アズールレーン ~外伝~   作:GM

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今度は指揮官ではなく、ブレマートンと一般軍人との恋愛話です。誰もいないブルーオーシャンを泳いでいる気分です。作中のグアムの海のよう。なんてこった。

ところで、凄い発見をしたんです。指揮官の正体についてなんですが、『指揮官グドン説』を提唱します。

根拠1.アズレンのKAN-SENにはツインテールが多い=指揮官はツインテールを日頃から食べて(意味深)いる→グドンはツインテールを常食としている
根拠2.指揮官はエルドレッジの電撃を耐え抜き、駆逐艦にぶつかられても無事→グドンは爆弾も通用しないほど頑丈
根拠3.指揮官はどうやら前線に出ている。挙句戦っている可能性もある→グドンは強い
根拠4.指揮官はKAN-SENと一緒に海に出ている描写がある→グドンは日本近海に生息していたので泳げる
根拠5.指揮官は書類仕事をサボっているような描写が多い→グドンは両腕がムチなので書類仕事が苦手
根拠6~10は省略し、決定的なアナグラムに行きたいと思う。
アズールレーン                    -ル ーン
レッドアクシズ これらは反目しあっていることから、 ッド クシ  となる。
ッは発音しない語であり、半音を意味する為濁点又は半濁点と置き換えられる。また、ーは二つ存在する為対消滅する。残った語を一定の規則に則って並べ替えると、
グドン ルシ となる。
『ファルシのルシはコクーンでパージ』というルーン文字で書かれた古文書に従い、ルシをパージする。
グドン となる。
即ち、アズールレーンとレッドアクシズは指揮官の正体をめぐって争っていたのであり、アズレンでツインテールが多いのは指揮官がグドンだからである。Q.E.D.証明終了


ブレマートンの恋愛事情 ~指揮官以外の人間はアリですか?~

「好きです! 付き合って下さい!」

 

 学園の校舎裏、ヤシの木が並ぶ前で。

 重巡洋艦〈ブレマートン〉は、実に〈重桜〉的な告白をされた。

 衝撃から立ち直れないままに、目の前で腰から90度に折れた青年を見下ろす。

 同じアプラ海軍基地の第七艦隊第12艦艇部隊所属、(たつみ)・イングラム軍曹22歳独身。いわゆる普通の軍人さんだ。

 接点、は殆どなかったと思う。

 いや確か、何度か護衛した時の艦に乗っていたような。話した事もそういえばある。

 年が若いから気軽に話せたし、艦船通信でも名前がでた気がする。珍しく人間の相談相手だったはず。

 なんとか思い出せはしたが、そのくらい記憶にない相手だ。

 そんな突然言われても、ブレマートンだって困るのだ。

「えーっと……いきなり言われても、困るな~って……」

「いきなりじゃなければいいんでしょうか?」

 〈重桜〉人らしい年齢に比してやや幼い顔立ちで真剣に見つめてくる。

 黒髪黒目の桜系〈ユニオン〉人は、一切諦めるつもりがなさそうだ。

 やや浅黒い肌とあわせて、少年を相手にしているような気分になってくる。はっきり断るのもやり辛く、ブレマートンは苦笑する。

「どうするつもり?」

 巽・イングラム軍曹は、背筋を伸ばして堂々と宣言した。

 

「一週間後、同じ時間に、ここで。もう一度告白します。お返事は、その時に」

 

 一歩だって引くつもりがない積極性だけは、ユニオン人らしかった。

 呆気に取られるブレマートンに頭を下げ、言うだけは言ったと軍曹は去っていく。

 その背中を見送りながら、赤髪の少女はそのツインテールを揺らして肩を落とした。

 強引なんてもんじゃない。

 ある意味、こちらの気持ちなんてお構いナシだ。

 思わずもれた溜息に、だったらはっきり断ればよかったのに、と頭の片隅で声がする。

 それは本当にその通りだ。

 でも、何だか少しそれはやり辛かった。

 それは多分、親友のことが気に掛かっているせいだと思う。

 それどころか多分、自分自身も。

 誰かを好きな気持ちを袖にするような真似は、なるべくしたくなかった。

 

 既に相手がいる人を好きになるのは、やっぱり止めた方がいいのだろうか。

 

 相談としては、何度も受けてきたものだ。

 だが実際、自分が当事者になると悩みが乗算的に増えていく。これは、親友も巻き込まれているせいか。

 

 少年のような青年の告白は、ブレマートンの悩みを更に加速させた――

 

 ※                ※             ※

 

――重巡洋艦〈ブレマートン〉が第64任務部隊に配属されたのは、およそ一年前。

 同型である〈ボルチモア〉と共に、生まれてすぐのことだった。

 ヒナが初めに見た存在を親鳥と思い込む、なんてものじゃなかろうが。近いものはKAN-SENにもあるんじゃないかと彼女は思っている。

 初めて出会った指揮官は、なかなか悪くない人物のように思えた。

 口調は雑だが真面目で、意外と優しい。責任感も正義感もある方で、少し規律にうるさい。背はボルチモアより少し高くて、軍人らしい体つきをしている。

 ペンタゴンに勤める大将の息子だというのは、後で知った。

 

 そして、その時から既に隣には〈ヘレナ〉がいた。

 

 業務の大半は〈ベルファスト〉がやっていたようだが、その後について学ぶ形で秘書を務めていた。

 そういうものか、と思わなくもなかった。

 特に不都合があったわけでもないし、指揮官とのコミュニケーションに問題があったわけでもない。KAN-SENとしては居心地が良かったと思う。

 艦船通信を始めたのは、ボルチモアがクラブの助っ人に忙しくなってからだ。

 親友と違ってスポーツが余り得意ではない彼女は、何か出来ることを探して基地内SNSに手を出した。

 これが、大当たりした。

 KAN-SEN達は普段言えない悩みや同じ部隊の仲間にはできない相談を、艦船通信という秘密の空間で打ち明けるようになった。

 任務や作戦の愚痴が1割、政治の話が1割、勉強やクラブ活動やファッションについてが3割で、残り5割は人間関係、特に恋の悩みが多かった。

 他人の相談に乗っていれば、時間はあっという間に過ぎ去っていく。

 それが楽しくて、彼女は艦船通信に夢中になった。

 しかし、勉強やクラブはともかく、恋の相談には少し困った。助言をしようにも経験がない。それでも話を聞くくらいは出来る、と悩みを聞いていた。

 分かったのは、殆どのKAN-SENが指揮官に恋愛感情を抱いている、ということだった。

 それぞれの部隊で、それぞれの指揮官に。

 彼から指輪をもらうにはどうすればいいか、なんて相談を何度聞いたか分からない。

 他の子達が彼とデートするせいで自分と過ごす時間が短い、なんて悩みもあった。

 特に不思議にも思わなかったが、艦船通信が広まって人間の相談者も現れるようになって、初めてそれが人間的にはおかしいのだと知った。

 複数人と恋愛をするのは、浮気とか二股とか、そういう不義理なことらしい。それで言ったら、大半の指揮官は二股どころではない。

 ブレマートンの感想としては、へーそうなんだ、くらいだった。

 人間とKAN-SENの違いを意識したのは、その時が初めてだった気がする。

 少しだけ気になって調べたら、答えはすぐに手に入った。

 

 KAN-SENは、自らの指揮官に好意を持つようにできている。

 

 どうしようもない習性として、そういうものだと知った。

 独占欲とか束縛する気持ちとか、そういうのがないわけではない。ないが、人間がお腹が減って何かを食べるのを咎めないように、眠くなるのを止められないように、KAN-SENの想いも防ぎようがない。

 それが分かるから、基本的にKAN-SENは浮気も不倫も二股も受け入れる。

 

 ――アタシ達は、そういうふうにできている。

 

 思い当たる節はあった。

 指揮官とは、個人的に遊んだことは一度もない。ないのに、ディナーに一緒になったりとか、任務の報告とか、演習で褒められたりとか。

 たったそれだけで、段々と気になり始めている。

 自販機前で偶然会ってダベったり、私服を買う許可をもらったり、アイスを奢ってもらったり。

 たったそれだけで、嬉しくなっている自分がいる。

 指揮官にはヘレナがいるのに、お構いナシに鼓動は速くなっていく。

 マズい、と思わないでもないのだ。

 あの二人はまるで人間同士みたいに繋がっている。指揮官は真面目だし、当たり前だけど人間の価値観をしている。

 KAN-SEN指揮官としては、余り良いタイプじゃない。

 人間としてはダメでも、あちこち手を出して全部真剣です! なんて答える人の方が指揮官には向いていると思う。

 大体そういう人が選ばれているのは、艦船通信を通じて理解した。

 だから、KAN-SEN指揮官とそれ以外は軍でも分けられているのだ。

 溜息も出ない。

 更にマズいのは、親友たるボルチモアがこの前のバスケの一件のせいで指揮官に対して本気になりそうなことだ。

 他にも知っているだけで数人、ヘレナの存在がストッパーとなっているKAN-SENが同じ部隊にいる。

 指揮官の性格も考えると、自分がその仲間入りをするのは猛烈にマズい。

 何せ、彼は実に流されやすい。

 上手くヘレナと離して迫れば、簡単に追い詰められるだろう。

 あとはセントルイスに話を通して、ボルチモアをたきつけてヘレナを説得させれば、多分なんとかなる。何だったらエンタープライズに頼んでもいい。

 出来る、と思う。

 彼を落とせる。

 皆で彼を好きになって、指輪をもらって、愛を誓い合える。

 

 でも、それが良いことかどうかは分からない。

 

 ある意味本能のままの行動だ。それに、KAN-SEN的には良くても人間的にはどうかと思う。

 この気持ちは、パブロフの犬と同じだ。

 それでいいのか、と思う気持ちがないわけでもない。

 愛や恋が何なのか、誰かの相談に何度乗っても分からない。

 

 だから、告白なんてされても困るのだ。

 

 人間とKAN-SENは違う。たった一人に向けた愛情を断るだけの根拠を、ブレマートンは見つけることができなかった。

 フってしまえば、彼はとんでもなく傷つく。それが分かる。

 なるべく傷つかないような断り方じゃ、きっと彼は諦めない。手ひどく、それこそ望みなんか一切ありませんというくらいでなければ。

 できるわけがなかった。

 想像するだけで胸が痛い。それができたらオスカー賞を取れる気がする。

 指揮官を好きだ、といえば諦めてくれるだろうか。それを言ったら終わりな気もするし、ブーメランとなって親友に突き刺さる気がする。

 どうにもならない。

 オスカー賞を取りにいくしかない。

 一週間の猶予の内にその覚悟を決めるしかない。

 ブレマートンの戦いは、こうして始まった。

 

 敵が誰なのかは、考えないようにした――

 

 ※               ※                ※

 

 告白された翌日。

 アラームが鳴る通信機を止め、ブレマートンはむくりと体を起こす。AM7:00。

 大きく伸びをして息を吐き、下着姿のままでベッドから出る。

「おはよう」

 既に起きていたボルチモアが500mlのパックミルクを片手にバスタオルで髪を拭いていた。

 ブラにショーツに胸元までしかないキャミソール。油断しきった下着姿の彼女は、今のところブレマートンしか知らない。

 二人は同室で、二段ベッドの上がボルチモアで下がブレマートンだ。

 体重は関係ないと、赤髪でロングのサイズ大きめ少女は思っている。

「おはよ~」

 軽く手を振って、クローゼットからバスタオルと着替えを取り出す。洗濯物がそういえばたまっていた。学園から帰ったら掃除とあわせてやってしまおうか。

 ストローでミルクを啜る音が聞こえる。

「今朝はどうする?」

「食堂行く? 冷蔵庫にドーナツあるからそれでもいいと思うけど」

 髪留めをバッグの置いてある机の上に放り投げて、ブラとパンツを脱いでカゴに入れる。人の目がないからとやりたい放題だ。

 朝に全裸でも寒さを感じないのは、常夏の島のいいところである。

「メープルある?」

 分かりやすく目を輝かせてボルチモアが尋ねる。

 外では格好良い彼女のこんな姿を知っているのは自分だけだと思うと、ブレマートンは笑みがこぼれるのを止められない。

 逆もしかりで、裸でバスルームに向かう少しズボラな彼女を知っているのもボルチモアだけだ。

「あるよ~、エクレアもね」

 ウィンクしてみせると、快活なショートのスポーツ少女は子供みたいに笑った。

「パック買ってこようか?」

 ボルチモアの言うパックとは、350mlパックのりんごジュースのことだ。艦船通信の管理人で相談屋の少女が愛飲しているものでもある。

「いいよ、あるもん。それより今日の点呼当番誰だっけ?」

「ノースカロライナだな」

 一気にブレマートンの顔から血の気が引いて、慌ててバスルームに駆け込む。

 マーシャルアーツの達人でユニオンらしい金髪美女は、遅刻を余り好まない。彼女の『お仕置き』は、血の気の多い〈ワシントン〉すら大人しくさせるほどだ。

 点呼時間はAM:8:15。残り1時間と7分である。

「それを早く言ってよ!」

 肩をすくめるボルチモアを見ている暇は、なかった。

 

 

 シャワーを浴びて、ドーナツを食べながら髪を乾かして、バッグを肩にかけて部屋を出る。夜勤帰りのKAN-SEN達に挨拶して、寮舎の廊下を軽く走りながら一緒に学園に行く同僚達と合流する。

 AM7:35。寮舎前のスクールバスに飛び乗れば、雑な案内と共にドアが閉じた。

「セーフ!」

「これでギリギリは免れたな」

 悪戯そうに笑う親友を見やり、ツインテールの少女は頬を膨らませる。

 朝が苦手なわけではないが、できるだけゆっくり眠りたいのが人情というものだ。

「あーもう、アタシも免許とろうかな」

「そういえば、暫く前にケリーが取ったって言ってたよ」

 ケリーとは、軽巡洋艦〈クリーブランド〉の愛称である。名前が長い割りに良く呼ぶから、という理由で指揮官につけられた。

 第64任務部隊の〈クリーブランド〉を示す固有名ということで、便利に使われている。

「ほんと?」

「あぁ、スクーターを買ったらしい」

「あ、いいな~それ。アタシも乗れそう」

 ブレマートンはボルチモアほど運動が得意ではない。どちらかといえば苦手な方だ。

 だから、つり革に捕まっていてもスクールバスの荒々しい運転に足を取られることがある。公道ではないからと速度も出し放題だ。

 おかげで、10分程度で学園につけるのだが。

「っと、ごめん」

「いいさ。でも、その調子だと免許を取ったら少し心配だな」

 笑う親友をじろりと睨む。

「自分で運転するのは別でしょ」

「そうかも。私も免許持ってないから分からないや」

 ボルチモアは苦笑してつり革に寄りかかった。

 KAN-SENの免許取得は、専用の教習所で行われる。このアプラ海軍基地にも併設されているので、申請さえすれば取れる。

 何隻かのKAN-SENが取得しているが、ないならないで利点はあるのだ。

 例えば、意中の相手の後ろに乗れる、とか。

「ところでさ、」

 親友がこちらを見ずに言う。

「何かあった?」

 どきりとした。

 乾ききっていないツインテールの髪が揺れる。

「何かって?」

「いや、なんとなく」

 このスポーツ少女の親友は、たまにこうして勘の鋭い時がある。

 それが嬉しい時もあるが、今はあんまり歓迎できなかった。

 相談しようにも、それで話が彼女の方にまで及んだらタダじゃすまない。同じ部隊の仲間には話し辛い内容だ。

 皆こういう時に艦船通信を利用しているんだな、とブレマートンは感覚として理解した。

 今朝のドーナツは、昨日のやけ食いの残りだ。

「何それ。それより、今日の講義って何とってるの?」

「んー、レンジャー先生んとこと、丁字隊形ドクトリンと、あとなんだったかな」

「しっかりしなよ、人体構造とってるんじゃなかったっけ?」

「あぁ、今日だっけな。確認しよう」

 バッグから予定表を取り出すボルチモアを横目に、ほっと胸を撫で下ろす。

 窓に目を向ければ、訓練中の一団が見えた。

 先頭を走っている、日焼けしてやや浅黒い肌になった桜系ユニオン人の姿が目に入る。

 周囲に比べてやけに張り切っている童顔の軍曹は、変に目立っていた。

 慌てて目を逸らしている間に、ハイスピードバスは学園前に着く。

 バスを降りて、駐車場や駐輪場から来たKAN-SENや職員と合流して校舎に入る。

 学園はハイスクールと同じく単位制だが、指揮官から受ける授業を指定されることもある。それもあって、一応部隊ごとにクラス分けがされていた。

 重巡洋艦二隻は第64任務部隊に割り当てられた教室に入り、同僚達に挨拶して適当に席に座る。〈重桜〉などと違い、決められた席などはない。

 教室の構造は〈重桜〉などとそこまで大きな差異はない。立ち並ぶ机と椅子、正面に教卓と黒板。連絡事項やらを貼り付ける掲示板に、プロジェクターとスクリーン。時計とスピーカーは、時と場合で天使にも悪魔にも変わる。

