元勇者提督 作:無し
宿毛湾泊地 作戦室
教導担当 キタカミ
キタカミ「…んー…」
杖をつきながら報告書の束のファイルが並んだ本棚の前をゆっくりと歩き回る
朧「あ…キタカミさん、ここに居たんですね」
キタカミ「んー…まあ、なんか…やる事なくなっちゃったから…ってかもう退院してたんだ、私に用事?」
朧「はい、提督から、哨戒班の出迎えに行って欲しいって」
キタカミ「んー了解、てか今日の哨戒って誰だっけ?」
朧が木札を見せる
キタカミ「旗艦は島風か……あ?あれ、島風木札無くしたの?」
朧「あ、わかります?…蒲鉾の匂いしますよね」
キタカミ「うん、っていうか…こっち戻ってきたばっかりの時は木札作るために馬鹿みたいにかまぼこ食べるハメになったから…もう見たくないな…てかなんでカマボコの板で木札作ったんだよ…」
朧「アハハ…」
キタカミ「……あ…あった、台湾侵攻の作戦報告書」
朧「…その単語だけ聞いたら完全にアタシたち悪役ですよね」
キタカミ「…うーん…ダメだわ、使える情報ないな」
朧「何を探してるんですか?」
キタカミ「大規模な作戦の記録で簡単に理解できそうな奴、でも陸上戦をするかもしれないとなると何も参考にならないんだよね」
朧「あー……」
キタカミ「…待って、なんか…誰か走ってきてない?」
朧「……清霜?」
扉が音を立てて開く
清霜「居た!哨戒班が交戦しました!」
キタカミ「…!」
朧「すぐ行く!」
少し前
近海
駆逐艦 島風
島風「…あれ?」
荒潮「どうかした〜?」
島風「…なんか、いま、肌がビリって…」
秋月「…なりました?」
龍驤「さあ、わからんなぁ……んがっ!?」
最後尾の龍驤さんが私の前まで吹っ飛んでくる
島風「敵襲!…っ…」
振り返った時には、秋月と荒潮が呆然とした様子で海面へと倒れ込む最中だった
島風「……本当に、これが偽物…?誰でも出せるの…?」
朧「……」
朧の偽物…なのだろう、おそらくは
そして、後方から一瞬で…3人がやられた
4人部隊のうち、3人が一瞬で
島風「っ…」
連装砲ちゃんを操作し、砲撃を放つもかわされる
そして、距離を詰めて拳打…
ボクシングスタイルの連続のパンチが鈍く身体に突き刺さる
…動けない
私は加速すれば誰よりも速く動ける
だけど、正面方向にしか加速ができない
そして、正面を抑えられている今…私は距離を取ることができない
朧「……」
パンチに蹴りが混じり始める、僅か数秒しか立っていないはずなのに、頭が嫌に働き、まるで数分殴られ続けていると錯覚する
島風(…大丈夫)
右頬を打ち下ろす様に殴られ、視界が下を向く
一方的に殴られ、段々と思考が鈍り始める
…仲間の顔をしている人間に手を出すのは、正直怖い
でも…やらなきゃやられるのなら
朧「!」
島風「…止まった」
額で拳を受け止め、短剣を抜き朧の腕に突き刺す
島風(…生き残る…勝ちたい…)
…朧には、正気を失った状態ではあるものの、一度負けている…
台湾から離島への侵攻の時の意識のない状態での戦い…
…負けっぱなしは嫌だ
たとえどんな理由での戦いでも、何であろうと
島風「…だから、対策はしてる」
体の力を抜き、後方へと倒れる
そして水面に右手をつき、右手だけで身体を持ち上げ…
島風(ゼロ距離なら…!)
