元勇者提督 作:無し
大湊警備府 近海
駆逐艦 暁
暁「撤退!全員撤退して!」
今日の出撃も何も変わらない、命が手をすり抜けていく
誰かを救う事なんて私にはできない
不知火「クソッ!やらせるか!これ以上はやらせるか!!」
響「無茶だ!退こう!」
不知火「今日こそ…止めないと…!」
暁「……」
この光景は何度目だろう、不知火さんは何度敗北しても何も変わらない
勝ち目なんてどこにもないのに、ひたすらに…
何が望みなのか、それすら分かりはしない、わかるはずもない
不知火「ぐがっ…!」
砲撃が直撃…不知火さんを狙い澄ました一撃…衝撃で不知火さんは失神…
相手は視認できる距離に居ない…立ち向かうことすらできない
暁(…無理、ね)
暁「響!不知火さんを連れて帰って!」
響「暁は!?」
暁「…大丈夫よ、私口喧嘩なら負けたことないから」
響「はぁ!?」
暁「良い子だから、お姉ちゃんの言うこと聞いて…不知火さんを連れて帰って」
響「何言って…雷の様になるつもりかい!?」
暁「約束する、ちゃんと帰るから」
響「そんなこと…!」
暁「早くしないと、私死んじゃうわよ?」
響「……くっ…!約束した!破らないで!」
暁「…良い子ね、本当にいい子…」
どうせ見えてないのかもしれないけど
目一杯袖を引っ張り、白い生地を振り回して白旗の合図を送る
暁「…そもそも、口喧嘩になるのかしら」
私の不安をよそに、向こう側の対応は穏やかだった
キタカミ「降参かぁ、別に痛めつけたいわけじゃなかったし、全然受け入れるよ」
暁「…顔中血まみれでわからないかしら、キタカミさん」
キタカミ「……ああ、なんだ、暁じゃん」
暁「久しぶりね、少し世間話でもどお?」
キタカミ「別にいいけどさぁ…先に深海に行こうよ」
暁「…何か勘違いしてるみたいだけど、私は深海になんか用は無いのよ」
キタカミ「…降参しておきながら?」
暁「キタカミさん、なんで深海棲艦の味方なんかしてるの?」
キタカミ「味方?コレは救済だよ、深海に行けば誰も死なない、永遠の命を手に入れられるんだからさぁ」
暁「……それは司令官は知ってるのかしら?」
キタカミ「…何?まさか提督が賛同してくれない…とか言うんじゃ無いよね」
暁「してくれないと思うけど、と言うかどうやって考えたらしてくれると思えるのかがわからないわ」
キタカミ「…ははは、何言ってんの?みんな深海で幸せに暮らせるんだよ?」
暁「司令官は罪なき人を殺すようなこと、絶対許さないと思うけど」
キタカミ「…そんなわけ無い、提督は私を認めてくれる!」
暁「どうしてそんなことが言えるのかわからないけど…絶対にありえないわ、だって司令官は宿毛湾で今も戦ってるんでしょう?」
キタカミ「だから?」
暁「…キタカミさんがそんなことしてるって知ってて戦ってるなら、すでにキタカミさんを否定してる事になると思うけど」
キタカミ「そ…れは…」
暁「キタカミさん、踏みとどまるなら早い方がいいわ、一瞬でもね」
キタカミ「…うるさい、うるさい!提督はただ知らないだけ!私がこうして戦ってる理由を知れば…!」
キタカミさんが砲を向ける
暁「司令官に何て言うつもり?救済だ…と言って、か弱い子たちを殺して回ったって?」
キタカミ「黙れッ!」
暁「黙らないわ…雷は死んだ!雷を殺した相手が目の前にいた口をつぐむような事、姉として絶対にしない!」
キタカミ「死んだ?アハッ…そうだよ暁、暁は知らないんじゃん!雷はほら、今どこにいるか知らないけど駆逐級としてさぁ、他のみんなを救済に…」
暁「……だと思ったわ」
予想していたとはいえ、受け入れ難い結末に強い吐き気を催す
キタカミ「ほら、雷もいるんだよ?」
暁「雷は死んだ、何一つ変わらない」
キタカミ「…何が…?深海棲艦になったら死んだ?たとえ目の前にいてもそれは死体だ…って?」
暁「そうよ、だって雷は死んでしまったから」
キタカミ「…曙みたいにさ、深海棲艦から戻ったら、どうなんのさ」
暁「それは生き返ったんだと思うわ、だって前の世界からそんな感じだったじゃない、何か違う?」
