昇る太陽に目を背けつつ、俺たちは街中を歩く。途中に軽食屋のワゴンが見え、軽く会釈をして通り過ぎようとする。すると、雷帝は紫のジャンパーの裾を何度か引いてきた。なんだ、腹が減ったのか。こいつは本当にホットドッグが好きだな。彼は誤魔化すように澄ました表情を選ぶ。
「少し早いが、そろそろ昼食の時間だろう。お前の仕事の客だし、たまには良くしてやったらどうだ」
そう。この屋台には、以前アドバイザーとして手助けをしたことがある。この店には甘味が足りなかったので、開発してはどうだと助言した覚えがある。
それにしてもゼオン、好物だから食べたい、とはっきり言えばいいじゃないか。まあ、こいつの意地っ張りにも慣れてはいるがな。
「久しぶりだな。先日はいきなり見学させて貰って悪かった。あれから売れ行きはどうだ」
引き返し、カウンターの前で手を挙げて挨拶する。返ってきた言葉の明るさから察するに、かなり好調なのだろう。確か、名前はスイートドッグだったか。斬新ゆえにライバル店がいないので、現在は市場を独占しているとのことだ。
「ホットドッグとスイーツを融合……。伝統と革命のハイブリッド……だと。おいデュフォー 、これを買ってくれ。もちろんいつもの奴も頼む」
子どもは声を弾ませ、今にも跳ね出しそうに小さく揺れている。魔物から恐れられる天下の雷帝も、好物の前では全くの無防備だな。彼の弱点を発見した俺は、口元を緩ませて吐息を小さく漏らす。
店員に注文を告げると、付近のベンチに腰を下ろした。なあ、ゼオン。お前はずっと見ていたいのか。調理場が見える位置に貼り付いている少年は、真剣に様子を見学していた。
……。
「素晴らしかった。あの食べ物は、魔界に帰った後もシェフに作らせよう。いや、俺が作れば好きな時に食えるな……。そうだ、後ほど教えてもらいに行くか……」
一人の世界に迷い込んでしまった彼を眺め、確かな幸福を感じる。お前が帰ってしまうことを思うと、少し寂しくなるな。願わくば……いや、これは考えても仕方ないな。雷帝を横目に、立ち上がって身体を伸ばす。
「デュフォー 、お前はかなり人間らしくなったな。それが良いことかは分からんが、今のお前も嫌いじゃないぞ」
不意の発言に思考が止まる。ゼオンにはそう見えているのか。自分でも不思議に思うことはあったが、まさかお前に言われるとはな。
彼の言葉を受けて、清麿とガッシュに影響されたのだろうな、と答える。すると、純白は瞳を閉じて上空に顔を向ける。少しして、鮫のように尖った歯を覗かせると、そうだな、と確かに答えた。
激しい争いの合間に、のどかに流れる時間を噛み締める。すると視界の端に、長い黒髪と白い目を持つ男と、桃色の髪を高い位置で二つ結いにし、できた尻尾を斜め上に固く伸ばしている少女が映った。頭にはクリーム色のフードを乗せている男は、オレンジの本を右手に抱えている。
「あら、ここから甘い匂いがするわね。ウルル、私お腹が空いたわ。よし、全部いただきましょう」
奇抜な髪型の女の子が揺らす頭には、小さな王冠が載っている。視線を落とすと、濃いピンクの大きなハートが、衣装の胸元に縫い付けられているのが見えた。白眼の彼がやれやれと溜め息を吐くと、濃い橙の本は輝き出す。
「ゼオン、お気に入りの店がピンチだぞ。奴ら、盗んでいくつもりだ」
もちろん彼も気付いているようで、ベンチから立ち上がり、闘志を滾らせている。アクル、と叫ぶフードの男を尻目に、俺は椅子にゆっくりと座り直す。
販売車に向けられた少女の左腕は、紫電の右手に捕まった。彼は腕を素早く振り上げると、奇抜な彼女の左の掌から、水柱が昇った。
「な、何よ。え、だ、誰なの。離しなさい」
ひどく混乱する彼らの頭上には雨が降る。ゼオンは自分より屋台を優先し、マントで包んだようだった。
こうした咄嗟の判断ができるのも、やはり戦闘経験を積んでいるからなのだろう。ゼオン、もし水以外の術だったらどうするつもりだったんだ。何にせよ、店は全力で守るのだろうが。
「お前ら、こっちに着いてこい。俺の気が変わらぬうちにな……」
静かだが、強烈な怒気を滲ませる発言に、盗賊たちはすっかり怯えてしまったようだ。すかさず感謝を伝える店員に雷帝は、とてもうまかった、と一言伝える。
二人を連れて俺の元に戻ってくると、外套を広げてゆく。ゆっくりと体が薄くなると、四人は広い草原に移動していた……。
「……お前たち、よく聞いておけ。今度あの店を狙ったら、この俺様が地獄の苦しみを与えてやるからな」
見知らぬ場所に連れ去られた直後で、赤べこのように何度も頷く二人を哀れに思う。彼女らは状況を全く理解できていないだろう。
さらには、雷帝ゼオンと恐れられている彼に、目をつけられてしまった。しばらく続く彼の説教に、すっかり肩を落としてうなだれている。
「俺は優しいからな、特別に許してやろう。おい、そこの男。お前は、魔物を使って悪事を企むクチか」
白眼の男は、名を呼ばれると肩を跳ねさせた。少しすると、ことの顛末を語り始めた……。
「という訳で、俺たちはガッシュくんを探して旅をしているんです」
そうして物腰丁寧に語った彼は、うなだれる少女に視線を送った。なるほどな、魔界時代のガッシュに惚れていたのか。となると、今のガッシュに記憶がないことを伝えたほうがいいだろうか。
関係があまりに複雑だと、能力も答えを出さない或いは曖昧なものになってしまうことがある。アンサートーカーは、全知全能というわけではない。
「そういえば、あなたってガッシュちゃんに似てるわね。もしかして兄弟だったり、なーんてね」
俺が悩んでいると、ハートマークの女の子は鋭く切り込んできた。突拍子もない発言に、隣で雷帝の体が揺れた。流石、ガッシュを想い続けているだけはあるな。ガッシュの記憶、兄弟、さてどうしたものか。
「俺はガッシュの居場所を知っている。だが、お前のように我儘な小娘には教えたくはないな」
おいゼオン、なぜお前はいつも相手を煽るんだ。少女の感情が昂るのを感じると、俺の額に冷や汗が流れる。嫌な予感がするな、なくてもいい争いが生まれてしまう、そんな予感が……。
「怨怒霊ええええええ、私とガッシュちゃんの恋路を邪魔するなんて、許さないいいいいい」
彼女の愛らしい表情は、一瞬にして悪魔のように豹変した。ゼオン、一体お前はどうするつもりなんだ。怨念を撒き散らす少女を一瞥したパートナーの男は、やれやれ、と静かに首を横に振った。