元勇者提督 作:無し
無人島
駆逐艦 朝霜
朝霜「…なァ、あんた…あたいら3人を庇って戦えるくらい強えのか?」
綾波「んー…どうでしょう、弱くはない自負はありますが、物事は時の運、何もかもを事前に用意したところで万事上手くいくとは限りません…」
朝霜「自信ねえなら大人しく隠れとこうぜ」
綾波「何処に?」
朝霜「そりゃ…適当に安全そうなとこだよ、洞穴でも森の中でも…」
綾波「洞穴がもし深海棲艦の住処で、中には大量の深海棲艦がいたら?今は居なくても後から帰ってきて逃げ場を塞がれたら?」
朝霜「……小難しい事言って如何すんだよ、それならそれこそ…動かねえ方がいいんじゃねえのか」
綾波「意外ですねぇ、貴方は血の気が多くて深海棲艦と戦うことばかり優先するタイプと聞いてましたけど」
朝霜「…コイツらを危険に晒さねェくらいの分別は有らァ」
綾波「それはいい事ですね、非常に素晴らしい事です」
清霜「…ねぇ、深海棲艦の方に行ってどうするの?」
綾波「…まあ、見てのお楽しみ…と言うところでしょうか」
他所のヤツの戦い方なんざ、ほとんど見たことはなかったが…
同じ駆逐艦、何かしら参考にはなるはず…
早霜「あの」
綾波「はい?」
早霜「綾波…と言う名前…こちらの鎮守府にも…」
綾波「存じ上げてます、まあ、同じ艦の艤装を使ってるので…」
早霜「そうなんですね…」
綾波「……居た、戦艦急に空母級がこんなにも」
人型の深海棲艦がゾロゾロいる…
ヤバい気配がする、深海棲艦ばっかで…
綾波「……コミュニケーションを取ってますね、言葉を使って」
朝霜「あ?」
早霜「…確かに、口は動かしてるみたいですけど…」
綾波「待って、静かに………「襲われたか?」…ふむ………成る程…」
朝霜「何やってんだよ…さっさと言ってぶっ倒せよ」
綾波「いや、どうやらその必要はなさそうですね…」
綾波(深海棲艦達の会話を読み取っていくと…人間に襲われた奴がいるかと言うのを確認している、こちらに怯えている…それと…ちらほら、見た事ある顔が…ああ、回収しきれなかった人間が深海棲艦化したのか…)
朝霜「何1人で納得してんだよ」
綾波(餓死したり、喰われたりした結果、深海棲艦化した人間ばかり…なら、私の言うことを聞くだろう…が、悪目立ちしてしまうのが悩みだな…)
綾波「交渉しましょうか、襲わないで欲しいって」
朝霜「は…?」
何言ってんだ…コイツ…
綾波「言葉が通じるなら、交渉してみましょう、ちょっと行ってきますね」
朝霜「おい!待てよ!」
早霜「…ホントに行くのね…」
綾波
綾波「…どうも、みなさん」
深海棲艦がこちらを向き、攻撃の体勢になる
綾波「やめなさい、攻撃するつもりはありません」
ル級「…駆逐棲姫様…?」
ヲ級「綾波様…!オ戻リニナラレタノデスネ!」
深海棲艦達が武器を下げ、近寄って来る
綾波「いいえ、違います…私はもう深海棲艦の力を持っていません、貴方達の指導者ではない…」
ル級「…ドウイウコトデスカ…?」
綾波「私は人間になった、それだけです…貴方達が望むなら、人の世に戻る術もあります…あなたたちを捨て置いた私には、他に責任の取りようはありません」
ヲ級「…綾波様ハ、モウ…敵ナノデスカ…?」
綾波「私は人間ですが…全ての深海棲艦の敵ではありません…悪しき者は裁きます、しかし…貴方達はわざわざこんな所に留まって…人も殆ど襲っていないのでしょう?」
ル級「…イイエ、先程人間ヲ…」
綾波「正直に話してくれてありがとう、しかし取り逃したのならいいじゃないですか、それに貴方達は自分の身を守るために、仲間の為に過剰に反応しただけでしょう、何も悪くない、誰も責めません」
ヲ級「…綾波様…私達ヲオ赦シ頂ケルナラ、ドウカ再ビ…」
