元勇者提督 作:無し
宿毛湾泊地 執務室
駆逐艦 綾波
綾波「し、ひゅっ…ひっ…」
海斗「落ち着いて、大丈夫だから、ゆっくり話そうか」
…変わらない優しさで対応してくれる、私にはこの人がわからない
この人の心は…感情は…私には理解できない
綾波「き…きき…聞きました…ききっ…キタカミさんに…!」
海斗「聞いたって、何を?」
綾波「記憶…あ、あるんです…よね…」
海斗「ないよ、なんの記憶のことかは知らないけど」
ない、と言い切った…
これは有る無いの話では無い、ということ…これは、たとえ記憶があってもなくても変わらない、ということ…
綾波「…な、んで…」
海斗「…哀れんだのかもしれないし、許したのかもしれない」
綾波「おか、おかしいです…わ、私は…大量殺人犯なのに…!」
海斗「今のキミは、僕からみて小さなか弱い女の子にしか見えない」
…なら、そう見えなくなればいい…
私が死ぬことで敷波はどう思うだろうか…でも、それでも…
司令官は私に背を向けている、今なら、完全に…
綾波「……」
この感覚、体こそ違えど、同じ感覚だ
綾波「司令官…此方を、向いて下さい」
その声に反応して司令官が振り返る瞬間、押し倒して片手で首元を掴み、爪を突き立てて締め上げる
海斗「…う……あッ…」
綾波「…これでも、小さくて、か弱い女の子ですか」
皮膚を爪が突き破る、血が爪先を濡らす
…司令官は抵抗する素振りは見せない、まるで受け入れるように無抵抗を貫いて…
綾波「……惨めですね、情けをかけた相手にじっくりと殺される…」
手に力を込める
額から汗が垂れる、鼓動が速くなる、呼吸を大きく取りたいけど、今動揺を、恐怖を感じ取られては全てが水の泡だ
綾波「このまま首を絞められて死ぬのがお好みですか?それとも頸動脈を切られたいですか?」
できる限りの笑顔を作って聞いてやる
ようやく提督の手が動いた、私の方へと伸びてくる手を払い、さらに力を込める
綾波「どうしたんですか?もっと強くして欲しいんですか?」
そろそろ命の危機を感じてもおかしく無いハズなのに
抵抗らしい抵抗もせず、ただ死ぬのを待つつもりか?だとしたら馬鹿げている、狂っている
片手だからダメなのか?こっちの本気具合が伝わらないのがダメなのか?何が悪い、何故…
綾波「あ……」
…司令官の意識が落ちてる…
手を、離さなくては…首を絞めてる手を緩めて、離さなくては…これ以上こうしてることに意味なんてないのだから
手を離せ、手を離すだけで良い…
綾波「…あ、あれ…へ、変…わた、私の…身体なのに…!」
力が抜けない…どうすれば…
敷波「綾姉ぇ…何やってんの…」
敷波の声に身体が大きく跳ねる、突き立てた爪が肉を抉ったものの、漸く手を離すことができた
綾波「は…はは…離れた…よか、良かった…間に合った…」
敷波「…ねぇ、綾姉ぇ…何やってたの、今、司令官に何してたの」
…なんと説明するべきか迷う、でもここで正直に話さなくてはただ1人の姉妹を失うことになるかもしれない
敷波「馬鹿だよ…司令官が綾姉ぇのことを覚えてたとしても…」
綾波「…し、司令官は、いっ…一生をストレスに呑まれて過ごすことに…そ、それくらいなら…」
敷波「綾姉ぇ、それは自分勝手なんだよ、自分勝手で死にたいから理由をつけてるだけ……でも、記憶があるなら…なんでこんなに優しくしてくれるんだろうね…敵だった…いや、それ以上に怨まれるべきなのに」
綾波「…敷ちゃんは、なんでここに…」
敷波「朝潮に行けって言われた、多分、綾姉ぇのやった事を見た上での行動だと思うよ」
綾波「…だ、だったらなんで…自分で止めなかったの…」
敷波「穏便に解決できなくなるから、だと思う」
…理解できないな…
敷波「…あ…」
綾波「……司令官…」
いつ目を覚ましたのだろう、いつの間にか起き上がりこっちを見ていた
綾波「し…司令官…」
敷波「…綾姉ぇ」
司令官の前に行き、両膝をつく
綾波「も、申し訳…ありませんでした…」
海斗「もうやめてね」
綾波「……な、なぜ…私に……ば、罰を与えてくれないのですか…」
海斗「もう一度だけ言うよ、僕は何も覚えてない」
綾波「…わ、忘れてるわけが…ありません…つつ、 罪とは怒りです…憎しみです…記憶です…」
海斗「でも覚えてない」
綾波「そ、その様な形のない、しかし根強いものがどうして、か、簡単に無くなる…無かったことにできるんですか…」
海斗「無かったことになったからだよ」
敷波「…司令官、アタシがいうべきことじゃ無いのは知ってるけどさ…全部を無かったことにするって事は…いろんな出会いも、大事な事も…」
