元勇者提督   作:無し

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An Honest Lie

神通の家

駆逐艦 夕立

 

前に将棋を刺しているのを見かけた日から、あの日、自分が綾波と対局してみた日から、それが日課になった

 

ただ、負けっぱなしが悔しくて、何か一つでも上回りたくて

でも、ふと冷静になったとき、自分の役目を思い出す

 

潜入捜査…

その為に全てのデータを無断で持ち出して取り入った

綾波の元で習得した技術で綾波を殺す為に

 

綾波に思いっきり泥を塗ってやる為に

全ては前の世界の舞鶴の時の復讐

 

許す?過去の事?

 

果たしてそれで何人納得してるのか知らない、だけど…違う

夕立は、違う

 

納得もしてなければ、雪辱を果たす方法を選ぶような余裕もない

 

だから、みんなを裏切るような真似をして、警備府を1人で抜け出したのに

 

今やってることは将棋と一日三時間の近接格闘の鍛錬のみ

 

情報を得るにも、綾波はどこかの会社と深海棲艦を利用しているということしかわからない

 

ふとした瞬間に思い出してしまう、自分の使命を

やりたい事を

 

たとえば今この時、対局中にも

パチン 

駒が置かれる音でハッとして将棋盤を見る

 

綾波「…何故、私が東雲を名乗るか、教えてあげましょうか」

 

夕立「…え?」

 

そう言えば、綾波について回ってる中で、何度か自らを東雲と名乗ったのを見ている

 

綾波「綾波でもいいんです、別に…でも、名前は記号で、意味で、答えなんです」

 

…最後の一つが気にかかった

 

夕立「答え?」

 

綾波「貴方だってそう、私だってそう、実は私たち2人とも、東雲を名乗る権利がある、いや、事実上東雲といったところか」

 

…意味がわからない、いや…

 

綾波「王手、どうしますか?」

 

…どうしますか、か

 

まるで今の状況だ

 

東雲、離島のアケボノがかつて名乗った名前

最低な裏切り者を演じた人

 

…今の私か?敵に寝返ったとみせ、寝首をかこうとしている私なのか

 

綾波「そろそろ1分です」

 

夕立「……参りました」

 

…観念するしか無い

スパイであることはバレている

 

なら、今将棋盤をひっくり返すことも…そして、拳銃を抜いて撃つこともできる

 

でも、どの手も、二手三手先には潰され、4手5手先には、殺されている

 

無意味、私には、何もできない

 

…でも、綾波は自身もそうだと言った

 

なら、確かめたかった

 

綾波「……よかった」

 

よかった?何がよかったなのか

 

綾波「…もう一局、お願いできますか?少しルールを変えて」

 

…綾波から、「もう一局」というのは聞いたことがない

これには、特別な意味があるんだと…ふと理解できた

 

夕立「…はい」

 

身体が強張る

緊張している

 

綾波「…チェスと将棋のルールはよく似ていますが、大きな違いは取った駒を使えないこと、なので…今回は取った駒は全て使わない、というルールでどうでしょう」

 

夕立「え…?」

 

そのルール…それは私にとってはなかなかの痛手だった

攻めまくりの将棋をしている私は綾波の駒を奪い、打って戦うような戦法を好んで使っていたのに…

 

それがまるまる潰された

 

……対局を始めて20分

これだけやっているのに、場は停滞…

攻めにいけない、どうにも…機会が見いだせない

 

夕立(…この手は、ダメ…桂馬が取られる…桂馬は綾波の得意な駒…)

 

悩む、悩みに悩んで、つまらない一手

保守的な手しか打てない

 

夕立(…あれ)

 

…何となく、綾波の意図が伝わってきた

 

夕立(もしかして、これ…)

 

今までの将棋はただのゲームだった、という事なのか?

 

…指先に熱がこもるような気がした

駒が異様に重く感じていた事に今頃気づいた

 

綾波(気づいた…)

 

真剣だった、だからこそ

負けたくない、真剣に取り組む、勝ちたい

 

誰よりもこの遊びに熱中していたから、感じたし、気づけた

 

綾波の意図に

 

…結局、敗北したのだが

 

 

 

 

綾波「…「参った」が、今回は少し早すぎましたね、まだ巻き返せたかもしれないのに」

 

夕立「……できるだけ、犠牲を出さない事を選んだ…ってとこ」

 

綾波「…伝わってよかった」

 

そう、将棋はただの遊びだ

でも、これは綾波にとって特別な意味を含んでいた

夕立にとってもそうだった、だけど、今まで気づかなかった

 

夕立「…夕立は指揮官には向いてないっぽい」

 

綾波「いいえ、そんな事はありませんよ、きっとあなたは良い指揮官になる、部下に慕われるようなね」

 

綾波の将棋は、堅い

守りが第一にあり、隙さえ見せれば一気に攻めてくる

少数の駒が互いをカバーする様な特殊部隊の攻め

そして、大軍によって築かれた陣

 

綾波の将棋には、綾波自身が意図しているかを別にメッセージがあった

 

夕立「…桂馬、そんなに好きなのかしら?」

 

綾波「桂馬、ですか……何故?」

 

夕立「誰と対局しても、多分桂馬だけは取らせない」

 

綾波「…!」

 

