元勇者提督 作:無し
宿毛湾泊地 医務室
駆逐艦 狭霧
狭霧「失礼します」
春雨「おや…お疲れ様です、もうそんな時間ですか?」
狭霧「ええ、交代しましょう…何か引き継ぐようなことは?」
春雨「全く、変わりない…とは、本来いい意味のはずなんですがね」
狭霧「永遠に不変である果たして良いことなのでしょうか…青葉さんの体は、もう老化はしない、しかし…徐々に修復しつつある…」
春雨「…SNSは見ましたか?不老不死のバケモノ扱いですよ…私達は、深海棲艦を倒す為に存在するのに、深海棲艦と全く同じ扱いを受けて迫害される」
狭霧「……そうですね、しかし…青葉さんの、患者の前で言うことではありません」
春雨「すみません、感情が昂ってしまいました」
狭霧「…青葉さん、起きてますか」
カーテンを開き、ベッドで上体を起こしたままの青葉さんに声をかける
狭霧「ずっとその体勢では、腰も肩も疲れるでしょう…それと、少しは眠れましたか?……私の声は、聞こえていますか?」
…返事はない
春雨「ずっと……そのままです…横たわらせても、いつの間にか起きていたり、ずっと横になっていたり…たまに瞬きをするくらいで、自ら動くことはしない」
狭霧「……点滴、変えますね」
…私の声は届いていない
それに、私はここには医官としている訳ではない…
別に春雨さんの手伝いをする必要も…ない筈なのに
春雨「…狭霧さん、一つ聞いてもいいですか」
狭霧「なんですか?」
振り返らず応える
…いや、振り返れない
今の歪んだ顔を見られたくはない
春雨「何故、貴方が私に手を貸してくれるんですか?医療の知識が、技術があるのはわかる、でも…貴方はLinkの仕事もある筈です」
狭霧「……負い目があるんですよ、青葉さんに」
春雨「負い目?」
狭霧「青葉さんを苦しめてしまいました、川内さん達と仲が良かったのなら、何か聞いていませんか?」
春雨「……全身傷だらけになっていた、過酷な環境で
狭霧「過酷な環境で…か……そうですよね、まさにその通りです、言い逃れのしようもなく、あそこは青葉さんにとっては完全な
だと言うのに、私は青葉さんに寄り添うことすらしなかった
Linkの存在に多大なる支援をしてくれたのに、朧さんにそれを丸投げした
狭霧「……本当なら倉持司令官にも、合わせる顔が無いんですが…」
春雨「…辛いことを抱えて生きるのは、しんどいですよね」
狭霧「…春雨さん?」
春雨「貴方は綾波さんの記憶で、過去の世界の私のことも知っている…んでしたっけ」
狭霧「…いいえ、私はあくまで、書類を読んだようにしか、理解したとはとても言えない、何も知っているとは言えないようなレベルです、貴方の気持ちも、何も…」
春雨「今の貴方と似ているのかもしれません…疲れて、それが、耐えられなくて…いつの間にか、楽になりたくなる……最期を迎えるとき、せめて誰かに優しくして、死にたいと思った…憶えておいて欲しいって」
春雨さんは俯いて笑う
春雨「それが…一食分のおにぎりひとつで…それが…川内の心を縛るなんて、あの頃の私は思いもしませんでしたけど、はい……心が疲れたら、逃げてください」
狭霧「…逃げる」
春雨「医者が心を病んでは、患者さんを治すことはできません、私達は、勿論死んではいけない、怪我をしてはいけない、心を病むことも」
狭霧「…いつも心がけてるんですか?」
春雨「そうじゃありませんけど…でも、たとえ逃げ出してでも、生き残れば…また救える命があるって…思いました、はい」
狭霧「……」
青葉さんに近寄り、顔をこちらに向ける
狭霧「…青葉さん、聞こえていますか…?辛い思いをさせて、ごめんなさい…ずっと謝れなかった…私も、綾波さんの居場所を知りたくて、止めるのを躊躇って…間違っていたのに…」
…独りよがりだ
だけど、今しか、謝れない気がしたから
春雨「…独りよがりですね」
狭霧「わかっています…言われなくても」
春雨「拗ねたんですか?……思ってたより、やはり子供、なんですね」
…癪に触ることばかりわざわざ…
春雨「…不快でしたか?」
