アズールレーン ~外伝~   作:GM

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バレンタインなので書きました。
ヴァレンタインとは古代の豊作を祈念する祭りをキリスト教圏内でも続ける為に架空の聖人であるヴァレンティヌスを(超早口省略)

・公式設定と独自設定が同棲中です。
・いつもの指揮官が出てきますが描写少な目です。
・セントルイスがえらいことになってますが、艦歴を考慮しました。

バレンタインは甘々でラブラブな話を書くもんだと思います。


ヴァレンタイン・デイの幸運

――バレンタイン・デー。

 それは一年に一度、愛する相手に贈り物をする日であり。

 男女の仲がより深まる一日であり。

 一部の業種にとってはかき入れ時であり。

 グアムのアプラ海軍基地の厨房という厨房から、むくつけき頑強なコック達が排斥される日であった。

 

 2月13日。バレンタインの前日。

 見目麗しい少女達の大規模な攻勢によりキッチンは占拠され、甘ったるい匂いがそこら中に充満していた。

 だが、それに文句をつけることが出来る者は誰もいない。

 基地司令とて例外ではない。

 それが、KAN-SENによる戦争が始まった世界の現実(リアル)だった。

 

 なお、胃薬もこの時期は飛ぶように売れる。

 指揮官達がこぞって買い求めるからだ。

 花やメッセージカードなどを含めたプレゼント代で貯金に翼が生えるのも、指揮官の宿命である。

 可愛い女の子達に囲まれた素晴らしい職場環境に見えて、指揮官には指揮官なりの苦労が多くあるのであった――

 

 ※            ※             ※

 

 厨房は、さながら戦場であった。

 数百人分の料理を作ることを求められる基地の厨房は実に広く、だというのに美少女達がすし詰め状態で包丁を操りボウルを混ぜている。

 カカオやココアバターの甘い匂いが満ち満ちていて、苦手な人なら頭がクラクラするかもしれない。

 時折バニラビーンズの香りが混ざるのは、ケーキを作っているKAN-SENもいるからか。

「それにしても、バレンタインって誰が始めたんだろうな」

 普段のサイドテールから髪の毛が落ちないようポニーテールにまとめなおした軽巡洋艦〈クリーブランド〉がボウルを混ぜながら呟く。

 赤みがかった青い長髪を彼女と同じようにまとめて三角巾をつけた〈ヘレナ〉が、ローストしたカカオ豆を細かく砕きながら応じた。

「ヴァレンタインって司祭様が恋人達の為に殉教なされた日、って聞いたような……」

 華奢な外見に似合わず、すり鉢の中のカカオ豆はどんどん砕けていく。

 手際よくココアバターや砂糖、ミルクを加えて更に細かくする。漂う匂いとなめらかな見た目は、ホットチョコレートそのものだった。

「結構眉唾だよね~、ロイヤルだとどうなの?」

 いつもの赤いツインテールを三角巾に押し込んだ〈ブレマートン〉が黙々とカカオマスを調合する〈ベルファスト〉に話を振る。

「大差変わりませんよ。メッセージカードにも『From Your Valentine』や、『Be My Valentine.』と書いたりしますし」

「なにそれかっこいい」

 済ました顔で答えるベルファストに、ブレマートンの動きが止まる。

 そっかーいいなー私もやろうかなー、などとサイズ大きめ少女がのたまっていると、

「いいでしょなんだって。それより集中してるんだから静かにして」

 ロングの真っ赤なツインテールを三角巾に押し込めたサイズ大きめの美少女――属性的にはだいぶブレマートンと被っている〈ホノルル〉が息を殺して湯煎している。

 慎重に温度計を確認し、ヘラで混ぜてなめらかさを高めていく。

 初めて赤ん坊に触れるような手つきは、見る者をも緊張させてしまうほどだった。

「あはは、ごめんなさい……」

 苦笑してブレマートンは口を噤み、作業に没頭しようとする。

 フォローするように、涼やかな声が場の空気を打ち破った。

「ごめんなさいね、ブレマートン。この子、初めて一から作るから緊張してるのよ。それに指揮官にあげるものだから失敗したくなくて気が立ってるの」

「ルイス!」

 咎めるホノルルを意に介さず、ヘレナと同じ青髪を持つポニーテールの美女はブレマートンに小さく笑いかけた。

 〈セントルイス〉。ヘレナの姉であり、ホノルルの妹。尤も、普段のやり取りを見て彼女が妹だと理解できる者は少ないだろうが。

 妹と同じ三角巾をつけ、ボウルを抱えて混ぜ続けている。

 美味しいチョコレートを作るには、ココアバターを均一に攪拌(かくはん)させることが非常に重要だ。普通は機械でやるものだが、彼女達なら手作業でも近い結果を生み出せる。

