元勇者提督 作:無し
船上
駆逐艦 浜風
浜風「…くぁ…あ…」
大きく欠伸をして海を眺める
浜風(…平和そのものだな、海に出ればその瞬間深海棲艦に襲われるものと思っていたけど…深海棲艦の影も見えないじゃない)
電「浜風さん、朝食なのです」
浜風「あ…どうも」
電からカレーパンを受け取り、袋から取り出して頬張る
浜風「ん…美味しい」
電「良かったのです、交戦を想定される区域まではまだあるので今のうちに体を休めておいて欲しいのです」
浜風「…交戦する場所がわかるんですか」
電「確実にわかるわけではないですけど、今までのデータから大体の予測はできるのです、それと近づけば羅針盤による索敵もできるのですが…これも正確ではありません」
浜風「成る程」
浜風(しまった、カレーが手袋に…まあいいか)
電「もう食べちゃったのですか?まだ有りますけど、もっと食べますか?」
浜風「良いんですか?是非」
電「どうぞなのです、食べられるうちに食べておく事は大事なのです」
浜風(…前から思ってたけどこの子も中々苦労したんだろうなぁ…こんな歳で命懸けの仕事してるなんて)
浜風「…あれは」
人…艦娘、か?海の上に何か…
電「深海棲艦!深海棲艦発見!西側に1!」
電さんが叫んだと同時に船から何人かが飛び出す
電「浜風さん!行きますよ!」
浜風「わ、わかりました!」
浜風(深海棲艦…全部殺してやる…!)
海に飛び降り、水上を艤装で走る
電「…あれは…雷巡級…たった1人で待ち構えるように…」
アオバ「どうします?電さん」
衣笠「普通のとも若干違うような気がするし…迂闊な事はできないと思うなぁ…」
浜風(あれが雷巡級の深海棲艦か…)
浜風「相手はたった一体ですよ?何を躊躇ってるんですか」
電「…何か、違うのです」
電(…ヤバイ、ヤバイ感じがするのです)
電「全員撤収用意!ここは退きます!」
浜風「そんな…本気ですか!?相手はたった一体でまだ攻撃すらしてきてない、何で戦おうとしないんですか!」
電「任務は護衛なのです、守るものが無いのなら戦う選択肢もありますが…あの敵は大量の敵を呼ぶかもしれない、もしかしたらとんでも無く強いかもしれない、こんな近海でそんなリスクを冒すメリットは無いのです」
浜風「それじゃあいつまで経っても深海棲艦と戦えない!」
砲を構える
電「発砲は許可しません!」
浜風「誰も許可なんて求めてない…!私は深海棲艦を殺すんだ!」
雷巡級に向けて放ち、直撃する
浜風「やった…!」
アオバ「電さん、どうしますか」
電「…お二人は船の護衛に、五月雨さんに狙撃を要請してください」
衣笠「了解!」
浜風「狙撃なんて要りません、もう深海棲艦は死にました」
電「…何処がなのです、未だ敵は健在、そして…戦わなくてはならなくなった」
煙の中から画面の奥の目に黄色い炎を灯し、深海棲艦が笑う
チ級「ハハ…!」
浜風「そんな…直撃したのに…!」
チ級「ドウシタ?ソノ程度カ?」
改めて相対している化け物が人とは違う、本物の化物であることを強く理解して体が強張る、殺気に当てられ呼吸が荒くなり、心臓が鳴る
手首を掴まれ下に引っ張られる
電「撤退戦を開始します、良いですか、次私の指示に従わなければ命の保証はありません」
相手は自分より遥かに小さな子供なのに、その言葉に頷くことしか出来ない
電「死にたく無いと思っているなら良かったのです、救いようがまだあるので…砲撃開始!ついてきて下さい!」
浜風「は、はい!」
2人がかりで砲撃し、ちゃんと当てている…というのに死なない
浜風(本当に…死なないなんて…!)