キタカミ「……」
暁「救済だー…なんて言ってたけど、本当に死ぬことで救われると思う?それとも、深海棲艦になって洗脳された?」
キタカミ「洗脳…?私が洗脳されてる?…されてるわけ無いじゃん、アホらし…」
キタカミさんが主砲を突きつける
キタカミ「さっさと救済しちゃいましょうかねー」
暁「洗脳されないってわかって良かったわ、それならいくらでも抵抗できるから」
キタカミ「……」
暁「洗脳されないのなら…深海に不満を感じてる子も絶対居る、絶対に私は反乱するけど…迎え入れてくれる?」
キタカミ「チッ……」
暁「よく考えて?キタカミさん、貴方は…いやキタカミさんだけじゃない、本当に考えを塗り替えられてない?救済だなんてみんな考えてるの?」
キタカミ「…それ、は…」
暁「…やっぱり違うのね、というかそもそもキタカミさんがそう言ってるだけじゃ無いの?」
キタカミ「違う!木曾が…」
暁「…キタカミさんってお姉さんもいたわよね?お姉さん達は賛同してくれてる?」
キタカミ「…球磨姉達は…もう喋ることもままならないんだよ…!」
暁「そんな姿になるリスクを背負うことが…救済なの?」
キタカミ「…人間に戻せないんだよ、私の手で何回も倒して…その度にボロボロの体になっていって…」
暁(深海棲艦が復活するのにも代償が…って事かしら、でも…よくわからないわね…研究も進んで無いって話しだし)
キタカミ「あー、もう、嫌なこと思い出した…もうさっさと…」
暁「私が深海棲艦になるのは構わないけど、自由に動けるの?」
キタカミ「…随分と意見が変わったねぇ…」
暁「深海棲艦になれば…私を実験材料に深海棲艦を人に戻す手段が手に入るかも知れない、そうすればみんなで暮らせる…違う?」
キタカミ「…無理、そういう事はできないんだよ、無理矢理引き戻されるし」
暁「やっぱり救済じゃ無いわね、自分の命の使い方も決められないなんてディストピアじゃない」
キタカミ「……もういいや」
突きつけられていた主砲がだらりと海面に垂れる
キタカミ「暁は救済を受けるに相応しく無い」
暁「そう、嬉しい評価ね」
キタカミ「……雷だけどさぁ…ぐちゃぐちゃにされたと思うよ」
暁「っ…!」
キタカミ「なんでも…いろんな子を集めて、選りすぐりの深海棲艦のエリートを作りたいらしいんだけど……その過程でぐっちゃぐちゃの滅茶苦茶にするらしいしさぁ…二度と会えないと思うよ」
暁「なぁんだ、そんなこと」
キタカミ「…そんな事?」
暁「私が守れなかった時点で…もうダメなのよ、たとえ助けられても顔向けできないし…それよりもキタカミさん、貴方やっぱり違和感を感じてるんじゃ無いの?」
キタカミ「……どうだかね、もう脳みそがぐちゃぐちゃに溶かされてから随分経ったし…よくわかんないや…」
暁「…貴方なら、まだ救いようがあるのかも知れないわ」
キタカミ「救いよう…ねぇ」
大湊警備府
暁(…何とか、生きて帰れた…)
響「暁!」
暁「ほら、ちゃんと帰ってきたでしょ?」
響「何でこんな無茶を…いや、そんな事より、私達は見捨てるような真似を…!」
暁「もう妹は失いたく無いの、だから泣かずによく聞いて」
響「…うん」
暁「響、不知火さんを連れてここを出ましょう、燃料を最大まで補給して陸路と海路を合わせて使えば宿毛湾まで行けるわ、横須賀でもいい」
響「……無理だ、それに宿毛湾?どこの事を…」
暁「…上手くやらないと、誰も救えない…此処には沢山の駆逐艦の艦娘が居る、ここの子達はどんどん死んでいくわ」
響「だからそれを守るって…暁が…」
暁「ごめんなさい、私じゃ力不足なの…だから、助けを求める…出発は2時間後、最低限のものを集めて、不知火さんを起こしましょう」
響「……海を通れば深海棲艦に…」
暁「そんじょそこらの深海棲艦なんてメじゃない…今まで戦ってきた相手が異常なだけよ」
宿毛湾泊地 近海
駆逐艦 朧
朧「ぁ、あのっ!」
那珂「無駄口叩かず走る!アイドルは身体が資本!一に体力!二に体力!三四に愛嬌!五に体力!」
朧(だからって…海の上で走り込むなんて…艤装重っ…!)
