元勇者提督   作:無し

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Oceanophobia

離島鎮守府跡地 

綾波

 

綾波「…ふあ…あ…よく寝た…」

 

ベッドから起き上がり、腰掛ける

目眩、平衡感覚の異常、頭痛…体調不良を感じた後、全てのタスクを後回しにして一度休む事を選択した

おかげさまですこぶる調子が良い、戦闘音も止んでいるようだ

 

綾波「まあ、私達が守りの戦いで負けるなんてあり得ないんですよ」

 

ノートパソコンを取り出し、立ち上げる

 

綾波「向こうは今17時か、じゃあどうせ暇してるはず」

 

CC社のメインコンピュータをハッキングし、メッセージを残す

これで30分待つ、そうすれば話はできるはずだ

 

綾波「……ああ、みんな掃除してたんですね、やけに静かだと思った」

 

窓の外を見てみれば、深海棲艦の死骸を海に掃き捨たり、まとめて焼いたり

これを全て人間に戻すのは、正直無理だから仕方ない

 

綾波(それにしても…神通さんも夕立さんも無しでこの数の深海棲艦を退けた…素晴らしい成果ですね…)

 

綾波「……ああ…」

 

私の心が疲れている時、仕事を終えて一息入れたい時…

誰かが居てくれたのに…

この廃墟の一室に、誰かが居てくれる事を幻視してしまう…

 

綾波(やはり、精神的に弱っている…予想外のことが続いたせいで計画もズレているし…)

 

このままなのは良くない

やはりこれ以上弱る前にケリをつけるべきだ、このままでは一騎討ちを行うのも不安になる

 

綾波「…おや、ようやく気づきましたか」

 

パソコンの画面を眺めてぼんやりと待つ

 

綾波「…ああ、どうも聞こえてますか?」

 

ヴェロニカ『なんの用かしら』

 

綾波「あなた達の宣戦布告に返事をしようと思いまして」

 

ヴェロニカ『なんの話かしら』

 

綾波「先ほどかたがつきましたが、大挙して押し寄せた深海棲艦はあなたと太平洋棲暇、共同の差し金でしょう?…装甲空母鬼はあなた寄りでしたし、初めて私に接触した時にも装甲空母鬼を通したでしょう?」

 

ヴェロニカ『…何が言いたいのかしら』

 

綾波「臆病者ですね」

 

大きくため息をつく

画面の向こうのヴェロニカが顔を(しか)めているのがわかる

 

綾波「いつナノマシンを仕込んだのかは知りませんが、自分達で御せぬ物を、自身の器量を超えたそれを、無理矢理制御しようとするとは…やはり、愚かですよねあなた達」

 

ヴェロニカ『…そう』

 

ヴェロニカは胸を撫で下ろしただろうか

声に安堵の音が混じった気がしたがどうだろうか

 

綾波(私がずっと監視されていたことに気づいてないと、そう考えたのか?それなら私が今まで真意を隠していたとは思わないだろうか)

 

何も確証はないが、私はその前提で思考を続けなくてはならない

何が良いとは言えないが、私は良い手のみを選ばなくてはならない

 

綾波「そもそも、勝手に仕込まれたナノマシンを排除しただけで敵対とか、意味わからないんですよ、そんなに怖いのなら私と手を組むな、バカバカしい…それで、もうあなた達は敵でいいんですよね?」

 

ヴェロニカ『……誤解があるようだから言いたいのだけど、私はその襲撃には無関係よ』

 

綾波「それで?」

 

ヴェロニカ『太平洋棲姫が焦った結果の行動でしょう?ナノマシンの話も、私は知らない』

 

綾波(保身に走ったな、もう裏も取っているのに)

 

綾波「…まあ、いいでしょう、返答次第ではサンディエゴごと潰しても良かったんですが」

 

ヴェロニカ『巻き込まれなんて、堪ったものじゃないわね』

 

綾波(実際にやれば3日は寝込むだろうな…)

 

綾波「…さて、一つ言っておきますが…太平洋棲姫すら御せない様では、あなたがその先に座り続けるのは無理かと思いますよ、愚かなゲームマスターさん」

 

