「オルダ、アクロン」
白眼の男は叫ぶ。すると並ぶ少女の周囲から、水柱が幾本も立ち並ぶ。それらは意思を持ったように撓り、蛇のように襲い掛かってくる。先程から既の所で躱しているが、なかなか自在に操っているな。見たところ、彼女の手の動きと連動しているらしい。それにしても、この雷帝は何を考えているのだろうか。
「お前、大したことないな。口ぶりからもっとできるものかと思っていたが、期待外れだ。」
ゼオンは、これでもかとパティを挑発する。最大術でも打ってみたらどうだ、とまで唆す。なるほど、この勝負を楽しんでいるのか。前に戦ったダニーという魔物もそうだったが、相手の力を限界まで引き出した上で勝ちたいのだろう。つくづく思うが、こいつのプライドは筋金入りだな。
「確かに、このままじゃ埒があかないわね。あなたに従うようで癪だけれど、決めさせてもらうわ」
二つ結びの魔物は、両の掌を天に向けるように腕を伸ばす。帽子の男が本を構えると、彼の目に光が宿った気がした。さあ来るぞ、お前の期待に応えてくれるといいな。
「行きますよ、パティ。スオウ、ギアクル」
持ち主の声に呼応して、橙の本が強い光を放つ。すると、まるで巨大な噴水のように、大地から青い竜が飛び出した。スオウ、ギアクルという、水竜を呼び出す術か。ガッシュの最大術に少し似ているな。以前の戦いでは、ゼオンはバオウに敗れ魔界に帰ったのだ。これは、少し感慨深いものがあるな。
「バオウに似た術か、面白い。やっと人間界に帰ってきた実感が出たぞ。この昂りをずっと求めていた」
紫電は鋭い笑みを浮かべ、巨大な宿敵を見上げる。彼から迸る闘気を全身で感じ、それを解放してやりたいと思う。そうだ、少し強めの術を使ってやろう。偶には本気を出さないと、士気も上がらないだろうしな。向かい来る水竜に全力を叩き込むには、あの術がいいか。いくぞ、ゼオン。
「ソルド、ザケルガ」
俺は銀の本に強い闘志を伝える。叫びに応えるように輝く一冊とともに、並ぶ雷帝の両手には雷の剣が現れる。迫る竜の額に、彼は振りかぶった一撃を打ち込んだ。激しい閃光と立ち上る蒸気、一瞬にして視界が奪われる。追撃の気配を探ると、
「素晴らしいですね。ここまでの力を持っているとは」
聞き覚えのない声が辺りに響く。やっと視界が晴れると、見覚えのない男女が近づいてくる様子が見えた。大きな体を持つ男と、その半分くらいの背丈の、白髪を横で三つ編みにしている少女だ。驚いたことに、隣の雷帝は未だかつてないほど吃驚した表情を浮かべていた。
「お前、見たことがない魔物だな。ここまで気配も感じなかった。何者だ」
ゼオンが尋ねると、大男は軽薄な笑みを浮かべる。ご覧いただきますか、と零すと、体が盛り上がり変化してゆく。今まで戦っていた四者とも、息を呑んでそれを観察する。少しして現れたのは、白い龍だった。
「あのアシュロンでもエルザドルでもない、竜族だと……。おい、パティ。お前は聞いたことがあるか」
そう取り乱す雷帝に向けて、横に首を振る彼女。確かに、以前の戦いを思い出しても見つからな
い。竜族が序盤で負けることがあるだろうか。アンサートーカーでも、はっきりと答えは出ない。もしかすると彼は、異分子といったところだろうか。
「ゼオン、俺は不思議な体験をしていると話したよな。もしかすると、それの影響なのかも知れない」
そう雷帝に耳打ちする。そうだ、俺がタイムスリップか何かで戻ってきたと仮定する。それに、何らかの影響が無いとは言い切れない。この白龍は、元の世界からすると異質な存在で、この世界には何らかの欠陥があるのではないか。パラレルワールド、という考え方もある。だが今考えても仕方がない、結論もなにも見つからないのだからな。
「ラシロ、やっちゃおうよ。コイツら弱そうだよ」
三つ編みの少女が、言葉とともに底抜けに明るい笑みを弾けさせる。しかし赤い瞳は凍てついており、目が合うと寒気がした。彼が、わかりました、と答えるや否や地面を蹴ると、するりとパティの眼前に現れた。まずい、彼女とは実力差がありすぎる。そして大きな右の拳が振り下ろされた。
「ゼオン」
俺は急いで叫ぶ。すると、ラシロと呼ばれた男の右手は、純白の外套によって動きが止められた。恐怖で固まるハートの少女を目にも留めず、龍の顔面に向けて紫電の右足が振り抜かれる。しかし、それは後方に飛び退き往なされる。すかさず追う雷帝は、デュフォー 、と俺の名を叫び、右の掌を前方に広げる。
「テオザケル」
咄嗟に術を唱えると、ゼオンの前方に紫の大きな雷が射出される。これには巨竜も驚き、体勢を整えるために白い少女の横へ戻った。こいつは、今までの魔物とは格が違う。しかたない、本気で行こうか。まずはパティとウルルと言ったか、彼女らを逃さなければな。
「パティ、ウルル。どこでもいいから逃げろ。お前達がいても足手纏いだ。早く行け」
ゼオンが叫ぶ。二人の了承は得られたようで、即座に走って逃げてゆくのが横目に見えた。流石に二人を庇いながら戦うのは骨が折れる。これが今の最善の答えだろう。さあ、敵はどう動くのか。
「逃げるなんてださいよ。やっぱりあいつらを片付けちゃおう。ディゴウ、エムルク」
白髪の少女は跳ねるように歌う。しかしながら彼女の冷たい赤眼は、背を向け遠ざかる二人を鋭く射抜く。左手に持つアイボリーの本は光を増し、術が唱えられた。俺たちは最大限の警戒を持って彼らを睨め付ける。ゼオン、急げ。お前の速さでも間に合わないかもしれない。眼前の白龍の体に熱気が立ち込める。すると、巨龍が消えた。俺は叫ぶ。
「パティ、ウルル、盾の術だ。一発でいい、何とか防げ」
来るぞ、恐らく唱えた術は身体強化だ。こちらにもラウザルクという強化術はあるにはあるが、三十秒間は他の術が使えないデメリットがある。これはなるべく使いたくない。それに、彼の身体能力なら間に合うと答えが出た。頼むぞ、ゼオン。
パティとウルルは頭髪を靡かせ振り返る。すると、純白の龍がそこに現れた。間を開けず白い巨躯を回転させると、大きな尾が二人を襲う。帽子の彼は、冷や汗を流しつつ口を開く。
「一発でいいんですね。パティ、行きますよ」
アシルド、と叫ぶ彼の前に、大きな渦潮が現れる。水の円盤と太い竜尾が衝突すると、乾いた破裂音が辺りに響く。その近くで、純白の布が翻ったのが視界の端に映った。間に合ったか、流石だな。
「ゼオン、今のは身体強化だ。全身の熱を放出して体のリミッターを外したんだろう」
出た答えを彼にそう伝えると、本当に心強いパートナーだな、と返事が聞こえた。問題は奴の術が持続するのか、一度きりなのかだ。大方、上昇した体温が治まるまでだろうが、そうだとすると少し厄介だな。さて、こちらの手札をどう切ろうか。己の能力と相談しつつ、俺は戦況を俯瞰する。