 口を動かしながらも手を休めていないのは、流石といったところか。

「まぁ、誰が始めたにしても、ヘレナやベルファストにしてみたら毎年大変な行事だよな」

 気遣うクリーブランドに、ヘレナが苦笑する。

 毎年のことだが、この時期は〈ヘレナ〉と〈ベルファスト〉によるチョコレート作り講座が開かれる。

 この二人、特に〈ヘレナ〉はお菓子作りの腕が一級品なのだ。

 だから、この時期は特に良く他のKAN-SENに頼りにされる。

 それならいっそ、ということで講座を開くことになった。

 今日もついさっきまで実演を交えながら教えていたところだ。一口にチョコレートと言っても色んな種類がある。

 加えて、基本のチョコだって原料や作業工程、温度が違えば全く違う食感・味になる。

 毎年連日教えようとも、ネタが尽きるということはなかった。

 そのせいでこの時期は毎日講座を開いている気がするが、〈ヘレナ〉も〈ベルファスト〉も手を抜くのは苦手な方だ。

 教わる方にしてみれば有難いが、親友であるクリーブランドが労うのも道理だった。

「私達よりも大変な人がいますから、この程度はどうということもありません」

 表情を変えずにそういって、納得いくブレンドができたのか混ぜたカカオマスにココアバターを加えて機械みたいなブレない手つきで攪拌――コンチングを始める。

 ベルファストの熟練の技に、その場にいる料理苦手勢から感嘆の息が漏れた。

「あの、大変な人、って」

 ヘレナの疑問に、

「指揮官のことです」

 その場の全員が、そうだよなぁ、という納得を声に出さずにした。

 言ってしまえば、KAN-SENのご機嫌を取るのは彼らの仕事である。数日前から花屋を手配して、ケーキを予約し、メッセージカードを直筆する。

 全員が全員そうしているとは言わないが、大半の指揮官はそうだろう。

 彼女達の指揮官に至っては、ユニオン人の中でもかなり真面目な方である。

 当然グアムの花屋なんて種類も量も限られているので、二ヶ月以上前――即ち去年の段階から本土からの荷物として申請して代金を払って準備していたはずである。

 そして、当日は大量のプレゼントを受け取って、食べ物は期限前に対処しきらなくてはならない。

 KAN-SENからすれば一対一でも、指揮官からすれば多対一だ。

 そう考えると、ヘレナ達の顔になんともいえない苦笑が浮かび上がる。

「ほんと、毎年大変な行事だよなぁ……」

 呟くクリーブランドの言葉に、全員が無言で同意する。

 それでも、なくなってほしくないとは全員が思っている。

 誰にも遠慮することなく気持ちを伝えられる数少ない日なのだ。

 特に、第七艦隊第64任務部隊である彼女達にとっては。

 明確に指揮官に『恋人』がいる部隊に所属しているKAN-SENにとって、気持ちの吐き出し口の一つであるバレンタインがなくなるのは大変に困るのだ。

「指揮官も楽じゃないよねぇ」

 呟きながら、ブレマートンは隣で一心不乱にチョコを作る親友を見やる。

 話にも加わらず、講座が終わってから〈ボルチモア〉は無言で集中していた。

 そのチョコの行き先は、間違いなく指揮官だろう。

