元勇者提督 作:無し
東京 特務部オフィス
数見
コーヒーの入ったマグカップをテーブルに置く
数見「砂糖とミルクは?」
アオボノ「結構です、口にするつもりはありませんので」
数見「逃げ出した綾波に適応した少女、彼女とは親しかったようだね」
アオボノ「昔の話です、綾波さんの真意は私も測りかねます」
数見「…この件は特務部の中で起きた事でもある、我々にも責任が問われるわけだ…さて、君には彼女を捕まえてきてもらいたい」
アオボノ「……」
数見「これは君にとってのラストチャンスであると言う事も理解してもらいたい、元の契約を忘れたわけではないだろう?」
アオボノ「倉持海斗司令官は台湾の解放作戦にて武勲を立てた、いわば英雄と言える存在では」
数見「ではなぜ君が表彰されて彼は何処からも声がかからない」
アオボノ「…チッ…」
数見「意味が私の裏側に気付いている事も、彼に対する感情も、全て把握した上で聞こう…鞍替えするつもりは?」
アオボノ「一切ありません」
アオボノが席を立つ
アオボノ「綾波の位置は」
数見「警察の目撃では埼玉と東京の境にある棒ノ嶺という山の北側で拳銃などを盗んだそうだ」
アオボノ「……」
アオボノはめんどくさそうな面持ちでスマホを眺める
アオボノ「近くに小さな町がありますね、ここはどのくらいの人が張ってるんですか」
数見「そこまでは知らないが、警戒体制は敷かれているはずだ」
アオボノ(…綾波さんならどうするか、恐らくイムヤさんがいる事でリスクを避けるはず…)
数見「…最新の情報が入ったよ、
アオボノ(町じゃなくて村なのか…すぐそばにダムがあって…水の確保は容易、なら…)
アオボノ「何人か人をください」
数見「5人つけよう、現地の警察には連絡を入れておく、射殺して構わない」
アオボノ「少なすぎませんか」
数見「十分な人数だと思うが」
アオボノ「…さて、どうでしょうね」
数見「さあ、行きたまえ」
アオボノ「……」
部屋にはもう誰もいない
数見「さて、このままの特務部は不要か…メンバーを見直す必要がある」
名簿を眺める
数見「…人は神にこそ従わなければならない、私こそが神だ」
埼玉
駆逐艦 綾波
綾波「こ…この町はダムと温泉、き、キャンプ場やサバイバルゲームのフィールドがあって…その…」
イムヤ「観光業がメイン…って事?」
綾波「らしいです…そ、その…なので、町に入っても…警察にさえ気をつければ…」
イムヤ「でも、寝泊まりはどこで…」
綾波「き、今日はしません…危険なので…そ、その、野宿なんですけど…」
イムヤ「どこで…?」
綾波「や、夜間は警戒を敷くだけで、恐らく捜索は中断します…なので、森の中は安全です…」
イムヤ「本当に…?」
綾波「た、ただ…獣が危険です…それと、服が汚れすぎてしまうのも…」
イムヤ「どうするの…?」
綾波「…この雲の流れ…明日は多分雨だし…で、でもここで…う…うう…」
イムヤ(綾波でも怯えるんだ…)
綾波「い、イムヤさん…わたっ私…人を殺さずに切り抜ける手段が思いつかなくて…!」
イムヤ「…ま、まあ…それはもはや仕方ないような…とりあえず何か飲み物と食べ物だけ買わないと」
綾波「近くに、温泉のそばの駐車場…そ、そこなら多分…けっ…警察も人が多くて…判断がつかないはず、です…あと、もしかしたら居ないかも…」
イムヤ「木を隠すなら森の中…か、よし、行きましょ!」
綾波(…ここで少しでも歩き慣れて、地形を把握しておけば…最悪の事態は回避できる)
イムヤ「…警察、どこにも居ないわね」
綾波「そう、ですね…でも、油断はできません…飲料水と、お菓子しかないですけど…」
イムヤ「…山を越えるだけ持つかなぁ…ま、無理か…」
綾波「……」
