元勇者提督 作:無し
離島鎮守府
駆逐艦 朝霜
朝霜「へー…これでいいのか?」
キタカミ「そう、そのまま狙いをつけて…まだ安全装置は外してないけどちゃんと注意してよ」
早霜「……この辺ですか?」
キタカミ「この辺、じゃなくてちゃんと教えた通り狙い方をしっかり見極めな、そんなんじゃ海に出た時大変な事になるよ」
朝霜「持ってるだけでブレるだろ」
キタカミ「…そっか、新人だし体幹鍛えなきゃいけないのか…じゃあ艤装訓練は取りやめて体幹作る……いや、集中力持たないか…今日だけは好きにやらせてみようかな…」
キタカミ「とりあえず、的撃ちしようか、砲弾…これ…一般的な榴弾だね、装填の動作はわかる?」
朝霜「わーってるよ!」
砲弾を詰め込み、狙いをつける
清霜「できましたー!」
キタカミ「撃ち方よーい」
掛け声に合わせて撃つ用意をする
キタカミ「始め!」
耳が壊れそうな音が響く
普段は遠くで聴いていた音がこんなにすぐそばで鳴りまくる
それも自分の手で鳴らして…
キタカミ「撃ち方やめ!…やめだっての!」
朝霜「ぁだっ!?耳つねる事無いだろ!?」
キタカミ「撃ち方やめだって言ったんだよ、聞こえてなかった?」
朝霜「……聞こえてた」
キタカミ「それと、アンタ的に1発も当たってないよ、狙い方はこう、見る場所はそっち、わかる?」
体を掴まれて無理やり姿勢を作られる
朝霜「…やめろよ」
キタカミ「はいはい、取り敢えず支えといてあげるから、ほら」
作られた姿勢で、背中から両腕をしっかりと掴まれる
キタカミ「1発撃ってみ」
朝霜「……」
放った砲弾は正確に的を粉砕する
キタカミ「わかった?」
朝霜「…あァ…わかったから離れてくれ」
キタカミ「……はいはい」
キタカミ(自分からはガツガツ行くくせに相手から来るのは苦手か…)
キタカミがこっちに背を向け、早霜と清霜の指導にあたる
キタカミ(清霜はヤケにスジがいい…いや、山雲並みに当たってない?)
キタカミ「…清霜って訓練課程とか出てるんだっけ?」
清霜「くんれんかてーって何?」
キタカミ「……や、何でも無いよ」
早霜「…清霜は、良く当たるのね…」
キタカミ(…何が違う?ああ、体幹がしっかりして……いや、ホントに…凄いんじゃ…)
朝霜「けッ…これじゃ何やってんのかわかんねー」
艤装の安全装置を作動させて投げ捨てる
キタカミ「あ、ちょっと」
朝霜「ホントにこれだけかよ、意味わかんねー、こんなの何になるんだよ」
キタカミ「基礎を積み重ねるのはありとあらゆる状況で動きをミスらないようにするためでしょーが、感覚を体に教え込まないと…」
朝霜「じゃあそっちでやってろよ、あたいはそんな事しなくても戦えるし」
キタカミ「んな事言って…死んだら取り返しつかないんだよ…わかるでしょ…?」
朝霜「死ぬときは死ぬだろ、どんなヤツだろーとな」
キタカミ(…朝霜は、そっか、両親亡くしてるんだっけ…だから…)
朝霜「で?あたいらはいつ戦えるンだよ」
キタカミ「……勝手な事しないなら哨戒に出れるように話通すから、待っててよ」
頭が、痛くなる
執務室
海斗「朝霜達を、か…」
キタカミ「簡単な哨戒にさ、阿武隈達をつけて……ほんとは出したくないけど…特に朝霜が深海棲艦と戦いたがってて…」
海斗「でも、ここ暫くは深海棲艦の出てこない日もあるから…こう言う仕事を頼まれてるんだ」
キタカミ「海域の護衛?……成る程ね、漁業ができる範囲を広げる為に一定の海域を…朝霜達にもいい勉強になるかなぁ…うん、これやらせてよ、何人くらい使うの?」
海斗「もう大体のメンバーは決めてるんだ、龍驤と雲龍、それから阿武隈と朝潮、大潮、霰、後は朝霜達でどうかな」
キタカミ「海域は…この辺りか…うん、その人数なら十分だし本土にも近い、万が一は本土に逃げるように指示しておけばいいかな…」