綾波「それはできません、私は既に…やりすぎました、私は償わなくてはならない、これから私は贖罪のために生きるつもりです…しかし、罪のない貴方達は普通の人間として生きる事もできる」
ル級「…人間の世界ハ、アマリニモ窮屈デ…辛イモノデシタ…」
ヲ級「私達ハ、望ンデ深海棲艦ニナッタノデス、容姿ニ囚ワレズ、差別モナク、コノ余リニモ小サナ島デモ、静カニ生キラレル…素敵ナ、幸セデス」
綾波「……貴方達は、幸せなんですね」
私の手からこぼれ落ちた彼女らは、自分たちなりの幸せを見つけ、自然と幸せになった…
それでいい、大事な事だ
綾波「…貴方達が幸せで良かった」
ル級「アリガタキオ言葉デス」
綾波「それと、貴方達が出会った人間達は武装していません、どうか見逃してあげてくれませんか?」
ヲ級「…味方デスカ?」
綾波「私の味方ではありませんが…陣営は同じと言えるでしょう…あと、明日は森の奥にでも引きこもってください、この辺りを大量の艦娘と艦載機が調べにきます…実は、あの3人は遭難しているんです」
ル級「遭難…ソレハ…ナニカ手伝エルコトハアリマスカ?」
綾波「いえ、皆警戒心が強いです、下手に近づけば戦いになりかねません」
ヲ級「ミンナニ伝エテキマス」
綾波「……幸多き事を」
ル級「貴方ニモ、ソレト…」
朝霜「…ホントに無事で戻ってきやがった」
綾波「ね?問題なかったでしょう?」
朝霜「なにやったんだよ…つーか、なんで深海棲艦を撃たねえんだよ…」
綾波「深海棲艦とはいえ、分かり合える個体もいるんですよ」
しかし、気になるのは…
ル級に聞かされた事ですが、装甲空母鬼も復活しているとか…
綾波(まあ、決して強いわけじゃない、そこまで問題にはならないかな)
朝霜「意味わかんねェ…なんでだよ!深海棲艦は殺すべきだろうが!」
綾波「殺すのは実に簡単な事です、でも何度でも甦る深海棲艦にとっては、全くもって無駄でしょうし…」
朝霜「はァ?生き返る…?」
綾波「知らなかったんですか?深海棲艦は殺しても甦る、不死身の生命体なんですよ?」
早霜「そんな…」
清霜「ホントに?なんでそんなことわかるの?」
綾波「私は一度深海棲艦になってますからね」
朝霜「……はァ…?」
早霜「…人間、ですよね…?」
綾波「ええ、でも一度死んで、深海棲艦になって、特殊な過程を踏んで人間に戻りました」
清霜「……じゃあ、人間が死んだら深海棲艦になるの?」
綾波「例外はありますが、そうですね」
朝霜「…深海棲艦が、元は人間…?」
朝霜さんの顔色が一気に青くなる
朝霜「じゃあ…もしかしたら………」
早霜「あ、朝霜さん…?」
綾波「…刺激が強すぎましたか、ごめんなさい、でも思い悩むことはありません、深海棲艦は世界中に大量に居ますし、"そう"である可能性は低い」
朝霜「わかっ…わかんねェ…だ、ろ……もしかしたら…あたいは…」
早霜「…まさか、そう、ですか…」
続いて早霜さんの表情が陰る
どうやら気づいたらしい
2人とも家族を深海棲艦によって失っている
そして今更知らされた深海棲艦が元々人間であると言う事実
家族を殺したんじゃないか
…少し、刺激的すぎる話だった
朝霜「…嘘だよな、死なねェんだよな?」
綾波「基本的には何度でも甦りますよ」
早霜「…人間に戻せるんですよね?貴方の言う通りなら…」
綾波「非常に難しい手順を踏めば、しかし…」
清霜「ねえ」
綾波「…なんですか?」
清霜「生半可に希望なんて見せないでよ」
綾波「……それは失礼しました」
清霜「弄んで、楽しい?」
綾波「いいえ、そんなつもりはありませんでした」
清霜「……希望なんか見せないでよ、怒りだけで良かったのに、そうすれば苦しくないのに」
綾波(…やはり、清霜さんにとってこの二人は特別なのか)
綾波「怒りでは人は生きていけません、生きていても死んでしまう…より生きるために必要なことは、恐怖、辛くても生き続けるのに必要なのは、弱い心なんです」