向こうから撃ってくる気配はない…のに、ニヤニヤと此方を見ている
浜風「気味が悪い…」
電「足元!雷跡!」
浜風「…へ…?」
水上移動用の艤装に衝撃が走る
浜風「ひ…!」
電「止まらない!横から衝突しただけなのです!」
後方で爆音と水柱、何センチか違えば自分がアレに巻き込まれてバラバラになっていた
電「早く動くのです!このままだと死にますよ!」
こんなに小さい子に手を引かれ、必死に逃げることしか私にはできない…
浜風(…何のために私は…深海棲艦を殺すためなのに…)
電「ぁぐっ!?」
目の前にいた電が爆発と共に吹き飛ぶ
浜風「…えっ…待っ…!」
電「…これは…流石に聞いてないのです…!」
進行方向に別の深海棲艦が立ち塞がる
電「貴方は…そっちの味方なのですね、キタカミさん」
キタカミ「…悪く思わないでよ、あたしだって…こうなりたかったわけじゃないから」
浜風「…あの人は…」
浜風(この前の…なんで深海棲艦の味方なんか…いや、肌の色もおかしく…)
電「撃って下さい」
目の前の深海棲艦の片腕が弾け飛ぶ
キタカミ「……何も、感じない」
電「狙うなら、せめて急所か足が良かったのです…!」
お互いに砲を向け、一度放つ
キタカミ「っ…煙幕弾?」
電「早く逃げますよ!」
浜風「は、はい!」
電(相手が悪過ぎるのです…!このままじゃ下手したら全滅…)
五月雨「早く!こっちです!」
キタカミ「…逃がしてあげたいけど…そうもいかないんだ、悪いね」
浜風「ぁがっ…!…あ、ぇ…えっ…!?」
背中に強い衝撃が走る
偽装の動作が停止して前に進めなくなる
電「機関部を一撃で破壊された…!本気なのですね…!」
チ級「コッチモ忘レズニナ!」
五月雨「魚雷来ます!」
電「動きを制限してるだけなのです!でもこのままじゃ…」
キタカミ「…そいつ置いていけば逃げられるよ」
私を指差してそういう
キタカミ「そいつの航行能力は完全に失われた、つまり…そいつは電たちが引っ張って帰るしかないんだし…私の前でそれが通用するわけないじゃん」
電「………」
浜風(そんな…私は一体の深海棲艦を倒す事もなく…死ぬ?)
脳を鷲掴みにされたような恐怖感
私はここで捨てられて深海棲艦の餌になる…
電「巫山戯るのも大概にするのです」
チ級「ヘェ?」
電「電達は、仲間を見殺しにする程腐ってないのです!」
キタカミ「……」
五月雨「今!そこです!」
後方から砲音と共に何かが打ち上げられる
キタカミ「……この匂い…船からかと思ったけど、ソレなんだ…木曾、一度潜らないと痛いよ」
チ級「了解」
深海棲艦が海に消えると同時に火の雨が降り注ぐ
乗ってきた船が近づいてくる
電「ワイヤーを!」
アオバ「投げました!」
艤装にワイヤーを引っかけ、曳航される
電「巻いて下さい!早く!」
アオバ「今やってます!」
五月雨「…追ってきてはないですね、完全に離脱できた…と思います」
電「良かったのです…みんな無事で…」
アオバ「何の戦果もありませんねぇ…一方的に被害を受けただけで撤退、はー…上にはチクチク言われそうですねぇ」
電「そうですね…少し弱ったので…す…」
衣笠「衝撃備え!」
すぐ隣で大きな水柱が上がる
浜風「な、何が!?…うっ…!」
キタカミ「悪いね、でもこれだって救済…らしいし」
いつの間に船内に…
電「…本気、なのですね」
キタカミ「しつこいよ、もう終わりなんだよ、何もかも」
電「貴方は倉持海斗すらも裏切る、のですね」
キタカミ「…裏切るんじゃない、これは私なりの正しい行い」
電「罪もない人々を殺す深海棲艦に与する事の何が正しいのですか…!」
キタカミ「深海棲艦になって生きてる奴等は沢山いる、その事実を無視することも正しいとは言えないでしょ」
五月雨「…これ以上は無駄です、撃ちます!」
砲撃のたびに船が大きく揺れる
キタカミ「よっ…と、そうだ、そうなんだよ…身軽でなきゃできない戦いだって……っと」
海に飛び降りた深海棲艦に複数の砲弾が着弾し煙に包まれる
キタカミ「またスモーク?どこか、ら…いや…」
電「間に合ったみたいですね…煙の中をとにかく撃って下さい!」
アオバ「了解です!」
衣笠「もうこのまま振り切るよ!」
浜風「…何が起きて…」
電「増援が来たのです」
浜風「増援…?」
キタカミ
キタカミ「ちぇっ…五月雨に不知火…電も結構曲者だし、これは流石にキツイかな」
飛んできた砲弾を弾く
キタカミ「…提督、私は…正しいんだよね?」
宿毛湾泊地
重巡洋艦 青葉
青葉「…司令官、随分と顔色が悪いですけど…大丈夫ですか?」
海斗「えっ、そうかな?