狭霧「それは…」
春雨「当然ですよね、そう思うとわかって言葉を選んでました…でも、嬉しいんです、はい」
狭霧「…性格が悪いですね」
春雨「ああ、そう言う意味じゃなくて…貴方が感情を表に出すのは、珍しい気がして…その…感情を見せてくれる貴方を、理解できるのかなって」
狭霧「…理解、ですか」
春雨「はい…よければ、友達になってくれませんか?」
狭霧「友達…?何故また」
春雨「なんだかんだ、友達がいないんですよ、私…如何ですか?」
狭霧「…確かに、友達多くはなさそうですね、目に痛い髪色をしてますし、明るい性格とは言い難いし、人付き合いも上手くなさそうですものね」
春雨「…言葉に棘を感じます、はい」
狭霧「お返しですよ」
顔を見合わせて少し笑う
狭霧「…これなら、大丈夫ですね」
春雨「ええ、私達は心を病んだりしない、青葉さんの治療も…滞りなく、間違いなくできる」
と言っても、体の治療よりは心のケアが優先されるだろう
コンコン、とドアを叩く音がする
春雨「はい?」
明石「失礼しまーす」
狭霧「明石さん?」
明石「医務室に新人を紹介に来ました、えーと、ほら、入って入って」
2人、おどおどとした様子で入ってくる
狭霧「…何故医務室に?」
明石「え、ほら、ふ、2人とも医者っていうか…」
春雨「医者…!?よくそんな人ここに派遣してくれましたね…!」
明石「あ、あはは、そんな事いいじゃないですか!ええと、それで、夕ば…ぶっ!?」
1人が明石さんの口に平手を打つ
春雨「え、ちょっと?」
軽巡洋艦 夕張
夕張「ご、ごめんなさい!虫が飛んでたもので、いやー、明石さん大丈夫でしたか?」
そう言いながら明石のつま先を踵でぐりぐりと踏みつける
明石「ふぐぉ…ぁ…は、はい…」
春雨「…ええと」
夕張(明石が名前ほとんど呼んじゃったし…ゆうば…まだ着く名前…名前…)
狭霧「あの、お名前は…」
夕張(…そうだ、この人って確か、狭霧さん…)
瑞鶴「ちょっと…どうすんの?」
夕張「大丈夫!すみません、申し遅れました、私夕霧って言います!こっちは朝霧です!」
瑞鶴「よ、よろしくお願いします」
狭霧「夕霧に朝霧…2名とも綾波型…?」
夕張「そ、そうなんですよ!だからつい驚いちゃって!」
春雨「…何に?」
夕張「え?ほら、同じ綾波型の人にいきなり会うなんて……ぁ」
狭霧「私、名乗りましたっけ」
瑞鶴「えーと、私耳が良くて!外まで聞こえてたんですよ!狭霧さんって名前…あ!そうだ!友達にってお話も聞こえてました!」
2人が顔を見合わせ、気まずそうに俯く
狭霧「本当に聞こえてたんですね…恥ずかしい」
春雨「…他言無用でお願いします」
瑞鶴「いやー、地獄耳ってよく言われます!あは、あははは…」
夕張(グッジョブ瑞鶴!)
瑞鶴(寿命10年は縮んだ…というかこの2人も事情さえ理解してくれれば味方してくれるはずなんだけどなぁ…)
狭霧「それで…医者というのは…」
夕張「あ、私、医師の免許とか、薬剤師、カウンセラー、いろんな資格持ってるんです」
春雨「本当ですか…!よくここにくれましたね…でも、資格を持ってるにしては、随分と若いような…」
夕張「え?いや、だって艦娘システムのせいで色々年齢無視できるようになってるじゃないですか、ほら、軍内だったら特例で試験とか受けられるし、私横須賀でー…」
春雨「横須賀から来たんですか?」
夕張「……あー…はい、そう、私たち横須賀から…」
狭霧「…左遷?」
瑞鶴「い、いや、あそこうるさいから…静かなところに…ね?」
夕張「そうそう!デモ隊に殺されそうだったので!ね!」
春雨「は、はあ…?」
瑞鶴「もうアンタ黙ってなさいよ…」
夕張「はい…」
狭霧「それで、朝霧さんは?」
2人の興味津々な視線が次は瑞鶴に向かう
瑞鶴「えっ?わ、私?…は…ええと…」
夕張「特に資格は無いんですけど、私のお手伝いをよくしてくれてて、その、そのうち勉強しようねって!」
瑞鶴「あ、そう!そうです!」
春雨(…黙ってろって言われてた気がします、はい)
狭霧(自己紹介が凄く下手…?)