清霜「ふざけないでよ!自分は強いからそうやって言えるかもしれない、でもその恐怖に、辛さに、押し潰されたら?!……自己満足して、価値観押し付けて…最低だよ」
綾波「…あなたには、表面しか見えてない、物事の一側面しか…上辺だけを見ていては、いつか見誤りますよ」
シャッと風を切る音が微かに響く
綾波(ナイフか、どっちの手だ……右手が強張っている……左手は力が抜けている…)
右手を背に回し、左手を胸の前まで持ってくる独特な構え
清霜さんがこちらへと走る
綾波「やはり、あなたの狙いは私一人」
左手首を掴み、いなして地面に引き倒す
右手は無視し、左手を締め上げる
清霜「っ…!」
左手からポケットナイフがこぼれ落ちる
綾波「…小さいですね、毒ですか?……私が筋肉の動きを読む事までよく調べ、対策してきたようですが…いかんせん、物足りない」
朝霜「お、おい…いきなり何やってんだよ!」
清霜「…なんで、左手に持ってる事…」
綾波「そんな事より…あまり、お二人に心配をかけるような真似はやめた方がいいでしょう」
清霜「…何が…」
綾波「あなたのかけがえのないものを失うという…あなたにとって1番のリスクを、私一人のために背負わない方がいい…さて、場所を移しましょう、眠れる場所を探さないと」
朝霜「お、おい…なんだよ、何なのか説明しろよ…掻き乱すだけ掻き乱しやがって…」
綾波「……世の中には知るべき事と知らないほうが幸せなことがある」
朝霜「…これが知らない方が幸せな事だって?深海棲艦が人間だったって事もか…!?」
綾波「それは両方に当てはまる事です、ですが知るべきだと思います、知らずに戦う事も、また不幸と呼べるでしょうから」
朝霜「……なんでアンタはそんな割り切ってられるんだよ…人殺してんのと変わんねェだろうが!!」
綾波「……」
驚いた、まさかそう返すとは
綾波「死体ですよ?」
朝霜「…ゾンビだろうがなんだろうが…変わんねえだろ…」
…目にちゃんと恐怖心が宿っている
家族だったものを殺すかもしれないという事
恐怖としか現せない、複雑な感情
綾波「…そうですね、割り切るのは確かに難しい、私だって割り切ってません、今生きてる人達を守るためだけにしか…戦えません」
朝霜「じゃあ、アンタは家族が深海棲艦になったら撃ち殺すのか!?何度でも!」
綾波「…できないでしょうね、私の…唯一の私の家族は、そして…私の事を想ってくれる人たちは、私を撃つことはしましたが、殺意は向けませんでした…」
大きくため息をつく
綾波「はぁ……私は、私の信じる正義の為にしか戦えません、じゃないと壊れちゃいますから」
朝霜「正義…?」
綾波「あなたにとって正義ってなんですか?」
朝霜「…もう、わかんねェ…さっきまで、軍で深海棲艦ぶっ殺すのが正義だと思ってたのに……深海棲艦と戦ってれば…周りから認められて、誰からも疎まれる事もなくて…」
綾波「…それは正義じゃない」
朝霜「…ンだよ、それ…」
綾波「それはただ、自身の自己顕示欲を満たしたいだけ、認められたいだけ、自分の居場所が欲しいだけ…それは正義とは言わない、正義というのは…何も求めず、ただひたすらにその身を犠牲にする事です、正義に見返りなんて無いんですよ」
朝霜「…見返りなんてない?じゃあ深海棲艦殺して金もらってる艦娘は正義じゃねえのか?!あたいらは正義じゃねぇのか!?」
綾波「見方によります、しかし…艦娘システムを使い、悪事を働く人もいる、自身のために力を振るうことは…正義とは言いません、誰かの為に力を払う事だけを正義と呼ぶ…と、私は思います」
朝霜「誰かの、為…」
綾波「…朝霜さん、早霜さん、あなた達はご家族を深海棲艦に奪われた…しかし、あなた達は1人じゃない、生きてると言うのは何ものにも変え難いことです、死んでは…悲しむ事も、苦しむ事も…悼む事すらも、何もできない」