イムヤ「綾波?」
綾波「えと…手段は、ありますよ…」
イムヤ「え?」
綾波「明日の用意を…」
駆逐艦 アオボノ
アオボノ(…全然警察の配置がない、私服警官とか…も考えたのに、居ない…おかしい、なんで誰も居ないのか…)
村に入ったと言うのに警察官の数が少なすぎる
アオボノ「私のこの場における権限は」
兵士「我々分隊の指揮と銃器の発砲許可のみです」
アオボノ(…まあ、これなら逆に好都合ですが…)
アオボノ「警察は何処に?」
兵士「山を中心に捜索していると聞いています、検問も敷いているのでこの辺りから抜け出してはいないだろうと…」
地図を眺める
周囲は木に囲まれ、隠れる場所はいくらでもある
人の目で探すより警察犬の方がずっと早く見つかる…
アオボノ(ダムの周りは道路と川、そして林…か)
アオボノ「この林を重点的に調べて下さい、隠れるならここでしょう」
地図を渡す
アオボノ(さて、見つかった綾波さんのスマホにはこの辺りの地図なんかが有りましたね、解析にかけたいところですが…それは私の利にはならない、思考が筒抜けなのは困りものですが…)
綾波のスマホを取り出し、デバイスを接続する
アオボノ(恐らく最初から逃げ出すルートは考えていた、いつでも逃げ出す用意はしていたんでしょうね、提督を裏切った訳ではないなら、私としては戦いたくない…そもそも既にこのあたりを抜け出している可能性の方が高いか)
林の方から銃声がなる
アオボノ「…とろいですね…さっさと逃げておけば私も追えないのに…」
金属音とともに兵士用の小銃がすぐそばまで飛んでくる
アオボノ「…これは、もしかして…」
林に駆け寄る
脚に何かが絡まる
アオボノ(トラップ…!)
周囲の縄を斬りながら進む
アオボノ「…驚きました、逃げてない事も、罠を張り巡らせて兵士を全滅させた事も…」
綾波「……」
アオボノ(…全員気絶してるだけ?小銃は全部壊されてる…派手に暴れたのか、全員落ち葉や土まみれ……待って、イムヤさんがいない)
イムヤ「手を挙げて…」
背後から声
アオボノ「…なるほど、ここで盗んだ拳銃を持ち出しますか…」
手を挙げて振り返る
アオボノ「命を救っていただいた件についてはどうも」
イムヤ「…悪いけど、私も自分の身がかわいいの…」
アオボノ「当然でしょう、それは至極当たり前のことです、あ、そのパーカー、よく似合ってますよ、フードは脱いだほうがいいと思いますが」
綾波「私のスマホと…剣、捨ててください」
言われた通りにスマホを捨てる
イムヤ「剣は」
アオボノ「…今回の作戦には、私の地位と、あるものがかかっています」
綾波「…司令官の事は、きっと皆さんが守ってくれます…」
アオボノ「だとしても、貴方達を突き出せば提督の命は保障される…」
イムヤ「…撃つ、本当に撃つんだから……お願いだから、抵抗しないで…」
アオボノ「素人も良いところですね」
剣を抜き炎をイムヤに飛ばす
イムヤ「目がっ…見えな…ぁがっ!?」
首を掴み、持ち上げる
アオボノ「誤射が怖かった?それとも…味方を撃ちたくなかった?どちらでも良いですが、貴方最初から撃たないつもりでしたね、本当に素人だ…」
イムヤ「かひゅっ…ぁ…」
綾波「曙さん」
背中に衝撃が走り、膝をつく
綾波「敵を前にお喋りするの、悪い癖です」
アオボノ「っ…つつ…痛いですね、本気で蹴る事無いじゃないですか…」
綾波と向かい合う
綾波「…御相手、させて頂きます」
アオボノ「本気ですか、私と?私に勝てると?」
アオボノ(と言っても、不意打ちとはいえ無傷で兵士を全滅させるには…どんなワナが…いや、この匂いは…)
綾波「流石に貴方相手には、油断できませんので…」
