アズールレーン ~外伝~   作:GM

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前回の話と同じ舞台での、別のKAN-SENのお話です。
クリーブランドとボルチモアがバスケが好きとのことで、にわか知識と学生時代の記憶を頼りに書きました。
適当ですが許して下さい、何でもはしません。

・公式設定と独自設定が同棲中です。
・クリーブランドのことをケリーといってますが、ユニオン的な愛称であってケッコン的などうのこうのではないです。
・ヤマなしオチなしイミなしのヤオイ日常話です。ごめんなさい。

助けてタシュケント


VSバスケットボール~ボルチモア~

 それはもう、跳躍というよりも飛翔だった。

 

「これで、五本目ぇっ!!」

 

 ダンクシュート。

 バスケットの花形とも言えるその強烈な一撃を、ブラウンがかったブロンドの髪を持つ少女が決めた。

 歓声が沸き起こる。

 空気が振動していると錯覚するほどの大歓声の中で、ジェイムス・スコット少将25歳既婚はバスケウェアを引っ張って汗を拭う。

 体中の水分が全部汗になっているんじゃないかと思う。

 ちらりと盗み見れば、ロバート・キャラハン少将25歳重婚もその黒人らしいバカでかい全身から汗を吹き出していた。

「どうした指揮官! この調子なら十本中一本も取れないぞ!」

「調子に乗るなよ、ケリー! 人間をナメてると痛い目見るぞ!」

 白人少将が目を据わらせて言い返す。

 ケリーと呼ばれた少女は嬉しそうに笑い、

「やってみろ!」

 自信満々にそう言うと、全身汗だくとは思えない軽やかな足取りでセンターサークルまで戻った。

 部下にナメられては上司の立つ瀬はない。小走りにゴール下まで駆けてボールを拾う。

 荒れた呼吸を整えるのも諦めて、コートを見渡した。

 どうみて疲れきってるはずなのに満面の笑みのボブ、挑戦的な顔をしたケリー、

 

 不敵な笑みを浮かべる、ナチュラルブラウンのショートの少女。

 

 ボールを床に叩きつける。

 さっきからずっと、大の男二人があの少女に完封されていた。

 背も高いくせに深く腰を落とし、こちらのあらゆる動きに対応をしようと目を光らせている。だったらボールを奪いにくればいいものの、ハンデなのかフロントコートから動こうとしない。

 重巡洋艦〈ボルチモア〉。

 ボルチモア級のネームシップである彼女は、スポーツの天才でもあった。

 ケリーこと軽巡洋艦〈クリーブランド〉にオフェンスを任せ、彼女自身はディフェンスに集中している。

 見た目よりも敏捷性が高く、気がついたら隣にいてドリブルの隙をつかれてしまう。

 背が高く手足も長いのでシュートコースも塞がれやすく、当然ながらフィジカルも強いので少将達相手でも当たり負けしない。

 そしてボールを奪えば、こちらのバックコートにいるケリー目掛けてタッチダウン・パスを出しやがるのだ。

 ロングパスばかりを警戒すれば、自分でドリブルで切り込んでくる。

 どうすることもできない、凶悪な存在だ。コートにいること自体が反則である。

「指揮官、8秒ルールはそちらには適用外でよかったかな?」

「2on2でフルコート使うクソルール提案してきたのはそっちだろうが!」

 汗だくなのに余裕たっぷりなボルチモアに言い返し、白人少将は腰を落とす。

 KAN-SENと人間の体力差は、最低でも大人と子供くらいはある。例外はあるものの、ことスポーツが得意なKAN-SENともなればその差は顕著だ。

 だが、KAN-SEN指揮官として弱音は吐いていられない。

 こちらにも、見た目の割りに素早いアホが一匹いる。

「一本! 一本とりゃこっちの勝ちだ、小娘どもに思い知らせてやるぞ、ボブ!」

「oh,yeah!! 来いよジム! お前んとこのpretty girlに俺の華麗なドリブルを見せてやるぜ!」

 さっきから何度もボールを奪われている奴の言うことではない。

 試合が終わったら殴ろうと思いながら、白人少将はバッシュを鳴らして切り込んだ。

 

  ※                ※              ※

 

――事の発端は、スポーツ好きのKAN-SENの間でバスケ話が盛り上がったことだという。

 離島たるグアムでは、テレビ番組を直接見ることはほぼできない。海に中継地点を作ることが不可能だからだ。

 アプラ海軍基地でも見ることの出来る番組は限られており、テレビは基本的に録画されたビデオ等の再生に用いられていた。

 数日前の定期便で一部のKAN-SENが待ち望んだNBAの試合が入ったビデオが届けられ、一大鑑賞会が開かれた。

 そこで話が盛り上がり、クリーブランドがふと自分の指揮官がハイスクール時代にバスケ部だったことを思い出したのだ。

 

 ――指揮官とバスケがしたい!

