優しい風が抜けてゆく。辺りは覆い被さる闇、その中心に光源がひとつ。木材が規則正しく積まれており、その中心では炎が踊っている。灯りに圧され、後ろに伸びる影がふたつ。
「この雷帝が初日から野宿するとはな…。」
彼は鋭利な歯を覗かせ、溜め息と共に皮肉を漏らす。広い野原に丸太を組み、紫電の雷で火をつける。簡素な照明の完成だ。ゼオンの言いたいことも分かるが、俺の言い分もある。今まで施設に閉じ込められていた訳だ。そんな奴が金を持っている筈が無い。給料など与えられなかった。疲弊した頭に思考が浮かんでは消える。
「軽い冗談だ、気にしてなどいない。さて、頭の中を整理するか。」
大きな紫の瞳を閉じ、思考の海に沈んでゆく。少し手持ち無沙汰になる。初めは、清麿の家でも訪ねようかと考えた。しかしガッシュは現在、イギリスの森の中にいるのだ。事情も知らない奴の家に上がり込むと、不必要に警戒される。余計な混乱は避けた方が無難だろう。更に、今は彼にだけ伝えたいこともある。
「ゼオン、俺たちは以前、憎しみの力で戦ってきた。その答えも見つかった。」
音を立てるように彼の目が開いた。突然のことに驚いたのだろうか。返事はないが、気に留めず続ける。
「この機会だ。ガッシュ達の力を、俺たちも試してみないか。」
白銀の髪が揺れる。それとは対照的に、表情は全く動かない。ふと、静寂が訪れる。酸素が弾け、空気が流れ、木々が揺れる。しばらくして、彼の時が始まる。口がゆっくり開き、少し口角が上がる。
「デュフォー、記憶の中よりも随分と愉快なことを言うな。仲間の力って奴か、面白いじゃないか。」
お前にも愛を教えてやりたいんだ、とは口に出さない。ゼオンは幼少期から苦境の日々を送っていたらしい。少しでも痛みが和らぐなら、俺はなんだって協力するさ。家族だからな。掌を前に向け、暖をとる。心まで温まってゆく気がする。ふと隣を覗くと、小さな雷帝が真似をしている。
「ゼオン、お前には感謝しているんだ。生きる目的を貰い、愛をもらった。」
出会ったばかりなのに、分からないよな。だが、確かに俺の中に、彼の優しさが存在している。これは、偽りではない。間違いでも無いんだ。あの旅の答えは、ここに居る。気付かれぬように息を吸う。
「俺たちは旅をしよう。争いは沢山してきた。怒りや憎しみよりも、復讐よりも大切なことがある。ゆっくりと、歩こう。」
顎が引かれる。あの記憶を見たゼオンは、もう分かっているのだろう。恨みは何も生まない。縛られては先へ進めない。素晴らしい輝きに気付けない。だからこそ、ここで決別しよう。
「そうだな。あの記憶の力が間違っていたならば、正そうじゃないか。なあ、デュフォー。」
良かった、これでゼオンも前に進めるだろう。ああ、目まぐるしい一日だった。急に眠気が現れ、頭に靄が懸かる。横たわると、近くで呆れたような声が聞こえる。
「おい、この草の上で寝ろと言うのか。寝袋も何も無いぞ。風邪を引いても知らないからな。」
少し冷たい風が吹く。これでは体調を崩すだろうと思ったが、純白の布が靡いて、暖かさに包まれた。