 毎朝の点呼を取るのは、当番の仕事だ。当番は巡洋戦艦・戦艦・空母・軽空母・砲艦・工作艦――つまり、主力として旗艦を務める可能性のある艦に任される。

 名簿からその日に学園に来ることになっている艦を確認し、点呼時にいない場合指揮官に報告する義務を負う。

 旗艦としての適正を見られる、それなりに緊張する役割だ。

「二人とも、今日は早かったわね!」

 実に快活にそう話しかけてきたのは、軽空母〈ボーグ〉。長いブロンドをリボンで一本に纏め上げている、根っからの野球少女だ。

 スポーツ少女ということは、即ちボルチモアの友人ということでもある。

「ブレマートンが走ったからね」

「あら、足腰を鍛えるのは大事ね!」

 MLBグッズのシャツとミニスカに身を包んだ少女は感心したように肯いた。

 野球のことしか頭にない同僚に、赤髪の少女が唇を尖らせる。

「別にそんなつもりじゃないって」

「そう? ブレマートンもたまには運動しなさいよ、一緒に野球やらない!?」

 目をキラキラさせながら身を乗り出され、ツインテールを揺らして苦笑する。

「いいって、ボーグに付き合ってたら倒れちゃうよ」

「そんなことないわ! あなたも明日のエースになれる!」

 手を掴まれて真っ直ぐな瞳で見つめられても、ブレマートンだって困るのだ。

 隣の親友は微笑んだまま、なんとかしてくれる様子はない。どうしたものかと思案していると、

「ボーグ、無茶言っちゃダメよ。スポーツは本人のモチベーションも重要、でしょ?」

「シカゴ! そうね、気が向いたらいつでも声をかけて!」

 淡いブロンドを縦ロールにした美女に注意され、ボーグが引き下がる。

 重巡洋艦〈シカゴ〉。典型的なユニオンレディで、ブレマートンのほうの友人だ。

 足を組んでタブレットを操作する姿は、授業を受ける側というよりする側にしか見えない。

「助かったわ、ありがと」

 小声で礼を言うと、シカゴがこっそりウィンクする。

「この前のお礼よ。あの服気に入っちゃったもの」

「ふふ、良かった」

 他人の相談には乗っておくものである。ファッションに関しては、ブレマートンと彼女は意外と気が合う。髪形もツインテールだし。

 後ろでボルチモアにターゲットを定めたボーグの勧誘を聞きながら、二人は笑いあった。

「なになにー、何の話~?」

 物理的にも首を突っ込んできたのは、重巡洋艦〈ヒューストン〉だ。

 NASAグッズと宇宙船モチーフで固めた揺るぎないファッションは、流行に左右されず己が道を進むユニオンの誇りである。

 ユニオンも結構同調圧力だの流行だの規制だのが強く、そこまで自由の国ではないのは黙っておく。

 桃色のセミロングを二つにまとめたツインテールは、シカゴのものともブレマートンのものとも違う。三種類のツインテールが揃ってしまった。

「ヒューストンにはちょっと早いお話」

「えー!? 仲間はずれは良くないよ!」

 からかうシカゴに、膨れっ面のヒューストンが絡みつく。

 ブレマートンが笑いながら二人のやり取りを見ていると、

「今日は野球じゃねぇんだよ! ユニフトだ、ユニフト!」

 教室の奥の方から、荒々しい声が聞こえた。

「そんなっ!? あんなに熱い一戦だったのにっ!?」

「やらねぇっつってねぇだるぉ!? 今日はもう面子も集めたし、ユニフトやんだよ!」

 ボーグが勧誘しているのは、戦艦〈ワシントン〉。ノースカロライナの妹だ。

 スタイルは姉にも負けないが、違いは銀色のショートヘアとその性格だろう。

 旗艦を任せられることが少ないのは、主にそのせいだと思われる。

「僕はどちらでも構わない……いや、ユニオンフットボールより野球の方がいいかもね」

 その隣に座る大柄な褐色美人は、戦艦〈サウスダコタ〉。前の席と後ろの席にはそれぞれ妹である戦艦〈マサチューセッツ〉と〈アラバマ〉が座っている。

 朴訥な印象を受ける三姉妹は、表情の変化にも乏しいので何を考えているのかいまいち分かり辛いと評判だ。

「はぁ? なんだそりゃ、怖気づいたか?」

 挑発的な態度で見下ろすワシントンに、

「アオテンさせて怪我でもさせたら、指揮官に会わせる顔がない」

 顔色一つ変えず、淡々とサウスダコタが言った。

 ワシントンの額に青筋が浮かぶ。

「姉貴がダメなら、ぼくが相手になろうか? パンケーキになるとは思うけど……」

 控えめに口を出すマサチューセッツの親切心は、残念ながらワシントンには伝わらなかったようだ。

「ぼくはひまわりごっこがしたい。それなら安心」

 アラバマが抱きしめているアポロ11号のぬいぐるみは、ヒューストンからの贈り物である。抱き心地がいいらしく、お気に入りだそうだ。

 ワシントンにしては我慢した方だと思う。

「こっ……んの、バカ力三姉妹! 調子に乗るんじゃねぇよ、大体この前の野球じゃお前が負けたろうが!」

「あぁ、だから野球ならいいかと思ったんだ」

「はっ! 要は雪辱戦したいだけじゃねぇか!」

「確実な勝利は、戦争だけでいい」

 気負いも何もなく言ってのけるサウスダコタに、ぷっつりとワシントンの中の何かが切れた。

「いい度胸だコラァ! てめぇpancakerになる覚悟はできてんだろうな!?」

 駆逐艦だったら泣き出しかねない視線を鷹揚に受け止めて、

「……仕方ない。マサチューセッツ、アラバマ、予定通り授業のあとは空けておいて」

「うん」

「分かった」

 ユニオン先住民族特有の装飾を揺らして、長姉に肯き返す。

 なんだかんだ言いつつ、三姉妹揃って勝負事は嫌いではないのだ。

「姉妹揃って足腰たたねぇくらいぶっ潰して――!!」

 ワシントンの叫びを、甲高い少女の声が遮った。

「――うるさぁいっ! 喧嘩はやめるのだ!」

 ネコミミのカチューシャをつけたシルバーブロンドの少女――駆逐艦〈ハムマン〉。ここまで大人しかったのは、姉の〈シムス〉がいないせいだろう。

 一人で声を上げるまで、勇気をかき集めたに違いない。

「朝からハムマンを怒らせるな! もうすぐ点呼だぞ!」

 ワシントンの方を振り向かず、精一杯肩を怒らせて叫ぶ。

 呆気に取られる銀髪の戦艦は、姉に肩を叩かれて背筋を震わせた。

「そうよ、ワシントン。もう少し静かにしましょうね?」

 それまでずっと様子を見ていた絵に描いたようなブロンド美女が、困ったような笑顔を浮かべる。

 頬を伝う冷や汗を感じながら、ワシントンがゆっくり振り向く。

「い、いや、姉貴、これは喧嘩じゃなくて……」

「いつものことだけどね、ワシントン、」

 そうして小言を続けようとしたところで、

「間に合ったーーー!!!!」

 ドアをぶち破るようにして、赤髪ツインテールの少女が駆け込んできた。

 ブレマートンとやや似ているが、その元気いっぱいの表情と、全身からにじみ出る頭の悪さは全く似ていない。

 軽巡洋艦〈サンディエゴ〉。極めて優秀な、おちこぼれのKAN-SENだ。

「点呼まだ!? まだだよね!? やっりぃー、計算どおりにカンペキっ!」

 華麗にアイドルポーズを取る。

 教室中の注目が集まっていることに今更気づいて、サンディエゴは恥ずかしそうに改めてポーズを取った。

「なになに皆~? 仕方がないなぁ、特別だぞっ☆ キラリンと頭が良くなるビーム!」

 ある意味において、今現在クラスを支配しているのはサンディエゴだった。

 チャイムが鳴る。

 ノースカロライナがタブレットを取り出し、教壇に立った。

「では、点呼を始めます。サンディエゴも席について」

「あっ、はい」

 バッグを担ぎ直し、細めの方の赤髪ツインテール少女は席に座る。

 ブレマートンとボルチモアは互いに目を合わせ、苦笑しあった。

「駆逐艦から、カッシン」

「……はい」

 点呼のやり方は、各当番に任せられている。

 ノースカロライナは順番に名前を呼び、タブレットでチェックをつけていった。

 白いスーツ姿でそうされると教師にしか見えないが、実際にノースカロライナは講義をする側でもある。

 教員になれるKAN-SENはそこまで多くない。貴重な人材として、ブロンド戦艦は第64任務部隊でも重用されていた。

「これで全員……ロング・アイランドさんが来ていませんね。誰か聞いていますか?」

 隊員達が互いに顔を見合わせ、誰もが首を振る。

 ノースカロライナがちらりと時間を確認する。一限目まであと5分。

「仕方がありません、指揮官に報告しておきます。では、かいさ――」

 ん、と言おうとしたところでドアがけたたましく開いた。

「ま、間に合ったーーー!?」

 息を切らせて駆け込んできたのは、キャミソールかシャツか分からないようなものを来た黒髪ロングヘアの少女――軽空母〈ロング・アイランド〉だった。

 桜系ユニオン人のような見た目の少女は、肩からバッグをずり落としながら荒い息を吐く。

「点呼まだ~!? まだだよね~!?」

「……今、終わったところです」

 ノースカロライナの冷たい一言に、ロング・アイランドの顔が固まる。

「……ゆ、幽霊さんは、誰にも見えないから~……きっと、遅れたことにも気づかない~」

 こそこそと席に着こうとする桜系ユニオン人の少女の頭を、ザ・ユニオン美女ががっつりと掴む。

「指揮官に報告されるか、授業のあとに私のマーシャルアーツ講義を受けるか、お好きな方を選んでください」

「えぇ~!? どっちもイヤだよ~!!」

 涙目で訴えるロング・アイランドにもうろたえず、ノースカロライナは無言で威圧する。

 この世にはどうにもならないことがある、と少女達は知った。

「では、皆さん移動してください」

 当番の合図で、全員がバッグを持って教室を出る。

 遅刻者を助けようとする者は一人もいなかったが、同情たっぷりに励まそうと笑いかける者達はいた。

 ブレマートンもその一人である。

 ただ、その顔は普段よりも少しだけ引きつっていた。

 桜系ユニオン人。

 今はあんまり、見たくないタイプの顔だった。

「さ、早くどっちか選んでください。講義が始まりますよ」

「みんな~、見捨てないでぇ~!」

 部隊の仲間の涙声を背後に、教室のドアは閉じられた。

 

 結局ロング・アイランドは、指揮官に報告された上にマーシャルアーツの講義を受けることになった。

 

 ※                ※                ※

 

 学園のランチタイムは、なるべく本土のハイスクールと同じになるように決められている。

 具体的には三限目前から五限目前まで。取得単位次第ではもっと早くに食べる艦もいた。

 これらは全て、KAN-SENと人との意思疎通を容易くするための方策だ。学園という体裁自体がその象徴と言えるだろう。

 今となっては、その事実がブレマートンの肩に重くのしかかっていた。

 あまり食欲がない。実際何も食べなくても人間じゃないのだから平気だろうが、習慣化とは恐ろしいものである。お腹が空く。

 色んなものが人間化しているなぁと思いつつ、それを純粋に喜べない自分に溜息が出る。

 人間じゃないことを意識すると人間らしさを感じるなんて、酷い矛盾だ。

 お腹が空いているかららしくもないことを考えるのかな、なんて発想まで頭をよぎる。

「あれ、ロクヨンじゃん! どったの?」

 自分と全く同じ声が目の前からして、顔を上げる。

 『58』の札をつけた〈ブレマートン〉が、ロッカーに荷物を放り込んでいた。

 同じ艦に会うのは、海軍基地内では珍しくもない。その為の識別として、KAN-SENは点呼の時にプレートをつけることになっている。

 所属部隊の数字。それが、同じ艦を見分ける唯一の手段だ。

 そして、同じ艦が複数いる状況では混乱を避ける為に数字で呼び合うのが通例となっていた。

「ランチどうしよっかなって思ってたとこ。ゴッパーは?」

「アタシも今から。バッグ持ったまんま行くの?」

 指で示され、四限目終わってからそのままだったことに気づく。

 苦笑して肩にかけなおした。

「まぁ、戻るのも面倒だし。ゴッパーは一人?」

「ううん、あ、きた」

 そうして第58任務部隊の〈ブレマートン〉が視線を向けた先には、ショートブロンドの褐色美女と、小麦色の肌をしたギャルが連れ立っていた。

 ロクヨンとしては、その奥に目がいってしまったのだが。

「ちょりーっす、お待たせっす~ってありゃ?」

「ロクヨン? 〈ブレマートン〉二人って私初めてみたかも」

 ギャルの方は軽巡洋艦〈マーブルヘッド〉、褐色美女の方は戦艦〈カリフォルニア〉だ。どちらも第58任務部隊所属である。

 ギャルが抱えたランチボックスに目を落とし、

「足りなかったっすかね?」

「マーブルが作った分もあるし平気じゃない? もっと食べる?」

 カリフォルニアに尋ねられ、ブレマートンは苦笑して首を振る。

「いいよ、自分で買ってくる」

 そう言う同型艦を、もう一人のブレマートンがじっと見つめていた。

「水臭いっすよ~、一緒に食べましょうよ!」

「そうよ、よその部隊と一緒に食べる機会ってあんまりないし」

「あ~うん、そうだね……」

 二人に同時に迫られ、『64』の札をつけたツインテールの少女が困ったように笑う。

 『58』の方は黙ったまま、近づいてくる足音の主に視線を向けていた。

「良かったら、どうぞ」

 若い男の声と共に、三人の間に茶色いランチバッグが差し出された。

 三対六つの瞳が、声がした方に向けられる。

「時間を間違えてしまいまして。本棟の食堂に行こうと思いますので、貰って頂ければありがたいです」

 そういって笑うのは、下手をしたら学生と間違えそうな童顔の桜系ユニオン人だった。

 誰だこいつ、という顔をする金髪二人。

 『64』の赤髪少女は、頬を引きつらせる。

 さっきの視線の先、金髪二人の後ろで講師の誰かのオフィスから出てくるのが見えた時から、嫌な予感はしていたのだ。

「いいって、悪いよ」

「すぐ食べられるよう量も少ないですから。どうぞ」

 巽・イングラム軍曹は引っ込めない。

 横から飛び出してきた手が、ブラウンバッグを受け取った。

「ありがと、貰っとく」

 『58』の札をつけたブレマートンが、愛嬌のある笑顔を浮かべる。

「ちょっと、ゴッパー!?」

「いいじゃんくれるって言うんだし。お兄さんはどこの部隊?」

 尋ねられ、青年がきちっと足をそろえて敬礼する。

「第12艦艇部隊所属、巽・イングラム軍曹であります。今週の学園清掃を担当させて頂いています」

 嫌なことを聞いた、と『64』ブレマートンが喉を詰まらせる。

 それに構わず、『58』ブレマートンが愛想よく手を振った。

「そうなんだ、お疲れ~。今週よろしくね」

「はい、では失礼致します」

 ロクヨンを一瞥し、イングラム軍曹が立ち去っていく。

 遠ざかる背中を横目に、『64』が胸の内で溜息をついた。

「ちょっとちょっと、今の誰?」

「お知り合いっすか?」

 二人の金髪から好奇心たっぷりの視線を注がれ、『64』は逃げるように引きつり笑いを浮かべる。

「自己紹介されたじゃん」

「いや、そうじゃなくてさぁ」

「あれで無関係は通らないっすよ~」

 カリフォルニアもマーブルヘッドも、鈍い方ではない。

 そのことが、ブレマートンの頭を悩ませていた。

「まま、とりあえずランチ行こ? 今日は外で食べよう外で」

 『58』に仲裁され、金髪二人は大人しく歩き出す。

 ほっと胸を撫で下ろす『64』の背中を軽く叩き、

「じゃ、食べながらお話しよっか? 相談したいこと、あるんじゃない?」

 ウィンクされ、ブレマートンは自身に逃げ場がないことを知るのだった。

 

 

