元勇者提督   作:無し

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逃亡

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「…綾波さん」

 

ベッドに横たわり、ものを言わぬ綾波さんの手を握る

…わかったことがある

 

綾波さんは短い時間だけ、正常に振る舞うことができるということだ

 

倉持司令官が来た時、わずかな時間だけ正常に振る舞って見せたのは対等な関係を崩さない為

Linkは綾波さんの存在があって初めて成立している

 

…こんな姿の綾波さんを見せたら、協力関係が破綻するかもしれない…そう危惧したのだろうか

 

あの後、寝ずにずっと見ていた

 

綾波さんは何かを急いでいると思ったからだ

あのように動ける時間があるのなら、綾波さんは行動しないはずが無い

きっと何かをしている

 

狭霧(…綾波さん、どうか…)

 

手を握り、ただ寄り添う

私達には、貴方が必要だから

 

 

 

…いつのまにか、眠っていた

辺りも暗い、夜だ

みんなご飯は食べたんでしょうか…

 

手の感覚を確かめる

 

狭霧(あ、れ…?)

 

身体を起こし、確認する

 

狭霧「あ、綾波さん!?」

 

居ない…

何処に…!

 

狭霧(探さないと!)

 

 

 

 

居場所はすぐにわかった、ダイニングルームだ

そこだけ明かりがついていたから

 

狭霧「綾波さん…」

 

綾波「あれ、見つかりましたか」

 

…机に無造作に腹がられた資料にパソコン…それと、マグカップに入ってるのは…コーヒー?でも粉が浮いてて…インスタントにしてもちゃんと作ってない…

 

らしくない

 

狭霧「…なにを、やってるんですか?」

 

綾波「艤装の開発です、そうだ、少し見てもらえませんか?どうしてもここの規格がうまくいかないんです」

 

画面を見せられる

…綾波さんと私では頭のできが言葉通り違う

 

綾波さんで苦戦しているなら、私には…

 

狭霧「……長さが、合ってませんよ」

 

綾波「え…?……ど、どこですか?」

 

狭霧「ここです」

 

…単純なミス

しかも一つじゃない…

 

綾波「……ここ…そうですか…ううん…」

 

きゅるきゅると、腹の音が鳴る

 

狭霧「あ……」

 

思えば昨日の晩から何も食べてなかった

よく飽きもせず綾波さんをみていたものだ

 

綾波「何か作りましょう、座って待っててください」

 

狭霧「いや、そんな…」

 

綾波「大丈夫ですから」

 

綾波さんに促され、座る

 

改めてあたりを見渡す

無造作に散らかされた資料も、パソコンの画面も、そのままだ

あり得ない

今までの綾波さんとは違う

 

綾波さんはきっちり整理整頓するタイプだ

なのにこの散らかし様はなんだ

 

要するに、綾波さんは…変化したと言うことが

 

でも、粉の浮いたインスタントコーヒーも嗜好の変化?

 

…納得できない気持ちもある

でも、私は綾波さんが望むままに…

 

からん

 

何か金属が落ちた音…

 

綾波「…なん、で…?」

 

狭霧「綾波…さん?」

 

綾波さんの足元には金属性のおたま、あれが落ちたんだろう…でも、あの立ち尽くした様子は…

 

綾波(……ダメだ、私…もう、ダメなんだ…何も作れない…何も、できない…!)

 

狭霧「綾波さん、どうしたんですか…?」

 

綾波「…狭霧、さん…」

 

綾波さんの目が、澱んだ不安と恐怖の色に染まっている

初めて見た目、こんな目をする綾波さんを見たことがない…

 

…一瞬だけだった、その目を私に見せるつもりはなかったのだろう

すぐに、いつもの目に切り替わり、決意したように、強い眼になる

 

綾波「狭霧さん、よく聞いてください」

 

狭霧「え?」

 

綾波「私はもう貴方たちとは居られません、私ではもはやみんなの役に立てません」

 

狭霧「な、何を言ってるんですか…」

 

綾波「それに…元々私1人居なくなるくらいで機能しなくなるならこの組織は不要です」

 

狭霧「ちょっと待ってください!どういう意味ですか!!」

 

綾波「そのままの意味です、狭霧さん、導く必要はない…リーダーをするのはリーダーに向いた人がやればいい、大丈夫」

 

綾波さんが何かを取り出す

 

狭霧「…それは…改二カートリッジ!どこから…!」

 

綾波「…さようなら」

 

狭霧「待っ…!」

 

綾波さんが黒い球体に呑まれ、消滅する

 

狭霧「…嘘……」

 

自殺したわけじゃ無い

ただ、転移しただけ

 

何処か、私たちの想像のつかないところに

 

…私たちを置いて、どこかへ

 

狭霧「……私達は…いや……私は…」

 

崩れ落ちる

膝をつき、両手で顔を覆い、涙を受けとめる

 

狭霧「…私だって…寂しいんですよ……姉さん…」

 

わかってくれないでしょう

貴方は私の気持ちなんて理解できないでしょう

興味もないのでしょう

 

でも、私は…辛い

 

耐えられない

 

…みんなにどう説明すればいいの?

これから私達はどうすればいいの?私はどうしたらいいの?

