元勇者提督 作:無し
離島鎮守府 食堂
教導担当 キタカミ
キタカミ「…あー、初めまして、今提督留守なんで、私が応対するんですけど」
狭霧「そうでしたか、それは…タイミングが悪かったですね」
満潮「えっと…コーヒーでよかったでしょうか…」
満潮も如月もすっかり緊張した様子で飲み物を配り歩く
狭霧「あ、お構いなく、用が済んだらすぐに出て行きますから」
キタカミ「用…」
何とまあ、タイミングの悪い…
せめてあと少し時間が欲しい、この作戦を提督に引き継げるまでは…
狭霧「そう緊張しないでください、それで…あの、朧さんは?」
キタカミ「朧?あー…」
アケボノに執務室で説得を頼む様に言って放置してるけど…
キタカミ「今外してて…」
グラーフ「おい、狭霧、さっさと朧を回収するぞ」
キタカミ(うわ、日本語喋れんの?…迂闊な事言ったらどうなんだろうなぁ…)
狭霧「…ひとつ伺いたいのですが」
キタカミ「…何でしょうか」
狭霧「そちらで敵部隊の位置などは把握されてますか?その…潜水艦隊は先遣隊、もしくは威力偵察ではと我々は考えてまして」
キタカミ「…え?」
狭霧「ですので、水上部隊を探し、叩くつもりです、既に位置などをつかんでいるなら…」
キタカミ「いや、全然…ていうか、先遣隊…」
狭霧「…まさか把握されてないのですか、今、深海棲艦の潜水艦隊が日本中を襲っています」
キタカミ「な…!?」
狭霧(…本当に知らないのか)
いつの間に、そんな事に…
いや、落ち着け、だとしたら何でこいつらはここに…
狭霧「…現在、撃破が報告されている数は合わせて300、余力を十分残している事を考えると…本隊は倍以上だと考えています」
キタカミ(…600?…いや、全然現実的な数字だ、最初に加賀達を南西に向かわせた時、それよりも多い数を目にしてる…つまり、あれはその本隊だったんだ…なら、航空戦力の充実してるウチなら…数を削れる)
キタカミ「…フィリピンの方、だと思う」
狭霧「そうですか…やはり、そちらですか…」
考え込む様な仕草…
……厚かましい事を、今考えている
龍驤達をついでに回収してきてくれと頼みたい、今どうなっているのか、まだ生きてるのかもわからない
キタカミ(…5人助かるなら、私は、いいや…)
キタカミ「…あの」
狭霧「なんですか」
キタカミ「…実は、昨日…うちの艦隊が潜水艦隊に攻撃を受けて、フィリピンの方で消息を絶ってるんだ…その…」
狭霧「回収してきてくれ…と」
キタカミ「……自分の言ってる事が相当ヤバいってのは、わかってるよ……わかってる、だけど…!」
立ち上がり、頭を下げる
キタカミ「…頼める立場じゃないのはわかってる!綾波をやっといてこんなこと言える立場じゃないけど…」
グラーフ「何?」
狭霧「……はぁ…」
…この反応、マズった…
ガングート「おい、狭霧…お前知ってたな?コイツが綾波をやったんだな?」
狭霧「正面からやり合ってた人です、この人じゃない」
リシュリュー「…じゃあ、この子がキタカミって子ね、こんなに小さい子だとは思わなかったけど」
…庇われてた?
名前だけ知られてた、つまり、やり合ってた相手が私であるとは知られてた
その上狭霧ってやつは私がキタカミなのを黙ってた…
確かに名乗ってはいない、だけど…何故知ってて黙ってたの…?
まさか、復讐に来たんじゃない…?
グラーフ「…貴様が、綾波を…!」
帽子を被った奴が机を叩き立ち上がる
狭霧「グラーフさん!やめてください…わかってますよね?ここに来たのはそんな事をする為じゃない」
グラーフ「…狭霧、正直な話、目的なんかどうでも良い…私は、コイツが許せない!」
…随分と、慕われてるな…
綾波は…本当に心を入れ替えたのかもしれない
だけど、あれは世界の癌だ
ガングート「落ち着け…」
グラーフ「落ち着けだと?ガングート…お前は何も思わないのか!」
ガングート「事情は知っているだろう、互い様だ」
グラーフ「あんな与太話を待ち受けているのか…!」
ガングート「狭霧が嘘をつく理由がない」
グラーフ「……ここで諍いを起こさない為だ、充分な理由がある、わかっている、目的が優先な事ぐらい…」
……
キタカミ「…もし、私の言った5人を助けてくれるなら…私はどうなっても良い」
グラーフ「何…」
狭霧「馬鹿を言わないでください」
キタカミ「…真剣だよ、本気、それであの子達を助けてくれるなら…」
グラーフ「…黙れ、貴様…!その目を、向けるな…!」
キタカミ(…ダメか…)
狭霧「…とりあえず、その五名の現在地と、念の為簡単な委任状を、私たちの事を信用してくれなければ話になりませんから」
キタカミ「…受けてくれるの」
グラーフ「受けてやる、だからさっさと用意しろ…!」
狭霧「グラーフさんもう黙っててください!…お受けします、我々は人命を軽んじる事はしませんから」
ガングート「綾波の教育の賜物だ、感謝するんだな」
狭霧「ガングートさん!!」
キタカミ(…これが、綾波の部隊…?)