「告白されたぁ~!?」

「声大きいって!」

 唱和する金髪二人に、『64』ブレマートンが眉を寄せて人差し指を唇に当てる。

 それにも構わず、小麦色の肌をした美女と美少女は思いっきり顔を寄せてきた。

「なになに、それどうすんの!?」

「う、受けるんすか!?」

 驚きながら迫る二人を横目に、『64』ブレマートンはホットドッグに噛り付く。

 今現在四人がいるのは、学園の中庭にあるヤシの木の下のベンチだ。

 人間が近づけないKAN-SEN専用のベンチで、たまにヤシの実が落ちてくる。

 学園の中庭は綺麗に整備されていて、四隅の花壇と中央に噴水、それらの間に遊歩道が作られている。

 棟同士をつなぐ連絡通路の役割も果たしており、ランチタイムを除いて学園関係者が常に行き交っている。

 コの字型の校舎に囲まれており、開けた南側はそのままグラウンドに出られる。西側にはアリーナ、北側にはプールやスケート場、東側には駐車場やスクールバスの停留所。

 四人がいるベンチは、中庭でも東端の方だ。

「受けるも何も、よく知らない人だし……」

「えー、でも結構いい子っぽかったよね?」

「っすね~、しかもぐいぐいくる感じで。強引なのも良し悪しっすけど」

 我が身に思い当たる節でもあるのか、マーブルヘッドがやや目を逸らす。

 その後を引き継ぐように、『58』ブレマートンがパックジュースのストローから唇を離した。

「でも、フらなかったってことはナシじゃないんだ?」

「アタシ的にはフッたんだけど。その場で二度目を言われたっていうか」

 ホットドッグを飲み込んで、りんごジュースにストローを差す。

 サンドイッチを頬張りながら、カリフォルニアがベンチに背を預ける。

「その気がないなら、さっさとフってあげた方がよくない?」

「そうなんだけど……一週間後にまた告白するから、その時に返事をくれって」

 マーブルヘッドが目を見開く。

「マジっすか。本気も本気じゃないっすか、イングラム軍曹」

「まぁ、だから困ってるって言うか……どうフッたらいいかなって」

 ジャムをはさんだクラッカーを口に放り投げ、『58』ブレマートンが呟く。

「フり方悩んでる時点で、また押し切られると思うよ」

「そういうこと言わないでよ~……」

 泣き笑いみたいな顔でジュースを啜った。

 真面目な表情をしてマーブルヘッドが尋ねる。

「正直、付き合うのナシなんすか?」

「マーブルヘッドだったら付き合う?」

 尋ね返され、小麦肌のギャルは満面の笑みを浮かべた。

「あたしは、指揮官がタイプっすから!」

 てらいもなく言ってのける彼女を、『64』のブレマートンが少し羨ましそうに見つめる。

 それを横目に、カリフォルニアがペットボトルを傾けた。

「ロクヨンは、指揮官のこと好きじゃないの?」

 爆弾が叩き落される。

 着弾し、爆発し、『64』は頭を抱えた。

「そっちの部隊は、色々と面倒だもんね。カリフォルニア、ほら謝って」

「えっ? なに? 何かダメだった? ご、ごめんなさい」

「つまらないお仕事とか人間関係とか、忘れられたらいいんすけどね~」

 『58』とマーブルヘッドにフォローされ、カリフォルニアが頭を下げる。

 ブレマートンは額を押さえながら、軽く手を振った。

「いいっていいって、こっちの話だし。まー、どこも事情は違うよねってことで」

「なんか面倒なのね?」

 カリフォルニアに肯き返し、『64』はベンチに背を預ける。

「正直、どうなのかな~って。指揮官のことはそりゃ好きなんだけどね」

「考え込んじゃうよね。でも、その答え出せないと軍曹くんを諦めさせるのは厳しいんじゃないかな~」

 『58』の言うことが正論過ぎて、ブレマートンは乾いた笑いを上げた。

「あたしでよければいつでも相談に乗るっすよ。クラブ選びのお礼だってまだですし」

「ありがと。頼りにしてる」

 歯を見せて笑うマーブルヘッドに微笑み返し、食べかけのホットドッグを口に入れる。

 分かっている。

 こういう時に大事なのは、何より自分の気持ちなのだ。

 だが、普段はしっかり掴んでいたはずの気持ちは、何故だか改めて見ようと思うとするりと掌から逃げていってしまうのだ。

「そういえば、巽くんだっけ。あの子、アタシの胸ガン見してたっぽい」

「えー、マジっすか? 男の子っすねぇ」

 『58』の軽口に、マーブルヘッドが乗っかる。

 『64』がストローを啜る速度が、少し上がった。

「案外、〈ブレマートン〉なら誰でもいいのかも?」

「っていうか、見分けつかないでしょ」

 からかうような『58』の発言に、カリフォルニアが突っ込みを入れる。

 こちらを煽っているのだ、と『64』だって分かっている。

 分かっていて、うっかり口に出してしまった。

「胸に部隊札あるから見てただけでしょ。っていうか、ほんとに見分けつかなかったら自己紹介なんてしないって」

「ごめんごめん、今週はアタシが艦船通信の管理やるから許して」

 待ち構えていたように『58』に言われて、『64』は思いっきりストローを吸い込んだ。

 自分が苛立った理由が、良く分からない。

 考える時間を作ってくれたことを、心の中で『58』に感謝する。

 自分で自分に感謝するのも何か変だな、と思わなくもなかった。

 

 

 放課後。クラブ活動に励むKAN-SENの姿が学園に溢れる。

 校舎内では補習や追加講義が行われ、一部の艦の悲鳴が響き渡る。

 その普段どおりの景色の中を、ブレマートンは体育館に向かって歩いていた。

 艦船通信を開いて、届いたDMやら何やらをチェックする。第58任務部隊のカリフォルニアとマーブルヘッド、あとはゴッパーからも来ていた。

 気遣ってくれる彼女達に返信し、通信機をポケットに突っ込む。乗れそうな相談事があればと思ったが、今のところ何もない。

 ブレマートンはクラブ活動には特に参加していない。今後もする気はない。

 以前ボルチモアと一緒にテニスをしてみたが、一ヶ月も持たなかった。しんどすぎる。

 そういえば、タトゥーを誤解されて指揮官にめっちゃ怒られたのを思い出す。シールだと説明してもややこしい真似をするなとお説教された。

「いくわよっ! ひっさぁつっ!!」

 遠いどこかでボーグの声がした。

 グラウンドを横目に体育館に入る。アリーナでは、バスケ部が活動していた。

 他にもバレー、バドミントン、新体操と色んなクラブがやっている。十分広いアリーナのはずだが、クラブが増えたので新しい体育館を作ろうかという計画が立ち上がっているらしい。

 KAN-SENに関する資金は湯水のように湧き出る。そのシワ寄せが、通常艦艇部隊に押し寄せているのは周知の事実だ。

 だから、イングラム軍曹達が清掃業者の真似事をしなければならない。

 そういうところをどう思っているのか、ブレマートンは生まれて初めて気になった。

「一本! 落ち着いていくよ!」

 様々な音が溢れる中でも良く通る、聞きなれた声がした。

 目を向ければ、ウェアを着たボルチモアが指を一本掲げている。番号つきのメッシュは、紅白戦でもしているのだろう。

 二階に上がり、ギャラリーに出る。手すりに肘を置いて、試合を眺めた。

 きっと今頃、芝のグラウンドではワシントンとサウスダコタ三姉妹がユニフトをやっていて、大歓声が巻き起こっているはずだ。

 テニスコートはもう少し離れた位置にあって、ノースカロライナのマーシャルアーツ講義はその近くでいつもやっている。ロング・アイランドの悲鳴がきっと聞こえる。

 常夏の島の水泳は休みがない。プールは年中解放していて、ハムマンやヒューストン達が遊んでいると思う。

 放課後。どこかで皆が何かをしている。

 イングラム軍曹達も、きっと今頃校舎内のどこかを清掃している。

 リングが音を立てて、ネットが揺れた。

 ボルチモアがスリーポイントシュートを決めていた。

「すぐに返すぞ!」

 〈クリーブランド〉が叫んで、チームメイトに気合を入れる。『64』の札をつけているから、あれはケリーだ。

 ポケットから通信機を取り出して、艦船通信を開く。

 流れてくる呟きを見ながら、自分は一体何をしているんだろうと思う。

 何かスポーツにでも打ち込んだほうがいいのだろうか。それとも、艤装の整備にでも行こうか。どっちにしろ、らしくはない。

 らしいって、何だろうか。

 自分らしいっていうのは、果たしてKAN-SENとしてか、それとも。KAN-SENらしさでいうなら、こんな事で悩んだりしている時点でらしくはない。

 〈ブレマートン〉らしくも、きっとない。

 

 ――〈ブレマートン〉らしいとアタシらしいって、同じ意味じゃん?

 

 我ながら笑ってしまう。

 実際、そのあたりも良く分からない。なんとなく、同じだけど違うという認識だ。

 『58』と自分は同じだけど違う。そういう感覚を、きっと皆持っている。KAN-SENとは、そういう存在だ。

 それでいいと、ずっと思っていた。

 深く考える意味なんて、どこにもなかった。

 自我がどうのこうのなんて、必須講義で学んだくらいだ。

 自分は自分だ、なんて。意識するようなもんじゃないって、笑い飛ばしてた。

 でも、きっと、今の自分はどの〈ブレマートン〉とも違ってしまっている。

「やらかしちゃったっぽい……」

 ヘレナも、もしかしたらこういう気持ちだったのだろうか。

 そして、多分。

 視線を下に向ける。ショートヘアの親友が、汗を飛ばして駆け回っていた。

 あんなに凛々しい顔をしていて、彼女も自分と似た気持ちを抱えているのかもしれない。

 KAN-SENとしてあるべき姿を模索したって、〈ブレマートン〉としてどうすべきか考えたって、どうしようもない。

 何にも頼ることなく、自分だけで立ち向かわなければならないのだ。

 そう考えると、急に裸で海に投げ出されたような心もとなさを感じる。

 指揮官を好きになれば、半分くらいは解決すると思う。

 それはKAN-SENとしても〈ブレマートン〉としても正しい好意だから。怯えることはきっとなくなる。

 そうなると、別の問題が発生してしまうけれど。

「も~……なんてことしてくれるのよぉ……」

 組んだ腕に額を乗っける。

 自分の言葉が誰に対して放たれたものか、自分でも分からない。

 ただ、そうでも言わないとやっていられなかった。

 自分の気持ちとか、そんなこと言われたって。

 どれがそうなのか、ブレマートンにだって分からないのだ。

 紅白戦が終わったのを見届けて、ボルチモアを誘って自販機に行く。

 皆の分の飲み物を買っていると、ロング・アイランドに説教をしに来た指揮官と会った。

 

 親友の嬉しそうな横顔に、胃が痛むような思いがした。

 

 ※                ※                 ※

 

 高速で飛来した弾丸が、額に直撃した。

 痛い、という暇もなくバランスを失ってすっ転び、けたたましい水しぶきを上げる。

 がしゅん、という音と共に艤装から白旗が飛び出した。

『〈ブレマートン〉撃沈! 勝者、第60任務部隊シカさんチーム!』

 審判役の〈オフニャ〉が宣言し、歓声があがる。

 グアム島アプラ港の沖合い、ブイが浮かぶKAN-SEN用演習場。そこで、第64任務部隊TF2艦隊は朝から演習を行っていた。

 演習は、基本的に六隻一隊となって行う。実際に良く組む艦隊規模であり、これ以上の規模だとドローンや〈オフニャ〉によるサポートがし辛くなるという欠点があった。

 規模を大きくする時も、基本単位そのものは変えずに複数隊による編成という形を取っている。運用上の都合、というやつだ。

 実弾は使わない。当たり前だが、訓練弾だ。だから、多くの場合は痛いで済む。徹甲弾になってくると意味はないし、艦載機による攻撃も実戦と同じものだが。

 幸い、演習で沈んだという話は今まで一度も聞かない。実戦でもよっぽどでない限り沈まないのがKAN-SENの良いところだ。

 今も、額が赤くなっているだけで済んでいる。

 その赤くなった額をさすりながら、第64任務部隊のブレマートンは上半身を起こしてタッチしあう敵チームを眺めた。

 駆逐艦二隻に軽巡洋艦一隻、空母が二隻に戦艦一隻。オーソドックスな空の制圧に重点を置いた編成。

 対してこちらは重巡洋艦二隻に駆逐艦一隻、空母が一隻に戦艦二隻。空は防衛だけで水上戦闘で決着をつける編成……と見せかけてこれが違う。

 こちらこそ、空で勝負を仕掛ける艦隊なのだ。

 流石に空母二隻相手は厳しいんじゃないかな、とブレマートンは思う。

集まれ(ハドル)!」

「は、はいっ!」

 広い海の上でも腹の底に響く声に背筋を伸ばし、慌てて体を反転させて海面を蹴飛ばす。

 盾の如き艤装を手に、仁王立ちになっている戦艦〈サウスダコタ〉を中心に集合する。

 艤装をつけている以上、海の上はKAN-SENにとって陸の上と同じだ。

 水飛沫は砂埃、水平線まで広がる平原である。

「何をぼーっとしていたのだ?」

 最近良く同じ編成になる駆逐艦〈ハムマン〉が咎めるように見上げてくる。

 だが、その瞳の中にやや心配げな色が混ざっていることをブレマートンは知っていた。

「んーいや、やっぱきついな~って。空母二隻はさ」

「すみません……私が空を抑えられていないから」

 タンザナイトの髪とルビーの瞳を持つ凛々しくもどこか幼い印象を与える空母が悔しそうに唇を噛む。

 ユニオンが誇る最新鋭空母〈エセックス〉。やや肩肘が張ったところのある彼女は、TF2艦隊の旗艦でもあった。

 そう、サウスダコタではなく。彼女が旗艦なのだ。

「エセックス、それは違う。空を抑えるのは、私達の役目だ」

 ボルチモアが優しい瞳でやや申し訳なさそうに言う。

 親友の言うことは正しい、とブレマートンも思う。

 編成からしてあからさまなのだ。

 前衛にボルチモア、ブレマートン、ハムマン。主力にサウスダコタ、エセックス、アラバマ。艦載機を全部撃ち落とせと言わんばかりの面子である。

「そうなのよね、だからごめん。泣き言言っちゃった」

「い、いいえ!」

 苦笑して軽くウィンクすると、エセックスは強く首を横に振った。

 そういうところを直すように今の編成が組まれているとは思うのだが、上手くはいかないようだ。

「君は僕が守る。敵の攻撃は気にするな」

「そうよ! ハムマンがいる限り、ちょっとやそっとじゃ倒れないんだから!」

 サウスダコタに続いて、ハムマンも大きく胸を張る。

 アラバマも無言のまま、同意するように肯いた。

「みんな……ありがとう」

 微笑むエセックスに、ボルチモアが檄を飛ばす。

「火力で押し切ろうにも、私の弾じゃ軽装甲相手には辛くてね。エセックスが道を切り開いてくれないと勝てない。頼んだよ!」

「はいっ! 任せてください!」

 綺麗な音を鳴らしてタッチをかわし、空母と重巡洋艦は笑みを交わす。

「次も相手は同じだ。具体的に練ろう」

 サウスダコタの一言に全員が肯き、ぴっちりと間を詰めてスクラムを組む。

 ふと、ブレマートンの視界の端に小型艇が映った。

 訓練弾回収用の艇だ。今までは気にも留めていなかったが、こうしてハドル中に回収していたのだと改めて知る。

 作業している軍人に見覚えがあった。

 やや浅黒い肌に幼さを残した顔。黒髪黒目の桜系ユニオン人。

 巽・イングラム軍曹が部下と一緒に、網を使って弾を拾っていた。

 仕事に集中していてこちらに気づいていない。今、海上にいるのが第64任務部隊と知っているだろうに。

 編成欄に、〈ブレマートン〉の記載だってあっただろうに。

 何も気にせず、黙々と任務をこなしていた。

「……い……マートン……おいっ!」

「えっ? あっ、なに?」

 サウスダコタの呼びかけに、はっと我に返る。

 部隊全員の視線が集まっていることに気づいて、誤魔化し笑いを浮かべた。

「君には対空に集中してもらう。能力的に相手前衛へのけん制に向いているのも分かるが、それはボルチモアに任せる……三度目は説明しない」

「うっ、うん、分かった。ごめんなさい」

 今度こそ真剣に謝る。

 サウスダコタはそれ以上追及せず、ハドルを続けた。

 一通り方針とタイミングを決めたところで、〈オフニャ〉から音声が流れる。

『演習開始、五分前』

 サウスダコタがちらりと一瞥し、エセックスに頷いてみせる。

 ロングツインテールの旗艦は深呼吸を一回、気合を入れた。

「全艦、最大戦速!」

「了解!!」

 蜂の子を散らすように散開する。

 水しぶきを上げて、所定の位置に着いた。相手艦隊は見えない。演習はまず、レーダーで相手の位置を探るところから始まる。

 なんとはなしに水平線を見ていると、ボルチモアが近づいてきた。

「大丈夫か? さっき最後にやられたこと気にしてる?」

 心配げに声をかけてくる親友に、ブレマートンは軽く手を振った。

「ううん、平気。ちょっと気が抜けてただけ」

「それならいいが……何かあったら私に言うんだぞ?」

 そう言って胸を指す親友に礼を言って別れる。

 誰より一番言えない相手に相談しろと言われても、心底困るのだ。

 溜息を噛み殺し、演習開始の合図を告げる〈オフニャ〉の声を聞く。

 砲弾を撃っている間は、何も考えないことにした。

 

 

 それから更に二戦、第64任務部隊は演習訓練を行った。

 戦績は2勝2敗。演習戦の権利はまだ残っていたが、指揮官の指示により引き上げた。

 帰投したドックでは、イングラム軍曹が直立不動で待機していた。

 こちらの姿を認めて敬礼する彼に、旗艦のエセックスが敬礼を返す。

「お疲れ様です。こちら、少将より指示がありました先程の演習四戦の記録ディスクになります」

「ありがとうございます。会議室はどこを?」

「第二埠頭第一事務所の八番会議室です。車は表に」

「助かります」

 ディスクを受け取り、エセックスが先頭になってドックから出ていく。

 すれ違いざま、軍曹がブレマートンに向かって小さく頭を下げた。

 引きつった笑顔で小さく手を振り返し、埠頭に出る。KAN-SEN用のドックがあるのは第一埠頭だ。

「さっきの軍曹は知り合い?」

 ショートヘアの親友に聞かれ、心臓がどきりと跳ねた。

「うん、まぁ」

 とりあえず曖昧に頷き、回されていた二台のジープのうちエセックスが運転する方に足を向ける。もう一つはサウスダコタだ。

 基地の敷地内において、KAN-SENに免許など必要ない。

「最近様子がおかしかったのって、彼が関わっているのかな?」

 同じくエセックスが運転する方に歩きながら尋ねられる。

 ハムマンが嬉しそうな顔をするのが視界の端に見えた。エセックスの運転は荒くはないが、とにかく速度を出しまくる。反面、サウスダコタの運転は実に丁寧だ。

 躊躇してくれるかと思ったが、ボルチモアが車の速度程度で怯むわけもなかった。

「ん~、気にしないでもらえると嬉しいな」

「分かった」

 それ以上は、勘の鋭い親友は何も言わなかった。

 ジープに乗り込んで、エセックスがエンジンを回す。

「さぁ、行きますよ! ミーティングの時間が惜しいですから!」

「サウスダコタを引き離さないようにね~……」

 無駄だと思いながら忠告すると、タンザイトの髪をもつ空母はしっかりと肯いた。

 それが守られたかは、第二埠頭第一事務所についた時のボルチモアの涼しい顔とブレマートンの青い顔が示しているだろう。

 ミーティングを先んじて始めるわけにもいかず、三人はサウスダコタ達が到着するまで準備を済ませた。

 

 告白されてから二日目。

 その日のブレマートンの任務は、朝から晩まで演習尽くしだった。

 

 ※               ※                ※

 