夕立とだけじゃない、思い出すと神通さんの時も、ずっと桂馬は一枚も渡していない

 

綾波「得意な駒というだけ、かもしれませんよ?」

 

夕立「お気に入りである事、それさえわかれば何でもいいっぽい、重要なのは桂馬が大事って事」

 

綾波にとって、お気に入り

お気に入りは決して譲らない

 

それだけだけど、それがすごく重要なんだ

 

夕立「それは…その桂馬は誰?」

 

綾波にとってみれば、将棋盤は実戦の戦場だ

綾波は、全て駒を誰かに見立てている気がした

 

綾波「…誰だと思いますか?」

 

夕立「わからないから聞いてる」

 

王将を摘み上げる

 

夕立「これが綾波、だけど…他の……あ」

 

…そうか、誰かじゃない…

 

夕立「部隊、だ…」

 

一つの駒が、部隊…

 

夕立「……」

 

綾波「…どうやら私もまだ甘い、あなたに読まれる様では…あ、決してあなたを馬鹿にしてるわけではありません」

 

夕立「……」

 

王将を置き、一つ自陣の駒を摘み上げる

 

綾波「歩、ですか」

 

それを手の中でひっくり返し、敵陣に、こちらへ向けて…

つまり、寝返らせて、王将の隣に置く

 

夕立「駆逐艦、夕立…よろしく」

 

綾波「ええ」

 

…ようやく、綾波の事を理解できた

これ以上の言葉は、不要だ

 

だって、綾波は常に監視されているだろうから

 

綾波は将棋盤の駒を綺麗に片づけ、引き上げる

 

夕立(…盗聴器?それとも監視カメラ?……わかってて、泳がせてることになる…)

 

綾波は、真意を将棋を通して教えてくれた

 

それは、言葉にできない理由がある

泳がせるしかないという事になる

 

夕立(…今は、どうでもいい…)

 

…綾波のメッセージ

それは、将棋の指し方にあった

 

全ての駒に意味を持たせていた

歩一つにも、全て

 

そして、大事なものをたくさん抱えていた

いや、全部大事なんだと思う

 

誰よりも堅い守り

無駄な駒のない、殆ど全てが役割を持って、できる限り駒を失わない様にして…

 

夕立(綾波にとって、将棋が意味のあるものなら)

 

綾波は部下を見捨てたりしない

綾波は、将棋を通して私を信用して欲しいと言っていた

 

…なら、信用して死んでやる

それでもいい

 

綾波の将棋は、王を守る将棋じゃない

全ての駒を守る将棋

 

仲間を死なせない覚悟、綾波の本気の覚悟が、夕立には理解できた、だから、もういい

 

あの時の残虐な綾波がもういないのなら

殺してやりたい程、嫌いな綾波がもう居ないのなら

 

夕立はここで、夕立に与えられた役目を果たすしかないのだから

 

 

 

 

神通「鍛錬の時間ですよ」

 

夕立「…はい」

 

神通「…おや、今日は、身が入っていますね…何かありましたか?」

 

夕立「…そうかしら」

 

不意に、目の前にカートリッジを突き出される

 

夕立「…これは?」

 

神通「あなた専用のカートリッジです、使ってみて下さい」

 

夕立「…ッ…!?」

 

手に取った瞬間わかる

夕立に、馴染んでいる

 

カートリッジを起動し、挿入する

 

神通「……なるほど、そういう艤装ですか」

 

夕立「…!」

 

身体強化系のカートリッジだと思っていた

でも、これは艤装強化系…

 

神通「将棋で観られていたのは、なにも東雲さんだけじゃない」

 

夕立「!」

 

そう、つまり、夕立も見られていた

 

将棋を通して、攻めまくる夕立の姿勢を

 

神通「…と、いう事ですね」

 

夕立「…そうかもしれないっぽい」

 

…でも、この艤装…

陸戦も想定されてる

 

神通「小型のミサイルポットにレーダー、サーベル…艤装なんですか?それは…もはや貴方そのものが兵器ですね」

 

夕立「……でも、これなら…役目を果たせる」

 

神通「…おや、そういう事ですか…ようやく気づいたんですね」

 

夕立「……」

 

神通「大丈夫、ここには盗聴器の類はありませんよ」

 

夕立「え?」

 

神通「私の眼は全てを見通す眼、ここは大丈夫……盗聴器は、綾波さん自身に埋め込まれてんです」

 

夕立「…どういう事?」

 

神通「たくさんのナノマシンを取り込んでますからね、敢えて敵方のナノマシンを体内に取り込む事で敢えて情報を流してるんです」

 

夕立「なんで…?」

 

神通「その方が、信用されやすいし不意もつける…という事でしょう」

 

夕立「……やっぱり、本当に…」

 

神通「綾波さんは、ただ約束を守ろうとしてるだけですよ」

 

…綾波の将棋はどこまでも正直だった

夕立でも真意がわかるくらいに

 

夕立でも全部理解できちゃうくらいに、綾波の将棋は全てを語っていた

 

ゲームを、遊びを通して綾波を理解した

 

神通「夕立さん、その艤装、試しましょうか」

 

夕立「……夕立改二を相手に、どこまでやれるのか、試すっぽい?」

 

神通「…相手も改二相当の実力者である事をお忘れ無く」

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