本当に?こんなのが、綾波の部隊なのか…?
…なんで、あの綾波が、こうも…
キタカミ「……」
もう、わからない
何が正しいのか、わからなくなってきた
私が綾波を倒そうとしたのは、間違いだったのかな…
キタカミ「…ごめん」
狭霧「要りませんよ、綾波さんは納得の上です」
キタカミ「納得…?」
狭霧「何でもありません、それより…さ、早く出発しましょう」
キタカミ「…待って、すぐに…」
バタバタと誰かがかけてくる
春雨「キタカミさん!」
キタカミ「春雨、今ちょっと…」
春雨「綾波さんが居ないんです!」
キタカミ「…え?」
ガングート「綾波だと?」
狭霧(…そうか、元の体…)
春雨「何処を探しても居ません!お願いします!少し来てください!」
キタカミ「…目を、離したの…?」
春雨「…何故か因子が反応して、急に高熱の発熱が出て、意識を…」
キタカミ「……チッ…何か不味い…!春雨!朧引っ張ってきて!それと動けるヤツ全員動かして!…あと、アンタも、動ける!?」
春雨「わかりました…!」
狭霧「…何が起きてるんですか」
キタカミ「…わからない…何も、少なくとも私の把握できる範囲は越えた…既に」
アケボノ「キタカミさん」
キタカミ「アケボノ…!」
アケボノ「島風さんから連絡です…綾波を見つけたと…」
キタカミ「…それって…」
狭霧の方を見る
狭霧「…恐らく、こちらの」
海上
駆逐艦 島風
島風「…あれ、暴走してる…?」
大軍をたった1人で…"破壊"している、あの黒いモヤを纏って
その行為には一切の躊躇いがなく、情け容赦なく…
殺戮としか言いようのない行為が繰り広げられている
天津風「…深海棲艦の頭だけを、破壊してる…」
荒々しいのではない
頭部、胸部のみが破壊された深海棲艦が無造作に転がっている
両脚が落とされた個体も居る
…計算されている?
よくよく観察すると、ほとんど全てが近接攻撃だが…遠距離から攻撃を仕掛けようとした深海棲艦は脚を撃ち、立てなくされている
天津風「…ね、ねぇ…」
島風「…綾波だ……」
見間違えようがない
すぐに無線を繋ぐ
島風「聞こえてますか!こちら島風!作戦海域より北、綾波を発見…1人で深海棲艦と交戦してます!」
アケボノ『綾波?……事実なんですが、それは』
島風「間違いありません…」
アケボノ『急いでその場から離れてください、綾波のそばにいるのは、危険です』
…その通りだ
危険だ、早く、離れないと…
天津風「島風!何してるの!?早く離れないと…!」
島風「……」
愕然とした
綾波の姿が一瞬視界から消えた
次の瞬間には目で追えたけど…
私のトップスピードの様な無茶苦茶な速度で、短い距離を右往左往、跳ね飛び回り、敵を仕留め、破壊し…
しかし、聴こえてくる気がする…異様な音
骨が砕ける音
筋肉がちぎれる音
島風「…保たない…あれじゃ、保たない…」
体そのものを、使い潰そうとしてる様な…
天津風「島風ってば!」
島風「あ……わ、わかってるよ…」
少しずつ、後退する
光景が脳裏に焼き付いていく
聴こえるはずのない音と共に
潜水艦 イムヤ
イムヤ「…まだ、終わらないの…?」
無限に湧いて出てくる潜水艦
残弾はつきかけ、一度戻るにも、既に囲まれている
阿武隈『増援が来るはずです!…きっと…!』
加賀『来たところで、撤退が上手くいくか…』
…どうしたらいいのか
どうすればいいのか
イムヤ「…残ってるの全部使って、一方向突破しかない…よね」
阿武隈『…取り残されますよ』
イムヤ「大丈夫」
阿武隈『ダメです…!全員で戻るには、待つしか…』
イムヤ「心配ないって、この艤装なら置いていかれたりしないから…!」
…大丈夫、大丈夫な筈だから…
信頼してる、信じてる、成功を、綾波を
私は私を信じ、綾波の作った艤装を信じて、成功を信じて、賭けたい
阿武隈『…マルサンマルに』
潮『了解…』
イムヤ「了解!」
…大丈夫、何も怖がる事はない、失敗して死ぬのは、私1人だから…
何も、怖くなんか…
阿武隈『攻撃開始!!』
イムヤ「何一つ、怖くなんかない…!!」
一方向を狙い撃ち、大きく海が唸る
荒れた海を突っ切り、撤退の為に一方向へ進み続ける