 

 彼女がそう思うのは、自然の流れだった。

 同じ部隊のボルチモアを誘って、クリーブランドは躊躇なく昼食中の指揮官に突撃した。

「指揮官! バスケをしよう!」

「……は?」

 突き刺したフォークを口元に持っていった姿勢で、白人少将は固まる。

 正面に座っていたボブことロバート・キャラハン少将も、目を見開いて友人とクリーブランドを交互に見つめていた。

「バスケだ! 指揮官はハイスクール時代バスケやってたんだろ!?」

「……やってたけど。ヘレナに聞いたか」

 大いに肯く活発を絵に描いたような部下に、白人上司は小さく溜息をつく。

 情報源を特定したはいいが、罪には問えない。KAN-SEN指揮官の辛いところである。

「是非一度やってみたいんだ! ダメか!?」

「ダメじゃねぇが……つかボルチモアもやるのか?」

 同じく活発そうではあるが、クリーブランドとはタイプの違うショートの少女を見上げて尋ねる。

 ボルチモアは微笑を浮かべて頷いた。

「ケリーに誘われてな。指揮官とは個人的なレクリエーションをしたこともないし、少し楽しみなんだ」

「……お前がきてから、一年くらいだっけ?」

 首肯するボルチモアに、白人少将は困ったように顔を歪めた。

 めちゃくちゃ断り辛い。一応この後も仕事があるのだが、どうしたものか。

 そう悩んでいると、ボブが満面の笑みを浮かべて指揮官の肩を叩いた。

「ジム! これはもう受けるしかねぇぜ! 勝負を挑まれて逃げるのはユニオン軍人が廃るってもんだ!」

「そうだぞ!」

 勢い込んで賛同してくるクリーブランドはおそらく、何も考えていないだろう。

 余計なことを口にしたボブのスネをつま先で蹴り、白人少将は胸ポケットから通信機を取り出した。

「これからは突然言われても付き合わねぇからな。ちゃんと前もって言え」

「前もって、ってどのくらい?」

 首を捻るクリーブランドに、

「大体一ヶ月くらいだな」

「そんな先のことなんて分からないぞ!?」

 目を白黒させる部下に、最高に渋い顔をした。

「編成計画書も任務通達もそのくらいに出してるだろ! 緊急で変更があるときだって、基本的には一週間から二週間だ!」

「そうは言うが、指揮官だってヘレナの任務を良く変更してるだろ!?」

 痛いところを突かれ、白人少将がぐっと言葉に詰まる。

 逃げ場を求めるように視線を漂わせ、

「ボルチモア! お前もケリーに誘われてほいほいついてこないで、一言くらい言ってやれ!」

「私に振られても、指揮官の希望には沿えないと思うぞ」

 さらりとかわされ、胡乱げに見上げる。

「なんでだよ?」

 自らの指揮官の質問に、ボルチモアは嬉しそうに答えた。

 

「私も指揮官とバスケがしたいからな」

 

 完全に逃げ場を失った指揮官は、通信機のスイッチを押した。

 その後ろで、ボブとクリーブランドは最高に良い笑顔で拳を突き合わせていた。

 

 午後の仕事を全部任せる連絡をすると、ベルファストは喜んで、ヘレナは止むを得ないといった感じで承諾してくれた――

 

 ※                  ※               ※

 