早霜「…悼む…」
綾波「あなた達は1人じゃない、辛くても、悲しくても、誰かが居ます、離島鎮守府は悪くない所ですよ、常に誰かが居ますから」
清霜さんから離れ、ポケットに手を突っ込み、朝霜さんに近づく
綾波「…もし、あなた達が辛くて、悲しくても…それでも戦う事を決めたのなら、皆さんはきっとあなたの力になってくれる…」
朝霜さんの手を取り、カートリッジを握らせる
朝霜「…これは…?」
綾波「私は研究者でして、これは最新式のカートリッジというものです、貴方達の艤装に対応したものです、早霜さんにも」
早霜「……これ、どんな物…なんですか」
綾波「使えばわかります、しかし…使うと、元には戻りません…一度だけ、あなた達を助けてくれる…清霜さんにも」
清霜「……」
綾波「…深海棲艦に、望んでなる人も…居るみたいです、差別も無く、孤独じゃないからって……人間を襲うつもりはなくても、そうなる人もいる……」
朝霜「…そう、なのか…?」
綾波「私もさっき知りました、ここの人達は艦娘の拠点が近いから過剰反応しただけみたいです」
早霜「…じゃあ、襲われない…」
綾波「ええ、大丈夫ですよ」
朝霜「……わかんねェ…もう、なんにもわかんねェよ」
綾波「…それでいいんです、誰も何もわかりません、誰も何も知りません、今、目の前のことを見て、判断するんです、これは正しい事なのか、悪い事なのか…私は正しいと想って…あなた達を助ける事を選んだ」
清霜「……」
綾波「…さ、もうすぐ日が落ちます、早く火を焚いて、休める場所を」
焚き火を焚き、浜辺に腰掛ける
夜の闇を月と炎が照らす
清霜「…ねぇ」
綾波「なんですか?リベンジマッチならまた今度にしてください」
清霜「…貴方は、やっぱり、綾波なの?」
綾波「……ええ、しかし…あなたはどこの誰に飼われているのか、暗殺者として育てる機関が日本にまだ在った事にも驚きでしたが…」
清霜「…古いところだから…ぜーんぶ、アナログなとこ」
綾波「ああ、やっぱり?……それにしても、離島の情報を本土に流し続けるのはいいんですけど…海軍のトップがトップですから、何も起きませんよ?そもそも離島はしっかり仕事してますし」
清霜「…横須賀の、火野拓海は…何度も暗殺対象に上がったって、私以外みんな返り討ちになったって言ってた」
綾波(あーあ、知らないところで壊滅してるのか…)
清霜「…なんていうか…気づいたらみんな死んでた…って」
綾波「この世には常人の理解を超えたものがあります、横須賀の方達はそれを備えてる…と言うだけですよ」
清霜「…離島鎮守府に行って、暗殺対象のアヤナミって奴が来て、私は何度か殺そうとしたのに…あの医官や…妹だって奴に睨まれて…何度も足がすくんで…」
綾波「……失敗談は興味ありません、それにあのアヤナミはあなたの暗殺対象じゃない、私ですよ、殺すべきは」
清霜「…なんで、2人いるの?」
綾波「あのアヤナミは身代わりだからです、隠れ蓑」
清霜「ウソ、それなら今回私の前に姿を現すわけがない」
綾波「……そうですね、嘘です…清霜さん、組織はまだ生きてるんですか?」
清霜「わかんない、こっちにきて、半月くらいで連絡取れなくなったし」
綾波「なら、仕事なんて忘れた方がいい……朝霜さんと清霜さんと…一緒に生きればいい」
清霜「…それは、できない」
綾波「なら、私を一生つけ狙ってください」
清霜「え?」
綾波「そうすれば仕事してることになるでしょう?…じゃあ、私は逃げます、怖い暗殺者に襲われてはたまらないので」
清霜「……」
綾波「明日には迎えが来る手筈です、無事に帰れますね」
清霜「…うん」
綾波「それと、無駄に手首に力を込めすぎです、わざと空洞を作ってるのがわかりやすい…自然と手を握っている方にナイフを持ってるのは明白ですよ、素人さん」
清霜「次は殺すから」