海斗「そうだね、取り敢えずはそれで進めよう」
キタカミ「ありがとね、無理言って」
海斗「大丈夫だよ」
医務室
イムヤ
イムヤ「ねぇ、春雨」
春雨「……なんですか」
イムヤ「…すごくソワソワしてるから、気になっただけだよ」
春雨「横須賀の人達が帰ってしまったもので、仕事も無いし…退屈だなと」
イムヤ(…春雨を、どうにかしないといけないのに…)
川内「春雨ー?…っと、イムヤも居たんだ」
イムヤ「どうも」
川内「ねぇ春雨、演習の相手してよ」
春雨「わかった、退屈してたし」
イムヤ(……)
イムヤ「観ててもいい?」
川内「…私はいいけど」
春雨「私も構いませんよ、しかしイムヤさんがそういうのに食いつくのは珍しいですね」
イムヤ「…別に、ちょっとね…」
イムヤ(確かめておくべき…かもしれない)
春雨「ふッ…!」
春雨はリーチもパワーも川内さんより一回りは下…
だけど、小柄なのを活かし、跳ね回るように、翻弄するように…
籠手から飛び出した仕込みの刃を川内さんに振るい続ける
川内「ワンパターンだね、何回もやってるからこそわかるけど…」
その言葉の通り、完璧に防がれ、川内さんの蹴りを春雨は後方に跳ぶことでかわす
川内「どうしたの、まさかそれで終わりじゃないでしょ?」
春雨「勿論…」
春雨の攻撃パターンが若干変わるものの、防がれてカウンターをバックステップでかわす
イムヤ(…また)
同じ事の繰り返し、春雨は確認するように変化を加えながら…しかし、大きい変化のない攻撃ばかり…
そして川内さんの攻撃を後方に跳ぶ事でかわすばかり…
イムヤ「……やっぱり、そっか…」
もう、充分だ
海へと歩き、静かに身を投げる
私だけは、この深海の世界で息ができて、水圧で潰されたりもしなくて…
それで、静かで私を害する事のないこの世界でだけは
イムヤ「……あなたに伝えるのが、怖いよ…春雨…」
どうすればいい?私は…春雨に真実を伝えるべきなのか
綾波が生きている事を私は知っている
綾波が間違っているのなら、何度だって止めてみせる…
でも、春雨は?春日丸は?
イムヤ(どうしたら、いいんだろう)
ぽこぽこと口の中から空気の泡が漏れ出す
私の背中を押してくれる誰かはもう居ない
私を掬い上げる手は、もう無い
私は、ただ覚悟するしか無い
怖がるな、その時は…
ふと、太陽の光が遮られ真上を見上げる
輸送船の底が見える…つまり、誰かが帰ってきたのか、出ていくのか
イムヤ「よっ…と」
海中から這い出し、辺りを見渡す
喧騒の中心に居るのは…
イムヤ(七駆の連中が喧嘩してる…?)
漣「ぼのたん一回黙って!ここでその話しないでよ!」
曙「うるさい!アンタらに何がわかんのよ!綾波にあの力を取られたら…あたしは…いや、それだけじゃないでしょ?!あの力を綾波が使ってたら…!」
イムヤ「綾波…?綾波がどうかしたの?」
潮「あ…い、イムヤさん…」
漣「うぎゃ…あ…ど、どうしよう!?」
綾波の事を知られたくなかったのか、私を見た2人が明らかに焦った表情を見せる
イムヤ「……心配ないよ、知ってたから、綾波が生きてるの」
漣「ほぁ…?な、なんで?」
イムヤ「…えーと、それは…」
春雨「今の話、本当ですか」
…私が、1番知られたくない相手の声が背後からする
春雨「綾波さんが、生きている…本当に…?」
春雨が強引に私を振り向かせ、両肩を掴み詰め寄ってくる
爪が肩に食い込む
春雨「なぜ私に教えてくれなかったんですか…!」
イムヤ「……痛いよ、春雨」
春雨「答えなさい…!」
イムヤ「…春雨は、今からどうするつもり」
春雨「助けに行きます」
春雨の答えを聞き、ため息を吐く
イムヤ「馬鹿に、してるよね」
春雨「何…?」
イムヤ「助ける?誰を、なんのために」
