銀の帰還   作:籠谷 蒼

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LEVEL.11 芸術

 思わぬ奇襲を受けたゼオンは、少し動きを鈍らせる。透かさず青年は大きな右足を薙ぐと、雷帝の腹部に破裂音を響かせた。しかし、何故か糸を張られたように互いの動きが止まる。

 

「驚いたな。確かに直撃したように見えたが、どんな手品を使ったんだ」

 

 そう問いかける紫電は、繰り出された脚部を左の腕で鷲掴みにしていた。さあな、と煽る像の守り人を、左一本で宙に持ち上げ投げ飛ばす。ふと雷帝の姿が消失すると、描かれた放物線の終点に現れた。落下する勢いのままに針鼠は拳を振り下ろすが、視界で縦横無尽に跳ね回る紫電を捉えきれない。

 

「くそ、まったく目で追いきれねえ。この野郎、速すぎるんだよ」

 

 目つきの悪い魔物はそう吠えると、大きく後ろに飛び退く。今のは悪くない動きだが、正解はもっと後ろだ。更に背後に出現する雷帝は、洗練された動きで右足を振り抜く。廃屋の壁に大穴が開き、中に仰向けで倒れる青年は、何度か咳き込んだ。あいつ、ゼオンの攻撃をここまで受け切るとは、かなり頑丈だな。

 

「俺の動きにまったく付いてこられていないぞ。ここらで降参でもしたらどうだ」

 

 嘲笑を浮かべる紫電の子は、起き上がる敵手を待ち構えるように、堂々と佇む。対して銀の針山は虚勢か否か、太々しい笑みを覗かせる。すると雄叫び一閃、雷帝に向かって走り出した。そして、それでもなお動じない純白に、重みの乗った突きが繰り出される。

 

「単調な攻撃だな。お前、もっと頭を使ってみろ。そうだ、見本を見せてやろう」

 

 雷帝は続く拳に両手を添えると、それを抱え込むように回転する。背に沿わせるよう密着すると、上半身を素早く折って腰を浮かせた。水のように流れる動作にて、青年の脚をふわりと持ち上げる。あいつ、柔術を見せつける気だな。そのまま腕を釣り込むと、針鼠をぐるんと縦に一回転させた。視界が踊り混乱する彼を見下ろすと、怒号を放った。

 

「おい、そろそろ出てきたらどうだ。それとも、この魔物が消し飛ぶのをこのまま見届けるか」

 

 少しして、沈黙の支配する戦場に一人の小さな老人が現れた。流石にゼオンも気付いていたか。それは右手で杖をつきながら、物陰からゆっくりと顔を出し、二人の前で立ち止まった。渋い表情で青年を見つめると、ダニーボーイ、と弱々しく呟いた。名を呼ばれた彼は悔しさを顔に滲ませている。

 

「言っておくが、俺は像を奪いにきたわけではない。ただコイツに見せてやりたかっただけだ」

 

 そう静かに言葉を紡ぐ少年は、顎で俺のことを指し示す。その横顔が赤に染まったのは、夕日に照らされた所為だろうか。しばらくの間は、瞬きも忘れてきょとんとするダニーボーイだったが、大の字のまま空を見上げると、満面の笑みを弾けさせた。

 

「なんだ、俺の勘違いだったのか。てっきりお前らは悪い奴なんだと思ってたぜ」

 

 いきなり襲ってすまねえ、と身体を起こす青年は雷帝と向き合うと、握手を求め右手を差し出した。鼻を鳴らしつつ手を取る少年は、揺すられる腕に身を任せる。和解の様子を眺める眼鏡の老人は、まだまだボーイだな、と独り零した。

 

「なら気になるんだが、どうして物陰で内緒話をしてたんだ。あれは疑われてもおかしくねえぞ」

 

 そうして疑問をぶつけるボーイに、俺は大まかに説明してやる。チケットが売り切れていたこと、瞬間移動で入ろうとしたこと、そして彼を利用しようとしたこと。二人は最初こそ頷いていたが、徐々に間の抜けた表情に移っていった。やっと言葉を締めると、杖を握り直したパートナーが口を開く。