ヴェロニカ『……』

 

ヴェロニカが声も聞こえないほどだが、確かに小さく唸る

今までとは明らかに違う、ヴェロニカにとって、感情を抑えきれずに露わにした反応

 

綾波(…使えるワードも手に入ったし、上々か)

 

綾波「まあ、幸い此方に被害はありません…良い訓練になったし、深くは追求しませんが…あなたか太平洋棲姫をどれほど上手く扱えるのか、楽しみに見ていますよ?」

 

ヴェロニカ『…ええ』

 

これで、ヴェロニカは太平洋棲姫“を”謝らせる立場になった

私たち3人は均衡した関係だったのに、明確なカーストを作ってしまったのだ、太平洋棲姫は一番下、頂点は言わずもがな私

 

太平洋棲姫は本人の与り知らぬところでたった1人の悪者にまでされる

 

間違いなく不和が起きる

 

ヴェロニカ『一つ聞きたいんだけれど』

 

綾波「なんですか?」

 

ヴェロニカ『…対深海棲艦弾…と言うものが日本で作成されたらしいわね』

 

綾波「…ああ、アレですか」

 

ヴェロニカ『何か知ってるかしら』

 

綾波「ええ、よく知っていますよ、元々は私の発明ですから」

 

ヴェロニカ『…貴方も、私たちと事を構えるつもりだった?』

 

綾波「均衡状態とは、お互いの力が拮抗して初めて成立する…違いますか?……あなた好みに言えば、私一人の力ではあなた達と拮抗した力とは言い難い…と言うべきか」

 

下手には出たくないだろう?

だから私1人が組織一つをゆうに超えると言う事実を否定し、私が力を蓄える事を黙認するしかないだろう?

 

ヴェロニカ『…何故それが日本で普及し始めているのかしら』

 

綾波(やはり、スルーしたか)

 

綾波「昔作ったものですからね、その後殺されて深海棲艦になりましたし…まあ、デスクの引き出しの隅で埃かぶってたのを、誰かが引っ張り出してきたんでしょう」

 

…まあ、これに関しては事実なのだが

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「……ダメだ…無茶な射撃、ほとんどできないかも」

 

ジャム(弾詰まり )った主砲を軽く叩いて空薬莢を抜き、腰を下ろす

 

キタカミ(タルヴォス頼りだったって事…だよねえ…私の砲撃も…)

 

的には当たる

いや、なんなら中心をぶち抜くなんて余裕だ

 

問題なのは…この恐怖心だ

何が怖いって…海が怖い

 

鼻が効かないのに慣れてきた筈なのに、戦闘に関連してくるとなるとたまらなく怖い

日常生活でも人と接触する際、死角から話しかけられたら恐怖とまではいかないが…過剰に驚いている気がする

 

それがなぜ海が怖いに繋がるのか、もともと海の中の匂いは感じ取れなかった

だけど…

 

不知火「キタカミさん、来ました」

 

キタカミ「っ……あー…うん、わかった、やろうか」

 

そういえば、不知火達と演習の予定を組んでいたんだった

 

阿武隈「…うう…お手柔らかにお願いします…」

 

キタカミ「大丈夫、大丈夫…今日調子悪いみたいだからさ」

 

…調子が悪い、と言えば…

私の主砲がジャムを起こすのは珍しい方だけど、戦闘中にこうなったら…それはそれで、仕方のないことか

 

 

 

 

キタカミ(前の2人潰して…その後…サイドを…)

 

対多数の戦闘をこなせなくては

そうでなくては意味がない 

 

私の背には常に誰かが居る

守るべき誰かが…

今回の演習では、清霜や朝霜に随伴艦兼護衛対象の役割をやってもらっているが…

 

清霜(…この人、こんな変な動きだっけ…?)

 

阿武隈(……おかしい、キタカミさんから、プレッシャーを感じない)

 

不知火(攻め蹴が弱い…距離や立ち回りのコントロールは圧倒的に向こうが上で、こっちは動きにくい思いをしている、なのに…消耗してるのはキタカミさんの方に見える)

 

キタカミ「……」

 

…マズい

わからない、怖い

後ろにいるのは誰だ?