 告白されてから三日目。

 学園が終わりクラブ活動を早めに引き上げた夕方、ブレマートンは輸送艦護衛の任務についていた。

 行き先はサイパン。近場なので半日強で済む。普段の西海岸あたりまでの護衛任務だと、軽く二ヶ月以上飛んでしまう。

 近場ということで、護衛についているKAN-SENも四隻しかいない。ブレマートン、ボルチモア、ロング・アイランドに旗艦のマサチューセッツ。

 これが本格的な輸送護衛任務だと、大体2~3艦隊が就く。合計して12~18隻。1艦隊が護衛に出て、残りは輸送艦の中で待機だ。一日置きに交代し、食事も睡眠も制限される。

 結構な激務、というよりKAN-SENらしい仕事というべきか。

 一応は戦時中で、『兵器』なのだから。

 サイパンまでの護衛は、近場なので食事も睡眠もなしだ。

 コンテナを積む輸送艦を見ていると、桜系ユニオン人の軍曹が目に付いた。

 驚いて情報を確認する。今回の輸送任務に従事しているのは、第12艦艇部隊だった。

 学園の清掃担当って言っていたから、油断した。

 何もそれだけが任務ってことはないのだ。半日と少しくらいの距離なら、十分ありえる。

 最近やけに見かけることが増えた気がする。

 それとも、普段からこのくらいの頻度だったのに気にしていなかっただけか。

 基地の規模やら任務内容やらを考えるとその可能性の方が高くて、ブレマートンは頭を抱えた。

「あ、やっほーブレマートン! 元気してるー?」

 やたら元気のいい声に振り向けば、ウサ耳をつけたブロンドお下げ少女が謎のポーズをとっていた。

 やや頭が悪そうに見えるが、サンディエゴよりは賢く、サンディエゴより打たれ弱い。

「あれ、ベンソン? あーそっか、もう郵便配達の時間だっけ」

「郵便配達言うな! で・ん・れ・い! 本土からのありがたーい機密書類を運んでるの!」

 胸を張って自信満々に言う姿は、妹である〈ラフィー〉とは似ても似つかない。

 その細い体はKAN-SENの中でもかなりの高ノットを叩き出すのだが、傍目にはそう見えないのもいいところだ。

 ユニオン太平洋艦隊は第七伝令部隊所属、駆逐艦〈ベンソン〉。こう見えて、第64任務部隊の上位組織である第七艦隊と同格の部隊に所属している。

 その主要な任務は、各地の基地や部隊に文書や信書を届けるのが役割だ。それ故に、別名として『郵便屋』と呼ばれていたりもする。

「ごめんごめん、今休憩中?」

「うん、集荷する書類まとめてもらってるとこ。久々にこっちの艦船通信にアクセスできたんだけど、『64』いなかったからさ」

 通信機を見せてくるベンソンに苦笑いを返す。

 艦船通信を含めたSNSは、同基地内のローカルネットワーク上で行っている。長距離通信が不可能だからだ。

 技術的には、〈オフニャ〉などに使われている通信技術を応用すれば可能ではある。が、それらは〈セイレーン〉に傍受される危険性が高い。

 実際に傍受され、あまつさえ偽装通信をされて前線が混乱した事もある。長距離通信は、今となってはご法度となっていた。

 だからこそ、ベンソン達伝令部隊が必要となってくるのである。

「任務中は流石にね~。何か相談?」

「うにゃ、ちょっと顔見たかっただけ。最近変な話あるし、気をつけてね」

 珍しく心配げな表情のベンソンに、ブレマートンの耳がぴくりと動いた。

「変な話?」

「うん。最カワ美少女ベンソンちゃんの友達にだけ、特別に教えてあげてるんだけどね」

 やや無理してる系ウサ耳女子が速度を落として近づき、耳元でこっそり囁く。

「最近、KAN-SENを狙った事件が起きてるんだって。任務を失敗させようとしたり、補給の邪魔したり。所謂KAN-SEN不要論者の人達らしいんだけど」

 セイレーンとの戦争で、特定分野の技術は飛躍的に進歩した。

 表の戦況が落ち着けば、妙な主義主張が増えるのはいつものことである。

「それが、軍内の派閥争いとくっついちゃったらしくって。わざと被害を出させたりして、KAN-SEN関連部署の権限を奪おうとしてるみたい」

「……まぁ、妥当なとこではあるよね」

 セイレーン、そして〈レッドアクシズ〉との戦争においてKAN-SENは第一級の戦力だ。それ故に、ほぼあらゆる無茶が統括組織には許されている。

 そもそも、セイレーンへの反抗作戦が企図された初期は軍といえばKAN-SENを保有する海軍のことだった。

 陸軍も空軍も、殆ど解体されたも同然の扱いだったのだ。

 風向きが変わったのは、レッドアクシズとの戦争が始まってからである。

 領土を持つ人間との戦いにおいて、陸軍も空軍も必要なものだ。

 いずれ来る敵国本土での戦いを想定し、陸軍と空軍は再編成された。再び人間同士で殺しあう為に。

 そうなれば、人間を主戦力とする彼らとKAN-SENを主戦力とする側とで権力闘争が起きるのは自明の理だった。

 伝え聞く話だと、海軍の中にも彼らに同調する者がいるという。通常艦艇部隊に所属している者などはそうなってもおかしくない。

 

 どうして命をかけて軍人となって、小娘達の世話係をしなければならないのか。

 

 スクールバスの運転、校舎の清掃、足の用意。まるで下働きか何かだ。挙句、護衛の許可が下りなければ艦も出せない。

 不満に思う人が出ても当然だな、とブレマートンは思う。

「妥当っても、それで怪我したり指揮官が怒られたんじゃやりきれないじゃん。だから、ブレマートンも十分気をつけてね」

 意外に真面目な顔で忠告するベンソンに肯き返す。

「うん、ありがと。注意しとく」

「オッケー☆ じゃねっ♪」

 大きく右から左に手を振って、軽快に海の上を走っていく。

 そんなベンソンの後姿を見送って、気をつけるって言ってもどうしたらいいんだろうとブレマートンは悩んだ。

 インカムから声が入る。

『荷物の積み込みが完了した。出港するから定位置について』

「了解」

『了解』

『了解~、あう~夜通しの任務はイヤだよ~』

 定位置につきながら、ロング・アイランドの呻きに笑みがこぼれる。

 今回の編成意図としては、近場への輸送任務ということもあって危険度は少ないと判断し、マサチューセッツに旗艦としての経験を積ませるつもりだろう。

 こんな情けない声をだしてはいるが、ロング・アイランドは部隊でも古株の実力者だ。

 護衛任務は得意だし、前衛のレーダーが貧弱な分は彼女の艦載機に任せていい。ブレマートンはそう判断した。

『夜更かしは得意、って聞いてるけど』

『仕事とプライベートは別なの~! お肌荒れちゃう~!』

 冷静なマサチューセッツに子供のように反論するロング・アイランド。

 一応任務中だし、釘を差しておくべきだろう。

「お肌を気にするなら、寝転がってポテチとコーラは止めた方がいいよ」

『あぁ~! 黙っててって言ったのに~!』

『大丈夫さ、ロング・アイランド。ブレマートンもそんなに人のこと言えないから』

「ボルチモア! アタシはそんなことしないって!」

 思わず叫んでしまう。

 釘を差そうとしてやぶ蛇をつついてしまったことに、遅ればせながらブレマートンも気づいた。

『……出港するよ。サイパンまでだけど警戒はしっかりしよう』

 しっかりと旗艦の仕事をされ、相談屋の少女は口を噤む。

 旗艦の経験は積めているようで、ぐうの音も出なかった。

 輸送艦が汽笛を鳴らして港から出る。視線を向ければ、黒い煙が橙色の空に吸い込まれていた。

 視線をゆっくりと下ろす。船の上にいた軍曹と目が合う。

 向こうもこちらに気づいたようで、〈重桜〉式の挨拶で頭を下げてきた。

 無視するのも具合が悪く、彼にわかるように手を振り返す。それだけで嬉しそうに笑った。

 直後、上官に見つかって思いっきり頭を殴られていた。

 しまった、と思っても海の上からでは何もできない。声を上げるのも迷惑だろう。

 ブレマートンにできたのは、彼がこれ以上怒られないよう正面に向き直ることくらいだった。

 水平線までたった5km。

 サイパンに着くのは、深夜になる。

 海の上の移動は、結構時間がかかるものなのだ。

 

 

 サイパン港に着いたのは、日付が変わる直前くらいだった。

 開口部と桟橋をくっつけて、コンテナや箱に入れた荷物を下ろす。

『定点警戒に移行。ロング・アイランドは〈ドーントレス〉の発着を継続して』

『なんか幽霊さんだけお仕事多くな~い~?』

 不満げなロング・アイランドの声と一緒にフォークリフトの音が聞こえる。

 重巡洋艦二隻は開口部近くでの護衛だ。船舶と違って丈夫なKAN-SENは、いざという時に体を張って守るのも役割である。

 あの黒髪を揺らして文句を言っているかと思うと、やや子供っぽい見た目と合わせて凄く似合っていて可愛い。

 自分が同じ事をしたらと想像して、ブレマートンは若干落ち込んだ。

「頑張って。戻ったら休みなんでしょ?」

『そうだけど~、あ、でも水泳大会があるんだよね~』

『ロクサンの〈シムス〉と〈サラトガ〉主催だったか。マサチューセッツは出るのかい?』

『ああ。ワシントンが姉貴と勝負するって。チームメドレーもあるから、ぼくもでるよ』

 そういえば、と赤髪の少女は思い出す。

 明日は第63任務部隊の子達が企画したプールパーティーがあるんだった。出入りも飛び入り参加も自由な交流会。プログラムの持ち込みも勿論可能。

 少し前まで楽しみにしていたのに、すっかり忘れていた。

「ロング・アイランドは出るの? 意外~」

『景品がね~……部屋のエアコン、使いすぎって怒られたし~』

『涼むにはいいね。この暑さにも慣れたけど』

『そう? ぼくはちょうどいいと思うけど……』

 他愛ない話にほっとして、ブレマートンはざっと周囲を見回す。これでも一応護衛任務中なので、話に夢中になるわけにはいかないのだ。

 波止場に、一人ぽつんといる桜系ユニオン人を見つけた。

 心臓が跳ねる。

 仕事をしている様子はない。休憩中なのだろうか。

 どうしようか、と思う。

 どうしようもこうしようも、休んでいるなら丁度いい。軽く声をかけて上官に殴られてたのを大丈夫か聞いて謝って、胸のつっかえをとる。それだけだ。

 インカムの音量に手を当てる。

「ちょっとごめん、少し休憩入っていい?」

『構わない。何かあった?』

 すぐにマサチューセッツが反応してくれる。無口で無愛想に見えて、結構優しいのだ。

 姉のサウスダコタと、そのあたりは似ていると思う。

「うん、ちょっと。すぐ戻るから」

『分かった。ボルチモア、お願い』

『任せて欲しい。何なら出港まで請け負うよ』

「そんなにかからないって」

 礼を言い、ボリュームを下げて波止場に近づく。

 海面を蹴ってジャンプし、コンクリートの地面に足をつけた。

 音で気づいたのだろう、彼がこちらを向いて敬礼する。

「お疲れ様です」

「いいっていいって、休憩中でしょ? アタシもそうだし」

 ひらひらと手を振って、生真面目な顔をする巽・イングラム軍曹に近づいた。

 彼は若干困った表情で所在なげに手を下ろす。桜系人は真面目だと聞いているが、本当に絵に描いたようでちょっと面白い。

 敬礼しなくていいと言われて困る人間を、指揮官以外にブレマートンは知らない。

「さっきはごめんね、殴られたの大丈夫?」

「あれは、自分の気が抜けていたのが原因です。曹長に気合を入れなおしてもらいました」

 クソ真面目な答えに、失笑してしまう。

 笑ってはいけないと思うのだが、本心からそう言ってるっぽくて何だかおかしい。

 告白もこのクソ真面目さによるものだとしたら、適当に返事することに良心が痛む。やっぱり、『58』の言うとおり何かの答えを見つけなければ。

 何かって何だよ、と思うのだが。

「気合を入れ直した割りには、ぼーっとしてなかった?」

 からかうようなブレマートンに、巽軍曹はやや口ごもる。

「……貴女のことを、考えていました」

 ひときわ大きな鼓動が鳴る。

 どうしてこういうところだけユニオン人らしいのか。

「あと四日。それまでに自分に何ができるか、考えていたんです」

「……ふぅん、そうなんだ」

 目を逸らして、髪を弄る。

 彼の視線を頬に感じた。

 

「やっぱり、スコット少将がお好きなんですか?」

 

 容赦も遠慮もない爆撃。

 そういうところが苦手なのだと気づいて欲しい。

「……それ、言わなくちゃダメ?」

「いえ、答えは四日後……もう三日後ですか、そこで」

「だったら聞かないで」

 少し不機嫌さを込めて言うと、

「すみません」

 素直に頭を下げてきた。

 謝るくらいなら最初から言うな、と喉まででかかって、慌てて引っ込める。

 思ったよりも機嫌が悪くなっている。図星をつかれた人みたいだ。

 図星を、突かれたのだろうか。

「お願いがあるんです」

 横目に見れば、真剣な瞳で巽軍曹がこちらを見つめていた。

「一日だけ、チャンスをもらえませんか」

 真っ直ぐ貫くような瞳は、まるで夢を語る少年のようにも見えた。

「明日、休みなんです。時間が合えば、デートしてください」

 今日の夜から明日の朝まで夜勤で、その後はプレマートンも休みだ。

 昼からなら、できなくはない。

「どういう結果になったとしても。オレのことを、もう少し知ってほしいんです」

 何を言えばいいのか、分からなかった。

 どうしてそんなに、と聞こうとして、

 

 足音に混じって、かちりとセーフティが外れる音がした。

 

「伏せて!!」

 

 あらん限りの声で叫んで、フォークリフトの前に飛び出した。

 舌打ちと共に銃弾が飛ぶ。

 殆どはブレマートンやフォークリフトにあたって弾かれたが、一部が作業中の軍人や民間人に当たって呻きと悲鳴が上がる。

 素早く目を動かして状況を確認する。

 民間作業員に扮した体格の大きい男が三人、ハンドガンを構えていた。リボルバーが一丁にオートマチックが二丁。大したものじゃない。

 撃ちつくさせてから対応するかと考えていると、一人が背中からサブマシンガンを取り出した。

「KAN-SEN確認、援護頼む!」

 どこかに無線で連絡している。これ以上増援がくると、自分は良くても人間がマズい。

 こんなところでサブマシンガンとか、虐殺でもするつもりなのか。

「それ以上動くな!」

 言いながら姿勢を低くして突撃する。撃たれる前に制圧する必要がある。

 一番右端の男の懐に飛び込み、伸び上がるように顎を吹っ飛ばした。

「Fuck off!!」

 隣の男が叫ぶと同時に短機関銃を向けてくる。一歩踏み込んで、裏拳で銃身をひしゃげさせる。

 驚く暇も与えず、振り上げた足で横っ面を蹴り飛ばした。

「ばっ、化け物ぉっ!!」

 最後の男の鳩尾に肘を入れ、投げ落とす。一分もかからず、三人の男を沈黙させた。

「制圧完了。マサチューセッツ、指示を」

 インカムに手を添えて、ボリュームを上げる。

『了解。ボルチモアは怪我人の確認と収容、ロング・アイランドは海上の警戒を継続。ブレマートンは他に仲間がいないか周囲を確認して』

『了解』

『了解~』

 それぞれが動き出す。ブレマートンも返事をしようと、

 

 視界の端に銃口が光るのが見えた。

 

「全員、動かないで!!」

 

 艤装を展開し、顔をかばうように両腕を前に突き出す。

 コンテナの陰から、フルオートでアサルトライフルの弾が飛んできた。

 秒間30発、それが三方向から絶え間なくブレマートンの体に降り注ぐ。

 弾丸が体に当たって、こすれあう金属音を残して地面に散らばる。

 めちゃくちゃ痛い。

 でも、痛いで済んでいるのはKAN-SENだからだ。人間だったら穴だらけの肉塊になっている。

「耐えろ、ブレマートン」

 いつの間にか、隣にボルチモアが並んでいた。

 艤装を展開し、通せんぼをするように波止場の道を塞いでいる。

「今マサチューセッツが回りこんでいる。数分しのげばこちらの勝ちだ」

「冗談じゃなく痛いんだけど~……」

 親友が笑ったのを雰囲気で感じる。

 人間に被害がいかないことが最優先だ。二人揃って、大人しく射的の的になっているしかなかった。

 流石に少しだけ血が滲んでくる。うっかり涙が出そうになって、

 

 袋が破裂したような音が聞こえた。

 

 銃撃の音が減る。

 もう一度破裂音。更に減る。

 最後の三回目。音が完全に止んだ。

 驚いて振り向くと、そこには狙撃銃を構えた巽・イングラム軍曹の姿があった。

「確保!」

 彼の後ろから筋肉ダルマみたいな黒人が指令を出し、軍曹も銃を放り出して走り出した。

 足元に転がる男達が引っ立てられ、コンテナの陰に隠れた男達も引きずり出される。

 呆気に取られるブレマートンを横目に、ボルチモアがインカムに手を添える。

「マサチューセッツ、もういい。何とかなった」

『そうみたいだね。海上護衛に戻ろう』

 インカムから離した手を、そのまま親友の肩に乗せる。

「戻ろう、ブレマートン。後のことは任せていい」

「あ、うん……そうだね」

 怪我人に肩を貸し運ぶ人達に視線を流し、端による。

 人間同士が争う現場を、初めて見た。それどころか、訓練以外で初めて人間を相手にした。

 心臓の音がうるさい。

 冷静に対処できたのは、戦闘になると頭が切り替わるからだ。KAN-SENの習性に助けられた。

 誰かのうめき声が聞こえた。

「お前達! おかしいと思わんのか!? さっきのを見ただろう、銃撃を受け止めた化け物の姿を!」

 聞き覚えのない声。

 痛みが滲んだそれは、おそらくはさっきまで撃ってきていた連中の内の誰かだろう。

「人間のように見えて、人間ではない! あれに比べれば、全身に爆弾を巻きつけたテログループのほうがまだ可愛いぞ!」

 振り返らない。

 ブレマートンは、そう選択した。

 そういう主張の人達もいると、学園で学んだことの中にあった。

「目を覚ませ! 怪物を排除しろ!」

 海の上に降り立とうとして、

 