 ほんとに楽じゃないなぁ、とブレマートンはもう一度胸の内で呟く。

「うっさいわね、いいでしょなんだって」

 唇を尖らせたホノルルのぼやきが、周囲に比べてエアポケットのように静かになった場に響く。

 小さめのその声は、だがしっかりその場のKAN-SEN達の耳に届いた。

「どうせ誰も贈るのやめたりしないんだし……考えてもしょうがないじゃない」

 それもそうだ、と全員が思わず納得してしまった。

 それでもやっぱり贈ってしまうのが、KAN-SENという生き物なのだ。

「ブレマートンのそれは、どっち行き?」

 それなりに容赦の無いクリーブランドの尋ね方に、

「両方。皆だって指揮官だけに贈るわけじゃないでしょ?」

 さらりと答えてみせた。

 金髪の長女はちらりとヘレナを窺い、

「まぁ、ね。妹達にも振舞わなきゃだし、たまには私が作ってヘレナに食べてほしいしな」

「ふふ、楽しみにしてる」

 嬉しそうに笑うヘレナに、クリーブランドも笑い返す。

 仲むつまじい光景に場の空気が緩み、その隙を見逃さずセントルイスが声を出した。

「さ、日が落ちる前に作業を終わらせましょう。明日が本番なんだから」

 それぞれが肯定の返事をし、作業に没頭していく。

 ヘレナは薄く微笑むセントルイスを見やり、目を合わせて笑いあった。

 周囲と同じ喧騒の中に、第64任務部隊の面々も溶け込んでいく。

 だから、誰一人として気づかなかった。

 

 さっきのホノルルの言葉に、心の中で肯かなかったKAN-SENが一隻いたことを。

 

 そのKAN-SENは、軽く全体を見渡して小さく吐息を漏らし、腕の中のボウルを規則的な速度と回転で混ぜ続けた。

 

 ※             ※                ※

 

 2月13日、夜も更けた頃。

 本番たる2月14日までのカウントダウンが着実に進み、誰も彼もが一大決戦に向けて眠りについている。

 そんな中で、青髪美女のセントルイスは眠れずにいた。

 疲れてはいるのだが、どうにも眠気がこない。

 明日は特に任務も何もないからいいのだが。皆のようにチョコを渡す『本番』の相手もいない。

 せいぜいが、姉妹と親しい友人くらいだ。

 胸の奥がちくりと痛む。

 深呼吸をする。痛みを気にしないようにして、立ち上がった。

 

 ――水でも飲もう。

 

 熟睡しているホノルルを横目に部屋を出る。

 薄く明かりのついた誰もいない廊下を歩く。スリッパを履いたぺたぺたという自分の足音が響き、心細さと少しの恐怖心が混ざり合う。

 その感覚が、セントルイスは嫌いではなかった。

 幸運と臆病は紙一重だ。無謀と蛮勇に幸運は訪れない。

 生き延びることだけを『幸運』と呼ぶのなら、その限りではないだろうが。

 そういう意味で言うなら、今の自分は幸運なのだろう、と彼女は思う。

 胸の奥の痛みを代償に、妹の笑顔を見ていられるのだから。

 薄らぼんやりとモヤのかかる『素体』の記憶が、現状を肯定してくる。

 静かな廊下を抜けると、明かりのついたKAN-SEN用の厨房が見えた。

 中に誰かいるのかと覗けば、ベルファストがいた。

 

 メッセージカードに、何かを書いていた。

 

