銀の帰還   作:籠谷 蒼

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LEVEL.14 力量

 竜族は魔界でも高位の身体能力を持つらしい。それに加えて鉄壁を誇る竜の鱗、追い討ちをかけるように唱えた強化術。幾ら幼少期から修練を積んでいるゼオンでも、正面から向かえば競り負ける可能性がある。加えて、俺のアンサートーカーは何故か安定しない。そうすると、ここは搦め手から入るのが定石だな。

 

「ジャウロ、ザケルガ」

 

 俺が左手に持つ銀の本が光ると、雷帝の頭上には巨大な雷の輪が緑の大地と垂直に現れる。その円の縁から伸びる幾本もの槍が、鎖の擦れたような音を立てながら白龍を追尾してゆく。ラシロと呼ばれている竜族は呟く。

 

「ちょこまかと面倒な術ですね。ブラン、頼みますよ。」

 

 名を呼ばれた赤眼の少女は満面の笑みを浮かべ、ガンズ、ゴウ、エムナグルと大声で新たな術を唱える。成る程、ゼオンのラウザルクとは違い強化術と効果が重複するのか。本当に厄介なものを持っているな。少女の持つ本が光るとともに、巨龍の両手が炎を纏う。

 

「ほう、炎の術の使い手か。俺を失望させてくれるなよ」

 

 強気に出る雷帝は、雷槍を両の腕で操作してゆく。手の動きに合わせて紫の太い糸たちが草原を滑るように進み、四方に散ってゆく。すると白い鱗を輝かせる龍の周囲をぐるりと囲むように、牢獄が作り出された。紫電の子に導かれる光線を眺め、数発なら被弾するだろうと思った。

 

「舐めてもらっては困りますよ、雷帝ゼオン。小手調べにしてもぬる過ぎますね」

 

 白い竜族は吠えるや否や、垂直に飛んだ。雷帝は追いかけるように槍を打ち上げるが、それらは一点に集中してしまったようだ。上空で大きな口元が歪んだと思えば、炎の拳が右左と高速で突き出される。そして燃える乱撃は紫の牢を一本ずつ確実に破壊していった。その視界の端に桃色の髪の魔物とそのパートナーが見えた。

 

「パティ、私たちも加勢しますよ。どんな強者でも一瞬なら隙が生まれるはずです」

 

 ウルルは覚悟を決めたようで、パートナーを奮い立たせる。当の彼女は、聞こえた言葉に目を大きく見張ったようだ。そのまま声のする方へ振り返ると、

 

「あなた、私の命令じゃなく、初めて自分から指示を……。」

 

 少女は呆けたような声音で呟く。今まであの二人組は、パティの翻弄とウルルの忍耐力で成立していたのであろう、と容易に想像できる。不意に吐露した彼女の心の内を、白眼の男は温かい表情で迎えた。

 

「パティの我儘だけじゃ倒せそうにないんでね。どれだけ役に立つか分かりませんが、頑張りましょう」

 

 心強い言葉を受け腹を括ったのだろうか、強く頷く。なんだ、いいパートナーじゃないか。感傷もそこそこに目線を戻すと、高熱の右手によって最後の一本が消滅したところだった。しかし術が破られるや否や、紫電は高く跳躍し炎の魔物に接近してゆく。俺は本に力を込める。

 

「ソルド、ザケルガ」

 

 ゼオンの両手に、水竜を討伐した大剣が現れる。加速する勢いそのままに薙ぐ雷帝だが、太刀筋は虚しく空を切る。やはり、ただでさえ速い竜族が強化術も使うと手がつけられないな。少しのあいだ頭を悩ませると、あることを思い出した。帽子の彼と二つ結いの彼女に近づき、耳打ちする。

 

「成る程ね。でも、この短時間でそこまでの方法を……。まあいいわ、それならなんとか出来そうね。しっかりタイミングを合わせなさいよ」

 

 そう偉そうに言い放つ魔物の少女は、表情に少しの希望を覗かせた。いいだろう、俺とゼオンで隙を作ってやる。隣に戻ってきた雷帝にも伝えると、不敵な笑みを浮かばせる。前方に視線を戻すと、白龍が発する蒸気は霧散していた。それを視認するや否や俺のパートナーは堂々とした口ぶりで敵に投げかける。

 