 ごっ、べきっ。

 

 生々しい音が響いた。

 思わず振り向くと、巽軍曹が硝煙の臭いのするユニオン人を殴り倒していた。

「ぎゃあぎゃあやかましい」

 胸倉を掴み上げ、怒りに染まった顔で頭突きをかます。

 怯える男を中空に吊り上げ、〈重桜〉なまりのある喋りで言った。

「次、彼女達を侮辱するとその腐った顔面を穴だらけにすんぞ」

 初めて聞く、ドスの効いた声。

 〈重桜〉なまりなんて、さっきまで少しもなかったのに。

 彼は通常艦艇部隊で、KAN-SEN関係者じゃないはずなのに。

 ボルチモアが着水する音で我に返り、ブレマートンも海面に足をつけた。

『ブレマートン』

 インカムからマサチューセッツの声がする。

『先に戻って指揮官に報告して。緊急連絡は入れるけど、直接話した方がいい』

「……う、うん、分かった。了解」

『? 大丈夫?』

 適当に返事をして、インカムのボリュームを下げる。

 足に力を入れて、最大速度で基地に向かって走った。

 

 その場を離れることができて、心の中でマサチューセッツに感謝した。

 

 ※              ※                ※

 

「――報告は以上です」

 深夜。戻ってきたブレマートンは叩き起こされた指揮官の前に立っていた。

 ユニオン人らしい見た目に、軍人らしい体つき。きっと、スクール時代はモテたことだろうと思う。

 ジョックにはなれそうにもないけれど。

「ご苦労。部屋に戻って休んでくれ」

 要点を書きとめていた紙に目を落とし、指揮官は黙考し始める。

 その様子を眺めながら、ブレマートンは動かない。

 気づいた指揮官が目だけを上げた。

「まだ何かあるか?」

「……ない、んですけど……」

 目を逸らして口ごもる。

 らしくもない反応に、少将は眉を上げた。

「何かあれば、話ぐらいは聞くが」

「……指揮官にアタシのお株奪われちゃったな~」

 苦笑するブレマートンに、小さく鼻を鳴らす。

「ふざけるくらいなら部屋に帰って寝ろ。お前今日は夜勤だろ」

「あぁ、うん……夜間哨戒、指揮官もいるんだよね?」

「〈オフニャ〉でな。海に出るのは次の試作機がきてからだ」

 二人で顔を見合わせて口元を歪める。

 試作機、とは海軍開発部が行っている海上戦闘を人間にも可能とするための兵器の事だ。

 KAN-SENに頼らず、またその補助となる戦力を作る為に、セイレーンとの戦争が安定した頃から開発を続けている。

 が、そのどれもがマトモとは言いがたい。

 試作機ができた端から一部の指揮官に配られ、実際に海上行動や戦闘を行って報告することが義務づけられている。

 ブレマートンからすれば、心配ながらも海で戦う指揮官はカッコイイので悩ましいところだった。

 他のKAN-SENも、似たような反応だろうと思う。

「で、本当に何もないのか?」

 改めて尋ねられ、喉が詰まる。

 首を横に振ってしまえば何もかもが終わる気がする。

 相談、なんかしたら。積み上げてきた全てが、水泡に帰すだろう。

「ちょっと、聞きたいことがあるんだ」

 首を縦にも横にも振らない内に、口が勝手に動いた。

「何だ?」

 自分が何を聞きたいのか、ブレマートンにも分からない。

 

「アタシが指揮官以外の男の人と付き合うって言ったら、どうする?」

 

 指揮官がゆっくりと目を見開くのが分かった。

 どうしようもない驚きが、きっと今広がっている。

 心臓の音が、人生で一番うるさく鳴っていた。

「……相手次第、かな」

「相手?」

 上目遣いに見つめると、指揮官は大真面目に肯いた。

「お前を大事にしてくれそうなら、歓迎する。そうじゃないなら……まぁ、その時次第だな」

 心臓の鼓動が、少しずつ収まっていく。

「なにそれ」

「お前が聞くからだろ……大事な部下なんだ、そのぐらい思うさ」

 やや恥ずかしそうに指揮官が口にする。

 そうじゃなくて、

「指揮官は、アタシが――」

 

 ――他の誰かと付き合ってもいいの?

 

 喉元までこみ上げて、全神経を集中させて飲み込んだ。

「――そんなに大事なんだね~。ヘレナに告げ口しようかな?」

「……真剣に答えた俺がバカみたいだから止めろ」

 うんざりした顔で嫌そうに言う指揮官に、ブレマートンはいつものように笑ってみせる。

 それから、何事もないように司令室を出て部屋に戻った。

 熱いシャワーが浴びたかった。

 

 

 シャワーを浴びて、バスタオルで髪を拭きながらベッドに腰掛ける。

 通信機を掴んで、艦船通信につなぐ。

 DMがきていた。

 ロング・アイランドとボルチモアと、

 

 巽・イングラム軍曹。

 

 ボルチモアからのDMは、マサチューセッツの代理分もあった。

 二人に返して、ボルチモアには旗艦によろしくの一文も付け加える。

 軍曹からのDMにもう一度目を通す。

『ボルチモアさんから教えてもらいました。

 援護が遅くなったこと、心からお詫びします。

 傷は大丈夫でしょうか。何かありましたら、いつでも頼って下さい。

                        巽・イングラム』

 溜息も出ない。

 頼れって、何を頼ればいいというのだろうか。傷ができたら直してくれるのか。

 そういうことを言っているんじゃないのは分かっている。

 ボルチモアも、何で教えているのか。いや、教えるのが悪いわけじゃないけれど。

 スナイパーライフルの音が耳に蘇る。同時に、あの生々しい殴打音と脅す声も。

 KAN-SENの為に怒ってくれた、のだろうか。

 それとも、ただ一人の為に。

 どっちか判断がつかなくて、ブレマートンはベッドに身を投げ出す。

 真剣な少年みたいな瞳を思い出す。ひたすらに愚直で誠実な好意。

 悪い気はしない。最初こそもてあましていたけれど、今はなんとなく分かる。

 この数日で自分が彼を見かけたように、彼もこちらを見ていたのだろう。何度か話したこともあるし、職場だってほぼ同じだ。

 ただ、どうして自分を好きになったのかは分からない。そういうものだといわれれば、それまでなんだけれど。

 付き合うのが嫌か、といわれると、そこまで嫌じゃない。

 それでも、踏み切れないものはあった。

 通信機を顔の前に持ってきて指先でスクロールする。

 任務や作戦の愚痴が1割、政治の話が1割。勉強やクラブ活動やファッションについてが3割で、残り5割は人間関係――特に恋の悩み。

 艦船通信に溢れる相談事の中に飛び込んでしまったと自覚する。

 だけど、同じように相談することはできなかった。

 下手に人間らしくなったせいで、ややこしいことが増えたような気がする。

 さっきもヤバかった。うっかり口が滑りそうになってしまった。

 あんなことを言ったが最後、部隊丸ごと巻き込んでの大騒ぎだ。基地全体まで巻き込むかもしれない。

 そして、その結果絶対に指揮官もヘレナも傷つく。

 そんなことがしたいんじゃないのに。

 やるにしたって、覚悟が必要だ。うっかりなんかでやるもんじゃない。

 

 ――でも、

 

 やっぱり、自分は指揮官のことが好きなんだろうか。

 軍曹にも分かるくらい、あんなことを口走りそうになるくらい。それはつまり、好きってことでいいんだろうか。

 分からない。

 彼と一日デートでもしたら分かるだろうか。

 そしたら、彼が諦めてくれて、円満に解決して、

 

 ――そこから先は?

 

 分からない。

 ずっとこの気持ちを抱えたまま笑っているのか、それとも我慢の限界でボルチモア達を巻き込んで仕掛けるのか。

 皆でケッコン衣装でも着て幸せにでもなるのか。

 それは実にKAN-SENらしくて、〈ブレマートン〉らしいことに思えた。

 目を閉じる。

 真っ直ぐ見つめてくるイングラム軍曹の顔が浮かんでくる。

 それでいいのか、と問われているようで最悪な気分になった。

 

 ――アタシは、どう思ってるんだろう?

 

 いろんなことが、その言葉で止まってしまう。

 沢山考えてきたはずなのに、何一つ分からない。

 気持ちに正直に、なんていわれても。

 正直になる気持ちが分からないんじゃ仕方ない。

 目を開けて、もう一度軍曹からのDMを開く。

 何かありましたら。

 何かありましたとも。

 頼って下さい。

 じゃあ、頼らせてもらいます。

 自分の気持ちを確かめるには、荒療治が必要だ。

 だって、指揮官は他の人と付き合ってもいいって言ったのだから。

 何かやたらと条件をつけていたような気もするが、軍曹ならきっと合格点だろう。

 こんなクソ真面目でぐいぐい迫ってきておいて、大事にしないなんてこともないと思う。

 指揮官と軍曹が悪いのだ。

 

 ――アタシは、ちゃんと忠告したもん。

 

 それなのに、こちらのことなどお構いなしの男共が悪い。

 DMに返信する。

 

 デートの返事は、OKにしておいた。

 

 ※                 ※               ※

 

 ブレマートンが告白されてから四日目。

「あれ、いないのか」

 誰もいないアリーナを覗いて、指揮官は思わず呟く。

 その声に反応したのは、清掃中の巽・イングラム軍曹だけだった。

「誰か、お探しですか?」

 生来のその生真面目さから声をかける。

 頭を掻きながら、指揮官は彼に視線を向けた。

「あぁ、うちの部下をな。ブレマートンかボルチモア、マサチューセッツでもいいが知らないか?」

 顔を正面から見て、軍曹が眉をぴくりと動かす。

「……皆さん、プールの方にいると思いますよ」

 そう言われ、指揮官が何かに気づいたように顔を歪める。

「あー、そうだった。しまったな、後にすっか」

 流石に水着だらけのKAN-SEN達が騒いでいるところに突撃する勇気はなかった。

 玩具にされることが目に見えている。プールにでも落とされたら、仕事どころではない。

「……第64任務部隊のジェイムス・スコット少将ですよね。何の御用だったんですか?」

 そこで初めて、指揮官は自分を見上げる軍曹の目つきに気づいた。

「あぁ、昨日の事でちょっと……君は確か、フーバー曹長のところの、巽軍曹、だったか」

「覚えていて頂いて光栄です。第12艦艇部隊所属、巽・イングラム軍曹です」

 上官を見る目、ではない。

 まるで敵か何かを見るような目に、指揮官は顔をしかめる。

「何か用か?」

「……少将は、学生時代にバスケットボールクラブに所属されていたとお聞きしたことがあります」

 肯く指揮官に、軍曹は指にひっかけた倉庫の鍵を見せた。

「よければ、ご指導を頂けないかと」

「……恨まれる覚えはないとは言わねぇが。せめて何の件かは教えてもらいたい」

 倉庫に向かう背中に指揮官が声を飛ばす。

 振り向かないまま、軍曹が答えた。

「恨んでなんかいませんよ。ただ、彼女の指揮官がどんな人か、知りたいだけです」

 その言い方でピンときた。

「お前か。ブレマートンに手を出してんのは」

「まだ、ですよ。返事待ち中です」

 律儀に答えて、倉庫の鍵を開ける。

 指揮官は上着を脱いでコート外に放り投げた。

「30分でいいな。気に入らなきゃ延長もアリだ」

「十分です。ご指導、ご鞭撻のほどを」

 バスケットボールを一つ掴み、軍曹は指揮官を真っ直ぐに見つめる。

 それを正面から受け止め、二人はコートに並んだ。

 

 誰もいないアリーナに、1on1の音が響いた。

 

 

「キャンディ争奪戦、スタートぉ!」

 空母〈サラトガ〉の声が響き、駆逐艦たちが一斉にプールの中に飛び込んだ。

 KAN-SEN用のプール設備は、どこぞのリゾート地も真っ青なくらいに整っている。25mプールが三つ、50mのプールが一つ。ドームも完備で、屋内専用のものもある。

 横の広さは17m~30mと各種揃っている。水深が酷いことになっていて、最深5mのものまで。飛び込み台の高さは最高10mだ。

 ここまで揃ってるのは、彼女達にとって泳ぐことが娯楽として重視されているからだ。海の上を走る彼女達にとって、水に関わる部分が最も人とかけ離れている。その距離を縮める為の施策だった。

 流れるプールやウォータースライダーはやりすぎだ、という意見も一部にはあるらしい。

 今日使っているのは、普通のプールだ。

 サラトガの艦載機がプール中に撒き散らしたキャンディを、駆逐艦たちが取り合う。紅白に分け、多くキャンディを拾ったチームの優勝だ。

 〈重桜〉のイベントを参考にしたというプログラムを眺めながら、ブレマートンはデッキチェアに腰かける。

「お疲れ」

 ストローボトルを片手に、ボルチモアが労ってくれる。

 活躍できなかった自覚のあるブレマートンは苦笑した。

「ありがと。そっちは大活躍だったね」

「まぁね……と言いたいが、イントレピッドもコロラド達も流石だよ。思ったより差は開いていないね」

 競泳水着姿のボルチモアがプールサイドの点数表に目をやる。

 艦種で分けられた適当なチーム表の下には総合ポイントが書いてある。今の一位は軽巡チームだ。

 真っ赤なビキニ姿のブレマートンが頬杖をつく。

「もう少し泳ぎが得意だったらなぁ」

「気にしない方がいい。KAN-SENには世界で一番不要な能力だろうし」

 言われて、どうしようもなく渋い顔で笑った。

 確かにその通りだ。泳ぎなんて、必要になるときはこないだろう。

「やっぱ、人間じゃないよねアタシ達」

「だが、泳ぐと気持ちいいのは人間と変わらないさ」

 どっちなのさ、とブレマートンは心の中で呟く。

 人間と同じだったら、きっと悩むことは減る。人間じゃなくても、きっと悩むことは減る。

 人間とそうじゃないものの狭間だから、悩むことは増えるのだ。

 割り切ることもできずに。

 いっそ、割り切ることなんてやめてやろうか、とブレマートンは思った。

 

 

 ボールが跳ねる音が響く。

 腰を落とした指揮官を前に、軍曹は攻めあぐねていた。

 1on1を始めてから10分。まだ一本も取れていないのに、もう5本も決められている。

 バスケは体格のスポーツ、と言われる。

 桜系ユニオン人の軍曹は小柄な方だ。純ユニオン人の少将と比べて不利なのは明らかだった。

 人種で有利不利が決まると思うほど、軍曹は大人しくはなかった。

 強引にドリブルで攻める。きっちり進路を抑えられ、半歩分も進めない。

 一度引いて股下を通して一呼吸置く。深呼吸を一回。

 思いっきり体を低くして、強く左右に振った。フロントチェンジ、から右に抜くと見せかけたフェイント。

 勢いを殺す為に、全力で体を捻ってロールターンをかけた。

 半分体をぶつけるようにして、指揮官の伸びた右足をまたぐようにして抜きさる。

 一直線にゴールへ向かおうとして、

 再び指揮官に進路をふさがれた。

 どう考えても反応できるはずがない。何が起こったのかわからず頭が真っ白になって、

 

 ボールを奪われた。

 

 センターラインまで一度戻るのが指揮官がつけたハンデルールだ。必死に後を追いながら考える。

 読まれたんだ、と思いつく。フェイントからバレていたのだ。

 だから、重心を残されていた。わざと抜かせて、余裕をもってプレスしてきたのだ。

 センターラインから大回りをするように指揮官が走る。隣にぴったりとついているのに、意に介した様子もない。

 ゴールの真横にきたところでシュート体勢に入られる。ゴールコースを塞いで思い切り腕を伸ばした。

 ぶつかるのも構わず少将が跳ぶ。ブロックをものともせずに、シュートをうった。

 リングにあたり、ネットが揺れる。

 振り向いた隙をつかれて、横を抜かれた。

 一瞬遅れて走るも、ゴール下から追い出される。こぼれたボールは当然のように指揮官の手によりネットの中に叩き込まれた。

 床に垂れた汗を踏んで足がすべる。

 呼吸が荒い。視界が滲む。体力的にはまだ余裕のはずなのに、追い込まれている感じがする。

 この程度、大した運動量じゃないはずなのに。

「スポーツってのは、訓練と違ってな」

 少将の声がする。ユニオン人らしい発音で、必死に勉強した喋り方だ。

 重桜の血が混ざっていることを、ハンデに思ったことはない。

「意識するものが違う。勝敗のプレッシャーは、生き死にのプレッシャーとはまた別物だ。命のやりとりと、プライドのやりとりは別ってことさ」

「……ご指導、感謝します」

 ボールを拾い、センターラインまで戻る。

 点を取った後は、そうするのが軍曹が決めたルールだった。

「この程度でへばるほどヤワな鍛え方はしてませんので。お願いします」

「曹長もえらい奴を部下にしてるもんだ」

 口元を歪める指揮官を、軍曹が睨みつける。

 ユニオン人の余裕ぶった顔も態度も、昔からそこまで好きじゃなかった。

 バスケなんて、今までの人生で一度も好き好んでやったことはない。

 ボールを床に叩きつけ、軍曹はゴールを睨み付けた。

 

 