 書き終わったカードを、綺麗にラッピングされたチョコレートに挟む。

 昼に作った謹製のチョコだ。

 珍しく溜息をついたところで、彼女はセントルイスに気がついた。

「……覗き見とは、感心しませんね」

「ごめんなさい、わざとじゃないのよ」

 素直に頭を下げて、セントルイスは厨房の中に進み出る。

 気にしないようにしようと思っても、視線はカードを挟んだチョコに移ってしまう。

「……それ、指揮官くんに?」

 思わず聞いた質問に、ベルファストは逡巡し、

「いえ、ご主人様に」

 観念したように答えた。

 セントルイスは驚いて目を丸くし、

「ご主人様、ってロイヤルの?」

 銀髪のメイド長は、静かに肯いた。

 ヘレナの姉はますます驚いて、

「今からじゃ14日中には届かないでしょう? 貴女ならもっと早くから準備すると思っていたけど」

 青髪美女の疑問を受けて、銀髪美女は軽く俯く。

 長い髪がさらりと流れて、その横顔を覆った。

「いいんです」

 何がいいのか、セントルイスにはさっぱり分からなかった。

「いい、って」

「このチョコは、誰にも渡すつもりはありません」

 やけにはっきりとした口調で言われ、セントルイスは言葉に詰まる。

 ベルファストの言葉が続く。

「明日になれば捨てます。これは……ただの感傷です」

 胸の奥が、ずきりと強く痛んだ。

 ベルファストの事情を、セントルイスはよく知らない。

 知っているのは、ロイヤルからの出向艦で、もう三年以上もこちらにいることくらいだ。

 幸運は、無謀と蛮勇には訪れない。

 知ったことか、と彼女は強く思った。

 つかつかと音を立てて歩き、ラッピングされたチョコを手に取る。

 殆ど同時にベルファストの手がチョコにかかり、二人は見つめあう。

「伝令部隊に知り合いがいるの。今すぐ頼めば、ロイヤル行きの最速便に間に合うかも」

「最速……KAN-SENリレーですか」

 銀髪美女の言葉に、青髪美女が肯く。

 KAN-SENリレーとはその名の通り、荷物をKAN-SENでリレーをするように繋いで目的地へ届ける運搬法だ。

 飛行機をろくに飛ばせない現在、最速の運搬手段となっている。世界中どこでも一日以内に届けることが可能だが、荷物の制限が結構きつい。

 主に緊急指令の通達に使われているが、バレンタインには非常便が出ているのだ。

「……貴女は、静観するタイプだと思っていましたが」

 半ば困惑しているようなベルファストに、セントルイスは薄く微笑む。

「人は案外見かけによらないものよ」

 メイド長の眉がハの字に曲がる。

「指揮官の許可はどうするんですか」

「今から取ってくるわ」

 あっさりと言ってのけるヘレナの姉に、

「寝ていますよ」

「大丈夫、多分起きてるわ」

 ますますベルファストは困惑し、ルビーの瞳を見つめた。

「……どうして、そんなことが?」

 セントルイスはアメジストの瞳を見つめ返し、不敵に笑った。

「だって、私はLucky Lou(幸運を呼ぶ艦)だもの」

 呆れたのか納得したのか、銀髪のメイド長は力なくチョコから手を離す。

 チョコを掴んだ手を下げ、青髪の幸運艦は力なく呟く。

「感傷くらい、捨てなくていいじゃない」

 はっとした顔でベルファストは彼女を見上げ、

「……そうですね」

 儚げな微笑とともに、肯いた。

 踵を返し、セントルイスは厨房を後にした。

 

 

 彼女の言うとおり、指揮官はこの時間にも関わらず起きていた。

 

 ※               ※                ※

 