「お前の術はおおよそ、上がった熱が落ち着くまで効力が続く術だろう。そして体温が戻った今、効果は切れたはずだ。そのままでは俺に勝てないだろうから、さっさと掛け直したらどうだ。それとも、冷め切るまでの時間も必要だったりするのか」

 

 彼の挑発はかなり効いたようだ。白髪の少女は平静を装ってはいるが、白い眉がほんの少し寄ったのを俺は見逃さなかった。決まりだな、作戦決行だ。すかさず右手を挙げて仲間達に合図を送ると、それぞれが動きを始める。先陣を切るのは俺たちと決めていた。

 

「ガンレイズ、ザケル」

 

 俺は心の力を本に伝える。少年の背後に現れたのはいくつもの小さな和太鼓で、頭上で円を描くように等間隔に並んでいる。それらは衛星のように漂っており、ゼオンの動きに完璧に同調している。俺たちは白龍に向けて走り出す。同時に浮遊する太鼓たちは帯電し、雷の球を機関銃のように放出してゆく。

 

「こいつらむかつく。弱虫は大人しくやられてればいいのよ」

 

 パートナーに抱えられながら憤る少女に、龍は

耳元で何かを囁いた。すると怒りの表情から一転、穏やかな気分を演じ始める。目まぐるしく変化する彼女の面持ちから、意図が全く読めない。こいつら、本当に得体が知れないな。

 そのまま宙を自在に飛び回る白龍は、紫の弾幕を軽々と縫ってゆく。ふと旋回したと思えば、速度を急速に上げながらこちらへ向かってきた。迎え撃つ雷球を紙一重で躱したのが見えると、目と鼻の先まで肉薄されていた。

 

「これでチェックね、あなた達の、ま、け。テイル、ディスグルグ」

 

 嬉々として声を張り上げる少女の言霊はパートナーへと届き、力を与えた。魔物の輝く竜尾がすぐ側まで伸びてくる。丸太のように太い尾がゆっくりと迫ったように見えて、視界が大きく揺れた。男の声が遠く聞こえる。

 

「さあ、吹き飛びなさい」

 

 白龍は大きく猛り第三の足を振り抜いた。周囲に土煙が巻き上がる。重い一撃に意識が飛びかけ、気がつくと少し離れた場所で雷帝に支えられて立っていた。彼に庇ってもらっていたらしく、小さな左腕を力なく垂らしているのを認めた。すまないゼオン、答えが出ないことがこんなに響くとはな。

 

「おいデュフォー 、俺がお前にただ頼るだけの器だと思うのか。それに先程の作戦はまだ終わっていない、早く顔を上げろ」

 

 紫電は敵から視線を外さずに返答してきた。傍で聞くとかなり冷淡に思えるだろうが、これは彼なりの激励なのだ。ゼオン、お前は捻くれてはいるが、優しい奴だよ。そうして感謝の意を伝えるが、当の本人はそっぽを向いてしまった。彼とのやり取りに心地よさが込み上げると、自然と口角が上がったのが自分でも分かった。

 

 あたりに充満していた煙もようやく影を潜めると、閉ざされていた視界が晴れる。すると対面する巨龍が感心の声を上げた。今までも肌で感じていた威圧感が一段と増す。さて、ここからが本番のようだな。雷帝に腕の状態を尋ねると、しばらくは動かないとのことだ。使える術もかなり制限されるが、まだ光は途絶えていない。行くぞ、ゼオン。

 

「ジャウロザケルガ」

 

 先程は拳に破壊されたが、再び紫電の輪の縁から槍を伸ばす。術を操る彼の右手は、先ほどとは比べ物にならない集中力をもって宙をなぞっている。白龍が翼を広げると、緑の大地は大きく波をうった。やがてあちこちで起こるうねりが、飛翔の力強さを物語っている。逃げる白を追う紫、双方が自由に飛び回っているように見えるが、気付かれぬよう雷帝の手によって巧みに路が封鎖されてゆく。

 

「その調子だ。ポイントまで追い込むぞ」

 

 俺は右の人差し指でパートナーを淡々と導く。紫電は左手を落としたまま、対の手のみで追い詰めてゆく。当たり前だがこの術は、障害物がない方が圧倒的に強い。意思を持って動き回る光線を、開けた戦場にて誰が避けられるだろうか。さあ、そろそろ目的の地点に辿り着く。しかし未だに勝負の答えは見えない。ならば信じるだけだ、仲間たちを。


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