 高台から飛び込み、水が弾けて壮大な音を立てた。

「ボルチモアって、何でもできるね~」

 手すりにつかまって水面に頭を出した親友に、プールサイドからブレマートンが声をかける。

 飛び込み台には、もう次の艦が準備していた。

「一通りはね。〈ボルチモア〉自体がそういうものらしいし、私もやってて楽しいから」

 プールサイドに上がり、ショートヘアをかきあげて水を飛ばす。

 その様子を眺めながら、ブレマートンは別のプールに目をやった。

 駆逐艦〈シムス〉のいたずらから逃げ回る、水中鬼ごっこをやっている。ビキニの彼女は下手をすると水着をはずされるので参加せずにいた。

「結構羨ましいな、そういうの」

 親友しか聞いていないと思って、つい口が滑った。

「そう? ブレマートンだって、よく皆の相談に乗ってるだろ?」

「そうなんだけどね~……〈ブレマートン〉らしさってそのくらいだし」

 デッキチェアに置いていたボトルに口をつけて、ボルチモアが言う。

「私からすれば、そっちの方が羨ましいけどね」

 意外な言葉に、ブレマートンが振り向く。

 水に濡れた唇が、ボトルのストローを弾いていた。

「〈ブレマートン〉らしくないってことは、君らしいってことだろ。私も、〈ボルチモア〉らしくない部分が欲しいよ」

 彼女の瞳は、どこか寂しさを抱えていた。

 〈ボルチモア〉は、クールで颯爽としていて、皆から頼られる存在だ。能力は高く、運動は万能で、ほんの少し乙女。正直な物言いをするが、それは気遣いの結果である。

 そういうものだ。

 だから、例え誰かを好きになったって、ずけずけとそれを口にできない。相手に思い人がいたりするなら、尚更だ。

 自分の気持ちを内に秘め、気づかれぬよう笑顔で皆に接する。

 そういうものだ。

 彼女が〈ボルチモア〉でいたくない時がどんな時か、分からないわけがなかった。

「何言ってるの、ちゃぁんとあるじゃんか」

「そうかな?」

 首を傾げる親友に近づいて、耳元でこっそりと囁く。

「せ・ん・ぱ・い♪」

 ボルチモアの顔が真っ赤に染まる。

「ひゃあぁっ!? そっ、それは言わない約束だろっ!?」

「誰も聞いてないって、大丈夫! ね、ほら、らしくないでしょ?」

 焦ってボトルを取り落とす親友に向かって笑ってみせる。

 ショートヘアの少女は、実に不満そうにボトルを拾い直した。

「……おかしい、だろうか?」

 頬を染め目を伏せて言うボルチモアは、ブレマートンの知っているどの〈ボルチモア〉とも似ていなかった。

「全然。いいと思うよ、本当に」

 先輩、と。

 指揮官にそう言いかけたらしい親友に、本心からそう伝える。

 実際に、そんな世界があればいいと思う。

 きっと、指揮官を先輩と呼べる世界は、平和そのものだろうから。

 もし、そんな世界があったら。

 誰かが指揮官と付き合えば、他の皆は別の人と付き合うことになるんだろうか。

 そう思うと、妙な気持ちがブレマートンの胸の中に広がるのだった。

 

 

 1on1が始まってから30分が経過した。

 転がるボールの横で、軍曹が仰向けに倒れていた。

 服が汗を吸収しきれず、床に広がっている。犬のように荒い呼吸を繰り返し、胸が大きく上下する。

 両腕で顔を覆っているのは、表情を見せないようにするためか。

 結局、一本も取れなかった。

 軍曹は、少将相手に手も足もでなかった。

「延長、するか?」

 気遣うような、勝利を確信している人特有の声色に軍曹は歯を食いしばる。

 それでも、それが正しいことは誰よりも軍曹自身が良く分かっていた。

 このまま一時間続けようが、おそらく指揮官には勝てない。

 体力切れを狙って続けたとしても、それで勝っても意味はない。

「負けを認めるんなら、一つだけ頼みを聞いて欲しいんだが」

「……なんですか……」

 荒い息の狭間に出た声は、自分で思ったよりも掠れていた。

 指揮官はボールに手をついて腰を下ろし、

「何であいつなのか、教えちゃくれないか?」

 拾い上げたそれを、指先に乗せて回転させた。

 軍曹は唾を飲み込み、照明器具がぶら下がった天井を見つめる。

「……声を、かけてくれたんです」

 自分の声がどこか遠く聞こえて、他人事みたいに耳に入る。

 考えるのも面倒で、口から思い出が垂れ流される。

 まるで、自分じゃない誰かが喋っているように。

「オレの母は〈重桜〉人で、父が元軍人の〈ユニオン〉人でした。戦争が始まる前までは良かったんですけど、〈重桜〉が裏切ってからは周囲の視線がきつくなって」

 父が軍人だったのもまずかった。

 母は重桜人らしく気に病むし、父の友人達も腫れ物に触るように接するのはいいほうで、いないもののように扱う人も出てきた。

 父の後を追って軍人になっていたのも、裏目に出た。

「軍でもまぁ、色々あって。仲良かった連中がいきなり遠巻きにしてきたりとか。母がやたらとお国の為に頑張れとか言ってきたりとか。最低でしたよ」

 ユニオンに貢献すれば、なんとかなると母は本気で思っていたのかもしれない。

 しかし、今の戦争で戦力に数えられるのはKAN-SENだけだ。

 人間の操る艦艇など、輸送の役にしか立たない。

「ユニオンも嫌いになりそうでしたけど、重桜は死ぬほど嫌いになって、連中を開戦に踏み切らせたKAN-SENも嫌いになりました。くたばれっていつも思ってましたよ」

 軍曹の気持ちは、ユニオン人である指揮官には分からない。

 ただ、周囲の視線や態度が重圧になるのは、良く分かった。

 一人で戦わなければならない、その孤独も。

「雰囲気に出てたんでしょうね。そのうち、オレに誰も近寄らなくなりました。性格ひん曲がってるから当然ですけど」

 どんな任務をしていても、作業をしていても。

 部隊の中にいて、一人ぼっちだった。

 それで回る程度の仕事しか、通常艦艇部隊には与えられなかった。

「そんな時に、彼女がオレに声をかけてくれたんです」

 今も初めて話しかけられたときのことを覚えている。

 きっと彼女にとっては、もう忘れてしまっている程度のことだろうけれど。

「最初はそりゃもう、酷い態度で対応しましたよ。慇懃無礼って言葉まんまで。でも、彼女は何にも気にせず話しかけてきてくれたんです」

 多分、こちらの反応なんざどうでもいいだけだったんだろう。

 そうと分かっていても、嬉しいもんは嬉しいのだ。

「やけに押しが強くて、強引に相談に乗ってくれたりして。後で聞いた話なんですけど、誰かが彼女にオレのことを相談したらしくて。その一環で接してくれてたみたいです」

 おかげでそれから、部隊の連中とも話せるようになった。

 いつでもどこでも一人だったのが、少しずつ変わっていった。

「たったそんだけの、彼女にしてみればよくある相談の一つでしかないもので。でも、オレにとっては人生変えるくらいのことでした」

 大嫌いだったKAN-SENに助けられた。

 くたばれと、いつも思っていたのに。

「だから、オレは――」

 歯を食いしばって、宣言する。

 

「――彼女のことが、好きになりました」

 

 人間が、KAN-SENに恋をする。

 指揮官でもない人間が。

 それが、どういうことなのか。想像してみただけで寒気がする。

 それは、地獄の一丁目へ落ちることと同義だ。

「世界で一番大事に思ってます。KAN-SEN指揮官共みたいな、あっちこっち手を出して笑ってられるようなクズとは違う。オレは、彼女だけが好きだ」

 胸に突き刺さるものがあって、指揮官は天井を見上げた。

 確かにクズ以外に言いようがない。それはその通りだ。

「だから、あんたに勝ちたかった。あんたに勝って、彼女を手にしたかった」

 顔を覆う腕を、一本天井に伸ばす。

 何一つ掴むことはできなかった。

「そう考えるオレが、多分一番クズなんだ。だから、彼女はきっとオレを選ばない」

 分かっている。

 指揮官に勝てることはない。

 ただの人間は、地面に這い蹲るしかない。

 それが、今の世界のルールだ。

 人種や体格で決まらなくても、それよりもっとどうしようもない何かで決まる。

「お時間をとって、すみませんでした」

 涙だけは、絶対にみせるまいと誓った。

 勝てるはずのない戦いに挑んで、負けるのは当たり前だ。

 それでも、それで勝てたなら何か違う道が開けるかもしれないと思った。

 運命とか本能とか、そういうどうしようもない何かに打ち勝てる気がした。

 そうしたら、きっと。

 彼女の瞳が、自分を見てくれる気がした。

 夢は夢のままで終わる。

 結局、そこにあるのは現実だけだった。

「……ハイスクール時代、バスケやってたんだけどな」

 指揮官が天井を見ながら語り始める。

 声もなく泣いている軍曹を見ず、ボールを床に置く。

「一時期、バスケ選手になりたかったんだ。結構本気で頑張ったりもした」

 NBAに憧れたスクール時代。黒人と白人の差など覆してやると、人種の有利不利に喧嘩を売った。

 現実は、それ以前の問題だった。

「それで分かったのは、人間には分際があるってことだった。できもしないことに血道をあげるより、出来ることを伸ばす。それが一番だと知った」

 身の程を弁えて、自分を知って。

 勝てるところで勝ちに行く。それが賢い選択だった。

 

「KAN-SENを幸せにすることは指揮官にしかできない――そう思うか?」

 

 負ける戦いはしない。

 それが、生き延びる上での最善の選択肢だ。

 

「Fuck you!!」

 

 全身から搾り出すようにして出した声は、アリーナに反響して響き渡る。

 少将は笑って、脱ぎ捨てた上着を手に取った。

「クソみたいな生き方だ。好きにすりゃいいさ、その結果を受け止められるなら」

 億万長者になろうがホームレスになろうが、どうせ最期はその辺で野たれ死ぬ。

 綺麗な死に方なんてありはしないし、満足できる生き方なんてない。

 必要なのは、覚悟だけ。

 歩く道を選んで、その結果を見つめる決意だけだ。

「ご指導、ありがとうございました!!」

 腹の底からの叫びを背中に、指揮官はアリーナを後にした。

 

 プールには、寄らなかった。

 

 ※               ※                   ※

 

 夜間哨戒は、KAN-SENにとっても最も緊張する任務の一つだ。

 空母や軽空母の艦載機による偵察が殆ど意味を成さない。敵の早期発見はレーダー頼みとなる。

 奇襲を受ける可能性が最も高い危険な任務。それが夜間哨戒だった。

 編成されるメンバーも、それを見越して選ばれる。

 旗艦に戦艦〈ノースカロライナ〉、僚艦に同じく〈ワシントン〉、空母〈エンタープライズ〉、前衛に重巡洋艦〈ボルチモア〉、同〈プレマートン〉、駆逐艦〈ラフィー〉。

 火力・対空・耐久。全てにおいて高水準で、一隻二隻やられたくらいではびくともしない。

 この編成と正面から殴り合いをして、マトモに戦える艦隊はアプラ海軍基地にもそう多くない。

 実に()()()な編成だと、ブレマートンは思う。

 あらゆるものを度外視して、生存率を高めた艦隊。状況対応力が高くなるよう、自己完結している艦で構成されている。

 それは即ち、救助に回ることが容易いということで。最悪の状況でも、一隻も沈むことなく撤退を可能とするための編成ということになる。

 一部、とことん戦いたそうな艦もいるが。

「あーくそっ、なんで夜の海ってなぁこうなんも見えねぇんだよ!」

 我慢の限界だというようにワシントンがぼやく。

 その美しい銀髪を何の構いもせずにがりがりとかきむしる。

「視界が悪いからって、後ろから突っ込んでくるのはやめてくれよ?」

「てめぇボルチモア! 次言ったらぶっ飛ばすぞ!」

「次って言うだけワシントンも気が長くなったよねぇ」

 星と月の明かりしか見えない、真っ黒な海を六隻のKAN-SENが飛沫を上げて進む。

 海水全部がコールタールに変わったような黒さと、空と区別がつかない水平線。

 自分達の駆動音以外何も聞こえない状況で、彼女達は軽口をかわしていた。

 何も無駄口というわけではない。時として互いの姿さえ見えなくなる海上では、声をかけあっていないと見失いかねないからだ。

 レーダーが艤装に内蔵されている彼女達には、不要といえば不要なのだが。

「〈素体〉の記憶か。私も夜は好きではないよ」

「ビッグEに言われてもな。どうせあんたは艦載機が操り辛いからだっつーんだろ」

 空母のフォローに、妹の方の戦艦がややすねたように返す。

 ノースカロライナが眉尻を下げた。

「こら、ワシントン。ごめんなさいね、エンタープライズ。この子、貴女と一緒だから緊張しているのよ」

「ばっ! そんなことねーよ!」

 夜の海に顔を赤らめた戦艦の叫びが吸い込まれていく。

 ブレマートンにも、ワシントンの気持ちは分からないでもない。出来る人に寄り添われても、より出来ない自分が露骨になるだけだ。

「そうなの? エンタープライズのこと気にしてたじゃない」

 姉妹間の秘密を情け容赦なくバラしていくノースカロライナ。

 ワシントンに非があるとはいえ、若干可哀想になってくる。

「アタシはただ、最強とか無敵とかってのはどんな気分かなって思っただけだよ!」

 自分から晒していくスタイルの妹戦艦に、ボルチモアとブレマートンは苦笑する。

 ビッグEの愛称を持つ空母は、真面目に答えた。

「期待には応えねばな。尤も、戦場に絶対はない。誇りには思えど、それだけさ」

 ぐうの音もでない。

 流石のワシントンも黙るしかなく、コールタールの海に静寂が訪れた。

 海面を割る駆動音も、慣れると無音と変わらなくなる。

 降り注ぐ雨が、次第に雑音になって聞こえなくなるように。

「あら、スコールね」

 猛烈な風が通り過ぎ、姉の方の戦艦が髪を押さえる。

 人間だったら吹き飛ばされそうな風も、彼女らにはなんら影響はない。少々レーダーを含めた計器類に異常が出るくらいだ。

「……雨がくる」

 ラフィーの呟きと共に、ぽつ、ぽつ、と雨粒が降り落ちる。

 あっという間に勢いを増し、豪雨と化した。

 〈オフニャ〉から途切れ途切れの通信が入る。

『応……しろ、状況……告を』

「こちら旗艦ノースカロライナ。スコールがきました。影響範囲からの離脱は可能です」

 基地からの距離と天候の悪化の影響で聞き取り辛い音声にもかかわらず、ノースカロライナは冷静に報告する。

『許可……る。離……ろ』

「了解。全艦、隊列を維持しハーフアヘッツー!」

 風と雨で揺れる海面でバランスを取りつつ、半速で進む。

 旗艦が落ち着いていると艦隊に安心感を生む。ノースカロライナが選ばれたのは伊達ではない。

「夜にスコールでしかも雨とか、エンタープライズいるのにぃ」

「セントルイスでもいれば、二人分で何とかなったかもしれないな」

 ブレマートンの愚痴に、ビッグEがジョークで返す。

「体幹トレーニングには悪くない」

「この程度、アトラクションと何が違うんだよ?」

 ボルチモアとワシントンの二隻が何のことはないように言う。

「あんた達と一緒にしないでよー! ラフィーもそう思うでしょ?」

「別に……ラフィーは夜も雨も苦手じゃないから……」

 ウサ耳を揺らして、何事もなく波を乗りこなしている。

 意外と優秀な駆逐艦は、眠そうに答えた。

「そういや、夜間哨戒には殆ど参加してるんだってな? 得意なのか?」

 ワシントンの質問に、

「本当は寝たい……でも、夜間哨戒ある時はヘレナが指揮官についてずっと起きてるから。部屋で一人で眠るのは好きじゃない」

 ボルチモアがびくりと体を反応させる。

 能天気に見えて繊細な駆逐艦を、姉戦艦が優しく気遣う。

「ラフィーも大変なのね。でも、偉いわ。ラフィーのおかげで助かってるって、指揮官も言ってたもの」

 雨など意に介さず、ウサ耳少女が振り返る。

「……ほんと?」

「本当よ。夜間哨戒は危険だから、ラフィーがいてくれると安心するって」

「……良かった」

 髪を押さえながら微笑むノースカロライナと、嬉しそうにはにかむラフィー。

 KAN-SENとして理想的な光景に、思わずブレマートンの口から溜息がこぼれそうになった。

 なんとか抑えこんで、空を見上げる。

 雲の動きなんて殆ど見えないが、星の瞬きでぎりぎりなんとか把握できる。

 スコールを抜けるまであと少し。

 ラフィーが指揮官に向ける感情は、愛情とは少し違うかもしれない。そういうのがアリなら、自分もそうでありたいと思う。

 さっきからやや挙動不審な親友を見つめ、ブレマートンは心底そう思った。

 今更ヘレナと指揮官との関係なんて、気にするだけ辛くなるだけなのに。

 それが恋愛というものなら、実は自分は恋愛なんてしてないのかもしれない。

 気づいたら誰かのことを考えてることなんて、ただの一度も、

 

 空を何かが横切った。

 