 時計は回り、日付が2月14日となった深夜。

 最寄りの伝令部隊の集荷場にチョコを届け、セントルイスは基地に戻ってきた。

 14日中に間に合うかは賭けだが、最悪一日遅れでもいいだろう。

 大事なのは、贈ったということだ。

 ベルファストの感傷がどういう意味かも分からないし、踏み込むつもりもない。別に良いことをしたつもりもない。

 ただ、自分がすっきりする為にやっただけだ。

 だが、できれば、それがベルファストにも良い事であればいいと思う。

 らしくもない思考を溜息と共に押し流して、青髪美女は上司たる指揮官に報告すべく部屋へと向かった。

 司令棟の最上階。朝と夕方に人が行き交い、昼と夜は静かになるその場所。

 彼女が滅多にくることの無い、頑丈な廊下を踏みしめる。

 プライベートの象徴である彼の部屋の前で足を止める。

 許可を取りに来る時は半ば勢いでいけたが、こうして冷静になるとだいぶ色々と考えてしまう。

 ここが、彼が普段暮らしている場所。

 寝たり起きたり、普段自分達に見せない姿を晒している空間。

 できれば一生、来たくはなかった。

 距離感を測るのは、実はそんなに得意じゃない。

 一歩引いた態度を取るのは、そうしないとのめりこみそうだからだ。

 深呼吸をして気息を整え、さりげなくノックをする。

 何もありませんよ、いつも通りですよという顔を作る。

 ノックして10秒、反応が無い。

 鼓動を抑えて、もう一度ノックする。

 10秒、またも反応が無い。

 おかしい。寝ているのかとも思ったが、戻ってきたら自分からの報告があるのが分かっている状態で彼が寝るとも思えない。

 もしかしたら、司令室の方にいるかもしれない。

 そんな当たり前の考えが浮かんで、部屋に踏み入るという最悪の選択肢を取らずに済んだことにほっとする。

 どこか残念がっている自分に目を瞑り、早足で階段を下りて司令室に向かう。

 こちらはたまに訪れるから平気だ。

 さっきに比べれば随分と気軽にノックする。

 10秒、返事が無い。

 もう一度ノックする。

 10秒、またも返事が無い。

 今度は躊躇せずドアノブを捻り、中に踏み入る。

 暗く静かで、がらんとした部屋が目に入ってきた。

 人の気配はしない。

 遠くの星空が窓枠の形に切り取られている。

 誰かがいたような形跡はある。机の上に書きかけの書類が置かれている。

 カギが開いていたことからも、指揮官がこの部屋に来たことは間違いない。

 夜食でも買いにいったのだろうか、と思いついて、

 

 やけに嫌な予感がした。

 

 行っちゃいけない、と頭の片隅が激しく警告する。

 幸運を掴みたかったら、こういう臆病な警告には従うべきだ。

 それでも、足が勝手に動いた。

 この時間、基地内で夜食を買える場所なんて限られている。

 本土じゃないのだ、コンビニなんてあるはずもない。

 一階、

 食堂、

 

 手前の廊下に立ち並ぶ自販機、

 

 ※            ※            ※

 

 2月14日になってほんの数時間。

 まだ日も昇らぬ深夜に、アプラ海軍基地の一階食堂前の廊下で。

 指揮官が、ヘレナに花束を贈っていた。

 『ヘレナ』という名のフラワーアレンジメントに、白いバラであるロサヘレナを添えている。

 彼らしい、実直でわかりやすい選択だ。

 少し恥ずかしそうに渡す彼に、本当に嬉しそうに受け取る妹。

 どれだけ喜んでいるかは、姉であるセントルイスには痛いほど良く分かった。

 二人を見つけたのは、ついさっきのことだ。

 廊下の影になるように隠れて、KAN-SENの目と耳をフルに使って覗き見をしている。

 感心しない、とベルファストに言われたばかりなのに。

 自分でもそう思いながら、目も耳も離せずにいる。

 それにしても、寝巻きの少女にプレゼントするものではないと思う。指揮官の方も多少はマシとはいえ、ラフな格好には違いない。

 理由なんて、すぐに分かってしまったけれど。

 日が昇って皆が目覚めれば、今日はゆっくりした時間などとれないだろう。

 あちこち大騒ぎになるのは目に見えているし、普段の業務もおろそかにできない。

 だから、たまたま会った今の内に、というわけだ。

 この深夜なら、誰にも邪魔されない。二人だけの時間も取れる。

 そういうことだろう。

 視線の先で、妹が顔を真っ赤にして雑なラッピングのチョコを渡す。急いで取ってきたのだろうことが窺える見栄えだ。

 彼が見た目的には控えめに喜んで、内心的にはおそらく飛び上がるほど嬉しそうにチョコを受け取って、丁寧に包装を解く。

 神妙に見つめる妹の前で、彼が一口食べる。

 美味しい、と素直に言う彼の言葉を妹が疑い、花束で手がふさがっている妹の口に彼がチョコを持っていく。

 多分、あれでは味なんて分からないだろう。

 美味しいだろ、と笑う彼に、妹が頷く。

 吐息が漏れる。胸の奥がずきずきとうずく。

 そして、セントルイスにとっても望外の出来事が起きた。

 

 妹が、チョコを咥えて彼に食べさせた。

 

 そこが限界だった。

 声と足音を殺し、可能な限りの速さでその場から遠ざかる。

 まさか、あんな大胆なことをするなんて思ってもいなかった。

 人の目がないからだろうが、それでも驚いた。

 胸の奥がずきずきと痛む。

 よくよく考えれば、自分とホノルルの妹なのだ。思わぬ大胆な行動をうっかりでやっても不思議ではない。

 

 ――私は幸運だ。

 

 胸の内で呟く。

 

 ――ヘレナのあんな嬉しそうな笑顔が見られて。

 