片足の艤装を最大速度で稼働させる
島風「やあぁぁぁッ!」
右手を軸にした全身を回転させる蹴りが朧を吹き飛ばす
島風(一度距離を取れば…)
体勢を立て直し、加速し、朧に一撃を加えるたびに離れるを繰り返すヒットアンドアウェイを繰り返す
二撃、三撃…そして、とどめのひと突きを…
島風「くらえっ…!…っ?…あ、あれ?」
スカッた…
というか、朧が消えた…
島風(ど、どうなって…)
いや、共有された戦闘レポートによると…急に消えたって言ってた、つまり今消えたのもそう、何かしらの理由で消えた
島風「大体…30秒?」
艤装の記録装置を観ることができれば正確な時間もわかるはず…
島風(…多分、そのくらいの時間しかその場に留まれなかったって事……あ)
強い南風が吹き付ける
島風「……みんなを回収して戻らなきゃ…」
荒潮「だ…大丈夫よ〜…」
秋月「こっちも…なんとか」
2人がヨロヨロと起き上がる
秋月「…あ、殴られた時の衝撃で救難信号がオンになってる…」
荒潮「じゃあ…こっちで戦闘があったって伝わったのかしら…?」
龍驤「やったらそれでええやろ、荒潮、
島風「…あ!」
遠くに小さな黒い影…
秋月「逃げてる…深海棲艦?」
島風「逃がさない!」
龍驤「あ、ちょっ待ちいや!」
直線距離約150メートル、私なら一瞬で追いつける
島風「おっそーい…」
駆逐級の前に回り込み、艤装でブーストをかけて蹴りあげる
龍驤「ああもう!ぼさっと寝てんなや!仕事やで!」
秋月「待って!…あの深海棲艦、何かついてます」
荒潮「…あら〜…」
宿毛湾泊地 波止場
教導担当 キタカミ
キタカミ「…ひっどい顔してんね〜…島風、他3人は目立った傷無いのにアンタだけ顔ボコボコじゃん」
島風「……」
島風が目を逸らす
龍驤「意地悪言うたらんとったって、一撃で気ぃやったウチが言うのも何やけど島風はだいぶ耐えてくれたんやで」
キタカミ「わーってるって…で?見せてくれるんでしょ」
荒潮「今明石さんとアケボノさんが…」
キタカミ「ああ、吊り上げてんの?サメみたいに」
龍驤「おー、多分USJのサメみたいになるわ…っても、あれも元々人間って思うと、早いとか弔うなりなんなりしたいけどな」
キタカミ「…島風」
島風「はい」
キタカミ「どうだった?」
島風「……」
島風が目を伏せる
島風「多分、勝てたのは運とか、勢いとか…」
島風の両頬を掴んで、顔を持ち上げる
キタカミ「よく勝った、勝ちは勝ちだよ、偽物とはいえ朧相手によく勝ったね」
島風「…でも」
キタカミ「でももだってもないよ、うちの主力が自信無くしてどうすんのさ」
島風「主力…?」
キタカミ「島風が違ったらどうなんのさ、うちはどんだけ化け物揃いになるのやら」
島風「でも…砲撃当たらないし、頭の回転速く無いし…」
キタカミ「他人の長所を求めてどうすんのさ、自分の長所があるでしょーが、すばしっこくて近距離戦も弱くない」
島風「でも、直線にしか動かないのを狩られて…何回も負けて…」
キタカミ「その度に色々手を変えてたじゃん、連装砲にワイヤつけて回転の軸にしたりさ、その努力はみんな知ってるし、主力と呼ぶに相応しい力もある…っていうか、もっかい言うけどあんたが主力じゃなかったら他の連中どうなんのって」
杖でコツコツと地面を叩く
朧「はーい?」
キタカミ「朧、阿武隈連れて外周」
朧「えっ」
キタカミ「ほら、早く行く」
朧「…まだ仕事が…」
キタカミ「じゃあそれ終わったらすぐにね」
朧「と言うか何で…?」
キタカミ「話聞こえてなかったの?そりゃあ当然負けたからでしょ」
朧(それアタシの偽物じゃ…?)