海斗「これからも出会える…いいかい、綾波、敷波、君達は本当に悪いことをした、かもしれない…でも、過去を振り返る必要はないんだ、縛られる必要はないんだ、教訓として、思い出として向き合う事はあるだろう、でも過去に囚われて未来を失うような事はしないで」
綾波「…だ、ダメ、なんです…綾波は…綾波は…!」
海斗「綾波、君は賢すぎただけなんだよ、人より賢いからなんでも試したくて、なんでもやってみたくて…でも、方向性を間違えただけ、君のその力はきっと、君が今まで傷つけてきたよりもずっとたくさんの命を救えるんだよ」
綾波「……司令官…綾波は…」
海斗「それでもまだ納得できないなら、戦えない僕の代わりにキミが戦ってほしい、僕の力になって欲しい、ダメかな?」
綾波「…そ、んな…の…」
敷波「……司令官」
海斗「キミが今傷つけた事への償いをしたいのなら、この話を受けて欲しい」
綾波「…つ…謹んで…お受け、します…」
…償いを、させてくれる…
なら、それ以上のことはない
海斗「なら、これ以上この話をする必要はないよ」
敷波「……良かったじゃん、綾姉ぇ」
綾波「う、うん…おえええ…」
敷波「あー、ほら、エチケット袋…」
綾波「おぼぼぼ…」
敷波「…司令官、一つだけ、聞いても良い?」
海斗「何かな」
敷波「…この世界で初めてアタシ達に会ったとき、どう思った?」
海斗「……何にも、でも敷波が綾波を庇ってるのを見たとき、僕はもしかしたら仲良くなる事もできるんじゃないか、とは思った」
敷波「なんで…?」
海斗「こちらに害意はない、それさえ伝わればわざわざ敵対する理由はないからね」
敷波「…もしかして、記憶がないフリをしてたのは…アタシ達のため…?」
海斗「それもないわけじゃないけど違うかな、色々理由はある、君達のこと、曙の事…いろんな理由があって、それを考えたら記憶がない方が都合が良いと思った、それだけだよ」
綾波「………」
海斗「納得してくれた?」
敷波「…まあ、多分……ねぇ司令官、司令官は私たちにどうして欲しいの?」
海斗「好きに生きて欲しい、自由に生きてくれて構わないよ、ただし悪いことはしないでね」
綾波「は、はい…誓います、綾波は…必ず…」
敷波「アタシも、綾姉ぇが誓うならアタシも誓うよ」
海斗「じゃあ、話は終わりだよ、僕は曙達を見てこないと」
綾波「…あ!あの!…司令官!」
海斗「まだ何かあった?」
綾波「…わた…私を…訓練に参加させて下さい…!」
海斗「え?それは構わないけど…」
綾波「ただ、あ、相手は…あけ、曙さんか、朧さん……」
海斗「…その人選は理由があるのかな?」
綾波「……さ、さっき…かん…かくを、思い出して…せ、制御できれば…制御できればお役に立てると、思う…です」
海斗「…そっか、わかったよ、とりあえず返事は少し待ってね」
綾波「は、はい…」
敷波「…アタシも戦えるようにしたいなぁ…」
海斗「敷波用の艤装に関しては今調整を進めてるからしばらく待って、どうなるかはわからないけど…」
敷波「了解…」
病院
キタカミ
…誰かが近づいてくる、私たちの病室に近づいてくる…なんか気分悪いから顔まで布団をかぶって寝たふりをしておく
ノックもなく扉が開く、嫌な匂い
アオボノ「…どうも」
北上「よ、駆逐…元気そうじゃん」
アオボノ「ええ、おかげさまで」
北上「…どうやって生き残ったわけ?」
アオボノ「さあ、とにかく砲弾や魚雷をばら撒いて必死に逃げた…のまでは覚えてますが…」
北上「へぇ…豪運だねぇ…」
アオボノ「何の用ですか?」
北上「提督にさぁ、襲撃したいなら謝ってこいとか言われてさ、出撃しないとお金にならないし?まあそう言うことだから上手く言っといてよ」
…こいつ殺して良いかな
アオボノ「…成る程、あなたは二つ勘違いしていますね」
北上「何?なんか言いたいの?」
アオボノ「…一つ、私はあなたに従順なわけじゃありません、あの場で私が残る事が全員帰還のための最善だ…と、考えたまでです、私が判断して私が受け入れたんですよ、ですからまず貴方に非はありません、謝る必要はありません」
北上「…は?」
成る程ね、状況は詳しく知らないけど曙が言うならそうなんだろう、正しいかどうかは結果が示しているし
アオボノ「そして二つ目、たとえそれが我々個人の中で必要のないことだとしても…あなたに命令したのが提督である以上、あなたは私に頭を下げる必要がある…私は提督に不要な嘘をつくつもりはありません、頭を下げて謝りなさい、北上」
北上「…言わせておけば、随分と言ってくれるねぇ」
匂いが近づいた…首でも絞めるかな
アオボノ「言っておきましょう、私は死ぬより辛いことを知っている、それにここであなたが手をあげる事は単純な暴行罪」