夕張「……ん?」
カーテンの奥のシルエットが目に入る
夕張「青葉ちゃん…?」
春雨「…ああ、横須賀に居たならお姉さんとはお知り合いですか」
春雨さんがカーテンを開き、ベッドの上で呆然とした様子の青葉ちゃんが視界に入る
夕張「……?」
おかしい、生きてないみたい
まるで何も認識していないみたいに、ただそこに…あるだけ
存在がある、それだけ、心は居ない…
狭霧「カウンセラーもできる、とのことですし…いきなりですが、負担の大きい仕事を任せてもいいですか?」
夕張「…彼女、何処が悪いんですか」
春雨「担当してもらう以上、隠すことではありませんのでストレートに言いますが、彼女は民間人に撃たれ、そしてその上非難を受け…心が崩壊してしまいました…私たちの呼びかけにも応えてはくれません」
夕張「……」
アオバが何処まで知っているかは知らないけど
これを聞いたらその民間人を死んでも見つけ出して縛り首にでもするだろう
私だって、ニュースで聞いた時は気が気ではなかった
今だってはらわたが煮え繰り返る思いだ
でも、今必要なのは、他者への怒りではなく
寄り添う心
夕張「わかりました、どんなに時間がかかっても、必ず呼び戻して見せます」
青葉ちゃんの心を
明石「……あのー…」
春雨「…どうかしましたか」
明石「そ、そろそろ、アケボノさんに紹介に行かないとまずいかなって…」
狭霧「まだ行ってなかったんですか?」
明石「まあ…ちょっと怖かったので…」
春雨「遅くなる方が怖いですよ、何したのかは知りませんが」
医務室を出て、廊下の隅に固まって提出する資料を書き直し、準備をして向かう
執務室
アケボノ「……何故今の時間に?もう夜中の21時ですよ」
明石「ええと…職場見学?」
アケボノ「……」
アケボノさんの刺すような視線にたじろぐ
アケボノ「それで、貴方達が」
夕霧「夕霧です」
朝霧「朝霧です」
アケボノ「よろしくお願いします……明石さん、この資料…もっと早く提出してくれませんか?転属の知らせを当日に出すとか聞いた事ないですよ」
明石「ごめんなさい…」
アケボノ「……転勤の願も昨日提出されてる?……にしては、遅い時間…あれ、あの」
明石「は、はい!?」
アケボノ「転属願の名前と違うんですが」
夕霧「え?」
朝霧「あ…そ、それ多分向こうが間違ってるんじゃないかなーって思います!一晩したら訂正来るかも!」
アケボノ「……まあ、構いませんが…ええと、それと、本当に提督には先に?」
明石「向こうで連絡してます!大丈夫です!」
アケボノ「では、到着の連絡は明日の朝します」
明石「提督にくれぐれもよろしくお伝えください!!」
アケボノ「……ところで、なんで転属願…夕張さんに…あの人は確か行方不明のはず」
夕霧(…ちゃんと見てるなぁ…適当な名前に改竄しとけばよかった…)
朝霧「…本当に大丈夫なの?夕ばr…ったあ!?」
朝霧の口に平手を打つ
アケボノ「…何してるんですか?というか今、夕張って…」
夕霧「い、いやー!その、ご挨拶するときに何もないと失礼だと思って!手土産に持ってくる予定だった夕張メロンが届かなかったけど大丈夫かなって!」
明石(滅茶苦茶すぎる…)
アケボノ「は、はあ…」
夕霧「と、届いたらすぐ持ってきますので!」
アケボノ「…そうですか、楽しみにしておきます」
アケボノ(提督はお喜びになるかもしれない…あと漣と潮…朧は瓜の匂いが如何とか言ってたし大丈夫…?)
明石「じゃあ!夜も遅いんで失礼しまー…」
執務室の電話が鳴る
アケボノ「はい……イムヤさん?どうしました…川内さんが?……何故、ええ、ですが呉でも……はあ…成る程……提督は?…それで良いと、わかりました、受け入れの準備はします、それと朧と私がそちらに…」
アケボノさんが受話器を置く
アケボノ「夕霧さん、医官の経験があるんでしたね、それとカウンセラーの資格もあると」
夕霧「は、はい?」
アケボノ「…1人、患者が増えます」