 

「事情は大体わかった。無銭での鑑賞とは褒められた行為ではないが、そこまでの熱意を見せられて悪い気はせん。着いてこい、お主らには特別に見せてやるわい」

 

 やはり関係者だったか、これでやっとシェミラ像を拝めるな。俺は感謝の言葉を述べると、小さな老体を追って静かに進む。合間に語る青年によると、彼の持つ術は己の傷を治す類のものらしい。実はゼオンの雷撃を受けてはいたが、回復術で治癒させてこちらを欺いたようだった。

 

「だけどよ、俺は術が一つしか覚えられないみたいなんだ。前に戦った奴は幾つか持っていたんだけどな」

 

 言葉とは裏腹に、銀の針鼠は朗らかに笑う。それとは反対に、発言を訝しんだゼオンと目が合った。俺はその意図を察して、頷いて先を促す。すると彼は、まるで教壇に立つ師のように、弁舌を振るい始めた。

 

「術というものは、己の才能が形となって現れた力だ。新しい術を覚える、とは眠れる力を呼び覚ますとも言い換えられる。だが、実は努力次第で作り出すこともできるんだ」

 

 こんな風にな、と歩みを止める彼に、ふと声を掛けられた。合図を出され、ソルド、ザケルガと呟く。すると彼が近づけた両手には、刃の位置に雷を纏う剣が現れた。間近で見た青年は、気分を高揚させ賛嘆する。実践を終えた雷帝は手を離すと、術はすぐに消滅した。

 

「必要なのは想像力と強い気持ちだ。例えば俺の術は中距離の射程のものが多いが、俺は割と近接格闘が好きなんだ。それに何らかの大きな感情が加わって、このソルド・ザケルガが誕生した、という風にな」

 

 想像力か、とぽつりと落とし腕を組む弟子は、深い思考に飛び込んだようだ。意識していないのか、口から小さな音が漏れ出ている。後ほど彼の脳に刺激を与えてやろう。俺の能力が答えるには、想像力と思考力を伸ばしてやるのがいいらしい。結論の後にふと見上げた一面の画用紙には、夕の朱と夜の黒が混在していた。

 

……。

 

「ミスターゴルドーですね、どうぞお通りください」

 

 ふと隣を覗くと、雷帝が喜気を滲ませている。ここまで苦労したからな。期待を膨らませる彼に、胸中で労いの言葉を掛ける。いまさらだが、老人はゴルドーで魔物はダニーボーイと言うらしい。小さな紫電は像への入り口をくぐりながら、ようやく知る二人の名を呼ぶと、交互に見つめながら礼を告げる。すると、青年が突然食ってかかる。

 

「俺の名前はダニーだ。このじじいが、俺はまだ子供だからってボーイをつけやがるんだ」

 

 じじいとは何だ、と老人は杖で床を叩き、ボーイを睨め付けた。何だ、ダニーボーイは愛称だったのか。しかし後に破顔一笑すると、ゼオンの礼儀に対し頭を撫でて褒めてやった。純白は照れ臭いのか、そっぽを向いて短い息を吐いた。

 

「彼はお前よりよほどしっかりしとるのう。少しはこの子から学んだらどうだ」

 

 ゴルドーはそうして軽口を叩いているが、その顔つきには穏やかさが見え隠れしている。ふと保護区で出会った女性の、素敵なパートナーという言葉が頭をよぎる。ああ、今なら俺にも分かる。眼前のやり取りから互いの信頼を切に感じる。もしかすると、それはどんな美術品よりも美しいものなのかも知れない。

 気がつくと雷帝がこちらに目を向け微笑んでいる。そのまま返してやると、胸に温かさが込み上げた。さて、念願のシェミラ像はどこにあるのだろうか。奥へと進む三人を、あたりを見渡しながらゆっくりと追う。

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