北上「………」
アオボノ「だから、貴方怖くもなんともないんですって、無能で無価値な存在に成り果てるつもりですか?」
北上「黙れ!」
乾いた音が一度
アオボノ「…はぁ…貴方はもう一つ勘違いしてますね、進んで1人でいる貴方とは違い…私は友達が居るんです」
病室のドアが開く
島風「…何してるの?北上…さん、だよね…?」
島風、長門、提督の3人か…
海斗「北上、キミにはここに謝りに来るように、と言ったはずだけど」
北上「チッ…!」
アオボノ「ああ、これは違うんです、私は手相を見せてもらってただけで」
北上「…!」
島風「…そうなの?」
アオボノ「もういいですよ北上さん、貴方は出世が難しそうですね…さて、提督の前で、謝って下さい」
北上「!……ご…ごめんなさい…」
アオボノ「と、のことですが…提督」
うひゃー…怖いの、絶対敵に回したくないな
海斗「うん、北上、キミの出撃停止は一ヶ月から一週間に変更、一週間の間に心を入れ替え、あんな作戦は2度と立てないように」
北上「…チッ…!」
1人消えて部屋には5人…か
長門「…や、やあ…」
アオボノ「……そう言えば同じ宿毛湾でも関わったことない人は居ましたね、長門さんでしたか」
長門「あ、ああ…」
島風「青ちゃーん!」
アオボノ「あ、あおちゃん…?」
島風「アオボノで、青ちゃん、良いでしょ?」
アオボノ「島風さん…貴方そんなに元気な人でしたっけ…」
海斗「曙、大丈夫?」
アオボノ「はい、叩かれる前に止めたので…」
海斗「………」
アオボノ「2週間で退院します、それまでお待ちください」
海斗「わかったよ」
長門「…なあ、提督…あれは、本当に北上なのか?」
島風「北上さん…すごく嫌な感じになってる」
アオボノ「残念ながらウチの艦隊にはあの北上以外の北上は存在しません、無い物ねだりをしても仕方ないですよ」
長門「……」
島風「あれ?そっちのベッドにも人がいるみたいだけど」
あ、やば…
アオボノ「保護された民間人です、寝てるようなので迷惑をかけないように」
長門「だそうだ」
島風「ちぇー…」
助かった…
アオボノ「2人ともあまりひどい怪我ではなくて良かったです、今後はどうされるんですか?」
長門「……実は、恥ずかしい話だが私は人間としての記憶、経歴の一切が欠落していてな、何もわからないんだ…」
島風「私は…襲われたのが半年くらい前だし、調べたら死亡者として扱われてるから…」
海斗「2人ともとりあえず横須賀に研修に行ってもらうことになったよ、当分会えないからそれも含めて挨拶にね」
アオボノ「成る程、そうですか…共に戦える日を心待ちにしています」
長門「ああ、私も並び戦える日を心待ちにしている」
島風「この世界だと魔法が使えないのが辛いよね…あ、提督!ゲーム!ゲームしたい!」
海斗「えっと…手配しておくよ」
アオボノ「…ゲーム、ですか…」
海斗「……ああ、忘れてた、はい、これ」
アオボノ「…これは…?」
海斗「いつかの約束の物、大事にしてね」
島風「…ノートパソコン…?」
長門「…ああ、The・Worldが入ってるタイプのパソコンか、アオボノ、ゲームをするのか?」
アオボノ「いえ…私はゲームは…あ……提督…」
海斗「約束、忘れてないから…みんなでやろう」
アオボノ「はい…!」
羨ましいなぁ…日の当たるところに居るみんなが
海上
???
???「…おや、貴方は…五月雨さんですか」
五月雨「貴方は…黒ずくめの…確か綾波さんでしたよね…何のためにまた私の前に立つんですか」
???「ああ、居ましたね、そんな人…でも、私達は別の存在です」
五月雨「…別の存在…貴方は一体…」
???「答える必要がありますか…さて、貴方は…その深海棲艦をどうするつもりですか」
五月雨「……沈めます」
???「ならば、私はそれを阻止しましょう…私の正義のために」
五月雨「上等です…!お相手します!」
ビジネスホテル
阿武隈
阿武隈「こんにちはー、フードデリバリーお待ちの方ですか?」
小学生くらいの子供…?
…どこかであったような…
瑞鳳「はい、商品番号これですよね?」
阿武隈「…あ、確認できました、こちら商品になります………あの、どこかでお会いしたことありませんか?」
瑞鳳「ありますよ、覚えてませんか?」
阿武隈「えっと…ごめんなさい、どこでお会いしましたか…?」
瑞鳳「……ここに行って下さい」
紙を差し出される
瑞鳳「行かなくても良い、遠くから見るだけでも」
阿武隈「え、あの…?」
瑞鳳「それでは、また、明日私もそこに行きますから」
阿武隈「ちょ、ちょっと!」