「全艦、構えろっ!!」

 エンタープライズが切羽詰った声をあげ、艦載機を発艦させた。

 空中でマズルフラッシュが閃く。海面を叩く弾丸と、爆発音。

 銃撃の光に映ったのは、紫電改二。〈重桜〉の戦闘機だった。

「全艦、回避行動!」

 レーダーと音を頼りに、ブレマートン達が散る。ボルチモアとラフィーの撃った副砲が、攻撃機から放たれた魚雷を爆発させた。

 水柱が上がり、音が響く。足元を通り過ぎていく魚雷に背筋を冷やしながら、ブレマートンは対空砲を構えた。

 自らを落ち着かせようと、普段と同じく笑ってみせる。

「んじゃ、さいなら~!」

 全弾撃ちつくす勢いで放ち、爆撃機を四散させる。

 すぐに視線を切ってレーダーと合わせて周囲を確認する。

 どこかに空母がいるはずだ。それと、その護衛も。

「対空砲、用意! Fire!!」

 敵機が次々に墜落していく。夜の空では、航空機もその性能を十分に発揮できないだろう。

 奇襲は失敗した。にもかかわらず、敵艦載機による攻撃は続いている。

 互いに轟音とマズルフラッシュを海に撒き散らして。

 そのことに気づいたとき、ブレマートンの全身を悪寒が走った。

「ノースカロライナ! 連中、艦載機を囮にしてこっちの正確な位置を割り出そうとしてる!!」

 遅かった。

 遠くで轟音が鳴ると同時に、砲弾が迫ってくる。

 回避行動は、なんとか間に合う。徹甲弾は直撃しない限り大したダメージは受けない。

「散開!!」

 指示を出しながら、ノースカロライナが砲弾に向かって突っ込んだ。

 本能同然の反射行動で散らばりながら、ブレマートンは目を見開く。

 なんでそんな真似を。

 答えは、すぐに分かった。

 ノースカロライナの脚が綺麗に伸び、砲弾を横から叩きつける。

 その瞬間弾頭が爆発し、炸裂した。

 破片が飛び散り、艤装にあたって跳ね返る。

 距離をとっていたブレマートン達は大したダメージは受けなかったが、ノースカロライナは吹き飛んで海面に叩きつけられた。

「てめぇぇらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 獣のような咆哮を上げ、砲弾が飛んできた方向にワシントンがめちゃくちゃにぶっ放す。

 直撃はせず海面に巨大な水柱を上げるだけだったが、水を弾いて動く影を捉えることはできた。

 ラフィーの照明灯が影を照らす。

 そこにいたのは、予想通り〈重桜〉のKAN-SEN達だった。

 獣の特徴を持つ、特異な外見をした艦達。実力も折り紙つきの彼女らは、厄介な編成をしていた。

 戦艦〈三笠〉、空母〈赤城〉、同〈加賀〉。重巡洋艦〈鈴谷〉、同〈熊野〉、

 重桜『最優』の駆逐艦〈綾波〉。

 二隻の駆逐艦は動きを止めて睨み合う。

 我慢ができなくなったのは、ユニオン戦艦の方が先だった。

「ぶっ殺す!」

 遠慮も躊躇もなく暴力的な威力を持った砲弾が放たれる。

 軽く手を前に出し、〈三笠〉が号令を出した。

「撃て」

 〈三笠〉の副砲が轟音を立てる。

 海面に膝を立てた〈鈴谷〉と〈熊野〉の主砲が、狙いすまして引き金を引かれる。

 対象は、第64任務部隊の艦隊ではなく、

 

 ワシントンが撃った、砲弾そのもの。

 

 空中で弾丸同士がぶつかり合い、はじけるように海に落ちる。

 本来なら狙ってでもやれない所業。人間には不可能なそれは、如何にKAN-SENといえど練度の高さを窺わせた。

 一瞬怯んだワシントンの肩に、エンタープライズが手を置く。

「随分な挨拶だな」

 赤城と加賀をけん制するように一瞥し、三笠に視線を向ける。

「我々は戦争中だ。忘れないでもらいたい」

 腕を組む三笠の姿は威風堂々としていて、歴戦の貫禄をみなぎらせている。

「その割りには、随分とぬるい攻撃でしたわね」

 髪を振り払い、ノースカロライナが前に出る。

 全身に裂傷を負ってはいるものの、致命傷には程遠い。航行にも戦闘にも影響がないのは、傍目にも明らかだった。

「ここで本格的にやりあうつもりはない。泥沼の戦闘はこちらも望まない」

「じゃあなんだってケンカ売ってきやがった!?」

 眉一つ動かさない三笠に、ワシントンが噛み付く。

 それに答えたのは、〈鈴谷〉だった。

「こちらにも事情、というものがありまして。それに、」

 ちらり、とブレマートンを一瞥し、

「新しい可能性、その芽生えを見ておこうかと」

「相変わらず意味わかんねぇことをごちゃごちゃと! ここで沈めてやろうか!?」

 ワシントンの砲塔が重桜艦隊に向けられる。

 短気な戦艦に、〈熊野〉が真っ先に反応した。

「もー、めんどくさいってー! こいつら沈めちゃえばいいじゃんかー!」

 一気に空気が張り詰める。

 満ちる戦場の緊張感に、硝煙の臭い。

 獰猛なワシントンの瞳を、熊野が嘲るように受け流す。

「いい加減にしろ。戦闘行為は認められていない」

 〈加賀〉が熊野の頭を押さえ、後ろに引きずり倒す。

「あだだだっ!? ちょっと、痛いってー!」

 喚く熊野を無視し、加賀はエンタープライズを一瞥する。

 その視線を受けてたち、白鷹の戦士はじっと見返す。

「さっきの奇襲は、戦闘行為ではないということか?」

 咎めるように口にする白髪の空母に、濡れ羽色の髪を持つ空母が嘲笑する。

「〈ユニオン〉では、子猫のじゃれあいを戦闘というのかしら?」

 ワシントンの頭から、ぶちぃっという音が聞こえた。

「この腐れ外道――!!」

 砲塔が動いて赤城を狙い、引き金を、

 

『――言うとも。あれは戦いの訓練だからな』

 

 〈オフニャ〉から響いた声に、全員の動きが止まった。

 視線を集中された丸い猫玉は、我関せずとばかりに前足で顔を拭いた。

「これは、指揮官様。お初にお目に掛かります、私は重桜の空母〈赤城〉と申しますわ」

『ご丁寧にどうも。ユニオンの一兵卒だ。先程からの重桜式のご丁寧な挨拶痛み入る』

 皮肉たっぷりの物言いに、赤城がくっくと喉で笑う。

「面白いお方。ねぇ、重桜にいらっしゃいませんか? 悪いようには致しませんわ」

『美女の誘いを断るのは非常に辛いが、祖国を裏切ることはできなくてね。君も重桜のKAN-SENなら分かるだろう?』

 重桜の艦達の視線が〈オフニャ〉と赤城を行き来する。

 赤城は薄い笑みを浮かべたまま、落ち着いた声音で言った。

「本当に面白い方。別の出会い方をしたかったですわ」

『今からでも遅くはないさ。俺の下に来るといい、悪いようにはしない』

 三笠と綾波を除く重桜の艦が一斉に〈オフニャ〉の方を見る。

「……とても心躍る提案なのですけれど。私も、祖国を裏切れませんの」

『それは残念だ。なら、今夜の逢引はここまでにしよう。後ろ髪を引かれるのも趣味じゃなくてね』

 赤城の目が細まり、三笠と視線で合図をかわす。

 重桜のKAN-SEN達がゆっくりとその場を離脱していく。

「そうしましょう。またお会いできる日をお待ちしていますわ」

『あぁ、そうだ。帰る前に一つ聞いておきたいんだが』

 踵を返した赤城が、肩越しに振り返る。

「なんでしょう?」

『こんな夜更けに、それだけの編成で何をしていた?』

 夜間哨戒にしては、ユニオン側の領海まで踏み込みすぎている。

 うっかり迷い込んだ、というには彼女達の行動には迷いがなかった。

 赤城は目を伏せ、楽しそうに微笑んだ。

Love laugh at locksmiths(恋愛に不可能はない)――でしたわね。指揮官様が私を夢中にさせてくだされば、いずれお話しする時もあると思いますわ」

『……女性を追うのには慣れてるんでね。努力するよ』

 その会話を最後に、赤城はもう振り向かずに海域を離れていった。

 ワシントンが叫ぶ。

「おい、指揮官! あいつら逃がすのかよ! 追撃許可をくれよ!!」

『認められない。戻って来い、疲れただろ』

 睨み合っていたラフィーも武器を収め、基地に向けて方向転換している。

 ワシントンを除く全員が、帰投準備を済ませていた。

「指揮官! あいつら、姉貴を――!」

『――ヘレナがアップルパイを焼いている。お前達が戻ってくる頃には出来てるだろう』

 突然話題を変えられ、ワシントンが言葉に詰まる。

 指揮官の意図が読めず、どう話を続けていいか分からずに止まる。

『アップルパイ。ラフィーに食い尽くされてもいいなら、好きにしろ。ノースカロライナ、帰還後に報告はできるか?』

「はい、すぐにでも。服が破けただけですので」

 明らかに自分に向けて話す姉に、妹は顔を背けて舌打ちする。

「……わーったよ、戻るよ! ふん、連中も命拾いしたな!」

『エンタープライズのおかげだな。あぁ、そうだ。戻ったらブレマートンも来てくれ』

 鼻を鳴らして一番前に躍り出るワシントン。

 苦笑するエンタープライズを横目に、ブレマートンが素っ頓狂な声を出す。

「えっ、アタシ?」

『あぁ、昨日の事で話がある。いいか?』

「うん、大丈夫。あ、ボルチモアも一緒がいい?」

 親友を覗き見れば、早速ワシントンのフォローに回っていた。

 運動が得意な艦同士、通じ合うものがあるらしい。

『いや、お前一人で頼む。ボルチモアにはお前から話してもいいし、必要なら後日来るように言ってくれ。明日……もう今日か、今日はお前達休みだろ?』

「……そーだね、りょーかい」

『以上、通信を終了する。各員警戒しながら帰還せよ』

 了解、の唱和を聞きながら、ブレマートンの胸に微妙に嫌な予感が沸き起こる。

 昨日の襲撃事件の件の話にしては、指揮官の反応がおかしい気がする。

 妙な感覚を飲み込んで、ブレマートンは仲間と共に基地に戻った。

 

 嫌な予感ほど、的中してしまうものなのだ。

 

 ※                 ※              ※

 

 告白されてから五日目の昼。

 ラフな私服にスポーツバッグを持って、ブレマートンは寮舎の前でデート相手を待っていた。

 空は快晴。昨夜の雨の名残なんて微塵もない。

 深夜に戦闘があったことも、殆どの人が知らない。彼女の体のどこを見ても、その名残なんて一つもなかった。

 KAN-SENはそうして、戦闘と日常を繰り返す。それを知っているのは指揮官だけだ。

 その秘密の共有に近いものが、指揮官とKAN-SENを繋げているのかもしれないと思う。

 他の人に、それを理解してもらうのは多分難しい。

 戦闘をした後にデートにいけるのは、多分KAN-SENだけだと思う。

 車が目の前に停まった。

「お待たせしました」

 私服姿の軍曹が車から降りて助手席のドアを開く。

 洒落っ気のないカーゴパンツを履いてくるあたり、指揮官と似ている。彼の場合は、様々な事情でそのあたりも改善されてはいるが。

「気張らなくていいよ、こっちも疲れるし」

「……すみません、なにぶん初めてなもので」

 恐縮する軍曹に笑いかけ、ブレマートンは内心でそうだろうなと呟く。

 そんなことを言うなら、ブレマートンだって男とデートするのは初めてなのだが。

「んじゃ、行こっか」

「はい」

 二人して車に乗り込み、基地の外に向けて発進する。

 今日のデートプランはランチを食べて、適当に散歩してから学園のコートを借りてテニス、そしてディナーと一般的なものだ。

 ドアに肘をついて、ブレマートンは軍曹の横顔を眺める。

 昨夜のことを、彼は知らない。

 別に話す気もない。

 付き合ったとしたら、そういうことが増えていくだろう。

 その時、彼は果たして耐えられるのか。

 無理そうだなぁ、というのがブレマートンの感想だった。

 

 

 閑散としたゴーストタウンは、それでもレストランとカフェだけは数があった。

 適当なカフェテリアに入って、軽食を食べる。足りるのかとブレマートンが尋ねると、海の上でうっかり食料計算間違えたといわれたときよりマシだと答えられた。

 散歩、といっても寂れた公園しかない。元観光地だけあって、それらしい場所を探すのには苦労しなかった。

 どれもろくに手入れされておらず、別の風情を感じはする。重桜でいう侘びさびだろうかと聞くと、軍曹は分からない、と答えた。

 重桜には、一度も訪れたことがないそうだ。妙に納得できて、ブレマートンは小さく笑った。

 テニスコートを借りての対決は、ブレマートンの圧勝だった。

 軍曹の運動神経は悪くはないが、テニスはやったことがないという。一応一ヶ月ほどは練習した成果が出て、赤髪の少女は最高にいい笑顔を浮かべた。

 サーブを打つ快感を、ブレマートンはこのとき初めて知った。

 汗を流した後は、シャワーを浴びてからのディナーだ。

 急遽予約したというレストランは珍しく高層階にあって、他の部隊の指揮官やKAN-SENが食事を楽しんでいた。

 セイレーンの猛攻を生き延びた、すっかすかのテナントビル。

 それでも、窓から見える夜景は綺麗だった。

 お酒もはいって気分がよくなった所で、グアム島唯一の噴水つき公園に向かう。

 植え込みを区切る塀の上に立って、ブレマートンが両手を広げて歩く。

 赤いツインテールが右に左に揺れ、軍曹は目を逸らした。

 立ち並ぶ街灯は、一つか二つ置きにしか点いていない。その中のいくつかも、ちかちかと明滅を繰り返している。

 復興、なんてものは。

 何もかもが終わってから行われるものであって。

 戦争中の今、離島に回す物資や人材の余裕は、ないに等しかった。

 そう。

 今は、戦争中なのだ。

 昨夜だって、レッドアクシズとドンパチやったばかりなのだ。

 そして、KAN-SENはそのための兵器であって。

 恋愛がしたかったら、その為に用意された指揮官がいる。

 軍は、KAN-SENを十全に使う為にあらゆるものを用意した。

 港、学園、寮舎、制度、人。

 指揮官は、彼女達に用意された『恋愛』というレジャーの為の存在だ。

 音を立てて噴水が上がる。

 昨夜彼女が見た水柱とは違う、レジャーの為の水柱。

 何が違うのか、ブレマートンには良く分からなかった。

「お酒、美味しかったね」

「店主が選りすぐった一品だそうです」

 両腕を横に突っ張らせて、くるりと方向転換する。

 目を逸らす軍曹が見える。頬が赤い。

 お酒のせいかな、と思う。スカートを履いているわけでもないし。

 ホットパンツのほうが色々きわどいことを、赤髪の少女は気づかなかった。

「今日のデート、楽しかったから教えたげるけどさ」

 軍曹を見下ろして、塀の上で屈み込む。

 普段は見下ろされることが多いから、なんだか新鮮な気分だ。

「KAN-SENなんか、好きにならないほうがいいよ」

 軍曹が驚いて顔を上げる。

 頬杖をつくようにして、目を合わせた。

「……どうしてですか?」

「人間じゃないから」

 一言で切って捨てる。

 納得いかない顔の軍曹から目を逸らして、噴きあがる水を見た。

「感覚が違うんだよ、全然。アタシたちにとっての恋愛と、人間の恋愛は違う。当たり前じゃん、前提が違うんだから。っていうか種族が違うのと同じだよね、こんなの」

 浮気も不倫も二股も、KAN-SENは受け入れる。

 独占欲も束縛心も、指揮官を本当に止められるほどにはない。どんなに独り占めしたいって思ったって、どこかで諦めてるし納得してる。

 複数の艦とケッコンすることを止めることはできないし、どうすることもできない。それを喜ぶ艦だっている。

 人間とは違う。

「アタシ達は、本当に色んな理由で、指揮官を好きになるようにできてる。それが一番いいことなの。誰も傷つかない、幸せになるたった一つの道」

 KAN-SENを管理し、その力を発揮させるのが指揮官の役割。

 だから、指揮官達はKAN-SENを愛し、面倒を見てくれる。

 ゆりかごから墓場まで。

 そこで関係性が完結しているうちは、面倒なことは何もない。

 KAN-SENは自由に笑い、恋し、戦い、愛を囁きあう。

 人間の真似事をして、指揮官との距離を近づけ、口付けを交わして一緒に眠る。

 その全ては、KAN-SENがより良い状態で戦争をする為に。

「『兵器』のアタシ達にとって、恋愛なんてコンディションを整える為の方策に過ぎないの。だから、好きになんてならないほうがいい」

 くっつけた両膝の間に額を乗せる。

 釘を差しておかなければならないと思ったのだ。

 ノースカロライナと一緒に呼び出された司令室で、聞いてしまったから。

 軍曹が、指揮官とバスケ勝負をしたことを。

 彼が、どうしようもないくらい本気だということを。

 だから、諦めさせる必要があった。

 でも、もし。

 KAN-SENが指揮官以外と恋をしたら。

 それはきっと、とんでもなく面倒なことになるだろう。

 面倒で、大変で、きっと大騒ぎになる。

 彼らは、KAN-SENの為に用意された恋愛相手なのだから。

「何か、誤解をされているようですが」

 噴水の音がする。

 水柱に紛れて、軍曹の声がした。

 

「オレが好きなのは、貴女です」

 

 何を言っているのか、彼女には分からなかった。

 額を膝から離して、きょとんとした顔で彼を見つめる。

 桜系ユニオン人の軍曹は、その若さ溢れる瞳で彼女を見つめた。

「KAN-SENがどうとか、難しいことはオレには分かりません。オレに分かるのは、貴女が優しくて意外と思い悩む性格をしていることくらいです」

 そこで一つ深呼吸をする。

 空には月が昇り、星が瞬いていた。

 昨日と同じ、戦いの空だ。

「貴女の言うとおり、KAN-SENはそういうものかもしれません。人間じゃないのも、知ってます」

 赤髪の少女は彼の目の前で銃弾を弾いたことを思い出す。

 あんなのを見せられて、人間と思えという方が無理だろう。

 軍曹が、ひたすらに真っ直ぐブレマートンを見つめる。

「それで、貴女はどうなんですか?」

「え?」

 何を言われているのか本気で分からなくて、思わず声が漏れた。

 軍曹は瞳を揺るがせもせずに、もう一度口にした。

 

「KAN-SENがそうだったとして。貴女もそう思っているんですか?」

 