 KAN-SENを要する海軍基地には、『学園』と呼ばれる施設が存在する。

 その名の通りハイスクールを基にした学校施設だ。人間の通う学校にあるようなものは一通り、それ以外のものも揃っている。

 所謂体育館――アリーナもあり、運動施設には事欠かない。

 ユニオンの気風を良く表しているとも言えるだろう。

 人間vsKAN-SENの2on2は、そのアリーナに熱気を巻き起こしていた。

「Hey! 指揮官もボルチモアもクリーブランドも少将も頑張ってー!」

 コート傍でチアガール衣装に身を包みボンボンを振っているのは、ボルチモア級の重巡洋艦〈ブレマートン〉だ。

 あらゆる部分のサイズが大きく、ザ・ユニオンガールといった容姿の彼女にチアリーダーはある意味似合いすぎている。

 2on2を見に来た観客の何割かの視線もブレマートンに釘付けになっていた。

 しかし、コート上の選手達にそんな余裕は欠片もない。

「しつこいぞ!」

 センターラインを超えたところでボルチモアにプレスされ、指揮官は一歩も進めなくなっていた。

 そもそも指揮官の方が背が高いので、しっかり腰を落とされるとどうしようもない。

「知らなかったかい? 私は粘り強いんだ」

 不敵な笑みを崩さない彼女に、指揮官の心には焦りが浮かんでいた。

 抜けない。とにかく抜けない。

 視線を走らせれば、同じくボブがクリーブランドにプレスされている。こんな状態のパスなんて、取ってくれと言っているようなものだ。

 万が一パスが通っても、その後シュートまで持っていける未来が見えない。

 多少強引にでも何とかするしかない。

 ドリブルの速度をゆっくり落とし、自分の股下を通して相手の目をひきつける。

 一定のリズムを刻んで同じ動作を繰り返し、

 

 一気に右に体を傾けた。

 

 すぐにボルチモアの体が反応して右に傾く。上体を引いて勢いを殺し、左にドリブルする。

 ハイスクールでも使った、指揮官の得意技だ。

 体にも慣性は働く。空いた左に全力で突っ込めば、普通はついてこれない。

 ボルチモアは普通ではなかった。

 重心移動を止め、慣性を殺して右手を伸ばしてくる。人間じゃない。KAN-SENだから当然か。

 反応できたのは、奇跡としか言いようがなかった。

 右手でボールに触れ、体を回転させると同時に手首を捻ってボールを引き込む。

 フロントコートへの視界が開け、プレスしているクリーブランドを確認する。このままいけば、ボブがスクリーンしてくれる。

 ロールターン。敵の前で体を回転させる、ハイスクール時代は苦手だったドリブル。

 抜いた、と確信した。ボールが二度床を叩いて音を響かせ、

 

「ダメ」

 

 後ろから伸びた手が、跳ねたボールを奪い取った。

 何が起きたのか指揮官には理解できない。

 ボールを奪い取ったボルチモアがそのままゴールに向かって走っていく。

 戻ろうとした足がもつれて、指揮官では追いつけなくなる。

 どうすることもできずシュート体勢に入った彼女を見つめ、

 

 ボブがその巨体に似合わぬ跳躍力でブロックした。

 

「ぬぅらぁっ!!」

 シュートを防がれ、ボルチモアは驚いて動き出しが遅れてしまう。

 弾かれたボールは、クリーブランドの手に渡った。

「いよぉっしっ!」

 実に楽しそうな表情で鋭いドリブルで突っ込む。

 なんとか追いついた指揮官がプレスをかける。身体能力と敏捷性にものを言わせるクリーブランドのドリブルは、一度止めてしまえば対策しようがある。

 とめられれば、の話ではあるが。

「勝負っ!」

 強く左右に振るフロントチェンジ。クリーブランドお得意のドリブル術だが、体の中心を見ていれば惑わされることはない。

 速度を落とさず突っ込んできて、

 

 体の後ろにボールを回してドリブルすると同時に、急停止した。

 

 バックビハインド・ドリブル。彼女の速度に対応しようとしていた指揮官は意表を突かれ、足が止まる。

「甘いねっ!」

 一気にトップスピードに移行したクリーブランドが指揮官の横を抜く。

 人間業じゃない。

 追いかけようとして、

「おっと」

 ボルチモアの体にぶつかって動きが止まる。

 スクリーン。そっちが使うのかよ、と胸の内で悪態をつく。

「ボブ!」

 ゴール下で待ち構える巨体の黒人に向かって、クリーブランドが突き進む。

「おぉうっ!」

 両手を広げ、正面から止める構えのボブ。

 クリーブランドは口元を歪め、邪魔にならないよう縛った長い髪を揺らして真っ向から挑んだ。

 フリースローラインを踏み越え、

 

 飛んだ。

 

 そうとしか言いようがない。

 およそ4m近くの距離を、クリーブランドは飛んだ。

 観客の誰もが見惚れる美しさで、ブラウンブロンドの少女は飛翔する。

 慌てて跳んだボブと接触し、ゴールまでのルートを塞がれ、

 

 空中でボールを持ち替え、ゴールに向かって放り投げた。

 

 リングのふちにあたり、ごろごろと回転する。

 祈るように見つめる二人の少将をあざ笑うように、ボールはネットへと吸い込まれた。

 

 耳をつんざく大歓声。

 

