだ
重巡摩耶
この艦の事は誰も忘れられない
摩耶が轟沈した時、それは鎮守府の目の前だった、陸のそば、いや、陸の上だったかもしれない
だが最後の彼女の願いにより、彼女の体は海に還った
彼女は第二艦隊にてバシー沖での戦いで大破した、そこでの敵は何とか倒し、帰投している最中、正面海域の敵と会敵したのだ
不幸にも艦隊の全員がボロボロ、索敵を続け、ようやくたどり着き、気が緩んだ
そこに背後からの雷撃
応戦し沈める、それに時間はかからなかったが、致命傷だった
艦隊を出迎えにきていた提督は一部始終を目にし、すぐ様に執務室へと逃げ戻った
全員がなんてやつだと、怒りを露わにしたが、その提督はすぐに戻ってきた、両手にバケツをぶら下げて
ここの資材は開発資材を除いて全て大本営へと送ることになっている
当然高速修復剤などここに置いておけるわけがないのだ
しかし、その両手にぶら下げられた緑色のバケツには高速修復剤の文字
どう言うことかと考える間もなく摩耶へとバケツをひっくり返す
「頼む!間に合ってくれ!」
何度も何度も必死に叫び体を揺する
「…もう…まに…あわ……ね…よ」
虚な目で提督を見る
「ダメだ!死なないで!もう死なせたくないんだ!殺したくないんだ!」
もう一つのバケツをひっくり返し、摩耶へとかける
「…無駄…だ…勿体ねぇ…なん…で…そんな…もん…」
何故バケツがあるのか、それを問おうとする声を遮る
「必要な物資まで向こうに送ってたら君達がみんな死んでしまう!だからこんな時のために隠してたんだ!お願いだから!沈まないでくれ…!」
「…やっぱ…あん…た……いいやつじゃん…は…はは…なぁ…海に、還し……」
摩耶の体から力が抜けていくのがわかる、わかってしまう
「駄目だ、お願いだから、僕の前で…何で…助けられないんだ……!」
目の前で死んだ、それ以上もそれ以下もない
この騒ぎは、鎮守府に滞在していた全ての艦むす、憲兵に知られ、高速修復剤の着服で公開拷問を受けた
と言っても、ただひたすら暴行を加えられただけだ、死なないように、手が折れて仕事ができなくならないように
懇切丁寧にいじめられた
何を問われても答えず、何をされても呻き声ひとつあげなかった
この拷問の期間は艦むすには休みが与えられた、と言っても本土からかなり離れたこの場所では娯楽もほとんど無い
自然とみんなで摩耶や、先に沈んだ仲間の部屋の整理をしたり、食堂で仲間の死を悼んだりと、思い思いに過ごす事となった
ただ、みんなが思ったのは、彼がこんなに自分達を思ってくれていたとは、これに尽きる
拷問は五日続いた、結果もう得るものはなく、時間の無駄とされ、今まで通りの仕事を指示され解放された
提督は真っ先に摩耶を弔った、鳥海、高雄と共に
彼女らは二週間前着任したばかりで摩耶との関係もほとんどなかったと言うのに、自分から手伝いたいと申し出た
そして、海へ還した後、一つ手紙を提督へと渡した
『これを見てるやつは、まず私が死んでなければお前が死ぬことになる、ここでやめろ。
もし、私が死んでいるなら提督に渡してくれ、頼む、そしてこの手紙の内容をみんなに伝えてほしい。
私は内地から送られてきたクチだ、正直この手紙を書いてる今も向こうが恋しい、だからたまに燃料ごまかして、貯めて、貯めまくった、そして一度だけ内地に帰ったんだ、そりゃあ向こうは楽しかったわ、自由なんだからな…。
ただ、私は一個だけ気になったことがあってさ、提督、あんたのことだ、冷血漢じゃないのは知ってんだよ、優しい態度もとってるし、上からの命令を怖がりながら伝えてくる、平たく言えば嫌な奴だ、だから気になった。
とりあえず携帯にパスワードかけといたほうがいいと思うぜ、もうかけてるのかもな?
あんたの相棒に会ってきた、あんたの半分を聞いた、だから私はあんたが嫌いじゃなくなった、あんたは人のために命かけられるんだろ?
あんたは今までどんな辛さを見てきたんだ?わかんねぇよ、こんな辛い今から何で逃げないんだ?あたし達みたいに逃げられないわけじゃないんだろ?