アオボノ「燃料を撒いたんですか?この辺り一体に?」
綾波「よく燃える、と思います」
アオボノ「まさか自分たちだけは無傷で済む手段があると?」
綾波「いいえ、これは一つの制限です」
綾波が木に近づく
アオボノ(…ロープ…またロープトラップですか)
足元に目をやる
綾波「貴方は察しがいいですし、賢い…ですが、純粋すぎるんだと思います…」
真上から葉が降る
アオボノ(視界を…いや、違う…服や肌に張り付いて…しかもこの匂いは…)
アオボノ「匂いの素はこの葉っぱでしたか…」
綾波「はい、その葉には一晩かけて燃料を染み込ませてあります…簡単に火がつく仕掛けも施しました」
アオボノ(…兵士が良いようにされたのはこの脅し文句か、銃が打てない以上勝ち目はない…)
綾波「…降参しますか」
アオボノ「まさか、体術で私に勝つつもりですか?」
綾波「…敵わないとは、思いますよ…私もこの環境では艤装を使えない…何しろ、お互いに危険な状況ですから」
アオボノ「提督の為に、捕まえさせて頂きます」
短剣を向ける
綾波「…やっぱりこうなりますか…イムヤさん」
イムヤ「わかってる…」
アオボノ(事前の打ち合わせは済んでいる…となるとまだ仕込みがある…)
綾波とイムヤが林の外へ走る
アオボノ(まさか、外はすぐに警察が…)
綾波「追ってくるならご自由に…!」
イムヤ「オススメしないけど!」
近くの川に2人が飛び込む
アオボノ(川…ダムから繋がってるから流れを利用すればそこそこの速度で進めるでしょうね…でもそれで逃げ切れるとは…)
川に飛び込み、機関を稼働させる
アオボノ(…この川、すぐに浅瀬になる…イムヤさんも長くはスピードを維持できないし、艤装のまま下り続けることも苦しいはず、移動が狙いならあまりにもお粗末な…)
水中からロープが浮上してくる
アオボノ(…水底に仕込んでたのか…!)
綾波「私、真正面から戦うの苦手なんです…」
ビンと貼ったロープが急に正面に現れる
交わす余裕もなく、それに突っ込み、脚を取られて水面に倒れる
アオボノ「この程度で私が止まるとでも…」
綾波「いいえ」
腹部に蹴りが突き刺さる
アオボノ「か…」
綾波「艦娘システムを使用し続けたものの体は…どんどん深海棲艦の身体と近しいものとなって行きます、理由は分かりませんけど…いえ、私は見当はついているのですが」
水面に叩きつけられる
アオボノ「ごほっ…こひゅっ…」
綾波「…正々堂々とは…戦えません、ごめんなさい…」
アオボノ(なんで今泣きそうな顔して…く…体が動かない…イムヤさんに捕まって…)
綾波「…ごめんなさい…司令官は、きっと大丈夫ですから…」
綾波に首を絞められる
アオボノ「く…っ…こ、の……」
綾波「…罰は、受けますから…」
車中
イムヤ
イムヤ「…上手く、いったわね…万事…ここは観光業が主体だから旅館に食べ物を仕入れるトラックの荷台に忍び込めば遠くまで逃げられる…流石ね」
綾波「……」
イムヤ「…何しょぼくれてんの?せっかくこうやってあそこから離れられた、いろんなところを煙に巻いて逃げられたんだから…」
綾波「…わ、私のせいで…司令官が…」
イムヤ「今更気にするの…それ」
綾波「だ、大丈夫だって…信じてますけど…」
イムヤ「そんな事より!問題はこっちよ…この移動手段、どうにかならなかったの?冷蔵コンテナの中って…流石に寒いんだけど…」
綾波「すすっすいません…し、深海棲艦の身体なら、耐寒体制も多少はあると思って…」
イムヤ「た、多分無くはないけど…それより綾波は大丈夫?唇紫だけど…」
綾波「…さ、最終手段ありますから…」
イムヤ「それ…曙の剣?」
綾波「は、はい…こ、これで炎を出せば、さ最低限の暖は…」
イムヤ「…ここ、密室だけど…」