 二人の少女が見せたスーパープレイに、会場は沸き立っていた。

 振り上げた拳が二人の名を叫び、唱和していく。

 応えるように手を上げる二人に、観客の興奮は最高潮に達した。

「ya-ha-! 二人とも凄いじゃん!」

 赤髪ツインテールのチアガールがボンボンを振り回す。

 響く歓声を背に、クリーブランドが高らかに宣言する。

「六本目! あと四本中に一本、取れなきゃ何でも言うこと聞いてもらうぞ!」

 汗にまみれた額に張り付く前髪をかきあげ、ボルチモアも不敵に笑う。

「楽しみだな。さて、どんな願いにしようか?」

 汗に濡れた唇を指先でなぞる。見ようによっては艶かしいそれは、獲物を前にした肉食獣のようでもあった。

 少女二人に見下ろされ、荒い息をつく少将二人の心に火が点る。

 部下にナメられたままでは、指揮官の面目も立たない。

 ユニオン軍人に、敗北は許されないのだ。

「お前達の上司として、教えてやるよ」

 普段あまりそうは見えなくても、この白人少将だってユニオン軍人なのだ。

 負けず嫌いの気質は、しっかりと受け継いでいる。

「勝ち誇ったとき、そいつは既に負けているんだとな」

 見返す指揮官の視線を受け止め、二人の少女はそれはそれは楽しそうに笑った。

「ボブ、あれをやるぞ」

「oh! マジかよジム、嫌われてもしらねぇぞ!?」

 驚く同僚を横目に、指揮官は耳元まで裂けるような笑みを浮かべた。

「大人を怒らせると怖いって事を、こいつらに教えてやる」

 大仰に肩をすくめるボブを置いて、ゴール下のボールを拾う。

 

 試合は、新たな局面を迎えようとしていた。

 

 ※                ※               ※

 

 ハンデつきの2on2。

 既に六本を取られた少将チームは、大きく戦術を変えてきた。

「へい、パス!」

 ボブに足を止められたクリーブランドがボルチモアにボールを渡す。

 即座に反応し、

 

 少将チームは二人がかりでプレスをかけた。

 

「くっ」

 如何にボルチモアといえど、図体の大きい二人にプレスをかけられては動きが鈍る。

 クリーブランドは完全フリー。不満そうな顔をするブラウンブロンドの少女を放って、指揮官達はとにかくボルチモアに圧力をかけた。

 ドリブルをするのも少し怖い。8秒ルールも5秒ルールも、KAN-SENチームには適用されてしまう。

「ヘイ!」

 声が聞こえると同時にボルチモアは二人の間を縫ってパスを出す。

 近くにきていたクリーブランドの手に渡り、

「う、わっ!?」

 予想していたように反応した指揮官の手が同時にボールを掴んだ。

 思い切り力を込めてボールを弾く。

 こぼれたボールを、ボブより先にショートの少女が確保した。

 次の瞬間、再びダブルプレスをしかける。

 目線を動かし、ボルチモアは油断なく二人を見やる。

「これで動きを封じたつもり?」

 不敵に笑い、

「甘いよっ!」

 上体を引き、万が一にも弾かれないよう高くボールを放り投げた。

 放物線を描いたボールはゴールの近くへと落ちていくが、当然リングに入るコースではない。

 だが、ボルチモアは入ると確信していた。

 

「七、本、目ぇっ!!」

 

 空中でボールを掴み、クリーブランドが再びダンクを決めた。

 アリウープ。曲芸じみたプレイに、会場が再び盛り上がる。

 しかし、二人の少将は特段焦った様子も見せなかった。

 不気味に思うボルチモアを置いて、プレイは続行される。

 ハーフコートプレスをしていたはずのショートの少女は、ついにセンターラインを超えてプレスを始めた。

 指揮官の口元が歪む。

 二人の少将はパスを回し、時間をかけて攻め込んだ。

 一部の観客からブーイングが飛ぶが、何も気にしていない。

「随分ゆっくりだね?」

 ボルチモアに話しかけられ、指揮官が口角を上げる。

「あと三本だからな。慎重にもなる」

 話しながら、ノールックでパスを回す。

 反応ができなかった。張り付く前髪が邪魔に思えて、ナチュラルブラウンの少女は小さく首を振る。

「どうした?」

「別に」

 指揮官を見上げ、少女は油断なく腰を落とす。

 白人少将はパスを受け取り、

 

 急に切り込んできた。

 

