「そろそろ疲労が取れなくなってきた。せめて拠点でも決めないか。」
ゼオンの言葉は、広い大地に消えてゆく。いくら厳しい修行を積んでいたとはいえ、劣悪な睡眠を取り続ければ誰でもそうなるだろう。重い足取りでふたり、大自然を横断する。
「そうだな。他の魔物に襲われたら、戦いどころじゃないな。」
白く逆立つ頭髪をひと撫でしながら、俺は間延びした返事を返す。ここ数日、旅をするという大雑把な計画のもと、俺たちは動き回っていた。もちろん、野営の日々で柔らかい布団など無い。それが堪えて現状この有り様だ。自分の失敗を省み、今後のことを相談しながらしばらく進むと、
「ここは動物が多いな、確かオーストラリア辺りだったか。すごいな、こんなに沢山は見たことがないぞ。」
暗く沈んでいた彼の目に、だんだんと陽が昇る。尖った爪で木にしがみついている者達や、腹部にポケットを持つ親子など、多種多様な生態系が散見される。気力を取り戻した小さな雷帝に、生物達の名前を教えてやろうと思い立つ。膝を折り目線を合わせ、人差し指を前に向ける。持ち前の能力が発揮され、答えが瞬時に用意される。いくつか紹介していたその時、
「お前たち、何をしている。」
背後から声を掛けられた。咄嗟に、大きく飛び退く。俺は銀の本を左手に構え、彼は右手を前に突き出し、並ぶ。まさか、本当に現れるとは。このタイミングは、不味いな。焦りを抑えつつ、目の前の敵を見据える。と、
「お前は、チェリッシュか。そうか…。」
近くで絞り出すように転がった声。あぁ、なるほど。隣の彼が、ばつが悪そうな表情を見せているのに納得する。事情を察する俺とは反対に、向かい合う女性達の目に、不審さが見え隠れしているのを認める。初対面で名を呼ばれ、吃驚したゼオンのように。
「坊や、私のことを知っているのね。」
彼女たちは、ニコルとチェリッシュだ。後者はここに来る前の世界で、脅迫し苦しめた魔物だ。バルギルド・ザケルガ。地獄の雷を与える、言わば拷問用の術を俺たちは持っている。今の俺たちなら使わないだろうが、当時は世界を破壊しようとさえ思っていた為、使用してしまった過去がある。動揺を隠しながら、揺れる感情を即座に抑える。出来るなら戦いたくは無いな、などと思っていると、
「お前たちに言っても分からないだろうが、本当に済まなかった。」
声の主に視線が集まり、ひと瞬きの間、周囲の時間が奪われる。一拍置いて、説明を求める声が眼前からふたつ重なって聞こえた。どう説明したら理解させられるだろうか。能力を使おうとしたその時、魔物の子は虚言とも取られるような言の葉を紡ぎだした。