島風(り、理不尽…)
明石「あ、キタカミさん!」
キタカミ「んえ?」
明石「ちょっときてください!」
離島鎮守府跡地
綾波
綾波「……おっと?…アハッ」
山風さんの髪を弄っていた手を止める
神通「どうしました」
綾波「愚か者が泣きついてきますよ」
神通「え?」
綾波「…よし、山風さん、これで良いですか?」
山風「う、うん…」
綾波「さて…お仕事の話がありますので、少し離れておいてください」
モニターを起動する
綾波「どうも、女帝サマ?作戦失敗の不幸になんと言うべきか」
ヴェロニカ「随分と早耳ね、もう次のプランの目処が立ってるのかしら?」
綾波「人の作ったものに依存してる癖に偉そうですねえ…ああ、一応偉いのか、でも、人や物を扱うにしては…ふふっ…随分と下手くそだ、三流ゲームマスターさん」
ヴェロニカ「随分安い挑発ね」
綾波「おや、挑発と認識していると言うことは効いてるんですね…こんなに安い挑発が効くなんて、失礼しました」
ヴェロニカ「……」
神通(随分と煽る…綾波さんはこの人と組む気が有るのか無いのか)
ヴェロニカ「おままごと遊びを楽しんでいる様なヒマはあなたには無いんじゃ無い?時間の浪費なんてもったいないだけだと思うケド」
綾波「お生憎様、私の趣味はままごと遊びだけなんです、それに…自分の部下の身なりが整っていないとまともに仕事ができなくて、おかげで朝のセットをしていたらお昼ご飯の時間になってしまいまして…あー、ランチタイムなのでもう切ってもいいですか?」
ヴェロニカ「こっちもディナーにはいい時間だけど、先に仕事の話をしましょう?」
綾波「…先に言います、あなた達の技術力ではもう勝ち目はない…イミテーションではもう相手にならなくなる」
ヴェロニカ「精鋭のコピーを用意したのに?」
綾波「それもあと一度が限界でしょうね、LSFDはあなた達には使いこなせない…LSFDを模倣しただけの装置では圧倒的に足りない」
ヴェロニカ「…どうやら、その様ね、貴方の才能は認めるわ」
綾波「才能…ハッ……笑わせる、そういえば、作戦資料拝見しましたよ、LSFDの作成が可能な夕張さんを拉致しようと言う作戦」
ヴェロニカ「貴方が殺したせいでパァになった」
綾波「そんな物、殺す前に言いなさい、それに所詮夕張さんでは一体のイミテーションという点には変わりない…いや、まず今の世界の融合度ではそもそも一体の存在をLSFDで止めるのが限界、あなたたちの作った管理施設の存在はまさに奇跡なんですよ」
ヴェロニカ「奇跡?そんなやすい言葉で表すのはやめて頂戴」
綾波「再現性がないものは奇跡って言うんですよ、あの施設の様な障壁を好きに作れるならLSFDなんて要らないことくらいわかってるでしょう?……はあ…」
大きくため息をつく
綾波「活かせないものは手放しなさい、私が手を加えてあげてもいいですよ」
ヴェロニカ「貴方が?」
綾波「考えておいてください、私はままごと遊びで忙しいので」
そう言って勝手にモニターの電源を落とす
神通「…どうするんですか?」
綾波「言うまでもなくイミテーションは本物より弱い、それは駆け引きを知らないからであり、相手の動きに対応することを知らないからである……力量自体は本物と同等ですけどね」
神通「それで?」
綾波「偽物…イミテーションは常に別の個体と戦い、戦術を最適化し続ける、対個人戦のね、だから背後からの強襲などの戦法に依存する」
…だか、少し強い敵が居たら仕留め損なう
頭のキレる人間なら、先手を取らなければ搦め手に叩き潰される
綾波「…対応力が低すぎるんですよ、誘い込むとかそう言う手を知らない、アケボノさんのコピーの個体は本物が本物なだけに悪くない動きをした様ですが」
神通「…それで?」
綾波「だから、本物同様の知性を与えるべきだと思いまして…私が一からプログラムすれば…かなり強くなれるんですけどね?」
神通(…なんと悍ましい事か)
綾波「さあて、あ、浦風さんの髪のセットをしなくちゃいけませんね、神通さん、昼食は任せました」
神通「……」
綾波「大丈夫、物事は順調に進んでいる」