綾波「アハ、アハハハ…」
イムヤ「綾波…大丈夫じゃ無さそうね…早く積み替え場所につかないかな…」
綾波「……待ってください、止まりました…検問です」
イムヤ「…越えられるの?」
綾波「い、息を殺してください…この冷気、に、匂いは殆ど無いです…しょ、食品の匂いが包み隠してく、くれます…」
イムヤ「…上手くいくといいけど…」
綾波「大丈夫…もっと奥で…」
イムヤ「う…ここより寒いのか…嫌だけど移動しないと…っとぉ!?」
綾波「う、動いてますね…さ、流石に隠れられないと判断されたみたいです…」
イムヤ「そ、それはよかっ…っとと…うわぁぁっ!」
バランスを崩して頭をぶつける
イムヤ「あたたた…」
綾波「大丈夫ですか…?…また、止まりましたね…」
イムヤ「…まさか、今転けたせい…?」
綾波「……」
イムヤ「…なんとか言ってよ!?」
綾波「とりあえず、静かに…」
荷台の戸が開く
運転手「ほら、こんなに寒い、人が長い時間乗ってられるとは思えませんけどね…」
警察官「ちょっとさっきの物音を確認したいだけですので」
綾波(……)
イムヤ(私のせいだった…)
警察官が犬と乗り込み、ライトで中を照らす
イムヤ(ど、どうしよう…!)
綾波(…やるしか無い、か…)
警察官「…これは何を運んでるんですか?」
運転手「肉ですね、普通は冷凍なんですけど、チルドっていう低温で送るタイプの…まあ、あんまり温度が低く無いせいで長引くと悪くなっちゃいますので…」
警察官「ああ、すいません…倒れたのはこの肉の塊か…?うーん」
犬がどんどん近づいてくる
綾波(…来た)
イムヤ(こないで…!)
手で鼻と口を塞ぎ、息を殺す
綾波(どうする、いつ出る?…飛びかかられるのを待つか、それとも先にやるか…ここは距離的にまだ山に近い道路の中のはず…とはいえ…警察官は何人いる?森に逃げたとして無事に抜けるには…)
後方からクラクションが鳴る
警察官「っと…すいません、もう結構です、他の車も停めているし急がないと」
運転手「じゃあ、閉めますね」
音を立ててドアが閉まる
綾波「……た、助かった…?」
イムヤ「みたいね…よ、よかったぁ…」
…こうして私たちは検問を抜けることに成功したのだった
特務部 オフィス
駆逐艦 アオボノ
アオボノ(…さて、私は私の末路…か)
数見「今回の件による君の処遇だが、君の能力自体は非常に惜しい」
アオボノ「でしたらどうすると?」
数見「ここへ行ってもらう」
渡された書類を眺める
数見「ここは衛星で確認された深海棲艦の基地だ、ここについての情報を少しでも手に入れてもらいたい」
アオボノ(捨て駒か…)
アオボノ「それより、倉持司令官についてですが」
数見「君の手の回す速度には感服したよ、いつの間にダックの女王と繋がっていたのやら」
アオボノ(ヘルバさんに頼んで正解だった、提督の活躍を世間に広めることで簡単には手を出せない…提督は嫌がるでしょうが、これもまた有効な策ですしね)
数見「……戦果を期待している」
アオボノ「その前に、弾をください、深海棲艦を人間に戻せる薬…実験は必要でしょう?」
数見「…持ってきてくれ」
研究者たちがアタッシュケースに入った薬品を机に置く
アオボノ「…20発だけ?」
数見「検証には十分すぎるはずだ」
アオボノ(さて、私の行動をどうやって提督の役に立てるか…)
数見「君は自分が綺麗な身体であることに拘らない」
アオボノ「非効率的且つ…手遅れですからね」
数見「なんとも勿体無い、倉持海斗にそこまで心酔する理由は私にはわかりかねるが」
アオボノ「プライベートは口出し無用です、それでは」
数見「…私の物にならなかったのは、残念なことこの上ない」