清霜か、朝霜か、それとも敵役か?

…それとも、2人とももう居ない、深海棲艦が背をつけ回しているのか

 

朝霜「…さっきからチラッチラこっち見てッけど…なんかあんのか?」

 

清霜「さあ?」

 

キタカミ(この2人にも異常だと思われてる…か)

 

それほど今の私は挙動不審なのだろう

前方の敵以上に後方の味方が気になって仕方ない

 

不知火「…阿武隈さん、仕掛けますよ」

 

阿武隈「え?あ!待っ…まだです!あーもう!私の言うこと聞いてください!」

 

キタカミ「!」

 

不知火が単騎で突っ込んで来た

不知火の悪い癖が出た…

 

こんなの、簡単に…

 

キタカミ「っ…」

 

不知火の砲撃が私の横をすり抜けた

それは何もおかしいことじゃない、清霜を狙った正確な砲撃だ

 

不知火(…!)

 

だが、私の取った行動が異常だった、振り返ってしまった

清霜の無事を確認しようとして

 

実弾じゃないし、死ぬわけもないのに

 

そして視界が前を向いた時、砲弾が迫っていて

 

キタカミ「ッ!」

 

不知火(咄嗟に撃ち落とした…振り返ってから撃ち落とすまで、殆ど瞬きくらいの時間しかなかったのに…やはり、腕は鈍っていない!)

 

でも、それを撃ち抜いても爆発で視界が潰れる

嗅覚に意識を向けても硝煙と爆発の焦げ臭くて、酸っぱい匂いが鼻をくすぐるだけで…

 

キタカミ(…ダメだ、わからない…!)

 

煙が晴れた時、真っ先に感じた気配を撃ち抜く

 

朝霜「…エ?」

 

キタカミ「っ…!」

 

砲弾が朝霜の艤装に弾かれたのを見て、私は膝をついた

いつの間にか主砲は取り落としていて…

もう動けなくて…怖くなって…

 

キタカミ(なんで…今なんで朝霜を見ずに撃った…?見えなくても当たるから、それが当たり前だったから撃った…でももう違うのに…)

 

神通とは違う理由で、目を閉じていても戦えた

でも、私にそんなトクベツはもう無い

 

…今のは、完全に…

やった、やらかした…

 

キタカミ「ごめん、朝霜…怪我無い?」

 

朝霜「…あー…まあ、無いけど…」

 

不知火「誤射とは、らしくないですね」

 

阿武隈「大丈夫ですか…?今日のキタカミさん、何かおかしいですよ…」

 

背で手を組み、手汗を隠し、笑顔を貼り付ける

 

キタカミ「いやー…なんだろ、花粉症かねえ…匂いわかんなくなっちゃったかも」

 

不知火「…なるほど、だから」

 

阿武隈「春雨さんに言えばお薬を出してもらえるかも!戻りましょう?」

 

キタカミ「そうだね」

 

…今すぐに海から上がりたい

この海から何かが現れて、私たちを全て喰らい尽くす…そんな想像が頭から離れない

 

実際そうなったら、震えて喰われるのを待つしか無いのだろう

 

キタカミ(…やっぱ、弱くなったな)

 

そりゃあ、そうだ

だって、“トクベツ“はもう無い、それを理解して捨てた力なんだから

今更縋る真似は…できない

 

海洋恐怖症という言葉がある

 

海に対する恐怖…それは大量の水に対するものだったり

波やうずしおという自然の力に対する恐怖だったりもする

 

だけど、私が怖いのは…

深海に住む、バケモノ達だ

海の深い深い底から水面を狙い、喰らいつくバケモノが居ると知っている

その上、こちらは水中にいるバケモノをちゃんと感知できないときたもんだから…

 

キタカミ(…艦娘が海洋恐怖症なんて、笑えない話だけど)

 

誰に言えば、笑ってくれるか

誰に言えば理解してくれるか

 

キタカミ「……よし、行ってくるか」

 

書き置きを残して、改めて用意の確認をする

 

キタカミ「まあ…少しだけ、出かけてくるだけだし…いいよね」

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