春雨「綾波さんを殺させない為です…!当たり前でしょう…?それとも貴方は綾波さんが死んでもいいとでも…」
イムヤ「時間はあった、考える時間が充分に、受け入れる時間が充分に…私達は、綾波の友達として…どうするべきかを良く考える時間があった」
春雨の両手を掴み、引き剥がす
イムヤ「春雨、罪悪感でも感じてる?綾波は自分より価値があって、死んじゃいけない存在だって思ってる?」
春雨「だったら…だったら何が悪いって言うんですか!」
春雨の頬を平手で打つ
イムヤ「違うでしょ!?今の私達は…今、綾波に対してしなきゃいけない事は受け入れる事じゃない、罪を償わせる事…確かに最後、私達はあの時の綾波に逢えた…でもまた道を間違えているなら…友達としての責任を果たすべきでしょ…!」
春雨「貴方は、綾波さんを殺す事すら…躊躇わないと…?」
春雨の籠手から刃が飛び出す
イムヤ「綾波は…私の知ってる、私の大事な友達は…そうしたいって、そう願ってるって…私は信じてるんだ、私は…絶対に…もう曲げない」
春雨「それは貴方の思い込みだ!それは貴方の意見であって綾波さんの意思じゃない!」
イムヤ「そうかもね、だけど…」
春雨を通り過ぎ、波止場の先に立つ
イムヤ「私を止められる?」
春雨「っ!」
春雨がこちらに駆け寄るのを無視して海へと飛び込む
春雨「この…!!ふざけた真似を…!」
春雨が海へと飛び出す
イムヤ(爆雷くらい、春雨でも持ってるだろうけど…)
深く、深く沈め
魚雷はまだいい、私がやれるのは…私にあるのは
遥か下で、ただ狙い撃つことだけ
イムヤ(春雨、あなたの気持ちはわかる…わかるの、だけど…友達なら、本当に綾波が大事なら…私の気持ちもわかって)
魚雷を召喚し、遥か下から春雨を狙う
春雨(貴方の手札はわかってる、真下から直接魚雷を打ち込むなんて…うまくいくと思うな…!!)
魚雷が見えた瞬間春雨が後方に避ける
イムヤ(…だと思った)
春雨「なっ…」
避けた位置に新たな魚雷、それを避けても、避け続けても、その先に魚雷が現れ続ける
春雨(当たりこそしないが、場所が完全に読まれて…!)
イムヤ「春雨、私は…春雨のこと、わかってるつもりだよ」
浮上し、魚雷を避けた春雨に飛びかかる
春雨「ぐっ…!?」
体制を崩した春雨にのしかかり、両肩を肘で押さえ頬を両手で抑える
イムヤ「春雨のクセ…必ず後ろに避けること、それと大きな変化を嫌うせいで避ける方向もちょっとずつそっちに寄るみたいに…」
春雨「…私のクセ…?」
イムヤ「春雨は…綾波が変わらないって信じてるんだよね…だけど、そんなことありえないんだよ」
春雨「…!黙りなさい…貴方は自分の友達を殺すつもりで…」
イムヤ「そうだよ」
春雨「!…最低です…!」
イムヤ「やった事の責任は、付き纏うんだよ…」
頬から手を外し、春雨の両目を覆う
イムヤ「…見たくない物を…見ない事は簡単だよ…それも辛く苦しいけどね……でも、ちゃんと受け入れてあげてよ、綾波は…」
春雨が私の手を外す
春雨「……冷たいです」
ぽたぽたと、水滴が春雨の顔に落ちる
春雨「…私は、貴方と友達になれたこと等なかった…いや、誰ともなれてなかった…私は相手の痛みに無頓着で、機械的にやるべきだと算出された事を成していたに過ぎないのかもしれない…」
イムヤ「そんな事ない…春雨は、私の大事な友達…だって、気持ちは同じだもん、綾波にさんで欲しくない気持ちは同じ…」
春雨「……私の綾波さんを想う気持ちは…本当に彼女を…」
イムヤ「大丈夫だから…私も、春雨も…同じだから…」
春雨「私は貴方のように泣くのは…」
春雨の首に手を回し、抱き寄せる
イムヤ「泣かなくたっていい…だから、今は…私のそばにいて…友達として…」
春雨「……ええ、泣いてる友達を…ただ、慰めましょう…」
春雨は私を優しく抱きしめてくれた