 恋愛は、KAN-SENにとってレジャーだ。

 事実、そうだろう。子供を産む必要なんてないし、産めるかもわからない。そもそも生物ですらない。

 繁殖を必要としない存在の恋愛に、何の意味があるのだろうか。

 より良いパフォーマンスを生み出す為の代物に過ぎず、その為に指揮官という存在だって用意される。

 だったら、指揮官との恋愛は全て仕組まれた道化の演目か。

 例え、事実がそうだと断言しても。

 親友の恋心は、絶対にそうではない。

 それまで艦船通信やDMで相談を持ちかけてきてくれた子達の気持ちだって、何一つ嘘なんかじゃない。

 それが例え舞台の上で踊っているだけなのだとしても。

 踊っている演者達は、誰もが真剣なのだ。

 堪えきれなくなって、涙が溢れてきた。

「あ、す、すみません、口が過ぎました!」

 慌てふためいた軍曹が勢いよく頭を下げる。

 掌で拭いながら、ブレマートンが首を横に振る。

「ううん、違うの。大丈夫。そうだね、アタシはそう思ってないよ」

 涙に声を震わせて、それでもなんとか返事をする。

 自分がどう思っているか。この数日で、初めて分かった気がする。

 ようやく、自分の心が見えてきた。

 KAN-SENの恋愛はレジャーじゃないし、指揮官への恋心だって仕組まれたものじゃない。例えそうできているとしても、決めるのは自分の意思だ。

 この気持ちを、受け入れるか拒否するかは、自分が選ぶのだ。

 誰を、どう好きになるか。

 そして、その気持ちをどうするか。

 それらは全部、自分で決めるのだ。

 自由の国ユニオンの気風は、そうだったはずだ。

 自分で決めて、自分で行動して、自分で責任を取る。

 自由は、そうして保障される。

 好き勝手に生きて、その結果として沈むのなら上等だ。

 どこまでも、自由に生きてやる。

「うん。アタシはそう思わない。ごめん、変なこと言って」

 涙を払い、立ち上がる。

 塀の上に立っていることを忘れて、バランスを崩した。

「あっ、わっ、ヤバッ!」

「ブレマートンさん!」

 靴の底が塀の角を滑って、1mほどの高さから足を踏み外す。

 近寄ってきた軍曹にしがみついて、ブレマートンは地面に落下した。

「っつー……」

 痛みに顔をゆがめて起き上がる。

 見下ろせば、軍曹を組み敷くような格好になっていた。

 意外に厚い胸板に手をついて、腰に跨っている。

 さっきまで思いっきり胸を押し付けていたことに気づいて、途端に恥ずかしくなる。

「ごっ、ごめんねっ? 大丈夫?」

「えぇ、まぁ……あの、退いてもらえると……」

 言われて気づき、慌てて飛びのく。

 軍曹が起き上がるのを見ながら、誤魔化すように笑った。

「お、重かったよね、気づかなくってごめんね~」

「いえ、重くはないんですが、その……まぁ、はい」

 何を言おうとしたのか分からず考え込むブレマートンだったが、軍曹の頬が赤くなっているのに気づいて察してしまう。

 男と女が密着していたら、そりゃあ変な事も考えるだろう。

「あっ、あはは……じっ、事故だから、ねっ」

「……そうですね。帰りましょうか」

 軍曹の言葉に肯いて、車を停めている方に足を向ける。

 駐車場まで、妙な間を開けて二人で歩いた。

 

 基地に帰り着くまで、二人の間に殆ど会話はなかった。

 

 ※             ※               ※

 

 告白されてから六日目。

 朝から学園に向かい、ランチを食べ、放課後にはクラブ活動する親友を見守る。そんないつもと変わりない日をブレマートンは送った。

 その日は、軍曹を見かけなかった。どこか近い場所で仕事をしているはずだが、見つけようという気も彼女には起きなかった。

 夕方に訓練代わりのノースカロライナのマーシャルアーツ講義を受け、久しぶりに艦船通信の相談に乗る。

 『58』からは、『64』が帰ってきた、と喜ばれた。

 連絡をとってカリフォルニアやマーブルヘッド達とも直接会い、事態が解決したことを告げる。二人とも我がことのように喜んでくれて、結果はどうなったのかと聞いてきた。

「すぐに分かるよ」

 ブレマートンはそれ以上言わなかった。

 そして、夜。

 一通りの仕事が終わったあたりを見計らって、ブレマートンは司令室の扉をノックした。

 気構えも何もいらない。自然体のまま、彼女は返事を待つ。

「入れ」

 扉の向こうから聞き慣れた声。

 扉を開けて中に入ると、指揮官が一人で机に向かっていた。

 勿論、その時間を狙ってきたのだが。

「失礼しまっす。お仕事中にごめんね」

「なんだ、ブレマートンか。どうした?」

 顔を上げる指揮官に笑いかけ、後ろ手にドアを閉める。

 ヘレナはもう部屋に戻っている。指揮官も、今手にしている書類が最後の一仕事のはずだ。

 誰にも邪魔はされない。

「ちょっとね、指揮官に話したいことがあって」

 ゆっくりと執務机に近づく。

 覚悟を決めても、心臓がどくどくと脈打つのは止められない。

 いつもの笑顔を浮かべていられるか、それだけが気がかりだった。

「どうかしたか?」

 指揮官がやや心配げに尋ねてくる。

 それだけで嬉しくなる。

 やっぱり、本能ってやつはどうしようもない。

 気にかけてくれるんだって分かるだけで胸がトキメクのは、卑怯だと思う。

 奇襲は、最初の一撃が肝心だ。

 

「好きです」

 

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、指揮官が見上げてきた。

 あんまりにもおかしくって、ブレマートンは笑った。

「アタシは、指揮官が好き」

 もう一度、今度はゆっくりと言う。

 指揮官の手が震えて、目が泳ぐ。

「好きだよ、指揮官」

「えっ、あっ、ちょ、おまっ」

 焦る指揮官が面白すぎて、ブレマートンは体を折り曲げて笑う。

 何かを言おうとして言葉にならない指揮官を、後ろで手を組んで見つめた。

「いいよ、何も言わなくて。返事は欲しくないから」

「え、おぉっ!? な、なんで?」

 考えなしに指揮官が言葉をこぼしていく。

 ヘレナも、こんな彼を見たのだろうかと思う。

 もし、そうじゃなかったら。

 これだけで、もう十分だ。

「その気持ちだけ、もらってくれたらいいの。別に何をどうしようとも思ってないから」

「おぉ……おぉ?」

 首を傾げる指揮官を置いて、こっそりと後ずさる。

 最初から、いい逃げする気満々だったのだ。

「これからも大変だろうけど、頑張ってね。アタシも相談には乗るからさ」

「お、おぅ……いやおい、ちょっと待て!」

 指揮官が手を伸ばすのを見てから、後ろ手でドアノブを掴んだ。

「じゃ、またね!」

「おいこら、ブレマートン!!」

 素早く退室してドアを閉める。

 追いついてこられないように、小走りに廊下を駆けた。

 寮舎まで走り抜けて、足を止める。

 壁に背中を預けて、荒れた息を整えた。

 言った。

 言ってやった。

 その喜びが全身を駆け抜けて、すかっとした気分が満ちる。

 鼻歌でも歌いそうだ。胸のつっかえが全部とれた。

 ずっとずっと、これがしたかった。

 いいのだ、別に。彼が誰を愛そうが。

 自分が彼を好きなことを分かってもらえれば、その気持ちが渡せれば、それで。

 これが人間らしかろうが、KAN-SENらしかろうが、そんなことは些細な問題だ。

 親友と争うつもりも、ヘレナとやりあうつもりもない。

 それが、ブレマートンの想いの全てだった。

 後は、もう一人。

 散々人を振り回してくれたあの軍曹をこらしめるのだ。

 

 明日が待ち遠しいのは、彼に告白されてからはじめてのことだった。

 

 ※                   ※               ※

 

 そして、一週間後。

 もう一度告白すると約束した日。

 学園の校舎裏、ヤシの木が並ぶ前で。

 巽・イングラム軍曹22歳独身は、重巡洋艦〈ブレマートン〉と向かい合っていた。

 桜系特有の幼い顔立ちと、日に焼けたやや浅黒い肌。

 少年のような瞳に不釣合いな軍人として鍛えられた肉体。

 その表情は、負け戦を覚悟した侍のようだった。

 いや、これはもう負け戦なのだ。巽軍曹も、そのくらいは分かっている。

 彼女は、指揮官たる少将のことが好きなのだ。

 そんなこと、彼女を見つめるようになってすぐに分かった。

 自分が彼女を見る目と同じ目を、彼女は指揮官に向けていた。

 だから、あの日にバスケ勝負を挑んだのだ。

 結果は惨敗だった。バスケのことだけではない。慰めと励ましまで施された。

 格が違う、と思い知らされた。

 彼女が好きになるのも道理だ。

 あらゆる面で、自分が彼に勝てるところはない。

 そして、彼女の言うことが事実なら、KAN-SENとはそもそも指揮官に好意を抱くものらしい。

 覚えはある。というか、海軍にいれば嫌でも腐るほどそういった光景は目にする。

 複数の女性と交際する指揮官は珍しくない。彼女達に言わせれば、女性というよりは艦らしいが、そんなの傍から見れば同じことだ。

 本能に近い部分で、彼女達は指揮官に恋をする。

 そんなの、勝ち目がないどころじゃない。

 血のつながりには抗えないように、白人が黒人になれないように、桜系ユニオン人が純粋なユニオン人になれないように。

 この世には、どうにもならないことがある。

 でも、彼女はそうは思わないと言った。

 KAN-SENだからどうこうは、自分とは関係ないと言った。

 それが、せめてもの薄い勝ち筋だ。

 たとえそうだとしても、彼女が指揮官を見つめる目が嘘だとは思わないけれど。

 そうだとしたら、薄い勝ち筋が消え去ってしまうのだけれど。

 それでも、言わずには終われない。

 

「好きです。付き合って下さい」

 

 腰から90度に曲げて、精一杯の気持ちを表現した。

 見下ろす彼女の視線を感じる。

 刑執行前の死刑囚は、きっとこんな気持ちなのだろうか。

「指揮官とバスケ勝負、したんだって?」

 あきれたような彼女の声が降り注ぐ。

 肯くしかなくて、ただ首を動かした。

「そんで、ボロ負けしたのよね。自分から仕掛けておいて」

 肯く以外のことができない。

 彼女の声が心臓を貫いていく。

「アタシだけを好きだ、なんて言って。それで敗北宣言してたら世話がないと思わない?」

 ご尤もすぎて何もいえない。

 まるで子供が大人に甘えるような、そんな情けない姿だった。

「それでも、」

 みっともないのは承知の上だ。

 最初からどうしようもないのだ。

 体裁を取り繕うくらいなら、最初からKAN-SENに告白なんてしない。

 無謀で、間抜けで、醜いとしても。

 この気持ちにだけは、真っ直ぐでいようと決めた。

「それでも、オレは貴女が好きです」

 誰かの相談に乗って、ちょっと話しかけただけ。

 少し面倒をみただけ。

 相手にとって自分が、たったそれだけの歯牙にもかけない存在だったとしても。

 勘違いして想いを告げる自分の姿が、指を差されて笑われる道化だったとしても。

 彼女が別の誰かに恋をしているとしても。

 その別の誰かに、立ち上がれないほどコテンパンにされたとしても。

 勝ち目なんかまるでない、愚かしい戦いだったとしても。

 粉々に砕け散ったって、後悔だけはしない。

 

 

「いいよ」

 

 

 何を言われたのか分からなかった。

 顔を上げると、どうしようもなさそうに笑う彼女と目が合った。

 

「君の彼女になってあげる」

 

 頭が真っ白になった。

 その軍曹を眺めながら、ブレマートンはもう一度笑う。

 ずっとずっと、考えていたのだ。

 指揮官以外の人が気になるのは、どういうことなんだろうって。

 告白された日から、軍曹のことが気になって仕方がなかった。

 どういうつもりなのか、何を考えているのか。考え続けたおかげで、自分の気持ちさえわからなくなった。

 好きになられたから好きになる。

 好意の返報性、とかいうらしいそれは、一種の錯覚みたいなものだと思う。

 錯覚だってなんだって、自分の気持ちには違いない。

 恋心自体が錯覚だなんていう人もいるくらいだ。大した違いはないだろう。

 そんなことくらい、考えればすぐに分かった。

 別に、指揮官のことが好きな気持ちだって嘘じゃない。

 同時に二人の人を好きになってはいけないなんて、誰が決めたのか。

 人間だったらそうかもしれないが、こちとらKAN-SENなのだ。

 あちこちに手を出すのが、指揮官だけに許されて艦には許されないなんてあってたまるか。

「でも、条件があるの」

 真っ白になったままの頭で、軍曹がじっとこちらを見つめる。

 今のうちに詰め込んでおけば、既成事実のできあがりだ。

「アタシ、指揮官が好き。だから、これから暫くは彼女って言ってもお試し期間ね」

 めちゃくちゃな言い分だが、今なら通る。

 そういう計算が出来る自分が、ブレマートンはそんなに嫌いではない。

「お試し期間が終わるまでに、アタシを振り向かせられたら合格。ダメならおしまい。終わりがいつかは、アタシが決めるから」

 ブレマートンがその気になれば、明日が終わりでもおかしくないということだ。

 考えることを放棄しているような軍曹は、ただ頷いた。

「頑張ってよ。指揮官じゃなくたって、アタシを幸せにしてみせるんでしょ?」

 そう言うと、軍曹の瞳に意思が戻ってくる。

 少年みたいなその輝きが、ブレマートンは好きだった。

「はいっ!」

 てらいなく少年のように嬉しそうに頷く姿に、赤髪の艦の鼓動が速くなる。

 年下なのか年上なのか、時たま本当に分からなくなる。

 一粒で二度美味しい、なんて言葉が脳裏に浮かんで、どうしようもない発想に自嘲した。

 とにもかくにも、これで彼氏彼女となったのだ。

 お試し期間の終わりがいつかは、ブレマートンにも分からなかった。

「よっし、じゃ皆に紹介しにいくよ!」

 軍曹と腕を組む。

 自然と胸が当たるが、ブレマートンに気にした様子はなかった。

「あっ、はい、その、」

 軍曹の顔が赤くなる。

 うぶな反応が面白くて、ツインテールを揺らしてわざとこすり付ける。

「ん~? どうしたのかな~? ほら、背筋伸ばす! カッコいいとこ見せてよね!」

「は、はいっ!!」

 鉄の棒でも入れられたように、軍曹がぴしっと背筋を伸ばした。

 赤髪の少女は笑いながら、親友達に合わせるべく組んだ腕を引っ張って中庭に出る。

 そこには沢山のKAN-SENと、軍人と、同じ部隊の仲間と、

 

 ヘレナとボルチモアに挟まれた指揮官の姿があった。

 

 全員の視線がブレマートン達に集まる。

 驚くノースカロライナと、顎がはずれそうなワシントンと、お菓子と取り落とすロング・アイランドと、苦笑するボルチモアと、口を丸くあけたヘレナと、

 

 目を見開く指揮官。

 

 舌を出して、あっかんべーをしてやった。

 

 呆気に取られる指揮官を置いて、硬直する軍曹の腕を引っ張っていく。

 まずは学園中を練り歩いて、皆に見せ付けてやるのだ。

 KAN-SENだって、好き勝手に生きているということを。

 世界には、色んな可能性が満ちているということを。

 その日は、彼女達の話で学園中がもちきりになった。

 

 ブレマートンが指揮官でもない軍人と付き合ったという噂は、あっという間に基地中に広まった。

 その件で、ジェイムス・スコット少将25歳既婚はまた胃の痛い思いをする羽目になったのであった。

 

 ※                 ※             ※

 

 鏡面海域。

 時間と空間の狭間。どこでもあってどこでもない『世界の隙間』にて、空母〈赤城〉と〈セイレーン〉が向かい合っていた。

 セイレーン特有の白い肌と白い髪を持つ〈テスターα〉。現在最も〈駒〉に興味を寄せる彼女が、興味深そうに笑う。

「変な可能性が生まれたものね」

 対する赤城は、面白くもなさそうに遠くを見ていた。

「これが何か益になるとは思えないわ」

 テスターαが喉奥だけで鳴らす。

「研究とはそういうものだ。少しずつ実験を重ねて、結果を収集して、成果へとつなげる……今回のこれは、そういう意味で面白い結果だな」

「それなら、ユニオンの野良犬に噛まれた甲斐もあるというものですわ」

 つまらなそうに言う赤城に目を向け、テスターαが耳まで裂けるような笑みを浮かべる。

「お前も楽しんでいたじゃないか? あの指揮官、気に入っただろう?」

「……そうですわね。貴女よりは」

 一瞬不愉快そうな表情をするも、テスターαはすぐに切り替える。

「何なら、あいつのところに行ってみたらどうだ? 『変化』は望むところだ。面白いことになるかもしれんぞ」

 赤城は睨むようにテスターαを見上げ、目を伏せた。

「……考えておきますわ。三笠達との約束がありますので、これで」

「あぁ。しかし、お前がまさか仲間を作るとはな。どういう心境の変化だ?」

 赤城はテスターαに見えないように、蔑むような視線を送る。

「何も。目的達成の為に、必要な手段をとっているだけですわ」

「……そうか。精々連中に邪魔されんようにな」

 それに返答することなく、赤城は鏡面海域から消え去った。

 舌打ちを一度、テスターαもその姿を空間に溶け込ませていく。

 その場に静寂が満ち、空間が歪んでいく。

 発生した鏡面海域は、跡形もなく消滅した。

 

 現実の海に降り立ちながら、赤城はテスターαに言われたことを考えていた。

「……あの指揮官のところに、か」

 それが、目的達成への近道となるのなら。

 胸の内で呟いて、赤城は仲間の待つ鎮守府へと海の上を走った。

 

 彼女が決断を下すのは、もう少し先の話である――

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