青葉「はい、まだ良くないんじゃ…」
海斗「大丈夫、でも青葉に心配ばかりかけるのも良くないね、青葉、代わりにヘルバに会ってくれる?」
青葉「ヘルバさんに…?どうやって…」
海斗「The・Worldで会う約束をしてるんだ、メールで連絡はしておくから」
青葉「…わかりました、あまり無理をされないでください」
海斗「わかってるよ」
執務室を出る
青葉(ヘルバさん、か…司令官がわざわざ会うって、どういう理由があるんだろう…思えば最近の司令官はThe・Worldにログインする時間がなかったし…息抜きだったのかなぁ…)
アオボノ「ようやくまともに歩けるようになってきましたね」
敷波「うん…ありがとう、曙」
青葉(…あれは曙さんと敷波さん…そっか、脚が戻ったから歩けるんだ…嬉しそうだなぁ、敷波さん)
アオボノ「おや、どうも青葉さん」
青葉「お疲れ様です…リハビリですか?」
敷波「うん…なんとか、歩けるようにはなって…」
アオボノ「バランス感覚の問題でしたがかなり矯正出来ました、この調子ならきっと出撃も熟る」
敷波「…そしたら、少しでも恩を返したい、今まで本当に迷惑かけてきたから」
青葉(…やっぱり、元々は良い子だったんだ、きっと環境や上司が悪かったから…)
青葉「いつか、一緒に戦えると良いですね…」
敷波「…狙撃には自信あるんだ、後方支援は任せてよ」
アオボノ「無駄口叩く前に走れるようになりましょうか」
研究室
駆逐艦 綾波
綾波「……」
敷ちゃんの脚は、生きている
他にどう表現すれば良いのかわからないけど、様々な手段で調べた結果、私の出した結論はこれだった
敷ちゃんは今あの脚に寄生されている、つまりあの脚は敷ちゃんの物ではない…
綾波「…どうすれば」
簡単だ、切り落とせば良い、そうすれば最悪の事態は免れる、でもこのまま放置すれば何が起こるかわからない
あの脚に脳を侵されるかもしれない、切り落とすにも綺麗に切り落とす必要がある、出血を防がなくてはならない
綾波「…道具も場所も…」
気づかれずに動けるようなレベルじゃない
綾波「おげぇぇ…はぁ、はぁ…ごほっ…」
何かが起きたわけじゃないのに涙が込み上げてくる、不安にさらされる時間が長いほど苦しくなってくる
綾波「…ど、どうすれば…どうすれば良いんですか…」
答えは返ってこない
横須賀鎮守府
提督 火野拓海
拓海「…ふむ」
電「艦隊が帰投しました、浜風さんの艤装が大破、私の艤装も同じく大破…それ以外の被害はありません」
拓海「ならば良い、ゆっくりと休め」
浜風「…あの」
拓海「キミについての話は後日でいい、今は休め」
浜風「…今のままでは休むに休めません、少しだけお時間をください」
拓海「ふむ…では、話を聞こう」
椅子に腰掛け、浜風の方を向く
浜風「え?」
拓海「君が時間をくれと言ったのだ、話があるのだろう?それとも説教を期待していたか」
浜風「…はい、私は道を間違えれば…その度誰かが正してくれる、と信じていました」
拓海「ではその考えは捨てろ、その考え方では間に合わん事もある」
浜風「……申し訳ありませんでした、私の軽率な行動により撤退を余儀なくされ、艦隊の全員を、そして護衛対象すらも危険に晒してしまいました」
拓海「全くだ、だが我々としても考えを改めねばならん、わずか20浬程離れる事にもこれほどの危険が蔓延っている…今回キミ達が戻ってこれは幸運が重なった結果、少しでも状況が狂えば生きて帰れなかっただろう」
浜風「はい、深く理解しています」
拓海「君が砲を放った時点で既に鎮守府には撤退の連絡、そして援護を求める連絡が来ていた、側からみれば過剰だろうな」
電「必要な行動だったのです、不知火さんに出てきてもらうことが私にとって最善の手段でしたから…」
拓海「まったくもって期待通りの働きを見せてくれた、しかし彼女の実力を持ってしても足止めにしかならないか」
電「…不知火さんにはブランクがあるのです、まだまだこれからなのです」
浜風「…質問してもよろしいでしょうか」
拓海「構わない」
浜風「私たちが会敵した相手は…深海棲艦、だったのでしょうか」
拓海「それについては、今はまだ答えられる事はない」
浜風「………」
拓海「今はただ与えられた仕事を果たせるようになればいい、キミの活躍に私たちも応えられるようにしてみせよう」
電「思うところがあるのはわかってるのです、でも真実は私たちにもわからないのです…だから今はとにかく生きて、生き延びた先に真実と、その価値があるのです」
浜風「…生きる」
電「敵はどうしようもない化け物なのです、今は自分が生きることだけを考えてください」