なぁカイト、頼む、みんなを助けてくれ』
提督はこれを読み、崩れた
「別に僕には、何も、ないのに…どうやってこんな地獄を変えれば…」
摩耶の横領も発覚したものの、すでに死んでいたため誰も咎められなかった
そしてこの手紙の内容は全員に行き渡り、それぞれが意味を探った
実は提督は凄い人なのかも、とか
元帥の縁者なのか?とか
凄いお金持ちなのかも、とか
提督は問いには困ったように笑って返しすことしかしなかった
いつも通り苦笑いで返すだけ、それ以外は自分の仕事をし続ける
だが、この一件で提督を軽蔑するものも、嫌う者もいなくなった
何を隠しているのかは知らないが、きっと、彼は私達のために尽くしてくれている、と
摩耶の遺書ともいえる手紙を信じたのだ
駆逐艦朝潮
彼女は現在練度19まで上り詰めた
20を超えたと報告すれば別の鎮守府に移る機会が手に入る
ここを抜け出し、自由を謳歌し、ついでにこの鎮守府で起きてることを世間に広めてやる
子供っぽい思考回路だが、地獄とも形容される所で長い時間を過ごしたともなれば仕方ない
必死に必死に戦う
が、練度は上がらない
旗艦として戦果を報告する、しかし会話の時間も惜しい、なので報告書を簡単に作り、執務室に向かい、さっさと渡す
「待って」
「…何でしょう、司令官」
「今日はもういいよ、君のノルマはとっくに終わってる、今焦ってもいい結果は返ってこないよ」
苛立つ、悪人ではないのだが、もうここから出られるんだ
邪魔をしないで欲しい
「君はもう練度が20になる、だけど…みんなそこで沈んだ」
「慢心からでしょう?私にはそんなものありません」
「…実は君はもう2人目なんだ」
2人目?
「朝潮、と言う駆逐艦は他の鎮守府にもいる、ここにも前任の朝潮が居た、が、彼女は練度19で沈んだ、何が言いたいか、わかって欲しい」
「私とその朝潮が全く同じとでも?」
「違うのは知ってるんだ、だけど…明日じゃダメかな、あと一回の出撃で確実に練度は上がるかもしれない、だから今日大本営に20になったと伝える、明日出撃して練度をあげれば、迎えは明後日だから十分に間に合うんだ」
「……また憲兵に殴られますよ」
「いいんだ、万全の調子で成功して、ここを出て行って欲しい、必ず生きて出て行ってほしいんだ」
「昨日沈んだのは誰でしたか」
「…霰だ、そして先週は大潮」
「私はここから一刻も早く去りたいんです」
「どうやっても出ていけるのは明後日だよ」
「…朝の報告などはしないように、明日の出撃で練度を上げその後に報告してください」
「…ありがとう、そしてごめん」
「妹達の怨念に祟り殺される日を楽しみにしてください、それでは」
本音ではない、多分この司令官はマシな方だ
妹の死に涙を流してくれた、のだから…
私は…ここから出て…この今を変えて見せる
私がここを変えてやる、外から、必ず
翌日
「お世話になりました司令官」
「何もできなくてごめん、そしておめでとう、君の新たな門出を祝うよ、そして君の妹達の事、改めて謝罪させてほしい」
「……そうですか、どうせ貴方はわたしたちを沈めなければ学ばない、後任を何人沈める予定ですか?」
「沈めない、殺したくないんだ、誰も、誰1人として」
「私の妹を沈めたくせに」
違う、沈めたのは大本営だ、彼はその指示を伝えなければならなかった、伝えただけなのだ
「……本当にごめん、本当に…」
「みっともない、そんなのでよく私達の上に立っていますね、シャキッとしてください、あの子達が許すかは知りません、だけど私は…」
そうだ、これにしよう
「条件付きで許してあげましょう、貴方の携帯を渡してください、私も貴方の相棒に会います」
「…ただの一般人だよ」
「そんな事私が決めます」
「…断られたら?」
「断らせません」
「何が目的なんだい?」
「摩耶さんが聞いた話を聞いてみたくなっただけです、貴方の口からではなく、その人から」
「もしもし、あんた誰?」
まさか女性が出るとは思っていなかった、それに電話をかけた相手など提督であると断定できるはずなのに第一声がこれとは
「失礼いたしました、私朝潮と申し話ます、司令官の携帯を借り、お電話させていただいております」
「…そ、摩耶ちゃん死んじゃったんだ」
「…何故?」
「勘、かな、いいよ、こっちに来るんでしょ?その時にゆっくり話そう」
「……そうですか、わかりました、明後日に本土に向かう予定ですので、その際にまたお電話差し上げます」
「明後日って、平日じゃん、時間指定していい?アタシも仕事とかあるしさぁ」
曜日感覚など存在しなかった朝潮にとっては意外な話だった
「…なら時間がいつでも大丈夫な時にまた電話します、それでは」
「あ、ちょ」
電話を切り、返す
「満足いった?」
「まだです、最後に、一発殴らせてください」
「…いいよ、気の済むようにして」
「しゃがんで目を閉じなさい」
言われたままに提督は姿勢を小さくし、目を閉じる
盲目のまま殴られる恐怖はなかなかのものだ
衝撃を受け止めるために歯を食いしばる、体が強張り、心拍数が上がる
足音と共に朝潮が近づいてくるのを感じる、トッと、音がするとともに
フワリと洗剤の匂いがする、そして首に手が回され、肩に朝潮の頭が乗る
「…殴るんじゃなかったの?」
「少なくとも、私は、こんなにも私たちを想ってくれる人に手をあげるほど野蛮ではありません」
「そっか、ありがとう」
「司令官」
「二度と戻ってきちゃ、ダメだよ、最後まで生きてくれ、君の妹達のために」
「……また、いつか」
「ダメだ、さよならなんだよ」
「……」
「迎えが来るまで、自由にしていてくれていいから…」
「……」
「さようなら、朝潮、今までありがとう」
「私は、それは言いません、また必ず会いにきます、妹達にも」
「……わかった、それが叶うなら」
離島鎮守府からまた1人の艦むすが、消えた
ただ、みんなから祝福されて