 舌打ちをして、進路を塞ぐ。速度を緩めた指揮官が下がるのに釣られないよう踏み止まる。

 予想通り、もう一度勢いをつけて突っ込んできた。

 こちらを押そうとする腕をかわし、すれ違うようにしてボールを奪う。

 クリーブランドの姿が見当たらず、止むを得ずそのまま自分でゴールまで運んだ。

 さっきの黒人少将にふさがれたシュートが頭をよぎり、ダンクを決める。

 八本目。

 観客の声は、もう聞こえなくなっていた。

 息が荒い。汗が目に入って邪魔だ。あと二本で終わる。

 バックコートに戻ろうとして、指揮官の同僚が全力で走ってくるのが見えた。

「えっ?」

 それまでずっと、ゴール下のボールを拾うのは白人少将がやっていた。

 だから、ボブが駆け込んでくるのを見たボルチモアは、疲労とあわせて一瞬思考が停止した状態になった。

 考えるより先に、優秀すぎる彼女の体が反応する。

 だが、それは余りに遅かった。

「ジィィィィィィィィィムゥ!!!」

 タッチダウン・パス。

 最初の数本をとったときに使ったやり方。

 放り投げたボールは、案外近くにいたクリーブランドの頭上を飛び越えて指揮官の手に渡った。

「戻れぇぇぇぇぇぇっ!!」

 反射的に叫んだボルチモアよりも早くクリーブランドが反応する。

 軽巡洋艦の身体能力にモノを言わせた速度で戻り、フリースローラインでシュート体勢に入っていた指揮官の前にジャンプする。

 そのブロックを無視するように、白人少将は跳んだ。

 

 後ろに向かって。

 

 フェイダウェイ。エアウォークを超えるクリーブランドの跳躍力も、慣性には逆らえない。

 KAN-SENのブロックをかわし、指揮官の手からボールが放たれる。

 美しい放物線を描き、リングへと吸い込まれた。

 着地し、体を起こすと同時に指を一本天に掲げる。

 

 

「一本、返したぞ」

 

 

 しんと静まり返っていた会場が、地鳴りのようにどよめいた。

 賛美する者、卑怯だと騒ぐ者、意味不明の唸りを上げる者。

 それぞれに反応する中で、尻餅をついた格好のクリーブランドは、呆然とリングを見上げていた。

 センターライン上で佇むボルチモアも、同じく。

 言葉もなく、ただじっと。

「し・き・かーん! カッコいー!!」

 黄色い歓声をあげ、ブレマートンがスカートをまくりあげて足を振り上げる。

 その声に苦笑いして軽く手を振り、指揮官は近寄ってきた同僚に向き直る。

「ジム!!」

 破裂するような音を立ててタッチをかわし、

 拳を打ち合い、

 頭をぶつけてスクラムを組む。

 顔中の筋肉を使って笑い、腹から声を上げた。

 

 

「っしゃおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 鼓膜も破けよとばかりの叫びが、アリーナに響き渡った。

 

 ※                  ※                ※

 