まっすぐ、ただひたすらまっすぐ
イムヤ(置いていかれたかな、無線を使う余裕はないよね…でも……いや、そろそろ一度浮上したい…)
追従してくる敵はいない
真下から、靴底を見上げる
イムヤ(人数分あるし、みんなちゃんといる…かな)
ゆっくりと浮上しようとする
阿武隈『イムヤさん!何処ですか!』
イムヤ「え?真下…」
阿武隈『敵潜水艦だらけです!方向を間違えてませんか!?』
イムヤ「え、嘘…!?」
つまり、真上のは…敵
そうだ、何故、一番遅い私がこれだけ進んでまだ真下に居られるのか
とうに置いていかれてもおかしくない
イムヤ(きゅ、急速潜航!…え…脚が、固まって、動かない…)
脚が、急に動かなく…
無理矢理体を折り、潜航しようとした瞬間、イ級に喰いつかれる
イムヤ「がぁっ…!?」
体を齧られたまま…海面に連れていかれる
イムヤ「やめ…!この!離せ!!」
逃げられない…
逃れる術は、ない
イムヤ「あ…」
水上型の深海棲艦がこちらを向く
そして、主砲が差し向けられる
イムヤ(終わった…!)
目を瞑り、衝撃を堪える…
イムヤ「……っ…?あ、あれ…?」
来ない
砲撃が、来ない…
イ級の歯が、噛む力が、緩んで…
海が血で赤く染まっている
バラバラに切り裂かれた深海棲艦が転がっている
イムヤ「…これは…?」
視界の端に、黒い手袋に包まれた手が映る
春雨「遅くなりました、助けに来ましたよ」
イムヤ「は、春雨…!?」
春雨「貴方達がまだ鎮守府近海に居てよかった…!…急いで補給をしてください!再出撃します!」
イムヤ「春雨!綾波といなくていいの!?」
春雨「……綾波さんは、深海棲艦に攫われた様でした、あきつ丸さんの牢に海につながる大穴があり、その上に…アトランタさんとアイオワさんも、深海棲艦が連れていったと証言しました」
イムヤ「…そんな」
春雨「直ぐに追いかけますが、先に補給です」
イムヤ「待って!阿武隈達が…!」
春雨「そっちは心配ありません…アケボノさんが行きました」
戦艦 レ級
レ級「……終わりですか」
海面に浮上し、辺りを見渡す
阿武隈「あ、ありがとうございます…」
肌の色がだんだんと戻っていく
アケボノ「それより早く補給を済ませてください、キタカミさんが高速艇を回してきます、それと…先行している島風さん達曰く、3桁ではきかない大軍を発見したと」
加賀「つまり、千を超えるということですか」
アケボノ「近くの島に避難し、高所から確認したところ…貴方達がフィリピン方向に行った時と同様のものを見たそうです」
加賀「……そんな数、この人数で倒し切れるとは思えませんが」
アケボノ「……既に、全滅しています」
阿武隈「え?」
アケボノ「見える範囲の深海棲艦は全滅した…と、報告がありました」
阿武隈「どう言う…」
アケボノ「つまり、今から行うのは…死に損ないを片付けるゴミ処理、そして…最悪の場合、怪物退治もしなくてはならないでしょうね」
阿武隈「…怪物っていうのは…」
アケボノ「綾波です、もし、またそうなるのなら…覚悟は決めてください」
潮「そんな…」
綾波
綾波「……ああ、やっと見つけた…私を、探していたんでしょう?」
怯えなくてもいい、恐れる事は何もない
暴力の先に、幸福な世界はない
戦いの為に発展した化学の先に待つのは破滅だ
私は、破滅する
しかしそれは、お互い様だろう
駆逐古鬼「…バカナ…アノ数ヲ全滅サセタ、ノカ…」
綾波「貴方がまだ隠している兵隊以外は…ね」
駆逐古鬼「バケモノメ…!」
綾波「化け物?…笑わせないでくださいよ、深海棲艦が曲がりなりにも人間に化け物とは…」
駆逐古鬼「…然シ、随分ト傷ヲ負ッタナ…!貴様モココマデダ!」
立ち止まり、自分の身体をチラリと見る
確かに両手両脚、共にズタズタだ
身体が耐えられなかった
私は島風さんの様に美しい筋肉配列ではない
あの速度に生身で耐えられるのは、まさに天の才だ
私はその分野においては、平凡以下だ
故にこうなった
綾波「…まあ、深海棲艦につけられた傷ではないのですがね」
指先をピッと振る
鮮血が辺りを汚す
綾波「さて、これにて、全滅していただきましょうか」
全ては計画の通りに