那珂「絶対艤装の力で進んじゃダメ!目指せ100m9秒!」
朧(む、無理…!)
30分後
那珂「はいストーップ、スポドリ飲める?」
朧「げァ"っ…あっ…はぁ……」
差し出されたボトルをひったくり、喉に流し込む
那珂「これがアップね、30分の走り込みができるようになって初めてトレーニング開始だから」
朧「ぶっ!?ごほっごほっ!…む、無茶な…!」
那珂「……海上であの動きするのって本当に体力いるんだけど、まだ辛い?」
朧(…ここで止まるのはダメ…とにかくやらなきゃ)
那珂「ちなみにショットガンタッチに変更も考えてるんだけど、そっちの方が負荷は強いかもね」
朧「……えと…とりあえず次を」
那珂「おー!ガッツあるね!じゃあ片足で立って?」
朧「へ…?」
片足で立つ、陸地なら大した事ないけど…
朧(な、波が…!)
那珂「あ、今は掴まってていいよ、次はこれ、アイマスク!」
アイマスクで視界を塞がれる
今にも倒れそうながらも必死でくっつくことでそれを防ぐ
那珂「仕上げに…それっ」
朧「いっ…アァァァァッ!?」
持ち上げていた左足の感覚が激痛と共に失われる
那珂「はい、離そうか?」
朧「な、何、何を…!」
那珂「ほら早く離さないと両手もいっちゃうよ」
朧「ひっ…!」
痛い、本能的な恐怖が頭を支配する
咄嗟に手を離し、何とかバランスを取る
朧(あ、脚…!脚、どうなって…!)
那珂「そのまま15分耐えてね、耐えられなかったらもう一発行くから」
朧「は、はい!」
那珂「ちゃんと返事できてえらいえらい」
朧(しなかったら何されるかわからない…!)
片足になると波が普段以上に強い
たとえ膝下まで届くような波が来たとしても両足なら踏ん張れた、なのに片足になると途端に…
朧(た、倒れる…!)
視界が使えず波の来る方向すらわからない
少しの油断で身体が持っていかれそうになる
那珂「ほらほら、頑張れ〜」
朧(…待って、もしこれに意味があるなら音を聞けとか…)
耳を澄ませども…何も変わりなどしない、予想して堪えようとした方と真逆から波が押し寄せる
朧(もうダメ…倒れる!)
那珂「はい、15分と…目隠し取っていいよ」
朧「わぷっ!?」
朧「ぷは…な、何だったんですか…これ」
那珂「バランスは勿論、見えない事で他の感覚を研ぎ澄ますための訓練…かな?例えば」
後頭部に何かが触れる
那珂「これ…今いない方の曙ちゃんがやってみせた綾波の蹴り」
朧「け、蹴り…?」
自分の顔の横に脚が伸びていることにすら気づかなかった…
那珂「蹴ると片足になるじゃん?っていうのは置いといて、死角をつくのは簡単なんだよ、だから視界に頼らないことも大切だよーって」
朧「……そ、そうですか…」
那珂(初回で5分はかなりがんばってるし…こんな所かな)
朧「あ、あの…左脚」
那珂「あ、それはねー…目隠しして痛い事されると何されたかわかんないでしょ?って言う実験!」
朧(…オモチャにされてるんじゃ…)
那珂「ほらほら、次行くよー」