 熱気の去ったアリーナで、ボブを除く三人は掃除をしていた。

 実は、指揮官達が勝利したときの規定を何も考えていなかったのだ。なので、急遽アリーナの掃除ということにした。

 ボブは自分の部隊があるからと、とっくの昔に帰った。三人は試合が終わった後も他の軍人やらKAN-SENやらとスポーツに励み、最後に片づけをしている。

 外はもう夕暮れだ。

 アリーナにも橙色の光が差し込み、熱戦を繰り広げたゴールコートを染めあげている。

 明日は筋肉痛かもしれんな、と指揮官は思う。

 運動不足のつもりはないが、流石にやりすぎた。人間がKAN-SENとやりあおうとするものじゃない。

 ふと見れば、モップで床を磨くボルチモアの顔も橙色に染まっている。

 こうしてみると、やはり美人だ。どこか中性的で、女性からの人気が高いのも頷ける。

 微妙に胸が痛む。

 先程の試合のこと、気にしていないだろうか。ゲーム内とはいえ、狙い撃ちにするような真似をしてしまった。

 勝負事に容赦も情けも無用、とはいうが。やや紳士的でなかったことは認めざるを得ない。

 一年経ってようやくマトモに触れ合った結果があれでは、嫌われても文句は言えないだろう。

 モップをかけるその横顔も、どこか不機嫌そうにも見える。どうフォローしたものかと考えていると、

「あーっ!!」

 同じく掃除をしていたブラウンブロンドの少女が声を上げた。

「なんだ、どうした」

「時間! やばい、指揮官今何時だ!?」

 白人少将は面倒くさそうに時計を取り出し、

「17時42分」

「あぁ~! あと18分しかない!! 指揮官ごめん、私用事があるんだ!」

 頭を抱えて、クリーブランドがすがりついてきた。

 指揮官は微妙な顔をして、瞳を潤ませる海上騎士の部下を見下ろす。

「用事ってなんだよ?」

「航空概論の授業! 私、点数悪かったから補習になったんだ」

 あまりに目の前の少女とかけ離れたことを言われ、思わず声に出てしまう。

「こうくうがいろん~? なんで軽巡のお前がそんなんやるんだよ」

「妹がいるからな。姉として少しくらいは学んでおかないと、相談にも乗れないだろ?」

 言われて気づく。

 そういえばクリーブランド級には軽空母もいたはずだ。

 真剣な目をする長女に、指揮官が頭を掻く。

「あー、まぁ、そういうことなら……」

 ちらりとボルチモアに視線を送る。

 視線に気づいたナチュラルブラウンの少女が、クリーブランドに笑いかけた。

「行って来い。こちらは気にするな」

「ごめん、ありがとう! 今度何か埋め合わせするよ!」

 ブラウンブロンドの少女は拝むように頭を下げ、手を振ってアリーナから出て行く。

 その後姿を見送って、指揮官は声をかけた。

「良かったのか?」

 少女は橙色に染まった顔で頷く。

「もう掃除も終わる。それに、妹の為に頑張る姉なんて応援したくなるじゃないか」

 そう微笑むボルチモアの横顔は、普段と違ってどこか儚くも見えた。

 少なくともそういう表情を、指揮官は今まで知らなかった。

「お前ってさ、」

「なんだ?」

 モップを動かす少女を見ながら、

「結構可愛い声してるよな」

 

 こけた。

 

「おっ、おい、大丈夫か!?」

「あ、あぁ……ったぁ」

 見事にすっころんで尻餅をつく少女に駆け寄る。

 腰をさすりながら立ち上がり、ボルチモアはジト目で指揮官を見やる。

「どこかの誰かさんのおかげで、足に少し力が入らなくてね」

「……悪かったと思ってるよ」

 本当に申し訳なさそうな顔をする指揮官に、ショートの少女が慌てて手を振った。

「い、いや、気にしないで。そういうつもりで言ったんじゃないんだ」

「そうなのか?」

 不思議そうに首をかしげる指揮官に頷き返し、

「それより、さっきの言動の方を気にして欲しいな」

「あぁ? ……あー、まぁ、あんまり褒められたもんじゃねぇか」

 眉をひそめる彼を横目に、多分分かってないんじゃないかと少女は思った。

「そういう台詞を言えるようになったのは、ヘレナのおかげかな?」

 釘を差すように言うと、指揮官は困ったような申し訳なさそうな顔をする。

「まぁ、そういうところもある。けど、一番は今日こうして一緒にいたからだな」

「……どういう意味か聞いても?」

 やっぱり分かってなかった、と確信すると同時に、ふと気になって聞いてみた。

 どういう勘違いをしているのか、それなりに興味がある。

「一年も同じ部隊で上司と部下やってんのに、知らないことって結構あるんだよな。正直、KAN-SEN指揮官としちゃ問題だろうが、最近ようやくそういうのに気づけるようになった」

 思ってもみない答えに、ボルチモアの思考が止まる。

 指揮官は難しい顔をして、モップに手をかけた。

「お前はもっと格好良い類の声してると思ってたからな。何度も聞いてるはずなのに、思い込みって怖いもんだ」

 苦笑する彼に、ナチュラルブラウンの少女は腰に手を当てる。

「そう思うなら、もっと知ってほしいね。試合のことより、そっちの方が傷ついたよ」

「だから悪かったって」

 肩を落とす白人少将を見つめ、少女はモップを弄ぶ。

「本当に悪いと思ってるなら、一つお願いを聞いてくれるかな?」

「……なんだよ?」

 ボルチモアは悪戯そうに笑い、

「基地前にね、アイスの屋台が来てるんだ。ブレマートンから聞いたんだけど、とっても美味しいんだって」

 口元に指先を当て、舌で唇をなめる。

「いい事を聞いた。お礼に奢ろうか」

 諦めたように溜息をつく指揮官。

 その様子を眺めながら、スポーツ少女は嬉しそうに微笑んだ。

「指揮官のそういうところ、私は良いと思うよ」

「お褒めに預かり光栄だ」

 投げやりに言い捨てて、彼は掃除を再開する。

 その背中を見つめている自分に気づき、ボルチモアは邪念を払うように掃除に没頭した。

 

 ※              ※             ※

 