 

狭霧「…っ…!」

 

足音、それも複数…

 

グラーフ「狭霧!何かあったのか!」

 

ガングート「叫び声が聞こえたのでな、みんなを起こしてきた」

 

…最悪だ

まだ、私自身整理も追いついていないのに

 

私は、まだ何も準備できていないのに

 

朧「待って……みんな、一度出てくれない?」

 

グラーフ「朧、どうした、何かわかったのか?」

 

朧「……狭霧が落ち着くのに時間が必要だと思う……一回、2人だけにして」

 

リシュリュー「そうしましょう、みんな、こっちに」

 

 

 

 

朧「…狭霧、ココアでよかった?」

 

狭霧「…ありがとうございます」

 

ココアを口に含む

暖かくて甘い、なのに…

 

飲み込めない

拒絶する

 

私の身体は拒絶している

 

狭霧「……」

 

もう一度カップに口をつけ、悟られぬように液体を戻す

 

朧「…綾波、何処かに行ったの?」

 

狭霧「…!」

 

…気づけなかった、そうだ

朧さんは鼻で既に理解してるんだ

 

狭霧「……はい」

 

小さく、返事する

 

朧「…どう、しようかな……何か言ってた?アタシがみんなに説明するよ、狭霧もまだ落ち着けてないでしょ?」

 

狭霧「なんで…なんで朧さんは、そんなに落ち着いてるんですか…」

 

朧「……実はさ、綾波とこの間話してたんだ」

 

狭霧「…話した…?」

 

朧「戦術の話したり、運営の話したり…でもさ、万が一があるでしょ?」

 

狭霧「万が一…」

 

朧「次、誰がLinkを率いるのか」

 

狭霧「…綾波さんは、ここを抜けるつもりだった…?」

 

朧「そうじゃないと思う、でも…もし、次にLinkを指揮する人はLinkの中にいちゃいけないって言ってた、お互いにほとんど干渉しない、外部の人に頼むべきだってね」

 

狭霧「……確かに、私はその資質はない…ガングートさんやタシュケントさんは正義観が少しズレている感じもする、グラーフさんはキッチリしすぎている…」

 

朧「うん、だから…今は日本の海軍と目標が同じでしょ?一緒に行動してみるのはどうかな」

 

狭霧「……それは…」

 

朧「狭霧、綾波の代わりになるなんて事、必要ないんだよ、狭霧は狭霧なんだから」

 

狭霧「…Linkのリーダーはあくまで綾波さんです、綾波さん以外の誰かが方針を決めるなら、それはみんなで話し合って出す結論であるべきです」

 

朧「それは勿論」

 

狭霧「……それと…綾波さんのことは、私が皆さんに……皆さんを、入れてください」  

 

 

 

 

狭霧「…と言うことで、綾波さんは…消息不明…です…」

 

グラーフ「……そうか」

 

ガングート「綾波…勝手な奴だ」

 

…誰も、怒る様子はない

ただ、困っている、困惑している

どうすればいいのか、わからなくなっている

 

狭霧「…その…ええと…」

 

神鷹「大丈夫…です」

 

狭霧「神鷹さん…?」

 

神鷹「狭霧さん、つらい、わかってますから…だから…今日は、もう休みましょう…」

 

狭霧「……そんなの…」

 

神鷹「でも……私も、少し、寂しいので…」

 

神鷹さんが私の手を取り、両手で包み込む

 

神鷹「…一緒に寝ましょう?」

 

狭霧「……わかり、ました」

 

神鷹さんの手には、若干の震えが感じられた

不安があるのは当然だ、だけど恐怖までしている

 

神鷹さんにとって、綾波さんの居ない世界はもはやありえないんだ

自分を救ってくれた、生かしてくれた綾波さんを失うなんて、誰が信じられるのか

 

唯一無二が、消失した

 

それは、日常の瓦解を意味することだ

 

ガングート「そうだな、狭霧、よく休め」

 

タシュケント「狭霧は碌に休まないからね、いい機会だよ」

 

狭霧「……すみません」

 

朧「…今、一つだけ決めておきたいんだけど……綾波を探す?それとも、放っておく?」

 

グラーフ「決まっている、見つけ出して連れ戻すさ」

 

リシュリュー「あんまり勝手なことするリーダーにはお仕置きしなきゃね」

 

朧「ま、そうなるか…」

 

神鷹「…あれ?」

 

神鷹さんがキッチンに近づく

 

狭霧(そういえば、綾波さんが作りかけていた…何か)

 

鍋を覗き込む

刻まれた具材が入っている鍋

 

神鷹「作りかけ…?」

 

スプーンで一口すくい、啜る

 

狭霧「!?ぶっ!ごほっごほっ!!」

 

グラーフ「どうした」

 

狭霧「こ、これ…冷たっ…」

 

ガングート「スープだよな?」

 

タシュケント「……野菜しか入ってないけど、何も火が通ってない、この匂い…一度煮て冷ましたわけではないみたいだね」

 

狭霧(そう言うことか…くだらないようなミスを大量にしている、綾波さんは何か作業をするたびにミスをする、そのせいでもう、絶望したんだ…綾波さんは)

 

食事も作れない

艤装も作れない

 

綾波さんには、とても耐えられないのだろう

 

狭霧(だとしたら私たちがいる、私たちに頼ってほしかったのに…)

 

狭霧「っ……」

 

ガングート「大丈夫か!」

 

ふらついて、ダメだ、眠い…

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