外から爆音が聞こえた。心臓の鼓動が速くなる。目が勢いよく開き、飛ぶように上体を起こす。まさか、敵襲か。纏まらない頭の中、ベッドの脇に置いてある靴に足を入れ、玄関へと走り出す。異変にゼオンは気づいているのか、間に合ってくれ。音が再び聞こえる。扉を勢いよく開けると、
「もう諦めなさい、貴方達はこれで終わりよ」
視界に入ったのは白のドレスを着こなす女。黄金色の髪は左右で縦に伸び、筒状に綺麗に巻かれている。その隣では、黒く逆立つ毛髪に、漆黒のコートを羽織る青年が右手を突き出している。コートに袖はなく、毛皮は棘のように突き出している。
煌びやかな格好の女は、一通り捲し立てた後、レイスと叫ぶ。すると、まるで悪魔のような青年の掌から、空気の球のようなものが現れ、前方へ飛んでゆく。逆側に目を向けると、昨夜、夕食を振る舞ってくれた彼女達が満身創痍で立っていた。
「テッドにも会っていないのに、まだ終われる訳がないわ。ニコル、お願い」
パートナーの持つ黄色い本が、背の高い少女の声に呼応して光る。頷いた中性的な彼女は、ゴウ、コファルと唱える。背の高い少女は合わせた手をまっすぐ敵に向けると、指先から宝石の塊を飛ばす。
空気球と宝石がぶつかり、互いに消滅する。大きな眼球の中心に小さな黒目を見せる青年は、小さく舌打ちする。精一杯戦う彼女達とは対照的に、敵は全く疲れている様子がない。これでは戦力差がありすぎる。
右手の黒い本が輝き出し、先程とは違う声を張り上げる彼女と、今度はかかる重力を強めたような、不可視の力で押し潰し始める漆黒の男。まずいな、あれに耐えきる体力はもう無いだろう。飛び出して庇おうとしたその時、
「俺が寝ている間に好き勝手しやがって。お前ら、覚悟はできているんだろうな」
突如そこに現れた子どもは、純白の外套を旗めかせ、重力から二人を解放する。ゼオン、遅かったじゃないか。白銀の髪と紫電の眼光を見せる彼は、その言葉に鼻を鳴らして答える。安堵の雰囲気に包まれる二人の女性に対して、驚愕を顔に浮かべる襲撃者たち。今まで黙していた悪魔的な彼は、意外にも口を開く。
「雷帝ゼオンか、まさかこんなところで大物が釣れるとはな……。シェリー、気張れよ。ここからが本番だ」
言葉を終えると同時に、ふたりの全身から闘気が噴き出した。奴は、これまで全く本気を出していなかったようだ。雷帝の背後の二人は、怯えたのか体を小さく震わせている。だが、このレベルなら俺が出るまでもないだろう。俺は白い少年と黒い青年の戦いを見守ることに決めた。軽めの術だけでいいだろうと本を構えようとして、気付く。
「ゼオン、本を部屋に忘れてきた。少し待っていてくれ」
言い終えると、なぜか呆気に取られたような空気が広がる。雷帝はため息を漏らすと、それを了承し、敵へと向きなおる。感情に疎いらしい俺にはため息の理由が分からなかったが、ゆっくりと廊下を歩き、銀の本を目指す。開いた玄関の扉から、打撃音がいくつも聞こえてくる。これは、全てゼオンの攻撃だろうな。勝手な想像をしながら部屋に入る。本を手に取り、戦いの場に戻り様子を伺うと、やはり力の差は歴然だった。貴族のような女の顔には、絶望が見え隠れしている。
「今までは圧倒的だったブラゴが、赤子のようにあしらわれている……。この魔物、強すぎる……」
当たり前だ。こいつはガッシュ以外には、複数だろうと負けたことがないんだ。俺の予想だと、バオウに拘らなければガッシュにも勝っていただろう。見下すように笑う雷帝は、これでもかと相手を挑発する。彼には珍しく、本気を出さずに遊んでいるようだ。
「虫ケラを見るような目で見やがって。お前みたいなクソガキに、オレが舐められてたまるか」
痺れを切らした魔物の男は、激昂し、叫ぶ。すると、パートナーの漆黒の本が強く輝きだす。二人は決意を一つにすると、力強い眼でこちらを睨んだ。まさか、新しい術が現れたのか。隣の彼に警戒するように伝える。
ギガノレイスと白い衣装の女が吠えると、先ほどよりも数段大きなエネルギー球が魔物の右手から飛び出す。
「デュフォー 、分かっているな。この程度ならあれでいい」
涼しげな態度を見せる白銀の彼に俺は従い、ザケル、と初めに覚えた初級術を呟く。雷帝は右の掌を正面に翳すと、辺りに紫電の雷が光る。そして、目の前の大きな砲丸とぶつかると、覆った電気がそれを破壊し尽くす。そして、そのまま敵に向かって電撃が伸びる。
シェリー、と名を呼ぶ声が聞こえた。火花が散ったような音が響き、周囲が煙に包まれる。隣で何かが動く気配がした。少しして煙が晴れると、少し遠くに、倒れた女を庇う黒い青年と、その目の前に右手を向ける白い少年が見えた。そのまま純白は語り出す。
「お前、弱すぎるな。そんな実力で王を目指しているのか、笑わせる。今回は見逃してやるから、もっと強くなれ」
肩を震わせるふたりを一瞥すると、雷帝は踵を返し、こちらに戻ってくる。気が緩んだ彼女達は、それぞれ感謝の意を述べる。帰ってきたゼオンは、一宿一飯の恩を返すのは当たり前のことだろう、と断る。俺はゼオンなりの謝辞を嬉しく思い、顔が緩んだのかも知れない。
「デュフォー 、昨日といい今日といい、言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」
小さな雷帝に見抜かれ、なんでもないと返す。少し不満気にするゼオンだったが、それよりも本当にテッドの件はいいのか、とチェリッシュに向けて声をかけた。すると彼女は顔を赤くする。
「あんな馬鹿なカッコツケ、別に居なくても変わらないわよ。私はもっと修行して、強くなるわ。勿論、ニコルと一緒にね」
照れ隠しなのか、ウインクをひとつすると、少し悲しそうな表情を覗かせる。まるで欠けてしまい、光らなくなった宝石のように。俺はそれを敢えて気に留めず、彼女達に別れを告げることにした。今まで傍観していた保安官が寂しげに返事する。
「そうか、君たちは旅の途中と言っていたな。少し寂しくなるが、会いたくなったらいつでも寄ってくれ。その時は歓迎するよ」
私もよ、と少女が続ける。ふと遠くを確認すると、黒い魔物とシェリーと呼ばれた女は、いつの間にか姿を消していた。別れの挨拶を済ませ、お互いに旅の無事を祈る。
「デュフォー 、そろそろあいつが拾われる頃だろう。次の目的地は決まりだな」
最後まで強い心を持っていたふたりに見送られながら、ゼオンは外套を広げてゆく。俺が飛び乗ったのを視認すると、布地は辺りを勢いよく包み込んでゆく。豪州の風に吹かれて純白は、風景に溶けるように消えていった。