 掃除を終わらせ、アリーナの鍵を閉めて二人でグラウンドに出る。

「じゃ行くか」

「うん」

 鍵を弄ぶ指揮官に頷いて、夕焼けの中を二人で歩く。

 学園の校舎は燃えるような色に彩られ、日陰はもう随分と暗い。

 グラウンドではどこかの部活が片づけを始めていて、軍人とKAN-SENが笑いあっていた。

 砂にまみれたホームベースも、泥だらけのアメフトボールも、底の擦り切れたバッシュも、網の細くなったラケットも、明日まではそれぞれの部室で眠りについている。

 

 立ち並ぶナイター照明、

 遥か高いバックネット、

 誰もいない校舎の屋上、

 音のしない体育館、

 全部を背後に通り過ぎて、隣を歩く足音がやけにはっきり聞こえる。

 

 ブラスバンド部の演奏、

 誰かを呼ぶ声、

 補習のチャイム、

 館内放送のノイズ、

 色んな音が混ざり合って、夕暮れの中に溶け込んでいく。

 

 歩幅は違うのに、二人の距離は離れない。

 ナチュラルブラウンの髪が歩くたびに揺れ、薄っすらと滲む汗に前髪が張り付く。

 鬱陶しくて弄っていると、ハンカチを差し出された。

「使えよ」

「……ありがとう」

 受け取って、じっと見つめる。デフォルメされたクマが描かれていた。

 そっと額を拭う。誰かに撫でられているような感じがした。

 自分の姿を見下ろす。

 大きく緩めたネクタイに、白いシャツ。白で縁取られた短めの黒いスカートにソックスとローファー。それとバスケウェアなどをつめたバッグ。

 いつもの戦闘服ではない。完全な私服だ。

 こうして隣に並べば、本当に学校帰りみたいに見えるだろうか。

 一緒にハイスクールに通ったり、とか。部活をして、帰り道に買い食いをして。

 そういう世界も、あったのだろうか。

 彼を、指揮官ではなく、先輩と呼んだりする世界も。

「なぁ、ボルチモア」

「なんですか先ぱ、」

 

 光より早く両手で口を塞いだ。

 

「……何やってんだ?」

「な、なんでも! なんでもないぞ!」

 両手で塞いだまま返事をする。

 今、一体自分が何を言おうとしたのか。今すぐにでも忘れたくて、顔が熱くなる。

 穴があったら埋まりたい。

「そのアイス屋ってのは、海軍側の正面ゲートでいいんだよな?」

「あ、あぁ、そう聞いている」

 手を離さず頷くボルチモアに怪訝な顔をしながらも、指揮官はそれ以上追及することをしなかった。

 大体こういう良く分からないものは深追いしないのが吉だ。

 学園を抜けて、近くの駐輪場に向かう。

 真っ黒なカラーリングのオフロードバイクを引き出し、部下の少女にヘルメットを投げ渡す。

「正面ゲートまで歩いていくのは何だろ。乗れ」

「あぁ、うん……助かる」

 微妙に複雑な顔で受け取り、ボルチモアは彼の後ろに跨った。

「しっかり捕まってろ」

「海の上よりは安全さ」

 軽口を返して、遠慮がちに腰に手を回す。

「落ちたいのか?」

「……分かったよ!」

 半ばやけくそに思い切り抱きついた。

 指揮官は動揺の一つもせずに、エンジンをふかしてアクセルを回す。

 アイスの一つや二つじゃ割りに合わないな、と思いながらボルチモアは彼の背中に身を委ねた。

 

 ※                  ※               ※

 