 反対意見は、どこからも出なかった。

 それなのに、心臓が痛む。

 気がつけば、チョコレートを冷やしている厨房にきてしまっていた。

 足が勝手に動く。

 業務用の冷蔵庫を引きあけ、中から自分の分のチョコを取り出す。もう既に固まっていて、食べられるようになっていた。

 冷蔵庫を閉じて、足早にゴミ袋を探す。

 昨日の昼、皆の失敗作が詰まったゴミ袋があったはずなのだ。

 厨房の裏手でようやく見つけ、チョコを持った手を振り上げ、

 

 全力で叩き込もうとして、

 

 銀髪のメイド長の顔がちらついた。

 

 ――ただの感傷です。

 

 捨てるつもりだった、と彼女は言った。

 それがどんな気持ちだったのかは分からない。

 けれど、もし、今の自分と同じ気持ちだったら。

 

 ――感傷くらい、

 

 確かにこれは、感傷としか言いようがないものだ。

 前にも後ろにも進めない、捨てると決めた後にもこびりつく、油汚れみたいな気持ちだ。

 

 ――感傷くらい、捨てなくてもいいじゃない。

 

 そうですね、と彼女は言った。

 妹の幸せを壊したいわけじゃない。

 彼の幸せを邪魔したいわけじゃない。

 今の自分が選ぶべき最善が何かくらいは分かってる。

 だとしても、

 

 だとしても、思うことくらいは許されてほしい。

 

 

 ラッピングを施して、メッセージカードをつけて、捨てるはずだったチョコを司令室の机の上に置いた。

 その後で、何でもない顔をしてセントルイスは帰投の報告をした。

 

 彼女のバレンタイン・デーは、開始数時間で終わった。

 

 ※             ※            ※

 

 2月14日。

 大方の予想通り、基地内はあちこち騒ぎが巻き起こっていた。

 女同士の牽制あり、鈍感指揮官の地雷発言あり、山盛りチョコの運搬問題ありとどうしようもない事態だ。

 その騒ぎもひとしきり終わった夕方頃。

 任務を終えて部屋に戻るべく廊下を歩いていたセントルイスに声がかかった。

「あぁ、セントルイス。今いいか?」

「はい、何かしら?」

 振り向く前から声で分かる。64任務部隊――即ち自らの指揮官だ。

 ユニオン人らしい見た目に真面目な雰囲気を漂わせて、指揮官は一つ咳払いをした。

「チョコレート、ありがとうな」

 無言で見つめ返すセントルイスに、指揮官はやや視線を逸らす。

「バレンタインの贈り物、俺からはまだ渡してなかったと思ってな」

 そういって差し出してきたのは、濃い黄色をした大きく開く花の束だった。

 セントルイス・ゴールド。

 熱帯スイレンの一種で、株が小さい割りに大きな花を開かせる人気の品種だ。

 大きく開いた花が幾つも重なる様は、陽の美しさがあった。

「気に入ってもらえるかは分からないが……お前に似合うと思う」

 真っ直ぐに見つめてくる指揮官にくすりと口元を歪め、

「指揮官くんは何か勘違いしているようだけど」

 ゆっくりと近づいて、彼女は妖艶な笑みを浮かべた。

「私は何も贈っていないわ。だって、そんなに沢山貰っても大変でしょう?」

 怯む指揮官に構わず、その手からセントルイスは花束を受け取る。

 匂いをかぐように胸いっぱいに息を吸い込み、

「でも、これは有難く貰っておくわ。ありがとう、指揮官くん」

「あ、あぁ……喜んでくれれば、何よりだ」

 拍子抜けしたような、恥ずかしそうな表情で頷く指揮官に背を向け、足音高くセントルイスはその場から立ち去る。

 彼女の胸の痛みに気づく者は誰もいない。

 喜びと苦しさが同時に襲い掛かってきているのだと、誰も知らない。

 もう少し素直だったらな、と。

 彼女がそんな後悔をしていることも、誰もわからないままだ。

 それは彼女にとって幸運なのか、それとも。

 幾つもの傷と痛みを背負ってきた『素体』を持つ彼女にとって、もしかしたらそれすら宿命なのかもしれなかった。

 

 

 司令室の机の上に置かれたチョコには、メッセージカードが挟まっていた。

 そこには、こう書かれていた。

 

 ――Be My Valentine.(私のヴァレンタインになって)

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