 二人を乗せたバイクが正面ゲート前に着いたとき、そこには既にブレマートンがいた。

「あ、やっぱり来た! やっほ!」

「ブレマートン? 何してるんだ?」

 ヘルメットを脱いで髪を整えるボルチモアに、赤髪の少女は嬉しそうに胸を張る。

「ふっふっふ、二人が来るんじゃないかと思って待ってたの」

「試合の後からずっとか?」

 ショートの少女の質問に、ツインテールを揺らして首を振った。

「まさか! 艦船通信でちょこちょこっと情報を集めてね」

 ウィンクして手の中の通信機を見せてくる。

 艦船通信は、ブレマートンがやっている所謂お悩み相談室だ。何かと交流が多い彼女がその気になれば、部隊内の動きは筒抜けだろう。

「そりゃいいが、まさかお前までアイスをたかるつもりじゃねぇだろうな?」

 バイクを停めた指揮官が嫌そうな顔をすると、ブレマートンは唇を尖らせた。

「えー? アタシもチア頑張ったじゃない?」

「ポンダンスをまともに踊れるようになったら認めてやるよ」

「ひっどーい! いっぱいサービスしたのにな~」

 頬を膨らませて怒るツインテールの少女を尻目に、指揮官はアイスの屋台を探す。

 すぐに見つかった。というか、KAN-SENが群がっている。

 何人か同僚までいた。

「……なんだあれ」

「凄いでしょ? 皆に教えてあげたら、人気になっちゃって」

 どこか誇らしそうに言うプレマートンに、指揮官は半眼を向ける。

 アイスの屋台を指差し、

「お前、アレの中を買いに行けと?」

「だ・か・ら・アタシがいるの」

 指揮官の腕を掴み、相談屋の少女はKAN-SEN達の群れの中に突撃する。

「みんな、ちょっとごめんね~」

「おっ、おいっ」

 顔見知りらしいKAN-SENたちと挨拶を交わしながら、屋台の正面まで進む。

 何故か全員素直に道を譲ってくれた。

 移動式のワゴンの後部が屋台になっていて、色とりどりのアイスが並んでいる。

「ん~っと、ねぇどれにしよ?」

「俺に聞くな」

 気がついたら腕を組まれ、胸で固定された形になっている指揮官には最早何を言う気力もない。

 できることは、なるべく気にしないようにして早く金を払うことくらいだ。

「え~じゃあね、トリプルで、これとこれと~」

 手際よく選んでいくブレマートンを横目に、指揮官は考える。

 一応、これでもこいつなりに気を遣っているのだろう。おそらく、ボルチモアがちゃんとアイスにありつけるように待っていたのだ。

 教えた当人である自分なら、多少強引な頼みもできるから。

 もしかしたら、事前に頼んであったのかもしれないが。

 どちらにしろ、親友の為なのだろう。

 そう思えば、三人分のアイス代は安いものだと思えた。

「うん、よし。じゃあ今のトリプル二つとダブル二つとシングル一つの五つね!」

「幾つ食うんだよ!?」

 思わず突っ込んでしまった。

「アタシとボルチモアでトリプルとダブルを一つずつ、でシングルは指揮官用だけど」

「……あー、はい、じゃあそれで」

「あいよ!」

 二人でアイスを五本持って、ボルチモアのところへ戻る。

 置いていかれたショートの少女は、若干不機嫌そうにしていた。

「いきなり置いていかないで欲しいな」

「ごめんね~、これで許して?」

 ブレマートンが謝りながらアイスを渡すと、スポーツ少女の顔が少しだけ蕩ける。

「まったく、仕方ない。指揮官が流されやすいのはいつものことだしな」

「……いつもか?」

 思わず尋ねると、二人の少女から躊躇なく頷かれた。

 そんなに言われるほどだっけ、とわが身を思い返しながらアイスを舐める。

 その様子を小さく笑って、ボルチモアもアイスを口に運ぶ。

「ん! これは美味いな!」

「でしょ? アタシのオススメ!」

 タイプの違う二人の美少女は顔を見合わせて笑いあう。

 日は随分と沈んで、空は暗くなりつつあった。

 たとえ夜になろうが、アイスが美味しいのが常夏の島のいいところである。

「しかし、二つはちょっと多くないか……?」

「そう? 食べれなさそう?」

 アイスを両手に持って呟くショートの少女に、ツインテールの少女が心配げに尋ねる。

「いや、いける」

「指揮官の奢りだから美味しさも倍だもんね♪」

 人のお金で食う飯は美味いというが、KAN-SENにもその法則は当てはまるようだ。

 このやろう、という言葉を胸の内にとどめ、指揮官はじっとりとブレマートンを見つめる。

「なに? んっふっふ、ちょっとだけなら分けてあげよっか?」

 アイスを舐めた舌を見せ付けて、ダブルの方を傾けてみせる。

 その様子を見下ろして、

「そんだけ食ったら、胸と尻以外にも肉がつきそうだな」

 言ってはならないことを口にした。

 ツインテールの少女の顔が真っ赤に染まる。

「KAN-SENは太ったりしませんー!! もぅ、指揮官のえっち!」

「え、それえっちなの?」

 素で首をかしげる指揮官に、ボルチモアが追撃をかける。

「指揮官、もう少し心に余裕を持たせた方がいい」

「余裕奪ってんのお前らだからな?」

 反撃の言葉など聞こえなかったように、二人の少女は指揮官を無視してアイスを舐める。

 何のイジメだよ、と思いながら白人少将は空を仰いだ。

 

 常夏の島の空には、一等星達が元気良く瞬いていた。

 

 

 翌日、何故だかメデューサのように髪を揺らめかせたヘレナからこってりと絞られ、指揮官は司令室に軟禁された。

 都合の悪い部分だけを彼女に吹き込んだ人物の正体は、未だに分かっていない。

 

                                   続く?

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